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2014年 06月 09日

ベトナムからの日本ツアーは6泊7日1600ドルが相場(アセアン・インドトラベルマート2014その1)

6月3~4日にパシフィコ横浜で開かれたインバウンド商談会「Japan Asean+India Travel Mart2014」に行ってきました。
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観光庁と日本政府観光局が主催する今年で2年目のイベントです。東南アジアやインドからの訪日旅行市場の拡大のため、これらの国々から海外旅行を扱う旅行会社(バイヤー)を招聘し、日本からはホテルやレジャー施設などの観光素材を提供するセラーが集まり、合同商談会を行います。公式サイトによると、国内セラー約200社、海外バイヤー約150社(タイ30社、シンガポール10社、マレーシア20社、インドネシア30社、ベトナム20社、フィリピン20社、インド20社)が参加したそうです。

Japan Asean+India Travel Mart2014
http://www.j-asean-india-tm.jp/j

昨年から政府が取り組んできたアセアン諸国に対する観光ビザ緩和により、東南アジアからの訪日客が増えています。

2013年のアセアン諸国の訪日外客数(JNTO統計による)

タイ 45万3600人
シンガポール 18万9200人
マレーシア 17万6500人
インドネシア 13万6800人
フィリピン 10万8300人
ベトナム 8万4400人

2014年6月現在、タイとシンガポール、マレーシアの観光ビザが免除されていますが、7月からインドネシア、フィリピン、ベトナムの免除もいまは報道レベルですが、始まりそうですから、この地域からの訪日客の増加はさらに拍車がかかるものと思われます。
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会場に入ってみましょう。天井の高い展示場スペースに、バイヤーとセラーが分かれてデスクとブースが並び、事前にアポイントを入れた相手と20分刻みで商談をします。
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ある人の紹介で、ベトナムから来たハノイツーリストのLuu Duc Ke社長に話を聞くことができました。社長によると、ベトナムからの日本ツアー(東京・大阪ゴールデンコース)は6泊7日で1600ドル(3つ星ホテル利用)~2000ドル(4つ星ホテル利用)が相場だそうです。ベトナムの旅行シーズンは4月と6月(夏休み)、10月だそうです。昨年8万人を超えた訪日客ですが、今年は12万人を超えるだろうとのこと。7月に観光ビザが免除されれば、さらに増える可能性があるそうです。
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ハノイツーリスト
http://www.hanoitourist.vn/

同社の海外旅行ツアーパンフレット(ベトナム語)をいただきましたが、日本ツアーで掲載されていたのは東京・大阪ゴールデンルートのみでした。社長によると、これまでベトナム人の海外旅行先として人気の高かったタイでクーデターが起き、中国とは関係悪化したことから、2国を避ける動きが強まっているそうです。
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ベトナムにはまだ日本政府観光局事務所はありませんが、レップ(代理事務所)を務めるNhan Phuong代表は次のように語ります。
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日本政府観光局ベトナム代理事務所
http://www.jnto.go.jp/vietnam/

「現在、ベトナム人はアセアン10カ国のみビザ免除されています。台湾や香港、韓国でもまだビザが必要ですから、もし日本で免除となれば、間違いなくベトナム人は日本へ行きたいと思うはずです。日本の魅力は桜や紅葉に代表される自然の美しさ、近代的でありながらとても清潔な国であることです。日本料理も食べたいし、買い物もしたい。ベトナムの経済水準はまだ低いので、リピーターが現れるようになるにはまだ時間がかかりますが、いまのベトナムには日本に行きやすい環境が整い始めています。

今回、ベトナムの旅行関係者はファムトリップで医療機関を視察しました。訪ねたのは、大阪のりんくう総合医療センターや葉山ハートセンターなどです。これまでベトナムの富裕層は医療観光の場合、タイやシンガポールに行く場合が多かったのですが、今回日本の進んだ医療機関を視察してわかったのは、少なくともシンガポールと比べると日本の治療費はそれほど高くはないということです」

現在、日本・ベトナム間には成田・関空からハノイ・ホーチミンに毎日フライトがあり、7月16日からベトナム中部のダナン・羽田線が就航予定です。実は6月4日、ベトナム政府観光局の東京事務所が開設されました。ベトナムとしては世界で初めてのことだそうです。

Nhan Phuong代表は、ベトナムの訪日旅行を後押しする背景として、こんなことも話してくれました。

「政治的なことは多く語りたくありませんが、いまベトナムでは中国に対する反感が高まっています。ですから、ベトナム国内にあふれる中国製品を排斥する動きも強まっています。日本の周辺は反日国と親日国がはっきり分かれていますが、ベトナムは親日以上、尊日の国です。まだまだ時間はかかりますが、もっと多くのベトナム人が日本を旅行できるようにしていきたいし、日本の方もベトナムに来ていただきたいです」

彼の話によると、来日したベトナム人が家電量販店で電気製品を購入しようとしたとき、あまりのメイドインチャイナの氾濫ぶりに唖然とするそうです。せっかく日本に来た以上、メイドインジャパンを買いたいのに、と思ってしまうとか。家電量販店の販売員さんは、相手がどこの国の人かによって、商品の薦め方を変える必要がありそうです。またベトナム人は最近、日本の健康食品も購入するそうです。プロポリスや美白化粧品なども人気で、100円ショップにも必ず行くとか。アジアではどこの国も同じようなショッピング行動が見られるのですね。

気になったのは、今春観光バス不足のため、台湾客を中心に訪日ツアー中止が頻発しましたが、ベトナムでも同様のことが起きていたようです。ベトナムでは、まだ日本の国内事情が知られていないせいか、問題化はされていませんが、ベトナムの旅行シーズンである4月と10月は、バスはもちろん、ホテルの客室がきわめて取りにくいと前述のハノイツーリストのLuu Duc Ke社長も話していました。

バスやホテル不足のため、アジア客の訪日をお断りするような事態が今後も起きそうです。これは大変気がかりな話です。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-09 08:49 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 06月 01日

クールな上海の消費者にアピールする方法をもっと考えるべき(上海WTF2014報告その5)

上海旅游博覧会(WTF 2014年5月9日~11日)には、2年ぶりに日本からの出展者もブースを並べていました。
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2012年9月に起きた尖閣諸島問題の影響で、同年11月に上海で開催されていた中国国際旅游交易会(CITM)と昨年5月のWTFへの出展を中国側から断られていたからです。あらゆる民間交流を政治と結びつけるのが常套手段の中国政府ですから、こうしたことが常に繰り返されるわけですが、先ごろ「民間交流と政治は分ける」との表明もあったばかり。その真意はともかく、こうしてようやく今回の出展に至ったといえます。

もっとも、中国の政治的リスクを嫌ってアセアン諸国へのシフトが強まるなか、日本の出展者数も、昨年の台北やバンコクの旅行博に比べると、かなり少なかったです。

日本からの主な出展者は以下のとおりです。

日本政府観光局(JNTO)
北海道観光振興機構
中部広域観光推進協議会
北陸国際観光テーマ地区推進協議会
瀬戸内海共同ブース(組織名不明)
埼玉県上海事務所
横浜市上海事務所
茨城県上海事務所
沖縄観光コンベンションビューロー
全日空上海支店
移動通信
東急グループ
小田急電鉄
名鉄観光
藤田観光
上海雅遊旅遊諮詢有限公司(ZEEWALK)

もしかしたら、漏れがあるかもしれません。日本からというより上海に事務所を置く企業や自治体が出展しているケースもけっこうあるからです。

いくつか目についた出展者に話を聞いたので、ざっと紹介しましょう。まず北海道観光振興機構から。
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2013年入域外国人数が100万人を初めて突破した北海道は、昨秋から戻ってきた中国客の誘致に今年は力を入れるとのこと。上海地区はFIT比率が高いので、リピーターのための細かい足の手段(JRパス、高速バス)の情報を提供しているそうです。
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中部広域観光推進協議会といえば「昇龍道」でしょう。同会の制作したチラシによると、「中部北陸地域の形は、能登半島の形が龍の頭の形に似ており、龍が昇っていく様子を思い起こさせることから『昇龍道』と名づけられました」とあります。
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ここでいう「昇龍道」には、石川、福井、富山、長野、岐阜、滋賀、愛知、三重、静岡の9つの県が名を連ねています。東京・大阪ゴールデンルートと北海道の次に来る「第三」の観光コースとして名乗りを挙げたということのようですが、ちょっと参加県が多すぎて、外国客からすると、イメージが拡散しすぎるきらいがあると思います。もっとコースを絞り込んで、伝えるべきではないでしょうか。いろいろあるよ、では外客には伝わりません。結局、どれがBESTなの? と聞かれるのがおちだからです。
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唯一知名度があるのが、高山黒部アルペンルートでしょう。はっきり言って、昇龍道のメインコンテンツはこれに尽きるといっていいいかもしれません。だとすれば、アルペンルートに絞ってアピールすればいいのですが、そうならないのが悲しいところです。そもそも外国客は単一県を目指して来日することは考えられないので、広域連携は不可欠なのですが、誰とどう連携するかにも戦略が必要です。今後の行方を見守るほかなさそうです。
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もうひとつの広域連携が瀬戸内4県と北九州市の共同ブースです。個性は違えどエーゲ海の魅力に匹敵する(少なくともぼくはそう思っています)瀬戸内海ですが、どうも中国四国の関係者は昔からアピール下手のように思えます。これではただ、うちの県のことを知ってくださいね、に終わっているように見えます。本筋でいえば、最も知名度の高い宮島で売れ、それを集客のメインの顔としていかに瀬戸内海のイメージづくりをしていくべきだと思うのですが、明確な戦略が見えません。単なる仲良し連合では宣伝効果は望めないのに。個別の県のPRも旅行博という場ではほとんど意味がありません。

自治体関係では、インバウンド振興において他県の追随を許さない経験値を持つ沖縄観光コンベンションビューローが入場客を引きつける手法も含め、突出していたと思います。
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東京都に隣接する埼玉県と茨城県、横浜市(ただしすべて上海事務所)も出展していました。このうち、茨城県は春秋航空の最初の日本でのフライト地ですが、上海客のほとんどは東京に直行し、茨城県をスルーしてしまうため、いかに地元で滞在してもらえるか、県のPRが目的でしょう。これがなかなか難しいようです。また埼玉県と横浜市の関係者に話を聞くと、それぞれ共通の悩みと目的を持っていました。ともに東京に隣接していながら、充分に地の利を活かせていないからです。逆に近すぎることで、宿泊地として選ばれることも難しく中途半端なのです。東京を起点になんとか足を延ばしてもらうためにはどうすればいいか、模索中のようです。
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民間企業としては、東急グループや小田急電鉄、名鉄観光、藤田観光などが出展していました。関係者の話をそれぞれポイントだけいえば、東急はいかに渋谷をアピールできるか。小田急は箱根に向かうFIT客をどれだけつかめるか。藤田観光は、ホテルの客室不足が取りざたされる現在、いかに外客の効率的な取り込みを図るかが課題のようでした。

いちばん驚いたのは、九州からの出展者がなかったことでした。これまで報告してきたように、いま上海の海外旅行市場におけるメイン商品はクルーズ旅行です。今年は多くのクルーズ船が福岡港を中心に九州各港に寄港することがわかっています。であれば、せめてクルーズの寄港地だけでもPRに来てもよかったのでは、と思わないではありません。しかし、尖閣問題後の中国の卑劣な仕打ちを受けた九州の関係者が、のこのこと上海に出てくる気にはなれないのかもしれません。そのあたりの事情は関係者に電話で話を聞いただけですが、日中関係はかくも難しく、せっかくどちらかが歩み寄ろうとしても意思のすれ違いが起きてしまうもののようです。

日本ブースの中で最もユニークな存在だったのが、上海雅遊旅遊諮詢有限公司(ZEEWALK)です。浴衣姿の上海の女の子がふたり、キャンペーンガールのようにいるのですが、ぼくも最初はどういう会社なのか、よくわかりませんでした。
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ブースにいたスタッフに聞くと、同社は上海にある日本の高級旅館のPR会社だそうです。北海道朝里川温泉の「小樽旅亭 藏群」、長野県昼神温泉の「石苔亭いしだ」、兵庫県宝塚温泉の「若水」、同じく塩田温泉の「夕やけこやけ」、岡山県湯原温泉の「八景」などと提携関係にあるようです。
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ところが、話を聞いていくうちに、同社のボスはぼくのよく知っている上海の友人であることがわかってきました。その人とは、上海スマートビジネスコンサルティングの総経理、張凌藺(愛称:りんりん)さんです。

上海スマートビジネスコンサルティングと張凌藺さんについて
http://shanghai-zine.com/topics/442

実は、彼女と知り合ったのはもう8年くらい前で、現在の会社を起業する前に東京に来た彼女を秋葉原に案内したこともありました。彼女の仕事のベースになっているのは、学生時代の日本のアニメ体験でした。彼女は、いわゆる「80后(80年代生まれ)」の代表的な中国人といってもいいかもしれません。以下の記事に登場してくれています。

上海の若者がアキバへ社会科見学~宿題は「なぜ中国でアニメの産業化が進まないか?」(NBOnline2008年5月20日)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080516/157149/

さて、それはともかく、彼女はいまや企業家として、あるいはブロガーとして上海と日本を往復し、訪日旅行のプロモーションに貢献しています。そんな彼女が会場でぼくにこっそり話してくれた次のことばが、とても印象的でした。

「実は、この博覧会に入場してくる上海人のうち、うちの旅館を利用してくれるような客層はたぶん2割もいない。対象としているのは富裕層だからです。それでも今回ブースを出したのは、日本の関係者も含めて、我々の存在を知ってもらいたかったから」

今回出展した日本ブースの中に、彼女ほど市場を正確に理解し、鋭く的を得たコメントをしてくれた人物は、どれだけいたでしょうか…。
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最後に、日本政府観光局(JNTO)のブースを紹介しましょう。今回のWTFの特徴は販売色が強まったことです。そこで、JNTOのブースの中でも、上海の旅行会社に交替でブースの一部を貸して日本ツアー商品の販売を行っていました。
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なにしろJNTOの作成したパンフレットも、旅行会社のツアー商品の紹介が大部分を占めています。春秋旅行社は自社便を使った佐賀や高松を起点としたツアーなど、特徴的なものもいくつかありました。安さで勝負する旅行会社の販売ブースとは一味違う商品ラインナップが見られましたが、どれだけの入場者に気づいてもらえたか、そこが課題かもしれません。
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10年ぶりに視察した今回のWTFでいちばん感じたことは、すでに上海の消費者にとって旅行博というイベントはもうそれほど目新しくもなく、自分たちを夢中にさせてくれる体験を提供してくれるとは思われていないということです。ネットによる情報が行き交うなか、旅行博でなければ入手できないものはそれほどないと考えられているからでしょう。特に若い世代にとって。馬英九総統が開幕のあいさつに現れるという台湾の旅行博とは盛り上がりが違うのです。台北やバンコクでは旅行博はお祭りでしたが、上海ではそうでないようです。

ことほどさように、上海人というのはクールな消費者です。そんな彼らに効果的にアピールしていくには、それなりの知恵が必要となるでしょう。それが何なのか。もっと多くの関係者に話を聞いて見る必要があると思った次第です。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-01 22:37 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 06月 01日

「上海よりの外人誘致」~80年前の座談会で語られる課題は今と変わらない

5月中旬に上海の旅行博の視察に行ってきたばかりですが、「上海よりの外人誘致」つながりという意味で、とても興味深い戦前期の記事を見つけたので、紹介したいと思います。

1913(大正2)年に創刊された外客誘致の専門誌「ツーリスト」1934年7月号に掲載されている「夏の雲仙公園~上海よりの外人誘致」という座談会です。いまからちょうど80年前に行われた座談会でありながら、そこでやり取りされる内容は、今日の日本の外客誘致が抱える課題と基本的に変わっていないことに驚きすら感じました。日本のインバウンドの構造問題がそこに提示されているといえるのです。
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以下、ざっくりと内容を紹介します。出席者は6名ですが、肩書がいっさい書かれていません。内容から察するに、国際観光局の関係者(日本および上海事務所)や話の舞台となる長崎県雲仙の観光関係者などだと思われます。

冒頭、以下の問いかけから、座談会は始まります。

「上海方面からは主として雲仙にお出になる方が多いのですが、それはどんな理由からか、又それに関して参考になるようなことを伺いたいと思います」

※1910年当時、雲仙を訪れた外国客については→「なぜ多くの外客が戦前期に雲仙温泉を訪れたのか?」

これに対する出席者の発言を以下、順を追って書き出してみます。

「主な所はマア地理的の関係からで、近いから簡単に行ける」
「行楽の意味からなら青島などもいいのですが、それはやはり同じ支那の土地でありますから感興もそれ程湧かない、日本ですと山水の美も異なりますし、設備もよく整っているといふので来られるやうです」

「外国人は何処の國の方が一番多いですか」の問いについては、「ロシヤ人、英国人が多いやうに思ひます」。

「雲仙に就いて、上海の外国人はどんな希望を持っていますか。何か注文もあるでしょうし、又非難されているような所がないとも限りませぬが…」

「非難も相当耳に致します。第一に部屋を申し込むのに不便がある。とにかく夏半ばになるとホテルが大抵一杯でどうする事も出来ないといふのが主な非難ですが」

上海の外国人の人気渡航地だった当時の雲仙でも、ハイシーズンのホテルの客室不足が問題となっていたようです。その内実はこうです。

「(雲仙に)従来七八軒あるのは旅館とホテルの合の子もたいなものなんですが、お客様の状態と照り合わせると確かに部屋數が不足しているんです。彼方の部屋数總體から言へば四百五十人程の収容數ですが、最盛期には平均して昨年などでも五百人以上の人を収容している。其の結果相当混雑を来しているような状態で、何とかしなければ、雲仙へ行っても泊まれないから駄目だといふやるな考へを起こさせる事になると思ひます」「雲仙は四、五月頃になるともう満員で、七、八月頃になって渡り鳥のやうに飄然と来られて泊めてくれといってもお断りするより仕方ない」

なかにはこんな話も出てきます。

「其の為めに、去年は天幕を張ってお世話したのです」。「天幕」とは臨時の宿泊用テントのことです。「今年もキャンプをやってホテルに入りきれない人々に利用していただくつもりですが」。

これはえらいことですね。せっかく上海航路で日本に避暑に来たのに、テントに泊まるほかなかったとなると、こういう話題はすぐに上海の外国人租界中に広まるおそれがあり、雲仙の外客誘致にとって致命的な打撃を与えかねません。

ところで、雲仙を訪れる外客に関する出席者の発言からいくつかの興味深い指摘が見つかります。たとえば、こんなコメントです。

「今雲仙に来るお客さんはあまり上層階級の人は来ないといふことになっているが、凡ての人が夏の間だけは来られるやうな風にしたい。ですから彼處にホテルを造るにしてもさういふ向きのホテルを造りたい。すべての人が行って其の生活をエンジョイすることが出来るといふ、幾分高級のもので、やがてさういふ風な人は東京附近にも来られるやうにしたいと思ふ、現在では極く上の階級は日本へ行けば、箱根、宮ノ下迄行かなければならぬ、さりとて雲仙で電車の車掌さんなどと一緒になるのは嫌だといふ人は青島や大連に行っているのであるから、雲仙を足場としてあらゆる階級に相應しいやうに、設備したいと思ひます」

ここで面白いのは、当時雲仙は上流階級向けではなく、上海租界在住外国人のうち中流階級以下向けのリゾートとして認知されていたということです。それゆえ、上流階級向けのホテルを建設することで、より幅広い層の外客を誘致すべきだと指摘してきしています。また、蒸し暑い上海の夏を抜け出す避暑地としての雲仙のコンペティターが、青島と大連であるというのも、今日の感覚では思いもよらないものです。

ホテルの客室不足は、今日の日本のインバウンドにも共通する深刻な問題のひとつといえます。その解決策として、当時も同じことが言われていたことが次の指摘でうかがえます。

「雲仙は混んでいるが、唐津に行けば部屋が空いているといふやうな事を客に十分呑み込ませるやうにしていただきたい。上海のオフィスと長崎のオフィスとよく聯絡をとってやられたらいいと思ふ」

誘客地の分散化を進めることの必要性は、当時も理解されていました。そのためにも、上海のジャパンツーリストビューローのような海外にある外客誘致のための宣伝機関が地元と連絡を密にして、情報発信していかなければならないと指摘しています。

さらに、シーズンの分散化も必要だという指摘も見られます。

もともと「日本人の来る季節と外人の来る季節とが違ひますから大して障りないと思ひます。日本人は夏は殆ど行きませぬ。又躑躅の時期、紅葉の頃には西洋人が来ない。其の利用状態からいっても彼處は外人と日本人とは分かれていると考へております」と思われていたのですが、当時は日本人のホテル利用が進んできており、これもホテルの客室不足の大きな理由になっていたからです。そこで、ある出席者はこう提言しています。

「上海方面から来られる方は只今の所夏が主なやうですが、四季を通じてお出になるやう、彼方にいらっしゃる方のお骨折を煩したいと思ひます。春は櫻とか、秋は紅葉頃に、又冬はクリスマスのお休みを利用してスキーに来られるとか…」

ただし、別の出席者はその難しさをこう率直に吐露しています。

「私の方ではいろいろパンフレットなども沢山造りまして、クリスマスからお正月にかけて出かけられるやうに、夏と同程度の船賃に下げてやってみましたが、甚だ不成績でした。もっとも上海支店の者は始めから気乗りしておりませんでした。色々の理由があるやうですが、大體に於いて西洋人はクリスマス、お正月は旅行しない。家に閉じ籠る者が多い。又忙しくてお正月とはいっても男は仕事している者が多いので、家族の者も出かける譯には行かないのだと、そんなことを申しておりましたが、全く失敗しました」

インバウンドはまさに試行錯誤の連続なのですね。

後半でも興味深い提言がいくつも出てきます。

「夏以外に四季を通じてどの位お客を引っ張れるか、上海の方は一つよく研究していただきたいですな(中略)春の休みを利用して何とか吸引策はないか、充分研究してみてください」

「観光局としては四季を通じて折々新聞雑誌に廣告しております」
「私は活動写真を利用するのが非常にいいと思ひますが…」
「それは三、四年前から御経験願っている譯なんです。雲仙のキャンプ南下を撮ったのもありますし、サンマー・イン・ジャパンといふ活動写真なんか利用率さへよければどしどし使っていただきたいと思っています」

「上海を中心にして揚子江、香港、マニラ、ジャバ、あの方面にいる欧米人に食ひ入る為めに、上海に宣傳を中心にした出張員がいるといふことが必要じゃないかと思ひます」
「今の上海の鐡道の駐在官は私もよく知っておりますので、政治上の事は別問題として、観光上に大いにやって貰ひたいといふことを個人としてよく頼んでおきましたが…」

この座談会が行われた1934年当時の時局について、以下のような発言もあります。

「(雲仙に外客が急増する背景として)何といっても支那が何となく物騒である。そして日本の為替が安い。先生達の習慣として休みの間は何處かに出かける癖がある。従って船賃もあまり高くない、そして生活も楽であるから、日本へ来る人は増えないまでも、大體今の程度で行くのではないかと思ひます」

当時も今日同様、円安が大きな外客急増の背景となっていたのです。さらに、日中対立という時局の問題も…。

「郵船としては一週二回の定期を出します。つまり、四日八日に二回、支那人も相當に雲仙に行くことと思ひます。それから昨年急激にお客の増えた理由としては、日本、支那に於ける大きい外國商社の使用人が本國に歸る休暇を延ばされたらしいですな。三年か四年目に歸るのを来年にせよとかいふ事で、そんな點から家族などは何とかして避暑でもしなければ健康上困るといふそれが一つ、又相変わらず支那内地が物騒であるといふ點で、それは今年もあまり變わりないかと思ひます」

1934年というのは、第一次上海事変(1932年1月)と第二次上海事変(1937年8月)の間にあたる時期でした。逆をいえば、戦闘状態が起きているなか、外客誘致のための活動はふつうに続けられていたのです。実際のところ、上海租界在住の外国人たちは避暑地を選ぶにしても、できれば中国から離れたいという思いがあったことでしょう。

今日上海からの訪日客誘致といえば、上海とその周辺に住む中国で最も経済発展した地域の中国人たちを日本に呼び込むことですが、80年前は上海租界の外国人を上海・長崎航路のある長崎県雲仙に呼び込み、そこから訪問地とシーズンの分散化を図ることでした。

私たちは80年のときを経て、先人たちと同じ課題に向き合っているのです。
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by sanyo-kansatu | 2014-06-01 11:38 | 歴史から学ぶインバウンド | Comments(0)
2014年 05月 28日

2014年の中国人の海外旅行、調子はどうですか(上海WTF2014報告その3)

海外の旅行博覧会の視察で見逃せないのは、展示会場とは別のステージで行われるフォーラムです。今回の上海旅游博覧会(WTF)のフォーラムのテーマは「海外旅行のリスクマネジメント」でした。5月9日午後1時半から行われました。
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昨年10月中国では「新旅游法」が施行され、旅行業界では消費者に対する旅行サービスの質の確保や安全面での保障が強く求められる時代になったといわれています。

もっとも今回のフォーラムで目立ったのは、むしろ(相変わらずというべきか)いかに中国の海外旅行市場が躍進しているかを伝える報告だったと思います。
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冒頭の「中国出境旅游三大区域市场报告(中国の主要3地区の海外旅行市場レポート)」はまさにそうした内容でした。報告者は、国連世界観光機関(UNWTO)の中国代表の徐汎女史です。以下、簡単に彼女の報告を整理してみたいと思います。
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ここでいう「主要3地区」とは、華中(上海、浙江省、江蘇省)と北京、広東(広州と深圳)を指しています。つまり、ここに挙げた地域が中国の海外旅行市場をけん引しているのです。

まず徐女史は、ヨーロッパ旅行について話を始めます。これまでの中国人のヨーロッパツアーは、英仏独伊あたりを団体で周遊するのが一般的(日本の1970年代のロンパリローマの旅と同じ)でしたが、これからは特定の一国を訪ねる旅が主流になりつつあるといいます。ヨーロッパは国によって個性が違うため、一人ひとりの旅行者が何を求めるかによってどの国を訪ねるか選ぶべきだといいます。
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※中国人のヨーロッパ各国のイメージの違いは、旅行会社のつくるちらしによく表れています。統計と合わせてみると面白いと思います→「春秋旅行社のチラシに見る上海人の海外ツアーの中身(上海WTF2014報告その4)」

次に、旅行スタイルの話題です。中国の海外旅行市場が年々進化していて、そのプロセスは「普及游」→「深度游」→「自由行」という流れにあるといいます。目的地も最初はヨーロッパの主要国だったが、現在では中南欧、東欧、北欧へ広がっているといいます。
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なかでも「自由行」が進んでいるとし、その特徴は「個性化」だといいます。まあこれはどこの国でも起こることなのですが、中国人にとって(あとで触れることになりますが)「自由行」の障害となっているのがビザ問題です。

2013年、348万人の中国人がヨーロッパを訪れたそうです(前年度比11.16%増)。そのため、ヨーロッパの旅行業界はいかに中国客を受け入れるか検討しているといいます。思うにいまのヨーロッパは、日本の2008年頃の感じに似ているのではないでしょうか。大挙して訪れる中国客の購買力に驚き、これまでの受け入れ態勢を再考する必要を考え始めたというわけです。
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中国客の質的変化は次のように表現されています。

「不再是逛景点(もう名所を巡るだけではない)」

「购物,而是一种生活方式和体验(ショッピングも一種の生活様式と体験となっている)」

「团队越来越少,很多情侶和小团体,喜欢体验式旅游(団体はますます減り、カップルや小団体が多い。体験旅行を好む)」

「新一代旅客;比较年轻,受教育程度良好,旅游经验丰富,喜欢按自己的兴趣和需求规划行程;把旅游当做一种自我投资,乐于在微博社交媒体上展示(新世代の旅行社は比較的若く、教育程度も高い。旅行経験も豊富。個人的な趣味を追求した計画を立て、旅行を一種の自己投資とみなしている。微博(SNS)を通じて社交を楽しむ)」
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これもとりたてて新しい指摘ではありませんが、いわんとするところは、中国人も先進国の人たちと同じように海外旅行をしていますよ、という話です。
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次に、注目ディスティネーションが紹介されます。たとえば、アメリカですが、先に挙げた主要3地区のうち、北京が圧倒的トップで、次が広東。最も増えているのは江蘇省で前年度比25.22%増。上海はなぜか前年度比14.9%減となっています。こういうところにも、物見遊山だけでは気がすまない北京人の気質がわかります。教育熱の高い中国らしく、アメリカ東海岸の名門大学を訪ねて回るツアー商品もあるほどです。

さらに最近渡航者が増えているのはニュージーランドです。特に広東省の伸びが高い。モーリシャスも増えています。特に2012年からの伸びが顕著です。
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アフリカも中国人の人気ディスティネーションになりつつあります。やはりトップは北京。約12万人の渡航者数で、前年度比65.1%増です。ディスティネーション選びに関しても、実質や享楽を重視する華中や広東の人たちと比べ、北京の人たちはロマンある「個性的」な旅を好む傾向が強そうです。
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興味深いのは、主要目的地の渡航者数の前年度比を示すグラフによると、ことさら触れられることはありませんでしたが、トップは日本47.7%増。次いでベトナム40.4%増、インドネシア39.5%増、韓国33.2%増、フランス31.9%増です。大きく減らしているのがカンボジア50.1%減で、タイやマレーシアも減少傾向にあるようです。おそらく新旅游法(タイの場合)や航空機事故(マレーシアの場合)などが考えられます。きっと今後はベトナムも減少するでしょう。日本の場合は、尖閣諸島沖事件で2012年秋以降激減した反動が出ていると思われます。
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さて、話題は展示ブースでも目立っていたクルーズの話に移ります。徐女史によると、2012年は「大型船時代」、13年は「戦国時代」だといいます。つまり、2010年前後から本格化した上海発のクルーズ旅行(一部天津発もある)も、12年には客船の大型化が進み、13年にはさまざまなクルーズ会社が競うように参入してきたというわけです(詳しくは「上海WTF2014報告その2」参照)。
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中国のクルーズ市場は以下の3つに分けられるそうです。

①大衆消費層向け…中国発、4泊5日、5000元相当(初めてのクルーズ体験)
②ミドルクラス消費層向け…「フライ&クルーズ」、5~10万元(クルーズライフを楽しむ)
③富裕層向け…「フライ&クルーズ」、10万元以上、極地クルーズ(特別な体験を求める)
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特に③の北極&南極クルーズが今年の目玉だそうです。前者は6万5000元から、後者は12万元からです。これが実際の南極クルーズの旅行チラシです。
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他にもさまざまな富裕層向けの旅が紹介されていました。特に珍しいものはありませんが、いまの中国人にとって強い憧れの対象となっていることがわかります。

最後に触れられるのがショッピング行動です。以下の3つの変化を示しているそうです。
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①他需 → 自需(知人へのお土産から自分のために)
②从众 → 个性(大衆的なものから個性的なものへ)
③欧州 → 亜州(ヨーロッパからアジアへ)

①と②はわかりますが、③はどういう意味なのか。昨年、中国客がパリのルイヴィトン本店に大挙して押し寄せ、床や階段に座るやら大声で話すやら、みっともない姿が中国メディアでさんざん批判的に報じられたこともあったせいか、これからのショッピングはアジアでスマートに、ということでしょうか。その本丸は韓国のようです。きっとこれも中韓の蜜月時代を象徴しているのでしょう。「韓国はショッピング天国」だそうです。
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こうして中国の海外旅行市場にまつわるさまざまなトピックスが紹介された報告でしたから、2014年現在の中国人の海外旅行の内実がそれなりにつかみやすい内容だったと思います。ただし、前述したように、中国人にとって世界各国のビザ緩和の状況は不満であり、大きな関心事となっています。ちょうど今年は中仏国交50周年だそうで、フランスの中国公民に対するさらなるビザ緩和が進むことが期待されていました。
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同フォーラムのパンフレットには、こう書かれていました。

「2013年中国公民の出境総数は9819万人で前年度比18%増、今年14年には1億1000万人に達するであろう。現在、中国公民に対するビザ免除待遇を実施している国家は45となった」

ただし、その中には先進国はほぼ含まれていません。中国のビザ免除を実施している国については別の回で。

※なぜ世界は我々に対してこんなに厳しいのか?~中国の最大の関心事はビザ緩和
http://inbound.exblog.jp/22733072/
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by sanyo-kansatu | 2014-05-28 13:37 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 05月 27日

上海の海外旅行市場の大衆化を象徴するクルーズ人気(上海WTF2014報告その2)

前回、上海旅游博覧会(WTF)の会場の様子をざっくり紹介しましたが、そこでも述べたように、全体として他のアジア各国の旅行博覧会に比べ派手さはなかったものの、販売ブースはそれなりに活況を呈していました。

なかでも目立ったのが、クルーズの販売です。昨年さっぱり姿を見せなかった上海発クルーズ船も、今年は福岡などを中心に九州各地を寄港しています。
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これは6月30日発サファイア・プリンセス号のセールスボードです。済州島、福岡、長崎を寄港する5泊6日のクルーズで、上海中旅国際旅行社が販売しています。料金はデラックスルームで1名8999元。会期中1部屋4300元のディスカウントをうたっています。
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これは7月17日発の同じくサファイア・プリンセス号の広告です。上海錦江旅行社の販売で、1名7880元からとあります。
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7月1日発4泊5日で済州島、福岡に寄港するコスタ・アトランティカ号の広告です。市場価格は4200元からですが、この広告を出しているネット旅行社の驴马马旅游网のスペシャルプライスは隠されています。
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コスタ・クルーズ社の86日間の世界一周クルーズも大々的に販売されていました。ここには料金が表示されていませんが、春秋旅行社のちらしによると、12万9999元(約220万円)からとのことです。
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コスタ・クルーズ社の世界一周クルーズは上海市内の街場の旅行会社の店舗でも販売されています。
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極めつけは、セレブリティ・インフィニティ号の22日間南極クルーズです。上海からブラジルに飛び、イグアスの滝など数日間ブラジルを観光した後、南米各地を寄港しながら南極を訪ねるものです。上海東航国際旅行社が販売していました。
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クルーズ各社のブースも出展していました。まず人気のプリンセス・クルーズ社です。
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台湾と那覇の定期クルーズを運航しているスタークルーズ社です。
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ネット旅行会社によるクルーズ販売ブースもありました。
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会場にはクルーズの特設イベント会場が設置されていて、30分おきに各旅行会社やクルーズ会社によるPRや懸賞イベントが繰り広げられていました。
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ここ数年、上海WTFでは展示会というより販売色が強くなっているようですが、いまの上海の旅行会社のファーストプライオリティはクルーズ販売です。

上海のクルーズ人気について、日本政府観光局(JNTO)上海事務所の中杉元氏は「上海発のクルーズは4泊5日で韓国や九州を寄港するものが主流です。人気の理由は、寄港地でのショッピングが楽しめること。祖父母と親子3世代のファミリーが気軽に参加しやすいこと。船が大きくボリュームがあるぶん料金が安いことにある」といいます。

上海発のクルーズは3つのランクに分かれていて、スタンダードな価格帯は4泊5日で5000元が相場のようです。この手ごろな価格が人気の理由です。飛行機やバスで移動し続ける旅行は、シニアや子供連れでは大変ですが、クルーズは寄港地での岸上観光以外はのんびり船上で過ごせることで、海外慣れしていない層も参加しやすいのでしょう。
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これはコスタクルーズ社が発行している小冊子(出行指南)です。時間帯ごとに服装を替えるようイラストで提案しています。
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これは上海の情報誌「Time Out」2014年5月号に掲載されていたマリナー・オブ・ザ・シーズの紹介記事です。同船は今年2回日本に寄港する予定です(6月19日発:福岡、長崎、10月21日発:境港、福岡、長崎)。

上海のクルーズ旅行市場を見ていると、日本では海外旅行といえば、飛行機に乗るものと相場は決まっていますが、それは島国という地勢上の要因からくるものにすぎないことにあらためて気づかされます。いまでこそ日本でも「フライ&クルーズ(特定の寄港地まで飛行機で飛んで、短期間のクルーズを楽しむ旅)」や「格安クルーズ」も商品化されていますが、もともと豪華なイメージがつきものでした。

一方、上海では海外旅行市場の大衆化を象徴しているのがクルーズ旅行といえそうです。つまり、上海では初めての海外旅行がクルーズというケースもかなり一般的なのです。確かに、東シナ海の中心に位置する上海は、数日間で周遊できる周辺国の寄港地がいくつもあり、バリエーション豊かなコースをつくることが可能です。

上海発のクルーズ船の多くは欧米のクルーズ会社によるものです。ポテンシャルの大きい上海市場が注目されているのは当然でしょう。主なクルーズ船は以下のとおりです。

「コスタ・アトランティカ」(伊)
http://www.costachina.com/B2C/RC/Default.htm
http://www.cruiseplanet.co.jp/ship_date/dt_costa_atlantica.htm

「ダイヤモンド・プリンセス」(英)
http://www.princess.com/learn/cruise-destinations/asia-cruises/
http://www.princesscruises.jp/ships/diamond-princess/

「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」(英)
http://www.rcclchina.com.cn/
http://www.cruiseplanet.co.jp/ship_date/dt_vy1.htm

「セレブリティ・ミレニアム」(米)
http://www.celebritycruises.com/home
http://www.cruiseplanet.co.jp/ship_date/dt_cel_millennium.htm

なお上海発クルーズで最も多い日本の寄港地は福岡。次いで、鹿児島、那覇、長崎の順です。今年の寄港スケジュールは以下を参照ください。

博多港
http://port-of-hakata.city.fukuoka.lg.jp/guide/cruise/index.html

鹿児島港
https://www.pref.kagoshima.jp/ah09/infra/port/minato/cruising/h26nyukouyotei.html

那覇港(那覇港管理組合)
http://www.nahaport.jp/kyakusen/nyuukouyotei2014.htm

長崎港
http://www.jopa.or.jp/port_detail/nagasaki.html
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by sanyo-kansatu | 2014-05-27 09:52 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 05月 26日

バンコクや台北に比べて地味だった上海旅行博(上海WTF2014報告その1)

2014年5月9日~11日に開催された上海旅游博覧会(WTF2014)に行ってきました。実は、WTFに行くのは2004年以来なので10年ぶりです。

日本政府観光局(JNTO)の5月23日付けプレスリリースによると、2014年4月の訪日外客数は3月に続き単月で過去最高の123万2000人。市場別では、中国が第3位(1位は台湾、2位韓国)で前年度比90.3%増の19万600人、昨年9月から8カ月連続で各月の過去最高を記録するという勢いだそうです。

これだけ日中関係が悪化し、南シナ海でも紛争が起こるという政治的な異常事態が続くなか、まるでこの程度のことは慣れっことばかりに、中国客が日本に押し寄せているという状況は、とても興味深いというほかありません。その最大の送客地はもちろん上海です。昨年11月に訪ねたばかりでしたが、中国の海外旅行市場にどんなことが起きているのか、あらためて旅行博の様子を視察してみたいと考えたのです。
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小雨まじりのどんよりした曇り空の5月9日午後、会場に到着しました。以前はWTFといえば、上海市郊外にある浦東の新国際博覧中心で行われていましたが、数年前から市内中心部・静安寺にある上海展覧中心で行われています。

今回のイベントは、上海市旅游局が主催する16回目の旅行博覧会で、海外旅行市場も含めた博覧会としては11回目になります。以下は公式データです。

出展者数:50の国と地域より570団体が出展(合同出展含む)
出展面積:約15000㎡(前回比16.5%増)※販売エリアの面積は前年比24%増
業界関連来場者(業界エリア来場者数):のべ7948人
一般来場者(一般エリア来場者数):のべ約3万8300人※業界エリア入場者の重複カウントはせず

上海では毎年5月にWTFが開催されますが、2年に1度11月に中国国際旅游産業博覧会(CITM)も開催され、今年の秋はCITMがあります。後者は中国国家旅游局が主催するイベントで、浦東の新国際博覧中心が会場です。国家旅游局主催のイベントだけに、全国から業界関係者が集まるぶん、規模的には後者がはるかに大きいですが、逆にいえば、WTFはローカルなイベントだけに、上海の旅行マーケットの現状が見えやすいともいえます。
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会場入り口には、展示場内で催される各国政府観光局のPRイベントや旅行商品の即売会、オークションなどの各種イベントのスケジュールが告知されています。
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会場は、上海万博を機に相次いでつくられた展示会場に比べると、こぢんまりとしたコンパクトなスペースです。建物の前身は1954年に建てられた「中ソ友好大廈」で、展示場として使われるようになったのは1984年。上海で最も古い展示場ですが、スターリン時代に特徴的な中心に高い尖塔を置いたユニークなデザインがひときわ目立っています。
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正面入口から入ってみましょう。中央部の丸いドームの鶯色の天井とそこから吊り下げられたシャンデリア、正面の華麗な透かしとレッドスターといった時代がかったデザインが実に魅力的な空間です。
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向かって正面左手に陣取るのは、韓国観光公社のブースです。この博覧会で最も良いポジション取りはここ数年、韓国の定位置となっているそうです。
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おなじみの韓流スターを総動員させたプロモーションです。あとで訪ねる日本のブースと違っているのは、韓国が「be Inspired」というワンテーマかつオールコリアでPRに取り組んでいることです。
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韓国の観光PR写真では、桜も躊躇なく使われます。なにしろ東日本大震災の年には、「桜を見るなら韓国へ」と堂々とPRしていたくらいですから。
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スキーリゾートのPRも韓流タレントの映像を見せています。

中韓関係の蜜月化が訪韓中国人観光客を急増させています。新華網も「中国の旅行会社は引き続き韓国への大規模な送客計画を執行する」と報じているようですから、これは既定路線というわけです。中国ではいかに政治が観光と直結しているか、よくわかります。

我国旅行社继续执行大规模向韩国“送客计划”(新華網2014年4月6日)
http://finance.china.com.cn/roll/20140406/2314165.shtml

海外からは他にも、タイやバンコク市、フィリピン(中国との関係悪化はここでは関係なしか)、マカオなどのアジア各国・地域、欧州方面ではスイスやエジプトなどが出展していました。
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海外からの出展者がずいぶん少ない印象です。
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とりたてて目立ったブースはありませんでしたが、目についたのは、中国人の観光ビザが免除となったサイパンでしょうか。どおりで最近のサイパンは中国客だらけなわけです。
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いちばんにぎわって見えたのが、台湾のブースだったように思いました。さまざまな懸賞やプレゼント企画を実施していて、ブースの周辺には人だかりが絶えません。
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台湾観光のひとつの売りが「農業観光」です。実は、香港からも多くの観光客が農業体験をするために台湾を訪れていますが、香港同様高層ビルが林立する上海でも、自然体験は大きな魅力となることでしょう。
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これはここだけの話ですが、台湾ブースの中に中華民国国旗が目立たぬように掲げられているのを見つけてしまいました。やりますね。

それにしても、最近の上海WTFというのはこの程度のイベントなんですね……それが正直な印象でした。昨年、タイのバンコクや台北での大盛況な旅行博を見てきただけに、とても地味に見えてしまいます。会場には中高年が多く、若い人はいないことはありませんが、比率はあまり高くないと感じました。

もちろん、これは上海市ローカルのイベントですし、今年で11回目ということもあり、飽きっぽい上海の人たちは、展示ブースが並ぶだけのイベントにそれほど大きな期待感を持たなくなったこともあるでしょう。海外旅行の情報だけなら、ネットでもっと詳しく知ることができると考えられているかもしれません。

こうしたこともあってか、WTFでも数年前から、タイや台湾と同じように、会場での旅行商品の即売会が始まっています。上海の大手旅行会社が、会期中限定の割引商品の販売を行っていました。さすがに、展示ブースに比べ、販売ブースは熱気にあふれていました。

公式発表によると、旅行商品及び旅行関連商品、美食などの現場販売金額:約1801.6万元(前年比33.7%増)といいます。

以下、上海錦江旅行社、上海中旅国際旅行社、上海青年旅行社のブースです。
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上海錦江旅行社 http://www.jjtravel.com/
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上海中旅国際旅行社 http://www.ctish.cn/

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上海青年旅行社 http://www.scyts.com/
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これはネット旅行社の驴马马旅游网(http://www.lvmama.com/)です。中国ネット大手のC-Tripのブースは見当たりませんでした(ただし、特設ステージでのPRイベントには参加していたようです。ブースを出すことに意味はないという合理的な判断からでしょうか)。
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日本ツアーの即売も多数見つかりました。これだけ「立減(値引き)」しているぞ、と強調されています。
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販売ブースの中で最も活気があったのが春秋旅行社でした。スペースも最大規模で、中央に旅行即売コーナーを置き、その周辺にビーチリゾート、クルーズ、春秋航空などの展示ブースを並べており、人のにぎわいも他を圧しています。
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春秋グループといえば、昨年日本の国内LCCとして春秋航空日本を設立するなど、訪日旅行に積極的に取り組んでいることで知られています。今年3月には上海・関空線も就航。夏には関空線を大幅に拡大し、天津、重慶、武漢からの就航も予定されています。彼らの訪日旅行に対する考え方については、関係者に話を聞くことができたので、別の機会で紹介したいと思います。
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※訪日路線の加速と国内線拡充で訪問地の分散化を図る~春秋旅行社日本部インタビュー
http://inbound.exblog.jp/22743078/
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by sanyo-kansatu | 2014-05-26 12:21 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 05月 06日

沖縄県のインバウンドの“先進性”とは何か?

沖縄県が他の都道府県に比べ、いかにインバウンド力(訪日外客誘致力)において“先進性”が見られるか。いくつかの指標について考えてみました。

まず思いつくのは「外客の入込数・宿泊者数」や「消費額」といった量的な側面です。

たとえば、都道府県別の訪日外国人旅行市場を量的側面から比較する指標として、観光白書では、下記のようなデータを挙げ、動向をつかもうとしています。

①都道府県別の外国人延べ宿泊者数
②入国港(空港、港)別 外国人正規入国者数
③都道府県別の実観光入込客数・観光消費額

そのうち、①の最新統計は、以下の観光庁のサイトに載っています。

宿泊旅行統計調査(平成25年10月~12月、平成25年年間値(暫定値))
https://www.mlit.go.jp/common/001029997.pdf

このデータによると、2013年の「都道府県別の外国人延べ宿泊者数」のランキングは以下のとおりです。

1位 東京都 9,984,200
2位 大阪府 4,309,490
3位 北海道 3,050,300
4位 京都府 2,657,100
5位 千葉県 1,993,090
6位 沖縄県 1,363,120
7位 愛知県 1,148,700
8位 神奈川県 1,060,040
9位 福岡県 920,740
10位 静岡県 542,690

沖縄県は人口数や経済規模でみると国内では30位台に位置していますが、ここでは6位に入っています。大都市圏である東京都や大阪府、国際的にも観光地としてすでに定評のある京都府や北海道、成田空港やTDRのある千葉県に次ぐランキングであること。中部空港のある愛知県や福岡空港の福岡県、富士山のある静岡県より上位であることは、相対的にみて沖縄のインバウンド力が高いことを示していると思います。

また、過去3年間と比較した外国人延べ宿泊者数の伸び率(2013年)も、沖縄県は高い数字を示しています。たとえば、2012年度比でこそ、トップは長野県(82.9%増)で2位(74.5%増)でしたが、10年度比でみると196.2%増と断然トップです。つまり、過去3年間、沖縄はインバウンドに力を入れ、その結果が伸び率の上で最も反映されているといえます。

さらに興味深いのは、日本の利用客数の多い上位7空港(新千歳、羽田、成田、中部、関空、福岡、那覇)の国際線における外国人入国者数と日本人出国者の旅客数です。法務省の直近の統計によると、今年3月のデータは以下のとおりです。

       外国人入国者数 日本人出国者数 (2014年3月)
新千歳空港 40,800   13,738
羽田空港 121,128   244,456
成田空港 444,570   726,819
中部空港 54,198   139,873
関西空港253,763   317,624
福岡空港 74,301   81,677
那覇空港 41,382   6,919
総数    1,119,140   1,596,743

②入国港(空港、港)別 外国人正規入国者数(2014年3月)
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001118277

これを見ると、那覇空港の国際線外国人入国者数は6位です。特筆すべきは、利用者の85.7%が外国人(インバウンド客)という高い比率であることです。同じことは北海道にもいえますが、沖縄県の国際線誘致を促進している背景に、外国人入国者の増加があることがわかります。国内客の航空利用が伸び悩み、全国の大半の地方空港が赤字に苦しむなか、これほどうらやましい状況はないでしょう。

インバウンドの動向は「量」だけでなく、「質」も検討する必要があります。

たとえば、質的面からみると、こんな指標が考えられるでしょうか。

①コンテンツの強さ、多様さ
②国際的な認知度
③地元の観光産業の実力、経験値の高さ
④外客受け入れ態勢の充実度
⑤対外プロモーション手法の熟練度
⑥送客国・地域との交流の親密度(特に観光関係者同士の)

ここで一つひとつ上記のポイントを都道府県別に検討するのは難しいのでやめておきますが、本土復帰以来、「観光立県」として国内客を中心した観光誘致に力を入れてきた沖縄県のインバウンド振興に関する経験値の高さは他県と比べ一日の長があります。沖縄の観光関係者に聞くと、受け入れ態勢などまだ遅れていると正直に話すのが常ですが(実際、遅れている面も多々見られます)、それは他県の関係者に比べ、海外の競合地との比較において自らの弱点や相対的評価に対する理解が深いためでしょう。

実際のところ、沖縄県のコンペティター(競合地)は、東京や大阪ではなく、ハワイやグアム、バリやプーケットといった海外のビーチリゾートです。これらは沖縄県の東アジアにおける地勢的な位置付けや自然環境などによるものですが、それをどう活かしてインバウンドを発展させるか。その手法は当然、東京や大阪とは違ってきます。その独自のポジションに沖縄県の面白さがあります。

ところで、世界経済フォーラム(WEF)は、世界の観光分野の競争力を比較した報告書を毎年発行しています。2014年3月に発表された直近の報告書によれば、調査対象の140カ国・地域のうち、以下のとおり、トップはスイスですが、日本は14位となっています。

1位 スイス
2位 ドイツ
3位 オーストリア
4位 スペイン
5位 英国
6位 米国
7位 フランス
8位 カナダ
9位 スェーデン
10位 シンガポール
11位 オーストラリア
12位 ニュージーランド
13位 オランダ
14位 日本
15位 香港

The Travel & Tourism Competitiveness Index 2013 and 2011 comparison
http://www3.weforum.org/docs/TTCR/2013/TTCR_OverallRankings_2013.pdf

評価項目として3分野、14項目が挙げられますが、日本が比較的高い評価を得ているのは、「人的、文化的、自然の観光資源」(10位)で、「観光産業の規制体制」「観光産業の環境とインフラ」はともに24位。個別にみると、「陸上交通インフラ」(7位)や「情報通信インフラ」(7位)「文化資源」(11 位)などは評価が高いものの、「政策方針と規則」(36位)や「観光の優先度」(42位)「環境の持続性」(47位)「観光インフラ」(53位)などはいまいちで、とりわけ「観光との親和性」(77位)「観光業における価格競争力」(130位)はきわめて低く評価されていました。

A)T&T regulatory framework(観光産業の規制体制)
Policy rules and regulation(政策方針と規則)36位
Environmental sustainability(環境の持続性)47位
Safety and security(安全性)20位
Health and hygiene(健康と衛生)16位
Prioritization of Travel & Tourism(観光の優先度)42位

B) T&T business environment and infrastructure (観光産業の環境とインフラ)
Air transport infrastructure(航空インフラ)25位
Ground transport infrastructure(陸上交通インフラ)7位
Tourism infrastructure(観光インフラ)53位
ICT infrastructure(情報通信インフラ)7位
Price competitiveness in the T & T industry(観光産業における価格競争力)130位

C) T&T human, cultural, and natural resources(人的、文化的、自然の観光資源)
Human resources(人的資源)21位
Affinity for Travel & Tourism(観光との親和性)77位
Natural resources(自然資源)21位
Cultural resources(文化資源)11位
(※Climate Changeは指標外だが、要素のひとつではある)

The Travel & Tourism Competitiveness Report 2013(全文)
http://www3.weforum.org/docs/WEF_TT_Competitiveness_Report_2013.pdf

ここからうかがえるのは、日本の交通・通信インフラに見られる産業力や文化的な観光資源が高く評価されているのに対し、観光に対する政策面や社会の取り組みが評価されていないことでしょう。

「ものづくり大国」の旗印を掲げて経済成長した戦後の日本社会にとって、観光の「優先度」や「親和性」が低いのはある意味無理もないといえます。優先すべきものが他にあったからです。しかし、日本社会の観光力を高めていくことは、日本の「ものづくり」にとっても実は重要なことだと思います。今日「ものづくり」の担い手が新興国に移りつつあるなか、質の高い産業を国内に残しつつ、広く雇用を確保し、社会全体のバランスを見直すことは必要だからです。ヨーロッパ諸国の多くが観光政策に力を入れているのは、国家イメージのPRに観光ほど役立つものはなく、しかも雇用創出、とりわけ若年世代の雇用に大きく貢献するのが観光産業だと知っているからです。国際的にみて日本の観光は高いポテンシャルを有しながら、それをうまく活用できていないのは残念なことです。

インバウンド振興はグローバル化による外界の変化にいち早く気づくことから始まるという意味で、沖縄県が先んじていたのは、地勢的にも、歴史的にも、ある意味当然とはいえるのですが、そのノウハウから学べることは多いはずです。
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by sanyo-kansatu | 2014-05-06 22:23 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 04月 26日

「Tokyo Grand Shopping Week」(表参道)の舞台裏

今年1月23日~2月5日、東京を代表するおしゃれストリートの原宿と表参道で外国人観光客を対象にした Tokyo Grand Shopping Week が開催されました。キデイランドなどの個店や表参道ヒルズやラフォーレ原宿、東急プラザなどの商業施設のテナントが参加し、バーゲンセールや店頭でのスクラッチ抽選キャンペーンなどが実施されました。イベントを主催した原宿表参道欅会の松井誠一理事長と事務局インバウンド担当の中島 圭一さんに話を聞きました。

やまとごころインタビュー
http://www.yamatogokoro.jp/inbound-interview/index04.html

―『Tokyo Grand Shopping Week』を振り返ってどうでしたか?

中島(敬称略。以下同)
「原宿表参道では、昨年同時期にも“Tokyo Fan Week”というイベントを開催していますが、今年はよりショッピングのイメージを重視して名称を変更しました。

バーゲンセールをキラーコンテンツと捉えて「日本で最も遅い」といわれるラフォーレ原宿のバーゲンセールに他の施設や個店が時期を合わせる形でキャンペーンをスタートし、終わりを中国の旧正月にあたる春節期間に設定しました。

『Tokyo Grand Shopping Week』のターゲットは、台湾、香港、中国、韓国および東南アジア諸国をメインとする20~40代の男女と日本在住の外国人です。キラーコンテンツは、183店舗が参加したバーゲンセール。そして、1000円以上お買い物、お食事をされたお客さまにスクラッチカードを渡し、当ったお客さまは臨時観光案内所で10000円分の表参道ヒルズのお買い物券や参加店舗から集めた景品と引換していただくキャンペーン。昨年は表参道ヒルズの1ヵ所でしたが、今年は東急プラザと2ヵ所で行いました。

昨年の反省からいくつもの改善を行いました。たとえば、昨年は開催期間が1か月で途中、中だるみしたことから、今年は2週間にしました。スクラッチカードは店頭で削ってもらい、当たりがその場でわかる方式にしました。

イベント告知も、「長距離(海外)」「中距離(国内)」「短距離(近接した地区)」の3つのチャネルのうち、近場から外国人客を呼び込むため「短距離」に力を入れ、渋谷区や新宿区、港区のホテルなどにチラシを徹底して配布しました。

今回もいくつかの課題が指摘されており、来期に向けてその改善ともに、年間を通した取り組みを行っていきたいと思っています」。

―原宿表参道でインバウンドの取り組みを始めたのはいつですか?

中島
「インバウンド推進のための3か年計画がスタートしたのは、2010(平成22)年からです。

最初に手がけたのは、他の商業地区に比べ遅れていた銀聯カード端末の導入でした。その後、チャイナリスクが起こり、中国一辺倒ではダメだということを痛感しました。

いつも考えるのは、PRと受け入れのバランスです。欅会ではまず春節キャンペーンを打つ前に決済環境などの最低限の受け入れ整備を優先しました。外国のお客様がお買い物にストレスを感じる状況を残したまま、PRを行うのを避けたかったからです。

その次に初めてキャンペーンに軸足を移しました。表参道は、基本的にFIT(個人客)が似合う街です。
個人客を取り込むには日ごろ接している現場の人間に裁量権を与えることが重要だと考えています。
このエリアではそれが実現できています。毎月2回現場の販促担当者らを集めて会議を開くのですが、この街の人たちは一体になりやすいのがうれしいことです」。

―一体になりやすいというのは、表参道の土地柄にも関係があるのでしょうか?

松井(敬称略。以下同)
「表参道には2つの原点があります。戦後の歴史からお話しますと、ここも2回戦災に遭っていて、焼け野原から始まっています。代々木の陸軍練兵場が米空軍将校やGHQ官僚の家族用宿舎などからなるワシントンハイツとなり、西洋文化と彼らのライフスタイルに直接触れられる街になりました。それがひとつの原点です。

一般に原宿や表参道は、ストリートファッションの街。誰もが思い思いのファッションを表現し、新しいアイデアやインスピレーションが生まれる日本のアパレルを代表する街だと思われています。

転機は東京オリンピックでした。その頃から、ワシントンハイツに丹下健三や浅井慎平といった著名な建築家やカメラマン、デザイナーたちが事務所を構えたように、いろんな才能が集まってきました。実は緑が多くて、家賃が安かったからです。

ところが、外国の方に聞くと、表参道は日本的なものを感じるから好きだというのです。それは、もうひとつの原点である明治神宮の参道であることと関係あるかもしれません。この街の人たちは、表参道が他の商業地と同じ感覚では困ると考えています。だから、欅会の前身である「原宿シャンゼリゼ会」が発足した1973年当時から「キープ・クリーン/キープ・グリーン」というスローガンを掲げ、商業振興と地域環境の両面で活動を続けてきました。

もともと表参道の欅並木は大正10年に植えられたものですが、戦災でなくなった後、昭和26年に地元で造園業を営む方が再植林させたのです。この街の人たちの欅に対する思い入れがいかに強かったかを物語っています。

1970年代後半、原宿は若者の街として脚光を浴びます。ラフォーレ原宿のオープンは1978年。商業ビル化の始まりです。そして90年代前半のバブル崩壊。このあたりの地価も一気に5分の1になり、更地が増えたのもこの時期でした。2000年暮れにオープンしたベネトンを皮切りに、海外の高級アパレルブランドがこぞって出店してきました。ついにここも外資に乗っ取られるのか? でも、結果的にはそうなりませんでした。彼らの多くがビル一棟取得し、日本本社機能を持たせて街と共存しようとしました。彼らの原宿・表参道が持つ価値に対する評価は変わらなかったからです」。

―評価が変わらなかったのはなぜだったのでしょうか?

松井
「街に独自の文化があったからです。モノがあるから人が集まるのではありません。お客さま向けの商品をいくら提供しても、旅の満足は満たされない。もともと表参道に在住外国人が多かったのも、そのためでしょう。

この頃から私たちも原点回帰を考えるようになりました。自分たちのオリジナルは何かということです。それは、欅並木だと。こうして2000年、歴史的に明治神宮の表参道であること、そのシンボルが欅であることから『原宿表参道欅会』と名称を変更したのです」。

中島
「そこから、原宿表参道が目指すインバウンドの方向性が決まりました。

『街歩きが楽しい街(歩いて自分の目で見て触れる観光)』『一人ひとりの個人レベルで楽しめる街の魅力発信』『人間的な交流やホスピタリティが生まれる街』『国内客と海外客の観光施策を変えない』『即効性の集客を競うのではなく、リピーターにつながる街のファンづくり』というものです。

今回の『Tokyo Grand Shopping Week』でも、原宿・表参道の路地裏歩きガイドツアーを実施しました。外国人客にチープだけどクリエイティブなものが見つかることが、この街の魅力だと知ってほしかったのです。それがこの街のDNAだからです」。
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商店街振興組合原宿表参道欅会
東京都渋谷区宮前6-9-1 冨永ビル地下1階2号室
http://omotesando.or.jp/jp

<編集後記>
近年、各地の商店街が外客誘致に向けた取り組みを始めているなか、日本で最も有名なストリートのひとつである表参道がインバウンドに取り組んでいると聞いて、ぜひお話をうかがってみたいと思っていました。

松井理事長はこんなことをお話になっていました。
「もともと在住外国人も多いので、10年前はわざわざ海外から外国客を誘致しようなんて誰も考えていませんでした。2004年頃から都の働きかけで、いくつかの国際観光に関する会合に出席しましたが、外客誘致のために先行投資をすることは誰も望んでいなかったことから、議論は堂々めぐりの時期が続きました」。

一方、中島さんは言います。「なぜインバウンドなのか。将来は人口減、商店街のライバルは楽天という時代に、いかに街で買ってもらえるか。これは全国の商店街の共通の課題となっているはずです」。

表参道にはまちづくり協議会の地道な活動があり、ファッションビルが次々と建てられても、住民が郊外に移らず、コミュニティが維持されるような施策に取り組んできたそうです。これは百貨店や大型量販店だけが連携してキャンペーンを行った新宿との違いでしょうか。

さすがは時代を先駆けて「キープ・クリーン/キープ・グリーン」を実践してきた表参道ともいえますが、全国どこでもこんなにスマートな外客誘致を進めることができるとは思えません。結局のところ、どれが正しいではなく、それぞれの街の土地柄に見合った手法を見つけていくことが大切なのだと思いました。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-26 10:32 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 03月 29日

28回 100年前の外客誘致はどうだった? 戦前期からいまに至るインバウンドの歴史の話

訪日外国人数1000万人達成や東京オリンピック開催の決定で、今年に入ってますますインバウンド振興の機運が盛り上がっています。ところで、日本の外客誘致は、いまから100年前に始まっていたことをご存知でしょうか。

思いがけない話かもしれませんが、日本の外客誘致には戦前期から継続的に取り組まれてきた歴史があります。今回はその歴史を通して、ニッポンのインバウンドの理解を深めてみたいと思います。
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いまでこそ「インバウンド」ということばや「訪日外国人の旺盛な消費への期待」から外客誘致の必要性に対する理解が広まってきましたが、歴史を振り返ると、日本の外客誘致はいまから100年前に始まっています。

それは、1912(明治45)年3月に当時の鉄道院によって設立されたジャパン・ツーリスト・ビューロー(現在のJTBの前身)の活動によってスタートしました。今日の「観光立国」政策や外客誘致のためのプロモーション活動も、すでに戦前期にひな型があったのです。

JTB100年のあゆみ
http://www.jtbcorp.jp/jp/100th/history/

100年前の訪日外国人数は約2万人


設立当時のジャパン・ツーリスト・ビューローは、今日の日本を代表する旅行会社JTBとは実態がかなり異なるもので、むしろ現在の日本政府観光局(JNTO)に近い存在でした。

では、戦前期の外客誘致とはどんなものだったのでしょうか。

それを知るうえで格好の資料となるのが、ジャパン・ツーリスト・ビューローが発行した「ツーリスト」(1913年6月創刊)です。同誌は外客誘致の促進を目的に創刊された隔月刊の機関誌で、1943年まで発行されていました。

ところで、100年前の訪日外国人数はどのくらいの規模だったのでしょうか。同誌創刊号の「発刊之辭」ではこう述べられています。

「漫遊外客の来遊するもの年々二萬人内外を有し、其費す金額も一年大略一千三百萬圓を下らずと云ふに至りては、是を国家経済上より見るも亦決して軽々に看過すべからざる事實たらずんばあらず」。

1912(明治45)年当時の訪日外国人数は約2万人、外客による消費額は約1300万円でした。つまり、2013年に訪日外国人数が1000万人を超えたということは、この100年で市場が約500倍に拡大したことになります。

もちろん、当時といまではさまざまな面で大きく事情が違っていました。たとえば、当時の外客は基本的に客船で来日しています。戦前の資料をみると、1940年代(昭和10年代後半)になってようやく航空機による訪日外客が現れていますが、「500倍」という数的拡大は、いうまでもなく、本格的な航空機時代を迎えた戦後の輸送量の飛躍的増加があってこその話です。
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※100年前の訪日外国人の状況については、中村の個人blog「100年前(1913年)の訪日外客数は2万人、消費額は1300万円」を参照。

アジア客より欧米客が圧倒的に多かった

旅客機の利用が現在ほど一般的ではなかった戦前期において、訪日外客は国際客船の寄港する港から入国していました。
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現在、横浜港に停泊する氷川丸(1930年竣工。北太平洋航路で運航した客船)

ツーリスト6号(1914年4月)の「大正2(1913)年中本邦渡来外人統計表」によると、当時の入国地としての以下の14の港が記されています。

横浜、神戸、大阪、長崎、函館、門司、下関、敦賀、小樽、七尾、青森、唐津、厳原(対馬)、室蘭。

統計表には、それぞれの港ごとに国籍別の入国者数が記載されています。入国者数のトップは横浜で、次いで神戸、長崎、下関、敦賀、門司、函館の順になっています。100年前の日本の玄関口は、成田や羽田ではなく、横浜や神戸でした。

さらに、この統計表によると、1913(大正2)年の訪日外客数は21886人。国籍別にみると、トップが支那(この時期は辛亥革命直後で「中国」という国家は存在しているとはいいがたい状況であったため、当時の中国大陸を指す一般的な呼称として「支那」が使われています)で7786人、次いで米国5077人、英国4123人、ロシア2755人、ドイツ1184人の順になっています。これら中米英露独のトップ5の占める数は圧倒的に高く、他の国々とは比較にならないほどでした。ちなみに、上位5か国の順位は、1926(大正15)年まで変わっていません。

今日と比べると国籍別比率の観点で大きく違うのは、アジア系旅客よりも欧米系旅客が多かったこと、なかでもロシア人の比率の高さが注目されます。

※当時の訪日外国人の国籍別数の詳細については、中村の個人blog「戦前期、外国人はどこから入国したのか?」を参照。

当時も日本のキラーコンテンツは温泉だった

では、100年前の訪日外客は日本のどこを訪ね、滞在を楽しんでいたのでしょうか。

ツーリスト3号(1913年10月)では、この年の7、8月「避暑地、温泉及び都会等に滞在せる外人旅客数」を国籍別に調査しています。同調査に挙げられた滞在地は以下のとおりです。

東京、横浜、鎌倉、熱海、伊東、修善寺、京都、神戸、宝塚、有馬、宮島、道後、別府、長崎、小浜、温泉(雲仙)、伊香保、草津、日光、中宮祠(中禅寺湖)、湯本(箱根)、鹽原(塩原)、松島、大沼公園、登別温泉

なかでも外客滞在数のトップは、日光で6256人。次いで鎌倉3368人、京都3008人、東京1738人、中宮祠1593人、横浜1127人、湯本1067人、小浜1039人、神戸878人、雲仙765人と続きます。
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1878(明治11)年創業の富士屋ホテル(箱根・宮ノ下)は日本人経営による初めての本格的外客向けホテル

当時の日本では、国内全域を短時間で移動できるような鉄道網や自動車道は発達していなかったので、滞在型の旅行形態が一般的でした。現在の東京・大阪5泊6日コースのような周遊旅行はありえませんでした。そのため、多くの外客は東京や京都といった大都市以外は、国内各地の温泉地や避暑地、また鎌倉や日光、宮島など主要な観光地の周辺に生まれつつあった外国人経営の洋式ホテルや日本式の温泉旅館に滞在していたようです。当時から日本のキラーコンテンツは温泉だったことがわかります。
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昭和7年の雲仙での滞在欧米客のパーティ風景

ここでちょっと興味深いのは、トップ10の中に長崎県の雲仙温泉が入っていることです。これは前述した横浜、神戸に次ぐ3番目の入国地が長崎だったことと関係しています。中国大陸と日本をつなぐ長崎・上海航路で訪日した上海租界在住の欧米人(なかでもロシア人の比率が高かったようです)が避暑のため、長崎に渡り、雲仙温泉に滞在したからです。いまではちょっと想像つかない話ですが、当時雲仙には多くの欧米客が滞在していた記録が残されています。

※当時の訪日外客の滞在事情については、中村の個人blog 「100年前の夏、外国人は日本のどこに滞在していたのか?」を参照。

インバウンドのイロハは西欧から学んだ

もっとも、1912(明治45)年当時の日本には、海外から訪れる外国人客を受け入れるためのインフラが、ハード、ソフトの両面でほとんど整備されていませんでした。

そのため、「ツーリスト」誌においても、外客誘致のためには何が必要かを啓蒙するため、海外事情の紹介に努めています。

それらの海外レポートの多くを執筆しているのは、ジャパン・ツーリスト・ビューロー幹事の生野圑六です。生野は鉄道院の役人で、のちに京浜電気鉄道社長になる人物ですが、ヨーロッパ諸国を中心に海外を視察し、各国の外客誘致の現状について報告しています。彼は日本のインバウンド黎明期に最も積極的に啓蒙活動に取り組んだ論客です。

生野がシベリア鉄道経由でヨーロッパ視察に出かけたのは、1912年6月末から9月末にかけてです。ベルリンで開催された国際旅客交通会議に出席するためでした。

「欧州各国に於ける外客誘致に関する施設」(ツーリスト創刊号(1913年6月))という報告の中で、彼はヨーロッパで見聞した多くのことに驚き、感心しています。以下、ポイントを整理してみます。

①当時のスイスではすでに外客受入態勢が完備していたこと

「瑞西は何度参りましても實に心地善い處であります。外客に対する遊覧設備の完備せること、案内上の用意の行届いていること、廣告印刷物等の豊富なること、山水風光明媚なると共に、隅々まで清潔なること、停車場などに長さ数間の大写真などが掲げてあること、ホテルの空室の有無を停車場内に掲示する設備などもあること」。

「外客に対する遊覧設備の完備」もそうですが、彼は何より外客の「案内上の用意の行届いていること」に感心しています。

②ヨーロッパでは国境を越えたドライブ旅行が始まっていたこと

「近時欧米に於ける自動車の発達は非常なもので、従て自動車で自国内のみならず、外国に旅行に出掛ける者は甚だ多いのであります。此道路の如きもツーリストを招致するのが目的であります。鉄道会社も夏期は乗合自動車を運転して、一定の賃金を以て旅客の需に応じております。吾国に於いても将来或地方には、自動車道路を設けることなども一の問題であろうと思ひます」。

これはフランスのエビアンからニースまでモンブラン山脈を横断する約700㎞の自動車専用道路を視察したことに対する感想ですが、日本では戦後を待たなくてはならなかった本格的なモータリゼーションによる観光市場の促進が、ヨーロッパではすでに戦前期から始まっていたことがわかります。

③パリには観光客を惹きつけるさまざまなインフラが充実していたこと

「巴里には其近郊に風光明媚なる處や、名所旧蹟が沢山ありますが、外客を惹付けるには寧ろ人工的設備、或は人為的方法が興つて力あることと思ひます。即美術博物館の完備せる、公園の大規模なる、市内交通機関の便利なる、市街の美観を保つが為に用意周到なる、皆之であります。暇令ば、公設建造物、廣場、凱旋門、スタチュー、橋梁等一として美術的ならざるはなく、電柱などは一本もなく、電車も高架式は許されて居ません。ホテルの設備は完全にして、而も比較的低廉である。劇場には国立竝に準国立とも称すべきものも四ヶ所を始め、多数あり、名優少なからず、他の諸国に於いては夏時は大劇場は休業する例なるに、巴里は無休で、料理や葡萄酒は廉価にして、而も美味である。尚巴里人はコスモポリタンで、外国人を外国人扱ひせず、吾々の如き異人種でも、白人同様に扱ふ等、其他外国人の為に特に利便を計っていることは、列挙すれば沢山あることと思ひます。之等のことは必ずしも吾国に於いて総て模倣すべきでもないが、又中には大に学ぶべきことがあると思ひます」。

ほとんど手放しの称賛ぶりですが、これが100年前の日本人の正直な実感だったと思われます。

④ヨーロッパでは新聞広告による外客誘致が広く行われていたこと

「(ヨーロッパ各地で発行される英国のデーリーメール新聞は)英米人の大陸旅行者に中々よく読まるるのでありますが、此新聞社は倫敦竝に巴里の中心に、立派なる案内所を持っておりまして、欧州のみならず世界各国の鉄道、汽船、ツーリスト・ビューロー、ホテル等は固より、静養地、遊覧地、シーズン、遊覧設備、自動車旅行、飛行、学校、貸家、貸別荘等に関する報告を與ふること」。

この視察を通して生野が得た最大の収穫は、外客誘致のために宣伝媒体(メディア)がいかに効果的であるかを知ったことでした。今日の日本では当たり前になっている海外に対する訪日プロモーションは、100年前に学んだものだったのです。

生野は帰国後、「ツーリスト」誌において繰り返し外客誘致のための広報機関の運営や宣伝方法、案内所の設立、ツーリスト業者の組織のあり方などを提言しています。それらの報告は、この時期ニッポンのインバウンドが、西欧をモデルに一から形成されていった過程が生々しく伝わってくる内容となっています。

※生野圑六の海外レポートについては、中村の個人blog「100年前、日本は欧州から外客誘致のイロハをこうして学んだ」、「大正期にスイスから学んだ観光宣伝のさまざまな手法」を参照。

外客誘致の目的はいまも昔も変わらない

100年前の日本は、日露戦争に勝利し、世界デビューを果たしたばかりでした。しかし、国民経済は西欧諸国に比べるとまだ貧しく、彼らから学ぶべきことが山のようにありました。

そもそも当時の外客誘致の目的は何だったのでしょうか。

ツーリスト創刊号(1913年6月刊)の巻頭には、「ジャパン、ツーリスト、ビューロー設立趣旨」なる以下の文章(一部抜粋)が寄せられています。

「日本郵船会社、南満州鉄道会社、東洋汽船会社、帝国ホテル及我鉄道院の有志聯合の上『ツーリスト、ビューロー』を設立せんことを期し、諸君の御会合を請ひたるに、斯く多数其趣旨を賛成して、御参集を辱ふしたるは、我々発起人一同の感謝とするところである。抑も漫遊外客は、我日本の現状に照らし、各種の方面より大いにこれを勧誘奨励すべきは、今更贅言を要せない次第である、外債の金利支払及出入貿易の近況に対し、正貨出入の均衡を得せしめんが為め、外人の内地消費を多からしむるに努め、又内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め、国家経済上の見地より、外国漫遊旅客の発達を促すは、刻下焦眉の急たること申す迄もなく、更に一方により考ふれば、東西交通の利便開け、東西両洋の接触日に頻繁を加ふるの際、我国情を洽く海外に紹介し、遠来の外客を好遇して国交の円満を期すべきは、国民外交上忽にすべからざる要点である」。

ここでは、当時の外客誘致を提唱する基本的な考え方として、以下の3つの目的を挙げています。

①「外人の内地消費」
②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」
③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」

①「外人の内地消費」とは、文字通り「訪日外国人の消費による経済効果」のことです。まだ貧しかった当時の日本にとって、国際客船に乗って訪日する富裕な欧米客の消費力に対する期待は今日以上に高かったことでしょう。

興味深いのは、②「内地の生産品を廣く外人の耳目に触れしめて、我輸出貿易を発達せんが為め」です。これは、そもそも外客誘致の目的は、日本滞在中多くの外客に国内産品を消費してもらうためだけではなく、その良さを広く知ってもらうことにあるという輸出立国的な認識です。インバウンド促進の目的をツーリズム産業内の市場拡大や地域振興とみなすだけでなく、それを輸出産業につなげてこそ意味があるという論点は、すでに戦前期からあったことがわかります。むしろ、「訪日外国人の旺盛な消費への期待」ばかりが語られがちな今日よりも、当時のほうが物事の本質が明確に意識されていたようにも思います。

③「遠来の外客を好遇して国交の円満を期す」は、外客誘致の目的は国際親善にあるという認識です。

「ツーリスト」誌上では、その後、外客誘致に対する「経済効果」論争が繰り広げられます。外客による消費を重視する立場と、国際親善こそ重要で経済効果は二義的なものだという主張に分かれるのです。後者の主張が生まれた背景には、1914年に始まった第一次世界大戦で戦場となったヨーロッパ諸国からの訪日旅行者が減ったことや、その後の長い日中対立がありました。

たとえば、ツーリスト10号(1914年12月)では、「(第一次世界大戦で)欧州方面に失ひたるものを米国方面に補ひ」(「時局と外客誘致策」)というようなヨーロッパに代わる外客誘致先としての米国への取り込みを促す論考。またツーリスト26号(1917年7月)では、「日支两国民間に繙れる空気を一新し、彼の眠れる友情を覚醒し以て日支親善の楔子(くさび)たらん事を期す」(「日支親善の楔子(支那人誘致の新計畫)」と、悪化する当時の日中関係を中国人の訪日誘致によって相互理解を深め、改善しようと提言しています。国際情勢がいかに外客誘致に影響していたかがわかる話ですが、今日においてもそれが同様であることは、ここ数年の近隣諸国との関係悪化で私たちもあらためて理解したばかりです。

こうしてみると、戦前期の外客誘致の目的や課題は、今日となんら変わらないものであることがわかります。現在の日本政府観光局や観光庁が主導する官民挙げたインバウンドの取り組みは、すでに100年前に企画され、実施されてきた事業だったのです。
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1935(昭和10)年に開業した雲仙観光ホテル

その後、昭和に入り、ニッポンのインバウンドは進展を見せます。国策として全国各地に外客のためのホテル建設が積極的に進められました。日本の名立たるクラシックホテルの多くはこの時期建てられたものです

しかし、時局は戦時体制に向かい、結局のところ、外客誘致どころではなく、敗戦を迎えます。それでも、戦後の混乱期を抜けると、再び外客誘致が始まります。その契機となったのが、1964年の東京オリンピックでした。

そして、いま私たちは2020年開催予定の東京オリンピックをひとつの目標として見据え、インバウンド促進を進めています。こうして歴史を振り返ると、日本はすでに外客誘致に関してそれなりの経験を積み重ねてきたことを知ると同時に、いいことも悪いことも含め、これから先も似通った経験をしていくことになるのだろう、という気がします。

それだけに、過去の歴史には、今日から見ても学べる多くの知見があります。今後は、ツーリスト創刊号で提唱された外客誘致の目的のうち、②や③の視点がより重要になってくると思います。すなはち、外客の消費を期待するだけでなく、それを日本のものづくりと直結させていく動きを促進させる必要。さらに、近隣諸国との関係も含め、訪日旅行プロモーションをいかに国際親善につなげていくかという点でしょう。

大正期に一から始まった日本の外客誘致の取り組みを知り、先人の思いや心意気を思うと、その尽力を断絶することなく、きちんと受け継いでいく必要がある。そんな殊勝な気持ちになったものです。

※やまとごころ.jp 28回 100年前の外客誘致はどうだった? 戦前期からいまに至るインバウンドの歴史の話

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by sanyo-kansatu | 2014-03-29 12:33 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2014年 03月 28日

第1回「ジャパン・ショッピング・フェスティバル(JSF)」報告会にて

2013年12月1日~2014年2月28日にかけて、東京、大阪、福岡の約200を超える小売施設が参加した「ジャパン・ショッピング・フェスティバル(JSF)」が開催されました。主催は、一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 Japan Shopping Tourism Organization(略称JSTO)と観光庁。JSTOはショッピングを通して日本の魅力を海外にPRするため、2013年9月に設立された組織です。今回は、2013-14年冬に実施された第1回JSFの報告会で語られた関係者の取り組みを紹介します。

日時 3月12日(水)15:00~17:00
会場 JAビル(大手町)
主催 一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)

●プログラム1:2013-14冬 ジャパン・ショッピング・フェスティバル(JSF)報告
新津研一JSTO専務理事(株式会社USPジャパン代表取締役社長)

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第1回JSFでは、海外PRのための公式サイト「GoJSF-Japan Shopping Festival」を昨年10月25日開設しました。今回JSFに参加したのは、東京、大阪、福岡の230施設。ショッピングセンターや量販店、専門店、百貨店、ディスカウントストア、アウトレットモールなど、業態はさまざまです。同サイトは4言語(英語、中国語(繁体字、簡体字)、韓国語)対応で、参加店舗の情報がインデックスされ、各店から限定品情報やイベント情報、セール情報が発信されました。
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GoJSF-Japan Shopping Festival
http://www.gojsf.com/

さらに、公式Facebook や協力企業を通じた海外PRも展開しました。Facebookの国別「いいね!」数では、7万人のアクセスの半数以上をタイが占めるという興味深い結果も出ました。とはいえ、ようやく海外PRのためのプラットフォームができたというのが実情で、JSFが海外で十分認知されたという状況には至っていません。

国内では、各地の参加施設が告知ポスターやフライヤーを使ってPRしました。ただし、日本旅行やデジタルカメラが当たる抽選キャンペーン「ジャパンプライズ」の応募者数が予想を下回ったなど、いくつかの課題も指摘されました。

●プログラム2
各商業施設の取り組み事例


春節の販売強化策
京王百貨店 代田怜子氏


京王百貨店では、今年の春節(1月24日~2月13日)の免税売上実績は対前年の約2倍となりました。国別でみると、1位は台湾、2位が中国ですが、ここ数ヵ月、中国のシェアが伸びています。

同店では、春節期間中、外国人向けの5%割引クーポンやお買上プレゼントを告知した「ウェルカムボード」の設置は店内誘導につながり割引クーポンによる売上は対前年8.5倍と大きな効果をもたらしました。さらに「春節福袋」を企画しましたが、事前告知不足や内容の見直しが改善点として挙げられるものの、福袋を紹介するペラの配布による掲載店舗への誘導は成果を挙げました。

東京メトロ1日乗車券の販売と割引キャンペーン
ビックカメラ 田熊力也氏


ビックカメラでは、春節期間中、免税売上が全売上の2桁の比率になりました。同店では、新しい取り組みとして英語、中国語(繁体字、簡体字)、韓国語、タイ語、インドネシア語の多言語Facebookで商品情報を配信。カメラ好き社員の多い同社ならではの販促品として、社員が撮影したオリジナル写真のポストカードを外国客に渡したり、東京メトロと連携して1日乗車券を販売したうえ、乗車券を店頭で提示することで8%割引のキャンペーンを実施するなど、ユニークな販促を展開しました。
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海外店を活用した取り組み
三越伊勢丹ホールディングス 堀井大輔氏


三越伊勢丹ホールディングスでは、海外、国内、社内の3つの取り組みを実施しています。

同グループは海外5カ国、27店舗を展開していることから、現地で発行しているカード会員に対する訪日旅行時の優待サービスとしてクーポン券を発行しました。また国内では、新宿エリアでの他の商業施設と連携した共同キャンペーンを行いました。同じ志を持った異業種の方と話し合いの場を持てたことが収穫でした。
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社内の取り組みとしては、店舗での外客受入の強化策として、対応言語別のバッジを胸に付け、外国語のサポート体制を構築しました。春節前に社内WEBで外客受入のための勉強会をしたことが、現場のスタッフのモチベーションアップにつながりました。
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Tokyo Grand Shopping Week
原宿表参道欅会 中島圭一氏

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原宿表参道欅会では、春節期間中(1月23日~2月5日)、Tokyo Grand Shopping Weekを開催しました。昨年同時期にも、Tokyo Fan Weekを開催していますが、今年のイベントはよりショッピングのイメージを重視して名称を変更したものです。

表参道ヒルズ、ラフォーレ原宿、東急プラザなど、表参道原宿の施設テナントやキデイランドなどの個店約240店舗が参加し、バーゲンセールやお土産企画、レストラン・ウィークなどのコンテンツを実施しました。また期間中、1000円以上お買い求めの外国客に店頭でのスクラッチ抽選キャンペーンを企画しました。

同会では、3~4年前からインバウンドに対する取り組みを始めています。多くの商業施設を取りまとめるため、毎月2回会議を開き、現場担当者らによる意見交換を行っていることが、今回のイベントの大きな推進力となっています。

●プログラム3:2014年夏キャンペーンに向けて
新津研一JSTO専務理事(株式会社USPジャパン代表取締役社長)


今年7月1日~8月31日にかけて夏のキャンペーンを実施します。

この冬のキャンペーンの課題をふまえ、運営方法を見直し、プロモーションの魅力度アップのために、海外PRの発信スケジュールを早期提示することに努めます。我々にとっての課題として何より挙げられるのが、日本には海外向けのショッピングのポータルサイトがない、ということに尽きます。このサイトをポータルに育てていく必要があります。

さらに次回は、これまで参加していなかった北海道や中京エリアの小売店、一部のドラッグストア、専門店などの参加者を拡大していきます。

一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)
東京都港区西新橋3-6-2 西新橋企画ビルディング3階
http://www.jsto.or.jp

<取材後記>
報告会の冒頭で、新津研一JSTO専務理事は「日本の魅力はショッピングに集約されている。ショッピングこそ、日本旅行の楽しいコンテンツである。ところが、海外ではそれが十分認知されていない。JSFは、日本の魅力を海外に広くPRするために、オールジャパンで取り組んでいく取り組みだ」といいます。

昨年秋、一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)が設立するというニュースを耳にしたとき、最初に思ったのは、このプロジェクトにモデルはあるのだろうか? ということでした。

たとえば、かつてバーゲンシーズンには日本人も大挙して押しかけた香港。なぜ多くの日本人は香港に買い物に出かけたのか? 確かに、香港政府観光局のプロモーションは当時から洗練されていましたが、それ以上に雑誌メディアなどが豊富な現地情報を提供していて、お目当ての商品を最初から目がけて香港に足を運ぶ人が多かったように思います。おいしい香港料理が食べられることもお楽しみとして。

こうしてみると、海外の旅行者というのは、限りなくピンポイント情報を求めているのでは……。要するに、バーゲン情報の具体的な中身。そんな身も蓋もないことを思わないではありません。

もっとも、関係者の語るように、いまはまだこのプロジェクトはスタートラインに立ったばかり。今年の春節は、大幅回復した中国本土客によって一部の小売店や百貨店に売上増をもたらしたのは事実です。ただし、それは多くの場合、関係者らの長い試行錯誤や努力の積み重ねがあったということは、今回の事例報告でよくわかりました。

今回の報告会では、現場で外客による売上効果を手応えとして実感している小売関係者の生の声を聞けたことに意味がありました。本来ライバルである方たちが、お互いの経験や知見を惜しみなく公開する場がこうして設けられたことにこそ、JSTO設立のひとつの意義があると思いました。

※九州在住の帆足千恵さんがやまとごころ.jpでJSFの九州での様子を報告しています。
訪日旅行者1000万人時代にショッピングツーリズムの果たす役割は何か?
http://www.yamatogokoro.jp/column/2014/column_147.html
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by sanyo-kansatu | 2014-03-28 08:52 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)