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2015年 04月 26日

日本初のハラール中華料理店「東京ムスリム飯店」に行ってみた

今年1月中旬、新年会に誘われて亀戸の中華料理店「東京大排档」に行ったとき、店員さんからあるレストランの開店チラシをもらいました。この「東京大排档」という店自体が老舗キャバレーを改装したという場末モードたっぷりの時代がかったレストランで、とても面白かったのですが、その店も同じオーナーによる経営のようでした。

店の名は「東京穆斯林(ムスリム)飯店」。「(2014年)11月20日新規開店」「日本初ハラール中華料理店を錦糸町でオープン」と書かれています。

ハラール中華料理店? そのときは、あまりぴんことず、「最近インドネシアやマレーシアの観光客が増えていることを当て込んで、在日華人がムスリム向けのレストランをオープンしたのだな。ハラール認証とはいうけれど、彼らのことだから、どこまで厳密なのだろう。あやしいものだな」などと思ったものの、しばらく忘れていました。山手線の西半分を日常の活動域にしている人間にとって、錦糸町はめったに足を運ぶことがないからです。

先日、千葉在住の年長の友人から会食に誘われました。都心に出ていただくのは申し訳ないことから、お互いの中間地点で会いましょうかという話になり、その人が「錦糸町あたりはどう?」と言ったので、ぼくははっとして「そうだ。例のハラルレストランに行ってみよう」と思い立ったというのが、今回同店を訪ねることになった経緯でした。
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店はJR錦糸町駅南口から西に向かって飲み屋街を歩いて3分ほどの場所にありました。
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東京スカイツリーが間近に見えるロケーションにあります。
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入口にはイスラミックブルーの吹き流しとモスクの尖塔を模した目を引くデザインが施されています。

少し早い時間だったので、客は我々を除くと、ブリヤート系ロシア人か、あるいは新疆ウイグル系だろうかと思われるエキゾチックな風貌のカップルのみでした。おかげで、調子に乗って店内をバシャバシャ撮ってしまいました。
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アラビア文字で書かれたらしいコーランのことばを記した布地や書が飾られています。
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ハラール認証の表示もあります。
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これがメニューです。豚肉料理はもちろんありませんが、ぱっと見た感じ、羊肉料理が多いことを除けば、牛肉や鶏肉料理は豊富で、中華料理屋さんのラインナップとさほど変わらない印象です。

そのうえ、アルコールもあります。日本の焼酎のボトルが1本1800~2200円とはお安いですね。

ひとまず羊肉串といんげんのひき肉炒めを注文しました。これはうまいです。トウガラシの辛みも利いていて、味がしっかりしていながら、意外にさっぱりしている。都内には数多くの華人経営の中国家常菜(家庭料理)をうたう店がありますが、調理人が中国東北地方出身である場合が多いせいか、味付けも調理法もかなり雑なため、期待はずれな店が多い。でも、ここはちょっと違います。
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しばらくすると、客が続々入店してきました。中国人の若い女性ふたり組は、この店の特色菜(看板料理)の「直火烤羊排(羊のスペアリブ)小1980円」と「羊蝎子锅(特製骨付き羊肉の麻辣鍋)1800円」を豪勢に注文しています。さすがは食に金を惜しまない中国人らしいです。
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そのうち店には関取さんもやって来ました。確かに、錦糸町は両国の隣駅ですものね。

そして、ついに真打登場。イスラムスカーフを身に付けたムスリム女性とその家族がやって来ました。
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赤いイスラム帽をかぶった女性はこの店の老板(店長)です。

彼女に少し話を聞くことにしました。「その帽子からすると、あなたは回民ですか? ご出身はどこ?」

「回族です。瀋陽から来ました」
「えっ、そうなんですか…。だとしたら、ご実家は回民街に近い?」
「そうですよ。よく知ってますね」

ぼくは中国遼寧省の省都である瀋陽に仕事でときどき行くのですが、決まって回民街に足を運んでいました。回民街は、中国の少数民族でイスラム教徒の人たちが暮らす地区です。瀋陽の回民街は、市内の中心部の一角にあり、500mくらいの通りに羊肉の屋台や清真レストランがぎっしり並んでいます。

都市化が進み、高層ビルばかりが林立する今の瀋陽では、昔ながらの中国ののどかな雰囲気が味わえる数少ないスポットなんです。

東京ムスリム飯店の人たちの故郷である瀋陽の回民街の様子はこちらをどうぞ。
 ↓
中国瀋陽の回民街(イスラム通り)に行くと、和んでしまう
http://inbound.exblog.jp/24406266/

「ぼくは中国の回民街の屋台に行くのが好きなんです。もしかしてお家は近いの?」
「私の家は、あの近くですよ」

自分のよく知る外国の土地から来た人たちだとわかると、親しみを覚えるものです。

「今日は初めてこちらに来ましたが、本場の味でおいしいですね。調理しているのはやはり回族の人ですか?」
「そうです。私と同じ瀋陽出身の回族です」

帰り際、ぶしつけに厨房を覗くと、白い帽子をかぶった調理人がいたので、思わず声をかけたくなりました。

「あなたも瀋陽の人?」
「そうです。瀋陽ですよ」

そして、写真を撮らせてくれました。
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日本人から見ると、彼が漢族なのか回族なのか、聞いてみないとわからないものです。

中国には、当たり前に彼らのようなムスリム系の少数民族(回族、ウイグル族など)が住んでいます。であれば、ハラールが日常生活の中に根付いていて当然でしょう。最近、日本の大学にもムスリム系留学生のために、ハラール料理を学食で出すところがあるそうですが、中国の大学ではもとより回民食のコーナーはありました。昨今のムスリム系観光客の訪日ブームの中で、彼らが都内にハラール料理の店を出そうと考えるのは、とても自然なことだったのです。

老板に「このお店には東南アジアのお客さんもよく来るんですか?」と聞くと、「よく来ますよ。桜のころは、インドネシアやマレーシアからいっぱい団体客が来ました」と話してくれました。

ぼく自身はハラールに関しては勉強中で、まだまだわからないことだらけですが、以前一般社団法人ハラル・ジャパン協会の関係者に日本企業のムスリム市場に対する取り組みについて話を聞いたことがあります。ハラール対応については、ムスリム系在日中国人に限らず、国内でもいろんな動きが起きているようです。

日本の良いものを世界のムスリムへ―ハラル食品をオンラインで販売
http://inbound.exblog.jp/22415316/

※日本観光振興会でも、ムスリム観光客向けのこんな情報提供をしています。

ムスリム観光客おもてなしガイドブック
http://www.nihon-kankou.or.jp/home/committees/report/event/20141104.html

【追記】
実は、今年(16年)になって2度ほどこのレストランに行く機会があったのですが、1年前に比べると味が落ちている印象がありました。どうしたことだろうと思って、厨房を覗いてみたのですが、以前いた回族の調理師はひとりいたものの、どうも調理が雑になっている気がします。ですから、この記事を書いた当時のように、このレストランを積極的におすすめする気になれなくなっていることを、念のため、告白しておきます。一般に在日中国人の経営するレストランにはこの傾向があります。味が長続きしないのです。回族経営のハラルレストランという意味では珍しいのですが、ちょっと残念です(2016年3月27日)
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by sanyo-kansatu | 2015-04-26 15:54 | 東京インバウンド・スポット | Comments(0)
2015年 04月 26日

中国瀋陽の回民街(イスラム通り)に行くと、和んでしまう

中国遼寧省の省都・瀋陽を訪ねると、必ず足を運ぶのが回民街(イスラム通り)です。
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場所は瀋陽北駅から南に2㎞ほどの市中心部の一角で、大通りに面した入口に白地にブルーの屋根のついた門が建っています。門には「清真美食街(イスラムグルメ通り)」と書かれています。
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その脇には、中国風モスク、いわゆる清真寺院が建っています。中華とイスラムを折衷したような様式の清真寺院は、中国各地で見られます。
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門の中を一歩入ると、500mくらいの通りに清真レストランや屋台がぎっしり並んでいます。
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回民街の通り沿いには団地が建っていて、多くのムスリム系住民が暮らしています。

これらの写真を撮ったのは、2009年夏のことです。撮影は佐藤憲一さんです。

通りには羊肉串の屋台がたくさんあります。どの店も通りにテーブルとイスをだし、客を待っています。串を焼くのは回族やウイグル族たちですが、なかには青い瞳の青年も交じっています。
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この街で食べられるのは、羊肉と小麦をベースとした素朴な味わいです。小麦の生地に羊肉を包んだ「回頭餅」や羊のモツ煮込みスープ「羊雑湯」、東北風に発酵させた白菜を牛肉で煮込んだ「酸菜牛湯」、蘭州名物「牛肉麺」などは、見た目に比べて淡白な味わいで、食べやすいです。回族料理の麺は、一般の中華料理の麺に比べ強いコシがあるのでぼくは大好きです。
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メニューは漢字とアラビア文字併記です。
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瀋陽に来ると、どうしてもこの地区に足を運びたくなるのは理由があります。ここだけは、昔ながらの中国ののどかな雰囲気が味わえるからです。和んでしまうのです。
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上半身裸に坊主頭という風体は東北の漢族の男たちのトレードマークともいえますが、屋台で串焼きに食らいつくこの男の子の幸せそうなこと。
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もっとも、この街にはエキゾチックな顔立ちの子どもたちも大勢います。
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このおじさんの顔つきも、もともとシルクロードの住人であったことがよくわかります。

そして、何より目を引くのは、首をはねられた羊を丸ごと一匹解体するシーンです。
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カメラを向けると、若い新疆ウイグル地区出身の若者がほこらしげに羊を抱えて見せてくれました。
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夕闇が近づいてくると、回民街はいっそう味わい深い雰囲気を醸し出してきます。
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先ほど解体されていた丸ごと一匹の羊も半分くらいは、串焼き用に切り取られています。
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通りにはネオンが灯り、漢族の若いカップルも散歩しています(それにしても、東北の男性は若くても上半身裸なんですね)。
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夜になると、羊肉串を焼く白い煙がもうもうと立ち昇っていく様子が見られます。
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肉の焼け具合もいい感じです。
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麺屋を覗くと、小麦粉を練って手で伸ばしている男たちもいました。
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そして、この髭じいさん。この界隈のウイグル族の年長者のようです。
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最後にみなさんで記念撮影。これが瀋陽の回民街の世界です。
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……とここまでは、よくありがちな地元とのふれあいを楽しむ旅ネタですが、ちょっとした続きがあります。

カメラマン氏が撮った写真をメールで送るから、メルアド教えてと尋ねたところ、ひとりの青年がこう言うのです。

「ぼくたちウイグル族は今、ネットを政府から監視されていて、海外からメールが届くと面倒なことになる。プリントして送ってほしい」。

実は、この写真を撮ったのは、2009年7月に起きたウイグル騒乱から1か月後のことでした。彼らが中央政府から監視の対象とされているとは聞いていたものの、新疆ウイグル地区からこんなに離れた瀋陽ですらそうなのか、とちょっと驚いたものです。

中国では、わざわざ政治向きの話を詮索する気はなくても、こういう場面によく出くわすものです。

それから約9か月後の朝日新聞(2010年5月15日)に次のような小さな記事が載りました。

「中国新疆ウイグル地区自治区政府は14日、昨年7月の約200人が死亡したウイグル騒乱以降、同自治区内で規制していたインターネット接続を全面的に回復させたと発表した」。

都内でこの回民街出身の回族と出会うことになったのは、それから5年後のことでした。
 ↓
東京ムスリム飯店は中国瀋陽出身の回族のお店でした
http://inbound.exblog.jp/24406306/
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by sanyo-kansatu | 2015-04-26 15:35 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2015年 01月 15日

丹東で唯一ショーを撮影できる北朝鮮レストラン「柳京酒店」

丹東は本ブログでもしばしば登場する中朝国境にある中国最大のまちです。

旅先では誰もがその土地の名物料理を味わってみたいと思うものですが、鴨緑江の下流域に位置するこのまちの名物は、地元産のハマグリBBQと、対岸から渡ってきた女性たちが歌舞音曲で魅了する「北朝鮮レストラン」です。

北朝鮮レストランの多くは、朝鮮戦争時に米軍によって落とされた鴨緑江断橋のたもとの河沿いに並ぶように出店しています。

もう6年以上前のことです。このまちのある北朝鮮レストランでカメラマン氏と現地の友人と3人で食事をしながら、ウエイトレスらによる歌謡ショーを観ていました。店内には韓国人客が多く、場もとても盛り上がっていました。我々日本人客がいることを意識してか、テレサ・テンの曲を歌ってくれたり、歓迎ムードに包まれていました。

カメラマン氏は彼女らの歌い、踊る姿を自由に撮影していました。彼だけでなく、韓国人客も一緒になって、その場は撮影会の会場と化していたのです。

ショーが終わると、ひとりの男性が入店してきて、プルコギを注文しました。ウエイトレスのひとりが、彼に呼ばれ、何事か話をしていたのですが、しばらくすると、ショーに出演していたウエイトレスらが我々のテーブルに集まってきて、中国語で「いま撮った写真のデータを消せ」と言い出したのです。

先ほどまでの様子とうって変った彼女たちの剣呑な態度に驚くとともに、なぜこういう事態になったのか訝しく思っていると、現地の友人が小さな声で「あの男は、北朝鮮の監視員です。気を付けてください」とささやきます。

事態の急変に珍しく強く反応したのが、カメラマン氏です。彼は中国に限らず、世界中どこに行っても同じように地元の人たちのスナップを撮るのを常としてきましたが、写真を見せると、みんな喜んで送ってくれ、となるのが普通です。それを、いきなり「データを消せ」と、先ほどまで笑顔を振りまいていた彼女たちに迫られたものですから、ショックとともに腹にすえかねたのでしょう。カメラマンにとってデータを消せと言われるほどの苦痛はないからです。

こうした様子を遠目に眺めていた先ほどの男が、不意打ちのように日本語で声をかけてきました。「彼女たちは、先ほどあなたたちが撮った写真をすべて見せてくださいと言っています。そして、問題があるものは消してほしいと」。

「なぜですか。彼女たちも喜んでいましたよ。それに問題って何ですか。いきなり消せとは失礼じゃないですか」。そうぼくが応じると、彼は言うのです。

「あなたたちがこの写真を週刊誌に売ったら、彼女たちは国に帰ったあと、どうなると思いますか。彼女たちの立場になって考えてみてください」

ずいぶんな決めつけに一瞬イラっとしましたが、なるほど、そんな言い方をするものなのかと思ったと同時に、この男は日本にいたことのある人間だとわかったので、「あなたは日本のどこから来たのですか」と逆質問してみました。関西方面のようでした。

こういう場面になると、もっとその男を質問攻めにしたくなってしまうのがぼくのたちですが、カメラマン氏がこの場には耐えきれないため、帰ると言い出したので、そこで話は終わりました。店を出ると、鴨緑江断橋の薄暗いネオンがぼんやりと光って、川面に映っていました。ひどく後味の悪い夜の思い出です。

その後、何度も丹東に来ましたが、このまちの北朝鮮レストランでは撮影は行いませんでした。実際、数年前からこのまちでは、何人に限らず、ウエイトレスやショーの撮影は禁止になっていたのです。きっとこの種のトラブルが問題化されたためでしょう。

ところが、昨年7月、2年ぶりに丹東を訪れたとき、現地の友人が「この店だけ撮影OK」と連れてきてくれたのが「柳京酒店」でした。

場所は、鴨緑江断橋のすぐそばです。店内は広く、他の北朝鮮レストランとは違い、内装もそこそこ洗練されています。どうやら中国人経営のレストランのようです。
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丹東にある北朝鮮レストランのなかで、唯一歌謡ショーの撮影が許されているのは、そのためでしょう。他店と違い、ショーは1日2回。12時30分と18時30分に始まりますが、早めに予約をしておかないといい席が取れない人気店なのだそうです。

実際、店内は国内外の観光客でいっぱいでした。実は、この近くに北朝鮮の経営する5階建てのレストランがあるのですが(なんでも世界最大の北朝鮮レストランというふれこみです)、そちらは閑古鳥のようです。やはりここは中国。客のニーズに応えられなければ、商売はうまくいかないものです。ここに北朝鮮式ビジネスのジレンマがあります。

さて、演奏が始まりました。最初の「パンガプスムニダ(お会いできて嬉しいです)」こそチマチョゴリ姿でしたが、それ以後はありがちなショーではなく、バンド仕立ての軽快なスタイルがこの店の特徴のようです。これまで中国各地、そして東南アジア方面でも北レスを見つけると足を運んできましたが、ここはショー自体に新しい趣向が感じられて面白いです。
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もうそこらじゅうで彼女たちをバックにした記念撮影が始まっています。
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彼女はもしかしたら中国人かもしれません。ちょっとあか抜け方が他のNKガールたちとは違っていました。こうした共演も中国人経営だからできることなのでしょう。
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料理は中華と朝鮮の折衷です。味は……まあこんなものでしょう。
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ところが、今回もちょっとしたトラブルが発生しました。どうやら写真はOKですが、動画はNGだというのです。それを知らずにデジコンで動画を撮っていたら、いきなりウエイトレスが近づいてきて、カメラを取り上げようとするのです。あまりの強引さに怒るというより、呆れてしまいました。およそ客に接する態度ではありません。まったく、もうひどいんですから……。やれやれ。

あとで聞くと、YOU TUBEにアップされるから動画はNGだとか何とか言っていました。

彼らにとってレストランの経営には、海外から(特に同胞である韓国から)の悪意の視線をめぐる葛藤がつきまとうようです。
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柳京酒店
http://www.ddliujing.com
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by sanyo-kansatu | 2015-01-15 10:24 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【後編】

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【中篇】の続きです。(→【中編】)

これまで【前編】【中編】を見てこられた方の中には、似たような料理が並んでばかりでうんざりしている人もいるかもしれません。実際、アップしているぼくもさすがにそういう気分になりつつあります。

こうして並べてみると、ある特定の地域を訪ねた以上、よく似た地方料理ばかりが出てくるのは無理もないからです。一方、外貨を落とす客人相手となれば、北朝鮮の地方都市でもこれだけの料理が供されるのか、という見方もあるかもしれません。それをどう理解すべきかについては、まだまだ宿題です。

それでも、【後編】では、これまでと多少趣向の違った料理が出てきます。実は、同行しているカメラマンは韓国料理通で、北朝鮮というより朝鮮半島の地方料理としての咸鏡北道の食の特徴に関心を持っていることから、次はこういうのが食べたいと積極的にリクエストしてくれるので、大助かりなのです。特注品の食の選択はすべて彼におまかせでした。

10)4日目夕食(清津観光ホテル)
この日の夜は、清津市内のホテルに泊まりました。清津駅の裏手にある清津観光ホテルです。

このホテルのオーナーは(後日紹介しますが)、いまからちょうど50年前にこの地に来た日本生まれの在日帰国者です。こういう方と北朝鮮で会うのは初めてでした。彼によると、2000年代前半くらいまでは、戦前期に清津に住んでいた年配の日本人たちがよくツアーで来ていたようで、彼はガイドとして七宝山なども案内していたそうです。彼の兄弟は日本にいて、ときどき訪ねてくるそうですが、それだけに日本の情報もそれなりに詳しいのです。50年も日本に戻っていないのに(彼が帰国したのは、18歳のときだったそうです)、日本語がなんら衰えていないのは驚きました。

そんなオーナー氏は、久しぶりに日本人が訪ねてくるということで、ずいぶんこちらに合わせた料理を用意してくださいました。こんな感じです。
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タコの刺身、ハタハタやカレイの唐揚げまでは、これまでどおりです。
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しかし、エビフライやトンカツが出てきたのは、かえって申し訳ない感じもしました。

面白かったのは、このタコ足ウインナー(でも、たぶん魚肉)の炒めものです。人気ドラマの『深夜食堂』で、やくざに扮する松重豐の好物がタコ足ウィンナーだったことを思い出しました。オーナー氏の趣向はどこか昭和のにおいがして、不思議な気がしました。
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これはちょっとべちょべちょですが、ポテトサラダです。卵の黄身もふってあります。朝鮮では、ポテトサラダがよく出てきます。どういう影響からなのでしょう。ロシア? それとも、戦前期の日本? あるいは、在日の人たちが伝えた? これも宿題にさせてください。
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これもよく出てくるどんぐりの寒天サラダ。中国東北地方でもよく食べられていますが、ネットで調べたら、韓国料理でもあるんですね。
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最後に、ご飯とスープが出てきたので、「こういうのがいちばん落ち着きますね」と言うと、オーナー氏はニコニコ笑っていました。
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11)5日目の朝食(清津観光ホテル)
朝食には、パンが出てきました。これは朝鮮で初めてのことです。気を遣ってくださったのだと思います。インスタントコーヒー付きです。中華料理みたいなのも付いていました。
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これが清津観光ホテルです。
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12)5日目の昼食(羅津の金栄食堂)
この日、朝8時に清津を発ち、昼前には羅先に戻りました。昼食は、2年前に来たことのある金栄食堂でした。食のリクエストはカメラマン氏に一任したと先ほど書きましたが、彼が「串焼きはありますか」と通訳に尋ねたところ、あるということで、この店に行くことになりました。
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中国の延辺朝鮮族自治州は串焼きが有名なので、もしかしたら羅先にもあるのでは、と彼は思ったそうです。実際、炭火焼のコーナーに案内され、中国でいう「羊肉串」が出てきました。これはもともとこの地にあったものなのか。それとも延辺から入ったのか。これも宿題です。

こちらがどんどん写真を撮る気でいるのをいいことに、ガイド氏は「ボタンエビの刺身も食べますか?」と聞いてきます。そういえば、2年前この店で同じものを食べた気がしますが、実はこれまで各地で出された刺身のクオリティには満足していなかったので、「どれ、持ってきてください」。もうにわかお大尽気分です。出てきたのはこれです。これも冷凍でした。
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串焼きときたら、しめは冷麺でしょう。ぼくは韓国の冷麺についてそれほど詳しくないので、朝鮮で出てくる冷麺を食べても、まあこんなものかな、という感じなのですが、カメラマン氏は韓国中の冷麺を食べ尽くしているという食通なので、実はあまり評価していません。
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それでも、グルメ雑誌のようなカットもつい撮ってしまいました。
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この店のウエイトレスは、清津方面の子たちと比べるとずいぶんあか抜けして見えました。化粧の仕方など、中国の都会の子に近いのです。カメラを向けるとピースをしたり、北朝鮮の若い世代も、対外開放されている都市などに限るのかもしれませんが、かなり中国の現代文化の影響を受け始めているに違いありません。
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どうやらこの金栄食堂は、焼肉や海鮮料理など、さまざまなタイプの料理が味わえる羅先を代表するレストランのひとつのようです。
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13)チェコ人経営のビヤホール(海浜公園)
これもある事情通の「羅先に行ったら、最近できたビヤホールに行ってみられるべし」という情報をもとに訪ねました。羅津港の北側に広がる海浜公園の中にあります。

チェコ人経営という話でしたが、すでに彼らは帰国しており、地元の女性が生ビールを入れてくれました。
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味は正直もうひとつです。メニューには1杯10元とあるのに、20元取られました。実はこれまでもこうやってボラれてきたに違いありません。なにしろすべての支払いが人民元なのですから。メニューをみると、いろいろ載っていますが、出せるつまみは限られているようです。
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店内には人っ子ひとりいません。「1年前のオープン当時は、けっこう客もいたが、だんだん来なくなった」と通訳氏。そのうち、チェコ人も帰国し、「ビールの味も落ちた」(これも通訳氏)そうです。
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14)5日目の夕食(朝鮮料理専門レストラン)
最後の夜は、羅津の朝鮮料理専門レストランに行きました。カメラマン氏のリクエストで特注したのは、海鮮鍋です。彼は韓国での豊富な食体験をもとに、朝鮮でどこまでそれに近いものが味わえるか試しているようです。毛ガニやエビ、タラなどいろいろ魚介の入った鍋が出てきました。
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当初用意されていた料理は鍋の周囲に置かれたもので、これまでどこかで出てきたラインナップと同じです。

これは中国の延辺でもよく食べるジャガイモチヂミです。もともと咸鏡北道の料理です。
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この店も閑散としています。我々は、なるべく他の外国人客とかちあわないように仕向けられているのだろうと思っていましたが、これまで見た限り、羅先の飲食店はどこも閑古鳥のようです。中朝関係の悪化による中国人ビジネスマンの朝鮮渡航の減少が影響しているのではないか、とぼくは推察します。
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というのも、国際旅行社のガイドの話では、中国人ツアー客はそこそこ羅先にも来ているのですが、彼らの参加するツアー代金はあまりに安すぎて、いくら物価の安い朝鮮でも、これまで紹介したような食堂には連れてこれないそうだからです。彼はそれを不満げにこう語っていました。「中国客はお金を出したがらないので、こういう料理を食べさせることができないんですよ」と。要するに、今回我々が訪ねたレストランは、ツアー客ではなく、ビジネス渡航で来た中国人やロシア人たちが利用していたのであり、彼らが頻繁に羅先に来なくなれば、利用者がいなくなるわけです。地元の朝鮮の人たちが利用するには、まだまったく高すぎるからです。通訳氏たちの月収が1か月300元と聞いて、無理もないと思いました。わずかな滞在日数とはいえ、こうしていろいろ見えてくること、明かされることがあります。
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この店のスタッフは品のいい女性たちでした。それにしても、朝鮮の女性はなんと健気に働くことでしょう。

今回あらためて思ったのは、中国の北朝鮮レストランで働くウエイトレス兼歌手の彼女たちと比べて、朝鮮国内の町のレストランで働く女性たちのほうが好感度が高いことです。やはり中国にいると、とかく好奇のまなざしを向けられがちな朝鮮人女性として自尊心を保つために心に鎧をまとわないわけにはいかないからでしょうか。妙にツンケンしていて、あんまり親しみを感じない場合が多いです。そういうクールビューティぶりがかえって、以前韓国で話題となった「美女応援団」的な人気にもつながっているのかもしれませんけれど。
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15)6日目の朝食(東明山ホテル)
最後の日は東明山ホテルに泊まりました。朝食は中国のホテルと同様のビュッフェでした。中国客が多く、中国料理ばかりでしたが、キムパップやキムチ、ミソチゲはありました。我々にはこれで十分です。
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実は、羅先の最後の宿泊先は、初日と同じ琵琶閣といわれていたので、それじゃつまらない、こちらはなるべくいろいろ見ておきたいのだと主張すると、50ドル追加で東明山ホテルに換えてもらうことになったのでした。羅先でいちばん新しく、館内にはスパやプール、ジムなどもあります。その実態は……これはまた後日にしましょう。
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16)6日目の昼食(琵琶閣のカラオケラウンジ)
今回の最後の食事は、通訳氏の強い希望で、琵琶閣のカラオケラウンジに行くことになりました。彼はどうしても自分の歌う長渕剛の『乾杯』を我々に聞いてほしいというのです。そのいきさつについては、別の機会に譲るとして、実はこの日の昼食はカメラマン氏の希望で、汁なし参鶏湯のタッコンを用意してもらいました。
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鶏を一羽丸ごと使うということで、200元も取られたのですが、通訳氏は「もし自分に頼めば40元で用意した」とこっそり話してくれたほど、最後の最後まで旅行社の人間にボラれまくってしまいましたが、写真を撮るためにはやむを得なかったのです。
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中華系の料理が幾皿か並び、ヨモギの焼酎なんてのも出てきました。

さて、ここで通訳氏は約束どおり『乾杯』を披露してくれました。動画も撮ってあるのですが、これまで名前を伏せてきたように、彼の姿をネットにさらしてしまっていいものか、いまのところまだ躊躇するところがあるので、公開しません(本人はそうしてほしかったみたいでしたが……)。
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その代わり、このホテルの女性服務員が、おなじみの「パンガプスムニダ(お会いできて嬉しいです)」を歌ってくれたので、そちらの動画は配信します。
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羅先(北朝鮮)琵琶閣のカラオケ
http://youtu.be/qaf0a70ZFEk

さて、このような飽食の呆れた日々をかの国で過ごしたわけですが、すでにお気づきのように、食と女性に関してのみ、断然ガードがゆるいという特性に乗じ、1日3回は必ず体験することになる<食>を通して、どこまでこの国の理解に近づけるのか。監視役にずっと見張られ、もとよりたいしたことなどできない環境のなか、冗談半分で試した戯れごとに過ぎないことをお察しいただいたうえで、それでも何らかの発見があればうれしく思う次第です。

※その他、いまどきの北朝鮮事情については「朝鮮観光のしおり」をご覧ください。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 23:53 | 朝鮮観光のしおり | Comments(1)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【中編】

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】の続きです。(→【前編】)

6)3日目朝食(鏡城観光ホテル)
鏡城観光ホテルの客室はかなり老朽化していているのですが、風呂には温泉が出ました。朝食は中華風で、カステラがメインのように中央に置かれていました。
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昨晩歌を披露してくれた彼女が、制服に着替えて給仕してくれます。
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ご飯とチゲが分かれて出てくるのですが、朝鮮の人たちはスープにご飯を入れて食べるのが好きなようです。
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ホテルのロビーには、これから向かう七宝山の絵が飾られていました。
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7)3日目昼食(外七宝山荘)
鏡城から車で七宝山を登り、この山唯一の宿泊場所である外七宝山荘に来て昼食となりました。今晩はここに泊まります。こちらでよく出てくるハタハタの唐辛子煮や揚げ魚、イカの辛し炒め、豚の角煮など、山の中のホテルなのに、素材は悪くありません。
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何よりこのホテルの女性スタッフはとても気さくで感じが良かったです。
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8)3日目の夕食(外七宝山荘)
夕食も同じ場所。昼間のメニューと若干似ているように見えますが、魚の煮付けや揚げ魚、ポテトサラダなど。この日も朝鮮男性たちは酒にひたっておりました。
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9)4日目の朝食(外七宝山荘)
朝食は目玉焼きに海苔とチゲ、そして魚の唐辛子煮です。七宝山は海に近いせいか、魚が毎回出てきます。味付けは唐辛子味になってしまうのですが、油っぽい料理は少ないので助かります。
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レストランの脇の売店では、朝ロ中3カ国の酒やポッカのオレンジ缶ジュースや缶コーヒーが置かれていました。朝鮮モノはどんぐりやビワの焼酎のようです。中国の白酒やロシアのウォトカもあります。確か、ポッカはマレーシアに工場があり、そこから入ってきているものと思われます。
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チョコパイなど菓子類も売っていました。この手のものも、マニアの人なら面白がって買って帰るのかもしれませんね。
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朝鮮産のミネラルウォーターもあります。
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ホテルのスタッフがどろどろした液体をペットボトルに移しているので、何かと聞くと、天然の蜂蜜だそうです。
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このホテルの服務員のリーダーの崔銀星さん(中央)は清津出身で、地元の経済専門学校で会計を学んだそうです。
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彼女の名前は聞くのを忘れましたが、給仕の仕事が終わると、さっさと私服に着替えていたので素朴な感じのアイドルショット。愛くるしいお嬢さんでした。
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これが外七宝山荘です。山奥の一軒屋なので、いつでも営業しているわけではなく、予約が入ると、食料と共にスタッフらもこちらに来て泊りがけで仕事をするようです。やはり自然の中にいると、この国の特殊な事情や政治のことなどを、つかの間とはいえ、忘れられるのがいいですね。

10)4日目の昼食(海七宝海水浴場)
この日の昼食は、七宝山から日本海側に降りた海水浴場の施設で取ることになりました。ここでも海の幸が山盛りで出てきました。
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揚げハタハタ、タラの唐辛子煮……。連日メニューがかぶっているので、せっかく海の前で食事をいただくというのに、あんまり食が進まないのは申し訳ない限りです。
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むしろこういうさっぱり系がいいですね。

しかし、ここで我々を待ち構えていたのは、目の前の浜でとれたウニや貝の売り子でした。地元出身らしい女性がふたり、椅子の上にちょこんと座っていて、目の前にたらいを並べてこっちをじっと見ているのです。
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こういうときは味見をするしかないですね。だって彼女たちは我々のためだけに用意してくれているわけですから。何か頼んでみましょうか。
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戦前に朝鮮総督府鉄道局が制作した「朝鮮旅行案内記」などを読んでいると、清津をはじめ朝鮮半島の東側の海沿いの町ではウニが豊富にとれることが書かれています。そこで、ウニやハマグリをその場で調理してもらうことにしました。
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ところがです。どうやらこのあたりでも近年ウニを獲り過ぎたため、相当深く潜らないと良質のウニは獲れないそうで、出てきたものは、正直大いに期待はずれでした。どうも朝鮮東海域の漁業に異変が起きていそうです。

※詳しくは、こちらを参照。

北朝鮮のイカ釣り漁船急増は朝鮮東海岸の中国漁船の操業と関係がありそう
http://inbound.exblog.jp/23807614/

それでも、清津の名物といわれるウニ入りおじやは、ほんのり甘くおいしかったです。
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これがボートに乗って海岸線を遊覧したときに撮った海水浴場の施設です。地元の子供たちなどの海水浴客もいて、海はきれいでした。
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さて、【中編】はここまでにしましょう。

続きは【後編】にて。
http://inbound.exblog.jp/23951727/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 19:00 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】

今年7月上旬、ゆえあって北朝鮮咸鏡北道の羅先特別市や清津、七宝山を訪ねました。羅先を訪ねるのは2年ぶりのことです。

その見聞については、追って報告するとして、本ブログでは恒例ともいえる北朝鮮滞在中の食事の内容をすべて公開します。今回はカメラマンが同行している関係で、料理の写真が美しくバリエーションも豊富で、これまで以上に大量の画像をお見せできるかと思います。

羅先(北朝鮮)のグルメ~1泊2日食事4回のすべて(2012年)
http://inbound.exblog.jp/20179579/

2013年版 北朝鮮のグルメ~5泊6日食事14回のすべて
【前編】http://inbound.exblog.jp/21273246/
【後編】http://inbound.exblog.jp/21273691/

まずは簡単な行程から。

1日目 中国吉林省琿春市から羅先市へ
2日目 羅先から清津、鏡城温泉泊
3日目 七宝山へ(外七宝)
4日目 七宝山(内七宝、海七宝)、清津泊
5日目 清津から羅先へ
6日目 羅先から豆満江をめぐり、中国へ

1)1日目昼食(羅先国際旅行社レストラン)
今回の最初の食事は、羅津市内の南山旅館(元ヤマトホテル)の向かいにある羅先国際旅行社のレストランです。中国の国営旅行会社と同様、朝鮮でも外国客の手配を一手に引き受ける国際旅行社は、自前のレストランを営業するケースが多いようです。要は、それも外貨を落とす客の懐の金を囲い込むためのビジネスモデルのひとつというわけです。中国に限らず韓国でもわりと一般的です。
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料理はさしみに水餃子、ちぢみ(なぜかケチャップがかかっています)、唐揚げ、キムチ、そしてキムパップなどです。我々は中国人ではないので、あつあつの料理でなくても気にならないので、レストラン側も用意しやすいかもしれません。隣の部屋には中国人観光客がいましたが、メニューはかなり違うようでした。
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以前も書きましたが、北朝鮮のキムチは韓国に比べ唐辛子の量が控えめで、そんなに辛くはありません。
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ビールは朝鮮産テガンドンビール。
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もちろん、美女ウエイトレスが華やかなチマチョゴリ姿でかいがいしく給仕してくれます。
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実をいうと、今回我々に同行した監視役のガイドや通訳は少し融通の利かないタイプで、戸外の撮影に関しては不自由を感じる局面が多かったのですが、食事タイムとウエイトレスらの撮影に関しては「どうぞどうぞ」と惜しみない協力ぶりを見せたこともあり、こちらも日本のグルメ雑誌に掲載してもいいくらいの気持ちで写真を撮りまくっています。
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これが羅先国際旅行社です。レストランはこの中にあります。

2)1日目の夕食(ロシアレストラン「ノーヴィーミル」)
これは初日の夜の食事ですが、何料理かわかりますか?
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ボルシチやポテトサラダ、そしてビールのラベルに書かれた文字を見ればおわかりのとおり、ロシア料理です。もっとも、手前の皿はロシア料理を代表するカツレツを頼んだのですが、衣がついてなくて、ただのハンバーグのようなしろものでしたが。

事情通の友人から羅先にロシアレストランが2軒あることを聞いていたので、行くことにしたのです。「ノーヴィーミル」という店で、ロシア人経営です。
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ただし、店内には客がほとんどいませんでした。通訳が語るには、「2011年からの不景気で、レストランで食事をする人は少なくなった」とのこと。2011年の意味については、あとで考えるとして、店にはロシアのカラオケや日中ロ朝4か国の酒が揃っています。
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店の服務員です。さきほどの国営旅行社のウエイトレスに比べると、庶民的ですね。やはり民間より政府機関に美女が集められるのはお国柄のせいでしょうか。
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メニューは、ロシア語、中国語、ハングル併記ですが、料金は人民元でした。料理の量がグラム単位で掲載されています。
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実は、こちらのリクエストでロシアレストランに来た関係で、ガイドや通訳、運転手も一緒に食事をとることなり(以後、ずっとそうなりました。その結果、彼らのぶんもすべてぼくが支払うことになるのですが……仕方ありません)、「好きなものをどうぞ」というと、ロシア料理ではなく、ご覧のように中華風炒めものやミソチゲ、キムチが出てきました。ロシア料理は彼らの口に合わないそうです。
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これが店の外観です。2軒のロシアレストランが並んでいます。通りの向かいには、中国人経営の中華料理店があり、要するに外国人経営の店は同じ地域に集められているようなのです(あとで紹介するチェコ経営のビヤホールを除く)。あいにくロシア人オーナーは帰国中で会えなかったのが残念でした。
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3)2日目の朝食(琵琶閣の食堂)
初日は、2年前に泊まった琵琶閣という羅津郊外の高台にあるホテルに泊まりました。朝食は、焼き魚に焼き豆腐、目玉焼き、キムチ、ミソチゲというシンプルなもので、おいしくいただきました。
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これが食堂の建物で、屋上に上がると日本海が一望に見渡せます。ただし、この日は霧で覆われていて、眺望はいまひとつでした。
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4)2日目の昼食(清津船員倶楽部)
この日は、朝8時に羅先を発ち、車で清津に向かいました。昼食は、船員倶楽部という接待施設です。清津は昔から海産物が有名ですが、揚げ魚やタコのさしみなど、正直なところちょっと期待はずれでした。あまり新鮮な素材ではなさそうだったからです。タコも冷凍ものでした。
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そのため、この日のメイン料理は、韓国料理通のカメラマンがリクエストした特注の犬チゲでした。
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これは臭み消しの薬味です。
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今回初めて咸鏡北道の清津に来たのですが、街中は羅先に比べて車の数も少なく、都市の規模のわりには経済的に疲弊感が漂っていました。そのため外国人接待をするスタッフも羅先に比べれば開明的ではないかもしれない、と思っていたのですが、船員倶楽部のウエイトレスたちは場所柄外国人慣れしているのか、カメラマンの注文に気さくに応じてポーズまでとってくれました。
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彼女らは会計係で、制服が違います。
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我々は個室で食事をしましたが、こちらが一般の食堂スペースです。
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これが船員倶楽部の外観です。
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5)2日目の夕食(鏡城観光ホテル)
もしかしたら、この日の夕食が今回いちばん豪勢だったかもしれません。ご覧のとおり、海と山の幸がてんこもりです。生野菜も豊富で食のバランスが絶妙です。場所は、温泉地の鏡城にあるホテルです。
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毛ガニが6つあるのは、我々日本人2名に加え、現地ガイド、通訳、運転手に加え、外国人が羅先の外に出るということで、羅先国際旅行社の部長(とても気のいい酒好きのおじさんでした)までが同行するという大名旅行となっていたからです。こういう監視状態のもとでは、なかなか好きに写真を撮らせてくれません。そのぶん、我々は少々ムキになって料理とウエイトレスの撮影に励んでしまったのでした。
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七宝山に近い鏡城らしく、マツタケ焼酎が出てきました。以前、朝鮮土産として日本に持ち帰り、友人にふるまったところ、不評を買ってしまったマツタケ焼酎でしたが、地元で飲むとそこそこいけます。
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そして、ここでもチマチョゴリ姿の美女ウエイトレスが登場です。少しふっくらとした愛嬌のある顔立ちの彼女ですが、髪型が1970年代の韓国の演歌歌手みたい!? です。やっぱり外国人の多い平壌や羅先と違い、地方に暮らす子はこんな感じなのでしょうか。
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それでも、2日目の夜ということで、すでに無礼講になっていた朝鮮男性4名の積極的なリクエストに応え、彼女は歌を披露してくれました。無礼講というのは、要するに、彼らは支払いが客人持ちであることなど気にせず、どんどん酒を頼みまくるということです。特に部長は焼酎好きのようで、その夜いったい何本の瓶が空いたことか。この日ばかりは、ぼくも先に床に就いてしまいました。

基本的に食事代はツアー料金として事前に支払っているので、翌朝の支払いは酒代だけですが、500元相当とられてしまいました。焼酎は種類にもよりますが、1本20~30元相当。ずいぶん飲んだものです。おかげで、翌日の行動はお昼からということになってしまいました。考えてみれば、ひどい話です。

「朝鮮の人たちと付き合うなら酒から逃げてはいけない。日本人はウイスキーを水割りで飲むからつまらない。水で割るような薄い関係では、何も信じられない、と彼らは言う。とにかく倒れるまでとことん飲む人間が愛される」。事情通の友人からそう繰り返し聞かされていましたが、彼らとの5泊6日は、撮影の不自由さからくるストレスを除けば、ほぼ友好的に過ごすことができたのも、酒のおかげというものでしょう。なぜって、彼らは我々と過ごしている間は、好き放題懐を気にせず酒が飲めるからです。やれやれ、な話ですが、まあ仕方がないと思うほかありません。

この蔦に覆われた建物が鏡城観光ホテルです。
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さて、【前編】はこのあたりまでにしましょう。

続きは、【中編】にて。
http://inbound.exblog.jp/23950361/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 13:30 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 12月 27日

北朝鮮漁船が目の前を行き交う海鮮レストランで舌鼓(遼寧省丹東市)

中国遼寧省の丹東は、鴨緑江をはさんで北朝鮮の新義州と国境を接するまちです。

このまちの旅行会社に勤める友人の閻宇飛さんは、いつもぼくを珍しい場所に案内してくれます。今年7月丹東を訪ねたとき、連れていかれたのが「江海湾」という海鮮レストランでした。

まずはその店で供された海鮮料理の数々をお見せしましょう。
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ワタリガニやエビ、ハマグリ、アワビなど、すべて近海で採れたものです。
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丹東では海鮮を中華風に濃く味つけしないので、日本人の口に合います。

料理は生簀から素材を選びます。ナマコやフグもあります。
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素材を選ぶと、目の前で豪快に調理してくれます。これでうまくないはずがありません。しかも安い。これだけ頼んで飲み物も入れて400元足らずというのですから。
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さらに、レストランの目の前は鴨緑江の支流で、常連客は店の外にテーブルを出してオープンエアで食事を楽しみます。これが気持ちいいのです。
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レストランの周辺環境を撮ったのがこれです。鴨緑江の支流に面したロケーションにあることがよくわかります。
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さて、このようにこの店の売りは新鮮な海鮮と恵まれた環境にあるのですが、日本人にとってある意味もっと刺激的といえるのがロケーションのもつ特殊性です。

江海湾というのは、丹東市内から仁川行きフェリーが出航する丹東港に向かう途中にある漁港の名です。つまり、漁港が経営するレストランというわけですが、面白いのは、その漁港の前を行き来しているのは中国船だけでないことです。そう、北朝鮮の漁船が通っていくのです。
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なにしろほんの数十メートル先の対岸は北朝鮮領です。つまり、ここは中朝最前線に位置する国境展望レストランなのです。

家族連れも多い中国の客人たちと並んで食事をしているすぐそばを、北朝鮮の漁船がゆるゆると通り過ぎていく光景は、実際のところ、のどかすぎるほどなのですが、何かの拍子で朝鮮の漁民と目が合ったりすると、ひやりとした心持に襲われるのは、ぼくが日本人だからかもしれません。周囲の中国客たちは、そんなことちっとも気にしていない風ですから。

それにしても、中国の地方都市の食の豊かさには毎度驚きます。河川の汚染などからくる食の安全に関しては、どこまで信じていいのかわからないところも正直ありますが、毎年4月から9月まで営業される(冬はこの河は凍ります)というこの海鮮レストランにいると、そんなことすっかり忘れて地元グルメに舌鼓を打ってしまいます。

※丹東のもうひとつの地元グルメについては、以下参照。
中朝国境のまち、丹東は今ハマグリBBQの季節まっただ中!
http://inbound.exblog.jp/20527559/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-27 12:09 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 03日

ハルビンで“出戻り”ロシアの味覚に出合う

中国黒龍江省の省都ハルビンは、19世紀末にシベリア鉄道の要衝として建設された都市です。いまでは人口1000万人にもなろうとしている大都市ですが、100数年前は小さな村でしかありませんでした。

20世紀初頭、8000㎞も離れた欧州からこの地に現れたのは、ロシアの将校や軍人、シベリア鉄道の技師、百貨店の経営者、木材を扱うユダヤ商人などさまざまな人種でした。その結果、ハルビンは「極東のパリ」とも呼ばれる多国籍都市になりました。

新中国建国後、この地に暮らしていたロシア人や外国人たちは徐々に姿を消します。ぼくが初めてハルビンを訪れた1980年代半ば頃には、そんな華麗な略歴がウソのような、暗くよどんだ埃まみれの北方の田舎都市へと変わり果てていました。

ところが、2000年代以降の中国東北部の経済成長でロシア人ビジネスマンや旅行者、留学生などが再びハルビンに現れるようになりました。

いま、ハルビンでは“先祖返り”が起きているのです。

そんなハルビンに来たら、ぜひ味わってほしいのがロシア料理です。
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今年7月中旬、夕暮れ時を迎えた松花江のほとりにあるロシア料理店「カチューシャ」を訪ねました。
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店内は木のぬくもりを感じさせるシックな内装で、アットホームな雰囲気を味わいながら食事が楽しめます。
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人気メニューはカツレツやロールキャベツ、ボルシチなど。ワインやシャンパンはもちろんロシアモノですが、ウエイターのイケメン青年ワーリャさんもイルクーツク出身です。
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このちょっといかつい男性がオーナーの李宏南さんです。店の名「カチューシャ」は彼の奥さんの名前から採ったそうです。奥さんはハルビンのはるか北方、シベリアのヤクーツク出身のロシア人で、留学先のこの地で地元出身の李さんと知り合い結婚。本場のロシア料理を出したいという彼女の思いから、2006年家族経営の小さな店を始めたといいます。
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奥さんの故郷ヤクーツクはタイガの中で冷凍保存されていたマンモスが発掘されたことで有名です。実は、お産のため里帰りしていた彼女とはお会いできなかったのですが、ご主人に写真を見せてもらったところ、ロシア系ではなく、シベリアの北方民族の女性でした。
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ロシア料理店「カチューシャ」
ハルビン市道里区中央大街261-1号

もう一軒のロシア人経営のレストランが「アラウンド・ザ・ワールド(环球者西餐厅)」です。
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店内はハルビン在住の欧米人や地元客でにぎわっていました。おすすめ料理はロシア風餃子のペリメニやサーモンのソテーなど。ウォッカやロシアビールも味わえます。
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この店では毎晩19時からライブがあります。ステージに立つ彼女はロシア人歌手のKSENIAさん。
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この店のシェフはもちろん、3人のウエイトレスはすべてロシア人です。ウラジオストク出身のSVETAさん(右)とヤクツーク出身のMARINAさん(左)。MARINAさんはブリヤート系ロシア人で、元留学生だそうです。
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「20世紀初頭、ハルビンには多くのロシア人が住んでいた。だから、私たちにとってハルビンは親しみのある町なのよ」。同店のロシア人女性マネージャーは店を開いた理由をそう語ってくれました。彼女もウラジオストクから来たそうです。この店も2006年開業です。

同店ではロシア食材の販売も行っています。
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アラウンド・ザ・ワールド(环球者西餐厅)
ハルビン市開発区赣水路183号

半世紀を経てハルビンに姿を現し始めた彼らは、“出戻り”ロシア人といっていいでしょう。おかげで正真正銘のロシアの味覚に出合うことができるようになったのです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-03 17:50 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2014年 09月 09日

バイキングのパイオニア「すたみな太郎」はいかに外国客の取り込みに成功したか

寿司と焼肉が食べ放題の「すたみな太郎」チェーンでは、外客の来店が年々倍増に近い勢いで増えています。その理由は何なのか。飲食店における外客受け入れのためのオペレーションや工夫はどうあるべきか。株式会社江戸一の岩月賢治営業企画部長に現場のお話をうかがいました。

―「すたみな太郎」はどんな飲食チェーンなのですか?

創業は1964年。先代が足立区五反野駅前に開業した居酒屋「江戸一」です。78年に寿司と焼肉の食べ放題の「すたみな太郎」1号店(環七店)をオープンし、現在全国154店舗をチェーン展開しています。

当時、食べ放題レストランという業態はなく、弊社はバイキングのパイオニアを自認しています。

以前はロードサイド型の店舗展開で主力はバイキングでしたが、昨今は業態を多様化し、駅前や商業ビル内に店舗を置く都市型の「すたみな太郎NEXT」や、女性向けの自然食ブッフェレストラン「森のめぐみ」、スイーツブッフェの「デザートフェスティバル」なども展開しています。

―訪日外客の受け入れはいつ頃からですか?

本部にインバウンド客の取り込みのための営業企画部を立ち上げたのが2010年12月です。それ以前は、アジアからの団体客を連れたツアーガイドが直接店舗に予約を入れ、送客しているケースが大半でした。

「すたみな太郎」の特徴は、全国の主要国道に面した店舗展開なので、駐車場も広く、バスも4、5台は駐車できる。バイキングの料理を置くスペースの必要などから店舗面積も他の飲食チェーンに比べ広く、席も250~350名様分を用意しています。メニューも老若男女に受け入れられるように、130品揃えています。うどんやラーメン、丼もの、そして季節のメニューも随時採り入れているので、ガイドさんたちから「“すたみな”に入れておけば安心」と思っていただいているようです。

こうした店舗戦略はもともと国内客向けにはじめたものです。価格も均一で、外客向けの特別なオペレーションが必要ないことは、インバウンドにフィットしているのは確かです。現在、年間約1300万人のご利用がありますが、そのうち外客は25~35万人です。国籍別にいうと、台湾5割、タイ2割、中国と韓国が1割ずつで、その他が1割といったところです。国内客に比べれば外客比率はまだ小さいですが、年々倍増に近い勢いで増えており、伸びしろの大きさを実感しています。

―訪日客の来店が増えている理由は何でしょうか?

訪日外客の国内旅行手配を行う業者団体の一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の会員になってから、ランドオペレーター経由で予約が入るケースが増えました。また最近は海外の旅行会社から直接予約をいただくようになっています。「食のワンダーランド」と私どもは呼んでいるのですが、バイキングは海外のお客様に向いています。アセアンのお客様の中には「豚はダメ、鶏ならOK」といった方も多く、メニューが豊富なので、食の好みや習慣の異なる方にもご利用いただけるからです。

一昨年の夏、中国や韓国から大型クルーズ客船が福岡や長崎に多数寄港しました。一度に2000人近くの乗客が何十台ものバスに乗って市内観光に出かけられるのですが、それだけの規模に対応できる飲食チェーンはなかなかありません。1台のバスが乗客40人として、最大でバス4台、時間をずらして2回転受け入れるとすると、一店舗で320人の集客ができることになります。「すたみな太郎」は九州に19店舗(うち福岡県は7店)あり、 それだけのキャパシティでも受け入れ可能ということから、ご利用いただきました。

体験できる店作りも魅力といえます。自分でラーメンを作ったり、綿菓子を作ったり、単純なバイキングではないのです。家族連れにも人気です。しかし、うどんとラーメンのスープの違いなど、日本人なら見ればわかることが、外国人には混乱をさせてしまうこともあるようです。どのようにサポートするのか、今後の課題でしょう。

―海外の団体客受け入れにはどんな点に気を使われていますか?

国内のお客様と同じ場所でお食事いただくことになるため、座席の指定にも工夫がいります。 家族旅行の場合、シニアの方とお子様の割合のどちらが多いかなど、細かく事前にチェックしておきます。ところが、アジアからのツアーは変更が多いので対応に注意が必要です。当初、シニアの方が何人で、お子様が何人と聞いていたのに、いらっしゃってみたら違っていたり、日程の変更やドタキャンも少ないとはいえ、ありますので。

一般に団体のお客様はお食事時間が60分前後。渋滞などの関係で時間通りいらっしゃるとは限りません。2回転を予定している日の場合、前のグループが遅れ、まだ食事をしているうちに後のグループの団体がいらっしゃることもあります。そういう場合は、お待ちいただかなければならないので、店のスタッフも対応に追われます。スタッフはガイドさんと携帯電話で密に連絡を取り合い、事前に情報をキャッチするようにして、現場に混乱がおきないよう、工夫をしています。さらに、バスの駐車スペースを確保しておくなど、経験による細かい対応力が増していると思います。苦労したからこそ、培ったとも言えますか。

―今後の展望やインバウンド業界への提言がありましたらお願いします。

現状ではなかなか難しいことですが、今後このような問題を解決していくためには、我々飲食業界も、ホテル業界のように統一したキャンセルポリシーの確立が必要だと思います。今春、外客向けの観光バス不足が問題となったことで、日本の受け入れ態勢は整っていないことを痛感しました。それは、飲食も同じです。

北陸では海外のツアー客が利用できる飲食店が少なかったため、本当に大変だったようです。これはこの夏にも起こることです。1000万人から2000万人の訪日外客を目指すということであれば、どこで食事をしていただくかも、重要な課題となっていくはずです。全国には飲食店の数はたくさんありますが、外客の利用に適していなければ使えません。これからはいかに飲食店が訪日客の多種多様なニーズに応えられるかがカギになると思います。

株式会社江戸一
東京都足立区西綾瀬2-23-22
http://edo-ichi.jp

<編集後記>
「すたみな太郎」を個人的に利用したことはまだないのですが、その存在を知ったのは2001年のことです。中国からの訪日団体ツアーが解禁された翌年、ある中国人ガイドに覆面インタビューをしたことがありました。7泊8日のホテルや飲食も含めた訪問先をすべて教えてもらうと、「すたみな太郎」という店名がよく出てきたのです。当時からすでに「すたみな太郎」では外客の来店がはじまっていたわけです。今回岩月部長の話を聞き、当時は個別のガイドが特定の店舗に予約を入れ、送客していただけだったことを知りました。何も手を打たなくても、ガイドが送客してくれたのは、それだけの理由があったからです。

「食のワンダーランド」としてのバイキングが外客のニーズに合っていたことは確かでしょう。アジア各国に進出した日本の外食チェーンの多くが、メニューのバラエティ化を図ることで現地化に成功するというのはよく聞く話です。アジアの人たちは、ワンジャンルの専門店より、いろいろな料理の中から選べる店の方が好きだからです。

しかし、「すたみな太郎」に来店する訪日客の利用が増えている理由は、それだけではありません。

全国の主要幹線道路のロードサイド型の展開は、訪日客のツアーの動線に沿って位置しており、利用しやすいことも大きいと思います。それ以上に重要なのは、オペレーションの担当者が全国の店舗の事情をよく知っていることだと、岩月部長はいいます。予約を入れてくるランドオペレーターや、海外の旅行会社の担当者が知りたいのは、主要観光地から店舗までの距離や所要時間、交通事情、駐車場や店舗の状態などの詳細だからです。岩月部長は営業部長の経験もあり、全国のほとんどの店舗に足を運んでいたことが活きているといいます。

日本の外客の受け入れ態勢が飲食においても十分整っていないということは、逆にいえば、今後新しい可能性が広がっているともいえます。新しい外客向けの業態やサービスが生まれることを期待したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-09-09 20:19 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 04月 10日

北朝鮮のナイトライフ~地元ガイドがカラオケで歌った意外な曲は?

以前、2013年夏に出かけた北朝鮮旅行5泊6日、計14回の食事の内容を公開しましたが、その続編として食事の後のナイトライフ、お酒の話を書いてみようと思います。

とはいえ、入国以降はガイド付きでなければ自由行動できないこの国では、夜の街に勝手に繰り出そうなんてこと、基本的にはできません。仕方がないので、まずはホテルの中で探すことにしましょう。
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平壌に来た外国人がたいてい最初に宿泊することになる高麗ホテルの1階ロビーには、ビヤホールがあります。真っ赤な制服に身を包んだ女性服務員がジョッキを運んでくれます。ここには、一般の平壌市民は入れないはずですが、外客接遇の仕事や海外との貿易を営む、この国では特別の階層と思われる地元の人たちもいます。目の前にいるのは、ロシア人でした。

ホテルの地下にはカラオケもあります。2006年の対北制裁以降、めっきり数が減ったものの、以前は上客として優遇された日本人がこの店を多く利用したことを物語るように、日本語のカラオケメニューも、新しくはありませんが、一応揃っています。
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ただおかしいのは、カラオケのビデオを見ると、日本の曲なのにバックの映像は平壌市内の凱旋門が映っていたりします。これはこれで、なかなか不思議な気分にさせてくれます。
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たまたまニュージーランド人の男性客と朝鮮の英語ガイドたちのグループも来ていて、欧米のポップスなどを歌っていました。そのうち、まだ20代半ばくらいに見える朝鮮の女性ガイドが、マドンナの『ライク・ア・バージン』を軽快に歌い始めました。
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歌詞の意味を考えると、こんなハレンチな(!?)歌をこの国の若い女性が歌って大丈夫なの? と思わないではありません。それとも、外国帰りの新しい領袖のことを思えば、いまどきの北朝鮮の若者にとっては、この程度のこと、たいしたことではないのか。まあ、所詮マドンナですし、ずいぶん昔の曲です。彼女の歌う姿を見ながら、改革開放からまだ間のない1980年代の中国でも似たような場面があったことを思い出したのですが、それは一応同時代の音楽だったといえるわけで。いまの北朝鮮の開放度はようやくその段階に至ろうとしているのかどうかはなんとも言えません。それに外客を接遇するのが職業である彼女は一般市民と同じ感覚とはいえないでしょうから。

さて、場所は変わって、金剛山ホテルにて。
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一時期は韓国客でにぎわっていたこのホテルも閑散としていました。1階ロビーのバーでは韓国の「Hite」のビールサーバーがあったのですが、出てきたのは朝鮮の瓶ビールでした。

面白かったのは、最上階のカラオケスナックです。地方の観光地となると、外国人はホテルの外に出ることができない以上に、気の利いた場所などあるとは思えません。ホテル内で過ごすしかありませんが、それも悪くはないものだと思いました。
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エレベーターで最上階に上がると、店は真っ暗でした。はたして営業しているのかと訝しながら扉を開けると、カウンターの周囲だけぼんやり明かりが点いていて、ふたりの女性が現れました。
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彼女たちには中国語も英語も通じませんでした。2001年頃、韓国から船で金剛山入りするツアーに参加した日本の友人の話では、外客を接遇するのは、北朝鮮人ではなく中国の延辺出身の朝鮮族たちだったと聞いたことがあります(おそらく当時は南北の一般国民を接触させたくないと北側が考えていたからではないかと思われます)。

地元の出身かどうかは定かではありませんが、外客向けに専門的に教育されたとは思えない女性たちでした。実をいうと、ひとりの男が一時ドアの外からガラス越しに監視していることに気がつきましたが、こちらも見られて困ることをしているわけでなし。しばらくすると、男はいなくなりました。

言葉が通じないというのも、たまには楽しいものです。ハングルが読めないので、メニューを見せられても、何を注文していいのかわからない。どんなお酒があるか見せてよ、と手ぶり身ぶりで伝えると、気さくな彼女たちは、テーブルの上に朝鮮焼酎を気前よく並べてみせてくれたのです。けっこう種類があるんですよ。
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焼酎の材料も高粱だけでなく、どんぐりとかいろいろですし、マツタケとか薬草のエキスを入れたタイプもあります。
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ほかにも、日本のウィスキーや洋酒、ワインなども置いてありました。こういうの誰が飲むんでしょう。
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実は彼女、ぼくがスマホで写真を撮っていることに気づいていないんです。カメラだったらバレたに違いありませんが、よくわからなかったみたいです。

そこは場末感たっぷりの世界でした。しかし、この国の管理された「観光」では、ガイド抜きで朝鮮の女性と素の交流ができる機会は少ないだけに、面白かったです。

さて、こんな写真を並べていては、まるで北朝鮮で毎晩飲み歩いてばかりいたみたいですが、これで最後です。平壌に戻って、ホテルの外のカラオケに行ったときの写真です。

これが実現するためには、事前に我々のグループの担当女性ガイドさんに根回ししておくことが必要でした。たいしたことではありませんが、前日くらいから、最後の夜はホテルの外のカラオケに行きたいから連れていって、とお願いしていたのです。
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さて、これがそのカラオケ店の入り口です。基本的に、平壌の夜はネオンも少なく暗いので、いかにもあやしげな雰囲気にも見えますが、店内はわりとふつうです。
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これはカラオケルームが空くまでの時間を過ごす待合室。ここで軽く一杯できます。
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待合室に置かれていた朝鮮の酒です。ずいぶん種類が多くて、驚きました。
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これがカラオケルームです。席に着くと、ノリのいいふたりの女の子が突然現れて、歌のセッティングをしてくれるのはもちろんですが、歌謡ショーのように本人たちが歌い出したり、客の手をとって一緒に踊り出したり、なにかと場を盛り上げようとしてくれます。あっけにとられたというか、拍子抜けしました。この国の昼と夜の落差はどうしたものか、と思わざるを得ません。まあそんな辛気臭いことを言っても仕方ありませんけど。

10年ぶりに平壌に来たという日本人によると、「当時のカラオケクラブでは、こんな軽いノリの子ではなく、絶世の美女がチマチョゴリで接遇してくれた。ちょっとガッカリ」とか。もしかしたら、その手の美女は日本人よりはるかに訪朝数の多い中国客や欧米客の行く店に移ってしまったのではないか、などと事情通なことをいう人もいました。残念です。

楽しかったのは、滞在中ずっと同行してくれた女性ガイドさんと一緒に日本の曲を歌ったことでしょうか。ガイドさんは30歳。独身だそうです。ちなみに、彼女が歌ったのは、90年代のスピッツの曲『渚』でした。こういう選曲がどうして出てきたのかわかりませんが、先ほどのマドンナを歌った英語ガイドの子に比べれば、外国の歌をよく知っているなあとひとまず感心しておいてよさそうです。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-10 11:58 | 朝鮮観光のしおり | Comments(6)