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2016年 02月 12日

本日、鄭世彬さん(日本薬粧研究家)の『爆買いの正体』が発売されます

2月12日(金)、『爆買いの正体』(飛鳥新社)という本が発売になります。
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著者は「爆買いの仕掛け人」と称される台湾人作家の鄭世彬(チェン・スウビン)さんで、ぼくは本文構成を担当しています。

鄭世彬さんの肩書は、日本薬粧研究家です。耳慣れないことばですが、文字どおり日本の薬や化粧品、美容・健康商品の専門家で、すでに台湾、中国で11冊の本を上梓している人物です。念のためにいうと、1980年台南生まれの男性です。

内容はひとことでいえば、昨年新語・流行語大賞を受賞した「爆買い」はどうして起きたのか。その背景を台湾人の目を通して語ってもらうというものです。ここ数年メディアをにぎわせていた「爆買い」ルポとはまったく違う内容となっています。「爆買い」の当事者が語る本質を突いた指摘が次々と出てきます。「爆買い」を経済現象としてみるのではなく、民族的、歴史的な背景をもった文化現象として描いていることが本書の大きな特徴です。

さらに、この本は台湾人によるあふれんばかりの日本愛の告白書でもあります。なぜ台湾の人たちがこれほど日本の製品を愛好してくれるのか、その理由を熱く語ってくれています。

鄭世彬さんとはちょうど1年前、あるきっかけで出会いました。その後、この本をつくるために何度も彼に会い、話し合ったのですが、日本の美点を語るその内容は少々買いかぶりだと思うよ…。そう戸惑いながらも、彼のまっすぐな日本を見つめる姿にほだされてしまいました。ちょっと内向き、排外的な気分の蔓延するこの国で、彼のことばはみんなを心穏やかにしてくれること請け合いです。

鄭さんについては、以下の日経BPネットのぼくの連載(ニッポンのインバウンド舞台裏)の中でもインタビュー記事として簡単に紹介しています。

「爆買いの仕掛け人」に聞く【前編】 元祖「爆買い」は90年代の台湾人
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/IB-BU/012900004/

「爆買いの仕掛け人」に聞く【後編】 買いだめは華人の本能。一過性のものではない
http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/IB-BU/021200006/

…とまあそんなわけで、ぜひ本書をお買い上げいただきたい。またお知り合い、ご友人にこの本のウワサを広めていただきましたら、望外の喜びです。

『爆買いの正体』(鄭世彬著 飛鳥新社)
2016年2月12日発売

http://goo.gl/DXhOMa

なにとぞよろしくお願いします。

本書のあとがきとして、ぼくも以下の文章を書いています。そこでは、彼との出会いのきっかけについて紹介しています。

鄭世彬さんとの出会い

 2015年2月中旬、私は上海の書店で一冊の奇妙な中国書を目にした。『東京コスメショッピング全書(东京美妆品购物全书)』と題されたオール4色刷のムック本で、旅行書籍のコーナーで異彩を放っていた。海外旅行が解禁されて10数年がたった中国では、世界一周旅行記や欧州でのヒッチハイク体験記など、ちょうど日本の1970年代に似た海外ひとり旅の体験を披露する旅行書が続々と現れていた。だが、日本の医薬品や化粧品のお土産購入指南という特定の消費分野に絞った、いわば80年代型のモノカタログ的なガイド書を見たのは初めてだった。

 私はこれまで経済成長に伴い拡大するアジア各国の海外旅行市場をウォッチングしてきた。編集者として常に気にしていたのが、海外の同業者たちがつくる旅行書だった。それぞれのマーケットの特性や成熟度、嗜好を表すひとつの指標になるからだ。

 帰国後、日本国内では春節で中国人観光客が「爆買い」する報道でにぎわっていた。当然、私はこの本と中国客とのつながりを直感した。あらためて著者プロフィールをみると、「台南人」とある。やはりそうか、この種の本を書けるのは、いまの中国人ではなく、80年代から長く日本の旅行に親しんできた台湾人だったろうと納得した。

 とはいえ、いったいこの本はどんな動機でどのような人物によって書かれたのか。また読者はどのような人たちなのか…。さまざまな問いが頭をめぐり、私はネットで「鄭世彬」という名を検索した。すぐに彼のフェイスブックページが見つかった。そこで、簡単な自己紹介を添えて彼にメッセージを送ることにした。すると、わずか数分後、彼から返信が届いた。

 以上が私と鄭世彬さんの出会いの経緯である。その先も早かった。彼は3月上旬、新刊の取材のために来日するという。フェイスブックで友だち申請してから10日後のことだった。

 都内の宿泊先に近い小さな喫茶店で話を聞いた。最初に私はこの本の執筆動機について尋ねた。すでに著書のある専門家にする質問である以上、出版の内容とその狙いを問うビジネストークのつもりだったが、彼は意外にも自分の少年時代の日本語との出会いを話し始めた。

 話を聞きながら、どうやら彼はマーケティングとかコンサルティングという領域の人ではなく、作家性をもった人物であると思った。数日後、幕張メッセで開かれていた日本ドラッグストアショーを視察する彼に同行した。すでに彼は多くの日本の医薬品メーカー関係者の知己を得ており、貴重な情報収集の場だったことを知った。彼の取材に協力を惜しまなかった日本家庭薬協会のブースを訪ねると、レトロな家庭常備薬のパッケージが並ぶ展示の片隅に、彼が昨年1月に台湾で出版した『日本家庭藥』が置かれていた。そのとき、彼は自分がいちばん出したかったのはこの本だったと語った。

 同書は日本の家庭薬がこれほど人々の生活に根づき、今日のドラックストアに見られるように文化として花開いた背景に、100年以上続く老舗企業の存在があり、その歴史を日本の医薬品を愛好してやまない台湾の読者向けに紹介する内容だった。これを聞いて、少々大げさかもしれないが、彼はこれからの日本にとって大切な人になるだろうと私は確信した。

 鄭世彬さんは、日本の医薬品や化粧品、美容・健康商品の専門家であると同時に、自ら「爆買い」する消費者であり、日本における「爆買い」の現場をよく知るフィールドワーカーでもある。何より驚くべきは、彼の発信する情報が10数億という人口を抱える中華圏に広まり、「爆買い」客を誘引したことだ。

 そんな彼が本書で語る「爆買い」に関する認識は我々に多くの知見を与えてくれる。華人にとって「爆買い」は本能である。面子、関係(グァンシー)、血縁を大切にする文化的背景に加え、根っからの商売人気質ゆえに誰もが転売業者のような買い方をする。それがネットとSNSによって想像を超えた拡散効果と購買の連携を生み、中華圏のみならず、東南アジアへと伝播する可能性も示唆している。

 台湾人の中国観や日本に対する熱い思いも正直に語ってくれた。彼と出会ってこの1年、この本をつくるために何度も会い、話し合った時間はとても有意義なものだった。うれしいことをずいぶん言ってくれるけど、少々買いかぶりすぎじゃないか…。このところ自信をなくしかけていた多くの日本人はそう感じるかもしれない。だが、東日本大震災のときに彼がこぼしたという涙に私もほろりとさせられた。この心優しき台湾人作家の日本に対する信認を知るとき、我々はもっとしっかりしなくちゃと思うのである。
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上海の書店に置かれていた鄭世彬さんの『东京美妆品购物全书』
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by sanyo-kansatu | 2016-02-12 08:02 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2016年 02月 02日

無味脱色された2000年代文革系サブカル雑貨のルーツは何だったのか

2月に入り、中国の旧正月(春節)が近づいてきたせいか、都内でも中華系の個人客の姿をよく見かけるようになりました。

そんな折、正月ムードに水を差すつもりはないのですが、今週土曜、専修大学で興味深い映画上映会があります。
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中国のドキュメンタリー映像作家の胡傑監督の2本の上映会です。実は、胡傑監督は2013年12月14日に同大学で自作品を語る講演をしています。

文革時の蛮行をザンゲする元紅衛兵たち
http://inbound.exblog.jp/21886549/

これらの上映イベントを主催されているのは、専修大学の土屋昌明教授です。

個人的には、文革中に制作されたプロパガンダ・ポスターに関するドキュメンタリー作品「文革宣伝画」に興味があります。なぜなら、2000年代に入って中国では、文革時代のポスターがサブカル雑貨として広く若者に支持されていたからです。この無味脱色された文革系サブカル雑貨のルーツである1960~70年代当時のポスターの制作者やコレクターのインタビューを含む内容らしく、とても興味深いです。

中国の文革系サブカル雑貨は日本の1970年風?
http://inbound.exblog.jp/21881593/

イベントの告知は以下のとおりです。

封印された中国現代史に向かい合う(第3回)

⦿上映と討論…………………………………………………………

胡傑監督 インディペンデント・ドキュメンタリー作品
「星火」 字幕修訂版
「文革宣伝画」本邦初公開!

場所:専修大学神田校舎(地下鉄神保町)
日時:2016年2月6日(土)
「星火」上映 14:00 ~ 15:40 終了後討論30分 102 教室
「文革宣伝画」上映 16:30 ~ 17:40 終了後討論1時間 102 教室
参加自由、申込み不要

コメント:土屋 昌明(専修大学社会科学研究所)
主催・問合せ:専修大学社会科学研究所特別研究助成土屋グループ
the0561@isc.senshu-u.ac.jp

❖作品「星火」は、1960 年中国甘粛省で発生した、知識人による反体制地下活動に対する政権の弾圧事件を扱ったドキュメンタリーである。
❖作品「文革宣伝画」は、文革中に作成されたプロパガンダ・ポスターの作家たちやコレクターにインタビューして、プロパガンダ・ポスターとは何なのかを追及したドキュメンタリーである。

以下、個人的に国内外で出くわした現代における文革サブカルシーンを紹介しています。

池袋にできた「文革レストラン」に行ってきました
http://inbound.exblog.jp/21475188/
これが本場中国の「文革レストラン」です
http://inbound.exblog.jp/21480153/
池袋の「文革レストラン」再訪。紅衛兵コスプレ美女に会う
http://inbound.exblog.jp/21710468/
困るよな。習近平の時代になってますます世の中は厄介になってきた
http://inbound.exblog.jp/24539952/
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by sanyo-kansatu | 2016-02-02 08:09 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)
2015年 12月 27日

中国独立電影は中国版ヌーヴェルヴァーグだと思う

今日は中国インディペンデント映画祭2015の最終日です。

その後、以下の2本を観ました。それぞれまったく異なる世界で、飽きさせることがない映画祭です。

幻想曲 / Fantasia
2014年 / 86分 / 字幕 JP
監督:王超(ワン・チャオ)
http://cifft.net/gensou.htm

この作品は中国出張によく同行する友人とふたりで観にいきました。友人は同じ王超監督の『安陽の赤ちゃん』も観ていて、監督のトークショーを聞いたそうです。彼によると、王監督は実生活でも相当苦労した人で、作品からは中国庶民のある種救いのない悲哀と、それでもなんとか生きていこうとする思いが伝わってくるそうです。

4人家族の大黒柱だった父親が白血病で倒れ、輸血や治療が必要なため、そのたびに2万元(40万円)相当の治療費がかかります。最初は職場が負担してくれていたのですが、何度も倒れることから、職場の上司は今後半分しか治療費を負担できないと妻に告げます。

昔中国歌劇の女優だった妻は牛乳配達を始めますが、そんなことでは治療費はとても足りません。その姿を見て、長女はナイトクラブに勤めます。ホテルからの朝帰りでタクシーから降りると、牛乳配達している母親と鉢合わせてしまうシーンが印象的です。その後、長女は1万元を友人から借りたと言って手渡しますが、それを素直に受け取ることができない母は厨房で涙にくれます。しかも長女は後日、クラブの客から妊娠させられ、堕胎手術のために母と病院に行くことになります。

家族が崩壊していくなか、弟は学校に行くのをやめてしまいます。重慶が舞台のこの物語では、長江の風景がしばしば映し出されます。彼は学校をさぼって、廃品回収業者の仕事を手伝い、小銭を稼ぐことを始めます。その業者の仲間に同じ年ごろの娘がいます。彼女は人身売買で売られた少女でしたが、彼はほのかな思いを寄せます。物語は弟が彼女に会うため、長江のほとりに行くと、業者の船はすでにこの地を去ったことがわかるというシーンで終わります。

作品を観たあと、友人は言いました。「まったくこれが中国庶民の世界だよね。これまで自分が出会ってきた中国人を見ていると、この物語ほど深刻でないとしても、だいたいこのような境遇に近く、こういう人たちが普通に生きているのがいまの中国だ」というのです。「そうなんだよねえ…」。ぼくもそう応えるほかありませんでした。

でも、彼はこんなことも言います。「王監督の作品は、まるで自分が映像の中に入って、物語の登場人物のそばにいるような感じがする。たとえば、街のシーンで耳に飛び込む車のクラクションや人々の声など、自分が中国にいるときに聞いているものと同じで、不思議な懐かしさを覚えてしまう」。

これも同感です。中国独立電影の作品の中には、カメラを街に持ち出し、世界をそのまま切り取ろうとしているものが多く、「ロケ撮影中心、同時録音、即興演出などの手法」を駆使するヌーヴェルヴァーグの中国版と呼びうるのではないかと思います。

もちろん、中国独立電影の作品はそのようなものばかりではありません。昨日観た『K』は、カフカの小説『城』を内モンゴルに舞台を置き換えた不条理劇でした。

K
2015年 / 88分 / 字幕 JP+EN
監督:Emyr ap Richard、額德尼宝力格(ダルハド・エルデニブラグ)
http://cifft.net/k.htm

監督は内モンゴル在住の英国人と、ゴーストタウンで有名になったオルドス出身のモンゴル族の共作で、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)がプロデューサーをしているそうです。物語自体はカフカの世界の映像化ですから、だいたい想像がつくと思いますし、実際そのとおりなのですが、ロケ地も登場人物も内モンゴル自治区の砂漠地帯で行っているというのが興味深いです。

せりふも当然モンゴル語でしたし、学校の教室のシーンで黒板に書かれているのは、縦書きのモンゴル文字でした。モンゴル語の発音というのは、少し韓国語に似ている気がしましたが、登場人物の中にはずいぶんエキゾチックな顔立ちをした人たちもいます。ロシアと中国にはさまれたモンゴルというマージナルな世界の実像をよく知らない自分のような人間には、不条理劇の舞台としてこれほどふさわしい場所はないのではないかとすら思わせます。
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by sanyo-kansatu | 2015-12-27 16:28 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)
2015年 12月 24日

中国のろくでなしバックパッカー詩人は新疆ウイグルの辺境をさまよう

「中国インディペンデント映画祭2015」の続きです。

その後、年末のさすがに忙しいさなかですが、なんとか仕事の合間を縫って、東中野ポレポレに通っています。昨日までに以下の3本を観ました。それぞれまったくバックグランドの異なる物語ですが、映像を通じて地の果てまで連れていってもらえるので、ただただ感心したり、驚いたり、ときに呆れたりしつつ、毎回飽きずに眺めています。

まず「癡(ち)」という作品から。

監督は四川省出身の邱炯炯(チュウ・ジョンジョン)。中国で1950年代後半に起きた反右派闘争で強制収容所に入れられた実在の人物の人生を再現した作品です。ご本人の語りとスタジオで再現された舞台劇で構成されています。監督はもともと現代アートの作家でもあり、凝った舞台美術の世界は、1970年代の日本の小劇場のようでもありました。この監督、2年前の映画祭では、北京の自殺したゲイのダンサーの語りをノンフィクション作品(「マダム」)としてまとめています。
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「癡(ち)」
癡 / Mr. Zhang Believes
2015年 / 134分 / 字幕 JP
監督:邱炯炯(チュウ・ジョンジョン)
http://cifft.net/chi.htm

次は「最後の木こりたち」という作品。中国最北端に位置する黒龍江省の山にこもって厳寒の真冬に4か月かけて木を伐採する男たちの仕事と生活を延々と映像で記録したドキュメンタリーです。近年まれにみる男臭い世界でした。ぼくは最初、黒龍江省の西北端にある興安嶺が舞台かと思っていたら、ハルビン市の南にある五常市の山林の伐採の話でした。この映像が撮られたのは、2004年のことで、一度07年に公開した旧編集版があるのですが、監督は昨年になって新たな再編集版をつくり直したのだそうです。

ちなみに、なぜこんなに寒い時期に伐採をしなければならないのでしょうか。作品を観た後、映画祭の主催者である中山大樹さんがいらしたので、「素朴な質問なんですが…」と尋ねてみたら、「映像をご覧になったのでわかると思いますが、伐採した木材を山から下すには、雪があるほうが滑らせることができて楽だからです」。やっぱり、そういうことですか。ちなみに、その年をもって五常市では森林伐採は禁止されたそうです。だから「最後の木こりたち」というわけです。
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「最後の木こりたち(2014年版)」
木帮 / Timber Gang
2014年 / 111分 / 字幕 JP+EN+CH
監督:于広義(ユー・グアンイー)
http://cifft.net/kikori.htm

そして、昨日観たのが「詩人、出張スル」です。上海在住の30歳の詩人が新疆ウイグル自治区をひとり旅するロードムービーですが、実際の映像が撮られたのは2002年。監督は10数年後になってようやく編集に着手し、今年初めて作品化したそうです。現在の高層ビルが立ち並ぶ新疆の都市とはまったく違う素朴な風景が映しだされていて、いまとなっては貴重な映像です。2000年代に生まれた中国版バックパッカー「背包族」のはしりのような話ともいえます。
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「詩人、出張スル」
詩人出差了/Poet on a Business Trip
2014年 / 103分 / 字幕 JP+EN+CH
監督:雎安奇(ジュー・アンチ)
http://cifft.net/shijin.htm

さて、表向きの作品紹介はそこまでとして、このロードムービー、観る人がみたら、ろくでなし映画といえなくもありません。というのも、主人公は40日間新疆ウイグルを旅しながら、そこらかしこで買春をしているからです。上映後の監督の話では16人の女を買って、それをすべて映像に収めたそうですが(こういうとき、中国人というのは実に率直だなあと思います)、結局のところ、編集作業を通じて残された買春シーンは2、3の場面のみでした。もちろん、この作品は実録映画ではなく、あくまでフィクションという設定なのですが。

そのうちひとつは漢族の女とカラオケをするシーン。そこで女は中国最辺境の地、新疆にまで流れて身を売る女たちの生き方について語ります。東北や四川の女たちはお金が目当てだが、自分はそれだけではない。30歳までに幸せな結婚をしたいと語っていました。こういう境遇の女がいかにも言いそうな話です。

もうひとつは、ウイグルの女を買春するシーンで、これは無修正のまま、性交する姿が映されます。女は「あんたは新疆まで来てあちこちで女を買っているのだろう。どこそこ(いくつかの新疆の地名が出てきます)の女はどうだったか」などと聞いてきます。そして、ことがすんだあと、「私と結婚してくれ。そうすれば、上海でもどこでも好きな場所に行けるから」と冗談まじりに主人公に言います。

まったくこの映像をいまのイスラム国の人にでも見せたら大変なことになるぞ、といいたくなるような、あいかわらずの漢族の無頓着さが気になりますが(だって、この映像を公開することについて、登場してきた女たちに了解など取っていないでしょうから)確かに2000年代の前半は、まだ漢族と新疆ウイグル族の関係は、いまほど悪化はしていなかったのでしょう。

とはいえ、詩人というのは本当に役得というべきか、このろくでもない旅が、なぜかそんなに嫌味でもないのです。ロードムービーというのは、風景がどんどん変わっていくぶん、観る人を飽きさせないところがあるせいか、いつ終わりが来るともしれない男の旅を見入ってしまうのです。

この作品の特徴として、ストーリーの合間に16本の詩が挿入されます。とてもいいです。ただ、この作品を通して、40日間詩人に向かってカメラを回し続けた監督は何を伝えたかったのか。

まあそれが何かと口にしてしまうと、あっけない気もするので、聞く必要はないのかもしれません。

中国独立電影の世界は実に多種多様で、つかみどころがなく、でもなんとなく、いまの中国人がどのように生きているかを教えてくれます。
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by sanyo-kansatu | 2015-12-24 10:03 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)
2015年 12月 17日

「中国インディペンデント映画祭2015」が始まりました

今年も今月12日から中国インディペンデント映画祭が始まりました。場所は東中野のポレポレです。2011年に初めてこの映画祭の存在を知り、中国のリアルな世界がとにかく面白く、その後、主催者の中山大樹さんにお話をうかがったり、中国インディペンデント映画界の中心地である北京の栗憲庭電影基金を訪ねたりしました。

ぼくは映画論やドキュメンタリーの世界に特に精通しているわけではないし、山形ドキュメンタリーフェスティバルのような場所に足を運んだこともなければ、普段インディーズ系の作品を上映している東中野ポレポレにも好んで行くようなタイプではありません。しかし、この映画祭は特別です。中国の独立系映像作家たちが見せてくれる多種多様な世界は、この国の生の感触に触れられる貴重な場だと考えて、なるべく多くの作品を観るようにしています。
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中国インディペンデント映画祭2015(12月12日~27日)
http://cifft.net/index.htm

初日(12日)は初っ端ということで、以下の2作品を観たのですが、相変わらず頭を抱えて考え込んでしまうような中国の重い現実を見せられてしまいました。今回も何人かの監督が来日していて作品上映後、舞台挨拶があります。これもとても興味深いです。
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トラップストリート
水印街 / Trap Street
2013年 / 94分 / 字幕 JP+EN
監督:文晏(ウェン・イェン)
http://cifft.net/trap.htm
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女流監督によるミステリー作品。舞台は南京。主人公は測量士の青年で、前半はほのぼのした恋愛ストーリーなのですが、後半状況が一変します。中国には地図から抹消されている通りがあり、たいてい国家機密に関わる場所だそうです。主人公の青年は無自覚のまま、その通りで出会った女性と恋に落ちますが、その後、機密情報にアクセスしたかどで身柄を拘束され、執拗な尋問を受けます。結局、彼は解放されるのですが、いったい彼女は何者だったのか…。謎は明かされぬまま物語は終わります。

今年春、日本でも上映された『薄氷の殺人』(14)、『春夢』(12)などのプロデューサーとして知られる文晏の監督デビュー作です。公安による尋問シーンを見ながら、今年スパイ容疑で何人かの日本人(実際は、帰化した北朝鮮人、中国人)が中国当局から拘束されましたが、彼らも同じような取り調べを受けているのだと思うと、ゾッとしました。上映後のプロデューサーインタビューのとき、この作品を欧米で上映したとき、会場からスノーデン事件との関連を聞かれたそうです。みんな同じことを考えるものなのですね。あまり知られていない中国社会の一面を知ることになる作品です。

シャドウディズ
鬼日子 / Shadow Days
2014年 / 96分 / 字幕 JP
監督:趙大勇(チャオ・ダーヨン)
http://cifft.net/shadow.htm

2011年の本映画祭で上映されたドキュメンタリー作品『ゴーストタウン(廃城)』(2008)の趙大勇監督による続編ともいうべき作品で、同じ雲南省の廃墟のまちを舞台としたフィクションです。

雲南省の廃墟の町でリス族の歌う賛美歌が美しい(中国インディペンデント映画祭2011 その9)
http://inbound.exblog.jp/20040432/

都会で事件を起こし、警察に追われたこのまち出身の男と彼の子を身ごもった女が叔父の家を訪ねるところからストーリーは始まります。美しい雲南省の山間部のひなびたまちには多くの少数民族が住んでいます。ところが、このまちで産児制限を進める当局は少数民族の妊婦たちを次々と強制堕胎させます。そのリーダーが町長である男の叔父であり、彼もその仕事を手伝います。

ぼくは以前、広西チワン族自治区出身の中国人留学生から自分の村で起きた強制堕胎の話を聞いたことがあります。当時彼の話を聞いても、実際にどんなことが起きていたのか想像できませんでしたが、この作品はまさにそれを映像化したかのような世界でした。当局の男たちが家々を訪ね、逃げ惑う妊婦を数人がかりで捕まえ、病院に連行します。10数人の妊婦たちをトラックの荷台に乗せて運ぶワンシーンが一瞬挿入されていて、これには衝撃を受けました。

しかし、不可解な出来事が続き、男の結婚相手である女も叔父の指示によって強制堕胎され、自殺します。怒りに震える男は叔父を刺し殺すというのが結末です。

今年中国政府は一人っ子政策を廃止することをついに決めましたが、かつて自分たちが着手していた恐るべき政策をどう総括するのでしょうか。この作品が中国で上映できないところをみると、なかったことにしてしまうつもりなのでしょう。監督はこうした非情な歴史を記録しておく必要があると考え、この作品を撮ったのだと思います。中国社会には我々の想像を越えた深刻なテーマが爆弾のように隠されたまま放置されていることをあらためて知らされます。

翌日(13日)は徐童監督の『えぐられた目玉』という作品を観ました。29年前に浮気相手の夫に両目をえぐられ失明するという壮絶な過去をもつ内モンゴルの旅芸人の日々を追ったドキュメンタリーです。

中国の地方都市にはいまでも旅芸人の世界があります。東北では「二人转」と呼ばれる歌う夫婦漫才のような見世物がありますが、内モンゴルでは「二人台」というようです。いかにも徐童監督らしい世界でした。

えぐられた目玉
挖眼睛 / Cut Out the Eyes
2014年 / 79分 / 字幕 JP+EN+CH
監督:徐童(シュー・トン)
http://cifft.net/medama.htm
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※徐童監督については、以下参照。

北京郊外村のシュールな異界(中国インディペンデント映画祭2011 その2)
http://inbound.exblog.jp/17462741/
北京の風俗嬢と農民工生活区のすべて(中国インディペンデント映画祭2011 その6)
http://inbound.exblog.jp/19990728/
中国の成長の代価を負わされた存在をめぐって(中国インディペンデント映画祭2011 その7)
http://inbound.exblog.jp/20015027/

メディアでは知ることのできない中国のリアルな実像に触れてみたい人は、ぜひ足を運んでいただきたいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-12-17 15:26 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)
2015年 10月 09日

旅する画伯が描いた36年前の江南水郷の原風景

目を見張る発展を遂げてきた21世紀の中国。では、いまから60年前はどんな世界だったのだろうか。あるいは、あなたの子供の頃にはどんな風景が広がっていたか、覚えていますか。 

これは長江下流域に点在する江南水郷の36年前の姿を描いたものである。
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「疏影横斜」(1979)高斉環 水彩画

ガイドブックで紹介される観光地化の進んだ今日の水郷ではもう出会うことの難しい、人と水辺の暮らしが溶け合う優美な原風景。うたたねを催すような夢心地の記憶がこうして作品に残されたことは、いまとなっては僥倖と言わねばならないと思う。

高斉環画伯は1935年中国遼寧省遼陽生まれ。幼少より地元の高名な水墨画家から手ほどきを受け、瀋陽に魯迅美術学院が建学された1951 年、わずか15歳ながら1期生として入学を認められるほどの神童だった。卒業後は、黒龍江省ハルビンの美術出版社に画家兼編集者として着任し、東北三省をはじめ桂林や水郷、雲南など全国各地を旅しながら絵筆を執った。1980年代に来日し、日中を往来しながら創作活動を続けてきた。

現在の瀋陽魯迅美術学院
http://www.lumei.edu.cn/

その画歴60年間の集大成となる画集が今年7月東京で刊行された。同画集は、画伯が大学時代にロシア美術を通じて学んだ油絵や水彩画、そしてフランス印象派の手法を中国の水墨画と大胆に融合させた彩墨画のパートに分かれている。独自の作風で描かれる作品世界は、中国の土地でありながら、どこか異国のようでもあり、人を旅に誘う不思議な力を有している。
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■『高斉環画集』(日本芸苑水墨画研究会 定価3000円+税)をお求めになりたい方、また画伯の他の作品についてお尋ねになりたい方は、以下にご連絡ください。

日本芸苑水墨画研究会 gaohong021016@gmail.com
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by sanyo-kansatu | 2015-10-09 15:02 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2015年 08月 23日

映画『ロスト・マンチュリア・サマン』(金大偉監督作品):ロードムービーの舞台としての満洲のいま

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映画「ロスト・マンチュリア・サマン」予告編 監督:金大偉 kintaii
https://www.youtube.com/watch?v=vfjGOSQAc1M

金大偉さんは古い友人である。ふたりの縁は、ぼくが若い頃から彼の出身地である満洲(中国東北地方とその周辺)を何度も訪ねていたことにある。満洲は祖父母が暮らした土地で、そこに暮らす人々や生活に親しみを感じていたからだ。特にこの10年は、ガイドブック編集者として趣味と実益を兼ねた定点観測の旅を続けている。

同じ時期、金さんも満洲を訪ねていることは聞いていた。その目的はかの地にいまも生きる満洲薩満(サマン=シャーマン)を訪ね、伝承された儀式や習俗を収録することにあった。

その話を聞いたとき、うれしかった。彼はついに自分が本来やらなければならない仕事に着手したと思ったからだ。愛新覚羅の血を引く彼こそ真正の満洲薩満の末裔なのだから。

この作品は、自らの役割を胸に秘めた金さんの故郷の地をめぐるロードムービーである。

かつて満洲は広大な森の大地だった。古来さまざまな民族が駆け抜けていった。なかでもこの地の主人公として清朝を建国した満洲族の多くは、現在各地に離散していて、その一部は中国東北地方に点在する農村で静かに暮らしている。彼らの大半はすでに母国語を失い、自らの民族の習俗や伝統を忘れている。それは無理もないことだ。近代以降、多くの森は耕作地として開墾されたうえ、現在のこの地方の主要都市には高層ビルが林立し、各都市間は高速鉄道とハイウェイが張りめぐらされるほど「現代化」が進んでいる。かつてこの地に暮らした日本人が“懐かしの満洲”と呼んだ時代も、もはや過去のものとなっているのだ。

それでも、満洲は広い。都市から車でしばらく離れると、農村風景が広がる。そこには、満洲族の小さな集落があった。彼らは新中国建国から文化大革命に至る混乱の中で息を潜めて耐え忍び、改革開放後、ようやく物置に隠していた太鼓や腰鈴を取り出し、舞い踊り始めていた。サマンの再生である。その儀式を見た金さんは興奮気味にこう語っている。

「凄まじい光景だった。音と神歌のエネルギーが大きく人の心を打つように響いた。狩猟や騎馬民族の力、大自然と人間をつなぐ力。天、地、人が一体となるような迫力だった。私は思わず涙が溢れてきた。音は人間の最も内なる感情を表現するもので、直感的な霊性および次元を超えた「力」が音の中に存在したに違いないと思った」。

金さんは各地のサマンに面会し、インタビューしている。そこで語られる歴史の記憶や民族的な自負の芽生えに勇気づけながらも、こう吐露せざるを得なかった。「中国における満洲民族は、一千万人を超えている中、ほとんど満洲語を話せない。近い将来、この言語は失われるのかも知れない。そう考えると、とても哀しい気持ちになる」。その哀しみの深さを思うとき、ぼくは言葉を失うほかなかった。

この作品は日本で制作されているが、その成り立ちや映像の感触において中国の独立映画と類似していることを指摘しておきたい。政府の検閲を通すことなく自由に製作される中国独立映画は、2000年代に手持ちのビデオの普及によって発展し、さまざまな社会の現場やテーマを扱う作品が主流となっている。彼らは限られた資金ゆえに撮影から音楽、編集まですべて仲間内で担当し、官製メディアが扱わない中国のリアルな実情を追いかけている。ロードムービー的なドキュメンタリーが多いことも特徴だ。残念ながら、習近平政権以降、中国では映画祭すら開催できなくなっているが、2年に1度東京で開催される「中国インディペンデント映画祭」では多くの作品に触れることができる。

来年夏、ぼくはこの作品に出てくる満州族の集落を訪ねたいと思っている。

リアルチャイナ:中国独立電影
http://inbound.exblog.jp/i29/

新しい満洲の話(中国東北の今)
http://inbound.exblog.jp/i25/
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by sanyo-kansatu | 2015-08-23 20:32 | リアルチャイナ:中国独立電影 | Comments(0)
2015年 08月 12日

チプサム革命史跡は日本時代の別荘地だったに違いない

清津から七宝山に向かう途中にある鏡城郡で、温堡温泉以外にもうひとつ訪ねたのは、チプサム革命史跡でした。
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「共産主義テーマパーク観光」がその実態である朝鮮旅行では、ほぼ毎日のように革命史跡を訪ねることになるのですが、その大半が虚構の歴史を扱っているとしか思えません。そのため、まじめに観る気にはなれないので、本ブログでもほとんど触れていないのですが、この史跡はちょっと面白かったので、紹介しようと思います。

朝鮮側の資料によると、ここは金正日将軍と金正淑女史の革命事跡だそうです。場所は鏡城郡温大津里チプサム村にあります。

ここでは金親子が滞在したとされる住居が革命史跡として紹介されます。チマチョゴリを着た彼女が、同国のテレビアナウンサーのような滔々とした口調で解説をしてくれます。
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ただし、ガイドたちは彼女の話を通訳する気はなさそうです。かつて日本人旅行者が多かった90年代にはそんなこともなかったのかもしれませんが、いまや圧倒的多数派である中国客は、朝鮮の建国史の唯我独尊ぶりを大ブーイングしてきたことから、彼らも聞かれないかぎり、外国人に通訳しても仕方がないと思うようになったのではないでしょうか。実際、彼ら自身どこまで本気で信じているのかあやしいものです。

興味深いのはその住居の中の様子です。

金日成将軍とその家族がこの家に滞在したことを示す写真が飾られています。といっても、金正淑女史は1949年に亡くなっているそうですから、その少し前に撮られたものでしょう。

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さて、住居の中は当時の日本の文化住宅そのものです。これほどきれいに残されているのは珍しいことではないでしょうか。
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書斎は畳の間になっています。オンドルも敷かれているようです。
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炊事場や倉庫も残されていて、ここはおそらく日本時代の富裕な階層の別荘、あるいは官舎だったのではないでしょうか。
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玄関の雰囲気も、いまの日本ではほとんど見ることのできない昭和の住宅です。
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この住居の周辺は同じような文化住宅が点在していて、戦前の軽井沢のような別荘地の趣があります。通りは整備され、並木もていねいに植えられています。革命史跡ゆえにこれほどきれいに残されたのでしょうが、とにかく朝鮮の人たちは清潔好きで、清掃が行き届いています。これは中国との大きな違いでしょう。
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日本時代の住居は中国東北地方にはもうほぼ残っていませんが、朝鮮には残っている。これも面白い現象です。
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羅先にも同じような革命史跡がありましたが、それも日本の住居でした。こちらもきれいに残されていました。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 10:35 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 09日

朝鮮七宝山にある開心寺という古刹と乾隆29年製造の鐘

内七宝の山々と奇岩の数々を眺めたあと、開心寺という古刹を訪ねました。
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※2014年7月上旬、北朝鮮咸鏡北道の七宝山を訪ねた話をしています。

七宝山(チルボサン)は金剛山とは似て非なる朝鮮の名峰
http://inbound.exblog.jp/24765755/

朝鮮側の資料によると、この寺は「渤海時代の826年に建てられ、高麗時代の1377年に改築、李朝時代に補修を重ねた。現在の建物は1853年に再築されたもの。大雄殿と万歳楼、深剣堂、応香閣、観音殿、山神閣からなる」とあります。
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大雄殿の中に3体の仏像が置かれ、壁面にはいくつもの曼荼羅が飾られています。
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それぞれの曼荼羅が時代を感じさせます。李朝時代の朝鮮では仏教が排斥されていたそうですから、人里離れた山奥にひっそりと息を潜めていた古刹がこうしていまの朝鮮に残っていることはとても興味深く思います。
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この方が住職です。このような国で住職を務めることがどんな人生を意味するのか、いろいろ聞いてみたいことは山ほどありましたが、こちらもまったく心の準備ができていなかったこともあり、この寺の来歴をうかがうことで精一杯でした。
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13年に金剛山に行ったとき、残念ながら、金剛四大寺院のうち唯一昔のまま現存する表訓寺を訪ねる時間がなかったので、今回はちょっとうれしく思いました。この国で歴史を感じさせるものを見る機会は圧倒的に少ないからです。金剛山の4つの寺院は表訓寺を除いて、朝鮮戦争時に焼き払われてしまっています(もうひとつ正陽寺の一部は残っていて、現在は補修されたようです)。

「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局1936年)によると、「折角の景観も比較的交通不便の地にあるので、探勝者の少ないのは遺憾である」とあるように、戦前期は金剛山が朝鮮を代表する随一の行楽地としてにぎわっていた反面、七宝山はそれほどでもなかったようです。ただ、数少ないとはいえ登山客はいたようで、彼らは開心寺のお堂に宿をとっていたようです。

殿内には「七宝山游山録」「次七寶山原韵」など、この地を訪れた文人の書や漢詩が掲げられていました。
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万歳楼には「乾隆29年」(1764年)に鋳造された青銅鐘があります。この時代の朝鮮は清朝の年号を使っていたのでしょう。
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ここにも記念撮影サービスのパネルが置かれていました。この寺で見かけた唯一俗っぽい物件でした。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-09 20:39 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 07月 12日

噂のデザインホテル「ホテルアンテルーム京都」に泊まってみた

6月下旬に関西方面に取材に行く機会があり、UDS株式会社の設計・運営するデザインホテルを訪ねてみることにしました。

UDS株式会社
http://www.uds-net.co.jp

同社のホテルは京都に2つあります。ホテル アンテルーム 京都とホテル カンラ京都です。

ちなみに、googleで「デザインホテル」を検索したところ、以下のまとめ記事が見つかりました。ちょっと古い記事でしたが、「1度は行ってみたくなるおしゃれなデザインホテル」のまとめだそうです。

泊まってみたい!スタイリッシュな国内デザイナーズホテルまとめ(2012.9.23)
http://matome.naver.jp/odai/2134863432421489801

ホテル カンラ京都 http://www.hotelkanra.jp/
Hotel SCREEN KYOTO(京都) http://www.screen-hotel.jp/
京都 デザインホテル Mume http://www.hotelmume.jp/
ホテル アンテルーム 京都http://hotel-anteroom.com/
ホテルアラマンダ(奈良) http://www.allamanda.jp/
HOTEL T'POINT (大阪) http://www.tpoint.co.jp/
HOSTEL 64 Osaka http://www.hostel64.com/
CLASKA(東京) http://www.claska.com/
渋谷グランベルホテル(東京) http://www.granbellhotel.jp/
ヴィラ サントリーニ(高知) http://www.villa-santorini.com/
ホテルアークリッシュ豊橋(愛知) http://www.arcriche.jp/
WITH THE STYLE FUKUOKA(福岡) http://www.withthestyle.com/
HOTEL GREGES(オテルグレージュ) ‐ 福岡・神の湊(かみのみなと)http://www.greges.jp/
ベイサイドマリーナホテル横浜(神奈川) http://www.baysidemarinahotel.jp/
軽井沢 ホテルブレストンコート(長野) http://www.blestoncourt.com/

今回ぼくが京都で訪ねたホテルは、2つとも上位ランキングしていました。またCLASKA(東京) や渋谷グランベルホテル(東京) もUDSの設計・運営するホテルです。それにしても、人気のデザインホテルは関西に多いのですね。

京都には1泊しかできなかったので、ホテル アンテルーム 京都のほうに泊まることにしました。両者はそれぞれコンセプトが異なり、アンテルームがビジネスホテルの価格帯であるのに対し、ホテル カンラは少しお高く、出張用というより、お忍びのカップル向きだったからです。

京都駅から地下鉄烏丸線に乗ってひとつ目の九条駅で降り、あまり京都らしくない(というのも、ここは京都駅の南側だからです)地方都市の通りをとことこ南に向かって歩くと、賃貸マンションのような外観の物件が見つかりました。確かに「ANTEROOM」とあります。

玄関を開けると、目の前にいきなり奇態な動物のオブジェが現れました。
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周囲を見渡すと、そこは現代美術のアートギャラリーのようでした。
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フロントには誰もいなかったので、荷物を置いてギャラリーを見て回ることにしました。
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フロントの脇にはアートギャラリーのように画集やノベルティグッズのようなノートやバッグまで置かれていました。
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ここはいったい……。

これがフロントです。脇にスーツケースがいくつか置いてあり、これは新宿グランベルホテルのようです。チェックアウトした客が荷物を置いて、観光に出かけているのでしょう。このある意味、ゆるい感じはぼくがこれまで見てきた外国人ツーリストの多いホテルと共通しています。
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チェックインしようとベルを押すと、若い女性スタッフが現れました。話を聞いた印象では、彼女はホテルのスタッフでありながら、ロビーに広がるギャラリーの運営も行っているようです。

「アート&カルチャーをキーワードに。HOTEL ANTEROOM KYOTOが発行する新感覚のホテル情報誌ANTEROOM JOURNAL issue 4」という小冊子が置かれていて、そこにはこのホテルの成り立ちやギャラリーとしてのもうひとつの顔が紹介されていました。ここでは1年を通じてさまざまなアーティストによる個展が開かれているようです。

ホテルのパンフレットにはこう書かれてあります。

「京都の今を表現するアート&カルチャーが集まる場所
変化を楽しむ新しいスタイルのホテル

ホテルアンテルーム京都は常に変化する京都の“街”“暮し”“アート”そして“カルチャー”を感じていただける新しいスタイルのホテルです。

リノベーションを活かしたラフな空間に感性を刺激する遊び心をプラスし、友人が集う場に遊びに来たかのような心地良いカジュアルな雰囲気の中でお過ごしいただけます」

ホテル アンテルーム 京都
http://hotel-anteroom.com/

フロントの奥には、バーと朝食オンリーのレストランがあります。バーは夜8時からしか開きません。レストランは朝だけです。
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チェックインをすませ、客室に行くには、エレベーターまで細い廊下を歩いて行かなければなりません。その廊下がこれです。
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エレベーターを降りると、客室のある廊下はこんな感じです。温かい照明が当てられていますが、とても無機質な空間といえます。
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アイロンや加湿器のレンタルも可能です。
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客室はとても洗練されていました。品のいい部屋着も用意されていて、調度品も個性的です。
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いったん荷物を部屋に置いて外出しようとしたら、玄関にレンタルサイクルが置かれていました。ここらは外国人ツーリストのニーズを考えてのことのように思いました。
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実は、このホテルの建物は学生寮をリノベーションしたものです。客室のある廊下のそっけない感じはかつて寮だったことを想像させます。もとがシンプルな学生寮だけに大胆にリノベーションしやすかったのかもしれません。

このホテルは、日本の宿泊特化型ホテルやビジネスホテルが全力を挙げて追求してきた機能性、そしていわゆる「おもてなし」という2大看板とは明らかに異なる価値を標榜していることがわかります。

それは前述のパンフレットにあるような“遊び心”なのでしょう。もちろん、彼らも機能性やおもてなしを無視しているわけではないでしょうが、それはほどほどでいい。むしろ宿泊客を喜ばせるのは、もっと違う価値にあるということを実践しているのだと思いました。

おそらく冒頭で紹介した「スタイリッシュなデザイナーズホテル」は、どれも似たような狙いでつくられたものが多いのではないでしょうか。

このような発想で生まれたデザインホテルは、古くはバブルの頃から日本にあったと思うのですが(当時は文字通り過剰で、今の感覚でいえばカッコ悪いものも多かったとは思う)、今日訪日外客が増えることで、彼らに支持されることから、曲がりなりにも運営が可能になっているのは、とても興味深いことです。

実際、ホテルのスタッフによると「外客比率は約4割で、台湾、香港、韓国が多い。予約はほぼ海外ホテル予約サイト経由」だそうです。

それはなぜなのか。ツーリストというのは、普通じゃ面白くない人たちだからです。海の向こうにいる彼らは、エクスペディアを通じて日本各地のホテルを探しているわけですが、リーズナブルで快適で機能性の高い日本の宿泊特化型ホテルばかりを選ぶわけではないのです。客室の写真を見て、なんだこれは? せっかく日本に行くなら、ふだんは泊まることのないホテルに泊まってみたい。日本の最先端のスポットを体験していみたい。そう考える人たちの割合は少なくはないのです。

さらに興味深いのは、ホテルアンテルーム京都もそうですが、この手のデザインホテルを設計する人たちが、あえて価格帯をビジネスホテルに近いものにしていることで集客に成功していることでしょう。外国人がホテル選びする際、まずエリアと価格帯で絞り込みをします。それは我々日本人が海外のホテルを選ぶのと同じこと。ここで日本のホテル価格の相場観を無視した法外な料金を出してしまえば、どんなに斬新なデザインホテルでも選ばれることはないことを彼らは知っているのです。

さて、それからぼくは地下鉄烏丸線に乗って五条駅で降りました。そこはホテルカンラ京都の最寄り駅です。

このホテルのロケーションは少しわかりにくかったです。というのは、烏丸通に面したこのホテルの外観は隣にある代々木ゼミナール京都校と同じだったからです。これは一部メディアで報道され話題になりましたが、同ホテルは予備校校舎の一部を買い取り、リノベーションしたものです。少子化で予備校生が減るなか、その一部をヒップなホテルにつくり変えたというわけです。

代ゼミは不動産業で生き残る 遊休地でホテル、商業施設、貸会議室(2014/8/25)
http://www.j-cast.com/2014/08/25214004.html

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烏丸通から六条の狭い筋に入ると、そこに玄関があります。正直いって、このホテルを知らない人にはわかりにくい玄関です。でも、それで構わないのでしょう。ここは知る人ぞ知る全29室の隠れ家ホテルだからです。

これがフロントです。
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ロビーにはレストランがあります。「京都の伝統的な住宅形式である京町家の考え方を取り入れ、モダンなデザインで表現した“マチヤスタイル”」のホテルだといいますが、大胆な幾何学的なモチーフを多用した館内のデザインは、初めて訪れる者にはかなり刺激的でした。色の使い方が官能的といっていいかもしれません。京都の古い街並みを見てきた目には、異次元空間のようにも思えたからです。
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ホテルのスタッフにいくつか客室を見せていただいたのですが、畳にふとん敷きが基本で、価格帯は3万円から。確かに、これはビジネス仕様ではありません。外客比率は相当高いそうです。桜の季節はほぼ外国客だとか。驚きと遊び心を求めてやまない外国人なら泊まってみたいと思うことでしょう。詳しくは、同ホテルのサイトを見てください。

ホテル カンラ京都
http://www.hotelkanra.jp/
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by sanyo-kansatu | 2015-07-12 19:15 | “参与観察”日誌 | Comments(0)