ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2017年 04月 29日

「2017年アートウラジオストク・プロジェクト」国際芸術コンクール作品募集中(7月1日から30日まで)

8月1日からのノービザ渡航も決まり、今年のGWは極東ロシアのウラジオストクを訪れる日本人旅行者が増えています。現在はまだロシア大使館での観光ビザ取得が必要ですが、20~30代の若い日本人の渡航が目立っています。

8月1日からウラジオストクは8日間のノービザ渡航が可能になります
http://inbound.exblog.jp/26806617/

極東ロシアの文化的中心都市であるウラジオストクでは、今夏に向けてさまざまなイベントが計画されています。その目玉のひとつが、現地で開催される国際芸術コンクールです。
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先日、ロシア文化省の極東芸術アカデミーと沿海地方芸術協会が主催する「アートウラジオストク・プロジェクト」第5回国際芸術コンクールが、日本の美術大学や高校などの関係者に作品の募集を開始しました。

極東芸術アカデミー(Far Eastern State Institute of Arts)
http://www.dv-art.ru/
http://urajio.com/item/0814
沿海地方芸術協会 
http://urajio.com/item/0521

このコンクールは、35歳までの若いアーチストや美大生、高校生などを対象とした芸術コンクールで、ロシア全土および中国、香港、韓国、ベトナムなどから、毎年数百名が参加しています。

作品の審査は、ロシアの芸術協会名誉会員、極東連邦アカデミー学部長、アルカギャラリー館長など国家認定を受けた審査員が行います。コンクールの流れは以下の3ラウンドに分かれます。

第1ラウンド:各学校でコンクール出展作品を選抜。7月1日~7月30日までに、極東芸術アカデミー日本窓口担当(※)へ作品写真をeメールで送る。写真のフォーマットはJPEG、300KB以下。タイトル名、作者名および作者情報を以下の所定の申込フォーム(★)に記載のこと。

第2ラウンド:作品写真を受け取ったロシアの芸術協会、極東芸術アカデミーが審査。第2ラウンド通過作品には通知があり、9月1日までに極東芸術アカデミー日本窓口担当(※)へ作品を送る。

第3ラウンド:第2ラウンドの通過作品はウラジオストク市内の沿海州芸術協会ギャラリーにて9月19日~10月2日まで展示され、最終審査が行われる。

沿海州芸術協会ギャラリー
http://urajio.com/item/0521

最終審査(日程は未定)。審査員が各カテゴリーごとに「作品完成度」「芸術的創造性」を観点として10点満点の採点を行い、グランプリ、1位、2位、3位を決定する。 第2ラウンド通過後、ウラジオストク側に現物作品を送った参加者全員に出展作品カタログを贈呈する。

応募作品のカテゴリーは以下のとおり。
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また応募の際の規定のフォーマット(★)は以下のとおり。
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詳細については、以下の極東芸術アカデミー日本窓口担当に問い合わせのこと。

極東芸術アカデミー日本窓口担当(※)
宮本智(在ウラジオストク)
Tel:+7-914-687-11-79
eメール:tomo.miyamoto@gmail.com
Skype:miyamototomo
住所:Okeansky prospect, 16, SC ”IZUMRUD” Vladivostok, 690091, Russia
※宮本氏はウラジオストクにある現地旅行会社Alfa &Omega社(http://urajio.com/)所属。

以下は、昨年までのコンクールの第2ラウンド通過作品の一部です。
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by sanyo-kansatu | 2017-04-29 14:24 | ノービザ解禁間近!極東ロシア | Comments(0)
2017年 04月 27日

世界の富裕層に日本の美食とアートをアピールしよう(ILTM2017報告)

GWが近づきましたが、最近少し時間の余裕が出てきたので、今年初旬以降に訪ねたインバウンド関係のイベントやセミナーの報告をぼちぼちしていこうと思っています。最初は都内で開催された富裕層旅行の商談会です。

富裕層旅行に特化した商談会「ジャパン・ラグジュアリー・トラベルマーケット(ILTM Japan)」が日本で初めて開催されたのが2013年。以来、毎年春に国内外から富裕層旅行の関係者たちが集まります。

今年は2月27日から3月1日まで、コンラッド東京で開かれました。商談会の様子については、これまで何度か書いてきたので、今回は初日に行われたセミナーについて簡単に報告します。いろんな情報が盛りだくさんなので、やたらとURLが多いですが、あくまで話題提供ということでご了承ください。

京都で日本初のラグジュアリー・トラベル商談会「ILTM JAPAN2013」開催(2013年 05月 20日)
http://inbound.exblog.jp/21590385/
富裕層旅行には先進国型と新興国型の2種類ある(ILTM2013 セミナー報告)(2013年 12月 20日)
http://inbound.exblog.jp/21681992/
「富裕層旅行市場」とは、どのような世界なのか?(日経BPネット2016年04月07日)
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/IB-BU/040600010/

今回のセミナーのテーマは日本の美食とアート。最初のテーマのタイトルは「Gastronomy-The Clincher for attracting Tourism(美食は観光客を惹きつける決め手)」で、登壇したのは美食家として知られ、「世界のベストレストラン50」の評議員のひとりでもある中村孝則氏。
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office nakamura(中村孝則氏の公式サイト)
http://www.dandy-nakamura.com/index.html
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中村氏は、まず今日の世界のグルメトレンドに大きな影響を与えている「世界のベストレストラン50」というランキングと「美食の追っかけ」とも呼ばれるフーディーズという一群のグルメマニアの話を始めます。

彼が言うには、「世界のベストレストラン50」に選ばれたレストランのあるヨーロッパの町は、年間200万人の人々が訪れるようになったとか。それほど、美食は世界から人を呼び込む力があるというのです。

「世界のベストレストラン50」について
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/IB-BU/092900021/?P=3
フーディーズが語る「皿の中身が世界に発信される美食の時代」(日経BPネット2016年09月30日)
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/IB-BU/092900022/

いま世界の美食シーンで注目されているのが、ちょっと意外かと思われるかもしれませんが、オーストラリアだそうです。オーストラリアでは、数年前から美食で観光誘致を進める戦略「レストラン・オーストラリア」というプロモーションを始めています。

Food and Wine - Campaigns - Tourism Australia
http://www.tourism.australia.com/campaigns/Food-Wine.aspx
Top 10 Restaurants of Australia
http://top10restaurants.com.au/

なぜオーストラリアがこのプロモーションを始めたかというと、同国を訪れる外国人客にオーストラリア旅行を選んだ理由についてアンケートを取ったところ、「食事とワイン」が3位になったこと。
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さらに、このプロモーションを続けていった結果、行く前と後の「perception gap」(行く前より行ってからの評価が上がった)の国別ランキングで、オーストラリアはフランスに次ぐ2位になったといいます。日本も4位にランクされているので決して悪くはないのですが、オーストラリアの人気はすごいのです。その理由が、かの国が美食のプロモーションに力を入れたことにあると中村氏はいうのです。
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もちろん、日本にも「世界のベストレストラン50」に選ばれるような名シェフはたくさんいます。なかでも有名なのは、土を素材にしたスープで知られ、世界第8位に輝いたレストラン『NARISAWA(ナリサワ)』のオーナーシェフの成澤由浩氏です。
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NARISAWA
http://www.narisawa-yoshihiro.com/

他にもいろんな方がいます。
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こうしたことから、もっと日本の美食を世界にアピールすべきだと中村氏は主張します。残念ながら、まだその価値が広く世界に知られていないとも。

そのひとつの試みとして紹介されたのが「ダイニングアウト」という食のイベントです。

ダイニングアウトとは、日本のどこかで数日だけオープンするプレミアムな野外レストランのこと。食を通じて地方に残された美しい自然や伝統文化、歴史、地産物などを再編集し新たな価値として顕在化させるイベントだといいます。

日本のどこかで数日間だけ開催するプレミアムレストラン「ダイニングアウト」とは?
http://macaro-ni.jp/26926

中村氏が関わっていた佐賀県有田市のダイニングアウトの事例は以下のとおりです。

3夜限りの幻の野外レストラン「DINING OUT ARITA& with LEXUS」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000020902.html
http://www.onestory-media.jp/post/?id=464

次のスピーカーは、世界で最も老舗の美術品オークション会社であるクリスティーズの日本・韓国美術部門ディレクターの山口桂氏です。テーマは「ZIPANGU REVIVED(蘇る日本美術)」。
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クリスティーズ
http://www.christies.com/features/welcome/japanese/overview
山口桂氏
http://artscape.jp/blogs/blog3/1603/
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山口氏によると、日本の古美術は、日本刀から鎧、陶器、書画など、種類が豊富で、世界の古美術の中でも決してひけを取らない価値があるといいます。NYのメトロポリタン美術館でも、日本美術のコーナーがこれほど充実しているのは、そのためだと。そのわりには、あまり国際的に広くその価値が知られていないのが残念で、「国家としてのアナウンスが足りない」せいだとも。なんだか日本の美食と同じようなところがあるようです。

山口氏に言わせれば「クールジャパンなんてダサすぎる!」。日本の古美術も、つくられた当初は「現代アート」だったわけで、美術品はいわば「タイムマシン」。日本のアートの価値を理解し、それをうまく活用することで、世界の富裕層を日本に呼ぶことができるはずといいます。

山口氏は、世界の富裕層が見つめる日本の美術シーンに関する話題として、以下の3つを挙げています。

1)大阪の藤田美術館の収蔵品のオークションがすごいことに!

藤田美術館
http://fujita-museum.or.jp/
明治に活躍した実業家、藤田傳三郎のコレクションを所蔵(国宝9件、重要文化財52件)。展覧会は春季、秋季の年2回。

この話は、その2週間後、以下の記事によって明らかになりました。この10年、中国富裕層による中国アンティークの買い戻し運動が起きています。それを物語る話題といえます。

藤田美術館の中国画に49億円=30点超の美術出品-NY(時事ドットコム2017/03/16)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017031600963&g=soc

藤田美術館(大阪市)が所蔵する中国美術30点以上が15日、米ニューヨークで競売商クリスティーズのオークションに掛けられ、中国宋代の画家・陳容による絵巻「六龍図巻」(13世紀)が4350万ドル(約49億円)で落札された。

1954年開設の藤田美術館は明治時代の実業家、藤田伝三郎とその息子が収集した美術品を展示している。クリスティーズによると、美術館の改装や所蔵品の保全のため出品した。日本の美術館がこれだけの数の所蔵品を海外のオークションに出品するのは珍しい。

六龍図巻は、龍や風景の水墨画などが約5メートルにわたり描かれた作品。清朝の乾隆帝のコレクションの一つで、美術商の山中商会経由で藤田に渡った。

このほか、殷・周時代の青銅器などが出品され、1000万ドル(約11億円)以上での落札が相次いだ。手数料込みの総売り上げは約2億6300万ドル(約298億円)だった。

2)美術家の杉本博司氏が設立した小田原文化財団がによる芸術文化施設「江之浦コンプレックス」が2018年にオープン

小田原文化財団 江之浦コンプレックス
http://openers.jp/article/22862

3)2019年に京都嵐山に新たな美術館が誕生

京都・嵐山に美術館構想 アイフル創業者が私財
http://www.kyoto-np.co.jp/local/article/20170329000059

個々の話を説明しだすとキリがないので、詳しくは各URLをご参照ください。また山口氏がわかりやすく解説してくれた世界の富裕層が注目するオークションビジネスの話については、別の機会に。
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by sanyo-kansatu | 2017-04-27 13:27 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2017年 04月 26日

中国少数民族の「悲しくてやりきれない」物語の後日談(顧桃監督『最後のハンダハン』)

先週土曜日に立教大学で中国の独立系映画の顧桃監督作品『最後のハンダハン』の上映会がありました。

この作品は山形国際ドキュメンタリー映画際や中国インディペンデント映画祭などですでに上映されています。

「ハンダハンは、中国・東北地方、大興安嶺(ダーシンアンリン)山脈最大の鹿で、力強く威厳があるが、次第に生息地がなくなりつつある。当地に住むエヴェンキ族は定住を余儀なくされ、ハンダハンとあだ名される維如(ウェイジャ)も狩りが思うようにできず、消えゆくエヴェンキ文化を語りながら、飲んだくれるしかない。ガールフレンドと一緒に南の都会に住んでも、結局酒がやめられずに帰ってくる。『オルグヤ、オルグヤ…』、『雨果(ユィグォ)の休暇』と、エヴェンキの人々を撮り続けてきた顧桃監督3部作の最終章」(同映画祭ウエブサイトによる解説)。

最後のハンダハン/罕达犴/The Last Moose of Aoluguya(中国/2013)
http://www.yidff.jp/2013/cat041/13c062.html

エヴェンキ族というのは、もともとツングース系の狩猟民で、ロシア・シベリアと中国東北部の大興安嶺山脈周辺(内蒙古自治区エヴェンキ族自治旗や黒龍江省)に居住している少数民族です。生業は狩猟とトナカイの放牧で、白樺の木を何本も組んで円錐形にした天幕式住居が伝統的な住まいでした。戦前の京都大学の今西錦司を隊長とする大興安嶺探検隊の調査地にいた狩猟民といえば、おわかりになる人がいるかもしれません。

ところが、現在、彼らは政府によって定住生活を強いられています。これは中国に限った話ではなく、世界中で行われてきたことで、むしろごく最近まで狩猟民の移動生活が残っていたという意味では珍しいと言えるのかも知れません。顧桃監督が最初にこのテーマを扱った作品『オルグヤ、オルグヤ…』(2007)によると、主人公たちが住む中国内蒙古自治区の敖魯古雅(オルグヤ)周辺では、2003年から定住化が進められたそうです。政府は彼らのために現代的な住居を用意しているのですが、狩猟民の血が騒ぐのか、慣れない定住生活の無為の日々ゆえにアルコール中毒になって命を落としたり、かつて暮らした森の野営地に戻ろうとする者が現れます。

この作品は、『オルグヤ、オルグヤ…』(2007)、2作目の『雨果の休暇』(2011)に続く、エヴェンキ族の人たちの煩悶の日々を記録した作品群の後日談ともいえる3作目です。できればこれら前2作も併せて観ることをおすすめします。

というのも、多くの中国独立系ドキュメンタリー作品と同様、この作品も、まるで撮影者がその場にいないかのように、彼らの生活と喜怒哀楽と葛藤と嘆きのことばを延々と長回しのカメラで撮り、その一部を編集するというスタイルを取っています。また中国の辺境に住む狩猟民の文化や政治的環境は広く知られていないこともあり、主人公たちが置かれた状況や言動の意味について理解するには、本作だけでは十分とは思えないからです。

幸いなことに、『オルグヤ、オルグヤ…』については、講談社からDVDが発売されていますし、その他2作については、香港のテレビ局で放映されたものをYOU TUBE上で観ることができます。

『敖魯古雅(オルグヤ、オルグヤ)』
現代中国独立電影 最新非政府系中国映画ドキュメンタリー&フィクションの世界(書籍+DVD3枚)中山大樹著(講談社)
https://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4062182676&bookType=jp

『雨果の休暇(雨果的假期)』 https://www.youtube.com/watch?v=zu03bEJo_kA
『最後のハンダハン(猂達罕)』 https://www.youtube.com/watch?v=8L9TbT_ZItg
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上映会後のディスカッションでは、顧桃監督がなぜ少数民族をテーマに撮り続けているのか。また彼が最近、仲間と始めた独立系映画の映画祭「内蒙古青年電影周」の話などを聞くことができました。

2016 IMFW 首屆內蒙古青年電影周
https://kknews.cc/entertainment/5n3jr6.html

もともと絵画を勉強していた彼は、最初から「独立映画」を撮ろうなどという考えはなかったそうですが、今回開陳されたエピソードは、自身も満洲族である彼が、少数民族をテーマにドキュメンタリー作品を撮ることになった理由がよくわかるものでした。もともと彼の父親がエヴェンキ族の暮らしを長く取材し、その記録を1980年代に本にまとめていたからです(書名は『猎民生活日記』)。そのとき父親が撮っていた写真をもとに彼はスケッチを描いていたそうです。
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こうした話をふまえると、『最後のハンダハン』に関する以下の監督のことばの真意も理解できます。

「2005年、私は故郷のオロチョンから500キロほど離れた場所に住む、エヴェンキ族の人々を題材にドキュメンタリーを撮り始めた。それは私の父・顧徳清(グー・ドゥーチン)から大きな影響を受けていたためである。父は70年代から写真と文章で北方の少数民族の生活ぶりを記録しており、彼の勇気と辛抱強さに私はずっと励まされてきた。

私は6年の年月をかけ、『オルグヤ、オルグヤ…』(2007)と『雨果(ユィグォ)の休暇』(2011)というオルグヤに暮らすエヴェンキ族についての作品を2本完成させたが、その間に維如(ウェイジャ)のこともたくさん撮影していた。力強さとともに多くの悲しみを抱えた彼の姿は、森に残された孤独な一頭のハンダハンのように見えた。

今から2年前、維如は恋愛をし、三亜にいる夏(シア)先生のために森を離れ、北緯52度のオルグヤから北緯18度の海南島へ移り住んだ。彼に会うために三亜へ行った私は、そのときブログに「森の最後のハンダハンは熱帯雨林に困惑し、吼える力もなく、ただ鳴くばかりだ」と記した。ヤシの木柄の、気取った海南島の服を着た維如がビーチで日光浴をする姿に私は違和感を覚えたが、彼の幸福を邪魔する権利があるでもなし、ただ彼自身が将来を選択するのを見守るしかなかった」(山形国際ドキュメンタリー映画祭ウエブサイトによる解説)。

ディスカッションの最後には、作品にも出てくるエヴェンキ族の口琴の演奏を監督が披露し、和やかにイベントは終わりました。

ただし、ちょっぴり不満もありました。これは文句でも批判でもありませんが、ディスカッションで話された内容の多くが、この種の映画祭が次々に当局によって閉鎖されるなど、中国の独立映画の置かれた厳しい状況、ゆえに日本はもっと彼らを応援すべきであるというような、ある意味「教育的」な話に偏っていたように思えたからです。

個人的には、もっと顧桃監督の作品の世界そのもの、エヴェンキ族と彼らの置かれた状況に対する理解を深めるような話を聞きたかったです。

たとえば、森で暮らすエヴェンキ族とトナカイの関係について。彼らがトナカイを放牧しながら、食肉やミルクをどう取り、調理しているのか。『オルグヤ、オルグヤ…』の中には、仕留めたばかりの野うさぎを切り刻み、食肉にするシーンや包子(肉まん)を食べるシーンがありますが、この肉はトナカイなんだろうか、など。彼らの食文化や森の生態とその変化についてもっと話を聞いてみたかったです。

今回気になって調べたのですが、この作品のタイトルであるハンダハンはヘラジカ(elkあるいはmoose)のことで、作品内によく出てくるトナカイ(reindeer)とは別の生き物です。どこ違うかというと、見た目が違う。ヘラジカの角は文字通りヘラのように平たく横に広がって生えているのに対し、トナカイの角は縦に長く伸びるそうです。この地域にはどちらも棲息していたそうですが、特にヘラジカは密猟によって数が少なくなっています。エヴェンキ族にとって両者の違いはどう理解されているのでしょうか。

もうひとつは、中国における少数民族に対する現地の人たちの見方について。この問題はどの立場からみるかによって見方が変わるものだと思いますが、漢族ではなく、同じ少数民族である満洲族の顧桃監督からみてエヴェンキ族とはどのような存在なのか。個人レベルでは父親の影響から親しみのある存在であったことはわかりますが、一般の中国社会における少数民族同士の関係についてはどうなのか。

主人公のウェイジャはかつての放牧の暮らしを絵に描いていて、それが縁で惹かれた女性と一緒に海南島に旅立つことになったのですが、彼の描く絵に対して顧桃監督はどう感じているのだろうか。技術うんぬんというより、少数民族自身が描く絵画の美術的価値、あるいは社会的価値をどう考えているのか。

なぜこんなことが知りたいと思うかというと、これは偶然のことですが、昨年7月ぼくはこの作品の舞台である中国内蒙古自治区の大興安嶺の近くを訪ねていたからでした。

この地域はエヴェンキ族に限らず、多くの少数民族が入り乱れるようにして居住しています。モンゴル族の住むフルンボイル草原から北に向かうと、草原は徐々に湿原になり、さらには白樺の並木が増え、ついには大森林に変わります。かつては、それぞれの自然環境ごとに異なる少数民族が暮らしていたのです。

今回ぼくは、別の関心からこの地を訪ねていたので、エヴェンキ族が居住する地域には直接足を運んでいません(実をいうと、現地のモンゴル族の知人から、エヴェンキ族の集落に行くことには価値がないと言われたからです。その意味はあとで説明します)。でも、はっきりしていることは、この地域では、彼らだけでなく、それ以外の多くの遊牧の民も、同じように定住生活を強いられていたのです。集落ごとに民族が住み分けされ、ひと目で居住民族がわかるように、政府が建てた家の壁の一部は赤やブルーなどに塗り分けられていました。国家による管理は、このような可視化を強いるものなのです。

その一方で進められていたのは、国家レベルでの草原と森の産業化でした。内蒙古のフルンボイル平原には近代的な工場がいくつも建ち、丘陵の尾根伝いにどこまでも風力発電の巨大なプロペラが並んでいます。都市部に近い草原は、所有と管轄を示す鉄条に区切られていました。また、もともと草原の顔だった羊や馬以外に、白黒まだらの乳牛が草を食んでいます。内蒙古は中国の乳産業の基地となっているからです。

近年、中国政府は国内の辺境地域の観光振興にも力を入れています。産業の乏しい辺境地の地域振興としては、国際的にみても特別なことではありませんが、顧桃監督作品を観ることで、それがもたらす別の意味を考えさせられます。

もともとこの地域は1年の大半は雪に覆われ、零下40度以下になる厳寒の地ですが、近年では6月から8月までの夏の約3ヵ月間、北京や上海などから多くの観光客が訪れるようになっています。メインの目的は内蒙古の草原観光ですが、それ以外のハイライトのひとつが、根河という町にあるエヴェンキ族の文化村とトナカイ牧場を訪ねることです。

実は、この根河こそ、顧桃監督作品に出てくる「敖魯古雅(オルグヤ)」の中国語の地名です。YOU TUBEで探すと、根河のエヴェンキ民族村とトナカイ牧場を訪ねた中国人観光客の姿を撮った映像がいくつも見つかります。

2014內蒙根河敖魯古雅博物館&使鹿部落 https://www.youtube.com/watch?v=SFnX5uFNuRU
2014中華新聞記者協會參觀敖魯古雅鄂溫克使鹿部落景區 https://www.youtube.com/watch?v=yU0mgWuWatw
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根河を訪れた北京や上海からの観光客は、フルンボイル市にあるハイラル空港で民族村を紹介する、いかにも通俗的な観光PR広告を目にすることになります。「馴鹿」はトナカイのこと。エヴェンキ族の住居と老人の写真に「中国極寒の地、根河はあなたを歓迎します-森林の町、トナカイの里、保養の地」というコピーが謳われています。こうした観光化は2000年代から徐々に進められてきました。これは、中国国内でこの20年間かけて拡大していったマスツーリズムにフロンティアが組み込まれていくプロセスだったといえます。つまり、顧桃監督が描いたエヴェンキ族の「悲しくてやりきれない」物語と同時進行で、彼らの周辺ではこうした観光化が起きていたのです。『最後のハンダハン』の冒頭のシーンのエヴェンキ族の定住地で、民族衣装を着た彼らがステージのような場所で歌と踊りを披露していましたが、これは彼らのための祝祭ではなく、観光客に見せるためのものなのです。
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これらを知ってしまった以上、前述したような、いろいろ気になることが出てきます。日本人であるぼくは、属する国家は違うとはいえ、北京や上海からこの地を訪れる漢族にきわめて近い立場にあると思います。その限界をふまえたうえで、エヴェンキ族について何か考えられることがあるとすれば、せめていま現地につくられた文化村の展示品を観ることだけで満足せず、彼らについてもっと知りたいという気持ちになるのです。

でも、一度にすべてを聞き出そうとするのは欲張りというものでしょう。きっとこれから先、なにかの縁で、顧桃監督からそんな話を聞く機会もあるだろうと思います。自分で調べられることもいろいろありそうです。

今回の上映会の後、しばらくぶりに『オルグヤ、オルグヤ…』や『雨果の休暇』を観たのですが、ウェイジャが何度も語る次のことばにあらためて無常を感じざるを得ませんでした。

「俺たちの世代で狩猟文化が消えていく。残念なことだよ」

しかし、彼は私たちの同時代人なのです。
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by sanyo-kansatu | 2017-04-26 12:28 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)
2017年 04月 25日

立ち食いうどん屋の外国人旅行者と豊島区椎名町のインバウンドの話

先週、ある用で西武池袋線の池袋からひとつめの駅、椎名町を降りたところ、駅前にある一軒の立ち食いうどん屋の前に旅行バッグを背負った外国人旅行者の3人組がいました。つい彼らにつられて店に入ってしまいました。
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椎名町を訪ねるのは数年ぶりのことです。めったに利用することのない駅を降りると、『孤独のグルメ』のゴローさんのように、よさげな飲食店をつい探したくなるものです。その立ち食いうどん屋の「南天」は、ボリュームたっぷりの肉うどん(430円)が名物だそうです。
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店内にはトリップアドバイザーの貼り紙がありました。なんでも豊島区のレストランで3623軒中67位(2017年4月24日現在)なんだそうです。
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南天本店
https://www.tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g1066460-d1683449-Reviews-Nanten-Toshima_Tokyo_Tokyo_Prefecture_Kanto.html
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これが肉うどんです。肉の量を2倍にしたダブルは510円、ミニ390円もあります。

店長に聞くと、近所に外国人客が泊まれるゲストハウスがあるそうです。なるほど、だから椎名町のような住宅街に彼らが出没していたわけです。

後日、椎名町にあるというゲストハウスをネットで調べたところ、以下の宿が見つかりました。

シーナと一平(豊島区椎名町のカフェと旅館)
http://sheenaandippei.sakura.ne.jp/

そして、昨日のお昼前、ちょこっと覗きにいきました。場所は、椎名町駅の北口を出て西に向かい、サミット通りという名の商店街を歩いていくと、道沿いにあります。
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そこは「とんかつ一平支店」という古い看板のある建物でした。えっ、ここがゲストハウス? そう思いながら、店の前にいた女性に声をかけると、ずいぶん前に閉店したとんかつ屋だった空き家をリノベーションしてゲストハウス兼カフェとして、昨年3月にオープンさせたのだとか。
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せっかく訪ねたので、カフェでお茶をしながら彼女にさらに話を聞いたところ、このゲストハウスは豊島区の「リノベーションまちづくり」事業の一環で開かれたリノベーションスクールに参加した男性が始めたものでした。

いくつかのメディアがすでにこの宿について紹介していました。

カフェと旅館 一体 シーナタウン、豊島区の空き家活用 (日本経済新聞2016/3/17)
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO98515690W6A310C1L83000/

まちづくり会社のシーナタウン(東京・豊島)は18日、豊島区の空き家活用プロジェクトの一環で、カフェと旅館が一体となった施設を開業する。同区内の空き家率は15.8%と23区で最も高く、区は空き家の再生で地域の魅力を高める構想を進めている。今回の施設は同構想から誕生した第1号となる。

同社が開業するのは「シーナと一平」。昨年3月に区が開催した「リノベーション(大規模改修)スクール」で再生を検討した案件だ。使われていなかった住宅併設型の元とんかつ店を用途変更し、1階はカフェ、2階は主に訪日客が対象の旅館とした。

カフェは1時間300円で、ミシンを自由に使える「ミシンカフェ」。「ミシンに親しむシニアと子育て世代をつなぐ目的」(同社)という。

旅館は5部屋あり、2人で宿泊する場合、1万5120円からとする。相部屋式のドミトリーも備えた。

西武池袋線椎名町駅前の商店街に立地する。カフェでは近隣の総菜店で買ったものの持ち込みも可能にする予定で、利用者の商店街内の回遊も狙っている。


他にもいろいろあります。宿泊施設内の写真などはこちらを参照してください。

民間主導のプロジェクトで誕生した「シーナと一平」。まちに溶け込む「お宿と喫茶」を目指す
http://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00345/

とんかつ店をカフェと宿にリノベーションしてまちの“世代をつなぐ”
http://suumo.jp/journal/2016/03/18/108036/

豊島区のリノベーションまちづくり構想の詳細は以下を参照してください。都内一といわれる空家率の背景に、豊島区における30代(子育て世代)の流出があることから、いかに子供を育てやすい環境をつくるかという観点で民間と公共の空き家や空き地を利用したまちづくりを進めていこうとするものです。

豊島区リノベーションまちづくり構想
http://www.city.toshima.lg.jp/310/kuse/shisaku/shisaku/kekaku/008446/documents/toshima_renovkousou.pdf

リノベーションスクール@豊島区
https://www.facebook.com/renovationschool.toshimaku/
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こうした理念を掲げた取り組みが、当の外国人旅行者にどう受けとめられるかは別の話ですが、昭和の古い飲食店をリノベーションして生まれた空間はとてもユニークで、心地よいものです。

靴を脱いで上がるちゃぶ台が置かれたスペースがカフェで、利用代300円の内訳は、お賽銭箱に200円と飲み物代100円。コーヒーやソフトドリンクなど、セルフサービスとなっています。
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柱を背もたれにして、足を伸ばしてアイスコーヒーをいただいていると、近所のママさんが小さなお子さん連れで現れました。なんでも以前は昼間はただのカフェスペースだった1階は、今後近所の商店街のおばさんたちが先生になって洋裁や編み物、料理などを教えてくれる教室になるそうです。
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その名も「長崎二丁目家庭教室」。(月~木のみ。金~日は以前のとおりセルフカフェ)。教室の運営を担当する地元在住、二児の母である藤岡聡子さんにいただいたチラシによると「まちの誰もが暮らしの先生。家庭科に通ずる暮らしの知恵を学んだり、まちなかの福祉についてしることができます」と書かれていました。
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もともと外国人向けのゲストハウスとして立ち上げた「シーナと一平」でしたが、地元に密着したもうひとつの顔があることを知り、なるほどと思いました。
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確かに、椎名町は池袋に近い徒歩圏内でありながら、昔ながらの商店街が(以前に比べると縮小しているのですが)いまだに残っている町です。外食チェーンは駅前にはありますが、個人経営の個性豊かな食堂がまだたくさんありました。外国人観光客にすれば、商店街で焼き鳥を買って、カフェスペースでビールを飲んだりできる。こういうのが、本当は日本らしい町の楽しみ方なのかもしれません。

実は、藤岡さんに椎名町にあるもう一軒の、しかも都内で外国人にダントツ人気の旅館(トリップアドバイザーの都内の旅館人気ランキングで老舗の澤の屋に次ぐ2位だそう)があることを教えてもらったので、その足で訪ねてみることにしました。

その話はまた今度。

「澤の屋」に次ぐ都内人気旅館の支配人が語る民泊被害とこれからの宿経営
http://inbound.exblog.jp/26813108/
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by sanyo-kansatu | 2017-04-25 11:18 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2017年 03月 02日

過去最高400万人超えの台湾客はいま日本で何を楽しみたいのか?

昨年の訪日台湾人数は416万7400人。リピーターが多く、全国各地に足を延ばす台湾客は1980年代から日本を訪れている。彼らはどのような人たちで、日本がなぜ好きなのか。そろそろ飽和市場といわれるなか、さらにこの勢いを盛り上げるために何ができるのか、考えたい。
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昨年の訪日台湾人数が過去最高の416万7400人ということは、人口2300万人のうち6人に1人が日本を訪れたことになる。台湾から毎年これだけ多くの人たちが日本を訪れる理由は何だろうか。

それを理解するうえで参考になる映画がある。中国のオムニバス映画『Cities in Love(恋愛する都市)』(2015)の一編として収録されている『Honeymoon(蜜月)』という約20分の短編作品だ。

台湾人監督が描く北海道ハネムーン旅行

『Honeymoon(蜜月)』は、北海道を舞台にした中国人カップルのハネムーン旅行を描いている。台湾人の傅天余監督は1973年生まれの女性で、岩井俊二監督に影響を受けたという。

恋爱中的城市(YOU TUBE)※『蜜月』は1時間2分40秒頃から。
https://www.youtube.com/watch?v=JT6K7HyzAPE

物語はハネムナーのふたりが窓の外の雪景色を見ながら温泉に入るシーンから始まる。部屋に戻ったふたりが床に就くと、新郎の携帯が鳴る。電話の相手は会社のボスで、彼のスマホに北海道産の干物屋の写真を送ってくる。土産に買ってこいというのだ。
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↑亜熱帯に暮らす台湾人にとって、雪見温泉は極上体験

新婦は北海道で行きたいところ、食べたいもの、体験したいことをいくつも計画していたが、翌朝彼らは温泉宿をキャンセルし、干物屋を探しに行くことになった。彼女は大いに不満である。

小樽駅から電車に乗り、ある無人駅で下車。その後、ふたりは路線バスに乗る。バスを降りて、雪道を歩いているうちに大喧嘩を始める。そして、彼を置き去りにして彼女はひとりで歩いていってしまう。
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↑雪に覆われた無人駅はハネムナーにとってはロマンチックな世界。今年初め、この映画を観た中国人観光客が線路に降りて、電車を停めるという報道があった

ついに日が暮れ、大雪の路上でスーツケースに座って途方に暮れていた彼に電話がかかる。彼女からだった。「見つかったのよ」。

彼女はすでに干物屋を見つけ、自宅に招き入れてもらい、部屋で休んでいたのだった。こうしてふたりは老夫婦の暮らす家にホームステイすることになる。囲炉裏を囲んで片言の日本語で会話をしているうちに、喧嘩ばかりしていたふたりが寄り添うところで終幕となる。

台湾客はローカルバスが好き?

ほのぼのとしたラブコメディであり、この作品に見られる日本の老夫婦に対する温かいまなざしは、いかにも台湾人監督らしい。ハネムーンの話ということで、いまの若い台湾人や、おそらく中国人も(同作品はまがりなりにも中国映画である)、日本で体験したいことがもれなく盛り込まれていると解釈していいかもしれない。

この作品には以下のようなシーンが出てくる。

雪景色、温泉、納豆、ローカル線、駅弁、無人駅、ローカルバス、雪道を歩く、日本酒の熱燗、ホームステイ(民泊)、日本人老夫婦との交流

一見なんの変哲もないようだが、これらは台湾の人たちが日本でやってみたくてたまらない体験のラインナップと見ていいのではないだろうか。わざわざローカルバスに乗ることも、最近の日本のテレビ局が低予算ゆえに盛んにつくっている路線バスの旅番組の影響があるかもしれない。台湾では日本のテレビ番組が多く放映されているからだ。
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↑バスの中でふたりの気持ちは離れてしまったよう。「せっかくのハネムーンなのに、自分はどこに連れて行かれているのだろう…」。彼女の気持ちは理解できる

ここには、彼女が当初計画に入れていた和牛の焼肉やタラバガニの食事もそうだし、ドラッグストアや免税店の買い物といった一般の日本人がイメージする訪日中国客の姿は一切出てこない。彼女が「見つけた」と語る日本の老夫婦との和やかな語らいの時間に比べれば、そんな誰でもできるようなことなど、たいした価値はないのである。

自分たちの住む小さな田舎町を訪ねてきたふたりの様子を訝しがりながら、老夫婦は自分たちの新婚旅行先がハワイだったと話す。おそらく1970年代のことだろう。こうしたエピソードを挿入できるのも、昔から日本のことをよく知っている台湾人監督ゆえの味つけだと思われる。
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↑日本酒の熱燗を酌み交わしながら、老夫婦の思い出話を聞くふたり

台湾版「田舎に泊まろう」ウルルンツアー

長崎県の島原半島の南端にある南島原市では、2013年から台湾の団体客を農家民泊させるツアーを受け入れている。ツアー名は「來去郷下住一晩(田舎に泊まろう)」。催行しているのは、台北にある名生旅行社だ。
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↑「來去郷下住一晩(田舎に泊まろう)」

名生旅行社:http://www.msttour.com.tw/web/major.asp

このツアーで、台湾客たちは民泊先の畑で地元の農産物の収穫をした後、ホスト家族と一緒に料理をし、夕食を味わう。その心温まる体験は、台湾メディアに報じられたことで人気を呼び、毎年多くの台湾客が訪れるようになった。
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↑筆者が同行取材した台北在住の黄さん一家は民泊先のビニールハウスでナスやピーマンを収穫した
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↑民泊先のキッチンで家族と一緒につくった夕食を楽しむ

(参考)台湾版「田舎に泊まろう」ウルルンツアー密着レポート(長崎県南島原市)
http://inbound.exblog.jp/24747209/

南島原市が農家民泊事業を始めたのは2009年から。最初は長崎県の中学生から受け入れを始め、全国の中高生の修学旅行生へと広げていったという。いまでは年間約1万人の民泊を受け入れており、約160の民家が対応している。

民泊ツアーに参加する台湾客について、添乗員の林尚緯さんはこう話す。

「このツアーでは、福岡や壱岐島、湯布院、長崎などを訪ねます。福岡ではグランドハイアット、湯布院では有名な温泉旅館に泊まるように、決して安いツアーではない。お客さんの多くは、すでに東京や大阪、北海道などには行き尽くした、日本をよく知るリピーターです。日本が好きになって、もっと奥まで日本のことを知りたい。今回、南島原の民泊は2回目というリピーターのお客さんもいました。帰国後、アンケートを取ると、ほとんどの方が民泊がいちばん良かったと回答しています」。
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↑台湾から来た8家族(33名)がそれぞれの受入先の農家に分かれて民泊した(2015年7月)

帰り際に地元の公民館に台湾客が全員集まり、お別れの会をするのだが、感極まって涙を見せる人も多いという。一緒に過ごした1日の時間を思い出すと、お互い言葉がわからなくてもどかしいぶん、ぐっとこみ上げてくるものがあるようだ。まさにウルルンツアーなのである。

日本人と触れあいたいという思い

民泊ツアーの添乗員の林尚緯さんが言うように、台湾客は日本のリピーターが多い。一般に市場が成熟すると、団体から個人へと移行するといわれるが、台湾客は個人比率が高いものの、仲間でわいわい楽しみながら旅行をするのが好きな人たちである。日本の情報も、テレビはもちろん、ネットが普及する前の紙メディアが主流の時代から接していたという意味で、年季の入った日本ファンといえる。

そのため、彼らは日本人の好みや流行、考え方を比較的素直に受け取る傾向が強い。台北で現地情報誌の立ち上げに関わった編集者の鈴木夕未さんによると「台湾人の日本旅行の好みは、ほとんど日本人と一緒。よく外国人目線を大切にというけれど、彼らは日本人目線とそんなに変わらない。日本人がカワイイと思うもの、素敵と思うもの、行ってみたいと思うところもほぼ同じ。日本の女性誌に掲載されているような店を台湾人は好みます」という。

「日本が好きになって、もっと奥まで日本のことを知りたい」という台湾客の思いを理解するうえで参考になるのが、台湾出身の日本薬粧研究家の鄭世彬さんが書いた『爆買いの正体』(飛鳥新社)だろう。彼は日本の医薬品や化粧品、美容・健康商品の専門家で、すでに台湾、中国で10冊以上の案内書を出版している。同書は台湾人も含めた華人の「爆買い」を経済現象としてみるのではなく、民族的、歴史的な背景をもった文化現象として描いていることが特徴だ。

さらに、台湾人によるあふれんばかりの日本愛の告白書でもある。なぜ台湾の人たちがこれほど多く日本を訪れるのか、その理由を熱く語ってくれている。それは、ひとことでいえば、日本人ともっと触れあいたいという思いがあるからなのである。
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↑『爆買いの正体』(飛鳥新社)http://goo.gl/DXhOMa

1980年代から日本を旅行していた台湾客

台湾の人たちが日本に旅行に訪れるようなったのは、1979年以降である。その年、台湾人の海外渡航が自由化されたからだ。

アジア映画ファンなら、台湾映画を代表する候孝賢監督が製作に携わった『多桑 父さん』(呉念眞監督 1994年)という作品に登場する老人のことを知っているかもしれない。彼は日本統治時代に教育を受けた世代で、戦後多くの苦労を重ねたが、夢は日本旅行に行って富士山を見ることだった。結局、老人は夢を果たせなかったことで物語は終わるが、多くの台湾の人たちが自由化後に最初に向かった先は日本だったのだ。

とはいえ、80年代当時は年間約40万人、90年代でも約80万人ほどだった。それが一気に増えたのは、2000年代に入ってからである。

引き金になったのは、2005年の愛知万博開催を期に台湾人に対する観光ビザを免除したことだ。さらに、日本への往来を格段に便利にしたのが日本の航空政策である。海外の国々との間で航空便の路線や発着枠、便数を自由化させるオープンスカイ協定の改定や推進で、特に近年の目覚しい路線数の拡充は、米国との協定を締結させた2010年10月以降、続々とアジア各国との同様の協定を進めた。

なかでも地方空港への国際線乗り入れ増加に影響を与えたのは、10年の韓国、11年の台湾、香港、12年の中国との協定締結だろう。台湾と日本のオープンスカイ協定は、11年11月に調印されたが、これにより台湾からの関西国際空港や中部国際空港、そして地方空港への乗り入れは自由化され、就航エアラインやチャーター便の規制も撤廃されたことから、従来のチャイナエアラインやエバー航空に加え、翌年よりマンダリン航空やトランスアジア航空(16年11月解散)の4社が定期便の運航を開始した。

現在、これに加えてLCC(格安航空会社)が日本と台湾を結んでいる。国内系はジェットスターやピーチ・アビエーション、バニラエア。外国系はシンガポールのスクート航空、昨年から仙台や岡山などの地方都市への運航を開始したタイガーエア台湾。もちろん、これに日本航空と全日空が加わる。台湾のエアラインは日本の地方都市にも多く就航していることが特徴で、台湾メディアによれば、「日本と台湾を結ぶ航空便は毎日約100便」(フォーカス台湾2016年5月29日)飛んでいるという。
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↑台湾で開催される旅行博では、日本ブースが最大規模。会場では日本ツアーが大量に販売される

ビザ免除とオープンスカイ協定終結による相乗効果が、昨年台湾からの訪日客が400万人を超えるまでに拡大した最大の理由といえる。

双方向の交流を進め、盛り上げたい

日本政府観光局(JNTO)によると、昨年の1月から10月まで日本は台湾人の海外旅行先トップだったという。数の規模は飛躍的に拡大し、前年からの伸び率も13.3%増と決して低いとはいえないが、一時期の勢いは収まり、市場は飽和状態という声もある。

昨年下半期に若干伸びが落ちた背景には、2015年12月に日本路線の運航を開始したVエアの撤退(16年9月)やトランスアジア航空の解散(11月)などの影響があったと考えられる。

日台間を結ぶ航空便が減れば、当然訪日客数に影響が出る。であれば、航空便の維持のためにも、我々も台湾に出かけるべきではないだろうか。さいわい、日本から台湾を訪れる観光客数はここ数年、わずかではあるが増加傾向にある(2015年で167万2000人)。ただし、台湾から日本を訪れる数に比べると、半分以下だ。双方向の交流こそが、台湾の訪日市場をさらに盛り上げることにつながるはずだ。

台湾が日本からの観光客を待望するのはもうひとつの理由がある。2016年1月の台湾総統選挙の結果、民進党の蔡英文主席が当選したが、それ以後、中国からの観光客が大きく減少しているからだ。

訪日台湾市場を理解するためには、現地をよく知ることが欠かせない。ぜひ多くの日本人が今年は台湾に足を運んでほしい。

※やまとごころ.jp
http://www.yamatogokoro.jp/report/2934/
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by sanyo-kansatu | 2017-03-02 12:19 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2017年 01月 14日

北海道のローカル駅の線路に入る「危ない訪日客」が出没する理由がわかってしまいました

今朝、ネットで地方新聞のこんな記事を読みました。

線路から撮影 危ない訪日客 JR朝里駅へ映画ロケ地巡り(北海道新聞2017.1.13)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/life-topic/life-topic/1-0357425-s.html

【小樽】JR函館線朝里駅(小樽市朝里)の周辺で、線路に入って写真を撮る外国人観光客が相次いでいる。昨年12月から列車の急停止や発車の遅れが6件発生。朝里でロケをした映画が中国と韓国で上映されたことを契機に、無人駅の同駅を訪れ、記念写真を撮る外国人観光客が増えていることが背景にあるようだ。JR北海道は朝里駅や小樽駅に注意を呼び掛けるポスターを張って再発防止に努めている。

朝里駅を所管する小樽駅によると、線路内に入る外国人観光客が最初に確認されたのは昨年12月4日。遮断機が下りている同駅近くの踏切内にいた外国人を普通列車の運転士が発見。同駅を出発するのが5分遅れた。その後も1月12日までに外国人が線路内に入ったり、踏切内に入ったりして列車が急停止や遅れた事例が5件続いた。列車の乗客も含めけが人はなかった。

朝里駅は2015年1月、新婚夫婦がハネムーン先の小樽で繰り広げる人間模様を描いた台湾の監督の短編映画のロケ地となり、同8月に中国で公開された。また、韓国では1995年に日本で公開され、99年に韓国で大ヒットした映画「Love Letter(ラブレター)」が昨年1月に再上映された。ラブレターは小樽市朝里の中学校がロケ地の一つで、短編映画とラブレターの再上映によって、中国人や韓国人の間で朝里の人気が高まっているという。


このところ連日出てくる“人騒がせな外国人観光客”の新ネタがまた登場したかと思いながら読んだのですが、記事に出てくる2015年夏に中国で公開されたという「台湾の監督の短編映画」とはどんな作品なのか気になったので、ネットで調べてみました。

なんでも5人の若手監督によるラブストーリーを集めた中国のオムニバス映画『Cities in Love(恋愛する都市)』の一編として、台湾人監督の傅天余さんが撮った『蜜月』という作品だそうです。傅さんは1973年台中生まれの女性で、『Love Letter』の岩井俊二監督に影響を受けたといいます。岩井監督はこの映画の監修も務めています。

【参考】
恋爱中的城市 (2015)
https://movie.douban.com/subject/26263443/
傅天余 Fu Tien-yu
https://movie.douban.com/celebrity/1320962/
台湾の監督が小樽ロケ!(2015年1月に行われたロケの経緯について)
http://kitanoeizou.net/blog/?p=9740
中国映画のロケ撮影が茨木家中出張番屋でありました   
http://tanage.jp/info/?c=1&s=16491

いったいこの作品はどんなストーリーなのでしょうか。中国のネットで調べてみると、北海道を舞台にした中国人カップルのハネムーン旅行を描いた20分ほどの短編作品ということです。

(参考)
最爱北海道蜜月之行的那个故事
https://movie.douban.com/review/7594646/
《恋爱中的城市》北海道特辑 江一燕张孝全蜜月(人民網2015年07月31日)
http://ent.people.com.cn/n/2015/0731/c1012-27393427.html
《恋爱中的城市》曝特辑 江一燕张孝全“滚床单”
https://m.sohu.com/n/417908331/

実際に映画を観ることにしました。YOU TUBEで誰でも観ることができます。
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恋爱中的城市(YOU TUBE)※『蜜月』は1時間2分40秒頃から。
https://www.youtube.com/watch?v=JT6K7HyzAPE

とてもほのぼのしたいい映画でした。この作品に見られる日本人に対する温かいまなざしは、いかにも台湾人監督らしいと感じました。ハネムーンの話ということで、いまの若い台湾人や、おそらく中国人も、日本で体験したいことがすべて盛り込まれているような印象です。

本当はこんなネタバレ許されないことなのですが、いま彼らが日本でどんな旅行をしたいのかを理解するという観点から、作品のいくつかのシーンをストーリーに沿って紹介しようと思います。
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ふたりが窓の外の雪景色を見ながら温泉に入るシーンから始まります。
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部屋に戻ったふたりがそろそろ床に就こうとしていると、新郎の携帯が鳴ります。電話の相手は彼の会社のボスで、彼のスマホに北海道産のある干物屋の写真を送ってきます。要するに、土産に買ってこいというわけです。
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「磯松屋」とあります。

翌朝の朝食シーンです。少々抵抗を覚えつつ、納豆を食べてみるというのは中国人の日本旅行の定番シーンです。
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新婦は北海道で行きたいこと、食べたいもの、体験したいことを時間刻みにいっぱい計画していて、そんな話ばかりしています。ところが、彼は浮かない顔。その理由は、昨晩のボスからの電話で頼まれた「磯松屋」の干物を土産に買ってこなければならないことを彼女に告げなければならないからです。
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結局、そのためふたりはその日の温泉宿をキャンセルし、住所しかわからない「磯松屋」を訪ねることになります。

小樽駅で駅員に降りるべき駅を聞いているシーンです。
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そして、ふたりは朝8時7分発の長万部行きに乗り込みます。
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自分の立てていた計画をすっかり変更させられたことで、彼女は電車の中でそっぽを向いています。
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駅弁シーンも盛り込まれています。「本当は焼肉を食べるはずだったのに…」と彼女は不満げです。
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そして、ふたりが降りたのが問題のJR函館本線の朝里駅です。小樽駅から札幌方面に向かう2つめの駅です。
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この映画を観た中国客たちが「危ない訪日客」となってしまうのです。ここは無人駅です。彼らからすると、映画のようにふたりだけの世界になれる無人駅ほど気分を盛り上げてくれるスポットもないのだろうと思われます。だいたい無人駅だなんて中国では考えられないでしょうし。
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面白いのは、その後ふたりは路線バスに乗ることです。中国の人たちというより、特に台湾の人たちが、こういうことを体験したくてたまらないのでしょう。日本のテレビ局が予算をかけずに作れることから盛んに放映している路線バスの旅番組の影響もあるのかもしれません。バスの中ではふたりの気持ちはとうとう離れてしまったようです。「せっかくのハネムーンなのに、自分はどこに連れて行かれているのだろう…」。彼女の気持ちは理解できます。
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バスを降りて、雪道をどこにあるのかもわからない干物屋を探して歩いているうちに、ふたりは大喧嘩を始めてしまいます。そして、ついに彼女は彼を置き去りにして、ひとりで歩いていってしまいます。
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そして、日が暮れます。ところが、なぜか日本家屋の中で横たわっている彼女のシーンに変わります。隣の部屋では老夫婦が睦まじく食事をしています。奥さんがご主人の茶碗にたくわんを入れてあげようとしているところなど、実に演出が細かいというべきか。
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一方、彼は大雪の人通りのない路上でスーツケースの上に座って途方に暮れています。すると、先ほどやけになって雪の中に投げ込んだ携帯が鳴ります。彼は慌てて雪の中から携帯を取り出します。彼はその電話の相手をボスだと思いこんでいます。というのも、昨晩からうるさいくらい何度も掛かってきていたからです。
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ところが、相手は彼女でした。そして、彼女は言います。「本当に見つかったのよ(我真的找到了)」。この台詞がいいですね。でも、彼は最初、その意味がわかりません。
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そして、次に映し出されるのが干物の入った「磯松屋」の木のケースでした。詳しい経緯は語られませんが、彼女はすでに干物屋を見つけていて、家の中で休ませてもらっていたのです。
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「磯松屋」の老夫婦は不思議そうにふたりを見つめます。「新婚旅行?」「こんなところに?」「若い人たちが考えることはわからないわねえ」。
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そして、彼らは自分たちが新婚旅行でハワイに行った話を始めます。ご主人はその費用を会社の社長に借りて、返すまでに2年もかかったという話をします。
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もちろん、ふたりはそんな日本語がわかるはずもないのですが、熱燗を酌み交わします。
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この日、喧嘩ばかりしていたふたりが寄り添うところで終幕です。

さて、この作品には、以下のようなシーンが出てきます。

雪景色、温泉、納豆、ローカル線、駅弁、無人駅、ローカルバス、雪道を歩くこと、日本酒、ホームステイ(民泊)

一見なんの変哲もないシーンのようですが、これらはすべていまの若い中国人が日本で体験したいことのラインナップ(もちろん、一例ですけれど)だと解釈できるのではないかと思いました。

ここには、彼女が計画に入れていた和牛の焼肉やタラバガニの食事もそうですし、ドラッグストアや免税店の買い物といった一般の日本人がイメージする訪日中国客が日本でやってることは一切出てきません。彼女が「見つけた」ものの価値に比べれば、そんな誰でもできるようなものなんて、たいしたことではないのです。

(とはいいつつも、実際には、帰国の前日、彼らは札幌市内のドラッグストアと免税店に必ず行くことになるとは思いますけれど….。それじゃ物語が台無しですものね)。

最初にも書きましたが、日本人老夫婦のキャラ設定やその描き方は、台湾人監督ならではで、地方に住む日本人の雰囲気をよく理解していると思いました。この世代の老夫婦の新婚旅行先がハワイだった(おそらく1970年代)という台詞も、昔から日本のことをよく知っている台湾人だからわかる話で、最近になって海外旅行に行き始めたばかりの中国人にはちょっと想像がつかないことでしょう。

「危ない訪日客」はこの作品を観た人たちだったのです。まずこれを確認しておきましょう。

だからといって、線路に降りたり、踏切内に入ってしまうことは問題です。

では、どうやって彼らにそれをやめさせるか。そのための告知をどうするか。北海道新聞の記事にあるように、駅に外国語表示を付けるだけでは十分ではなさそうです。やはり、こういう場合は、日本にある中国国家観光局に申し入れをして、中国側にメディアなどを通じて伝えてもらうことではないでしょうか。

せっかくのいい映画なので、これが元でお互いが険悪になるのだけは避けたいものです。

ところで、オムニバス映画『Cities in Love(恋愛する都市)』の残りの4つの作品の舞台は、プラハ、パリ、上海、フィレンツェです。それぞれ監督も違い、作風もまちまちですが、『蜜月』ほど旅を誘ってくれる作品はないと思います。

【追記】
この北海道を舞台にしたラブコメ映画は、2008年に中国で公開された 『非誠勿擾』(馮小剛監督)と比べてみると、いろんな意味で、この間の時代の変化を感じさせます。

非誠勿擾公式サイト
http://feichengwurao.sina.com.cn/
非誠勿擾 (YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=F1MOIhEVluI

この作品については、すでに多くの解説が行われているので、詳しくは触れませんが、ひとことで言えば、「中国人が北海道を発見」するきっかけとなる映画でした。普段は「日本といえばニッポン兵」とばかりに抗日ドラマばかりを見せられていた彼らにとって、映像で目にした北海道の風景は日本のイメージを大きく変えたといわれています。

当時、中国人に対する個人ビザが解禁されていませんでしたから、カップルが自由に車で移動しながら北海道を旅行するということは、一般中国国民にはできないことであり、それゆえ大ヒットとなったのです。当時は、「団体ではなく、個人で日本を旅行する」ということが憧れだったのです。

※主人公の男性が「海亀」(海外で働いた後、帰国した中国人)という設定だから、この時期、個人旅行できたといえます。商務ビザで日本を訪ねる人たちと同じです。

その後、北海道は中国人の人気観光地になり、大挙して訪れたことは周知のとおりです。

そして、『蜜月』が公開された2015年、すでに多くの個人客が日本を訪れるようになっていました。特にこの年1月の個人マルチビザの緩和は訪日中国客を倍増させました(14年:240万人→15年:499万人)。

監督が台湾人であることを大きく差し引かなければならないとは思いますが、『Cities in Love(恋愛する都市)』はまがりなりにも中国映画ですから、いまの中国人の日本旅行のニーズを先取りし、体現しようとしているところはあると思います。『蜜月』のカップルは、当たり前のように、個人ビザで北海道を訪れ、雪景色の温泉旅館に泊まっています。でも、それだけでは普通すぎる。この作品では、ふたりが新郎の会社のボスの与えた難題に応えなければならなかったため、結果的に、ローカル鉄道や路線バスに乗り、知らない町で日本人夫婦と交流することになるのです。
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by sanyo-kansatu | 2017-01-14 14:12 | 気まぐれインバウンドNews | Comments(0)
2016年 12月 23日

ハルビンの「中華バロック」文化街が面白い

近年中国東北地方では、外国人租界のあった上海や青島、天津などで十数年前に起きていた1920年代を復古するレトロブームの東北版ともいうべき「百年老街」が各地に生まれています。その多くは、かつての旧市街の一画を再開発した観光地区や当時の町並みを再現したテーマパークです。

中国東北のレトロブーム「百年老街」と丹東のテーマパーク「安東老街」
http://inbound.exblog.jp/26446671/

黒龍江省の省都ハルビンの老道外中華バロック歴史文化区も「百年老街」のひとつ。20世紀初頭、ロシアが建設した東清鉄道は満州里から東南に向かって延び、松花江を渡って市内に入り、ハルビン駅に至るのですが、当時、その鉄路(現在の濱州線)の西側はロシア人を中心にした外国人居留地となり、東側の「道外」と呼ばれた地区に中国人が住んでいました。

その後、この「道外」地区に西洋のバロック建築と中国の伝統的な様式が奇妙に融合した「中華バロック」と呼ばれる折衷建築群が生まれました。その特徴は以下のとおり。

「外観は、一見すると西洋古典系建築と、とくにバロック建築に似ていながら、その細部をよく見ると本来の西洋建築とは大きく異なる。また、建物の内部は伝統的な中国の都市建築、すなわち、一階を店舗として、二階から上を住宅にしたり、あるいは、一階の店舗の部分の中央を二階までの吹き抜けとして、建物の奥に住居部分を加えている。また、通路を通って奥に行けば中庭が広がり、それを取り囲んで長屋のような住宅が建てられていることもある。いずれにしても、道路に面した一階部分は商店や飲食店であることがほとんどである」(『「満洲」都市物語 ハルビン・大連・瀋陽・長春』(西澤泰彦著 河出書房新社 1996年))
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こうした構造上の特徴もそうですが、たとえば、最も代表的とされる元同義慶百貨店(現・順化医院)の場合、過剰な装飾性を特色とする西洋バロック建築に似せて、中国の植物などをモチーフとした彫刻を建築の表面に飾り立てていることでしょう。西洋建築では、古代ギリシャ以降、モチーフとして装飾によく使われたのは、聖なる植物とされた地中海産のアカンサスの葉ですが、ここではまったくの別物です。
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日本で最初にハルビンの「中華バロック」建築を紹介した建築学者の西澤泰彦さんの前述の著書には、建物の正面の柱頭部分の装飾について「西洋建築本来のアカンサスの葉を載せたコリント式の柱頭からはほど遠く、よく見れば白菜に似ている」と書かれていますが、本当にそうですね。
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こちらは、順化医院の通りをはさんだ向かい側の建物です。現在は金を扱う金行です。この建物の壁面の装飾も面白いです。
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これが外観は西洋建築でありながら、近づいてよく見ると、東洋的な印象を与える理由でしょう。当時の中国の職人が見様見真似で西洋建築らしく見えるように急ごしらえした事情もあると思われますが、結果的に、世にも不思議な風合いを持つ世界が現出しているのです。

これは20世紀初頭の道外の写真です。
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その特色ある建築群は長い間放置され、老朽化していました。それでも、2000年代半ば頃から少しずつ補修作業が始まりました。それが老道外中華バロック歴史文化区として全面的に再開発され、多くの飲食店が老舗の看板を掲げ、観光スポットとなってきたのは、2010年代になってからです。
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このポスターは、北京の代表的な老街である后海の名を挙げて、ハルビンの老道外も悪くないだろうと訴えています。
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地区には、創業から100年近い歴史をもつ肉まん屋の「張包舗」のような飲食店もあります。
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また東北地方の古い演芸「二人転」などの劇場もあります。
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二人転
http://www.china7.jp/bbs/board.php?bo_table=2_7&wr_id=31

レンガ造りの老建築のレトロな感覚を活かしたゲストハウスやカフェもでき、国内各地から若い旅行者が訪れるようになっています。
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ところで、東北地方で「百年老街」という場合、南京条約(1842年)や北京条約(1860年)で開港された上海などの沿海都市のケースとは違い、ロシアの南進が顕著となった清朝末期の19世紀半ば頃より、山東省などから満洲へ移民労働者が大挙して渡り、各地に華人街ができたという経緯から、そう呼ばれています。あくまで主人公は当時もいまも、外国人ではなく、華人というわけです。

ハルビン老道外中華バロック歴史文化区
http://laodaowai-baroque.com/
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by sanyo-kansatu | 2016-12-23 10:41 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2016年 12月 13日

これが2015年9月に完成した中朝国境に架かる新鴨緑江大橋です

今年7月下旬、中国遼寧省丹東を訪ねています。2015年9月に完成した中朝国境に架かる新鴨緑江大橋を見に行きました。
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あいにくの梅雨空で、鴨緑江を霧が覆っているため、巨大な橋梁を確かめることはできましたが、対岸はまったく見えません。
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中国の大手検索サイト「百度」によると、全長約2km、幅33mの吊り橋です。場所は鴨緑江断橋の約20km下流に位置します。

新鸭绿江大桥(百度)
http://baike.baidu.com/view/3301989.htm

以下のデイリーNK情報によると、ちょうどぼくが丹東にいた日(2016年7月27日)は、かつて中朝間で合意されたという丹東から平壌を経て韓国との軍事境界線に近い開城に至る全長410kmの高速道路建設の着工日とされていたそうです。

中朝高速道路、着工式行われなかった訳(デイリーNK2016年08月02日)
http://dailynk.jp/archives/71687

その日、中国側の起点となる新鴨緑江大橋のたもとを訪ねたわけですが、ぼくが見たのは、ご覧のように川べりの釣り人や地元の若者たちがたむろする光景だけでした。
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着工式どころではなかった理由についてデイリーNKは「中国当局は、北朝鮮の相次ぐ核実験、ミサイル発射実験、国連安保理の対北朝鮮制裁決議の採択などで負担を感じ、着工を避けているとの見方がある」と書いています。

中国側は大橋の手前にすでに「国門大廈」というビルやイミグレーション施設を建設しています。地元の人によれば、「国門大廈」には、中国のビジネスホテルチェーン大手「錦江之星」のホテルが入るそうです。
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ぼくはこの橋の着工の決まった2009年頃から2年おきに丹東を訪ねています。以来、いつ開通するのか、毎回地元の人に尋ねてきました。でも、橋の完成をもってもいまだに開通には至っていません。

「新鴨緑江大橋が半分くらいできた」と地元の人に聞きました(2013.6.5)
http://inbound.exblog.jp/20555737/

中朝新国境橋が完成しても開通できない理由(2014.12.30)
http://inbound.exblog.jp/23944673/

この橋からも近い丹東新区には北朝鮮総領事館もあります。
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また中朝が共同で開発するといわれて久しい「黄金坪」も、2年ぶりに訪ねましたが、水田の中に一軒、管理事務所ビルができていただけでした。
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中朝共同開発の工業団地「黄金坪」はいまだ停滞中(2014.12.30)
http://inbound.exblog.jp/23944634/
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今回、鴨緑江を眺めていてちょっと面白かったのは、朝鮮の人たちが乗る船を見かけたことくらいでしょうか。朝鮮領沿いを航行するため、遠く離れているのですが、船に自転車を積んで、上流に向かっていました。
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by sanyo-kansatu | 2016-12-13 11:53 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2016年 06月 20日

なぜサムライは外国人観光客の心をつかむ? 人気の秘密を探ってみた

銀座某所の正午過ぎ。館内に中国語のアナウンスが流れると、派手な和装に身を包んだ男女がステージに向かってゆるりと歩き出す。
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食事に夢中になっていた中国の団体客たちの視線は一斉にふたりの方向に注がれた。

なかには席を立ち、スマホを取り出し、写真を撮り始める人たちもいる。

いったいこれは何ごとなのか?

●サムライショーの中国客の食いつきがすごい

浅草で外国客向けの変身スタジオやサムライ体験ツアーを催行している夢乃屋(株式会社バンリーエンターテイメント)の出張侍・花魁ショーである。場所は、銀座8丁目にある外国人団体客向けの和風エンターテインメントレストラン「どすこい相撲茶屋」だ。

ステージに立つのは、創作剣舞橘一刀流の家元でもある孝藤右近さん。彼が太刀を抜き、剣舞を始めると、狭いステージの周囲にカメラを手にした人垣ができる。動画を撮る人も多い。
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孝藤右近さんは金沢にある創作日本舞踊孝藤流の二代目。国内外で華麗なステージをこなしてきた

孝藤右近 剣舞・殺陣 作品集 Ukon Takafuji Sword battle and Samurai dance performance
https://www.youtube.com/watch?v=DGJ4F9-DGSM

1回わずか15分のショーだが、終わっても観客はなかなかステージの前から離れようとしない。

ついには、記念撮影タイムが始まる。中国客たちは次々に入れ替わるように、ふたりのそばに寄り添い、シャッターを切り続けること、約15分。

「春節の頃は店も大変な盛況ぶりで、記念撮影だけで1時間近くかかったこともある」と右近さんは苦笑する。

それにしても、中国客の食いつきぶりはすごい。彼らはふたりと記念撮影したくてたまらないのだ。

一般に中国の団体客は、毎日バスに揺られ、富士山を見たり、温泉に入ったり、買い物したり。でも、せっかく日本に来ているのに、ガイドも中国人。買い物も中国系の店ばかり。だから、日本人とじかに触れ合う機会は、実は少ない。
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右近さんの隣りに立つのは、艶やかな花魁姿の舞いを披露する孝藤流花形の孝藤みゆさん

だとすれば、この種の和風エンターテインメントが彼らの心をつかむのもわかる気がする。彼らの多くはここで撮った写真をすぐさま中国版SNSのWeChat(微信)にアップするだろう。そうでなくても、中国に戻って、知人友人に見せて自慢するに違いない。

「どすこい相撲茶屋」では、夢乃屋の出張侍・花魁ショーは週3回行っているという。次々と入店してくる中国客をメインとしたアジア系団体客のために、1日約6回のステージをこなす。

いま銀座の一角では、人知れず、こんなことが起きているのだ。

JAPAN CULTURE EXPERIENCE TOURS  夢乃屋
http://www.tokyo-samurai.com/


●トリップアドバイザーで和エンタメが人気の理由

今年3月末に配信された世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」の2015年の外国人による東京の人気観光地ランキングの結果が興味深い。
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2015年にトリップアドバイザーの日本の観光地に寄せられた口コミを分析(2016.3.31)
http://tg.tripadvisor.jp/news/wp-content/uploads/2016/03/20160331_TripAdvisorPressRelease.pdf

1位こそ新宿御苑だが、2位に昨年7月新宿歌舞伎町にオープンしたサムライミュージアムがランクイン。以下、3位は浅草、5位は明治神宮、6位は両国国技館、7位に東京都江戸東京博物館、8位は八芳園、9位はホテルニューオータニ庭園と、ほぼ和のスポットが選ばれている。また京都のランキングでみると、剣舞の鑑賞や体験ができる京都サムライ剣舞シアターが2位で、鹿苑寺や清水寺といった世界遺産よりも上位となっている。

サムライミュージアムの館内には、日本刀や鎧兜の展示があり、鎧兜を身につけて撮影できるスタジオがある。玄関脇のショップでは、日本刀のレプリカや扇子、ミニ甲冑などが販売されている。人気は7000円~3万円くらいの日本刀のレプリカだという。
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戦国武将のストラップも販売(サムライミュージアム)

では、なぜこれらサムライがらみのスポットや和風エンターテインメントは外国客に人気なのか。
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サムライミュージアムのInstagram (https://www.instagram.com/samuraimuseumtokyo/)には甲冑を身につけた外国客の写真があふれている。

トリップアドバイザーの広報によると、「サムライミュージアムが人気の理由は、和の文化を体験できるところ。最近、全国的に同様の施設が増えている。こうした施設は、トリップアドバイザーのようなサイトやSNSを活用して外国客にアピールする術をよく知っている。サムライミュージアムの場合も、オープン当初からトリップアドバイザー上に施設の所在地、公式サイトへのリンク、メールアドレス、営業時間などの詳細を掲載し、館内ではトリップアドバイザー上に掲載されていることを告知しながら、口コミ投稿を促している。また、英語が話せるスタッフがいて、きちんと説明をしていることも重要なポイント」と分析する。

●「ラストサムライ」こと日本最高齢ガイドが再登場

こうした全国的な外国客のサムライ人気で、活動を再開したユニークな人物がいる。

通訳案内士暦54年という異色の英語ガイド、ジョー岡田さんだ。現役では日本最高齢だという。
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左:ジョー岡田さんのツアーは地元でこう呼ばれている。「京都観光に旋風を巻き起こす!ラストサムライショー」 右:ジョー岡田さんはかつてアメリカのTV番組でサムライショーを披露したことも

彼の型破りなガイディング作法は、海外から訪れた多くの観光客を長く魅了してきた。ガイドを始めたのは前回の東京オリンピックの2年前の1962年。1ドル=360円の時代だ。だが、90年代に一時休業。21世紀に入り、訪日外国人が急増したため、東日本大震災の翌年の2012年5月、約20年ぶりにガイド業を再開した。

御年87歳のジョー岡田さんは、毎週土曜日、京都で外国客相手にウォーキングツアーを行っている。ユニークなのは、そのいでたちとコースの中身。自らサムライに扮し、腰に日本刀を差し、京都の商店街や寺院を練り歩く。そして、最後に「空中りんご斬り」をはじめとしたサムライショーを披露するというものだ。

ツアーの概要については、以下の彼の公式サイトを参照のこと。

ジョー岡田のさむらい人生
http://samurai-okada.com

通訳ガイドを再開した理由について、彼はこう語る。

「90年代に入り、円高で1ドル80円になった。これではもう続けられない。その間、土方でもなんでもやりました。しかし、こうして再び外国客が増える時代になった。90歳まで続けようと思っていたら、2020年に東京オリンピックがあるというから、91歳までやることにした」

当時といまでは、通訳ガイドをめぐる状況は何が違うかと聞くと、「インターネットが世界を変えた。かつて仕事の受注先は、旅行会社が40%、外国人のツアコン30%、国内の観光ガイド30%という比率だったが、いまでは予約はたいていインターネット」と答える。

一見無頼に見える「ラストサムライ」は、その実コミカルな笑いをふりまく熟練のガイディングの持ち主で、ITリテラシーも身につけている。ウォーキングツアーでは毎回4kmを5時間かけて歩くという健脚にも驚かされる。時代は再びジョー岡田のガイディングを必要としているのだ。

●日本にしかない独自の文化だから面白い

これまで見てきた外国客のサムライ人気。でも、一般の日本人の感覚からすると、少しベタすぎて、本当に面白いのか?そんな疑問がないではない。外国客相手には、もっとクールで、エキサイティングで、アメージングなことではなくて、いいのだろうか?

だが、そういうことではないようだ。

「サムライや城は日本にしかない独自の文化だから面白い」。
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クリス・グレンオフィシャルサイト
http://www.chris-glenn.com/

そう明快に答えてくれたのは、オーストラリアのアデレード出身のクリス・グレンさんだ。彼は名古屋のFM局のDJだが、日本のサムライ文化や城、甲冑が好きで、インバウンド観光アドバイザーとしてさまざまな地域の観光PRに関わっている。

1968年生まれのクリス・グレンさんは、85年に交換留学生として来日。帰国後、オーストラリアでラジオDJやコピーライターとして活躍し、92年再来日した。その翌年、名古屋のFM局ZIP-FMでミュージックナビゲーターとしてデビューし、現在、日曜朝9時〜13時の「RADIO ORBIT」を担当している。

昨年刊行した自著『豪州人歴史愛好家、名城を行く』(宝島社)によると、彼の趣味は、戦国時代の歴史や甲冑武具の研究、城めぐりなど。これまで訪ねた城の数は、日本全国400カ所にも及ぶという。また甲冑師にも弟子入りしている。外国人でありながら、筋金入りのサムライ文化の担い手といえる彼は、テレビ朝日『ワイドスクランブル』や毎日放送『知っとこ』などのテレビ番組にも出演。日本の文化や歴史の魅力を国内外に伝える活動を勢力的に行っている。
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甲冑を身につけ、侍に扮して地元の観光PRを行うクリス・グレンさん

クリス・グレンさんの所属事務所のパスト・プレゼント・フューチャーの加藤由佳さんは、彼がサムライ好きになった理由をこう説明する。

「彼が日本文化に興味を持ったのは、日本びいきだった祖父の影響が大きい。祖父から聞く日本の話や家にあった民芸品や伝統工芸品を見て育ち、16歳で日本留学。サムライの世界に引き込まれたのは、担任の先生に渡された吉川英治の『宮本武蔵』を読んだのがきっかけだ。彼にとって、城はサムライたちが生きた場所、戦った場所であること、また軍事施設でありながら美しさもある。こうした城の建築美、建築技術、軍事施設としての機能性など、さまざまな点に魅力を感じたようだ」。

●外国人の視点とはどういうことか

訪日旅行市場が盛り上がるなか、クリス・グレンさんは自身が案内役をつとめる歴史ツアーを企画するほか、自治体や観光施設に対してアドバイスをしたり、講演を行っている。

彼が最も大切なポイントとして挙げるのが「外国人の視点を理解する」ことだ。

その点について、彼にメールで質問した一問一答を紹介する。

―クリスさんは日本の観光PRをするうえで「外国人の視点」が大切というが、外国人と日本人の視点でいちばん違うところはどこか。

「以下のふたつのポイントがある。

①日本に関する知識
当然のことだが、日本人と外国人とでは、日本に関する知識は雲泥の差がある。そのため、日本人の知識ベースで書かれた、観光施設などの紹介文を翻訳しただけでは、通じないことも多々ある。多くの日本人には、その認識が完全に抜け落ちている。

②曖昧さを嫌う
観光パンフレットなどを見ていると、日本人は曖昧な表現や美しい言葉を並べることで、なんとなく良さげに体裁を整えているように感じる。だが、それでは外国人には何が言いたいのかわからないことが多い。外国人相手の場合は、なるべくストレートな表現で伝える必要がある」

今年4月上旬、彼が制作した名古屋城本丸御殿英語版サイトが立ち上がった。ここでは、外国人の知識や好みを考えて、彼が英文テキストの執筆を担当している。
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名古屋城本丸御殿
http://www.nagoya-info.jp/en/hommaru/

―では、「外国人の視点」を理解するために、日本人はどうすればいいか。

「そのためには、以下のことをトライしてほしい。

①逆を考える
自分が海外に行ったとき、困ること、見たいモノ・コト、事前に知りたい情報、欲しいもの、体験したいこと、食べたいものを考えてみれば、日本に来る外国人が何を欲しがるかが理解できると思う。

②外国人に聞いてみる
外国人向けのサイトやパンフレットなどの制作に、外国人がひとりも携わっていない、あるいは外国人にリサーチもしないでつくられていることが多いのには、本当に驚く。もっと外国人と話して、リアルな声を聞いて、ニーズをつかむという作業に努めるべきだ」

クリス・グレンさんは、今日の日本の外国人向け情報発信の現状は、相当深刻な事態にあると指摘する。これは多言語化以前の問題で、そもそも発信者たちは、外国人の日本に対する素朴な疑問にどこまで向き合ってきたかが問われているのだ。

その意味でも、外国客の心をつかんだサムライ人気は、日本人が自国の文化や歴史をあらためて見直す契機になるだろう。訪日旅行市場に関わる多くの人が、日本の文化を外国人にもわかりやすく説明するスキルを身につけていくことは、今後の日本のインバウンドさらに発展させていくうえで欠かせないステップになると思う。

やまとごころレポート
http://www.yamatogokoro.jp/report/2016/report_25.html
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by sanyo-kansatu | 2016-06-20 16:32 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2016年 06月 20日

中国独立映画の世界を知ると、心からリスペクトの感情がわきあがる

2年に1度、東京で開催される中国インディペンデント映画祭で上映される独立映画の世界を、朝日新聞の平賀拓哉記者が今日の朝刊で紹介しています。

中国インディペンデント映画祭2015
http://cifft.net/

「リアル」描く独立電影 検閲通さず制作、中国で圧力も(朝日新聞2016年6月20日)
http://www.asahi.com/articles/ASJ6B55TLJ6BUHBI01K.html

中国の映画界に、自由な表現を求めて政府の検閲を通さずに制作される「独立電影(映画)」と呼ばれるジャンルがある。中国社会の現実を鋭く描いた作品も多く、国内各地で専門の映画祭も開かれていたが、当局は中止に追い込むなど警戒を強めている。

4月9日、北京市郊外の非営利団体「栗憲庭電影基金」のホールに20人ほどが集まった。上映されたのは、中国で1957年に始まった知識人弾圧「反右派闘争」をテーマにした「癡(チー)」。右派と認定されて20年以上も矯正施設に収容された男性へのインタビューと、証言に基づく再現ドラマで構成されている。

共産党との内戦で敗れた国民党の幹部だった父親がいたことで当局にマークされ、ささいな言動がもとで逮捕されて妻子と生き別れに……。男性のそんな悲劇を描いたのは四川省出身の邱炯炯監督(39)。男性に関する書物を読んで衝撃を受け、撮影を決めた。邱監督は「同じことを繰り返さないよう、実際に起こったことを伝えたかった」と話す。

作品はスイスのロカルノ国際映画祭など外国でも上映されたが、中国では公開できない。映画産業を管理する国家新聞出版広電総局の検閲を受けていないためだ。

中国では検閲を通さず、小規模の人員と予算でつくられる作品は「独立映画」と呼ばれる。明確な定義はないが、映画関係者の間では「政府の統制を受けないリベラルな作品」というニュアンスで使われる。

かつて中国の映画は国営の撮影所で制作され、政府の宣伝色が強い作品も多かった。90年代ごろから作品を自主制作し、外国で発表する監督が現れた。2000年代に入ると、デジタルビデオカメラの普及などで制作が容易になり、多くの若手監督が取り組むようになった。

貧困や一人っ子政策、同性愛といった社会問題、反右派闘争や文化大革命などの現代史。独立映画には政治的に敏感なテーマを扱った作品が少なくない。中国社会をリアルに描いているとして外国で高い評価を受けることもあるが、中国の一般市民にはほとんど知られていない。

それでも00年ごろから、外国で発表された独立映画が逆輸入される形で中国内に持ち込まれ、小規模な自主上映会などを通じて知識人や芸術関係者の間で広まった。北京や江蘇省南京などでは500~1千人規模の映画祭も開かれるようになった。

独立映画の制作を支援する団体も現れた。「癡」の上映会を開いた栗憲庭電影基金は、芸術評論家の栗憲庭氏が寄付を集めて06年に設立。映像資料の収集なども行っている。

■当局が干渉、映画祭中止も
政府当局は近年、独立映画に対する干渉を強めている。栗憲庭電影基金は14年8月、それまで毎年開催してきた大規模な映画祭「北京独立映像展」の中止を余儀なくされた。

その年の映画祭初日、会場の周辺を警察官や「地元住民」という男たちが取り囲み、参加者の会場入りを阻んだ。当局は基金事務所を捜索し、約1500本の映画とパソコンをすべて押収。中心メンバーは深夜まで取り調べを受けた。

栗憲庭電影基金は昨年も地元当局の要請を受けて映画祭開催を断念した。基金関係者は「当局は作品の内容だけでなく、多くの人が集まることも警戒しているようだ」と話す。

江蘇省南京で03年から毎年秋に開かれていた映画祭「中国独立影像年度展」も、昨年は南京での開催を断念。会場を別の都市に移して規模を縮小した。関係者は「南京では1千人を超える観客が集まったが、地元政府が開催を喜んでいなかった」。映画関係者によると、雲南省昆明や重慶市でも大規模な映画祭が開催されなくなったという。

当局が締め付けを強める背景には、経済成長が減速し、官僚の腐敗や貧富の格差といった社会のひずみが顕在化するなか、独立映画を通じて体制批判が強まることへの懸念があるとみられる。ある映画関係者は「締め付けで、敏感なテーマを避けた作品も増えている」と明かす。

それでも、社会派の独立映画はなお生まれている。14年に栗憲庭電影基金の映画祭が中止に追い込まれた経緯も、「A Filmless Festival(映画のない映画祭)」というドキュメンタリーになり、インターネットの動画サイトで公開されている。ただし、中国国内では見ることができない。(北京=平賀拓哉)

実は、栗憲庭電影基金の映画祭が中止になる前年の2013年8月にぼくは当地を訪ねています。もうすでにこのときから当局による圧力や嫌がらせがあったようで、公開HPなども閉鎖し、北京郊外の宋庄にある栗憲庭電影基金の事務所の建物とその隣りの小さなスペースでひっそりと作品を上映していました。
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その前年の2012年の映画祭については、中国インディペンデント映画祭を主催している中山大樹さんが以下のレポートを書いています。

北京発/北京独立影像展の報告 text 中山大樹
http://webneo.org/archives/9854
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栗憲庭電影基金の事務所のある宋庄は、北京市内から東に向かって車で40分くらいの場所にある芸術区です。

中国インディペンデント映画関係者が集まる「宋庄」とは
http://inbound.exblog.jp/20165045/

それにしても、なぜ中国政府はこのような映画祭すら許すことができないのでしょう…。

彼らは反政府的な姿勢を持つ人たちではありません。むしろ、きわめて良識を持った人たちです。実は、この中庭の写真には、映画祭の主催者で、中国を代表する美術評論家の栗憲庭さんがちょこっと写っているのですが、この方など、世代的には紅衛兵と同世代で、中国にずっと住んでいたというのに、いつも発言は理性的かつ明晰。西側の知識人と言っていることは変わらず、すべてを見通しているかのようで、驚かされます。
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中国で開催できなくなった映画祭も、前述の中山大樹さんの尽力で、東京では開催され続けています。中国に特別関心のない人でも、あるいは反中国的な考えの持ち主であっても、彼らの考え方や作品を撮る姿勢を知れば、きちんと評価に値する人たちだと思うことでしょう。

ただし、現状では、当事者の彼らを不用意に表に出すことは、リスクにさらすことになりかねないこともあり、難しいところがあります。所詮、自分たちは日本という安全地帯にいることに気づかされます。

それでも、このような世界が中国にあることを初めて知ったとき、とても興奮したことを思い出します。その後、ひとりの北京在住の独立系の監督と親しくなったのですが、彼の作品を通じて提示される中国社会に対するまなざしに大いに共感しました。日本ではあらゆることがあまりに自由であるために、いまなすべきことが見えなくなることが多いせいかもしれません。彼らの仕事ぶりに、心からリスペクトの感情がわきあがってくるのです。

※リアルチャイナ:中国独立電影
http://inbound.exblog.jp/i29/
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by sanyo-kansatu | 2016-06-20 16:02 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)