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2013年 03月 23日

2013年の春、中朝国境にある羅先(北朝鮮)にカジノが3つもできました

2012年6月に北朝鮮の羅先を訪ねたとき、香港資本で1999年に開業したエンペラーホテル&カジノを視察したのですが、現地の関係者の報告によると、2013年になって新たに2つのカジノが羅先にオープンしたようです。

エンペラーホテル&カジノ http://www.emperorgroup.com/page.php?p_id=238
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新たに登場したのは、今年1月に開業した羅津ホテルの前にできたカジノと、2月20日に開業した羅津港に停泊するクルーズ客船「皇星号」のカジノです。

羅津ホテルの前のカジノは江西省の中国人が経営しているそうです。また客船のカジノは宿泊も可能で、船籍はシンガポール。朝鮮人やマレーシア人、フィリピン人、カンボジア人、中国人などの船員やサービススタッフが働いているそうです。エンペラーホテル&カジノの場合、最低500ドルを両替しなければ中に入れませんが、これらの新しいカジノに入るには、そうした条件はないといいます。
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昨今の北朝鮮情勢からすると、およそ信じられないような話ですが、現地関係者によると、「カジノの開業と今の朝鮮情勢は関係ありません。どちらも昨年から準備されていたものです。羅津ホテル前のカジノも、建設に1年以上かけて今年1月13日に開業しました。客船のカジノも、1年ほど前から計画は聞かされていましたが、実際に入港してきたのは最近です。いずれも春からの観光シーズンに間に合わせることを目標にしていたのかもしれません」とのこと。

さらに、先鋒でもそうでしたが、羅津の市街地に現在、外国人観光客向けの大型商業施設が建設されています。ホテルやレストランが入るそうです。

いま北朝鮮は国際的な緊張の震源地となっていますが、これまでもそうだったように、同じ時期にまったく別の動きも起きているのです。こうして中朝国境の街では、中国の投資による開発が静かに進められています。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 13:43 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 20日

羅先で見かけた北朝鮮の人たち 前編(接待役)

2012年6月下旬、ぼくは北朝鮮の羅先に行きました。そのレポートは以前ある雑誌にも書きましたが、ここでは現地で見かけた北朝鮮の人たちのスナップを紹介します。
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昨年秋以降の核実験騒動で状況が一変してしまった北朝鮮情勢ですが、ぼくら7名の「日本人観光団」が羅先に入るのは10数年ぶりとのことで、接待役の北朝鮮の担当者はとてもフレンドリーでした。直接市民に触れる市場などを除けば、こちらのリクエストする場所にはほぼ案内してくれます。写真の撮影に関しても、もうひとりいた朝鮮旅行社から派遣されたガイド氏が車窓からの撮影について神経質なまでにNGを告げてくるのに対し、接待役の彼は「大丈夫です。どうぞ撮ってください」と鷹揚な対応ぶりでガイド氏を制してくれたので、比較的自由にシャッターを切ることができました。

1泊2日のわずかな時間で撮られた数百枚の写真の中で、北朝鮮の民間人が写り込んでいるものを並べてみると、あることに気が付きました。それは考えてみれば当たり前のことなのですが、外国人を接待する仕事をしている人たちほど、我々に近い場所にいて、被写体としても寄った写真が撮れています。彼らは外国人を接遇するために選ばれたある意味特別な人たちだと思われます。

一方、一般の民間人には話しかけたりするチャンスはないため、大半は通りすがりの市民を少し遠目から押さえた写真ばかりです。それでも、羅先という中ロ国境に接した経済開発特区(名ばかりという気もしますが、内部の貧困地区に比べると、格段に生活環境はいいと考えられます)で見かけた北朝鮮の普通の人たちの姿であることは確かです。

まずは接待の仕事をする人たちから。撮影は佐藤憲一さんです。

①羅先劇場歌謡ショーの少年少女たち
実は、この子たちと間近に接することができるとは思っていなかったのですが、ショーが終わると同時に、観客席から中国人のおばさんたちが一斉にステージに駆け上がり、北朝鮮の子供たちを抱き上げ、記念撮影を始めたため、ぼくらもその機に乗じて写真を撮った次第です。おしろいを塗りたくられた子供たちの表情は、いたいけというよりどこかうつろで、何かを演じきろうとしているように見えてしまいます。まぎれもなく、この子たちこそ、北朝鮮を代表する強力な接待要員といえるでしょう。
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②国際商品展示会の売り子たち
みなさん派手なチマチョゴリを着飾った若い女性ばかりです。外国人の接客にも慣れていて、気さくな対応ぶりが印象に残りました。
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③羅先劇場の観光客相手のサービス要員
羅津市街地を一望にできる高台にある羅先劇場では、毎日夕刻になると、この地区を訪れた外国人観光客が全員集められ、少年少女の歓迎ショーを観ることになります。そのサービス要員(朝鮮旅行社のスタッフ)も大半が若い女性で、チマチョゴリを着ています。外国人観光客はここで金日成主席にご挨拶するというのがお約束のようで、その肖像画をバックに記念撮影するというのもツアーの行程に組み込まれています。シャッター役になるのが彼女たちです。
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④エンペラーホテル&カジノの服務員
香港資本のエンペラーホテル&カジノでも、北朝鮮の若い女性が服務員として働いています。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 14:27 | 朝鮮観光のしおり | Comments(3)
2013年 03月 06日

短い夏を満喫。ウラジオストクで海水浴

極東ロシアの短い夏を満喫するウラジオストクの人たち。2012年6月27日、28日撮影。写真は佐藤憲一さん。

前半は、ウラジオストク駅から郊外電車に乗ってサナトリウムという海水浴場へ。後半は、市街地のすぐそばにあるスポーツ湾にて。

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by sanyo-kansatu | 2013-03-06 07:51 | ノービザ解禁間近!極東ロシア | Comments(0)
2012年 12月 29日

世界遺産「古代高句麗王国の首都と古墳群」 韓国歴史ドラマの舞台を訪ねよう(13-14年版)

2000年代中ごろより精力的に製作された韓国歴史ドラマ。その面白さは日本でも人気を呼んでいます。興味深いのは、韓国歴史ドラマの舞台となる地域の多くが、中国遼寧省や吉林省の一部であることです。

そこで、中国にある韓国歴史ドラマのゆかりの地を訪ねてみました。高句麗建国の地とされる五女山城(『朱蒙(チュモン)』『風の国』)や集安(ぺ・ヨンジュウン主演の『太王四神記』)です。

韓国歴史ドラマは、史実を超えた、いわば歴史ファンタジーの世界です。中国と韓国・北朝鮮の歴史論争の舞台でもあるのですが、ここではエンターテインメントに徹して紹介しています。

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by sanyo-kansatu | 2012-12-29 19:45 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2012年 04月 16日

中国人団体ツアーの「オプション」――新宿歌舞伎町案内

東日本大震災から1年を経て、ようやく中国人団体ツアー客は戻ってきたようです。そこで、あらためて中国人団体ツアーの「オプション」の実態、すなはち安すぎるツアー代金をガイドが埋め合わせをするため、ツアー行程内のあらゆる観光や市内散策を「オプション」と称して別料金を徴収する悪名高い実態のひとつの代表例とされる新宿歌舞伎町散策を報告します。

これは2011年7月8日午後7時頃、ぼくが偶然彼らの姿を見かけて、こっそり後をついていったときに撮ったものです。散策時間は約30分。関係者らの話では、この歌舞伎町散策に、ガイドはツアー客ひとり当たり1000~2000円の追加料金を取るといわれています。

「アジア最大の歓楽街」といわれる新宿歌舞伎町の夜は、中国客に限らず世界各国から来た好奇心にあふれる旅行者でにぎわっています。そこで旅行者たちが繰り広げる光景は、なんとも微笑ましいものですが、中国客だけがまるで通行料のように「オプション」を支払わされているのは、中国特有のビジネス慣行が日本であるにもかかわらず、まかり通っているからだということを確認しておきましょう。
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スタートは中国人経営の団体ツアー客専門料理店「林園」から
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いよいよ歌舞伎町に足をふみ入れます。最初に目に飛び込んでくるのは、派手なキャバクラやホストクラブの広告です
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交差点では突如ガールズバーの宣伝カーが通り過ぎ、ツアー客は一斉にカメラを向けました
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ホストクラブ密集ゾーンでは優男たちの顔写真を並ぶ大看板を皆さん物珍しそうに並んで眺めています
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あるクラブの店の前に並ぶツアー客。ガイドが店のシステムや料金などについて説明しています。若い女性客も参加しているツアーだけに、おじさんたちも抜け駆けはできないようです(ホテルに戻った後の自由行動のことは知りませんが……)
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皆さんがまじまじと見ていたのはこの看板
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いよいよツアーも終盤を迎え、歌舞伎町一番街の出口に近づいてきました。この近くには歌舞伎町案内人として知られる李小牧さんの経営する湖南料理店もあります
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歌舞伎町の入り口でバスの来るのを待つ皆さん
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バスが来ました。新宿の高層ビル群が見えます
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番外編ですが、ドン・キホーテの前にはタイ人のツアー客も見かけました
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by sanyo-kansatu | 2012-04-16 19:15 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2011年 12月 01日

北海道ニセコにSir Gordon Wu 現わる

今回のトラベルマート会場で拾った面白いネタのひとつに、北海道ニセコの関係者から聞いたこんな話があります。

今年、香港を代表するコングロマリット、合和実業グループ(Hopewell Holdings Ltd.)会長のSir Gordon Wuこと胡應湘氏が、自らのペントハウスを兼ねたリゾートホテル建設のため、ニセコに投資したというのです(2011年11月27日のフジテレビ系『新報道2001』でも報道されたそうです)。

ニセコは日本を代表するスキーリゾートで、雪質の素晴らしさは海外にも知れ渡っています。10年くらい前からオーストラリアのスキーヤーが大挙してやって来るようになったことはご存知かもしれません。関係者によると、近年のスキーシーズンに占める海外客の比率はすでに50%。ニセコのゲレンデには日本人と外国人が半々の割合でスキーを楽しんでいるというわけです(ただし、震災後の今シーズンは外客の予約キャンセルが多数発生し、風評被害の直撃が懸念されています)。
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オーストラリア人スキーヤーの多いニセコ


さて、Sir Gordon Wuとはいかなる人物か? ネット情報を寄せ集めると、Sir Gordon Wuこと胡應湘氏は1935年香港生まれのアジアを代表する実業家です。58年に米国プリンストン大学を卒業。69年に香港で土木建築業を手がける合和実業有限公司を設立。70年代には東南アジアに高速道路や発電所などのインフラ建設を進め、80年には彼が子供時代を過ごしたという香港島湾仔に当時の香港では最も高い「合和中心(ホープウェルセンター)」を建設。80年代以降は、改革開放を迎えた中国でインフラ事業やホテル開発を行いました。香港返還の97年には英国から爵士(ナイト)の称号を授与されており、中国政府との関係は……一筋縄では説明できないところがあります。
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アメリカ人ジャーナリストの書いたGordon Wu氏の評伝


なぜそんな香港の大立者がニセコにペントハウスを? その理由は、ニセコのこの20年間の変遷と関係があります。実は、オーストラリア人ほど知られていませんが、90年代後半頃からカナダ系香港人たちがちょくちょくニセコに現れるようになっていたのです。

2010年秋頃から今年の初めにかけて、中国人が北海道で森林や水源地を購入しようとしているという一部報道がありました。昨年ニセコではマレーシア華僑によるホテルの買収がすでに行なわれています。ただし気をつけてほしいのですが、ニセコでホテル経営を始めるGordon Wu氏もマレーシア実業家も、中国本土の人間ではないということです。

それにしても、いったいニセコでは何が起きているというのでしょうか。
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繁体字で「新年快樂(Happy New Year)」。つまり、中国本土客向けではないことに注意


ひとことでいうと、ニセコは日本のグローバル化の最前線にあるといえます。日本のインバウンド時代を先取りしたさまざまな現象がこの地で起きているのです。今年1月ぼくはニセコを訪ねて、現地関係者の話を聞いているのですが、その詳細については話が少々込み入っているため、あらためて別の機会に紹介したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2011-12-01 13:29 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2011年 11月 24日

「温泉エッセイスト山崎まゆみの満洲三大温泉めぐり」(2010~11年版)

中国に温泉があるということはあまり知られていませんが、かつて日本人を癒した温泉がありました。清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀が入った温泉、夏目漱石、与謝野鉄幹、晶子夫妻、田山花袋らが訪ねた温泉。
それらの温泉が中国東北地方にあると知ったわたしは中国に飛んだのでした。
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by sanyo-kansatu | 2011-11-24 10:46 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)