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2015年 07月 15日

ラブホテル? いえ、レジャーホテルで、いま外客の取り込みひそかに進行中

ここ数年、訪日客の増加で東京や大阪などの大都市圏のホテルの需給がひっ迫しています。とりわけ大阪は客室不足が深刻なため、市は外客向けに市内のラブホテルの活用をまじめに検討したそうです。「交通の要所である京橋や天王寺などのラブホテル街を対象拡幅などの設備更新に補助金を出して業態転換を促せないか模索」(朝日新聞2014年8月4日 大阪版)したと報じられています。

ところが、関係者によると「進展はなかった」ようです。ラブホテルは個人経営者が多く、新規施設の投資や多言語化の対応などに難があるためです。

こうしたなか、いわゆるラブホテルではなく、清潔でくつろげる客室やカラオケ、ジャグジーバスなどのエンターテインメント設備を備えたレジャーホテル(ファッションホテル、ブティックホテルともいう)の中に、外国客の受入に取り組む施設が現れています。もともとこの種のホテルでは、カップル利用だけでなく、ファミリーやビジネスマン、さらには女子会といったシティホテル的な使われ方もしていました。

関西を中心に47軒のチェーンを展開する「ホテルファイン」(株式会社レジャー計画・大阪市)では、ここ数年順調に外客の取り込みに成功し、宿泊客数を倍々ゲームで伸ばしています。

ホテルファイン
http://www.hotels-fine.com/

今年1月、ぼくは同社を訪ね、以下のレポートの中で一部紹介しました。

訪日客増加で客室も足りない!?  多様化する宿泊ニーズに対応した新サービスや業態転換はどこまで進むか
http://www.yamatogokoro.jp/report/2015/report_11.html

そして先月、同社を再訪し、関則之会長にあらためて話を聞くことができました。

ここでひとつの誤解を解いておく必要があります。同社が展開する「レジャーホテル」という業態は、一般にラブホテルが風俗営業法の管轄にあるのとは違い、一般のシティホテルと同じ旅館業法の管轄の施設です。ただし、立地はたいていラブホテル街などの歓楽地や郊外のロードサイドにあるため、世間は両者を同じジャンルの業態とみなしがちです。これはやむを得ないことだと思いますが、興味深いことに、外国客にはその種の誤解や先入観がないため、受入に際しても影響はまったくなかったといいます。

以下、会長とのやりとりです。

―ホテルファインの外国客取り込みのきっかけや経緯を教えてください。

「弊社はレジャーホテル以外にリゾートホテルの運営もやっている。2008年頃、すでにリゾートホテルではネットで海外のお客様がぽつぽつとお見えになっていた。この年、政府が観光庁を設立させ、これからは海外のお客様を取り込む機運が盛り上がると思った。

そこで、2011年ホテルファインでも自社HPを立ち上げ、一部の客室のネット予約を開始した。当時、この業界では予約を取るという発想はなかった。ウォークインで来るお客様を1日何回転かさせるというのがビジネスモデル。いったん予約を取ってしまうと、部屋を押さえておかなければならない。これは機会損失につながるのではないか、という危惧もあった。だから、全室ではなく、まずは1割程度からネット予約に対応してみようかということでスタートした。

多くの方に誤解されていると思うが、レジャーホテルはラブホテルのように風俗営業の届出をしている施設ではない。ところが、国内の旅行会社やオンライン旅行会社は我々との商談に乗ってくれない(一部取引は始まっている)。関西では「ホテルファイン」という名前が広く知られているのも問題なのだと思う。

その点、海外のホテル予約サイトは理解があった。自社サイトを立ち上げると、エクスペディアやBooking.comなどの営業担当者がすぐに訪ねてきて、登録した。その結果、外国客の予約が入ってくるようになったというわけだ」。

―外客の受入を始めるにあたってどんなご苦労がありましたか。

「最初は外国客のフロントや電話応対が難しかった。外国客は予約を入れた後、よく問い合わせてくる。もちろん、外国語でだ。たとえば、荷物を事前にホテルに送っていいか、ホテルへの行き方など。最初のうちはもたもたしていたが、2年前くらいからようやく対応できるようになった。

海外からどんどん予約が入るが、決済は旅行会社経由の場合もあれば、フロントの場合もある。当然、為替のことを知る必要が出てくる。支払いは事前決済とカードの現地決済があるが、決済トラブルはゼロに近い。海外のサイトでは予約時にクレジットカードを入力する必要があるからだと思うが、むしろ国内客のほうがノーショーがある。

これまでのように、毎日同じ価格で出せなくなった。シーズンや曜日によって価格調整しなければならない。こういった受入態勢づくりはスケールメリットがないとできるものではない。従業員教育やシステム構築には時間とコストがかかるからだ。幸いうちは本社機能があるので、専属でインバウンド担当、予約担当などを配置できた。

こうしたことから、一般のラブホテルやレジャーホテルで外客受入ができるのは一部に限られるだろう。この業界は大半が個人企業。受入には初期コストがかかるし、社員教育が大変。宿泊客が病気になって、病院の手配をしなければならないとき、フロントで外国語対応ができるか。外国客はフロントにいろいろ聞いてくる。近くにおいしいレストランはないか。松坂牛の食べられる店はどこか…。そういうコンシェルジュ機能も求められる」。

―大阪市からラブホテル業界で外国客の受入ができないか相談があったそうですね。

「うちにも大阪観光局の人が来た。そのとき、私はこう説明した。ラブホテルやレジャーホテル業界の経営は、1室月額いくらの売上で組み立ている。それには1日2回転させることも計算に入れている。これらのホテルは初期投資がビジネスホテルより圧倒的にかかる。部屋の広さやお風呂、エンターテインメントの設備などが充実しているからだ。ビジネスホテルの売上額ではとうてい成り立たない。いくら市が施設投資に補助金を出したところで赤字になる。

しかも、うちがいまやっているような運営ができるラブホテルがどれだけあるか。社員教育はどうするのか。

外客受入を始めるとなると、館内案内も多言語化のため全部新しく揃えなければならない。うちもあらゆる表示物を英語と中国語に多言語化した。「トイレは紙を流してください」といったこれまで必要のなかった表示も用意した。食事の問題もある。ベジタリアンやハラル対応だ。外国客は食に対するリクエストが多い。そこで、食事メニューも変更した。うちでは24時間ルームサービスをやっているし、宿泊客には朝食がつく。メニューの種類を増やすことになった。

24時間電話の通訳サービスも始めた。通訳と3者通話ができるシステムだ。フロントにはタブレットも用意した。

外客受入のためには、我々自身が変わらなければならない。経営者が率先して受入態勢をつくっていかないと。海外からお客様がどんどん来るから、なんでもいいから客を取るではいずれしっぺ返しが来る」。

―取り組みを始めて4年、成果は出ているようですね。

「4年前に比べスタッフの語学力が格段に上がっている。最初はクレームも多かったが、最近は店長に宿泊客からお礼の手紙が来るようになった。これまで礼状をもらうなんてことなかった。外国客のリピーターも増えている。

2012年から今年にかけてのネット経由の月ごとの売上、販売客室数をみると、倍々ゲームで伸びている。特に今年3月は単月で約7000室、1室単価も上がり、1万7000円を超えている。
 
ネット予約の8割が外国客だ。やはり桜と紅葉シーズンの売上が高い。特に京都の桜のシーズンは1室単価が4~5万円でも満室になる。というのも、いまの京都の桜シーズンはシティホテルでも1泊10万円がざらになる。それに比べればうちはリーズナブルだからだ。鈴鹿サーキットのときも、ほぼ外国客で埋まる。1週間連泊する客もいる。

これからは限られた部屋をどれだけ高く売れるかが課題だ。レベニューマネジメントの専門スタッフがいて、日々細かく価格調整している」。

―ホテルファインが外国客に人気の理由は何だと思いますか。

「Booking.comでは顧客評価8点以上(10点満点)の施設にアワードを与えているが、うちは多くの施設でいただいている。チェーン47軒のうち外客受入は現在25軒のみ。大阪や京都、滋賀、奈良などだが、少しずつ増やしている。
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考えてみれば、外国客の評価が高いのは当たり前かもしれない。彼らには日本人のような固定観念や先入観はない。スペックそのもので評価するわけだから。なにしろお風呂はジャグジー、室内の音響施設はスピーカー6台装備、100インチのプロジェクタースクリーンがあり、カラオケ、マッサージチェアなど、至れり尽くせりだ。ルームサービスの飲食代も安い。冷蔵庫のドリンクもコンビニ価格。外国客の飲食の利用は多い。

外国客の特徴は連泊が多いこと。たいてい3~4日だが、なかには30日連泊の人もいる。ビジネス出張で利用されているようだ」。

―最近の外国客に新しい傾向は見られますか。また新たなサービスは何かありますか。

「レンタカー利用が増えている。レジャーホテルの特性のひとつが郊外のロードサイド型店舗があること。関西国際空港に14社のレンタカー会社があり、そのうち13社は外国客対応を始めている。そのため、空港からレンタカーに乗ってチェックインされるアジア客が現れるようになった。

日本の交通マナーは世界一。運転しやすい。日本の新車を運転したいというニーズもあるようだ。とにかくレンタカーは安い。関西の場合、大阪を中心に京都や神戸、奈良など各方面に観光地があるが、車で移動すると便利だし、2、3人が乗って移動すると、交通費はかからない。ナビゲーションも多言語化しているので、問題ない。市内に比べ、郊外立地のレジャーホテルは客室料金も安い。駐車場も広くて無料。買い物好きのアジア客は荷物が増えるが、車だと困らない。あとはLCCで来れば、日本の旅行がとことん安くなる。

これからLCCで大阪に来て、レンタカー利用でホテルファインに泊まろうというセットの旅行商品をPRしたいと思う。

また今年に入って中国からのカップルツアーを受け入れている。いわゆるハネムーン旅行で、中国のオンライン旅行会社のC-trip経由で毎月250~300組も予約が入る。中国でも個人旅行が動き出しているのを感じる。

Hotel Fine Garden Juso Osaka (大阪十三精品花园情侣酒店)
http://hotels.ctrip.com/international/686502.html?CheckIn=2015-07-29&CheckOut=2015-07-30&Rooms=2&childNum=2&PromotionID=&NoShowSearchBox=T#ctm_ref=hi_0_0_0_0_lst_sr_1_df_ls_11_n_hi_0_0_0

今年から館内で免税販売も始めた。ホテルのアメニティ、シャンプーや化粧品、香水などの商品に限っているが、客室にカタログを置いている。今後は売り方を工夫する必要がある」。

―今後新規開業などの計画はありますか。

「京都と十三に計画中だ。ただし、ここ数年の土地価格の上昇、特に建築コストの高騰を考えると、採算が合うかどうか頭が痛いところがある。五輪スタジアムが話題になっているように、いまゼネコンはすごい強気になっている。きちんとした技術を持った職人さんの数に限りがあることも影響している。この高値水準は2~3年は続くといわれている。

こうしたことから、新たに土地を買ってゼネコンに頼むと、いまの日本のホテル価格では採算が合わない。世界の主要都市に比べると、東京や大阪はいまでもホテル価格が安いほうだ。ニューヨークやパリでは高級ホテルは10万円台が当たり前。5万円では二流ホテルという感じだ」。

―今後の展望についてお聞かせください。

「結局、ホテルの運営は人の問題だ。施設はつくればいいが、維持管理・運営は難しい。いまの日本には投資したい人間は多いが、運営できる人材が少ないことが問題といわれる。

現在、ホテルファインでは85~90%が国内客(カップルやビジネス利用)、10~15%がインバウンドという比率だが、現在は海外サイトだけと契約している。いまだに国内の旅行会社は色眼鏡で見ているからだが、我々の実績をみれば、いずれ変わっていくだろう。今後我々もさらに変わり続けていく必要があると思っている」。
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ホテルファイン十三店は、大阪市淀川区十三のラブホテル街の一画にあります。
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フロントに置かれたメッセージボードに書かれた外国客による手書きのコメントを見ていたとき、ひとりのブロンドの若い女性がチェックインしてきたのを目撃しました。思わず「あっ」と声を上げそうになりましたが、確かにここは外国人ツーリストがふつうに泊まっているのです。

またホテルのスタッフに客室を案内してもらっているときも、大きなザックを背負ったバックパッカー風の欧米青年が廊下を歩いているのを見ました。実は、十三店にはシングルルームもあり、1泊約5000円で泊まれるのです。しかも、館内には外国客専用のラウンジが用意されています。ここでは食事もできるそうです。
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そもそもこの業態のホテルにフロントがあること自体、ちょっと面白い話ですが、フロントの裏にはスーツケースがいくつも並べて置かれていました。外国人ツーリストたちはチェックアウトした後、昼間は観光に出かけるので、荷物を預かってもらうからです。
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客室は広く、関会長が語るように、大型スクリーンやカラオケ設備、ジャグジー付きの風呂など、至れり尽くせりの環境です。大阪で最高級とされるザ・リッツカールトンやインターコンチネンタルなどの客室と比べても広いうえ、各種スペックに関しては凌駕しているといえます。
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ぼくが20代の頃、北欧から来た友人とその仲間たちが日本のラブホテルは面白いと聞いて、地方に旅行したとき、よく利用していたことを思い出します。彼らはラブホテルという空間に用意されたさまざまな設備や遊び心満点のユニークかつおとぼけデザインを楽しんでいました。

ホテルファインに対する外国客たちのコメントを見せてもらいましたが、多くの人が「ラブホテル」だという認識を持っているようでした。中国のCtripでも、ホテル名は「大阪十三精品花园情侣酒店」。日本名にはない「情侣(カップル)」ということばが添えられています。

たとえば、こんなコメントがありました。

「そう、ここはラブホテルです! しかし、不潔なことは全くありません。宮殿のような客室にプロジェクターが付いています。カラオケと完璧なサウンド設備。テレビの隣にはジャグジーがあります。立地は最高。地下出口のすぐ隣にあります」(梅田店)

コメントの書き手は、それこそ多国籍の人たちで、英仏独語に中国語、ハングル、タイ語もありました。一般に日本のホテルの客室は狭いことで知られているせいか、部屋の広さや設備、アメニティなど好評価のコメントが目立ちました。なかには「立地を除くすべてが良かった」(豊中店)というコメントもありましたけれど。これはラブホテル街という立地をうんぬんしているのではなく、最寄り駅からのアクセスがわかりにくいという意味です。

訪日客の増加で客室不足に悩む大都市圏では、レジャーホテルという業態が外客受入に貢献することが期待されています、ただし、いまの時代、海外予約サイトに登録すれば、予約は入るでしょうが、実際の受入態勢をつくっていくのは、並大抵のことではないことが関会長の話から伝わってきます。

だとしても、この業界にはさまざまな可能性が秘められているのでは、とあらためて思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-07-15 13:43 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2015年 06月 07日

ロボットレストラン、まだまだ進化中

週末の夜、新宿歌舞伎町のロボットレストランにまた行っちゃいました。仕事仲間にどうしてもと言われて案内することになったんです。これで3回目になります。

歌舞伎町の「ロボットレストラン」はなぜ外国客であふれているのか?
http://inbound.exblog.jp/21470518
【続編】「ロボットレストラン」はなぜ欧米客に人気なのか?
http://inbound.exblog.jp/21477338/
1年ぶりに再訪。ロボットレストランの客層が変わった!?
http://inbound.exblog.jp/23664029/

去年の9月以来でしたが、演目もそうですし、システムや料金、客層もそこそこ変わっていたので、この際ですから報告してしまいます。

何が変わっていたかというと、まず料金です。当初は弁当付きで5000円だったのに、いまはショーのみでひとり7000円です。

けっこう取るなとも思いましたが、客層の大半は外国人。ここ数年の円安でこの程度の値上げは関係ないかもしれないと思いました。7000円って50ドル相当でしょう。つまり、2年前と変わらないともいえるのです。
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これが入り口です。以前とは入る場所が違います。多国籍語のwelcome表示があります。アラビア語やロシア語、タイ語まであります。いろんな国の人が来ていることがうかがえます。
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まず待合室に入ります。そこに現れたのは、日本語を話す外国人の女の子でした。

キンキラのいかれた内装の待合室は変わりません。21時50分開演のその日最後のショーだったせいか、若い欧米人がほとんどでした。昨年9月はけっこう年配の外国人も多かったけど、時間帯によるのではないかと思われます。
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待合室では、ダンサー兼シンガーの女の子が洋楽を歌っています。ここはまるでマニラやバンコクの欧米人向けバーの世界と変わりません。

開演10分前にステージのあるフロアに案内されます。客層はこんな感じです。欧米客が大半で、たまに東南アジア系のカップルが交じっています。
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男ふたりで並んで見ているのは、なんか間抜けな感じもします。
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東南アジア系のカップルは、1000円のおすしを注文したようです(チケット代とは別)。食事に関しては、いろいろ試行錯誤しているようです。
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ロボットレストランロゴ入りのTシャツやお土産菓子などもありました。こういうノベルティグッズは売れるのかどうか? やれること、思いつくことは何でもやってみようという姿勢もうかがえます。
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ショーの司会も外国人になっていました。アメリカのTVコメディショーに出てくるようなタイプの男です。彼は「ようこそ、クレージーショーへ」とあいさつしてました。
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最初の演目は日本太鼓で、去年と同じでした。まずは和風ショーから始めて、ジャパニスクを堪能してもらうことが狙いでしょうか。おかしいのは、ロボットショーのテーマソングが流れていて、その曲調は演歌なのです。まあショーの中身とはマッチしているのかもしれませんが、面白いものだと思いました。
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次はおいらんショーでした。これは初めてみました。六本木のおいらんショーレストラン「六本木香和 -KAGUWA-」みたいだったので、ちょっと意外でした。やはりこういうのが欧米客にウケると判断したのでしょうか。
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六本木香和 -KAGUWA-
http://www.kaguwa.com/

3つめは当初からあった「太古の森」を舞台にしたロボット対戦(森の住人と宇宙から来たロボット軍団との戦い)でした。
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そしてフィナーレは、おなじみの女性型ロボット「ロボコ」と女性ダンサーの共演です。ロボット軍団がバージョンアップしているように見えます。
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でもまあ、ロボットに乗って女の子が踊るというバカバカしさは変わりません。
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そして、あっけなく終演。以前のようなロボットとの撮影タイムはありませんでした。
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久しぶりに訪ねて、あいかわらず外国客であふれていましたが、いろいろ試行錯誤していることがうかがえました。外国人スタッフが一気に増えていたのは、当然だったのでしょう。

同行した編集者も「こんなに外国人がいるとは思わなかった。よくできているなあ」と感心していました。やはり、客の反応を見ながら臨機応変にやり方を変えているのでしょう。

ところで、どうでもいい話ですが、その日、ロボットレストランにも近い新宿花園神社の境内で唐組の赤テントの興行をやっていました。本当はこういうのにも外国客に行ってもらいところですが、この世界を解説するのは一苦労だなあと思ってしまいます。
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新宿歌舞伎町は外国人の来訪によって変わりつつあります。
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by sanyo-kansatu | 2015-06-07 20:43 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2015年 05月 31日

訪日外国客向けの都市観光にピッタリの楽師によるクルーズライブ

昨日の午後、チェロと声楽家による神田川のクルーズライブ演奏会に行ってきました。

神田川? クルーズ? ライブ? 東京湾クルーズなら聞いたことがあるかもしれませんが、いったいどのようなイベントなのか?

友人の鳥越けい子青山学院大学教授と都市楽師プロジェクトを主催する鷲野宏氏が2009年から実施しているイベントです。都市空間を舞台に楽師たちがライブ演奏を行うというものですが、いわゆる路上ライブではなくて、もっとディープな場所が選ばれるのが特徴です。なにしろ神田川でやるというのですから。えっ、神田川ってどこよ? そう思う人も多いに違いありません。

今回初めて体験したのですが、よくもまあこんな酔狂なことを始めたものだと思いつつボートに乗り込んだところ、約1時間のクルーズライブは想像していた以上に面白かったので、ぜひ紹介したいと思います。
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都市楽師プロジェクト
http://toshigakushi.com

イベントのタイトルは「名橋たちの音を聴く 2015年5月30日 神田川をゆく船上」。神田川下流にかかる和泉橋防災船着場(最寄はJR秋葉原駅)からボートを出して上流に向かって航行し、7つの橋をくぐり抜けながら、都市楽師のふたりの演奏と歌声を聴くというものです。

7つの橋というのは以下のとおりです(パンフレットの解説による)

和泉橋(1916(大正5)年、1927年拡張)
JR東北本線神田川橋梁(1925(大正14)年)
万世橋(1930(昭和5)年)
昌平橋(1923(大正12)年)
総武線神田川橋梁(1932(昭和7)年)
丸ノ内線神田川橋梁
聖橋(1927(昭和2)年)

すべてが大正から昭和初期にかけて架けられたものです。神田川とそれに架かる橋や堤は、古くは江戸開城から明治、大正、昭和と近代に到る歴史遺産なのです。しかし、今日川自体はJR御茶ノ水駅のホーム下に見えることくらいは知られていても、ほとんどその存在は忘れられていることでしょう。

そんな忘却された河川にゲリラ的にボートを浮かべて演奏会をやるというのが、このイベントの真骨頂ですが、もちろん無許可で行われているわけではありません。

実は、和泉橋防災船着場は、阪神大震災時に陸上交通が麻痺した経験から、水路を利用した交通インフラが見直されて開設されたもので、本来は被災時のみ利用されることになっています。その臨時船着場に発着するミニクルーズが実現したのは、東京五輪を控え、新たな都市観光を企画したいと考えている千代田区観光協会の協力によるそうです。

能書きはここまでにして、クルーズライブの様子を紹介しましょう。
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ボートは乗客30人乗りで、進行方向右手に声楽家の辻康介さんとチェロ演奏家の山本徹さんのためのささやかなステージが用意されています。

ボートは和泉橋防災船着場を離れ、いったん和泉橋の下に潜り込みます。ここで辻さんが『集まったのは橋の下』(鳥越けい子・辻康介作詞/辻康介作曲)を歌います。

歌が終わると、ボートは橋を抜け、神田川の上流に向かってゆっくり走り出します。ここで鳥越けい子教授と鷲野宏氏によるあいさつがあります。
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しばらくすると、巨大なコンクリートの洞窟のようなJR東北本線神田川橋梁(手前に最近開通した新幹線橋梁並行して架かっています)が見えてきます。満潮時に近いせいか、水位がずいぶん上がっています。この橋の下で山本さんが演奏するのは『トッカータ』(ジョバンニ・ヴィターリ)です。
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以下、この調子で橋の下にやって来るごとに、さまざまな演目のチェロ独奏や声楽を聴きます。面白いことに、橋の下はドーム状になっているため、まるでコンサートホールのようでもあるのです。
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次は万世橋です。演奏家の背後に秋葉原の電気街が見えます。楽曲は『113の練習曲集より第42番』(フリードリヒ・ドッツァウアー)と『無伴奏チェロ組曲より 2.サルダーナ』(ガスパール・カサド))。
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次の昌平橋に向かう進行方向左手に、元鉄道博物館(もともとは万世橋駅跡であり、のちに高架橋として使われた)のアーチ型のレンガ造りの建造物が見られます(写真は進行方向とは逆向きなので右手に見える)。現在はカフェやレストラン街になっています。
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昌平橋は大正後期に造られた堅牢な橋で、細かな装飾もあしらわれた都市建築ですが、その上空に鉄筋の総武線神田川橋梁が見えます。 
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こういう橋を下から仰ぎ見るような見方ができるのは、川の上にボートを浮かべているからこそです。ちょうど総武線が走って来て、鉄橋を渡る騒音が頭上から降りそそぐかのようです。ふだんはあり得ない場所に潜り込むことで、近代都市の激烈なノイズに視覚と聴覚もろともさらされてしまいます。そこに山本さんによる現代音楽的なチェロの不安な音色(『無伴奏チェロソナタより 1. ディアローゴ』(リゲティ・ジョルジュ))が加わると、ちょっとゾクゾクしてくるのを抑えられません。
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※この楽曲を書いたリゲティ・ジョルジュはハンガリー人で、スタンリー・キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』『シャイニング』などに作品が使用されたこともあるようです。
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昌平橋をくぐり抜けると、総武線ガード下の飲み屋の看板などが見えてきます。
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総武線神田川橋梁ははるか高い頭上にあります。
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今回最も強烈だったのが、丸ノ内線神田川橋梁です。この至近距離の上を丸ノ内線が走り抜けていくのですから。耳がおかしくなりそうでした。
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少し離れると、こんな風に見えます。メガホンを持っているのが鷲野氏です。彼はそれぞれの橋の歴史的なゆかりを解説しています。
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そして、ついに最後の聖橋です。美しい巨大なアーチ型の橋梁です。この下で歌われるのは『ゴリアルドのアヴェマリア』(作曲者不詳(カルミナ・ブラーナ))。
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ここが折り返し地点です。先ほどくぐり抜けてきた橋を再びくぐり、和泉橋防災船着場に戻るのですが、歌と演奏は続きます。メガホンを持っているのが鳥越先生です。ここで先生は数分間、乗客に目を閉じてあらためて都市の音を聴くようにと話します。
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昌平橋・万世橋高架橋 『無伴奏チェロ組曲第1番より 第1の歌』(ベンジャミン・ブリテン)

万世橋高架橋・万世橋 『無伴奏チェロ組曲より 3.間奏曲とダンツァ・フィナーレ』(ガスパール・カサド)
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JR東北本線神田川橋梁・和泉橋 『きれいなねんちゃんよ』(ヴィンツェンツォ・カレスターニ)

さて、自分で撮った写真とプログラムを見比べながら、クルーズライブの流れを簡単に振り返ってみたわけですが、人によってはこういう趣向はクラシック音楽のたしなみ方として大いに不満、あるいは不愉快に感じる向きもあるかもしれません。

それは否定しませんが、このメタリックな動力騒音が飛び交う環境の中で耳に届くチェロや人の歌声というのは、なんと愛すべきものだろうとぼくは思ったものです。人間にとって抑圧的ともいえる都市空間に身を置く現代人としての境遇をあらためて思い知るというような経験でした。楽曲と歌声が送り届けられることで、まるで自分が映画のワンシーンにでもいるかのような軽い錯覚をおぼえたのも本当です。

好き嫌いはともかく、こういう趣向は、ぼくの個人的な関心に照していうと、訪日外国客向けの都市観光の素材としてピッタリではないか、と思います。

一般に日本では都市観光というと、ショッピングやグルメなどを中心に語られることが多いのですが、本来都市観光の2大主要テーマは「文化」と「歴史」です。ヨーロッパの旅行博覧会を視察すればわかりますが、メインとなるのが文化観光です。その担い手はそれぞれ固有の歴史を持った都市です。ヨーロッパの場合、それぞれの都市の人口規模はそれほど大きくなくても、自らの歴史の固有性を住民が理解しているからこそ、文化観光が成立するのです。これが可能となるのはインバウンドの歴史が長いゆえで、今後は日本もだんだんそうなっていくと思います。

その意味で、東京の景観は世界の主要な都市同様、醜美両面を持っていると思いますが、どうしようもなく固有の近代の歴史があります。そこには情けなく悲しい面もありますが、多くの日本人はそれを受け入れて暮らしているわけで、無理してかっこつけても始まらないし、またネガティブにのみ捉えても自意識過剰というものでしょう。日本が敗戦国の歴史を有する国家であることは、世界中誰もが知っています。外国のツーリストには、いまの姿を隠さず見てもらえばいい。そこにひとつの触媒としての楽師による演奏を加えることで、人は東京という都市について多くのことを感じるのではないでしょうか。そこに音楽の力があると思う。

都市楽師によるライブは、もっと手法を大胆に洗練させていけば、都市観光の2大テーマである「文化」と「歴史」をうまく融合していける可能性があるように思えます。こういうのが、本来の都市観光であり、文化観光ではないでしょうか。

クール・ジャパンもいいけれど、東京こそ、もっと大人向けの文化観光を創出していかなければならないと常々思います。だからといって、それがコンサートホールや劇場、博物館優先の発想になってしまうと、申し訳ないけど、いまの北京みたいで、ぼくは嫌なんです。

珍しく外国人観光客の減っている中国の観光PRのお寒い中身
http://inbound.exblog.jp/24475269/

このイベントの意味を考えるうえで、渋谷のスクランブル交差点が外国人ツーリストの間で人気となっていることは参考になるかもしれません。

イースター休みに渋谷スクランブル交差点に出没した外国人を逆観察
http://inbound.exblog.jp/24348359/

都市楽師をもっと街へ。このプロジェクトを通じて東京の街角や意想外の場所でライブ活動が次々と行われるようなことが起こると面白いと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-05-31 19:29 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2015年 05月 01日

高所恐怖症にはキツイ岩山の尾根伝い登山道(中国遼寧省鳳凰山)

自分は山登りというものが好きではありません。人に誘われ、高尾山に登るのすら気乗りしないほどです。だから、仕事で半ば強制的な環境にでも置かれないかぎり、今回のように中国の岩山登りをするなんて思いもつかないものです。

中国遼寧省丹東市の北方に鳳凰山という景勝地があります。中国でよく見かける花崗岩でできた連山で、標高は930mほどですから、全国的な知名度はありません。中国の片田舎にある行楽地のひとつです。

その山にぼくを連れていこうとしたのは、丹東の旅行会社の閻宇飛さんです。彼はぼくが丹東を訪ねると、それが自分の使命とばかりに、あちこちを案内してくれます。まったくありがたい話なのですが、彼は事前に行先をあまり詳しく説明してくれないのです。「まあ行ってみればわかりますから…」という感じで、自分の運転する車に乗せてくれます。北朝鮮国境に位置する丹東という土地柄、実に面白い場所ばかりなので、毎回おまかせで彼の車に乗り込むのです。

ですから、昨年7月下旬、丹東を訪ねたとき、どこに連れていかれるのか、ぼくはよくわかっていませんでした。前日ぼくと同行者のHさんは、瀋陽に滞在していたのですが、閻さんからは「高速バスに乗って鳳凰城というまちまで来てください」とのみ伝えられていたのです。

鉄道駅のそばでバスを降りると、閻さんは今度大学生になるという息子さんを連れて待っていました。鉄道駅の反対側に、ところどころ岩肌を露出した山並みが見えました。どうやらそれが鳳凰山のようです。
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彼の運転する車に乗り換え、山門に向かいました。近頃の中国の行楽地にはどこでもたいてい立派な門ができています。
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門の脇に登山案内図があります。「まさか、これを今日登るのか……」。
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「さあ、行きましょう」。閻さんは入山料を払い、門の中に入るよう手招きしました。パッとみた感じは、さほど大きな山ではないようですが、山門付近から見渡せるのは全体の一部です。戸惑いつつも、歩くほかありません。

ロープウェイ乗り場までは有料のカーゴに乗っていきます。これが結構距離があるんです。10分近く走るので、歩くと45分くらいはかかるそうです。
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さて、登山道の入口に簡単な地図がありました。見ると、細かく距離が記されています。全周7.5kmとあります。

「エー、これ歩くんですか」。ついにぼくは声を上げました。こんなにお世話になっているのに、いい気なものです。

「大丈夫。登りはロープウェイに乗りますから。それで歩く距離は半分に短縮されます。せいぜい3kmほどですよ」。閻さんはにこにこしながらそう答えます。
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ロープウェイで将軍峰という鳳凰連山の西側にある2番目に高い頂まで登りました。山のふもとでは天気が良かったのに、山頂付近は霧に覆われています。

鳳凰山は花崗岩の岩肌が露出した、いかにも中国的なコンセプトの山でした。中国名山と称される黄山もそうですが、岩山と霧に覆われた世界は、まるで仙人でも住んでいそうです。

さっそく登山道を歩くことになったのですが、この写真をよく見てください。登山道は岩山の尾根に沿って伸びています。さらに目を凝らすと、「ノミの徒渡り」と言うんでしょうか。尾根の背に手すりが付けられただけの道も見えます。これ、大丈夫なの? そこから落ちたら、だって……下までまっさかさまじゃないですか。
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実際、この手の急な岩の階段をアップダウンして進まなければなりませんでした。
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同行者のHさんはぼくより年長ですが、スイスイ登っていきます。この階段だって、ちょっと怖いでしょう。
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これが尾根の背のひとつです。ここは比較的平らで幅もそこそこあるのでそれほどでもないですが、実際にはもっとヤバい場所がありました。そこでは、とても撮影する余裕はありませんでした。耳元にヒューヒュー風が吹いてきて、立ち上がることもできず、尾根伝いに這いつくばって進まなければならなかったのです。足がガクガク震えてきて「勘弁してくれー」と心の中で叫び続けていました。
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お察しのとおり、ぼくは高所が苦手な体質です。助かったのは、眼下が霧でよく見えなかったことです。絶景が底まで見渡せでもしようものなら、気を失ってしまっていたかもしれません。

ところが、閻さんはこんなことを言います。「ぼくが初めてこの山を登ったのは大学生のころで、当時は手すりも何もなく、岩の上を素手でよじ登ったものですよ」。

「おいおいマジかよ。そんなの落ちたらまずいじゃないですか!」。中国的なアバウトさに思わず声を荒立ててしまいました。

彼は笑っています。

山頂に近づいてきました。「天下絶(景)」と書かれています。
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こんなふざけた登山道もありました。「瑠璃桟道」と書かれています。つまり、ガラスの板でできた道で、足元が透けて真下が見渡せるというのです。なんですか、それ。怖すぎるじゃないですか。しかも、現在修理中って。もしやガラスの板が割れたとでもいうのでしょうか……。
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これもちょっとすごくないですか。登山道の先は霧でまったく見えません。まるで天国への階段? このまま進んでいっていいのか、ためらいを禁じえません。
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そうこうしているうちに、登山道は下りになっていました。どこが山頂だったのか。ついぞ記憶にありません。高揚感もありませんでした。あとはなだらかな下りが続くだけだと聞いて、心底ホッとしました。これでやっと恐怖から解放されるのだ。こんな身の縮む思いはこりごりだ。とにかく、さっさと下山したいという気持ちでいっぱいでした。まったく面白味のないやつで、すいません。

ところが、閉山時刻が近づいていて、ロープウェイ乗り場から山門までのカーゴが見つかりません。これはヤバい。もうこれ以上歩きたくない。そんな殺生な…。思わずそんな江戸言葉が口をついて出てしまいます。幸い、売店の従業員たちの下山用の車が残っていて、救われました。このときほどうれしかった瞬間はありません。
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下山すると、山門のそばに温泉がありました。ふだんなら、温泉に浸かっていきたいと思うたちですが、その日は早く宿に帰りたくて、早々に鳳凰山を後にしました。
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教訓。高所恐怖症には中国の登山はキツイ。特に岩山の尾根伝いはヤバい。

こんなことでは、中国の老荘思想に親しむ資格は自分にはなさそうです。

さて。最後に、鳳凰山について少し解説しておきましょう。全国区の名山ではありませんから、現在の日本ではほぼ知られていませんが、手元にあるジャパンツーリストビューローが刊行した『満洲』(昭和18年)には、こう書かれています。

「鳳凰山 驛の南に聳えている九百三十米許りの山で、五龍山(鳳凰山の南にある五龍背温泉で有名な山)と共に安奉線中の二大名山に數へられている山である。一帯の奇巌怪石は悉く花崗岩から成り、山中、巨巌、寺院多く、寺觀めぐりをする者も多い」。

「安奉線中の二大名山」と言われてもピンとこないと思いますが、戦前期の満洲においては、日露戦争時に建設が着手された安東(現在の丹東)と奉天(瀋陽)を結ぶ鉄道である安奉線沿線の二大景勝地というわけです。

文献を調べていてちょっと面白かったのは、『満洲グラフ』第59号(昭和14年6月号)に「鳳凰城の娘々祭 山の安奉線に見る土俗風景」というグラビア記事で、この山のふもとで行われた祭りの光景が紹介されていたことです。

「アカシヤの芳香と共にパッと開いた初夏の感触。にゃんにゃん祭は陰暦四月の中旬を期して滿洲の各地で行はれる。それは滿人たちの土俗神に對する信仰心の端的な現はれと云ふ以外に、何か滿洲の山野に華やかな大地の蘇りにも似たものをまき散らす馥郁たる年中行事である。

遠くから数日泊まりがけでおし寄せる善男善女の群でごったがえす大石橋迷鎖山の娘々祭はさておいて、山間の僻地にささやかに繰りひろげられる娘々祭にも亦、云ひ知れぬ興趣がある。鍬と鋤とを生命に、その土にこびりついている田舎の農民たちにとって、娘々廟會の訪れはこよなく楽しい縁日だ。

滿洲の名山として千山・關山と並び稱される安奉線鳳凰山をバックに、ここにも愉しい集ひがある。娘々は縁結びの神であり、児授けの神であり、病を治し家を富ましむる萬能の神であると信じられているだけに、集まる人は老幼男女、凡ゆる層を包含しているのであるが、中に目立つのは晴着を装った姑娘たちである。土の家に居て、ささやかな家の事にいそしみながら、指折り數へて待ったのであらうこの廟會―彼女等の鄙びた瞳は希望に輝き、その心は初夏の青空高く舞ひ上がっているのである。

集まる人々を相手に、路傍にひろげられた店―どこから来たのか、飴屋あり、饅頭屋あり、玩具屋あり、果物屋あり、さては街頭卜師にほぐろとりの店まで並ぶ。これが又子供たちの嬉しい對照となるばかりではない。日ごろ恵まれぬ田舎ぐらしに土臭くなった大人たちにとっても、大きい魅力となるのだから面白い。そして廟會につきものの芝居も小屋を仕立てて賑やかにどらと太鼓をかきならしてくれる。

春は馬車に乗って! と誰かが云った。滿洲の大地は娘々祭の訪れと共にハッと四つに開放される。明ければさんさんの陽光に若葉の森がゆらいでいる」。

ちょっと長い引用になってしまいましたが、1930年代当時、この土地には民俗色豊かな祭り(「娘々祭」:中国語の発音で、にゃんにゃん祭りといいます)が繰り広げられていたことがわかります。これも新中国になって消えたもののひとつでしょう。

本当はこういうのが見たかったです。
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by sanyo-kansatu | 2015-05-01 10:14 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2015年 04月 11日

イースター休みに渋谷スクランブル交差点に出没した外国人をシューティング

今週の木曜日(4月9日)に渋谷に用があって出かけたら、“Shibuya Crossing”こと、スクランブル交差点の周りで、たくさんの外国人観光客が撮影を楽しんでいました。
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この街ネタ自体はもう何年も前から知られていることで、新鮮さは特にないかもしれませんが、イースター休み(2015年は4月5日(日)がイースター)に入った週だったせいか、欧米系や東南アジア系の人たちが多かったです。訪ねたのは午後4時半頃のことでした。
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みなさん渋谷駅側、109側、スターバックス側など、それぞれお好みの場所にカメラを構えて陣を取り、信号が緑に変わるのを待ち構えています。
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群れるのは好まず、ひとり一眼レフのファインダーを覗き続ける女性もいます。彼女は東南アジア系のようです。
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なかには三脚まで用意して、動画を撮ろうとしている本格派もいます。
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このブロンドの彼女の表情からは「これが噂のShibuya Crossingなのね」と、人が観光地を訪れ、期待通り好奇心が満たされたときに見せる天真爛漫な心持ちがみてとれないでしょうか。思わず、良かったねえ、と声をかけたくなります。
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写真を撮っているのは、若い人たちばかりではありません。このふたり組のおばさんは、信号待ちの間も一眼レフを手にして真剣なまなざしです。
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一方、東南アジア系の人たちは家族連れが多く、にぎやかに記念撮影に興じている人が多いです。
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もちろん自撮り棒も大活躍。もうこれは世界的な現象です。
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次の用が押していたので、これらを撮ったのはほんの数分の間なのですが、おそらくそのときこの交差点の周辺にはざっと見たところ、100人近い外国人がいたと思われます。
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何撮ってんだろう? 気になるので、そっと彼らの手にしたスマホの画面を覗くとこんな感じでした。この撮り方、構図のつくり方は、完全にこの交差点がひとつの観光スポットとして認知されていて、彼らもネットやガイドブック等の写真および動画をすでに見て、しっかりイメージが頭に入っていること。そこに自分が訪れたことを記録するための確認作業であることがわかります。そう、それは富士山を撮るのと基本的に同じ観光行動なのです。

海外で渋谷スクランブル交差点が話題となり、観光スポット化してからすでにずいぶん時間が経過しているので、ネットでも多くのことが言及されています。

たとえば、外国人から見た渋谷スクランブル交差点に対する驚きは、このようなものだそうです。

「信じられないよ! こんなたくさんの人たちがいろんな方向に横断しているというのに、誰一人ぶつからないなんて」

「ある雨の日、スクランブル交差点を色とりどりのかさがスイスイと事も無げに、人を上手くよけながら行ったり来たりする様子を見て、『万華鏡(kaleidoscope)のようできれいね』といったフランス人観光客もいました」。

これらについては、以下のまとめサイト参照。

渋谷のスクランブル交差点に訪日外国人が増加した理由【海外の反応】 (2014年9月3日)
http://matome.naver.jp/odai/2140574575108108601

日本経済新聞でも、外国人に人気の理由を解説しています。

交差点も「観光地」 訪日外国人が喜ぶ意外なツボ (2014年12月23日)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO81113100Z11C14A2000000/

東京の英語情報誌「Time Out Tokyo」では、編集部が選んだ『渋谷でしかできない101のこと』というマップ(日本語版/英語版)の中で、栄えあるナンバーワンスポットとしてスクランブル交差点を紹介しています。これが発行されたのは2012年3月のことです。
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そこにはこう解説されていました。「これほど混雑している交差点は世界でも例がないだろう。人が多い交差点をひとりで渡る時は、孤独感を味わう事もある。これぞ東京砂漠か」。

いかにも異邦人的な心理描写というべきか。日本を訪れた外国人たちは、少々おセンチになって孤独な旅人気分を味わっていることが伝わってきます。

ニューヨークでもパリでもかまいません。自分が海外の街でひとりたたずむとき、同じような気分を感じることはないでしょうか。ありますよね。同じなんです。

こうしてひとたび海外の人たちから認知されてしまうと、富士山同様、初めて日本を訪れた外国人たちは、おそらく半永久的に渋谷スクランブル交差点に足を運ぶようになるでしょう。我々東京の住人としては、彼らのことを温かいまなざしで見つめてあげたいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-04-11 12:08 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2015年 03月 17日

中国のダンス(広場舞)おばさんと改革開放30年の人生に関する考察

今朝の朝日新聞の「国際」欄に以下の記事が掲載されていました。
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中国の広場舞、騒音深刻 夜にダンス、住民とトラブル
http://www.asahi.com/articles/ASH3J5D82H3JUHBI01L.html

「中国の中高年女性の間で、楽しみながら健康づくりができるとして人気を集める「広場舞(広場ダンス)」が、社会問題になっている。毎晩のように音響機器を持ち込んで踊りまくる女性たちと、騒音に悩まされる近隣住民とのトラブルが絶えないのだ。話し合いでは解決できず、規制条例を定める動きまで出始めた」(朝日新聞2015年3月17日)

同紙によると、広場舞とはこういうものです。

「中国各地の公園や広場で音楽に合わせて踊るダンスの総称。健康維持やダイエットを気にする中高年女性の間で絶大な人気がある。特に決まった形式はなく、農村に伝わる伝統的な踊りから、社交ダンスやジャズダンス、少数民族風のものまで様々で、個人が好みのグループに入って踊る。参加費用は無料か少額。由来は諸説あるが、1980年代以降に各地で広場が整備されるようになり、広まったとも言われている」。

中国に住んでいる人、最近行ったことのある人なら、公園や広場で興じられる一群のダンスおばさんたちの姿を一度は見かけたことがあるのではないでしょうか。ぼくは、中国の東北三省でしか見たことはありませんでしたが、どうやらそんなローカルな流行ではなく、全国的な規模で繰り広げられているのが、おばさんたちの広場舞のようです。
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これは中国黒龍江省牡丹江市にある江浜公園で見かけた広場舞のグループです。
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なんだかかわいくないですか。おばさんたちがスカートを翻し、真剣に踊っている姿は微笑ましくさえあり、これを怒鳴りつける輩の気持ちは理解できません。
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踊っているのは30~60代の女性ですが、たまにおじさんや子供が交じっていることもあります。たいていは「仕事や家事を終えて、家で夕飯を食べた後に集まってくる」ということで、夕暮れどきに出くわすことが確かに多いですが、実際には昼間から楽しんでいるグループもよく見かけます。
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広場には、1938年に満州国の軍隊に抵抗して追い詰められ、牡丹江に身を投じたとされる若い女性たちの像(八女投江記念像)が立っています。その先には、牡丹江がのどかに流れています。
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こちらは同じく黒龍江省綏芬河の広場です。ここはロシアとの国境のまちで、ロシア語の看板があふれています。特注でコスプレ風の衣装を揃えているように、かなり気合が入っています。どのグループにもリーダーがいて、音楽の選曲はもちろん、自ら習得したダンスをみんなに教えるそうです。全国各地にカリスマ的な師匠がいて、たいていどのリーダーもその師匠に踊りを習いに行き、ひととおりマスターしたら、地元に戻って仲間に教えるといいます。各地でコンクールもあって、みんなで精進し合うようです。いってみれば、中国おばさん版「ダンス甲子園」のような世界なのです。
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暇に飽かせて撮った動画もこのさい載せてしまいましょう。

黒龍江省牡丹江 江浜公園の広場舞(2014.7)
http://youtu.be/FdnhLssfSIc

黒龍江省綏芬河 中心広場の広場舞 昼間(2014.7)
http://youtu.be/alQOh-8AUvw

黒龍江省綏芬河 中心広場の広場舞 夕方(2014.7)
http://youtu.be/FDF6nLVH2Cs

それにしても、この朝日の記事、反日姿勢を隠さなくなったいまの中国(の為政者といっておきましょう)を好意的に見ることが難しくなった昨今、中国の民間事情を理解するネタとして繰り出された苦肉の策のはずだった、という気がしないでもありません。中国に駐在している者なら誰でも知っているであろう広場舞を、いつか記事にしたいと考えていたのでしょうけれど、そんなほのぼのしたネタでは東京のデスクに取り上げてもらえそうもない。

ところが、このところ各地で「近隣とのトラブル多発」し、「社会問題」が顕在化してきた。「おばさんたちが踊っている最中に何者かによってパチンコ玉を撃ち込まれた」り、「北京では2013年8月、苦情を聞き入れられなかった56歳の住民が激怒。不法所持していた猟銃を持ち出して空に向かって威嚇射撃した上、踊っている人たちに向かって飼っていたチベット犬を放ち、刑事事件に発展」という、何やら物騒な話になってきたことで、この記事はようやく取り上げられるに至ったのではないか。

海外の3面記事にすぎないネタを日本の全国紙の「国際版」で取り上げるには、それ相応の理由が求められるのでしょう。同紙は「広場舞」問題の背景として中国の大学教授の以下のコメントを採りあげ、こう解説しています。

「広場舞のグループと周辺住民の対立の背景には、急速な都市化のひずみがある。中国では、都市部の住宅問題は解消しつつあるが、公共スペースが圧倒的に不足している。みんなで余暇を楽しむことも必要なのに、開発業者が町づくりを主導する現状では、住宅以外は商業施設しかない状態だ。住民は広場や公園に行ってダンスや歌を楽しむしかない。

双方で話し合い、音量を絞ったり、時間を限ったりという取り決めをすることもある程度は有効だが、根本的な解決にはならない。政府が都市計画の中で、みんなでサークル活動を楽しめる公共の場所を設けていくことが必要だ。こうした場所がない既存のコミュニティーでも、政府が一定のスペースを買い取って住民に提供する方法もある。

いきなり罰金を科すようなやり方は解決にはつながらないだろう。庶民にだって自由に歌ったり、踊ったりする権利はある。強制的な手段は、そういう場所を提供し、ふさわしい規則を設けた上で実施すべきだ」(「急速な都市化のひずみ 背景」中国人民大学公共管理学院 楊宏山教授(公共政策))

まあそりゃそういうもんでしょうけれど、これではよくある紋切り型の現代中国批評にすぎない気がします。確かに、日本であれば、この世代のおばさんたちは近所のジムに通ってエアロビクスをやっていることでしょう。一方、中国では庶民が手ごろな料金で利用できるジムなどの施設が普及していない。あるとしても、その手の施設は日本よりはるかに高額な会員制しかない。だから、「政府が一定のスペースを買い取って住民に提供」すべき、というような話になるのかもしれません。でも、「ひずみ」だなんていまさらそんなこと、これに限らず社会のあらゆる面で見られるのが中国です。

ぼくはダンスおばさん軍団を横目で見ながら、心の中でこうつぶやいていました。「なんでみんな踊りたいのだろう? きっと太極拳は古臭くてやりたくなかったんだな。やっぱりみんなが見ている広場で踊るんだから、おしゃれもしたいんじゃないかな…」。

いまでも中国では早朝に太極拳を楽しむおじいさん、おばあさんの姿を見かけますが、すでに広場の主役はダンスおばさんです。広場をめぐる世代交代はほぼ完了しているのです。

なにしろこの世代、中国の年代別人口構成の最大ボリュームゾーン。幼少期から青年期にかけては文化大革命のさなかで、社会主義と改革開放30年を生きてきた人たちです。紅衛兵世代といってもいい年代も含まれています。

また一方で、ダンスおばさんたちを見ていると、安い団体ツアーで日本にやって来る、あの“爆買い”中国人に似ているように思えてきます。実際、この世代の誰でも日本に来られるわけではありませんが、訪日団体客のメイン層であることは確か。

広場舞は、海外旅行に出かけられるほど豊かになった改革開放後の30年を生きてきた中国人にとって自分たちの人生とは何だったのか、という問いを改めて考えるうえで格好の題材のように思います。

この点について、中国でどのような議論がなされているのか、百度などで検索してみるのですが、基本的にネット世代をメインの読者とするせいか、もうひとつよくわかりません。いっそのこと、「ダンスおばさん100人に聞きました」的なインタビューを試みてみるのも面白いかもしれません。この30年間、彼女たちは何を考え、どう生きてきたのか。それぞれの個人ヒストリーを聞いたら、何を語り出すのでしょうか。こういうアプローチは、まさに中国のドキュメンタリー映像作家たちの得意とするところでしょう。

リアルチャイナ:中国独立映画
http://inbound.exblog.jp/i29/

少なくとも、前述の朝日の記事のように、大学の先生が上から目線で「庶民の権利」や政府の役割を論じている限りでは、中国庶民の実像には迫れないように思われます。中国が深刻な問題を抱えていないのでなければ納得しないというような姿勢、あるいは書きぶり。まあ気持ちはわからないではないですが、中国の市井の人たちがいま自分たちの人生や社会をどう認識しているのか。それが肯定であれ否定であれ、その心情をじっくり探ってみることは今日の中国理解にとって重要だと思います。

それに、この広場舞、ダンスおばさんに代わる世代交代も始まろうとしています。

彼女たちの子ども世代の「広場舞」はこうです。これも場所は牡丹江。中国の片田舎ですが、明らかにダンスおばさんとは目指すもの、ダンスに賭ける思いは違うようです。

中国「四線」級地方都市の夏の風物詩、広場に繰り出す若者たち(黒龍江省牡丹江市)
http://inbound.exblog.jp/23931622/

そもそも中国のおばさんや若者は、なぜ広場で踊るのか? どんな欲望にかられ、何を表現しようとしているのか? 彼女らのダンスに込められている何かは、いまの中国の庶民の内面が映し出されているに違いないという意味で、広場舞は研究に値する現象だと思います。

「社会問題」化されているという中国のおばさんたちのささやかな楽しみが今後どうなっていくのか。いつか彼女たちに話を聞いてみたいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-03-17 10:43 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2015年 01月 15日

丹東で唯一ショーを撮影できる北朝鮮レストラン「柳京酒店」

丹東は本ブログでもしばしば登場する中朝国境にある中国最大のまちです。

旅先では誰もがその土地の名物料理を味わってみたいと思うものですが、鴨緑江の下流域に位置するこのまちの名物は、地元産のハマグリBBQと、対岸から渡ってきた女性たちが歌舞音曲で魅了する「北朝鮮レストラン」です。

北朝鮮レストランの多くは、朝鮮戦争時に米軍によって落とされた鴨緑江断橋のたもとの河沿いに並ぶように出店しています。

もう6年以上前のことです。このまちのある北朝鮮レストランでカメラマン氏と現地の友人と3人で食事をしながら、ウエイトレスらによる歌謡ショーを観ていました。店内には韓国人客が多く、場もとても盛り上がっていました。我々日本人客がいることを意識してか、テレサ・テンの曲を歌ってくれたり、歓迎ムードに包まれていました。

カメラマン氏は彼女らの歌い、踊る姿を自由に撮影していました。彼だけでなく、韓国人客も一緒になって、その場は撮影会の会場と化していたのです。

ショーが終わると、ひとりの男性が入店してきて、プルコギを注文しました。ウエイトレスのひとりが、彼に呼ばれ、何事か話をしていたのですが、しばらくすると、ショーに出演していたウエイトレスらが我々のテーブルに集まってきて、中国語で「いま撮った写真のデータを消せ」と言い出したのです。

先ほどまでの様子とうって変った彼女たちの剣呑な態度に驚くとともに、なぜこういう事態になったのか訝しく思っていると、現地の友人が小さな声で「あの男は、北朝鮮の監視員です。気を付けてください」とささやきます。

事態の急変に珍しく強く反応したのが、カメラマン氏です。彼は中国に限らず、世界中どこに行っても同じように地元の人たちのスナップを撮るのを常としてきましたが、写真を見せると、みんな喜んで送ってくれ、となるのが普通です。それを、いきなり「データを消せ」と、先ほどまで笑顔を振りまいていた彼女たちに迫られたものですから、ショックとともに腹にすえかねたのでしょう。カメラマンにとってデータを消せと言われるほどの苦痛はないからです。

こうした様子を遠目に眺めていた先ほどの男が、不意打ちのように日本語で声をかけてきました。「彼女たちは、先ほどあなたたちが撮った写真をすべて見せてくださいと言っています。そして、問題があるものは消してほしいと」。

「なぜですか。彼女たちも喜んでいましたよ。それに問題って何ですか。いきなり消せとは失礼じゃないですか」。そうぼくが応じると、彼は言うのです。

「あなたたちがこの写真を週刊誌に売ったら、彼女たちは国に帰ったあと、どうなると思いますか。彼女たちの立場になって考えてみてください」

ずいぶんな決めつけに一瞬イラっとしましたが、なるほど、そんな言い方をするものなのかと思ったと同時に、この男は日本にいたことのある人間だとわかったので、「あなたは日本のどこから来たのですか」と逆質問してみました。関西方面のようでした。

こういう場面になると、もっとその男を質問攻めにしたくなってしまうのがぼくのたちですが、カメラマン氏がこの場には耐えきれないため、帰ると言い出したので、そこで話は終わりました。店を出ると、鴨緑江断橋の薄暗いネオンがぼんやりと光って、川面に映っていました。ひどく後味の悪い夜の思い出です。

その後、何度も丹東に来ましたが、このまちの北朝鮮レストランでは撮影は行いませんでした。実際、数年前からこのまちでは、何人に限らず、ウエイトレスやショーの撮影は禁止になっていたのです。きっとこの種のトラブルが問題化されたためでしょう。

ところが、昨年7月、2年ぶりに丹東を訪れたとき、現地の友人が「この店だけ撮影OK」と連れてきてくれたのが「柳京酒店」でした。

場所は、鴨緑江断橋のすぐそばです。店内は広く、他の北朝鮮レストランとは違い、内装もそこそこ洗練されています。どうやら中国人経営のレストランのようです。
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丹東にある北朝鮮レストランのなかで、唯一歌謡ショーの撮影が許されているのは、そのためでしょう。他店と違い、ショーは1日2回。12時30分と18時30分に始まりますが、早めに予約をしておかないといい席が取れない人気店なのだそうです。

実際、店内は国内外の観光客でいっぱいでした。実は、この近くに北朝鮮の経営する5階建てのレストランがあるのですが(なんでも世界最大の北朝鮮レストランというふれこみです)、そちらは閑古鳥のようです。やはりここは中国。客のニーズに応えられなければ、商売はうまくいかないものです。ここに北朝鮮式ビジネスのジレンマがあります。

さて、演奏が始まりました。最初の「パンガプスムニダ(お会いできて嬉しいです)」こそチマチョゴリ姿でしたが、それ以後はありがちなショーではなく、バンド仕立ての軽快なスタイルがこの店の特徴のようです。これまで中国各地、そして東南アジア方面でも北レスを見つけると足を運んできましたが、ここはショー自体に新しい趣向が感じられて面白いです。
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もうそこらじゅうで彼女たちをバックにした記念撮影が始まっています。
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彼女はもしかしたら中国人かもしれません。ちょっとあか抜け方が他のNKガールたちとは違っていました。こうした共演も中国人経営だからできることなのでしょう。
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料理は中華と朝鮮の折衷です。味は……まあこんなものでしょう。
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ところが、今回もちょっとしたトラブルが発生しました。どうやら写真はOKですが、動画はNGだというのです。それを知らずにデジコンで動画を撮っていたら、いきなりウエイトレスが近づいてきて、カメラを取り上げようとするのです。あまりの強引さに怒るというより、呆れてしまいました。およそ客に接する態度ではありません。まったく、もうひどいんですから……。やれやれ。

あとで聞くと、YOU TUBEにアップされるから動画はNGだとか何とか言っていました。

彼らにとってレストランの経営には、海外から(特に同胞である韓国から)の悪意の視線をめぐる葛藤がつきまとうようです。
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柳京酒店
http://www.ddliujing.com
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by sanyo-kansatu | 2015-01-15 10:24 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2015年 01月 03日

綏芬河の土曜の夜は、ロシア人も中国人も踊る、の巻

昨年7月、綏芬河を訪ねたとき、毎日通いつめたレストランがあります。まちいちばんのロシア料理店「マクシムレストラン(馬克西姆餐庁)」です。

このレストランの3階のバーはちょっとしたクラブスペースになっていて、土曜の夜の10時過ぎに足を運んでみたら、ロシア人と中国人が仲良く踊っていました。手前にいるワイングラスを手に咥え煙草のロシア人のお姉さんはなかなかカッコ良かったです。
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いまどき中国のどこの地方都市でもこの手の場所はあるものですが、ロシア人がこんなにあふれているのは珍しいでしょう。客の7割がロシア人、3割が中国人という感じでしょうか。電光掲示板にはロシア語と中国語が交互に流れてゆきます。
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音楽的にはわりとありふれた洋楽中心ですが、たまに聴き慣れないロシアンポップスがかかると、ロシアの女の子たちも俄然盛り上がり、いい感じになります。
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この鳥かごに入ったロシア人ダンサーは、このまちに出稼ぎに来ているのでしょうか。

ここでは、毎晩クラブ形式でさまざまなイベントを開催しているのだそうです。特に週末の夜はクラブDJが仕切るダンススペースと化すので、人気があるのだとか。

綏芬河、週末のマクシムバーにて(動画)
http://youtu.be/_1zxaTjS8oA
http://youtu.be/mp6aLr4k5ww
http://youtu.be/ENUZxRWt9Y0
http://youtu.be/PlT83_VSkWc

ちなみに、1、2階のレストランはロシア料理中心のメニューでしたが、午後はコーヒーとケーキでのんびり過ごすこともできます。
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中国の地方都市を長く旅していると、こういう一息つける場所はそんなにないので、助かりました。客の大半はもちろんロシア人です。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-03 17:24 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 30日

いま中朝国境で最もスリリングな遊覧ボートの旅(天逸埠頭)

このおばさんたちはモーターボートに乗ってどこに向かっているのでしょうか? ちなみにこの皆さんは、お子様も含めて韓国から来た観光客です。
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答えは、中朝国境を流れる鴨緑江を遊覧するボートです。
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場所は、遼寧省丹東市の郊外、寛甸満族自治県の天逸埠頭です。万里の長城の東端といわれる虎山長城から鴨緑江上流に向かった場所にある遊覧ボート乗り場ですが、ここの売りは、いま中朝国境で最もスリリングな遊覧体験が楽しめることでしょう。

なぜなら、天逸埠頭の遊覧コースは、鴨緑江流域の朝鮮領の中洲の内側を航行するため(つまり、入国ビザなしで完全に朝鮮領内に入るのです)、朝鮮の民家や労働者を間近で見られるうえ、さらには満洲国時代に造られたという軍事港湾施設(北朝鮮領)のすぐそばまで行けるからです。中国国内客だけでなく、香港や台湾、韓国客の姿も多く見かけます。

8人乗りのモーターボートに乗って国境観光に出掛けることにしました。ボートは中州の内側に向かいます。
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団体客は遊覧船に乗ることもできます。
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だんだん対岸の朝鮮領に近づいてきました。
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山の斜面に畑も見えます。
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そして、北朝鮮の港湾施設が見えてきました。
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さすがは戦前期の建造物らしく、かなり老朽化していますが現役です。
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あっ、北朝鮮の女性兵士の姿が見えます。
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中国客たちが不埒にも「こっち向いてえ」と声をかけると、ちらりと彼女は振り向いてくれました。それもそのはず、中国側から事前に朝鮮側にお金が渡っていて、彼女もそこで待機しているのだとか。よくぞまあ……。でも、たいていの中朝国境遊覧ボートはそんなものです。実際、なんの見返りもなく、軍が観光客の相手をしてくれるはずはありません。逆に見返りさえあれば、それなりの対応をするということでもあります。観光とは、常に利益の交換で成り立っているのです。
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港湾施設を離れ、対岸の中州に向かいます。
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近づくと、民家が見えてきました。前に丈の高いトウモロコシが植えられ、屋根が見えるだけですが、オレンジ色の瓦に白いしっくいのラインが見える。朝鮮家屋です。
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どうやらこちら岸にも朝鮮の兵士がいるようです。ボート客が船を停め、兵士と会話しているようです。
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あっ、手を振ってくれました。よく観光客が煙草を投げてよこしたりするようです。この程度のことは大目にみてもいいだろう。それがこの国境地帯の流儀のようです。
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なおも中州に沿ってボートを走らせます。
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塔のようなものが見えてきました。よく見ると、対岸に綱が伸びていて、物資を運んだりするのに使うようです。
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しばらく進むと、山羊飼いが現れました。子供や農家のおばさんの姿も見えます。やがて中州を離れ、ボート乗り場に戻ると、終了です。
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はてさて、わずか20分ほどのボートクルーズですが、自分はいま完全に北朝鮮領内にいる。ここでもしボートから落ちたりしたら……そんなことを夢想しながら、スリリングな気分に浸れることうけあい!? です。

ボートを降りると、朝鮮の人たちにモノをあげるなとか、写真を撮るなとかいった規則があることを知りました。観光客は誰もそれを守っていないのですが。
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確かに、中朝関係が今後極度に悪化したり、この国境地帯で人身事故や朝鮮人と観光客間のトラブルでも起きたりしたら、すぐに問題となり、先ほど述べた流儀もご和算になることでしょう。でも、ここではそういう事態は誰もが望んでいません。望まない以上、何もなければそのまま流儀は継続されるはずですが、必ずそうなるとは限らないのが「法治」とは異なる力学で社会が動く中国であり、朝鮮です。もしこの国境観光に興味のある方は、早めに体験しておくことをおすすめします。ある日突然、営業停止されてしまうかもしれないからです。

そして冒頭でも書きましたが、ここでは韓国の子連れの観光客のような皆さんがふつうに楽しんでいるのです。彼らのある種の不用意さは、今年韓国社会で起きた一連の出来事から、いろいろ心配に思わないではいられないところもある。一般の日本人なら、こんな場所に子供を連れて行くなんて信じられない、というところでしょうが、彼らにとってはそこは同胞の地である朝鮮、距離感が我々とは違うのでしょうね。この感覚の違いを知っておくことは、東アジアで起きてることを理解するうえで、けっこう大事な気がします。
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丹東駅前には、天逸埠頭の遊覧ボート乗り場まで案内してくれる三輪タクシーが停車しています。市内から約40分。営業は6月~10月のみです。ちなみに、8人乗りモーターボートのチャーター料金は300元でした。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-30 17:19 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 29日

朝鮮族民俗村に描かれた民族の出自と自画像について

朝鮮族の姜さんは延辺博物館にぼくを連れて行くのは気乗りがしなかったのに、進んで案内してくれた場所がふたつあります。

延辺朝鮮族自治州60周年と延辺博物館の冷めた関係
http://inbound.exblog.jp/23940038/

それは「平江」「百年部落」でした。

19世紀後半に朝鮮から延辺に入境してきた人たちが最初に開墾したのが、延吉の南西に位置する和龍市から龍井市にかけての30kmに及ぶ平原で、「平江」と呼ばれているそうです。「海兰江」(해란강)という河が中央を流れています。もともと森林だったこの地を水田に変えたのは朝鮮族なのです。姜さんによると、平江は「延辺朝鮮族の母なる大地」だそうです。
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同じ時期に漢族も入植し、トウモロコシ畑を広げました。
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この地方の朝鮮族の住む民家の壁には民俗の暮らしを伝える絵が描かれています。
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もうひとつの場所は「百年部落」で、そこは朝鮮族の民俗村です。

中朝国境に近い図們市月晴鎮白龍村の金京南村長が1870年代に建てられた古い民家を修復展示し、朝鮮族の民俗文化を体験できるようにした施設です。朝鮮族がこの地に入境してきた当時の生活道具などを集めた博物館や民謡の演奏スペース、レストラン、宿泊施設があり、1年を通じて四季折々の朝鮮の祭事が開催されます。

これが年代ものの朝鮮民家です。
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内部を観覧できます。
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釜戸やオンドルがあります。
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トウガラシは欠かせないアイテムです。
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観光客はバスに乗ってやってきます。
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朝鮮の民族衣装に着替え、記念撮影したり、歌い踊ったり。
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地元の人たちが朝鮮民謡などを奏でます。
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「百年部落」の演奏(動画)
※ただし、このときは観光客が漢族だったらしく、朝鮮民謡ではなく、中国の曲を奏でているようです。
http://youtu.be/LE6RBn480cU
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この方が館長の金京南村長です。一部私財をなげうって施設をこしらえたそうです。「時代の変化は早い。我々の先祖の生活文化を誰かが残しておかなければと考えたのが、民族村をつくった理由」と話していました。
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金館長に私設博物館の中を案内してもらいました。倉庫のような施設の中には、朝鮮たんすや生活道具などが置かれています。
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正面の壁に朝鮮族の来歴と暮らしを物語る絵巻物のような絵画が飾られていました。
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以下、図們江(豆満江)を渡って対岸のこの地に来た一家の様子から始まり、春夏秋冬、婚礼の祝いなど、朝鮮族がこの地に根付くに至る100年の歴史が描かれます。まさに延辺朝鮮族の自画像ともいうべき世界です。地元の画家が描いたそうです。
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百年部落では、朝鮮料理の食事が楽しめます。これはタッコンといって、延辺名物の汁なしサムゲタン(参鶏湯)です。餅やマッコリも用意してくれました。
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食事は小部屋(14室)に分かれた個室でいただきます。
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百年部落は、延辺朝鮮族にとって失われた家郷を再現した場所なのだと思います。

「失われた」とあえて書くのは、たとえば金館長のご家庭にしても、奥さんは韓国、お子さんは北京で働いているというわけで、こうしたことは今日の延辺朝鮮族の人たちにとってはごくふつうのことです。決して不名誉なことと彼らも考えているわけではないでしょう。

こうして100年前にこの地に家族と一緒にやって来た彼らは、いまや散り散りに暮らしているのです。館長が民族村をつくった背景には、この現実があろうかと思います。

実は、延辺朝鮮族自治州の観光局がつくったパンフレットにも、百年部落で行われる季節ごとの祭事が載っています。ここは政府公認の施設でもあるのです。朝鮮族の人たちが、延辺博物館のような政治的な空間ではなく、百年部落のような朝鮮の素朴な民俗や食事を味わえるスポットに外国人を連れてきたいと考えるのは理解できます。

もちろん、このような中央の意向に沿って政治的に脱色されたスポットの存在についてあれこれ訝しく思う気持ちがぼくにもまったくないわけではありませんが、ただでさえ、少数民族という境遇からくる政治の力学を日々感じながら生きている彼らにとって、そこで表出される自画像や自らの出自をめぐる歴史認識が無理なく好ましいものとみなされることは、せめてもの救いといえるかもしれない気がするのです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-29 15:05 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)