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2014年 05月 06日

沖縄県のインバウンドの“先進性”とは何か?

沖縄県が他の都道府県に比べ、いかにインバウンド力(訪日外客誘致力)において“先進性”が見られるか。いくつかの指標について考えてみました。

まず思いつくのは「外客の入込数・宿泊者数」や「消費額」といった量的な側面です。

たとえば、都道府県別の訪日外国人旅行市場を量的側面から比較する指標として、観光白書では、下記のようなデータを挙げ、動向をつかもうとしています。

①都道府県別の外国人延べ宿泊者数
②入国港(空港、港)別 外国人正規入国者数
③都道府県別の実観光入込客数・観光消費額

そのうち、①の最新統計は、以下の観光庁のサイトに載っています。

宿泊旅行統計調査(平成25年10月~12月、平成25年年間値(暫定値))
https://www.mlit.go.jp/common/001029997.pdf

このデータによると、2013年の「都道府県別の外国人延べ宿泊者数」のランキングは以下のとおりです。

1位 東京都 9,984,200
2位 大阪府 4,309,490
3位 北海道 3,050,300
4位 京都府 2,657,100
5位 千葉県 1,993,090
6位 沖縄県 1,363,120
7位 愛知県 1,148,700
8位 神奈川県 1,060,040
9位 福岡県 920,740
10位 静岡県 542,690

沖縄県は人口数や経済規模でみると国内では30位台に位置していますが、ここでは6位に入っています。大都市圏である東京都や大阪府、国際的にも観光地としてすでに定評のある京都府や北海道、成田空港やTDRのある千葉県に次ぐランキングであること。中部空港のある愛知県や福岡空港の福岡県、富士山のある静岡県より上位であることは、相対的にみて沖縄のインバウンド力が高いことを示していると思います。

また、過去3年間と比較した外国人延べ宿泊者数の伸び率(2013年)も、沖縄県は高い数字を示しています。たとえば、2012年度比でこそ、トップは長野県(82.9%増)で2位(74.5%増)でしたが、10年度比でみると196.2%増と断然トップです。つまり、過去3年間、沖縄はインバウンドに力を入れ、その結果が伸び率の上で最も反映されているといえます。

さらに興味深いのは、日本の利用客数の多い上位7空港(新千歳、羽田、成田、中部、関空、福岡、那覇)の国際線における外国人入国者数と日本人出国者の旅客数です。法務省の直近の統計によると、今年3月のデータは以下のとおりです。

       外国人入国者数 日本人出国者数 (2014年3月)
新千歳空港 40,800   13,738
羽田空港 121,128   244,456
成田空港 444,570   726,819
中部空港 54,198   139,873
関西空港253,763   317,624
福岡空港 74,301   81,677
那覇空港 41,382   6,919
総数    1,119,140   1,596,743

②入国港(空港、港)別 外国人正規入国者数(2014年3月)
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001118277

これを見ると、那覇空港の国際線外国人入国者数は6位です。特筆すべきは、利用者の85.7%が外国人(インバウンド客)という高い比率であることです。同じことは北海道にもいえますが、沖縄県の国際線誘致を促進している背景に、外国人入国者の増加があることがわかります。国内客の航空利用が伸び悩み、全国の大半の地方空港が赤字に苦しむなか、これほどうらやましい状況はないでしょう。

インバウンドの動向は「量」だけでなく、「質」も検討する必要があります。

たとえば、質的面からみると、こんな指標が考えられるでしょうか。

①コンテンツの強さ、多様さ
②国際的な認知度
③地元の観光産業の実力、経験値の高さ
④外客受け入れ態勢の充実度
⑤対外プロモーション手法の熟練度
⑥送客国・地域との交流の親密度(特に観光関係者同士の)

ここで一つひとつ上記のポイントを都道府県別に検討するのは難しいのでやめておきますが、本土復帰以来、「観光立県」として国内客を中心した観光誘致に力を入れてきた沖縄県のインバウンド振興に関する経験値の高さは他県と比べ一日の長があります。沖縄の観光関係者に聞くと、受け入れ態勢などまだ遅れていると正直に話すのが常ですが(実際、遅れている面も多々見られます)、それは他県の関係者に比べ、海外の競合地との比較において自らの弱点や相対的評価に対する理解が深いためでしょう。

実際のところ、沖縄県のコンペティター(競合地)は、東京や大阪ではなく、ハワイやグアム、バリやプーケットといった海外のビーチリゾートです。これらは沖縄県の東アジアにおける地勢的な位置付けや自然環境などによるものですが、それをどう活かしてインバウンドを発展させるか。その手法は当然、東京や大阪とは違ってきます。その独自のポジションに沖縄県の面白さがあります。

ところで、世界経済フォーラム(WEF)は、世界の観光分野の競争力を比較した報告書を毎年発行しています。2014年3月に発表された直近の報告書によれば、調査対象の140カ国・地域のうち、以下のとおり、トップはスイスですが、日本は14位となっています。

1位 スイス
2位 ドイツ
3位 オーストリア
4位 スペイン
5位 英国
6位 米国
7位 フランス
8位 カナダ
9位 スェーデン
10位 シンガポール
11位 オーストラリア
12位 ニュージーランド
13位 オランダ
14位 日本
15位 香港

The Travel & Tourism Competitiveness Index 2013 and 2011 comparison
http://www3.weforum.org/docs/TTCR/2013/TTCR_OverallRankings_2013.pdf

評価項目として3分野、14項目が挙げられますが、日本が比較的高い評価を得ているのは、「人的、文化的、自然の観光資源」(10位)で、「観光産業の規制体制」「観光産業の環境とインフラ」はともに24位。個別にみると、「陸上交通インフラ」(7位)や「情報通信インフラ」(7位)「文化資源」(11 位)などは評価が高いものの、「政策方針と規則」(36位)や「観光の優先度」(42位)「環境の持続性」(47位)「観光インフラ」(53位)などはいまいちで、とりわけ「観光との親和性」(77位)「観光業における価格競争力」(130位)はきわめて低く評価されていました。

A)T&T regulatory framework(観光産業の規制体制)
Policy rules and regulation(政策方針と規則)36位
Environmental sustainability(環境の持続性)47位
Safety and security(安全性)20位
Health and hygiene(健康と衛生)16位
Prioritization of Travel & Tourism(観光の優先度)42位

B) T&T business environment and infrastructure (観光産業の環境とインフラ)
Air transport infrastructure(航空インフラ)25位
Ground transport infrastructure(陸上交通インフラ)7位
Tourism infrastructure(観光インフラ)53位
ICT infrastructure(情報通信インフラ)7位
Price competitiveness in the T & T industry(観光産業における価格競争力)130位

C) T&T human, cultural, and natural resources(人的、文化的、自然の観光資源)
Human resources(人的資源)21位
Affinity for Travel & Tourism(観光との親和性)77位
Natural resources(自然資源)21位
Cultural resources(文化資源)11位
(※Climate Changeは指標外だが、要素のひとつではある)

The Travel & Tourism Competitiveness Report 2013(全文)
http://www3.weforum.org/docs/WEF_TT_Competitiveness_Report_2013.pdf

ここからうかがえるのは、日本の交通・通信インフラに見られる産業力や文化的な観光資源が高く評価されているのに対し、観光に対する政策面や社会の取り組みが評価されていないことでしょう。

「ものづくり大国」の旗印を掲げて経済成長した戦後の日本社会にとって、観光の「優先度」や「親和性」が低いのはある意味無理もないといえます。優先すべきものが他にあったからです。しかし、日本社会の観光力を高めていくことは、日本の「ものづくり」にとっても実は重要なことだと思います。今日「ものづくり」の担い手が新興国に移りつつあるなか、質の高い産業を国内に残しつつ、広く雇用を確保し、社会全体のバランスを見直すことは必要だからです。ヨーロッパ諸国の多くが観光政策に力を入れているのは、国家イメージのPRに観光ほど役立つものはなく、しかも雇用創出、とりわけ若年世代の雇用に大きく貢献するのが観光産業だと知っているからです。国際的にみて日本の観光は高いポテンシャルを有しながら、それをうまく活用できていないのは残念なことです。

インバウンド振興はグローバル化による外界の変化にいち早く気づくことから始まるという意味で、沖縄県が先んじていたのは、地勢的にも、歴史的にも、ある意味当然とはいえるのですが、そのノウハウから学べることは多いはずです。
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by sanyo-kansatu | 2014-05-06 22:23 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 04月 26日

「Tokyo Grand Shopping Week」(表参道)の舞台裏

今年1月23日~2月5日、東京を代表するおしゃれストリートの原宿と表参道で外国人観光客を対象にした Tokyo Grand Shopping Week が開催されました。キデイランドなどの個店や表参道ヒルズやラフォーレ原宿、東急プラザなどの商業施設のテナントが参加し、バーゲンセールや店頭でのスクラッチ抽選キャンペーンなどが実施されました。イベントを主催した原宿表参道欅会の松井誠一理事長と事務局インバウンド担当の中島 圭一さんに話を聞きました。

やまとごころインタビュー
http://www.yamatogokoro.jp/inbound-interview/index04.html

―『Tokyo Grand Shopping Week』を振り返ってどうでしたか?

中島(敬称略。以下同)
「原宿表参道では、昨年同時期にも“Tokyo Fan Week”というイベントを開催していますが、今年はよりショッピングのイメージを重視して名称を変更しました。

バーゲンセールをキラーコンテンツと捉えて「日本で最も遅い」といわれるラフォーレ原宿のバーゲンセールに他の施設や個店が時期を合わせる形でキャンペーンをスタートし、終わりを中国の旧正月にあたる春節期間に設定しました。

『Tokyo Grand Shopping Week』のターゲットは、台湾、香港、中国、韓国および東南アジア諸国をメインとする20~40代の男女と日本在住の外国人です。キラーコンテンツは、183店舗が参加したバーゲンセール。そして、1000円以上お買い物、お食事をされたお客さまにスクラッチカードを渡し、当ったお客さまは臨時観光案内所で10000円分の表参道ヒルズのお買い物券や参加店舗から集めた景品と引換していただくキャンペーン。昨年は表参道ヒルズの1ヵ所でしたが、今年は東急プラザと2ヵ所で行いました。

昨年の反省からいくつもの改善を行いました。たとえば、昨年は開催期間が1か月で途中、中だるみしたことから、今年は2週間にしました。スクラッチカードは店頭で削ってもらい、当たりがその場でわかる方式にしました。

イベント告知も、「長距離(海外)」「中距離(国内)」「短距離(近接した地区)」の3つのチャネルのうち、近場から外国人客を呼び込むため「短距離」に力を入れ、渋谷区や新宿区、港区のホテルなどにチラシを徹底して配布しました。

今回もいくつかの課題が指摘されており、来期に向けてその改善ともに、年間を通した取り組みを行っていきたいと思っています」。

―原宿表参道でインバウンドの取り組みを始めたのはいつですか?

中島
「インバウンド推進のための3か年計画がスタートしたのは、2010(平成22)年からです。

最初に手がけたのは、他の商業地区に比べ遅れていた銀聯カード端末の導入でした。その後、チャイナリスクが起こり、中国一辺倒ではダメだということを痛感しました。

いつも考えるのは、PRと受け入れのバランスです。欅会ではまず春節キャンペーンを打つ前に決済環境などの最低限の受け入れ整備を優先しました。外国のお客様がお買い物にストレスを感じる状況を残したまま、PRを行うのを避けたかったからです。

その次に初めてキャンペーンに軸足を移しました。表参道は、基本的にFIT(個人客)が似合う街です。
個人客を取り込むには日ごろ接している現場の人間に裁量権を与えることが重要だと考えています。
このエリアではそれが実現できています。毎月2回現場の販促担当者らを集めて会議を開くのですが、この街の人たちは一体になりやすいのがうれしいことです」。

―一体になりやすいというのは、表参道の土地柄にも関係があるのでしょうか?

松井(敬称略。以下同)
「表参道には2つの原点があります。戦後の歴史からお話しますと、ここも2回戦災に遭っていて、焼け野原から始まっています。代々木の陸軍練兵場が米空軍将校やGHQ官僚の家族用宿舎などからなるワシントンハイツとなり、西洋文化と彼らのライフスタイルに直接触れられる街になりました。それがひとつの原点です。

一般に原宿や表参道は、ストリートファッションの街。誰もが思い思いのファッションを表現し、新しいアイデアやインスピレーションが生まれる日本のアパレルを代表する街だと思われています。

転機は東京オリンピックでした。その頃から、ワシントンハイツに丹下健三や浅井慎平といった著名な建築家やカメラマン、デザイナーたちが事務所を構えたように、いろんな才能が集まってきました。実は緑が多くて、家賃が安かったからです。

ところが、外国の方に聞くと、表参道は日本的なものを感じるから好きだというのです。それは、もうひとつの原点である明治神宮の参道であることと関係あるかもしれません。この街の人たちは、表参道が他の商業地と同じ感覚では困ると考えています。だから、欅会の前身である「原宿シャンゼリゼ会」が発足した1973年当時から「キープ・クリーン/キープ・グリーン」というスローガンを掲げ、商業振興と地域環境の両面で活動を続けてきました。

もともと表参道の欅並木は大正10年に植えられたものですが、戦災でなくなった後、昭和26年に地元で造園業を営む方が再植林させたのです。この街の人たちの欅に対する思い入れがいかに強かったかを物語っています。

1970年代後半、原宿は若者の街として脚光を浴びます。ラフォーレ原宿のオープンは1978年。商業ビル化の始まりです。そして90年代前半のバブル崩壊。このあたりの地価も一気に5分の1になり、更地が増えたのもこの時期でした。2000年暮れにオープンしたベネトンを皮切りに、海外の高級アパレルブランドがこぞって出店してきました。ついにここも外資に乗っ取られるのか? でも、結果的にはそうなりませんでした。彼らの多くがビル一棟取得し、日本本社機能を持たせて街と共存しようとしました。彼らの原宿・表参道が持つ価値に対する評価は変わらなかったからです」。

―評価が変わらなかったのはなぜだったのでしょうか?

松井
「街に独自の文化があったからです。モノがあるから人が集まるのではありません。お客さま向けの商品をいくら提供しても、旅の満足は満たされない。もともと表参道に在住外国人が多かったのも、そのためでしょう。

この頃から私たちも原点回帰を考えるようになりました。自分たちのオリジナルは何かということです。それは、欅並木だと。こうして2000年、歴史的に明治神宮の表参道であること、そのシンボルが欅であることから『原宿表参道欅会』と名称を変更したのです」。

中島
「そこから、原宿表参道が目指すインバウンドの方向性が決まりました。

『街歩きが楽しい街(歩いて自分の目で見て触れる観光)』『一人ひとりの個人レベルで楽しめる街の魅力発信』『人間的な交流やホスピタリティが生まれる街』『国内客と海外客の観光施策を変えない』『即効性の集客を競うのではなく、リピーターにつながる街のファンづくり』というものです。

今回の『Tokyo Grand Shopping Week』でも、原宿・表参道の路地裏歩きガイドツアーを実施しました。外国人客にチープだけどクリエイティブなものが見つかることが、この街の魅力だと知ってほしかったのです。それがこの街のDNAだからです」。
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商店街振興組合原宿表参道欅会
東京都渋谷区宮前6-9-1 冨永ビル地下1階2号室
http://omotesando.or.jp/jp

<編集後記>
近年、各地の商店街が外客誘致に向けた取り組みを始めているなか、日本で最も有名なストリートのひとつである表参道がインバウンドに取り組んでいると聞いて、ぜひお話をうかがってみたいと思っていました。

松井理事長はこんなことをお話になっていました。
「もともと在住外国人も多いので、10年前はわざわざ海外から外国客を誘致しようなんて誰も考えていませんでした。2004年頃から都の働きかけで、いくつかの国際観光に関する会合に出席しましたが、外客誘致のために先行投資をすることは誰も望んでいなかったことから、議論は堂々めぐりの時期が続きました」。

一方、中島さんは言います。「なぜインバウンドなのか。将来は人口減、商店街のライバルは楽天という時代に、いかに街で買ってもらえるか。これは全国の商店街の共通の課題となっているはずです」。

表参道にはまちづくり協議会の地道な活動があり、ファッションビルが次々と建てられても、住民が郊外に移らず、コミュニティが維持されるような施策に取り組んできたそうです。これは百貨店や大型量販店だけが連携してキャンペーンを行った新宿との違いでしょうか。

さすがは時代を先駆けて「キープ・クリーン/キープ・グリーン」を実践してきた表参道ともいえますが、全国どこでもこんなにスマートな外客誘致を進めることができるとは思えません。結局のところ、どれが正しいではなく、それぞれの街の土地柄に見合った手法を見つけていくことが大切なのだと思いました。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-26 10:32 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 03月 29日

28回 100年前の外客誘致はどうだった? 戦前期からいまに至るインバウンドの歴史の話

訪日外国人数1000万人達成や東京オリンピック開催の決定で、今年に入ってますますインバウンド振興の機運が盛り上がっています。ところで、日本の外客誘致は、いまから100年前に始まっていたことをご存知でしょうか。

思いがけない話かもしれませんが、日本の外客誘致には戦前期から継続的に取り組まれてきた歴史があります。今回はその歴史を通して、ニッポンのインバウンドの理解を深めてみたいと思います。
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いまでこそ「インバウンド」ということばや「訪日外国人の旺盛な消費への期待」から外客誘致の必要性に対する理解が広まってきましたが、歴史を振り返ると、日本の外客誘致はいまから100年前に始まっています。

それは、1912(明治45)年3月に当時の鉄道院によって設立されたジャパン・ツーリスト・ビューロー(現在のJTBの前身)の活動によってスタートしました。今日の「観光立国」政策や外客誘致のためのプロモーション活動も、すでに戦前期にひな型があったのです。

JTB100年のあゆみ
http://www.jtbcorp.jp/jp/100th/history/

100年前の訪日外国人数は約2万人


設立当時のジャパン・ツーリスト・ビューローは、今日の日本を代表する旅行会社JTBとは実態がかなり異なるもので、むしろ現在の日本政府観光局(JNTO)に近い存在でした。

では、戦前期の外客誘致とはどんなものだったのでしょうか。

それを知るうえで格好の資料となるのが、ジャパン・ツーリスト・ビューローが発行した「ツーリスト」(1913年6月創刊)です。同誌は外客誘致の促進を目的に創刊された隔月刊の機関誌で、1943年まで発行されていました。

ところで、100年前の訪日外国人数はどのくらいの規模だったのでしょうか。同誌創刊号の「発刊之辭」ではこう述べられています。

「漫遊外客の来遊するもの年々二萬人内外を有し、其費す金額も一年大略一千三百萬圓を下らずと云ふに至りては、是を国家経済上より見るも亦決して軽々に看過すべからざる事實たらずんばあらず」。

1912(明治45)年当時の訪日外国人数は約2万人、外客による消費額は約1300万円でした。つまり、2013年に訪日外国人数が1000万人を超えたということは、この100年で市場が約500倍に拡大したことになります。

もちろん、当時といまではさまざまな面で大きく事情が違っていました。たとえば、当時の外客は基本的に客船で来日しています。戦前の資料をみると、1940年代(昭和10年代後半)になってようやく航空機による訪日外客が現れていますが、「500倍」という数的拡大は、いうまでもなく、本格的な航空機時代を迎えた戦後の輸送量の飛躍的増加があってこその話です。
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※100年前の訪日外国人の状況については、中村の個人blog「100年前(1913年)の訪日外客数は2万人、消費額は1300万円」を参照。

アジア客より欧米客が圧倒的に多かった

旅客機の利用が現在ほど一般的ではなかった戦前期において、訪日外客は国際客船の寄港する港から入国していました。
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現在、横浜港に停泊する氷川丸(1930年竣工。北太平洋航路で運航した客船)

ツーリスト6号(1914年4月)の「大正2(1913)年中本邦渡来外人統計表」によると、当時の入国地としての以下の14の港が記されています。

横浜、神戸、大阪、長崎、函館、門司、下関、敦賀、小樽、七尾、青森、唐津、厳原(対馬)、室蘭。

統計表には、それぞれの港ごとに国籍別の入国者数が記載されています。入国者数のトップは横浜で、次いで神戸、長崎、下関、敦賀、門司、函館の順になっています。100年前の日本の玄関口は、成田や羽田ではなく、横浜や神戸でした。

さらに、この統計表によると、1913(大正2)年の訪日外客数は21886人。国籍別にみると、トップが支那(この時期は辛亥革命直後で「中国」という国家は存在しているとはいいがたい状況であったため、当時の中国大陸を指す一般的な呼称として「支那」が使われています)で7786人、次いで米国5077人、英国4123人、ロシア2755人、ドイツ1184人の順になっています。これら中米英露独のトップ5の占める数は圧倒的に高く、他の国々とは比較にならないほどでした。ちなみに、上位5か国の順位は、1926(大正15)年まで変わっていません。

今日と比べると国籍別比率の観点で大きく違うのは、アジア系旅客よりも欧米系旅客が多かったこと、なかでもロシア人の比率の高さが注目されます。

※当時の訪日外国人の国籍別数の詳細については、中村の個人blog「戦前期、外国人はどこから入国したのか?」を参照。

当時も日本のキラーコンテンツは温泉だった

では、100年前の訪日外客は日本のどこを訪ね、滞在を楽しんでいたのでしょうか。

ツーリスト3号(1913年10月)では、この年の7、8月「避暑地、温泉及び都会等に滞在せる外人旅客数」を国籍別に調査しています。同調査に挙げられた滞在地は以下のとおりです。

東京、横浜、鎌倉、熱海、伊東、修善寺、京都、神戸、宝塚、有馬、宮島、道後、別府、長崎、小浜、温泉(雲仙)、伊香保、草津、日光、中宮祠(中禅寺湖)、湯本(箱根)、鹽原(塩原)、松島、大沼公園、登別温泉

なかでも外客滞在数のトップは、日光で6256人。次いで鎌倉3368人、京都3008人、東京1738人、中宮祠1593人、横浜1127人、湯本1067人、小浜1039人、神戸878人、雲仙765人と続きます。
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1878(明治11)年創業の富士屋ホテル(箱根・宮ノ下)は日本人経営による初めての本格的外客向けホテル

当時の日本では、国内全域を短時間で移動できるような鉄道網や自動車道は発達していなかったので、滞在型の旅行形態が一般的でした。現在の東京・大阪5泊6日コースのような周遊旅行はありえませんでした。そのため、多くの外客は東京や京都といった大都市以外は、国内各地の温泉地や避暑地、また鎌倉や日光、宮島など主要な観光地の周辺に生まれつつあった外国人経営の洋式ホテルや日本式の温泉旅館に滞在していたようです。当時から日本のキラーコンテンツは温泉だったことがわかります。
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昭和7年の雲仙での滞在欧米客のパーティ風景

ここでちょっと興味深いのは、トップ10の中に長崎県の雲仙温泉が入っていることです。これは前述した横浜、神戸に次ぐ3番目の入国地が長崎だったことと関係しています。中国大陸と日本をつなぐ長崎・上海航路で訪日した上海租界在住の欧米人(なかでもロシア人の比率が高かったようです)が避暑のため、長崎に渡り、雲仙温泉に滞在したからです。いまではちょっと想像つかない話ですが、当時雲仙には多くの欧米客が滞在していた記録が残されています。

※当時の訪日外客の滞在事情については、中村の個人blog 「100年前の夏、外国人は日本のどこに滞在していたのか?」を参照。

インバウンドのイロハは西欧から学んだ

もっとも、1912(明治45)年当時の日本には、海外から訪れる外国人客を受け入れるためのインフラが、ハード、ソフトの両面でほとんど整備されていませんでした。

そのため、「ツーリスト」誌においても、外客誘致のためには何が必要かを啓蒙するため、海外事情の紹介に努めています。

それらの海外レポートの多くを執筆しているのは、ジャパン・ツーリスト・ビューロー幹事の生野圑六です。生野は鉄道院の役人で、のちに京浜電気鉄道社長になる人物ですが、ヨーロッパ諸国を中心に海外を視察し、各国の外客誘致の現状について報告しています。彼は日本のインバウンド黎明期に最も積極的に啓蒙活動に取り組んだ論客です。

生野がシベリア鉄道経由でヨーロッパ視察に出かけたのは、1912年6月末から9月末にかけてです。ベルリンで開催された国際旅客交通会議に出席するためでした。

「欧州各国に於ける外客誘致に関する施設」(ツーリスト創刊号(1913年6月))という報告の中で、彼はヨーロッパで見聞した多くのことに驚き、感心しています。以下、ポイントを整理してみます。

①当時のスイスではすでに外客受入態勢が完備していたこと

「瑞西は何度参りましても實に心地善い處であります。外客に対する遊覧設備の完備せること、案内上の用意の行届いていること、廣告印刷物等の豊富なること、山水風光明媚なると共に、隅々まで清潔なること、停車場などに長さ数間の大写真などが掲げてあること、ホテルの空室の有無を停車場内に掲示する設備などもあること」。

「外客に対する遊覧設備の完備」もそうですが、彼は何より外客の「案内上の用意の行届いていること」に感心しています。

②ヨーロッパでは国境を越えたドライブ旅行が始まっていたこと

「近時欧米に於ける自動車の発達は非常なもので、従て自動車で自国内のみならず、外国に旅行に出掛ける者は甚だ多いのであります。此道路の如きもツーリストを招致するのが目的であります。鉄道会社も夏期は乗合自動車を運転して、一定の賃金を以て旅客の需に応じております。吾国に於いても将来或地方には、自動車道路を設けることなども一の問題であろうと思ひます」。

これはフランスのエビアンからニースまでモンブラン山脈を横断する約700㎞の自動車専用道路を視察したことに対する感想ですが、日本では戦後を待たなくてはならなかった本格的なモータリゼーションによる観光市場の促進が、ヨーロッパではすでに戦前期から始まっていたことがわかります。

③パリには観光客を惹きつけるさまざまなインフラが充実していたこと

「巴里には其近郊に風光明媚なる處や、名所旧蹟が沢山ありますが、外客を惹付けるには寧ろ人工的設備、或は人為的方法が興つて力あることと思ひます。即美術博物館の完備せる、公園の大規模なる、市内交通機関の便利なる、市街の美観を保つが為に用意周到なる、皆之であります。暇令ば、公設建造物、廣場、凱旋門、スタチュー、橋梁等一として美術的ならざるはなく、電柱などは一本もなく、電車も高架式は許されて居ません。ホテルの設備は完全にして、而も比較的低廉である。劇場には国立竝に準国立とも称すべきものも四ヶ所を始め、多数あり、名優少なからず、他の諸国に於いては夏時は大劇場は休業する例なるに、巴里は無休で、料理や葡萄酒は廉価にして、而も美味である。尚巴里人はコスモポリタンで、外国人を外国人扱ひせず、吾々の如き異人種でも、白人同様に扱ふ等、其他外国人の為に特に利便を計っていることは、列挙すれば沢山あることと思ひます。之等のことは必ずしも吾国に於いて総て模倣すべきでもないが、又中には大に学ぶべきことがあると思ひます」。

ほとんど手放しの称賛ぶりですが、これが100年前の日本人の正直な実感だったと思われます。

④ヨーロッパでは新聞広告による外客誘致が広く行われていたこと

「(ヨーロッパ各地で発行される英国のデーリーメール新聞は)英米人の大陸旅行者に中々よく読まるるのでありますが、此新聞社は倫敦竝に巴里の中心に、立派なる案内所を持っておりまして、欧州のみならず世界各国の鉄道、汽船、ツーリスト・ビューロー、ホテル等は固より、静養地、遊覧地、シーズン、遊覧設備、自動車旅行、飛行、学校、貸家、貸別荘等に関する報告を與ふること」。

この視察を通して生野が得た最大の収穫は、外客誘致のために宣伝媒体(メディア)がいかに効果的であるかを知ったことでした。今日の日本では当たり前になっている海外に対する訪日プロモーションは、100年前に学んだものだったのです。

生野は帰国後、「ツーリスト」誌において繰り返し外客誘致のための広報機関の運営や宣伝方法、案内所の設立、ツーリスト業者の組織のあり方などを提言しています。それらの報告は、この時期ニッポンのインバウンドが、西欧をモデルに一から形成されていった過程が生々しく伝わってくる内容となっています。

※生野圑六の海外レポートについては、中村の個人blog「100年前、日本は欧州から外客誘致のイロハをこうして学んだ」、「大正期にスイスから学んだ観光宣伝のさまざまな手法」を参照。

外客誘致の目的はいまも昔も変わらない

100年前の日本は、日露戦争に勝利し、世界デビューを果たしたばかりでした。しかし、国民経済は西欧諸国に比べるとまだ貧しく、彼らから学ぶべきことが山のようにありました。

そもそも当時の外客誘致の目的は何だったのでしょうか。

ツーリスト創刊号(1913年6月刊)の巻頭には、「ジャパン、ツーリスト、ビューロー設立趣旨」なる以下の文章(一部抜粋)が寄せられています。

「日本郵船会社、南満州鉄道会社、東洋汽船会社、帝国ホテル及我鉄道院の有志聯合の上『ツーリスト、ビューロー』を設立せんことを期し、諸君の御会合を請ひたるに、斯く多数其趣旨を賛成して、御参集を辱ふしたるは、我々発起人一同の感謝とするところである。抑も漫遊外客は、我日本の現状に照らし、各種の方面より大いにこれを勧誘奨励すべきは、今更贅言を要せない次第である、外債の金利支払及出入貿易の近況に対し、正貨出入の均衡を得せしめんが為め、外人の内地消費を多からしむるに努め、又内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め、国家経済上の見地より、外国漫遊旅客の発達を促すは、刻下焦眉の急たること申す迄もなく、更に一方により考ふれば、東西交通の利便開け、東西両洋の接触日に頻繁を加ふるの際、我国情を洽く海外に紹介し、遠来の外客を好遇して国交の円満を期すべきは、国民外交上忽にすべからざる要点である」。

ここでは、当時の外客誘致を提唱する基本的な考え方として、以下の3つの目的を挙げています。

①「外人の内地消費」
②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」
③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」

①「外人の内地消費」とは、文字通り「訪日外国人の消費による経済効果」のことです。まだ貧しかった当時の日本にとって、国際客船に乗って訪日する富裕な欧米客の消費力に対する期待は今日以上に高かったことでしょう。

興味深いのは、②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」です。これは、そもそも外客誘致の目的は、日本滞在中多くの外客に国内産品を消費してもらうためだけではなく、その良さを広く知ってもらうことにあるという輸出立国的な認識です。インバウンド促進の目的をツーリズム産業内の市場拡大や地域振興とみなすだけでなく、それを輸出産業につなげてこそ意味があるという論点は、すでに戦前期からあったことがわかります。むしろ、「訪日外国人の旺盛な消費への期待」ばかりが語られがちな今日よりも、当時のほうが物事の本質が明確に意識されていたようにも思います。

③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」は、外客誘致の目的は国際親善にあるという認識です。

「ツーリスト」誌上では、その後、外客誘致に対する「経済効果」論争が繰り広げられます。外客による消費を重視する立場と、国際親善こそ重要で経済効果は二義的なものだという主張に分かれるのです。後者の主張が生まれた背景には、1914年に始まった第一次世界大戦で戦場となったヨーロッパ諸国からの訪日旅行者が減ったことや、その後の長い日中対立がありました。

たとえば、ツーリスト10号(1914年12月)では、「(第一次世界大戦で)欧州方面に失ひたるものを米国方面に補ひ」(「時局と外客誘致策」)というようなヨーロッパに代わる外客誘致先としての米国への取り込みを促す論考。またツーリスト26号(1917年7月)では、「日支两国民間に繙れる空気を一新し、彼の眠れる友情を覚醒し以て日支親善の楔子(くさび)たらん事を期す」(「日支親善の楔子(支那人誘致の新計畫)」と、悪化する当時の日中関係を中国人の訪日誘致によって相互理解を深め、改善しようと提言しています。国際情勢がいかに外客誘致に影響していたかがわかる話ですが、今日においてもそれが同様であることは、ここ数年の近隣諸国との関係悪化で私たちもあらためて理解したばかりです。

こうしてみると、戦前期の外客誘致の目的や課題は、今日となんら変わらないものであることがわかります。現在の日本政府観光局や観光庁が主導する官民挙げたインバウンドの取り組みは、すでに100年前に企画され、実施されてきた事業だったのです。
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1935(昭和10)年に開業した雲仙観光ホテル

その後、昭和に入り、ニッポンのインバウンドは進展を見せます。国策として全国各地に外客のためのホテル建設が積極的に進められました。日本の名立たるクラシックホテルの多くはこの時期建てられたものです

しかし、時局は戦時体制に向かい、結局のところ、外客誘致どころではなく、敗戦を迎えます。それでも、戦後の混乱期を抜けると、再び外客誘致が始まります。その契機となったのが、1964年の東京オリンピックでした。

そして、いま私たちは2020年開催予定の東京オリンピックをひとつの目標として見据え、インバウンド促進を進めています。こうして歴史を振り返ると、日本はすでに外客誘致に関してそれなりの経験を積み重ねてきたことを知ると同時に、いいことも悪いことも含め、これから先も似通った経験をしていくことになるのだろう、という気がします。

それだけに、過去の歴史には、今日から見ても学べる多くの知見があります。今後は、ツーリスト創刊号で提唱された外客誘致の目的のうち、②や③の視点がより重要になってくると思います。すなはち、外客の消費を期待するだけでなく、それを日本のものづくりと直結させていく動きを促進させる必要。さらに、近隣諸国との関係も含め、訪日旅行プロモーションをいかに国際親善につなげていくかという点でしょう。

大正期に一から始まった日本の外客誘致の取り組みを知り、先人の思いや心意気を思うと、その尽力を断絶することなく、きちんと受け継いでいく必要がある。そんな殊勝な気持ちになったものです。

※やまとごころ.jp 28回 100年前の外客誘致はどうだった? 戦前期からいまに至るインバウンドの歴史の話

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by sanyo-kansatu | 2014-03-29 12:33 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 03月 28日

第1回「ジャパン・ショッピング・フェスティバル(JSF)」報告会にて

2013年12月1日~2014年2月28日にかけて、東京、大阪、福岡の約200を超える小売施設が参加した「ジャパン・ショッピング・フェスティバル(JSF)」が開催されました。主催は、一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 Japan Shopping Tourism Organization(略称JSTO)と観光庁。JSTOはショッピングを通して日本の魅力を海外にPRするため、2013年9月に設立された組織です。今回は、2013-14年冬に実施された第1回JSFの報告会で語られた関係者の取り組みを紹介します。

日時 3月12日(水)15:00~17:00
会場 JAビル(大手町)
主催 一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)

●プログラム1:2013-14冬 ジャパン・ショッピング・フェスティバル(JSF)報告
新津研一JSTO専務理事(株式会社USPジャパン代表取締役社長)

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第1回JSFでは、海外PRのための公式サイト「GoJSF-Japan Shopping Festival」を昨年10月25日開設しました。今回JSFに参加したのは、東京、大阪、福岡の230施設。ショッピングセンターや量販店、専門店、百貨店、ディスカウントストア、アウトレットモールなど、業態はさまざまです。同サイトは4言語(英語、中国語(繁体字、簡体字)、韓国語)対応で、参加店舗の情報がインデックスされ、各店から限定品情報やイベント情報、セール情報が発信されました。
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GoJSF-Japan Shopping Festival
http://www.gojsf.com/

さらに、公式Facebook や協力企業を通じた海外PRも展開しました。Facebookの国別「いいね!」数では、7万人のアクセスの半数以上をタイが占めるという興味深い結果も出ました。とはいえ、ようやく海外PRのためのプラットフォームができたというのが実情で、JSFが海外で十分認知されたという状況には至っていません。

国内では、各地の参加施設が告知ポスターやフライヤーを使ってPRしました。ただし、日本旅行やデジタルカメラが当たる抽選キャンペーン「ジャパンプライズ」の応募者数が予想を下回ったなど、いくつかの課題も指摘されました。

●プログラム2
各商業施設の取り組み事例


春節の販売強化策
京王百貨店 代田怜子氏


京王百貨店では、今年の春節(1月24日~2月13日)の免税売上実績は対前年の約2倍となりました。国別でみると、1位は台湾、2位が中国ですが、ここ数ヵ月、中国のシェアが伸びています。

同店では、春節期間中、外国人向けの5%割引クーポンやお買上プレゼントを告知した「ウェルカムボード」の設置は店内誘導につながり割引クーポンによる売上は対前年8.5倍と大きな効果をもたらしました。さらに「春節福袋」を企画しましたが、事前告知不足や内容の見直しが改善点として挙げられるものの、福袋を紹介するペラの配布による掲載店舗への誘導は成果を挙げました。

東京メトロ1日乗車券の販売と割引キャンペーン
ビックカメラ 田熊力也氏


ビックカメラでは、春節期間中、免税売上が全売上の2桁の比率になりました。同店では、新しい取り組みとして英語、中国語(繁体字、簡体字)、韓国語、タイ語、インドネシア語の多言語Facebookで商品情報を配信。カメラ好き社員の多い同社ならではの販促品として、社員が撮影したオリジナル写真のポストカードを外国客に渡したり、東京メトロと連携して1日乗車券を販売したうえ、乗車券を店頭で提示することで8%割引のキャンペーンを実施するなど、ユニークな販促を展開しました。
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海外店を活用した取り組み
三越伊勢丹ホールディングス 堀井大輔氏


三越伊勢丹ホールディングスでは、海外、国内、社内の3つの取り組みを実施しています。

同グループは海外5カ国、27店舗を展開していることから、現地で発行しているカード会員に対する訪日旅行時の優待サービスとしてクーポン券を発行しました。また国内では、新宿エリアでの他の商業施設と連携した共同キャンペーンを行いました。同じ志を持った異業種の方と話し合いの場を持てたことが収穫でした。
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社内の取り組みとしては、店舗での外客受入の強化策として、対応言語別のバッジを胸に付け、外国語のサポート体制を構築しました。春節前に社内WEBで外客受入のための勉強会をしたことが、現場のスタッフのモチベーションアップにつながりました。
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Tokyo Grand Shopping Week
原宿表参道欅会 中島圭一氏

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原宿表参道欅会では、春節期間中(1月23日~2月5日)、Tokyo Grand Shopping Weekを開催しました。昨年同時期にも、Tokyo Fan Weekを開催していますが、今年のイベントはよりショッピングのイメージを重視して名称を変更したものです。

表参道ヒルズ、ラフォーレ原宿、東急プラザなど、表参道原宿の施設テナントやキデイランドなどの個店約240店舗が参加し、バーゲンセールやお土産企画、レストラン・ウィークなどのコンテンツを実施しました。また期間中、1000円以上お買い求めの外国客に店頭でのスクラッチ抽選キャンペーンを企画しました。

同会では、3~4年前からインバウンドに対する取り組みを始めています。多くの商業施設を取りまとめるため、毎月2回会議を開き、現場担当者らによる意見交換を行っていることが、今回のイベントの大きな推進力となっています。

●プログラム3:2014年夏キャンペーンに向けて
新津研一JSTO専務理事(株式会社USPジャパン代表取締役社長)


今年7月1日~8月31日にかけて夏のキャンペーンを実施します。

この冬のキャンペーンの課題をふまえ、運営方法を見直し、プロモーションの魅力度アップのために、海外PRの発信スケジュールを早期提示することに努めます。我々にとっての課題として何より挙げられるのが、日本には海外向けのショッピングのポータルサイトがない、ということに尽きます。このサイトをポータルに育てていく必要があります。

さらに次回は、これまで参加していなかった北海道や中京エリアの小売店、一部のドラッグストア、専門店などの参加者を拡大していきます。

一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)
東京都港区西新橋3-6-2 西新橋企画ビルディング3階
http://www.jsto.or.jp

<取材後記>
報告会の冒頭で、新津研一JSTO専務理事は「日本の魅力はショッピングに集約されている。ショッピングこそ、日本旅行の楽しいコンテンツである。ところが、海外ではそれが十分認知されていない。JSFは、日本の魅力を海外に広くPRするために、オールジャパンで取り組んでいく取り組みだ」といいます。

昨年秋、一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)が設立するというニュースを耳にしたとき、最初に思ったのは、このプロジェクトにモデルはあるのだろうか? ということでした。

たとえば、かつてバーゲンシーズンには日本人も大挙して押しかけた香港。なぜ多くの日本人は香港に買い物に出かけたのか? 確かに、香港政府観光局のプロモーションは当時から洗練されていましたが、それ以上に雑誌メディアなどが豊富な現地情報を提供していて、お目当ての商品を最初から目がけて香港に足を運ぶ人が多かったように思います。おいしい香港料理が食べられることもお楽しみとして。

こうしてみると、海外の旅行者というのは、限りなくピンポイント情報を求めているのでは……。要するに、バーゲン情報の具体的な中身。そんな身も蓋もないことを思わないではありません。

もっとも、関係者の語るように、いまはまだこのプロジェクトはスタートラインに立ったばかり。今年の春節は、大幅回復した中国本土客によって一部の小売店や百貨店に売上増をもたらしたのは事実です。ただし、それは多くの場合、関係者らの長い試行錯誤や努力の積み重ねがあったということは、今回の事例報告でよくわかりました。

今回の報告会では、現場で外客による売上効果を手応えとして実感している小売関係者の生の声を聞けたことに意味がありました。本来ライバルである方たちが、お互いの経験や知見を惜しみなく公開する場がこうして設けられたことにこそ、JSTO設立のひとつの意義があると思いました。

※九州在住の帆足千恵さんがやまとごころ.jpでJSFの九州での様子を報告しています。
訪日旅行者1000万人時代にショッピングツーリズムの果たす役割は何か?
http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_147.html
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by sanyo-kansatu | 2014-03-28 08:52 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2014年 03月 11日

インバウンドには戦争の影響が避けられない非情な面もある(時局と外客誘致策)

「今次の欧州戦乱が我がツーリスト事業の上に、現在如何なる程度迄影響を及ぼしつつあるかは、未だ正確なる調査材料を得ざるを以て、竝に数字的方面より明言し得ざるを遺憾とするも、本年八月(其後の分は未だ材料を得ず)中の渡来外客数を昨年の同月と比較するに、実に七百八十余人の減少を見る、之を以てしても其打撃の決して僅少ならざるは明らかなる事なり」(「時局と外客誘致策」ツーリスト10号)

ツーリスト10号(1914年12月)では、1914年7月に始まった第一次世界大戦の影響で、ヨーロッパ客を中心に訪日外客が減少したことをジャパンツーリストビューロー幹事の生野圑六はこう報告しています。

「(当時の外客数は)支那人を別とし、常に其最大多数を占むるものは米人にして、英人之に次ぎ、露独仏の順位にあり」「支那人を覗き、交戦国民数は其約六割強を占む。而して是等交戦国民中大部分の渡来は少なくとも時局の終結迄は、全然期待し得ざるものと認めざる可らず。是我がツーリスト業者に取り決して僅少ならざる打撃と謂ふ可し」。

日本がようやく外客誘致に着手したわずか2年後に起きたのが、第一次世界大戦でした。先人たちは、いきなり出鼻をくじかれることになったのです。なにしろ当時の欧米外客のうち6割強が大戦の舞台となったヨーロッパ客だったからです。

いまでこそ、「ツーリスト産業は平和産業」などと深く考えることもなく言っていますが、100年前の日本人はいやおうなく戦争とインバウンドの非情な関係について現実的に考えざるを得なかったといえます。

それゆえ、「時局と外客誘致策」なる以下の提言が出てくるわけです。生野はこう書きます。

「然りと雖、年々米国より欧羅巴へ旅行する漫遊者の数は実に大なるものにして、假りに其十分の一を誘致し得たりとするも、優に我が國に渡来する外客総数に幾倍するものある可し」「これ我がツーリスト業者の乗ず可き機会にして、此際此方面に意を注ぎ、専ら是等(米国の)漫遊客を羅致するに力を致さば、欧州方面に失ひたるものを米国方面に補ひ、獨り現時の不景気を挽回し得るのみならず、将来益々多数の米客を誘致するの動機を作り、依て以て更に対米関係を円満ならしめ、外交上に、通商上に多少の効果を齎すに至らば尚一段の精巧なる可し」。

「刻下の急務は戦乱の為に失へる欧州方面のツーリストを米国方面より回収し、尚進むで所詮禍轉じて福と為すの策を講ずるにあり」。

要するに、米国客に対して、ヨーロッパに代わる旅行先として日本を売り込むべし、という提言です。なんだか火事場泥棒的という気がしないではありませんが、これが当時の「外客誘致策」の中身でした。

生野は具体的に米国向けの誘致策をこう説明しています。

「この機会を利用し、第一、我が國に対する米人の注意を喚起する事、第二、今回の戦乱は我が國に於いて生活上其他何等の変化を来さざりし事、第三、吾國の風景事物及ホテル其他の設備を広告紹介する事等に努めざる可らず」。

とはいえ、当時の日本の外客誘致の考え方が今日のそれと著しく違っていたとはいえません。今日おいても国際関係の緊張が外客誘致に大きな影響を与えることは、近年の近隣諸国との関係悪化から私たちも理解するようになったはずです。

第一次世界大戦時、日本は戦争の当事者ではなかったがゆえに、調子よくふるまうことができたにすぎず、その後の歴史は、日本が当事者となることで外客誘致どころではなくなることを物語っています。

ツーリスト誌は、その後も「時局と外客誘致策」について、そのときどきの情勢をふまえ、多くの提言をしています。それについては、今後紹介しようと思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-03-11 14:22 | 歴史から学ぶインバウンド | Comments(0)
2014年 02月 23日

大正期にスイスから学んだ観光宣伝のさまざまな手法

前回、ジャパン・ツーリスト・ビューロー幹事の生野圑六による1912年夏のヨーロッパ視察が、ニッポンのインバウンドにとって記念碑的な意味を持ったことを書きましたが、今回は彼のスイス視察の報告を紹介します。

ツーリスト2号(1913年8月)「欧州各国に於ける外客誘致に関する施設(続き)」では、当時から観光立国として知られたスイスについてこう高く評価しています。

「瑞西と云へば、三才の童子と雖もよく知って居る通り、景色が佳く、欧州の中心に位置して交通の便も善く、登山鉄道、遊覧船、其他各種の設備整ひ、『ホテル』は到る處に経営されて居るといふ有様で、人民は少なくとも二ヶ国の欧州語を語り、其質朴親切で、物価は比較的低廉で、夏時は清涼にして三丈の暑を忘るるに足り、冬期は寒冷ではありますが、近年『ウィンター、スポーツ』の設備をなして、客を呼んで居る。斯く総ての方面より視て、此国は遊覧地たるに適して居る」。

スイスには外客誘致のための以下の3つの観光宣伝の専門機関があると生野は指摘します。

①スイス政府鉄道
②ホテル協会
③デペロップメント・ソサエティ

以下、それぞれの機関の業務や活動について整理します。

①スイス政府鉄道

スイス政府鉄道には「パブリシティ・ビューロー」という独立した旅行奨励宣伝機関があり、「毎年約拾弐萬乃至五萬圓の費用を投じている」。

業務内容は、以下のとおり。

a.外国における出張代理所の監督(ベルリン、パリ、ロンドン、ニューヨークの4カ所。繁華街に人目を惹くスイスの絵画や写真、印刷物を陳列する。新聞、雑誌にスイスの旅行ニュースの配信を行う)

b.各種広告物の出版(各種スイス旅行宣伝雑誌の出版、旅行地図の製作。これらは英仏独伊語で2~3万部発行。外国出張所、汽船会社、鉄道会社、旅行関連業者などに配布)

c.外国新聞雑誌の広告(英独のでは日刊紙、グラビア雑誌など。「日刊新聞には時として瑞西に関するアーチクルを載せることもありますが、又時として小さいスイスの風景写真を載せて、其下に記事を載せることもあり、絵入雑誌には風景等の写真を頁大に挿入する」

d.海外向けスイスの気象報告

e.外国博覧会への参加

②ホテル協会

ホテル協会は、「パブリシティ・ビューロー」が発行する宣伝媒体や外国出張所に多大な寄付を行い、サポートしている。また各地にホテル組合があり、独自で機関雑誌を発行。バーゼルのホテル協会では、海外向けの宣伝活動を行う。毎年、ホテルリストを発行。各ホテルの客室数、料金、食事代、交通の利便、暖房設備などを記載した冊子10万部を発行し、海外に配布。ローザンヌのホテルスクールでは、ホテル業者の子弟に対して外国語や経理、料理、飲料、給仕、管理などを教授し、ホテル従業員を養成している。

③デペロップメント・ソサエティ


これは日本のツーリスト・ビューローのような会員組織で、会員としては全国の「州、市、銀行、交通業者、ホテル業者、商工業組合、其他雑貨、絹、時計、写真、美術品、菓子食料品等各種の商店等、殆ど其地の主なる団体個人を網羅」している。会費は「10フラン以上」で、各地の繁華街にインフォメーション・ビューロー(観光案内所)を設置し、「其處に二三の事務員が居て、旅行に関する各種の報道は勿論、其他のホテル、商店、素人下宿、商工業上のこと迄も、無料にて質問に応じ、店の窓には必ず人の目を惹くべき時々の写真印刷物等を飾り、室内には市内案内所、附近鉄道お汽船ホテルの案内記は申す迄も無く、国内各地の同業者の印刷物を無数に竝べてありまして、随意に與へるやうになっております。又場所によりて各国のダイレクトリー、新聞、雑誌、タイムテーブル等をも備へております」)

これを読む限り、当時からスイスでは外客誘致のために政府をはじめとしたツーリスト事業者たちがいかに協力して広報宣伝の推進と外客受入態勢の整備に努めていたかよくわかります。

こうしたインバウンドの最前線の姿を目撃した生野は大いに刺激を受けたことでしょう。その一方、スイスのホテル関係者の話として次のようなことも述べています。

「尚談話中にこの人は私に向て、漫遊外客を誘致するために広告其他各種の手段を採ることは必要ではあるが、来遊せる外客を満足して帰国せしむることは最大切である。(中略)ホテルは外客にとりて旅行中の吾家である。一日見聞の愉快を追想のも、旅の疲労を静に慰するのも、皆ホテル内のことである。さればホテルの待遇にして十分ならざる以上は、到底外客を満足せしむることは出来ぬ、最重大なる責任を有する者はホテルであると申しておりました。これは大に理由のあることと存じました」。

さらに、同報告の中には、スイスの周辺国との外客誘致の競争がきわめて激しいことも触れられています。ヨーロッパ各国との外客誘致競争に対抗するために、あるスイスの関係者は以下の取り組みを始めようとしていることを紹介しています。

「政府の一省中に外客奨励中央局の設立を以て焦眉の急務なりと述べ、更に其組織に言及し、最後に其事業として旅客交通に関して発布されたる法令規則の統一、新法令の発布をなし、外客交通上の保護を計ること、旅客交通が経済貿易上に及ぼす影響の研究、各種遊覧遊戯的設備の完成、遊戯的大会の開催、外国博覧会への参加、在外案内所の完成、国際的自動車旅行の研究、特に海外に於いて瑞西国内各種の機関が箇々別々の動作をなし、廣告紹介などを行ひつつあるものを統一し、更に有効なる手段を採ると同時に、冗費を除くこと等を述べております」。

ここには、今日の問題多き日本の外客誘致の現状からみても耳の痛い指摘がいくつもあります。たとえば、外客誘致のための法令(制度設計)の不備や、「海外に於いて瑞西国内各種の機関が箇々別々の動作をなし、廣告紹介などを行ひつつあるものを統一し、更に有効なる手段を採ると同時に、冗費を除くこと」などという指摘がそうです。

100年前のスイスでは、今日の日本がいまだに克服できていない(それ以前に、問題として広く認識されているかすらあやしい)数々の問題点が、すでに指摘されていたことにあらためて驚きます。その一方で、大正時代に一から外客誘致を学ぼうとした日本の先人の心意気を思うと、殊勝な気持ちになるものです。その尽力や知見を断絶することなく、きちんと受け継いでいく必要があると思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-02-23 16:56 | 歴史から学ぶインバウンド | Comments(0)
2014年 02月 23日

100年前、日本は欧州から外客誘致のイロハをこうして学んだ

1912(明治45)年、日本はジャパン・ツーリスト・ビューローを創立し、国家として外客誘致を企図するのですが、当時の日本には西欧の国々から訪れる外国人を心地よく受け入れるためのインフラが、ハード、ソフトの両面でほとんど整備されていませんでした。

そのため、ツーリスト誌においても、外客誘致のために何が必要なのかについて啓蒙するため、西洋諸国をはじめ海外の事情の紹介に努めています。とりわけ創刊号から10号くらいにかけては毎回、外客誘致のための広報機関や宣伝方法、案内所の運営、ツーリスト業者の組合組織のあり方などが提言されています。

それらの海外レポートの多くを執筆しているのは、ジャパン・ツーリスト・ビューロー幹事の生野圑六です。生野は鉄道省の役人で、のちに京浜電気鉄道社長になる人物ですが、1912年夏、ヨーロッパ諸国を視察し、各国の外客誘致の現状について報告しています。彼は日本のインバウンド黎明期に最も積極的に啓蒙活動に取り組んだ論客といえそうです。
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以下、ツーリスト創刊号(1913年6月)「欧州各国に於ける外客誘致に関する施設」という生野の報告を紹介します。これを読むと、今日日本では当たり前になっている外客誘致のための施設や諸施策の導入に向けた取り組みが100年前にようやく始まろうとしていたことがわかります。ニッポンのインバウンドはこの時期、ヨーロッパをモデルに一から形成されていったことが生々しく伝わってきます。

生田圑六がシベリア鉄道経由でヨーロッパ視察に出かけたのは、1912年6月末から9月末にかけてです。ベルリンで開催された国際旅客交通会議に出席するためでした。その目的について、彼はこう記しています。

「欧州に於ける一般鉄道の視察旁々、漫遊外客誘致待遇に関する機関、組織、方法の研究、玆に現場における実況を視察致しましたのでありますが、可也廣くと思ひまして、各国に旅行して、漫遊客の集合するところを出来る丈見物しました。七月上旬には、丁度ストックホルムにオリンピック、ゲームが開会されるので、世界各国の人々が集合して、混雑致すところを見るのには、何よりの好機会と思ひまして、其地に出掛けました」。

その年のオリンピックには日本人選手はわずか2名しか参加していなかったそうですが、オリンピック開催都市となったストックホルムについて彼はこう書いています。

「兎に角、数万人の外国人が入り込んでいるに関はらず、市内秩序整然としているのには感心しました。特にホテル、商店、其他外人が接するのは、待遇上大に注意を払っておりました。日本などではかかる場合、動もすれば目前の利益のみを事として、永遠の利害を打算せず、暴利を貪ると云ふやうなことがあるやうでありますが、之は大に注意しなければならぬことと思ひます」。

生野はそのときスウェーデンのツーリスト・ビューロー本部を訪問し、「スカンジナビア半島では、夏季には外客を誘致することに大に力めて居ることを承知」したといいます。また、コペンハーゲンのチボリパークを訪ね、そこには「各種の音楽、遊戯、カフェ、レストラン等が多数ありまして、夕刻より夜半まで、非常に賑はつて」いること、「概して欧米人は夕食後散歩するとか、音楽を聴くとか、芝居を見るとか云ふような習慣があるので、欧米の遊覧地、海水浴場、其他のリゾートには必ずさう云ふものがあり、又一方にはローンテニス、ゴルフ、其他遊戯、運動の設備」があり、「此點は今後日本でも相当に考慮を要することと思ひます」と述べています。帰国後、彼はツーリスト誌上において、外客誘致のため、日本に西洋的な遊覧地を開発するよう呼びかけますが、このときの見聞がベースになっているものと考えられます。

その後、彼はいったんベルリンに戻り、7月下旬から約1か月間をかけてウィーン、ブダペスト、インスブルック、ベニス、フィレンツェ、ローマ、ポンペイ、そこで折り返してスイスに向かってしばらく滞在し、ニース、モンテカルロ、リオン、パリ、ロンドン、そして再びベルリンに戻り、シベリア鉄道で帰途についています。これはまさに20世紀初頭のヨーロッパに誕生しつつあったモダンツーリズムの最前線をくまなく訪ね歩いたという意味で、ニッポンのインバウンドの歴史にとって記念碑的な出来事といえるでしょう。

この視察で、生野は多くのことに「驚き」「感心」しています。以下、書き出してみます。

・当時のスイスはすでに外客受入態勢が完備していたこと。

「瑞西は何度参りましても實に心地善い處であります。外客に対する遊覧設備の完備せること、案内上の用意の行届いていること、廣告印刷物等の豊富なること、山水風光明媚なると共に、隅々まで清潔なること、停車場などに長さ数間の大写真などが掲げてあること、ホテルの空室の有無を停車場内に掲示する設備などもあること」。

・フランスのエビアンからニースまでモンブラン山脈付近を横断する約700㎞の自動車専用道路が作られていたこと。

「近時欧米に於ける自動車の発達は非常なもので、従て自動車で自国内のみならず、外国に旅行に出掛ける者は甚だ多いのであります。此道路の如きもツーリストを招致するのが目的であります。鉄道会社も夏期は乗合自動車を運転して、一定の賃金を以て旅客の需に応じております。吾国に於いても将来或地方には、自動車道路を設けることなども一の問題であろうと思ひます」。

日本では戦後を待たなくてはならなかった本格的なモータリゼーションによる観光市場の促進が、ヨーロッパではすでに戦前期から始まっていたことがわかります。

・パリには観光客を惹きつけるハードのインフラが充実していたこと。

「巴里には其近郊に風光明媚なる處や、名所旧蹟が沢山ありますが、外客を惹付けるには寧ろ人工的設備、或は人為的方法が興つて力あることと思ひます。即美術博物館の完備せる、公園の大規模なる、市内交通機関の便利なる、市街の美観を保つが為に用意周到なる、皆之であります。暇令ば、公設建造物、廣場、凱旋門、スタチュー、橋梁等一として美術的ならざるはなく、電柱などは一本もなく、電車も高架式は許されて居ません。ホテルの設備は完全にして、而も比較的低廉である。劇場には国立竝に準国立とも称すべきものも四ヶ所を始め、多数あり、名優少なからず、他の諸国に於いては夏時は大劇場は休業する例なるに、巴里は無休で、料理や葡萄酒は廉価にして、而も美味である。尚巴里人はコスモポリタンで、外国人を外国人扱ひせず、吾々の如き異人種でも、白人同様に扱ふ等、其他外国人の為に特に利便を計っていることは、列挙すれば沢山あることと思ひます。之等のことは必ずしも吾国に於いて総て模倣すべきでもないが、又中には大に学ぶべきことがあると思ひます」。

ほとんど手放しの称賛ぶりですが、これが100年前の日本人の正直な実感だったと思われます。

・ヨーロッパでは新聞広告による外客誘致が広く行われていたこと。

「(ヨーロッパ各地で発行される英国のデーリーメール新聞は)英米人の大陸旅行者に中々よく読まるるのでありますが、此新聞社は倫敦竝に巴里の中心に、立派なる案内所を持っておりまして、欧州のみならず世界各国の鉄道、汽船、ツーリスト・ビューロー、ホテル等は固より、静養地、遊覧地、シーズン、遊覧設備、自動車旅行、飛行、学校、貸家、貸別荘等に関する報告を與ふること」。

外客誘致のために、宣伝媒体(メディア)がいかに効果的であるかを生野は知ったのでした。

生野はこうして外客誘致のためのハード面、ソフト面でのインフラ整備やメディア活用のイロハを学んで帰国するのですが、一点のみ、イタリアでの「不快な」体験を反面教師的にこう指摘しています。

「伊太利では一方に流石美術国のこととて、絵画と云はず、彫刻と云はず、建築と云はず、其立派にして豊富なることに驚きましたが、一方には軽微なること乍ら、随分不快なる念を與へられたことがありました。夫は下級鉄道員の吾々に対する態度、行為、或は寺院其他にて付き纏ふ案内者のうるさきこと、馬車の御者の不正直なること等でありましたが、夫に付けて思ひ浮んだのは、我日本の現在漫遊外人に対する関係であります。直接外人に接するものの中には、随分不正直、不親切なるものがあるやう耳にします。是等は日本に於いてツーリストが風景其他より折角得た美威を傷けることがありはせぬか、是に対して吾がツーリスト、ビューローとしても大に注意して、相当の方法を講じなければなりませぬ」。

当時日本ではこういうことが多々あったろうと思います。なにしろ、ときは激動の明治がようやく終わったばかりで、訪日外客数は年間わずか2万人。日露戦争になんとか勝利したものの、まだまだ日本は貧しく、生野の啓蒙する中身が実現できるまでには、相当な時間が必要と考えられていたはずです。

さらにいうと、彼が訪れたわずか2年後、あれほど先進的で華やかに見えたヨーロッパが第一次大戦の戦火に包まれたという事実は、国際観光の歴史を考えるうえで無視できないことです。生野は、のちに「時局と外客誘致策」その他の論説で、当時の国際情勢とインバウンドの関係についてさまざまな提言をしていますが、それはあとで紹介します。

※「歴史から学ぶインバウンド」参照。http://inbound.exblog.jp/i38

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by sanyo-kansatu | 2014-02-23 16:36 | 歴史から学ぶインバウンド | Comments(0)
2013年 12月 26日

26回 祝!訪日外客1000万人達成。その理由と来年の展望は?

12月20日、成田空港で訪日外国人旅行者1000万人の達成を記念するセレモニーがありました。太田昭宏国土交通省大臣は「東日本大震災もあり、政府目標だった2010年から3年遅れたが、東京オリンピックの開催される2020年には、さらなる高みの2000万人を目指したい」とコメント。インバウンド関係者のこれまでの努力が報われる日が来たことを心から喜びたいと思います。
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1000万人目となったのは、タイから来たパッタラプラーシットご夫妻。「今年来日するのは3回目。ニューヨークに留学した娘と日本で合流し、北海道でスキーをする予定です」とのこと。タイ人観光客の存在感が目立ったこの1年でした。
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今年は、富士山のユネスコ文化遺産登録やオリンピック開催決定、また今月に入り「和食」の無形文化遺産登録も決まり、訪日外客数の統計も毎月のように過去最高を更新。関係者を大いに勇気づけました。.

ポスト訪日外客1000万人時代を迎えたいま、2013年の総括とともに、今後の課題や展望について整理してみたいと思います。

1000万人達成、観光庁の公式見解は

まず今年の総括です。11月27日~29日、横浜みなとみらいのパシフィコ横浜で開かれた「Visit Japan Travel Mart 2013」の報告から始めましょう。トラベルマートは、海外の旅行会社やメディアを招聘して行う観光庁主催のB2B商談会です。

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トラベルマート2013開会式

主催者発表によると、今回海外から304社(21カ国・地域)の日本旅行を企画販売している「バイヤー」が来日。彼らに日本を売り込む国内の観光業者や自治体などの312社・団体が出展したそうです。

トラベルマートでは、毎回恒例の外国人記者を集めた会見があります。この日の報告は、観光庁参事官による「日本のインバウンドツーリズム促進のための対応措置」というものでした。

そこでは、今年訪日客が過去最高となった理由として以下の4つの点を挙げています。

①アセアン諸国を対象としたビザ緩和
②円高是正
③オープンスカイにともなう国際線フライトの増加
④日本の景気回復(Japan is back!)
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オープンスカイ協定によって羽田や成田の航空供給量が大幅に増加した

このうち①②はすでに指摘されているとおりですが、③については、特に台湾、香港、そして東南アジア諸国からの新規フライトが大幅に増えたことが大きかったといえます。島国である日本では航空供給量が拡大しなければ訪日客を増やすことはできないからです。それを後押ししたのが、台湾など近隣諸国と結んだオープンスカイ協定でした。

④については、その評価をめぐって議論はありますが、結局のところ、①②③の相乗効果によって、これまで敷居の高いと見られていた日本が行きやすい国になったというイメージがアジア各国に広く伝わったことが大きかったと思います。そのイメージを実感させる円安やビザ緩和が効果的に結びついたといえそうです。
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実は、「Visit Japan Travel Mart」は今年で最後の単独開催でした。来年からは、元海外旅行博の「JATA旅博」と国内旅行博にあたる「旅フェア日本」が統合され、「ツーリズムEXPOジャパン」(2014年9月25日~28日/東京ビッグサイト)となり、これにB2B商談会の「Visit Japan Travel Mart」も同時開催として加わることになるそうです。

ツーリズムEXPOジャパン
http://www.t-expo.jp

開会式の質疑応答で、観光庁長官はこれら3つの旅行イベントをひとつに統合する理由について「世界を代表する旅行博覧会であるITBベルリンやWTMロンドンに負けないよう、アウト/イン/ドメスティックの日本の旅行市場のさらなる発信力アップを図りたい」とコメントしています。

※トラベルマートについての詳細は、中村の個人blog「「普遍的な日本の魅力」って何だろう?(トラベルマート2013報告 その1)」、「実際、商談はどれほど進んでいるのか?(トラベルマート2013報告 その2)」を参照。

流れが大きく変わったアジアインバウンド市場

トラベルマート会期中の11月28日の夜、一般社団法人ASIO(アジアインバウンド観光振興会)の総会がありました。AISOはアジアからの訪日客の手配を担当するランドオペレーターを中心にしたインバウンド業者が加盟する団体です。

一般社団法人ASIO(アジアインバウンド観光振興会)
http://www.shadanaiso.net/

官の公式見解に対して、民間事業者は今年をどう振り返っているのでしょうか。AISO理事長である日本ワールドエンタープライズ株式会社の王一仁社長は最初にこう挨拶しました。

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王一仁AISO理事長

「AISO創立から今年で7年目。震災から2年たち、今年はアジアインバウンドの流れが大きく変わった年といえるでしょう。円安効果も大きいですが、東京オリンピック開催決定や富士山の世界文化遺産登録など、さまざまな追い風が吹いています。

AISOの加盟団体は現在約160社。半分はランドオペレーターで、残りはホテルやテーマパーク、レストラン、運輸業者などの方々です。お互い協力して日本のインバウンドを盛り上げていきましょう」。

次に株式会社ジェイテックの石井一夫常務理事による今年のアジアインバウンド市場に関する報告がありました。

「今年のアジアインバウンドに弾みをつけたのは、やはり7月のアセアン諸国に対するビザ緩和の影響が大きかったといえます。なかでも大きな伸びを見せたのは、台湾やタイといった親日国だったように思います。

それでも、現状でいえば、訪日外客の6割を占めるのは、韓国、台湾、中国本土です。韓国はいったん回復してきたかに見えましたが、秋口から伸び悩んでいます。一方、中国市場は概ね回復基調にあると思います。

今後は、アジアの個人客向けの商品、特に来日してから各自が参加する『着地型』のツアー商品の開発などに力を入れていくべきでしょう。ここにいらっしゃる関係者の皆様には、ぜひ我々ランドオペレーターに新しいコンテンツをご提案いただきたいと思います。それを海外の旅行会社につなげていくのが我々の仕事ですから」。

報告を聞きながら、今年は「アジアインバウンドの流れが変わった」ことをあらためて実感しました。何より一時期、中国本土に過度に集中していた訪日旅行市場の取り組みが世界各地に分散化してきたことは基本的にいい流れだと思います。逆にいま、その反動で中国離れが進んでいることは、ムードに流されやすい日本人の問題だと思いますけれど、いずれバランスを取り戻す動きも出てくるでしょう。

今年は台湾や香港、タイなどアセアンの国々のように、日本の文化的、経済的影響力の強い地域からの訪日客増加が顕著であった一方、中国や韓国という「近くて遠い」大市場は政治的な理由で萎縮してしまいました。その意味でも、日本の影響力が強くない国々の訪日旅行市場をいかに活性化すべきか、という課題が印象付けられた年でもあったと思います。さらに、インドやロシアといった未知の市場に対してどう取り組むか。来年に向けて新しいチャレンジが必要ではないかと思った次第です。AISOの関係者は、すでにこうした新規市場に対する開拓を始めており、心強い限りです。

※AISO総会でのアジア各国の市場動向については、中村の個人blog「流れが大きく変わった今年のアジアインバウンド市場(トラベルマート2013報告 その3)」を参照。

VJC10年の総括と課題

2003年に始まったビジットジャパンキャンペーン(VJC)は、昨年10年目を迎えています。平成25年版「観光白書」では、この10年間を総括し、いくつかの課題を挙げています。

平成25年版「観光白書」http://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000183.html

「第3節 過去10年の国際観光振興政策の総括と課題」からその一部を抜粋して検討してみましょう。

「平成15年のVJの開始前後で訪日外国人旅行者数の推移を比較すると、近年は外的要因の影響を受けて増減の振幅が大きいものの、VJ開始後は、開始前と比べて目に見えて大幅な増加傾向を示している」「この10年の間に、国内の観光関係者の間のみならず、各地域でインバウンドへの取組の必要性についての意識が広まり、インバウンドが今後の日本の成長産業の一つであるという認識が国内で相当程度広がっている」とVJCの果たした役割を評価しています。

実際、10年前と比べると、インバウンド振興に対する認識が国内で広く共有されてきたことを実感します。北京オリンピックの開催された2008年がひとつのメルクマールとなり、中国をはじめアジア地域が訪日旅行の発地国として広く認知されたことが大きかったと思います。その一方で、「我が国は、“観光後進国”からようやく“観光新興国”になったに過ぎないのが現状である」とも白書は述べています。これはどういう意味でしょうか。その理由についてこう指摘します。

「外国人旅行者受入数について見ると、過去最高である861万人を記録した平成22年においても、日本は世界で30位、アジアで8位に過ぎない。また、同じく平成22年の国際観光収入を比較しても、日本は世界で19位、アジアで8位と低位に甘んじている」。

これはマスコミも好んで触れる外客数の国際比較の現状です。日本の総合的な経済力からみて、訪日外客数が近隣アジア諸国と比べても少ないことから、あえて「観光新興国」といった表現を採用したのかもしれません。

こうした「総括」をふまえ、白書は5つの「課題」を挙げています。

①訪日ブランドの構築
②外的要因の影響を受けにくい訪日外客構造の構築と戦略的なプロモーションの展開
③MICE分野の国際競争力の強化
④訪日外国人旅行者の受入環境の整備
⑤オールジャパン体制の更なる強化

ここで指摘された「課題」は、プロモーションに関するものと、受入環境の整備に関するものに大きく分けられます。

まずプロモーションに関する課題を簡単に見ていきましょう。①(訪日ブランドの構築)では「それぞれの関係者がばらばらに情報を発信することが多かったため、日本全体としてのイメージの訴求ができていなかった」「そのようなブランド確立がなされないまま、目先のプロモーションだけに力を注いでいる例が少なからず見られる」と指摘しています。

これは、本コラムで何回か紹介した海外のトラベルマートの現状からも感じられることです。各自治体・企業がそれぞれ自己の魅力をアピールするのは当然としても、「日本全体としてのイメージの訴求ができていなかった」としたら、世界の競合国の中から日本を選んではもらえない。国としての戦略があいまいだったという反省です。また、日本国内では有名でも、海外から見てブランドとしての認知のないまま「目先のプロモーション」に懸命になっても、集客につなげるのは難しいという現実があります。

②(外的要因の影響を受けにくい訪日外客構造の構築と戦略的なプロモーションの展開)では、前述の石井一夫AISO常務理事も指摘したように、今年いくらアセアン各国からの訪日客が増えたといっても、「東アジア4か国(韓国、中国、台湾、香港)で約65%」を占めるという訪日旅行市場の偏りは変わらないことを指摘しています。近年、一部の近隣諸国との政治的不和による訪日客の落ち込みから、「特定の市場に依存した訪日外客構造の脆弱性を身を以て学んだ」と白書は述べています。これまで多くの日本人は、国際理解や親善につながるはずの観光がこれほど政治の影響を受けるとは考えていなかったと思いますが、それが現実のものとなった今日、より高い戦略性が求められています。
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日本の訪日旅行市場は中韓台に偏重している

そうした「脆弱性」を克服する手立てとして挙げられるのが、市場の分散化に加え、政治的な影響を受けにくいFIT客への対応といえます。.

「近年、世界的に個人旅行が主流になりつつあり、多様な個人のニーズを的確に把握することが不可欠となりつつある。我が国の主要な市場である韓国、台湾、香港はもちろん、今後は、中国やタイも個人旅行が主流になることが見込まれる中、きめ細かなマーケティングがより一層欠かせなくなる。

プロモーションについても、そうした傾向を受け、これまで以上にきめ細かさが必要となってくる。市場類型や国・地域ごとに訴求対象を明確化した上で、より効果的な媒体を的確に活用しながら、個人旅行者に向けてはSNSを活用するなど、常に新しい手法を取り入れ、工夫していく必要がある」。

さらに、③(MICE分野の国際競争力の強化)や⑤(オールジャパン体制の更なる強化)が必要なことは言うまでもありませんが、東京オリンピック開催が決まったことで、④(訪日外国人旅行者の受入環境の整備)も喫緊の課題となっています。

JNTO(日本政府観光局)が実施した「訪日外国人個人旅行者が日本旅行中に感じた不便・不満調査」(平成21年)の結果は以下の図表のとおりです。
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訪日外国人旅行者が旅行中に感じた不便・不満(出典:平成25年版「観光白書」)

ここでは指摘されていませんが、昨今外客から不満の声として筆頭に挙げられるのが、Wi-Fi(無線LAN)整備の遅れです。今年ぼくは東南アジアを何度か訪ねましたが、海外に比べて日本の普及の遅れはウィークポイントであることを、身をもって感じました。それはこれまで訪日外客数が他国に比べ相対的に少なかったことに起因していると考えられます。そういう意味では、訪日客の増加は、日本の通信インフラの整備と進化を後押ししてくれると前向きに考えるべきだと思います。

期待したい民間の新しい取り組み

こうした「課題」をふまえ、国土交通省は「観光立国」に向けたアクション・プログラムに取り組んでいます。

「観光立国実現に向けたアクション・プログラム」の取組状況について(2013年9月20日)
http://www.mlit.go.jp/common/001015986.pdf

東南アジア諸国における集中プロモーションや、欧州、ブラジル、トルコなどへの日本の認知度向上に向けた取り組みを行う「戦略的訪日拡大プラン」、大型クルーズ客船や空港における「出入国手続きの迅速化・円滑化」に加え、なかでも来年10月から実施される予定の「外国人旅行者向け消費税免税制度の見直し」が注目されています。

外国人旅行者向け消費税免税制度の見直し
http://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_000197.html

受入環境の整備は官の役割だとしても、実際にはインバウンドの推進役は民間です。

全国各地で日本のインバウンド市場を活性化する動きが起きています。

最初に挙げたいのが、FIT(個人旅行者)向けの旅行商品です。

たとえば、先日「やまとごころインタビュー」で紹介したクラブツーリズムの国内バスツアーは注目です。

いま海外のFIT客は航空券とホテルの予約はネットで入れるのが常識です。とはいえ、相当日本通のリピーターでもない限り、言葉がわからない外国人が日本でどれほど豊かな体験ができるでしょう? 多様化した外客のニーズに応えるFIT向け旅行商品やサービスが求められています。

もともと国内客向けに造成されたクラブツーリズムのバスツアーは、海外、とりわけアジアFIT客のニーズに直結したようです。いまや日本の国内客とアジアのFIT客が一緒にバスツアーに出かける時代になっています。

※FIT向けは、やまとごころインタビュー「アジアのFIT客が国内バスツアーに乗る時代になった」を参照。

外国人旅行者が集まる草の根スポットも各地に生まれています。面白いのは、必ずしも外客を意識していたわけでなかったのに、ピタリと彼らのツボにはまってしまうケースがあります。それが新宿歌舞伎町のロボットレストランでした。この少々ぶっ飛んだショーレストランは、結果的に、日本にまだ少ない外客向けナイトエンターテインメントのニーズを満たすことになったようです。

その一方で、これまでなかったタイプの宿泊施設をオープンさせる動きもあります。バックパッカー向けホステルの「カオサン東京」です。オーナーは豊富な海外旅行の経験をもとに、海外からの若いバジェット旅行者のニーズをくみ取り、低コストのサービスを提供しています。それが国際水準のもてなしといえるのは、外国人向け英字フリーペーパーでの高い評価からもうかがえます。

Khaosan World Asakusa Ryokan & Hostel
http://www.timeout.jp/en/tokyo/venue/23091/Khaosan-World-Asakusa-Ryokan-Hostel

※草の根スポットとしては、やまとごころインタビュー「歌舞伎町のロボットレストランになぜ外国客があふれているのか」、「ライバルはバンコクやクアラルンプール 世界水準のバックパッカー宿目指し」を参照。

さらに、新しい動きとして注目されるのが、富裕層旅行というこれまで認識されていなかったセグメントへの取り組みです。今年3月、京都で日本で初の富裕層旅行に特化した商談会「ILTM Japan」が開催され、この市場に対する関心が高まっています。

富裕層旅行は、実際には極めてクローズドで小さな市場なのですが、海外のVIPを日本のシンパにすることは、訪日旅行のスタイルに新しいインパクトを与える可能性があります。彼らが発見した日本の魅力が、世界の旅行トレンドに与える影響は大きいからです。海外の富裕層旅行者は、いわば広告塔となりうる存在なのです。ただし、我々はまだその誘致や受入ノウハウを十分に身に付けているとはいえません。このジャンルでも、新しいチャレンジが必要でしょう。

今後、訪日客が増えていくことで、このマーケットが持つ面白さや可能性がもっと理解されていくに違いありません。外国人観光客といっても、国籍や階層、年代によって求めるものは全く違いますから、個別のニーズごとにそれぞれを得意とする事業者の参入を呼び、多様なサービスを生み出すことになれば、市場は活気づくことでしょう。ポスト訪日外客1000万時代における日本ならではの新しいアイデア商品や旅行サービスが生まれていくことを期待したいと思います。

※ILTM Japanについては、やまとごころイベントレポート「ジャパン・ラグジュアリー・トラベル・フォーラム 2013 セミナー~今、富裕層旅行市場を捉えるためには~」 、中村の個人blog「京都で日本初のラグジュアリー・トラベル商談会「ILTM JAPAN2013」開催」を参照。

※やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/column/2013/column_146.html
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by sanyo-kansatu | 2013-12-26 12:34 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2013年 12月 20日

今日、訪日外国人旅行者1000万人を達成しました

2013年12月20日、訪日外国人旅行者が史上初の1000万人を達成したようです。
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その日の夕刻5時半、成田空港第一ターミナルの出発ロビーで記念セレモニーがあったので、見物に行ってきました。ニッポンのインバウンドに関心を持つ人間のひとりとして、その場でどんなことが起こるのか見てみたかったのです。

概要はこちらで(トラベルビジョン12月22日)
http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=60020

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セレモニーは、それほど特別なこともなく、30分ほどで終了。まず太田昭宏国土交通省大臣による達成宣言ののち、くす玉割りが行われました。そして、1000万人目の訪日客というタイ人のパッタラプラーシットご夫妻が登場し、観光庁長官らから記念品の贈呈がありました。
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今年7月、観光ビザが免除され、訪日客数の伸び率が最も高かったタイ人がこの場に登場するであろうことは、関係者も予想していたことでしたが、ご主人のパッタラプラーシットさんのスピーチがちょっと面白かったです。なんでも今年の来日はすでに3回目で、ニューヨークに留学しているお嬢さんと東京で落ち合い、親子3人で明日から北海道にスキーに行くそうです。アジアの富裕層の日本の旅というのは、こんな感じなのでしょうか。団体ツアーで百貨店や量販店に押しかけ、買い物している層とは明らかに違います。
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12月11日に行われた観光庁の記者会見で、1000万人の達成は可能の見込みという話は聞いていましたが、(1000万人達成の)Xデイはいつなのか。関係者らは気にしていたようです。1~11月までの累計が約950万人だったことから、もっと早いんじゃないか、と思う人が多かったようです。

当初は19日がその日だという情報がぼくにも届き、成田に駆けつける準備をしていたのですが、結局1日延期。セレモニーの会場が成田空港のどこなのかというのも、前日の夜になってようやく伝えられました。
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セレモニーのあと、大臣を囲んで、いわゆる「ぶら下がり」記者会見がわずかな時間ですが、ありました。そこではとりたてて新しい話はなかったのですが、少しだけ印象に残ったことがありました。まず、大臣は日本のインバウンドの弱点としてのWi-Fi整備の遅れを口にしていたこと(よくご存知ですね、といったら失礼でしょうか。でも、こういうインフラ整備はぜひ早急に進めてもらいたいです)。

また、これは冒頭のスピーチでの話ですが、「東京オリンピック開催の2020年に2000万人達成というさらなる高みを目指したい」という政府目標のお約束コメントのあとに、小さな声で「そうできたらいいなあと思う」といった控えめかつ素直な言葉をぽろっとこぼしていたことです。2000万人という数字が、そんなにたやすいものではないことを、大臣はご存知のようです。

何はともあれ、1000万人達成はひとつの弾みになることは間違いないでしょう。さて、来年はどうなることやら……。実際のところ、2000万人達成のためには、中国と韓国という近隣の巨大市場からの訪日客を換算に入れないことには、とてもじゃないけれど難しいことは、関係者はみんな知っているわけですけれど、こればかりは相手あってのこと。
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そういえば、成田空港のエレベーターに、“観光立国ナビゲーター”の肩書きをもつ嵐の「Thanks for visiting Japan!」のポスターが貼られていました。ネットなどで記事を見ていたのですが、意外に小さくて地味な感じでした。
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by sanyo-kansatu | 2013-12-20 23:50 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 12月 20日

ジャパン・ラグジュアリー・トラベル・フォーラム 2013 セミナー報告

11月22日、青山学院大学IVY HALL「バンケットルーム・サフラン」で観光庁主催の「ジャパン・ラグジュアリー・トラベル・フォーラム 2013 セミナー~今、富裕層旅行市場を捉えるためには~」がありました。やまとごころの取材で、セミナーに出席し、関係者の話を聞くことができたので、報告します。

やまとごころ http://www.yamatogokoro.jp/event_report/index12.html

今年3月、日本初の富裕層旅行に特化した商談会「ジャパン・ラグジュアリー・トラベルマーケット(ILTM Japan)」が京都で開催されました。会場のザ・ソウドウ東山では、日本の富裕層旅行マーケットの開拓を目指し、国内外のバイヤーと出展者が商談を繰り広げました。次期開催は、2014年3月17日~19日に決定しています。では、富裕層旅行とはどのようなものなのか。今回は、国内外の有識者による富裕層旅行セミナーを報告します。

※京都で日本初のラグジュアリー・トラベル商談会「ILTM JAPAN2013」開催
http://inbound.exblog.jp/21590385/

目次
セミナー報告
講演「富裕層旅行市場の現状と今後の動向」
講師:Alison Gilmore(Reed Travel Exhibitions社)
「アジアにおける富裕層旅行市場の中の日本」
講師:Stephen Junca(Seactet Retreat社)
パネルディスカッション「日本の地域性から見る富裕層旅行市場への取組み」
パネリスト:Alison Gilmore(Reed Travel Exhibitions社)
       Stephen Junca(Seactet Retreat社)
       遠藤 由理子(JTBグローバルマーケティング&トラベル ブティックJTB事業室長)
      Jens Moesker(シャングリ・ラ ホテル東京総支配人)
モデレーター:福永 浩貴(株式会社アール・プロジェクト・インコーポレイテッド)
Alison Gilmore 氏インタビュー
ILTM Japan 2014概要
<編集後記>


セミナー報告
「富裕層旅行市場の現状と今後の動向」 (Alison Gilmore/Reed Travel Exhibitions社)他
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今日の世界の富裕層が好むのは、必ずしもプライベートジェットやクルーズ客船、ファイブスターホテルのスタイリッシュな客室などにイメージされる豪華な旅というわけではありません。では、「ラグジュアリー旅行」の定義とは何でしょうか。

「ラグジュアリー旅行」には、クラシックモデルとニューモデルの2つのタイプがあります。以下、それぞれのキーワードを書き出してみます。

●クラシックモデル
High level of comfort(ハイレベルの快適性)
Status symbol(ステイタスシンボル)
The best service(ベストなサービス)
Privacy Guaranteed(プライバシーの確保)
Exclusive location(独占的なロケーション)

これは従来型の「ラグジュアリー旅行」のイメージです。一方、今日主流となっているのは以下のようなものです。

●ニューモデル
Experiential travel(体験旅行)
Authentic experiences(“本物”の体験)
Ecotourism(エコツーリズム)
Voluntourism(ボランティア旅行)
Sustainability(持続可能性)
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両者を比較すると、以下のようなキーワードで対比できます。

クラシック   vs ニューモデル
Product(製品)   Experience(体験)
Place(場所) Everyplace(どこでも)
Price(価格)     Exchange(交換)
Promotion(プロモーション)Evangelism(福音主義)

今日の富裕層が求めているのは、“本物”の体験です。インドやブラジル、中国といった新興国ではまだクラシックモデルが一般的かもしれませんが、日本をはじめとした先進国ではニューモデルの旅が求められています。

日本には“本物”があります。日本のラグジュアリーのDNAと私が呼ぶキーワードは以下のようなものです。

Heritage(遺産)
Culture(文化)
Craftsmanship(熟練した職人の技能)
Service(サービス)
Prestige(信望)
Privacy(プライバシー)
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こうしたDNAをすべて兼ね備えた日本には、富裕層旅行マーケットとしての大きな可能性があります。でもまだ海外ではよく知られていません。ILTM Japanは、こうした日本の魅力を世界にアピールする場となるはずです。
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“本物”の体験の重要性については、Seactet Retreat社のStephen Junca氏も「アジアにおける富裕層旅行市場の中の日本」と題された講演の中でも指摘されました。

パネルディスカッション「日本の地域性から見る富裕層旅行市場への取組み」の中で、JTBグローバルマーケティング&トラベル ブティックJTB事業室長の遠藤由理子氏は、同社の富裕層旅行者の受け入れ実績を通じて、彼らが求めるのは日本の文化や歴史に関する“本物”の体験であること。すべて顧客一人ひとりのリクエストに応じたテーラーメイドな旅程が組まれていること。今後重要となるのは、富裕層に“本物”の体験を提供してくれる日本各地の多様なサプライヤーとのネットワークであると述べています。


Alison Gilmore 氏インタビュー
「文化や伝統に富んだ日本は魅力的なディスティネーション」

ILTM Japanエキジビション・ディレクターのAlison Gilmore 氏は、過去20年間、富裕層旅行マーケットの現場で経験を積んできました。Gilmore 氏に話を聞きました。

――日本の富裕層旅行マーケットをどう捉えていますか。
「日本のポテンシャルはとても大きい。世界の富裕層旅行マーケットの潮流は、かつてのような豪華さを追求するだけでなく、本物志向の体験を大事にする旅行に変わりつつあります。文化や伝統に富んだ日本は魅力的なディスティネーションです」。

――日本では大手の旅行会社でも富裕層というセグメントを意識した顧客の取り込みを手がけたのは最近のことです。ヨーロッパでは富裕層旅行にも歴史がありますね。
「ヨーロッパでは19世紀にすでにグランドツーリズと呼ばれる富裕層旅行の歴史があります。富裕層旅行はもともとクローズドなマーケットなので、海外でも実際に手がけているのは、プライベート・コンシェルジュと呼ばれる、特定の顧客を持った小さなエージェントが多いです。ILTMはそうしたバイヤーたちが出会うプラットフォームを提供しているのです」。

――日本の富裕層旅行マーケットの現状についてどうお感じですか。
「日本の知名度はまだ低いと感じています。これまであまりインバウンドのプロモーションをしてこなかったこと。国内旅行客へのアピールが中心で、海外に対する情報発信ができていなかったと思います。しかし、世界の富裕層旅行のトレンドが豪華型から体験型に変わってきたため、日本の魅力が注目されています」。

――今春、日本でILTM Japanを開催した目的、経緯は?
「世界の富裕層旅行を扱うエージェントの多くが日本に興味を持っているのに、なかなか入っていくのが難しいマーケットと考えられていました。今回、京都市がとても協力的で、実現にたどりつけました」。

――手ごたえはどうでしたか。
「大成功だったと思います。今回参加いただいた海外のバイヤーの多くがすでにお客さまを日本に送っていただいています。何より彼らが日本について知ることができたのが大きいです。やはり、彼らに実際に日本を見てもらうことが重要です」。

――アジアからのバイヤーもいましたね。
「シンガポールや中国などですね。今回は初の開催でしたから、日本に近いアジアの国々のバイヤーが多かったですが、次回からは欧米諸国などもっとバランスをとることができると思います」。

――海外の富裕層は日本のどこに興味を持っているのでしょうか。
「やはり日本の文化や伝統です。海外から見て、日本は神秘的な国です。もっと誇っていいと思います」。

――海外に向けてプロモーションをするうえでのポイントは?
「言語は障害ではありません。日本は旅行のインフラも整っています。簡単に旅行できる国であることをもっとPRすべきでしょう。富裕層というとお金持ち相手というイメージが強いですが、ただ単にお金持ちをターゲットにしているわけではありません。日本には魅力的な素材がたくさんあるので、もっと映像やイメージを使って海外に情報発信すべきです。これ以上、なにか新しいものをつくるというのではなく、既存のものをアピールすることです」。

――商談会に参加するにあたって何か基準はあるのでしょうか。
「ILTMには独自の審査基準があって、それを満たした方のみご参加いただけます。それはこれまでの弊社の経験からその商品が富裕層にアピールするかどうかを判断するというものです。自分たちの商品に誇りをもってお話いただければ、ご相談に乗ります。私たちも商談に参加していただけるにふさわしいサプライヤーを独自で探しています」。

――来年のILTMについて教えてください。
「商談会の会場は今年と同じザ・ソウドウ東山ですが、パーティは来年2月にオープンするザ・リッツカールトン京都で開く予定です。もしこれから富裕層マーケットを手がけたいと考えていらっしゃる方は、ぜひ参加していただきたいです」。

ILTM Japan 2014概要

日時 2014年3月17日~19日
会場 ザ・ソウドウ東山(京都市)

ILTM Japanは、富裕層旅行の知識やネットワーク、ビジネスなどを国内外のバイヤーと出展者に対し提供する、日本で唯一のイベントです。来年で2回目の開催となります。

ILTM Japan日本事務局(株)アールプロジェクト内 
http://www.iltm.net/japan

※ILTMについて
International Luxury Travel Market (ILTM)は、毎年カンヌ(12月)と上海(6月)で開催され、主催者によって厳選された、世界の富裕層旅行のバイヤーやサプライヤーが一堂に会する商談会です。カンヌでは1300社以上の出展者と1300名のバイヤーが参加、上海でも500社以上の企業と500名のバイヤーが集います。出展者は高級ホテル、レストラン、リゾート、プライベートジェット、リムジン、クルーズ、カジノなど極上のラグジュアリー体験を提供できる上質なサプライヤーが選ばれています。

<編集後記>
これまで日本の旅行業界はマスツーリズムに傾注し、クローズドな富裕層旅行マーケットについてはPRも含め、経験不足だったことは否めません。こうしたなか、観光庁やILTM Japan関係者らが富裕層旅行マーケットの促進に取り組むのは、外国人富裕層がもたらす経済効果はもちろんですが、世界の旅行トレンドを先取りする富裕層の影響力に期待しているからでしょう。

日本人はどうも自分たちの魅力をよくわかっていないところがあるようです。価格に捉われず“本物”を追求する富裕層旅行者への取り組みは、日本のよさを再認識するいい機会にもなると思います。ILTM Japan事務局の福永浩貴氏によると、来年の開催に向けて、旅行会社やホテルだけでなく、伝統工芸の関係者からの問い合わせも増えているそうです。

今回のセミナーはかなりコンセプチュアルで啓蒙的な内容でしたが、今後は実際に富裕層の受け入れを行っている関係者の生の声を聞いてみたいと思いました。そういった方々こそ、海外の富裕層に喜ばれるポイントをいちばんご存知だと思うからです。
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by sanyo-kansatu | 2013-12-20 07:41 | “参与観察”日誌 | Comments(0)