ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2014年 12月 21日

図們から対岸の南陽(北朝鮮)の町を眺める

図們は中国吉林省延辺朝鮮族自治州の東南部にある中朝国境と接する都市で、川(図們江)をはさんだ対岸には南陽(北朝鮮)という町があります。

図們については以前紹介したことがあるので、土地のプロフィールについては、以下を参照ください。

高速で素通りされ、さびれてしまった図們
http://inbound.exblog.jp/20498623/

今年7月、図們を訪ねたとき、市街地の南側のはずれにある展望台から対岸の南陽を眺めることができました。
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これが国境の図們江を高台から眺めた光景で、手前の橋が鉄道橋、遠くにうっすら見えるのが、陸路の国境橋(図們大橋)です。
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展望台には、南陽の主要スポットを落とした地図があります。

これを参考に、簡易望遠レンズで南陽の町並みを撮ってみました。
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これが南陽駅です。右手に列車が見えます。
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少し倍率を上げてみましょう。駅前に人の姿はいないようです。
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これは南陽学校です。校舎が見えますが、子供たちの姿は見えません。これを撮ったのは午後4時過ぎでしたが。
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これは地図によると、金日成研究所という建物のようです。
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図們市街地の南東に日光山森林公園という行楽地があり、ハイキングコースになっています。その地図のいちばん左下の図們江の目の前に展望台はあります。この地図は上が南です。
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南陽自体は小さなまちで、市街地の南方面にも図們江に沿っていくつか集落はありますが、少し離れると民家はなくなります。川の手前は図們側です。
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鉄道橋のたもとには国境ゲート(鉄路口岸国門)があります。
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地図で見ると、ふたつの橋はこのように位置しています。
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ふたつの橋を並べて縦で撮るとこうなります。
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鉄道国境橋のそばにちょっとした撮影スポットがあります。
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観光客も記念撮影に興じています。橋と対岸の北朝鮮の山並みを背景に写真を撮るわけです。
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ちなみに図們江沿いを龍井方面から車で走ってきましたが、川沿いに鉄柵が張りめぐらされています。
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こちらは陸路の国境ゲートから眺めた図們大橋です。観光客が朝鮮とのボーダーである橋の真ん中まで歩いています。
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これが朝鮮側のイミグレーションです。

南陽の町は、人の気配がほとんどなく、その静寂ぶりがいかにも中国と対照的です。

実は今年、図們から南陽を訪ねる日帰りのサイクリングツアーが催行されたそうです。もちろん、中国国籍の人しか参加はできません。ツアー参加者は陸路の国境橋を渡り、南陽の町中を朝鮮側の案内人について自転車で散策するそうです。ちょっと面白そうでしょう。

もっとも、このまちにたいして見るべきスポットがあるわけではなく、市街地より外には出られないので、人気はいまひとつだったとか。朝鮮観光の定番アトラクションである幼稚園児による歌謡ダンスショーの鑑賞だけはあるそうです。その日展望台に上れば、サイクリングツアー一行の様子が対岸から眺められたことでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-21 14:36 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 13日

ラーメン博物館の「グローバルスタンダードラーメン」って何?

ここ数年、国内のいろいろな観光施設が訪日外国人対応を進めています。

たとえば、横浜のラーメン博物館。ここは早い時期から海外向けのプロモーションなども積極的に行ってきたことで知られています。

ラーメン博物館「世界化」戦略展開中

新横浜ラーメン博物館(横浜市港北区)が「世界化」戦略を次々と打ち出している。朝日新聞2014年11月6日によると、フレンチテイストのラーメンを提供するNARUMI-IPPUDOが10月末にオープン。目玉はブイヨンと和だしを融合させたスープにローストビーフやレッドオニオンをトッピングした「コンソメヌードル」(期間限定)だ。

昨年7月からムスリムやベジタリアン向けの「グローバルスタンダードラーメン」も開発。肉や魚、アルコールをいっさい使わないラーメンを館内9店舗中6店舗で提供している。開館20周年を迎えた同館は、2000年代初め頃から外国人客の集客に取り組んできた。タイなど東南アジア市場は観光ビザの緩和や円安の影響で好調。13年の外国人客数は過去最高の15万人を突破した。

「グローバルスタンダードラーメン」とは、ずいぶん仰々しいネーミングですが、いろいろやりますねえ。同館は将来海外展開も検討しているそうです。

こういうのもありました。

トヨタ産業技術記念館、過去最高の人出

トヨタ自動車グループのものづくりの歴史を伝える博物館「トヨタ産業技術記念館」(名古屋市)が過去最高の人出だ。朝日新聞2014年11月24日によると、同館の来場者数は開館後10年間は年10万人程度にとどまっていたが、05年の愛知万博効果で30万人4000人に跳ね上がった。その後は再び伸び悩んだが、13年は30万9000人と過去最高となった。14年は10月末時点で31万1000人という。

好調の原動力は外国人観光客だ。自動織機の実演展示がトリップアドバイザーで話題になり、14年の「外国人に人気の日本の観光スポット」で28位に選ばれた。東海地方では、早くから産業技術や歴史を伝える「産業観光」に力を入れていた。愛知万博をピークに尻すぼみとなっていたが、訪日外国人観光客の増加という新たな追い風が吹いている。

最近、訪日観光関連のニュースが増えていると実感します。こういう記事を読むたび、近未来の日本は日本人だけでなく、外国人と一緒に旅を楽しむ国になっていくのだなと思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-13 12:28 | 気まぐれインバウンドNews | Comments(0)
2014年 12月 02日

中国のクラシック音楽ファンも気に入ってくれた名曲喫茶ライオン

昨日(12月1日)、中国黒龍江省のハルビンから弊社の提携先の旅行会社のスタッフが来日しました。

訪日中国旅行市場が拡大基調にあるなか、来年に向けたツアー企画と造成のため、新しい商材やコースを視察するのが目的です。いよいよ東北地方の奥地の(失礼!)黒龍江省の人たちも日本旅行に目覚めつつあるのです。

〔検証〕1300万人突破か!? 今年の訪日外国人旅行者数は何が押し上げたのか
http://inbound.exblog.jp/23802776/

今回、彼らは新潟、東京、飛騨高山、大阪を訪ねる約1週間の出張だそうです。

さて、ハルビンから来た黒龍江省新世紀国際旅行社の呼海友さんは、ジャパンレールパス(1週間のJRフリーパス)を持っていました。のぞみ以外は新幹線も利用できるそうです。我々がヨーロッパでユーレイルパスを使うのと同じですが、東京の山手線や大阪の環状線も乗り放題で2万9110円とは便利でお得ですね。

半日都内を案内したのですが、彼のリクエストは「東京でクラシック音楽体験できるスポット」でした。彼はクラシック音楽好きで、ハルビンに多くの同好の士がいるため、彼らを東京に連れてきて案内したいんだそうです。

はてさて、どこに案内すればいいのか?

呼さんもそれなりにネットで下調べしていて、「名曲喫茶というのが日本にはあるそうですね」と言います。「よく知っていますね。でも、あそこは実際の演奏ではなく、巨大な音響装置で音楽を聴く場所なんですよ」。

その意味をどこまで彼は理解したのかわかりませんでしたが、渋谷の百軒店にある名曲喫茶ライオンに連れていくことにしました。

この古風で時代がかった喫茶店に来るのはぼくもひさしぶりです。パイプオルガンに見立てたような巨大なスピーカーがドーンと鎮座する不思議な空間が現れました。
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名曲喫茶ライオン http://lion.main.jp/info/infomation.htm

「どうですか?」
「面白いですね。こういうのは中国にはありませんから」
「そうでしょうね。だってここは50年くらい前から時間が停まっているようなスポットですから……」

午前中だったせいか店内に客は少なかったのですが、なかには原稿用紙を広げ、執筆をしている男性などもいたので、「ここは静かに過ごせるので、ひとりで来て何時間も過ごしていく人も多いんですよ」。

せっかく百軒店に来たので、クラシックは聴けないけど、TSUTAYAのライブハウスやミニシアターのユーロスペース、文化村などにも足を運びました。帰り際に百軒店の門の手前の道頓堀劇場の小道を通ったので、「ここストリップ劇場なんですよ。呼さん、知ってる?」

「そうなんですか!?」
「百軒店というのは昔から歓楽街で、名曲喫茶ライオンもあれば、ストリップもあるごった煮みたいな場所なんですよ」
「面白いですね。こういう場所をお客さんに案内したいなあ」

最後にタワーレコード渋谷店に行きました。クラシックのフロアは7階でした。「こういう場所なら、音楽好きの人は半日くらいいても飽きませんよね」。

全国のコンサート情報のフリーペーパーなど、いろいろもらって帰りました。

「どうでしたか? 最初呼さんから「クラシック音楽が体験できるスポット」というお題をメールでもらい、どこを案内しようかと思っていたのですが、名曲喫茶の話が出てきたので、渋谷にしようと決めたんです。タワーレコードもあるしね。でも、他にも音楽の演奏を聴きながら食事ができたり、お酒を飲んだりできる店もあるし、コンサートホールもたくさんあります。漠然とではなく、具体的に何が体験したいかという目的がはっきりしていることがいちばん大切だと思いますよ。そういうのをSIT(スペシャル・インタレス・トツアー)というんです」
「いま多くの中国人が日本に旅行に来ていますけど、大半はバスで観光地を周遊するか、買物するか。そういうのはつまらないですね」

「そうでしょう。まったくそう思いますよ。東京はいわば、アジア最大の文化の集積地といえます。そこにはいろんな宝が眠っている。別にこれみよがしに主張しているわけではないけど、今日の名曲喫茶ライオンのように、ひっそりと存在しているわけです。でも、一見さんの外国人観光客にそれを見つけろといっても無理な話。呼さんのようなある程度日本に通じた人とぼくのような地元の案内人が一緒に歩いて宝を探し、それを相手に合わせてどうアレンジしていくか考えてみる。そこが面白いし、それが呼さんの役割ですね」

そんな話をしながら、例の外国人観光客に人気の渋谷駅のスクランブル交差点を渡って駅に向かったのでした。

その日、ぼくは呼さんにアマゾンで購入した「東京クラシック地図」(交通新聞社)という本をプレゼントしました。その本には、ライオンもタワーレコードも載っていました。「これ読んで、今度行きたい場所ピックアップしておくてくださいね」。

来年2月に彼はお客さんを連れて東京に来るそうです。さあ、どんな趣向を凝らすことにしましょうか。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-02 13:55 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 11月 13日

スカイツリーが台湾客に大人気!…そう聞くと癒される今日この頃

朝日新聞(2014年11月13日)によると、「世界一高いタワー・東京スカイツリー(墨田区、634m)が台湾人観光客の人気を集めている」といいます。
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「2013年どの台湾人団体客は前年度の約8倍になり、個人の外国人客の2割近くを占めた」とか。

同記事によると、人気の理由は「高さとデザイン」。「テレビでも新聞でもよく紹介されている。新しくてデザインが格好よくて、世界一高い。ずっと見たかった」(会社経営者の王怡仁さん(26))。「キャノン製のカメラのシャッターをしきりに押し、「ここでプロポーズしたら最高ですね」」と話してくれたそうです。

まるで仕込みのようにも思えてくる期待通りのコメント。スカイツリーってホントにそんなに外国人に人気なんでしょうか。訪日客の8割を占めるアジア新興国の人たちの住む主要都市には、いまどきたいてい高層ビルや展望タワーがあるものです。彼らにとってスカイツリーがそんなに珍しいとは思えないからです。

ところが、相手が台湾の人だとすれば、まんざらウソではなさそうなのです。普段から近隣国の悪意のこもった嫌がらせや日本を貶める非難の声ばかり耳にしているので、つい心根もひねくれてしまいがちですが、台湾の人たちだけは、日本のバリューを素直にまっすぐ受けとめてくれる。その姿にふと癒されてしまう今日この頃です。

思うに、台湾の人たちの日本に対するまなざしは、日本人が西欧に向ける憧れのまなざしに似たところがあるのではないか。日本人は明治以降、西欧の文化であれ、制度であれ、技術であれ、好ましいものとしてひたすら受け入れてきました。その後、日本は西洋列強に対して戦争まで仕掛けてどん底に堕ちたわけですし、アジア主義者たちもたくさんいて、別方向のベクトルも多数存在していました。それでも、ベースとなるまなざしは変わらない気がします。憧れとは、相手を優れたものとして尊び、親しみたいという想いでしょうか。同じようなことは、台湾と日本との間にもいえるのかもしれません。

なぜなのか。その理由を理詰めで説明しようとしても詮無いように思います。そういう意味では、日本の中国文化に対する愛好も、双方がほどよく距離を置けた時代までは、西欧と同じようにあったのに、残念なことです。

こういう台湾と日本の特別な関係なくして、スカイツリーを訪れる台湾の人たちの想いを理解することはできないと思います。普段はこちらも台湾のことなどそれほど気にかけているわけでもないのに、ありがたいことです。せめて彼らの期待に応えられるようにしなければ。こういう気分、悪くはないですね。

さて、スカイツリーを運営する東武タワースカイツリー社によると、2013年度の台湾人団体客は約2万1千人で、12年度(約2700人)だったとか。「前年度の約8倍」とはこのことでした。今年度は4~9月に約1万7千人と昨年同期比で4割増えたそうです。

台湾ではPRも叩けば響くといいます。

昨年秋、台北国際旅行博(ITF)を視察に行ったとき、現地のPR関係者から台湾人訪日客のプロモーションについて、こう言われたことを思い出しました。

「台湾というのはありがたいことに、何かやると必ず反応が返ってくるんです。レスポンスがすごくいい。やりたいことはだいたいできている。もともと台湾の人たちは日本に行く気があるので、うまく押してあげるといいんです」

過去最高200万人超えなるか!台湾客急増の背景にはオープンスカイがある(台北ITF報告その5)
http://inbound.exblog.jp/21387914/

ちなみに東京スカイツリーは台湾の超高層ビル「台北101」と友好関係を結び、それぞれで両方訪ねた人にはプレゼントがもらえるそうです。
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by sanyo-kansatu | 2014-11-13 17:15 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2014年 10月 06日

1年ぶりに再訪。ロボットレストランの客層が変わった!?

雑誌の仕事で、1年ぶりにロボットレストランを再訪することになりました。訪ねたのは9月末のことです。

歌舞伎町の「ロボットレストラン」はなぜ外国客であふれているのか?
http://inbound.exblog.jp/21470518
【続編】「ロボットレストラン」はなぜ欧米客に人気なのか?
http://inbound.exblog.jp/21477338/

現在、ロボットレストランのステージは、1日3~4回行われています。その日の最初のショーは17時55分からということで、約1時間前に歌舞伎町の例の裏通りに足を運びました。
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するといるいる。歌舞伎町を散策している外国人観光客の皆さんがいっぱいです。アジア系が目につきますが、ロボットレストランの前まで来ると、そこは欧米系の人たちが圧倒的多数派です。
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1年前と違って客引きのお兄さんも英語を話しています。
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相変わらずクレージーな女性型ロボットとそのひざの上にちょこんと座るのが、店のダンサーの女の子です。
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入口には、予約済みのチケットを手にした欧米系ツーリストが並んでいます。
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壁には来店した有名人の写真が貼り出されています。きゃりーぱみゅぱみゅさんは2012年9月27日来店だそうです。
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店内に入ると、公演が始まるまでの時間、待合室で待機します。ギンギラギンの内装の中、ロボットコスチュームのギターリストやあとでダンサーとしても登場する女性シンガーなどによるライブ演奏が繰り広げられています。音楽のテイストは完全に欧米志向のポップミュージックです。よくアジアのシティホテルのラウンジでフィリピン人バンドが演奏しているような世界です。

ところで、1年前と比べ、客層に変化が起きていることがわかりました。
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欧米客がメインであることは変わりませんが、中高年化が進んでいたことです。おじさん、おばさんなどのグループが目につくのです。もちろん、若いカップルなどもいないわけではありませんけれど。
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要するに、この1年で欧米客の大衆化が進んだということらしいのです。確かに、館内のアナウンスは基本英語になっていました。

公演時間が近づき、ステージのある客席にみんな向かいます。客層はざっとこんな感じ。
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国籍の多様化もそうですが、年代もまちまちです。
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なかにはお子様連れのお母さんもいます。確かに、ロボットレストランに年齢制限はないのでしょうけれど、このいたいけな男の子にどれだけ楽しんでもらえるか、ちょっと気がかりです。

さて、いよいよステージです。和太鼓の演奏から始まりました。演目は1年前と少し変わっていました。もっとも、ロボットとセクシーダンサーの共演というコンセプトは変わりません。その馬鹿馬鹿しさだけはバージョンアップしていた、といっておきましょう。
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最後の演目の前に、記念撮影の時間が用意されています。観客たちはステージに降りてきて、ロボットたちと一緒に撮影に興じています。
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これらの光景をみても、ロボットレストランに来店する欧米系ツーリストの大衆化が起きていたことに納得いただけると思います。ここでいう大衆化とは、こういうことです。ロボットレストラン開店当初、訪ねてきたのは海外の映画関係者や文化人といったカルチャートレンドに敏感な新しモノ好きの人たち、しかも若い世代が多数派でした。しかし、開店して2年以上たち、メディアやネットで噂を聞きつけたふつうのおじさんやおばさんが訪れるようになったということです。だからいいとか悪いとか、それ自体がどうこういう話ではありません。

おそらくロボットレストランの営業スタッフが、都内の外国人比率の高いホテルにブローシャーを配りまわったことが奏功したのでしょう。彼らにとって夜をどう過ごすか、というのは大きな問題です。東京には外国人が気軽に楽しめるようなエンターテインメントと食事を組み合わせた施設が圧倒的に不足しているからです。

東京にはバーや居酒屋、レストランなどいくらでもあるではないか、と日本人は思ってしまいますが、初来日の外国人には、街の地名も土地勘もなく、食事の種類もよくわかっていないため、目の前にいくら店があっても、どこを選べばいいのか、わからないのです。日本好きの人ならネットやSNSを駆使して情報集めができるでしょうが、日本のことをまったく知らないツーリストの割合も実は高いのです。

だから、欧米系のメディアや口コミで広がったロボットレストランなら、彼らはひとまず安心して足を運べるのでしょう。日本のことなどまったく知らなくても、ロボットレストランの海外における知名度はずば抜けているのです。あるスポットが知名度を勝ちうるための条件は、日本人相手と外国人相手ではまったく別だということを物語っています。

それにしても、あのおばさんたち、まさかロボットレストランがこんなバカバカしい世界だったとは、思いもよらなかったかもしれません。でも、みなさん総じて楽しそうに見えるのは、やはり旅先の異文化体験ですから、なんだかよくわかなくても、満足しちゃうものだからでしょう。

いま東京に求められているのは、外国人客のためのナイトエンターテインメントです。第2、第3のロボットレストランがもっと出てきてもいいはずなのです。

同レストランの広報の話によると、毎月の来客数は約1万人。そのうち月にもよるが、6~8割が外国人とのこと。最近はアジア系やファミリーでの来店も多くなったようです。

ただし、東南アジア系は増えているけれど、中国系は少ないとか。実利を追い求める中国人には、この手の乱痴気騒ぎはピンとこないのでしょうか。最近は欧米だけでなく、タイやインドネシアなどのメディアも取材に来るようになったそうです。今後は東南アジア客も増えていくかもしれません。

「ロボットレストラン」
東京都新宿区歌舞伎町1‐7‐1 新宿ロボットビルB2F
http://www.shinjuku-robot.com/pc/top.php
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by sanyo-kansatu | 2014-10-06 13:00 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2014年 06月 17日

かつて金剛山の古刹めぐりは登山客を魅了した。しかし今は…

昭和9(1934)年9月に刊行された『朝鮮旅行案内記』(朝鮮督府鉄道局)の編集上の特徴として、モデルコースが豊富に紹介されていることがあります。さまざまなテーマで朝鮮旅行が楽しめるように、日程と訪ねるべきスポットが簡潔に整理されています。さすがは朝鮮総督府鉄道局の編集とうならせます。

「旅行日程のいろいろ」の項に、「内地方面から(日本から)」と「金剛山探勝(京城(ソウル)から)」のぺージがあり、それぞれ金剛山旅行のモデルコースを紹介しています。これが驚くほどバリエーションに富んでいて、面白いのです。

まず「内地方面から(日本から)」から。

●金剛山探勝 七日間

「第一日 釜山朝着の関釜連絡船で来朝、京城行急行列車に乗車、京城驛着、京城夜景見物、宿泊。

第二日目 朝城津行旅客列車で出發鐡原驛下車、金剛山電気鉄道に乗換へ内金剛驛着、長安寺宿泊。

第三日 徒歩で内金剛探勝の上、毘慮鋒へ(長安寺―明鏡臺―表訓寺―萬爆洞―摩訶衍―毘慮鋒)、久米山荘宿泊。

第四日 久米山荘―九龍淵(九龍の滝)―玉流洞―神渓寺―温井里、宿泊。

第五日 萬物相、探勝後元山行列車にて出發、安邊驛で乗換へ京城行列車に乗車、車中泊。

第六日 朝京城驛着市中見物の上、宿泊。

第七日 釜山行急行又は旅客列車で京城驛出發、夜航便の関釜連絡船にて内地へ」

関釜連絡船で下関から朝鮮に渡り、釜山から京城(ソウル)に向かい、京城で一泊。翌朝京城からいまは途中断たれてしまった京元線に乗り、鐡原駅でこれもまたいまは存在しない金剛山電気鉄道に乗り換え、内金剛駅で降ります。金剛山では、内金剛から外金剛に向かう一泊二日の登山を楽しみ、温井里で温泉にでも浸かるのでしょう。翌朝午前中を使って萬物相まで往復し、鉄道で元山方面へ。夜行列車で京城に戻り、一泊してから釜山に向かい、関釜連絡船に乗るというものです。

このコースは、南北が分断され、交通手段もほとんど壊滅してしまった現在では、実現不可能です。それでも、当時は乗り継ぎもうまく考えられた効率的なコースになっていると思います。鐡原と内金剛山をつないでいた金剛山電気鉄道(1924年11月運行開始)は、険しい地形によって観光客の訪れを阻んでいた金剛山を誰でも訪ねることのできる景勝地にした観光電車でした。「昭和9(1934)年の金剛山は今よりにぎわっていたhttp://inbound.exblog.jp/22786781/」というのは、金剛山電気鉄道のおかげだったといえます。

さて、「金剛山探勝(京城(ソウル)から)」は、朝鮮在住者向けのモデルコースです。「内金剛探勝 一日間」「同二日間」「外金剛探勝 二日間」「同三日間」「内外金剛探勝 三日間(内金剛から入山)」「同(外金剛から入山)」「内外金剛探勝 六日間」と日程や内・外のどちらから入山するかなどによって異なる7つのコースが紹介されています。

たとえば、最も旅程の短い「内金剛探勝 一日間」の場合、「(土曜日及祝祭日の前日に限る)内金剛行直通列車(清津行列車に連絡)にて京城驛出發、車中泊」とあるように、前日に夜行で内金剛に向かい、朝着後、一日かけて内金剛を散策し、再び夜行列車で京城に戻るという強行軍です。確かに、いまでも金曜日の夜に東京を車で出て、未明から登山を楽しむというような日帰り登山はよくありますから、当時もあったのでしょう。

最も中身が充実しているのが「内外金剛探勝 六日間」です。

●内外金剛探勝 六日間

「第一日 福渓行汽動車にて京城驛出發、鐡原驛乗換、内金剛驛に至る。晝食後徒歩にて、長安寺―表訓寺―正陽寺―萬爆洞―摩訶衍―白雲臺―摩訶衍、宿泊。

第二日 摩訶衍―毘慮鋒―内霧在嶺―蔭仙臺、楡點寺、宿泊。

第三日 楡點寺―彌勒峯―楡點寺、宿泊。

第四日 楡點寺―開残嶺―百河橋―自動車にて海金剛へ、海金剛遊覧後自動車にて温井里へ、宿泊。

第五日 温井里―神渓寺―玉流洞―上八潭―九龍淵(九龍の滝)―温井里、宿泊。

第六日 温井里―六花岩―??萬物相―新萬物相―温井里、温井里から自動車にて外金剛驛へ、元山行列車にて出發安邊驛乗換、京城行旅客列車に乗車、車中泊。翌朝京城驛着」

このコースは、いわば金剛山登山のフルコースというべきもので、三日浦や海岸沿いに岩の柱が並ぶ海金剛の景観を訪ねたり、当時「新金剛」と呼ばれた外金剛の南に広がる新しい登山コースも訪ねるものです。新金剛の拠点は楡點寺ですが、「朝鮮戦争のとき米軍に爆撃され、破壊」(『朝鮮観光案内』(朝鮮新報社 1991年)されたようです。同様に、これらのモデルコースには、他にも長安寺、表訓寺、正陽寺、神渓寺などの寺院が出てきますが、現存するのは表訓寺だけで、残りすべては朝鮮戦争時に破壊されてしまっています。

金剛山登山の魅力のひとつに、深い山あいに佇む古刹めぐりがあることは、『朝鮮旅行案内記』の中に次のように解説されています。

「此勝景をして一層の光彩を添へるものは建築美と傳説美である。即ち興味深い史跡傳説を有し朝鮮藝術の粋を蒐めた碧棟朱楹の長安寺・表訓寺・神渓寺・楡岾寺等の大伽藍と多數の末寺は金剛山の怪奇なる紫峰を背景として絶壁の下或は幽谷の裡に點在し天工と人工の美を渾然一致して吾々に強い印象を與へている」

これらの古刹は、登山者の宿としても使われていたようですから、そこで過ごす一夜は実に味わい深いものとなったことでしょう。当時の日本人が金剛山を愛でていた理由に、千年以上前からこの地にあった古刹の存在が大きかったことは想像に難くありません。しかし、それらも朝鮮戦争時にほとんど破壊されてしまったというのですから、なんと痛ましいことか。

次回金剛山を訪ねるときは、唯一現存する表訓寺にぜひ足を運んでみたいものです。かつて登山客を魅了した表訓寺は、新羅時代の670年に初めて建てられたという由緒ある古刹だそうですから。

「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)国会図書館近代デジタルライブラリーより
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234893/189
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by sanyo-kansatu | 2014-06-17 11:50 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 06月 16日

金剛山は昔、ロッククライミングの穴場だった?

昭和9(1934)年9月に刊行された『朝鮮旅行案内記』(朝鮮督府鉄道局)の「金剛山案内」の項には、ロッククライミングの案内も掲載されています。

「従来金剛山は宗教的に遊覧的に探勝せられていたが、永年の風化浸食によって削られた勇壮な其岩骨は、最近ロッククライミングにも好適とされ、登山家により數多の未登の峻峯が征服せられている。最も多く登攀せられ岩も優れているものに集仙峯と世尊峯がある」

それぞれ次のように紹介されています。

●集仙峯(主峯一三五一米)
「外金剛の東端に、海に臨んで立並ぶ一群の岩峯でそれ自身多くの岩峯を持ち、複雑なる地形を示すグループである。

主峯一三五一米ピークより派出するヂャンダルム(前衛峰のこと)は東北及西北に走り、前者は東北愛稜(第一峯~第七峯)、後者を西北稜と呼んでいる。

温井里より神渓寺への途上極楽峠に立てば南方に其の全貌が望まれ、更に神渓寺より神渓川を渡って動石洞に至れば、集仙峯の峭壁は目前に迫り、岩肌さへ詳細に見取る事が出来る。

主峯一三五一米ピークのピラミダルな山頂、これより西北に伸びている鮫の歯の様な岩稜、そして巨濤の如く入亂れたる東北稜の諸岩峯は力強い魅惑的な岩頭を現はし、強く登攀慾をそそる。

之が登攀を行ふに當って先づ中心的根拠地と定め、それより放射状に各峯頭へ攀る方法が最も自然的であって、動石洞又は東北稜第一峯西鞍部にベースキャムプを張るのが最も有利である。两キャムプサイトには豊富なる水を有し、動石洞は一三五一米ピーク、西北稜は第三峯以北へ、又東北稜第一峯西鞍部は第一峯、第二峯に至るコースの根拠地となっている」

●世尊峯
「集仙峯の西方、動石渓の源流に簇立する世尊峯は東西に延びた屋根状の岩峯(一一六〇米)を主峯とし、北方にの鮫歯状の骨張った岩稜を派出した一群のヂャンダルムである。

その全貌は集仙峯一三五一米ピークから最もよく見られ、灌木の多い稜線の上にくっきりと浮び上った東南面の大峭壁は厭迫的の力強さを持ち、近づき難い感をさへ抱かせる。

根拠は動石洞のベースキャムプ或は動石渓を約三十分遡った澤の北手にある岩小舎(温突式となり約五六人の収容可能)を選ぶのが最も適當である。

登攀コースは動石渓を遡行して一一六〇米南鞍部に至り、之より岩場に取付くのが普通であるが、又玉流洞川、飛鳳瀑の右壁を登って、岩場に取付き主峯から動石渓側へ下降するのも亦快適なるものがある」

さらに、金剛山の岩質として「粗粒の斑状複雲母花崗岩と正片麻岩」からなり、「岩角は風化の為丸味を帯びている」こと。「浮石は殆ど落ち切っているが、只風化による岩質は相當脆き部分がある為登攀に際し、この點充分なる注意を要する。概して拳大以下のホールドは信頼出来得ないものと考ふべきであろう」。「登攀靴としては岩質の関係からトリコニ―を主としたる鋲靴が最も適し、又ゴム底地下タビにても不自由はない」などの登攀上の諸注意も記しています。

昭和9(1934)年当時、日本にロッククライマーがどのくらいいたものかはよく知りませんが、昭和初期にはすでに登山ブームが始まっていたはずですから、朝鮮にも先駆者たちが姿を現わしていたことは確かでしょう。金剛山は当時のロッククライミングの穴場だったのかもしれません。ただし、実際にどの程度行われていたかについては資料もないので、知る由はありません。
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実は、戦後になって金剛山でロッククライミングをやった人たちの記録があります。

女性で初めてアルプス三大北壁登攀に成功した今井通子さんとカモシカ同人隊で、その記録は『白頭山登頂記』(朝日新聞社 1987年)にまとめられています。

同書によると、今井さんと8名の日本人による「カモシカ同人日朝友好親善登山隊」は、北朝鮮の3つの名山(白頭山、金剛山、妙高山)に登るため、1987年2月10日成田から北京に飛び立ちました。北京からは平壌行きの国際列車に乗り、丹東経由で北朝鮮に入っています。

3つの名山のうち最初に登攀したのが金剛山でした。一行は平壌から鉄道で元山に向かい、バスに乗り継いで金剛山の温井里のホテルに宿泊しています。

翌日(2月18日)7時半にホテルを出た一行は、前述したように、かつてロッククライミングに好適とされた集仙峯を登っています。

朝鮮建国以来、スポーツ登山として外国人登山隊が金剛山に入るのは、チェコスロバキア隊とユーゴ隊が無雪期に数回訪れた程度で、2月という厳冬期に入ったのは、日本のカモシカ同人隊が最初のことだったといいます。

1987年というのは、北朝鮮が一般日本人の観光客の受け入れを発表した年(6月)で、10月から実際に北朝鮮ツアーが始まっています。カモシカ同人隊の北朝鮮入りは、当然のことながら、このタイミングに合わせた宣伝効果を狙って北朝鮮側が企画したものでしょう。報道担当として朝日新聞記者やテレビ朝日の社員も同行していました。

ところが、この年の11月大韓航空爆破事件が起きました。すぐに日本人観光客受け入れも停止しています。

はたして金剛山でロッククライミングが再び行われるのはいつの日になるのでしょうか。

「朝鮮旅行案内記」(朝鮮総督府鉄道局)国会図書館近代デジタルライブラリーより
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1234893/189
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by sanyo-kansatu | 2014-06-16 16:59 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 05月 06日

元山松涛園海水浴場とビーチパラソル、踊る朝鮮娘たち

北朝鮮観光につきものの、革命歴史博物館をはじめとした対外プロパガンダ施設見学や少年少女らによる舞踊&歌唱ショー、さらには10万人規模の市民動員によるド派手なマスゲーム。いまや北朝鮮名物として広く知られるようになったこれらの各種アトラクションは、もはや外国客にある意味“想定内”の印象しか残さないのではないでしょうか。

それに対して、この国のふつうの人たちが休日に行楽地に繰り出し、レジャーを楽しむ姿を目にすることほど、興味を引くものはありません。

今回その思いをいちばん強くしたのが、元山松涛園(ソンドウォン)海水浴場の光景でした。
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元山は朝鮮の東海岸側最大の港湾都市で、人口は約30万人。元山市内の北の海辺に位置するのが元山松涛園海水浴場です。白い砂浜や赤いハマナス、青い松林が広がっています。その日は、8月最後の日曜日ということもあってか、多くの海水浴客が繰り出していました。砂浜にはビーチパラソルが並んでいます。
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家族連れや若者のグループなどがビニールボートを浮かべて遊んでいます。
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沖には飛び込み台もあり、男たちが群がるように集まっています。
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ビーチバレーに興じるグループもいます。
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さすがにビキニ姿の女性は見かけませんでしたが、グラマラスなふたりの水着美女もいました。
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休憩施設もあり、浮き輪やビニールボートをレンタルしてくれます。
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レストランもあります。
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砂浜のそばには松林が広がっていて、飲み物やお菓子を売る屋台も出ています。
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焼肉バーベキューを楽しむグループがいました。我々が外国人だとわかったせいか、手を振る陽気さです。男性こそ白い下着のようなシャツ姿ですが、女性たちはそこそこおしゃれしているように見えます。
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松林ではあちこちでバーベキューをしているグループがいますが、なかには歌い、踊り出してしまう人たちもいます。お酒を飲んで気分がよくなったおじさんたちだけでなく、若い娘さんたちも踊り出します。それぞれ短いワンショットですが、動画もどうぞ。

朝鮮元山松寿園海水浴場、踊る人々1  
朝鮮元山松寿園海水浴場、踊る人々2  
朝鮮元山松寿園海水浴場、踊る人々3  

我々外国人グループはここで1時間ほど休んだあと、金剛山に向かいました。途中、進行方向左手(東側)に美しい海岸線が続いていました。
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この海沿いの雰囲気は、日本の日本海側の海岸線によく似ています。日本海側の海は日中、太陽を背にしているので、太平洋のように水際がきらきら輝いたりしないぶん、水平線がくっきりと見えます。何より白い砂浜が延々続く光景が日本海側の夏の海そっくりです。

元山から金剛山に向かう中間あたりに位置するのが待中湖です。ここは泥風呂の療養所が有名だそうですが、海水浴場もあります。
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待中湖海水浴場にも赤青黄白のビーチパラソルが並んでいました。
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砂浜にはゴミはほとんど落ちていません。北朝鮮に来て最初に驚いたのは、街がとても清潔だということでしたが、これほどゴミのない海水浴場は日本にもないのではないでしょうか。
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家族連れです。ビールやペットボトルの空き瓶が見えます。
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今回一緒に金剛山に向かう欧米客の何人かは、たまらなくなったのか、海に入っていました。気持ちはわかります。前のふたりはロシア人でしょうか。
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休憩所では、中国客たちがビールを飲んでいました。
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ぼくも1本頼むことにしました。「鳳鶴麦酒」だそうです。
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これは海水浴場の入場料や各種レンタル料金表でしょうか。入場料(大人)280(小人)70 パラソル140 椅子70 などと書かれています。ユーロ表示も併記され、ヨーロッパ客の存在をうかがわせます。 
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この写真は、金剛山から戻ってきた2日後の朝の待中湖海水浴場です。すでに8月末で、白い波が立っていました。日本海ではお盆を過ぎると波が立つといわれますが、その感じもそっくりです。

ところで、最近よくテレビの報道番組で、平壌にできた新しいプールや水族館などのレジャー施設の映像が配信されていますが、どう見ても「特権階級」向けという印象が拭えませんでした。でも、元山の海水浴場でくつろぐ朝鮮の人たちは、ふつうの市民のように見えます。

もっとも、元山の政治的位置づけからすると、そうともいえないという見方もあります。そもそも元山市民は、平壌市民と同様に、この国では特別な存在であり、生活水準も他の地域と違って、そこそこ豊かそうに見えるのは政策的な結果にすぎないのだと。

あるいは、こんなことも思わないではありません。もしかしたら、この海水浴場にいる人たちは、外国客80名のグループの元山訪問のために動員されたものではないか……。平壌のマスゲームのために駆り出される10万人の市民を思うと、これも壮大な演出なのではないか、なんてね。

それは考えすぎだとは思いますが、外国人にそういう疑心暗鬼を与えてしまうのは、日本も含めた海外メディアの印象操作の影響なのか、それとも彼らの「見せたいものしか見せない」というふだんのやり方にそもそも問題があるのか。きっと両方あるのでしょう。

※日本とゆかりのある朝鮮第2の都市、元山のことが少し気になる理由 http://inbound.exblog.jp/22570022/

いずれにせよ、8月最後の日曜日、北朝鮮のある行楽地でこうしたレジャーシーンが見られたことは、知っておいていいかもしれません。

ところで、以下の2枚の写真は1930年代に撮られた元山松涛園海水浴場と松林の光景です。
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当時、同じ場所で人々は海水浴を楽しみ、テントを張ってハイキングをしていたのです。これも知っておくべきだと思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-05-06 14:14 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 05月 06日

中止からはや6年。韓国から入る金剛山ツアーと残されたインフラについて

前回、2013年8月下旬の金剛山登山について報告しましたが、その日の午後は三日浦という湖を訪ねました。
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三日浦は周囲5.8kmの海跡湖で、カメラで風景を切り取ると額縁に描かれた絵画のような世界が現出します。湖の真ん中に浮かぶのが、臥牛島という松に覆われた島です。この三日浦とその東に広がる海岸線の絶景が「海金剛」と呼ばれています。残念ながら、今回は海金剛を訪ねる時間はありませんでした。
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さて、前回紹介した金剛山の登山コースは実によく整備されていました。それには理由があります。

1998年から2008年まで、軍事境界線を越えて陸路で韓国から北朝鮮に入る金剛山ツアーが催行され、延べ約200万人の韓国人、2万人の外国人(そのうち日本人は1000人ほどという話)がこの間、金剛山を訪れていたからです。金剛山近隣の出身だった現代グループの故鄭周永(チョン・ジュヨン)会長が北朝鮮政府と直接対話し、実現にこぎつけたのです。つまり、現在の金剛山観光のインフラをつくったのは、韓国資本だったというわけです。
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金剛山から三日浦に向かう道路は韓国の軍事境界線に向かう道路につながっていて「束草まで68km」とあります
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同じく、「高城港(左上)金剛山ゴルフ場(左下)九仙峰CIQ(右)」と書かれた道路標識

当初は船で入域していましたが、2003年よりバスでの往復が可能になりました。07年から内金剛の観光も許可されたのですが、2008年7月以降、中止になってしまいました。韓国人の女性旅行者が北朝鮮兵に射殺される事件があったこともありますが、その年李明博政権になり、対北関係が悪化したこともあるでしょう。

それ以降、外国人観光客は平壌からバスに乗って元山経由で1日かけて金剛山に来るのが一般的になりました。ちなみに平壌から元山までは約200km、元山から金剛山までは108kmです。

とはいえ、現在も韓国が投資した観光インフラは残っています。それについては、ツアーが催行されていた当時の状況を伝える以下の韓国のオンライン旅行会社のサイトに紹介されています。
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金剛山ツアーパーフェクトガイド(Konest)
http://www.konest.com/contents/spot_hot_report_detail.html?id=1871

同サイトによると、ツアーは2泊3日。スケジュールは、初日は入国とホテルのチェックインまで。2日目午前中に、前回紹介した「九龍淵(クリョンヨン)登山コース」、午後は「三日浦(サミルポ)コース」や「温泉($12)」「サーカス観覧($30)」、夜は「歌舞団公演観覧($10)」。3日目午前中にもうひとつの登山コースである「万物相コース」か「三日浦(サミルポ)&海金剛(ヘグムガン)コース」を選んで参加し、午後には帰国するというものです。

今回三日浦に行く途中、バスからそれらの施設を見ることができました。
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遠くに見える白いドーム状の建物がサーカス場です。
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これは免税店です。
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韓国客が大勢来ていた時に使われていたと思われる韓国製バスが駐車されていました。いまは北朝鮮のホテルなどの従業員の通勤に使われているそうです。
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この建物は、2002年4月~5月にかけて行われた韓国と北朝鮮の第4回離散家族再会以降、金剛山で実施されるようになった常設面接会場として使われたそうです。その後、何度も中断と再開を繰り返しています。

こうしてみると、金剛山は北朝鮮では他にない国際的な水準の一大リゾート地だったことがわかります。今回訪ねていませんが、ゴルフ場もあります。
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さて、金剛山には温泉もあります。金剛山ホテルなどの宿泊施設がある温井里地区の「金剛山ホットスパ」です。
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広いロビーの現代的な施設です。もちろん韓国資本です。
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入浴料は20元でした。フロントで支払います。
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マッサージも出来ます。
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お風呂は個室になっていて、それぞれ内風呂と露天風呂があります。
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なぜかぼくにあてがわれた浴室は、大風呂でした。サウナもあります。
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露天風呂はないぶん、外にはオープンエアのデッキチェアが置いてありました。

浴槽が空だったので、お湯を入れ、しばらく待つことにしました。ところが、お湯の熱いこと。とてもじゃないけれど、入ることができない熱さなのです。水の蛇口がないので、お湯をぬるめることもできません。いったいこれはどうしたことか?

あとで個室風呂に入った人に聞いたところ、やはりお湯が熱くて入れないので、お湯をかき出し、露天に運んでそちらで浸かったそうです。個室風呂は浴槽が小さく、露天風呂もあったので、そういうこともできたようですが、大風呂のぼくは結局、ゆっくりお湯に浸かることができませんでした。

う~ん。思うに、韓国客が来なくなって以来、当然スパの運営も韓国ではなく、北朝鮮側が行うようになったため、ノウハウがきちんと伝わっていないのではないか。こんな熱くちゃ誰も入れない。客が来なけりゃ浴槽にお湯をためること自体減っていることでしょうし。せっかくの温泉が台無しです。

登山の疲れを癒そうと来た温泉でしたが、なんとも心残りの結果となってしまいました。

仕方なくホテルに戻ると、夕食は宿泊している金剛山ホテルではなく、外金剛山ホテルに行くことになりました。

さて、金剛山にある2つのホテルを簡単に紹介しましょう。

●金剛山(クムガンサン)ホテル
1981年にオープン。2004年に現代グループが客室などを改修しています。1階にはバーとダンスフロアもあるカラオケがありますが、ぼくらが泊まった夜は欧米ポップスのかかるクラブと化していて、欧米客と朝鮮の女の子たちが一緒に踊っていました。こんな光景は北朝鮮で初めて見ました。
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もっとも、従業員は北側のスタッフがほとんどです。12階にはもうひとつ渋いカラオケラウンジがあります。そのカラオケの様子は「北朝鮮のナイトライフ~地元ガイドがカラオケで歌った意外な曲は?」参照。

●外金剛(ウェクムガン)ホテル
1984年より「金正淑休養所」として党幹部に利用されてきたホテル(金正淑女史は金日成主席の妻)で、2006年7月に現代グループが内装を改修、「外金剛ホテル」として再オープンしたものです。ロビーにはカフェラウンジや中国料理レストランがあります。ぼくらはそのレストランで夕食をとりました。
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ホテル内には中国人民元や米ドル、ユーロ、日本円の通貨レートが掲げられていました。

金剛山には、他にも2002年にオープンした海沿いの海金剛(ヘクムガン)ホテルがあるそうです。海水浴場が近いそうです。
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韓国客の姿が消えたいま、インフラだけが残された金剛山ですが、こんなミネラルウォーターが生産されているのも、きっと韓国の投資のおかげなのでしょう。韓国の人たちにとっては、なんとも残念というほかありません。
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by sanyo-kansatu | 2014-05-06 00:04 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 04月 19日

タイの日本旅行番組『MAJIDE JAPAN』の影響力はマジですごいらしい

前回(タイ人留学生とお土産談義~なぜ日本の文房具は人気なのか?)の留学生のコメントにもあったように、タイではさまざまなメディアで盛んに日本旅行を後押しする企画が登場しているようです。では、具体的にはどんな内容の作品なのでしょうか。

参考になるのが、今年2月に開催されたタイのトラベルフェアに合わせて、日本政府観光局(JNTO)バンコク事務所が実施した訪日ツアーを精力的に販売した旅行事業者や、訪日観光に貢献した個人・団体を表彰する「Japan Tourism Award in Thailand」です。2月21日、トラベルフェア会場となるバンコクのシリキット国際会議場で4 回目となる表彰式が行われています。

以下、同事務所の2月24日付けリリースをもとに、「訪日観光に貢献した個人・団体」の受賞者を紹介します。タイのトップスターから映画、テレビ番組、CMなど、実に多様なメディアが受賞していて、興味深いです。それぞれ動画もリンクしているので、作品の概要もわかるようにしてみました。

●Thongchai McIntyre (Bird)/ トンチャイ・メーキンタイ氏

「タイ人なら知らぬ人のいないタイの国民的スター。タイのエンターテインメント界を代表する存在として、デビュー以来約30 年近くにわたり、俳優・モデル・歌手として活躍している。俳優としての代表作は、主役である日本人将校『小堀』役を演じたテレビドラマ『メナムの残照(クーカム)』(1990 年)、同名映画(1996 年)等。歌手としてもヒット曲が あるが、東日本大震災支援のためチャリティーソング『明日のために』をリリースし、タイにおける大震災復興支援に大きく貢献した。2013年は2月にHBC国際親善広場大使として第64回さっぽろ雪祭りへ参加。3月には沖縄県の招請により、人気女性誌『Praew』の表紙撮影のため、沖縄を訪問。また11月にはタイ代表として東京で開催された『日・ASEAN音楽祭』へ参加する等、彼の日本での活動の様子がタイでも大きく報じられ、タイにおける訪日機運を大きく盛り上げた」(リリースより)。

トンチャイ・メーキンタイさんといえば、「バード」の愛称で知られる国民的歌手です。1990年代にタイを訪ねた頃、よく街に流れていたことを思い出します。彼は東日本大震災のためのチャリティーソングを歌っていたのですね。以下、その曲の動画です。一部日本語でも歌っています。

อีกไม่นาน (明日のため) - Bird Thongchai
https://www.youtube.com/watch?v=9EmtcjNuLac

これは昨年11月、日・ASEAN音楽祭で歌うトンチャイさんです。

Bird Thongchai - ASEAN-Japan Music Festival 2013
https://www.youtube.com/watch?v=Q1KMd2Paki0

今回の「Japan Tourism Award in Thailand」表彰式 のために寄せられたトンチャイさんの受賞メッセージが、日本政府観光局バンコク事務所のHPのトップページに掲載されています。タイ語のサイトですから、一瞬面食らいますけど。

トンチャイさん受賞メッセージ
http://www.yokosojapan.org/
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「Praew」 2013年 5月 10 日号沖縄特集表紙

●Charoen Pokphand Foods Public Company Limited

「1978年に創業したジャルン・ポカパン・フード社(C.P.Group)は、現在タイを代表する食品企業であり、世界有数のアグリビジネス企業として、海外でも広く活動を展開している。タイ国内では、常に巧みな消費者向けキャンペーンを実施しているが、2013年の『CP Surprise!』プロモーションでは、同社の加工食品を購入すると、日本行きのツアーが当たるというもので、日本をイメージさせながら消費者の興味をそそる同社の広告は、街の話題となり、同社のプロモーションの成功は、2013年のタイの訪日市場に大きな影響を与えた」(リリースより)。
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以下の動画はタイのテレビで放映された同社のCMフィルムです。これもタイ語なので、何を言っているのかわかりませんが、コミカルな雰囲気は伝わってきます。

CP Surprise!
https://www.youtube.com/watch?v=d5zOEexrraU

●タイ映画『Hashima Project』

「2013年10月に公開されたタイのホラー映画『Hashima Project』(配給:M39制作:ForFilm)は、映画のタイトルとなったハシマが、長崎県内に実在する歴史的廃墟の端島(別名:軍艦島)であり、実際に端島で撮影が行われたことでも大きな話題を呼び、最終的な興行成績は4000万バーツ(約1.2億円)となった。同映画の長崎ロケを支援した長崎県の観光プロモーションに映画製作チームが積極的に協力した結果、ロケ地を訪れたいと実際に軍艦島に足を運ぶタイ人も増えており、軍艦島訪問を含むツアーも造成されている」(リリースより)。
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以下は、同映画のプロモーションフィルムです。

ตัวอย่าง ฮาชิมะ โปรเจกต์ - Hashima Project [Official Trailer HD]
https://www.youtube.com/watch?v=jQ8ZaSlVBtg

タイ人の若い男女5人のグループが、超常現象を撮影しようと長崎県の軍艦島(端島:ハシマ)を訪ねるという設定です。吹き替えや字幕はないため、これも内容を詳しく知ることはできませんが、タイ人にこれまでまったく無名だった「軍艦島」の存在を認知させたことは確かでしょう。

地元紙は、同映画のロケについて、以下のように伝えています。

タイ映画、長崎市でロケ 平和公園、軍艦島などで撮影(西日本新聞2013年5月1日)

長崎市を舞台にしたタイ映画「PROJECT H」のロケが市内であり、4月18日に平和公園(同市松山町)の平和祈念像前で冒頭シーンの撮影が行われた。

監督はピヤパン・シューペット氏(42)で、インターネットで見た端島(通称・軍艦島)を一目で気に入り、長崎ロケを決めたという。県観光連盟は昨年10月、タイ側からのロケ協力の呼び掛けに応じて、長崎市と計約250万円の滞在費助成をした。同連盟の土井正隆専務理事は「映画を通して長崎をPRし、タイからの観光客を増やしたい」としている。

9月にタイで上映予定の映画は、動画サイトなどに投稿するのが趣味の主人公が、仲間5人で軍艦島に撮影に訪れるという内容。主演は日本で「Kitty GYM(キティジム)」の名でデビュー経験もあるピラット・ニティパイサンクンさん(24)。「長崎は初めてだが、景色がとてもきれい。たくさんの人に映画を見てもらいたい」と笑顔で話していた。

世界遺産申請などの話題も出てきた軍艦島ですが、最近は海外からの観光客も訪れているそうです。軍艦島には、以下の航路があるようです。

軍艦島上陸クルーズ
http://www.gunkan-jima.net/

●テレビ番組『MAJIDE JAPAN』

「昨年4月よりBang Channelで毎週木曜夜11時から放映されているテレビ番組『Majide Japan』は、訪日観光に特化して、魅力的な観光地や、観光地へのアクセス方法をタイの視聴者に紹介している。レポーターのウムさんは、中国地方(鳥取、岡山、山口など)や鹿児島、新潟、群馬など、まだタイ人に知られていない日本各地の知られざる観光地を訪れ、個人旅行者向けのアクセス情報も含め、詳細かつ楽しくレポートしているため、番組で紹介した観光地を訪れるタイ人観光客も増えている」(リリースより)。
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これがタイ人留学生モンティチャーさんの教えてくれた日本旅行バラエティ番組です。彼女によると、『MAJIDE JAPAN』の影響力は「マジですごい」らしいです。以下のYou Tubeの動画で彼女もたまに見ているそうです。ちなみにMCのウムさんはおなべだとか。いかにもタイらしいですね。

MAJIDE JAPAN
https://www.youtube.com/watch?v=AskZIWDlpIQ&list=PLRVsMETJm4bXsotg7I45xLtG7famnJI9D

もともとタイでは、日本のテレビ局から版権を買って深夜枠でグルメ番組や旅行番組を毎日のように流していたそうですが、最近は自前の番組も増えているそうです。タイ語がわかれば、出演するタレントさんたちが、日本の何に驚き、面白がっているのか、わかって面白いでしょうね。それがどんなタイ人誘客のヒントにつながるかもしれません。

実は、モンティチャーさんに内容を紹介してもらった旅行ガイドブック『一人でも行ける日本の旅(Japan ญี่ปุ่น คนเดียวก็เที่ยวได้)』は、昨年の「Japan Tourism Award in Thailand」受賞作でした。今年も以下の2冊が「訪日旅行の促進に貢献した旅行ガイドブック」として受賞しています。

●ガイドブック『ガイドやツアーに頼らずに歩く日本(ญี่ปุ่น เที่ยวไม่ง้อไกด์ ไปไม่ง้อทัวร์)』
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「ガイドブック『ガイドやツアーに頼らずに歩く日本』(2013年8月Tip Thai Interbook社より発行)は、日本へ旅行する際に必要な情報を、様々な角度から紹介しており、例えば、東京周辺を5日で旅行する場合、何を用意すればよいか等の情報も網羅している。著者のポンサコーン・プラトゥムウォンさんは、今まで何度も日本を訪れ、数冊のガイドブックを執筆しているだけでなく、3年間日本へ滞在した経験を持つ。著者の詳細な観光案内と豊富な写真により、特に初めて日本を訪れる観光客にとって、非常に役立つ内容となっている」(リリースより)。

●ガイドブック『123美味しい関西(123 อิ่มอร่อยคันไซ)』

「2013年8月に出版されたガイドブック『123美味しい関西』は、大阪、神戸、京都、奈良を中心とする関西地域のレストランについて、寿司、ラーメン、カニ料理、ベーカリーから懐石料理に生鮮市場まで、幅広いジャンルの店を紹介している。著者であるピムマライさんは、自らすべての店を取材し、写真撮影と執筆を担当した。タイでは、まだ日本のレストランガイドは少なく、同ガイドブックは、日本を自分の足で旅行し、美味しい店を自分で選んで訪れたいというタイの個人旅行者のニーズに合致した内容となっている」(リリースより)。

上記2冊はまだ入手していませんが、さまざまな角度から日本旅行を面白がってやろう、楽しんでやろうという意欲を感じさせる企画が、次々と登場するのがいまのタイです。機会があれば、これらの本もどんな内容なのか、確かめてみたいと思っています。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-19 11:24 | “参与観察”日誌 | Comments(0)