ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 07月 13日

ミャンマー人の日本ツアーは奈良と鎌倉の大仏をハズさない!

今年3月下旬、ある知り合いのミャンマー人から突然ぼくの携帯に電話がかかってきました。彼はヤンゴンで旅行会社を経営しているミャンマー人で、以前ぼくがかの地を訪ねたとき、お世話になった人でした(→「ミャンマー人が日本旅行で行きたい場所は?」)。

彼が言うには「この1年でミャンマーは大きく変わりつつある。これからはミャンマー人が日本に旅行する時代になります」というわけです。彼の会社でも近いうちにミャンマーのお客さんを連れて日本旅行を始めようと考えているそうです。

「なにかお手伝いできることはありますか?」
軽い気持ちでぼくがそう言うと、彼は即座に
「だったら、日本を案内する本を一緒につくりましょう」

彼と最初に出会ったのは、もう10数年前のこと。当時旅行ビジネス系の版元に勤めていたころで、彼はぼくがいわゆるエージェントではなく、編集者であることを知っていたのです。だから、そういう提案をしてきたのだと思われます。

最初は半信半疑でしたが、それから数ヵ月後、ミャンマー人の日本7泊8日ツアーのスケジュールが書かれた書類がEMSで届きました。それが以下の3枚のミャンマー語の書類です。
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もちろん、ぼくにはミャンマー語を解読することはできません。彼に書類が届いた旨をメールすると、後日翻訳して返信してくれました。以下、その内容です。

1日目 ミャンマー(ヤンゴン)発バンコク経由成田へ(タイ国際航空利用)

2日目 朝成田着。浅草(観音菩薩)、皇居、東京タワー、銀座
    メトロポリタンホテルhttp://www.metropolitan.jp/(同等)泊

3日目 東京ディズニーシー、新宿で買物
    メトロポリタンホテル(同等)泊

4日目 鎌倉(大仏)、箱根、小涌谷 、芦ノ湖海賊船クルーズ
    富ノ湖ホテル(河口湖温泉)http://www.tominoko.net/(同等)泊

5日目 富士山五合目。新幹線で大阪へ
    シェラトン都ホテル大阪 http://www.miyakohotels.ne.jp/osaka/(同等)泊

6日目 京都(金閣寺、清水寺、祇園ほか)
    シェラトン都ホテル大阪(同等)泊

7日目 奈良東大寺(大仏)、興福寺、奈良公園、大阪心斎橋
    シェラトン都ホテル大阪(同等)泊

8日目 関西空港発バンコク経由ヤンゴンへ(タイ国際航空利用)

このスケジュールを見ながら思うのは、さすがは仏教に篤いミャンマー人。日本に来る以上は奈良と鎌倉の日本2大大仏の参拝をはずしていません。観光ポイントもやたらとお寺が多い。これは伊達じゃないんだろうと思います。ミャンマー人からみれば、日本もまた仏教国の仲間。海外でお寺を参拝することは、彼らにとって徳を積むことになるのでしょう。こういうメンタリティは、同じ仏教徒のタイ人にもあるようなことを聞きますが、たぶんミャンマー人ほど徹底してない気がします。

とはいえ、もちろん彼らは世界遺産となった富士山や京都にも行きますし、ディズニーシーだって行っちゃいます。温泉にもつかるし、新幹線にも乗るし、まったく盛りだくさんなツアーですね。

けっこうツアー料金はかかりそう。ホテルもそこそこのランクですし……。でも初めて日本に来るなら、やっぱりこれくらいのゼイタクをしてもらいたいものです。

さて、これからこのツアーの訪問地の情報と写真資料を集めて、彼に送ることになっています。このツアーが実現するのはいつのことになるのか。ちょっと楽しみです。
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by sanyo-kansatu | 2013-07-13 15:58 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 06月 02日

万里の長城の東端とされる虎山長城から見渡す北朝鮮の畑

中国遼寧省丹東市から鴨緑江の上流に向かって約20㎞の場所に、万里の長城の最東端とされる虎山長城があります。
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中国側の主張によると、明の治世の1469年、後金の侵入を防ぐために建造されたものだそうです。1980年代後半、この地で長城の遺跡が発見されたということで、それまで河北省の山海関までとされた長城が東に延長されることになりました。ただし、大連市北郊外の大黒山に残る遺跡と同様、前漢の時代に高句麗が築いた遺構との説もあります。
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1992年以降、北京郊外にある本家の万里の長城をまねて、散策しやすいよう新たに築城されてしまった結果、歴史の真相は塗り消されてしまいました。いまでは、中国のどこにでもある石畳のテーマパークといった感じです。相変わらず、やることが雑ですね。
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むしろ、ここを訪ねて面白いのは、長城から南側に抜け、北朝鮮との国境となる鴨緑江沿いの「一歩跨」という名の展望台でしょうか。
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確かに、そこからすぐ目の前のわずか数メートルの小川を隔てた先は北朝鮮の畑で、農民の姿もよく見えるからです。ここでは、川の手前ではなく、向こう岸に鉄条網が敷かれています。目の前の北朝鮮領は鴨緑江の中州にあるためです。鴨緑江の本流は、畑の向こうを流れているのです。
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これは、中朝国境でよく見かける看板ですが、北朝鮮側にモノを投げたり、物品を交換したりしてはならない、と書かれています。
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さらに、ここにもお約束のように、遊覧ボートの乗り場があります。掲示板の地図を見ると、ここから中朝国境となる狭い小川を通って、長城の終点である長城歴史博物館の場所まで下るようです。実際、その間北朝鮮の畑以外、見るべきものはほとんどないため、乗客の姿は見られません。
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ところで、虎山長城付近は日露戦争時、日本帝国陸軍第一軍が渡河し、ロシア軍と交戦した場所でもあります。1904年4月20日前後のことです。
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占領後に建てられた碑はいまも残っています。丹東市政府による日露戦争の戦跡の碑もあります。大正時代に日本人が造った碑も残っています。
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この地に最初に城壁を築いたのが誰であれ、高句麗の時代から20世紀に至るまで、鴨緑江を渡河するのに、この地が適した場所であったことがうかがえます。
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by sanyo-kansatu | 2013-06-02 14:19 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 28日

鴨緑江遊覧ボートで見る中朝の発展格差をどう考える?(遼寧省丹東市)

これまで中朝国境沿いに残された断橋や疲弊した北朝鮮の集落、そこで暮らす人々の様子を川向こうからこっそり覗いてきましたが、今回は中朝国境を代表するスポットとして遼寧省丹東を紹介します。
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ここには、朝鮮戦争時に米軍によって落とされた鴨緑江断橋と、それに並行して造られた中朝友誼橋(全長946m)があります。中朝友誼橋には鉄道が敷かれており、中朝間をつなぐ最大の国境ゲートとなっています。

※鴨緑江断橋は1911年11月に開通した橋梁で、1950年11月8日に落とされたまま、反米プロパガンダとして現在もその姿を残しています。中朝友誼橋は1943年に開通し、こちらも米軍によって落とされたのですが、改修して使われています。
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断橋のたもとからは、鴨緑江下流に向かって遊覧ボートが出ています。
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遊覧時間は約40分ほどですが、乗客たちは中朝両国の発展格差を目の当たりにすることになります。遊覧コースについては地図にこうあります。
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以下、橋のたもとから下流に向かって北朝鮮側と中国側の様子を交互に写真で並べて対比してみましょう。撮影は2010年5月のものですから、中国側はともかく、北朝鮮側も現在はもう少し整備が進んでいると思われます。
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北朝鮮側:橋のたもとに小さな観覧車が見えます。
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中国側:橋のたもとには、断橋と対岸の北朝鮮の様子が見渡せる中聯大酒店(ホテル)が建っています。
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北朝鮮側;橋のたもとから数百メートル下流に朝鮮式の2階建て施設がみえます。ここで幹部らが食事でもするのでしょうか。
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中国側:その対岸にはマンションが立ち並んでいます。
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北朝鮮側:そのさらに数百メートル下流に老朽化した2階建ての用途不明の建物があります。
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中国側:その対岸には最新式の高層マンションがあります。
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北朝鮮側:さらに下流に行くと、港湾施設を建設中です。この先には中国の投資による新鴨緑江大橋が建設中です。中国の投資攻勢に北朝鮮も防戦一方ではすまされないでしょう。
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下流に向かって右手が中国、左手が北朝鮮。
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遊覧ボートが引き返して、左手が中国、右手が北朝鮮。
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両国の発展格差をもっと印象に刻みつけたいのであれば、丹東の市街地の北にある元宝山の上に建てられた黄海明珠塔に上るといいでしょう。元宝山の標高が155m、塔の高さが138mで、手前の丹東市内と北朝鮮新義州の街並みを遠望できます。

鴨緑江に面して高層マンションが林立し、ぎっしりとビルと人間が集住している丹東市内に対して、河を隔てた新義州には低層住宅がへばりつくように並んでいますが、市街地の向こうには何もなさそうです。
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少し俯瞰した写真で見ると、新義州のはるか向こうに高層ビル群が見えます。あれは丹東新区と呼ばれる開発区で、いずれ丹東の中心はあちらに移る計画だそうです。すでに丹東市政府の巨大なビルは移転しています。新鴨緑江大橋を架けようとしているのは、丹東新区からです。いずれ、新区の様子も紹介するつもりです。
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さて、こうしてみる限り、中朝両国の発展格差は絶望的なまでに拡がっているといえなくもありません。

この歴然とした格差の光景は、1980年代半ば、香港の新界から眺めた深圳を思い出します。見渡す限り田園風景だった深圳に対し、背後には超高層ビルが林立し、人ごみあふれる香港という対比。それでも、当時その光景をそれほど深刻なものとして受け取る気分になれなかったのは、中国大陸の大きさに比べれば、香港なんてちっぽけな存在にすぎないのだから……。そんな漠然とした思いがあったからだと思います。なんにしろ、中国はこれからゆっくり発展していけばいいのだからと。

ところが、鴨緑江を隔てた中朝の格差の光景には、どこか不穏な印象がぬぐえません。

巨大な中国に対し、北朝鮮はあまりに小さく、デリケートな存在だからです。ハンディが大きすぎるのです。

もし中国の投資家がアフリカやミャンマーでやったように好き勝手に北朝鮮に入りこんできて、フリーハンドで開発を進めたら、中国資本に飲み込まれてしまうであろうことは明らかです。鴨緑江遊覧ボートや黄海明珠塔から見る中朝国境の光景はそれを実感させます。でも、そんなことをあの国の政府が許すはずはないでしょう。北朝鮮の北東アジアにおける超問題児ぶりの背景には、何より中国との関係があるのです。

だからでしょうか、北朝鮮関係者によると、この国では海外からの膨大な投資を飲み込むことで発展してきた中国式モデルではなく、国情の似たベトナム式の改革開放モデルを学ぼうとしているとも聞きます。台頭する中国とじかに国境を隔てる国々の苦悩はこれからも続くと思われます。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-28 14:53 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 18日

いま中国で人気の山岳リゾート、長白山

中国の名山といえば、黄山(安徽省)、廬山(江西省)、泰山(山東省)の三山が有名で、すべて世界遺産に登録されています。隆々しく変化に富む峰々が生み出す奇抜で神秘的な風景はいかにも中国人好みで、たいてい道教や儒教の世界と縁があります。

こういうのが中国の名山だとしたら、それとはまったく異なるコンセプトで、最近中国の旅行マーケットで注目されているのが、吉林省にある長白山(朝鮮名:白頭山)です。とりわけ華南や香港など、南方エリアの旅行会社が積極的にツアーを催行しているようです。
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三名山とのコンセプトの違いは、長白山がなだらかに裾野の広がる富士山のような美しいシルエットをした火山で、山頂には「天池」と呼ばれるカルデラ湖があることです。
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長白山の登山開発は1980 年代後半から始まり、現在では中国や韓国、そして日本からも多くの人々が訪れています。北緯42度に位置し、日本では北海道の駒ケ岳の緯度にあたるため、登山シーズンは6月中旬から9月中旬の3ヵ月に限られます。

2008年5月中旬ぼくが訪ねたときは、山頂部は吹雪で、天池も氷結していました。それはそれで神々しい美しさもあったのですが、やはり高原植物が一斉に花を開く初夏がベストシーズンで、ここ数年日本からもフラワートレッキングのツアーが催行されています。また、最近は冬季シーズンのスキーリゾート化も進められています。本格的なスキーリゾートとなるにはまだ時間がかかりそうですが、1年中を通して観光客が訪れるような山岳リゾートとして売り出したいようです。
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長白山観光には現在、中国側から北坡(北坂)、西坡(西坂)、南坡(南坂)の3つの山門から展望スポットに登るコースがあります。どのスポットからでも天池を眺めることができますが、その見え方は異なっています。
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このうち、最初に開発されたのは、長白瀑布や長白山温泉がある北坡山門コースです。
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●北坡山門コース
長白山の北側に位置する山門(北坡山門)から天池を目指すコース。山門から長白瀑布に向かう道と途中から天池を眺望できる天文峰(2670m)に登る道に分かれます。
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長白瀑布
天池の水は天文峰と龍門峰の間から落差68mの長白瀑布から落ちていきます。満水期(7月)には毎秒2.15トンの水量に及ぶそうです。雪解けの頃には、水しぶきが登山路まで飛んでくるほど。東北三省で最大の滝です。
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2008年の長白山空港の開港以降、西坡山門コースで本格的なリゾート開発が進められています。北京や長春からダイレクトで長白山のすぐ麓まで乗り入れることが可能となり、登山客も急増中です。
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●西坡山門コース
長白山の西側に位置する山門(西坡山門)から天池を目指すコースです。錦江大峡谷や錦江瀑布、高山花園などの見どころも多い。頂上には5号天界碑(2464m)という中朝国境を示す石碑があります。
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錦江大峡谷
錦江大峡谷は、長白山の噴火時に生まれた巨大な亀裂からできた最大の峡谷で、長さ70km、切り込む深さが平均80mに及びます。
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高山花園
長白山は高山植物の宝庫。初夏になると海抜2000mを超えたあたりから山の斜面にさまざまな種類の花が咲き乱れます。
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西坡山門の周辺には、登山を楽しんだ後も快適にくつろげる温泉付きの山岳リゾートホテルがたくさんできています。

最近開発され始めたのが、南坡山門コースです。
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●南坡山門コース
長白山の南側の北朝鮮国境沿いに位置する山門(南坡山門)から天池を目指すコースです。山門から頂上に向かう登山道の途中に見られる高原植物の豊富さは随一といえます。
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鴨緑江の源流となる長さ10kmの鴨緑江大峡谷もあります。また山門近くにある漫江鎮は山菜の宝庫で、地元でとれたマスの刺身や山菜料理を食べさせてくれる食堂もあります。
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※追記
先日ネットでこんな記事を見つけました。
长白山推生态游等新型旅游吸引大批境内外游客」2013年05月19日

長白山の生態は新しい旅行者を吸引している、という内容です。ここでいう生態とは、カルデラ湖の天池や原生林、火山活動の跡を残す景観などを指しています。このような景観は、中国広しといえども、長白山にしかありません。2012年、長白山には167万人の観光客が訪れ、前年度比17.6%増だったそうです。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-18 15:38 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2013年 05月 18日

1990年の長白山トレッキング

ぼくが初めて長白山(白頭山)に行ったのは、1990年8月のことです。この写真はどこだと思いますか。長白山の北坂にある長白瀑布の水が滝つぼに落ちる直前の場所です。天池は松花江をはじめとした東北三省を流れるいくつもの大河の源流にあたります。これは、天池から水がこぼれ落ちる瞬間というわけです。
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その年、ぼくは仕事をやめ、長い旅に出ていました。大阪港から鑑真号で上海に渡り、その後は東北三省を中心に中国や東南アジアを訪ねていました。

長白山に行ってみたいと思ったのは、当時親しかった中国の友人のお父さんが画家で、長白山の天池をテーマにした作品をいくつも描いていたからです。なかには約1000年前の噴火の光景を描いた迫力ある作品もありました。その方から中国に美しいカルデラ湖があると教えられたのです。

吉林省の通化から夜行列車で二道白河へ行き、そこからバスで長白山の北坂山門に行きました。駅前には白馬の馬車がいました。当時はまだ舗装されていないでこぼこ道を、ローカルバスで約2時間走ると、長白瀑布の近くにある一軒のロッジの前で降ろされました。
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ロッジで荷を解くと、すぐに長白瀑布に向かいました。5分も歩くと、瀑布が見えてきました。とても涼しげです。
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ロッジの人に、どうやったら天池に行けるか尋ねると、瀑布の脇の岩場を歩いて登るのだそうです。ただし、滝つぼを間近に見下ろしながら、水しぶきで濡れた狭い岩場を歩いていくのは危険だから気をつけるように、と言われました。いま考えればずいぶん勇気があったものですが、当時はまったく平気でした。

※2008年5月に長白山を再訪したとき、誰でも安全に登れるように瀑布の脇にコンクリートの階段道ができていました。景観をぶちこわしてしまっていると思いましたが、2012年に行くと、その階段道で天池に行くこと自体が禁止されていました。世界遺産登録を目指す吉林省の長白山管理委員会が天池への観光客の増加で環境悪化を懸念したからのようです。

1時間ほど岩場をよじ登ると、滝の水の落ちる場所(冒頭の写真)が見えてきました。そこを抜けると、視界が開け、紺碧の池が見えてきました。そこから数百メートル歩くと、ついに天池が目の前に現れました。
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このとき、天池のまわりの霧は晴れていました。雲の変化は速く、太陽光が天池を照らしたり、雲で覆ったりしていましたが、実に感動的な光景でした。
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さて、天池に舞い降りることができたのですから、次は外輪山から天池の全貌を眺めてみたいものです。いったん瀑布の下に戻り、ロッジの人に行き方を尋ねたところ、3㎞ほどふもとに下ると、天文峰展望台に行く自動車道があるので、そこで車を見つけるといいとのこと。トータルで7~8㎞はあるようでした。しかし、当時のぼくはトレッキング気分で歩いていこうと考えました。なんとかなるだろうと思っていたのです。

とはいえ、山道は直線距離では測れません。いつまでたっても展望台にはたどりつけず、どうしたものかと弱気になっていたところに、救い主が現れました。1台のランドクルーザーが下から駆け上がってきたので手を振ると、停まってくれたのです(それまでの数時間、1台の車も走っていませんでしたから、本当に助かりました)。

運転していたのは、韓国から来た世界日報の記者でした。40代くらいの大柄な男性です。通行車両ひとつない道を外国人らしき人物がひとりで歩いていること自体珍しかったので、停めてくれたのです。この登山道路は韓国資本が作ったのだ。白頭山は韓国人にとって大切な山である、と彼は言いました。
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おかげで、天文峰展望台まで運んでもらい、天池を眺めることができたのでした。結局、帰りもロッジの近くまで送ってもらいました。その人は、ふもとの二道白河のホテルに泊まっていたそうです。

ロッジの隣に、小さな温泉がありました。「長白山温泉」と書かれています。効能は、関節炎と皮膚病だそうです。山あいの素朴な温泉で、とても気分がよかったです。
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温浴客の中に、ふたりの香港人がいました。「どこから来たの?」と聞かれたので、「東京」と答えると、彼は自分は「ニューヨークから来た」といいます。なにコイツすかしているのだろうと一瞬思いましたが、話を聞くと、ふたりは映画俳優で、いま長白山の山麓でアクション映画を撮っているとのこと。翌朝、ロッジの外で映画の衣装に着替えたふたりがいたので、記念撮影しました。
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1990年代前半、韓国による展望台行き自動車道以外は、長白山の観光開発はほとんど手がついておらず、この地を訪れるのは、92年の中韓国交樹立以降、増えてきた韓国人客くらいでした。日本人は少なかったと思います。その後、90年代後半に在日朝鮮人の事業家が長白山国際観光ホテルをこの地に建てたころから、だんだん観光地化が進んでいくことになります。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-18 14:14 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2013年 05月 16日

中朝ロ3か国の国境が見渡せる防川展望台(中国吉林省)

琿春は、中国吉林省の最東端に位置する都市で、ロシアと北朝鮮の2か国と国境を接しています。
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長白山の麓近くから中国と北朝鮮を隔てて流れる図們江が日本海に流れ着く先に、「朝ロ友好橋」(中国名「朝俄大橋」*「俄」はロシアの意味)と呼ばれる鉄橋があります。中国からみてこの朝俄大橋の手前までが中国領で、3か国のうち、中国だけが海に面していません。

ところが、この場所に展望台をつくって、観光客がのんびり見物にやってくるほどの経済力を有しているのは中国だけです。このアンバランスさゆえに、中国がどんなにこの地に港湾施設を手に入れたいとしても、ロシアと北朝朝がそれを牽制するという構図もあり、1990年代からかけ声だけは盛んに唱えられていた図們江開発は、いまもなお停滞しています。

ともあれ、3か国の国境が接する場所は珍しいため(東南アジアにタイ、ラオス、ミャンマーが接するゴールデントライアングルがあります)、吉林省延辺朝鮮族自治州を訪ねた人は、たいてい1日かけて防川展望台まで足を延ばします。

以下、延吉から琿春市街地をへて防川展望台へ。帰り道にロシアに向かう陸路の国境ゲイト、琿春口岸を訪ねるドライブコースを紹介しようと思います。
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早朝延吉を出て、図們江を横目に見ながら走りました。2013年現在、延吉・琿春間は高速道路もあるので、時間がなければそちらを走ることもできますが、車窓の風景は図們江沿いを走る一般道路のほうが面白いかもしれません。途中、道路の左手の高台の上に、地元でも有名な北朝鮮からの脱北者を収容する施設を見ることができます。
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朝食をとるため、ドライブインに立ち寄りました。北朝鮮から荷物を運ぶトラックが駐車していました。中に入ると、北朝鮮のトラック運転手たちが朝飯をかきこんでいます。彼らは犬肉のチゲ定食を食べていました。
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琿春の市街地を抜けると、車は一路南下します。30分ほど走ると、北朝鮮への出入国管理所のある圏河口岸が見えてきます。ここは丹東に次ぐ規模の中朝間をつなぐ橋の国境ゲイトで、北朝鮮に向かう中国車が列をなしています。この橋は、1937年に竣工したものですが、2010年に整備されています。北朝鮮側は元汀里といいます。このイミグレーションについては、本ブログ「中朝第2の国境、圏河・元汀里で見たもの」を参照のこと。
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そこから先は一本道をひたすら走ります。途中道路の左側にロシアとの国境を示す鉄条網が見えます。約20分走ると、防川展望台に着きます。
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空が広く、とてものどかな場所です。国境らしさを感じさせるのは、政府が立てた国防の標語を書いた大きな看板くらいでしょうか。土産物屋もあります。
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展望台に上がると、中国、北朝鮮、ロシアの3か国が国境を接するポイントが見えました。望遠レンズを使うと鉄橋の写真もかなり大きく撮れます。
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北朝鮮領は図們江の向こう側(西側)で遠く離れているためよく見えませんが、手前から左手(東側)に広がるロシア領はよく見えます。鉄道の線路や国境防衛の施設らしき建物も見えます。
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この展望台の少し南にある中国領のボーダーから日本海までは約16㎞だそうです。そのせいか、近くにカモメが飛んできました。
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展望台では中国の観光客が記念撮影を楽しんでいました。
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帰り道に、琿春の市街地の東はずれにあるロシアへの出入国管理所のある琿春口岸を訪ねました。周辺には、ロシアからの観光客を乗せたバスが並んでいました。これでだいたい半日のドライブコースになります。
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なおそこから先の国境の向こう側の世界については、本ブログ「国際定期バスで中ロ国境越え 延辺からウラジオストクへの小旅行」を参照ください。

【追記】(2016.12.25)
その後、2014年頃から防川国境は外国人の立ち入りを禁止するようになりました。中朝国境は現在の中国からみてとても敏感な地域であり、何か不測の時代が起きたとき(たとえば、脱北者もそうですが、北朝鮮から脱北者を探しに密入国してくる公安などと遭遇するなど)、外国人がその場に居合わせたり、巻き込まれたりしたら、世界的なニュースになってしまい、そのような国境管理の不手際を中国側の公安は見せたくないからでしょう。

それでも、ここは中国。100%不可能という話でもないようです。なにしろ、現在の防川国境には、冒頭の写真には写っていない、古代中国を思わせる巨大な展望塔が2014年に建てられ、国内向けには観光地としてにぎわっているからです。

さらに、本日延辺日本人会事務局から以下のメールが届きました。以下、抜粋します。

「(2016年)10月18日から琿春高速鉄道駅から防川風景区までのバスが開通されました。途中に圏河税関など数か所にバス停もでき、移動時間は片道1時間30分で15元です。ただし、圏河税関付近に国境警備の検問所が設置されていて、北朝鮮情勢により外国人は通過できずその場で戻される場合もありますので、訪問際には事前に事務局までお問い合わせください」

つまり、中国人であれば、このバスに乗れば簡単に防川国境展望台に行けるようになりました。ただし、外国人がこのバスに乗っていくと、北朝鮮への国境ゲートのある圏河税関付近でパスポートチェックを受け、バスから降ろされてしまう公算が大でしょう。

でも、もし中国人のグループと車をチャーターするなどの方法であれば、場合によっては、行けてしまうことがあるかもしれない。そういうわけです。もちろん、無理かもしれません。でも、こういう世界がまさに国境というものの実態なのです。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-16 13:06 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 15日

丹東よりずっと面白い河口断橋の遊覧ボート

前回、丹東(中国遼寧省)の上流にある河口断橋について書きましたが、ここに来たら、ぜひ遊覧ボートに乗ってみましょう。
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夏のシーズンになると、ここ河口断橋では、たくさんの遊覧ボートが観光客を乗せて、鴨緑江をクルーズします。ただし、その目的は、対岸にある北朝鮮の寒村を覗きに行くことですから、ちょっと悪趣味といえなくもない。豊かな国の人間が貧しい国の人たちが暮らす集落をわざわざ覗きにいくなんて、良識的に考えると、とてもほめられたことではありませんが、ここは中国。何事においても率直かつ好奇心旺盛な中国の人たちは、そういう遊興が大好きです。実際、中朝国境のほとんどの場所で、中国側からの遊覧ボートがあります(一方、北朝鮮側からのものは一切ありません)。

ボートは河口断橋のたもとから出ます。遊覧コースを紹介する看板があり、それによると、ボートはまず目の前の断橋の折れた近くを通り、東へ向かいます。北朝鮮側の断橋には国境兵士がいます。
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ボートは鴨緑江の北朝鮮寄りを走ります。最初に見えるのは、監獄です。そして、珍しい女子の兵営が見えてきます。近くに女性兵士の歩く姿も見えます。その瞬間、乗客から「おおっ」という声が上がります。
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川べりの道を歩く北朝鮮の人たちも間近に見えます。金日成の故居とされる建物も見えました。
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国境地帯らしく、北朝鮮の監視所や船も見えます。とても中国に立ち向かう力はなさそうですが…。
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そして、廃墟のような工場が見えてきました。それなりに大きな工場ですが、まるで爆撃を受けたような傷みの激しさに、驚きを禁じえません。まさか、60年前からこんなじゃないだろうに……。
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ステテコ姿のような労働者たちの姿も見えました。何をしているのでしょうか。
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最後に、中朝をつなぐ鉄道橋を見て、そこで折り返します。この鉄橋も日本統治時代に造られたものだと思われますが、いまはほとんど使われていないようです。
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わずか20分ほどの遊覧でしたが、北朝鮮の生の姿を間近で見ることができ、ちょっと興奮しました。これは丹東の鴨緑江遊覧ボートよりずっと面白いと思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-15 00:22 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 05月 12日

世界遺産のまち、集安~のどかな鴨緑江沿いの風景

2008年5月中旬、中国吉林省の集安を訪ねました。ここは高句麗の都があったまちとして世界遺産にも登録されています。

北朝鮮は鴨緑江をはさんだ目と鼻の先で、対岸の満浦の街並みも見渡せます。世界遺産のまちといっても、娯楽もない辺境の土地ですから、集安の人たちは夏になると、川べりに繰り出し、のんびり鴨緑江を眺めて過ごしています。
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ひとつのアトラクションとして、鴨緑江をモーターボートで遊覧することができます。約10分、対岸の満浦の近くまで行って引き返してくるだけのことですが、川沿いを歩く北朝鮮の村人の姿を間近で見ることもできます。
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北朝鮮側は川沿いまで山が迫っていますが、中国側は河原が広がっているので、バーベキューを楽しんでいる家族や洗濯をするおばさんたちも見かけました。
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集安には一応鉄道駅があり、通化と1日数本の列車が運行しています。かつては対岸と鉄道で結ばれていたはずですが、現在往来はないようです。国境を結ぶ大橋は残っていて、口岸(イミグレーション)はあります。
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車で市内から10分ほど東に向かうと、対岸の満浦の街並みが見渡せます。旧式の工場が白い煙を巻き上げていました。
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by sanyo-kansatu | 2013-05-12 13:32 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 03月 25日

フラワーハイキングに行くなら高山植物の宝庫、長白山(白頭山)へ

中国吉林省と北朝鮮の国境をまたぐ長白山(白頭山)は、知られざる高原植物の宝庫です。

中国大陸では珍しいカルデラ湖のある長白山(白頭山)のなだらかな山麓は、冬場はスキー場として知られていますが、夏は高原植物を愛でながらフラワーハイキングを楽しめる場所として、最近ひそかに注目されています。日本からも登山専門旅行会社のアルパインツアーサービスが長白山フラワーハイキングを行うツアーを催行しています。

2012年7月上旬、ぼくは長白山を訪ねました。長白山の中腹で、高原植物が咲き乱れるお花畑にめぐりあうことができました。これはちょっとした感激でした。とにかくいろんな花々に出合ったのですが、花の名前については疎いものですから、いろいろ写真を撮ったあと、アルアパインツアーサービスと提携している現地の延辺大衆旅行社というトレッキング会社の朴春虹さんに教えてもらいました。

アズマギク
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オダマキ
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オヤマエンドウ
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キバナシャクナゲ
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キンバイソウ
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チョウノスケソウ
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ツガザクラ
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ヒナゲシ
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ベンケイソウ
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リシリエンドウ
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高原に咲くキンポウゲのお花畑
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以下、花の名前は調べられていません。来年ぼくは長白山のトレッキングを計画しているので、今度調べてみるつもりです。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-25 23:02 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2013年 03月 24日

ドラマ『朱蒙』の物語が身近に感じられる五女山城博物館

五女山城の西門の登り口に、五女山城博物館があります。ここでは高句麗建国の歴史を中心にしたこの地域(中国遼寧省桓仁満州族自治県)の古代史を展示しています。
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紀元前37年に朱蒙がこの地に高句麗を建国し、34年に五女山城を築いたとあります。
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王宮の復元模型だそうです。韓国歴史ドラマ『朱蒙』の中に出てきた高句麗の王宮の規模や壮麗さと違ってえらく貧相なものです。五女山城の山頂で見た城門や住居跡の遺跡も解説しています。
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五女山城周辺では鉄の武具が多数出土しています。ドラマに出てくる朱蒙に最後まで忠実だった鍛冶頭モパルモを思わせるような蝋人形が展示されていました。高句麗の2番目の都である集安(中国吉林省)にある古代の墓室の復元模型も展示されています。
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五女山城博物館がオープンしたのはわりと最近のことで、2008年5月。『朱蒙』の放映より後のことです。五女山城の遺跡の発掘も1990年代の後半に始まったそうで、山頂までの石段を造り、遺跡跡を有料で公開するようになったのも2000年だとか。その後、2004年に五女山城は世界遺産の一部になります。

蓮池薫さんは『私が見た、「韓国歴史ドラマ」の舞台と今』(2009 講談社)の中でこう書いています。

「韓国で高句麗ブームに火がついたのは、もう一つの理由があった。

2002年から2007年にかけて中国社会科学院の辺疆史地研究センターが行った『東北辺境の歴史と現状系列研究工程』(以下、『東北工程』)と呼ばれる5ヵ年プロジェクトが韓国人を刺激したのだ。(略)中国人研究者たちは古代歴史に関する研究の結果として、『高句麗は独自の国ではなく、中国の一部であった』という結論を出したのだった」。

「高句麗が中国の一部だったという中国の公式見解は、漢民族と55の少数民族からできている多民族国家の現代中国の構図をそのまま過去に当てはめたもの、つまり少数民族を『大中国』の構成要素と考える現代の骨組みを遠い昔にそのまま適用したものなのだ。多くの学者たちは中国の『東北工程』が純粋な研究というより『中国が自国の領土と安定を維持するための行動』だったと考えている」。

このように韓国で歴史ドラマが盛んに制作された背景に、中国の「東北工程」への強い反発があったことを蓮池さんは指摘しています。

現地の旅行会社によると、五女山城のふもとにある桓仁には、毎年2~3万人の韓国人が観光に来るそうです。ドラマで朱蒙を演じた俳優のソン・イルグクも、この地を3回訪れたとか。それだけならいいのですが、2011年に高句麗史の研究者や運動家たちが来て、講演会を開き、会場で「東北工程」に反対するスローガンを掲げるという計画があり、それを事前に知った市の安全局が取りやめさせたということもあったそうです。

ぼくには中韓いずれも似た者同士で、「現代の骨組みを遠い昔にそのまま適用」しようと争っているようにしか見えません。北東アジアのナショナリズムは、古代史とのからみで火がつくところが特徴といえそうです。正直そんなことどうでもいいとぼくなどは思ってしまいますが、蓮池さんも書いているように、彼らの独特の歴史観に対して「相手の主張に従うということではなく、相手の主張に耳を傾け、その背景を知ろうとする姿勢が相互間に必要だろう」ということなのでしょう。

そのうえで、「相手の歴史観を知る上では、韓国の時代劇ドラマが素晴らしい『材料』になる」と蓮池さんは書いています。今回、五女山城を訪ねて、『朱蒙』の物語が身近に感じられたのは確かなので、本当にそのとおりだなと思ったものです。
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五女山城博物館 http://www.wnsjq.com
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by sanyo-kansatu | 2013-03-24 11:27 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)