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2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【後編】

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【中篇】の続きです。(→【中編】)

これまで【前編】【中編】を見てこられた方の中には、似たような料理が並んでばかりでうんざりしている人もいるかもしれません。実際、アップしているぼくもさすがにそういう気分になりつつあります。

こうして並べてみると、ある特定の地域を訪ねた以上、よく似た地方料理ばかりが出てくるのは無理もないからです。一方、外貨を落とす客人相手となれば、北朝鮮の地方都市でもこれだけの料理が供されるのか、という見方もあるかもしれません。それをどう理解すべきかについては、まだまだ宿題です。

それでも、【後編】では、これまでと多少趣向の違った料理が出てきます。実は、同行しているカメラマンは韓国料理通で、北朝鮮というより朝鮮半島の地方料理としての咸鏡北道の食の特徴に関心を持っていることから、次はこういうのが食べたいと積極的にリクエストしてくれるので、大助かりなのです。特注品の食の選択はすべて彼におまかせでした。

10)4日目夕食(清津観光ホテル)
この日の夜は、清津市内のホテルに泊まりました。清津駅の裏手にある清津観光ホテルです。

このホテルのオーナーは(後日紹介しますが)、いまからちょうど50年前にこの地に来た日本生まれの在日帰国者です。こういう方と北朝鮮で会うのは初めてでした。彼によると、2000年代前半くらいまでは、戦前期に清津に住んでいた年配の日本人たちがよくツアーで来ていたようで、彼はガイドとして七宝山なども案内していたそうです。彼の兄弟は日本にいて、ときどき訪ねてくるそうですが、それだけに日本の情報もそれなりに詳しいのです。50年も日本に戻っていないのに(彼が帰国したのは、18歳のときだったそうです)、日本語がなんら衰えていないのは驚きました。

そんなオーナー氏は、久しぶりに日本人が訪ねてくるということで、ずいぶんこちらに合わせた料理を用意してくださいました。こんな感じです。
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タコの刺身、ハタハタやカレイの唐揚げまでは、これまでどおりです。
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しかし、エビフライやトンカツが出てきたのは、かえって申し訳ない感じもしました。

面白かったのは、このタコ足ウインナー(でも、たぶん魚肉)の炒めものです。人気ドラマの『深夜食堂』で、やくざに扮する松重豐の好物がタコ足ウィンナーだったことを思い出しました。オーナー氏の趣向はどこか昭和のにおいがして、不思議な気がしました。
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これはちょっとべちょべちょですが、ポテトサラダです。卵の黄身もふってあります。朝鮮では、ポテトサラダがよく出てきます。どういう影響からなのでしょう。ロシア? それとも、戦前期の日本? あるいは、在日の人たちが伝えた? これも宿題にさせてください。
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これもよく出てくるどんぐりの寒天サラダ。中国東北地方でもよく食べられていますが、ネットで調べたら、韓国料理でもあるんですね。
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最後に、ご飯とスープが出てきたので、「こういうのがいちばん落ち着きますね」と言うと、オーナー氏はニコニコ笑っていました。
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11)5日目の朝食(清津観光ホテル)
朝食には、パンが出てきました。これは朝鮮で初めてのことです。気を遣ってくださったのだと思います。インスタントコーヒー付きです。中華料理みたいなのも付いていました。
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これが清津観光ホテルです。
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12)5日目の昼食(羅津の金栄食堂)
この日、朝8時に清津を発ち、昼前には羅先に戻りました。昼食は、2年前に来たことのある金栄食堂でした。食のリクエストはカメラマン氏に一任したと先ほど書きましたが、彼が「串焼きはありますか」と通訳に尋ねたところ、あるということで、この店に行くことになりました。
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中国の延辺朝鮮族自治州は串焼きが有名なので、もしかしたら羅先にもあるのでは、と彼は思ったそうです。実際、炭火焼のコーナーに案内され、中国でいう「羊肉串」が出てきました。これはもともとこの地にあったものなのか。それとも延辺から入ったのか。これも宿題です。

こちらがどんどん写真を撮る気でいるのをいいことに、ガイド氏は「ボタンエビの刺身も食べますか?」と聞いてきます。そういえば、2年前この店で同じものを食べた気がしますが、実はこれまで各地で出された刺身のクオリティには満足していなかったので、「どれ、持ってきてください」。もうにわかお大尽気分です。出てきたのはこれです。これも冷凍でした。
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串焼きときたら、しめは冷麺でしょう。ぼくは韓国の冷麺についてそれほど詳しくないので、朝鮮で出てくる冷麺を食べても、まあこんなものかな、という感じなのですが、カメラマン氏は韓国中の冷麺を食べ尽くしているという食通なので、実はあまり評価していません。
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それでも、グルメ雑誌のようなカットもつい撮ってしまいました。
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この店のウエイトレスは、清津方面の子たちと比べるとずいぶんあか抜けして見えました。化粧の仕方など、中国の都会の子に近いのです。カメラを向けるとピースをしたり、北朝鮮の若い世代も、対外開放されている都市などに限るのかもしれませんが、かなり中国の現代文化の影響を受け始めているに違いありません。
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どうやらこの金栄食堂は、焼肉や海鮮料理など、さまざまなタイプの料理が味わえる羅先を代表するレストランのひとつのようです。
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13)チェコ人経営のビヤホール(海浜公園)
これもある事情通の「羅先に行ったら、最近できたビヤホールに行ってみられるべし」という情報をもとに訪ねました。羅津港の北側に広がる海浜公園の中にあります。

チェコ人経営という話でしたが、すでに彼らは帰国しており、地元の女性が生ビールを入れてくれました。
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味は正直もうひとつです。メニューには1杯10元とあるのに、20元取られました。実はこれまでもこうやってボラれてきたに違いありません。なにしろすべての支払いが人民元なのですから。メニューをみると、いろいろ載っていますが、出せるつまみは限られているようです。
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店内には人っ子ひとりいません。「1年前のオープン当時は、けっこう客もいたが、だんだん来なくなった」と通訳氏。そのうち、チェコ人も帰国し、「ビールの味も落ちた」(これも通訳氏)そうです。
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14)5日目の夕食(朝鮮料理専門レストラン)
最後の夜は、羅津の朝鮮料理専門レストランに行きました。カメラマン氏のリクエストで特注したのは、海鮮鍋です。彼は韓国での豊富な食体験をもとに、朝鮮でどこまでそれに近いものが味わえるか試しているようです。毛ガニやエビ、タラなどいろいろ魚介の入った鍋が出てきました。
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当初用意されていた料理は鍋の周囲に置かれたもので、これまでどこかで出てきたラインナップと同じです。

これは中国の延辺でもよく食べるジャガイモチヂミです。もともと咸鏡北道の料理です。
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この店も閑散としています。我々は、なるべく他の外国人客とかちあわないように仕向けられているのだろうと思っていましたが、これまで見た限り、羅先の飲食店はどこも閑古鳥のようです。中朝関係の悪化による中国人ビジネスマンの朝鮮渡航の減少が影響しているのではないか、とぼくは推察します。
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というのも、国際旅行社のガイドの話では、中国人ツアー客はそこそこ羅先にも来ているのですが、彼らの参加するツアー代金はあまりに安すぎて、いくら物価の安い朝鮮でも、これまで紹介したような食堂には連れてこれないそうだからです。彼はそれを不満げにこう語っていました。「中国客はお金を出したがらないので、こういう料理を食べさせることができないんですよ」と。要するに、今回我々が訪ねたレストランは、ツアー客ではなく、ビジネス渡航で来た中国人やロシア人たちが利用していたのであり、彼らが頻繁に羅先に来なくなれば、利用者がいなくなるわけです。地元の朝鮮の人たちが利用するには、まだまったく高すぎるからです。通訳氏たちの月収が1か月300元と聞いて、無理もないと思いました。わずかな滞在日数とはいえ、こうしていろいろ見えてくること、明かされることがあります。
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この店のスタッフは品のいい女性たちでした。それにしても、朝鮮の女性はなんと健気に働くことでしょう。

今回あらためて思ったのは、中国の北朝鮮レストランで働くウエイトレス兼歌手の彼女たちと比べて、朝鮮国内の町のレストランで働く女性たちのほうが好感度が高いことです。やはり中国にいると、とかく好奇のまなざしを向けられがちな朝鮮人女性として自尊心を保つために心に鎧をまとわないわけにはいかないからでしょうか。妙にツンケンしていて、あんまり親しみを感じない場合が多いです。そういうクールビューティぶりがかえって、以前韓国で話題となった「美女応援団」的な人気にもつながっているのかもしれませんけれど。
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15)6日目の朝食(東明山ホテル)
最後の日は東明山ホテルに泊まりました。朝食は中国のホテルと同様のビュッフェでした。中国客が多く、中国料理ばかりでしたが、キムパップやキムチ、ミソチゲはありました。我々にはこれで十分です。
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実は、羅先の最後の宿泊先は、初日と同じ琵琶閣といわれていたので、それじゃつまらない、こちらはなるべくいろいろ見ておきたいのだと主張すると、50ドル追加で東明山ホテルに換えてもらうことになったのでした。羅先でいちばん新しく、館内にはスパやプール、ジムなどもあります。その実態は……これはまた後日にしましょう。
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16)6日目の昼食(琵琶閣のカラオケラウンジ)
今回の最後の食事は、通訳氏の強い希望で、琵琶閣のカラオケラウンジに行くことになりました。彼はどうしても自分の歌う長渕剛の『乾杯』を我々に聞いてほしいというのです。そのいきさつについては、別の機会に譲るとして、実はこの日の昼食はカメラマン氏の希望で、汁なし参鶏湯のタッコンを用意してもらいました。
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鶏を一羽丸ごと使うということで、200元も取られたのですが、通訳氏は「もし自分に頼めば40元で用意した」とこっそり話してくれたほど、最後の最後まで旅行社の人間にボラれまくってしまいましたが、写真を撮るためにはやむを得なかったのです。
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中華系の料理が幾皿か並び、ヨモギの焼酎なんてのも出てきました。

さて、ここで通訳氏は約束どおり『乾杯』を披露してくれました。動画も撮ってあるのですが、これまで名前を伏せてきたように、彼の姿をネットにさらしてしまっていいものか、いまのところまだ躊躇するところがあるので、公開しません(本人はそうしてほしかったみたいでしたが……)。
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その代わり、このホテルの女性服務員が、おなじみの「パンガプスムニダ(お会いできて嬉しいです)」を歌ってくれたので、そちらの動画は配信します。
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羅先(北朝鮮)琵琶閣のカラオケ
http://youtu.be/qaf0a70ZFEk

さて、このような飽食の呆れた日々をかの国で過ごしたわけですが、すでにお気づきのように、食と女性に関してのみ、断然ガードがゆるいという特性に乗じ、1日3回は必ず体験することになる<食>を通して、どこまでこの国の理解に近づけるのか。監視役にずっと見張られ、もとよりたいしたことなどできない環境のなか、冗談半分で試した戯れごとに過ぎないことをお察しいただいたうえで、それでも何らかの発見があればうれしく思う次第です。

※その他、いまどきの北朝鮮事情については「朝鮮観光のしおり」をご覧ください。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 23:53 | 朝鮮観光のしおり | Comments(1)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【中編】

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】の続きです。(→【前編】)

6)3日目朝食(鏡城観光ホテル)
鏡城観光ホテルの客室はかなり老朽化していているのですが、風呂には温泉が出ました。朝食は中華風で、カステラがメインのように中央に置かれていました。
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昨晩歌を披露してくれた彼女が、制服に着替えて給仕してくれます。
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ご飯とチゲが分かれて出てくるのですが、朝鮮の人たちはスープにご飯を入れて食べるのが好きなようです。
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ホテルのロビーには、これから向かう七宝山の絵が飾られていました。
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7)3日目昼食(外七宝山荘)
鏡城から車で七宝山を登り、この山唯一の宿泊場所である外七宝山荘に来て昼食となりました。今晩はここに泊まります。こちらでよく出てくるハタハタの唐辛子煮や揚げ魚、イカの辛し炒め、豚の角煮など、山の中のホテルなのに、素材は悪くありません。
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何よりこのホテルの女性スタッフはとても気さくで感じが良かったです。
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8)3日目の夕食(外七宝山荘)
夕食も同じ場所。昼間のメニューと若干似ているように見えますが、魚の煮付けや揚げ魚、ポテトサラダなど。この日も朝鮮男性たちは酒にひたっておりました。
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9)4日目の朝食(外七宝山荘)
朝食は目玉焼きに海苔とチゲ、そして魚の唐辛子煮です。七宝山は海に近いせいか、魚が毎回出てきます。味付けは唐辛子味になってしまうのですが、油っぽい料理は少ないので助かります。
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レストランの脇の売店では、朝ロ中3カ国の酒やポッカのオレンジ缶ジュースや缶コーヒーが置かれていました。朝鮮モノはどんぐりやビワの焼酎のようです。中国の白酒やロシアのウォトカもあります。確か、ポッカはマレーシアに工場があり、そこから入ってきているものと思われます。
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チョコパイなど菓子類も売っていました。この手のものも、マニアの人なら面白がって買って帰るのかもしれませんね。
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朝鮮産のミネラルウォーターもあります。
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ホテルのスタッフがどろどろした液体をペットボトルに移しているので、何かと聞くと、天然の蜂蜜だそうです。
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このホテルの服務員のリーダーの崔銀星さん(中央)は清津出身で、地元の経済専門学校で会計を学んだそうです。
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彼女の名前は聞くのを忘れましたが、給仕の仕事が終わると、さっさと私服に着替えていたので素朴な感じのアイドルショット。愛くるしいお嬢さんでした。
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これが外七宝山荘です。山奥の一軒屋なので、いつでも営業しているわけではなく、予約が入ると、食料と共にスタッフらもこちらに来て泊りがけで仕事をするようです。やはり自然の中にいると、この国の特殊な事情や政治のことなどを、つかの間とはいえ、忘れられるのがいいですね。

10)4日目の昼食(海七宝海水浴場)
この日の昼食は、七宝山から日本海側に降りた海水浴場の施設で取ることになりました。ここでも海の幸が山盛りで出てきました。
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揚げハタハタ、タラの唐辛子煮……。連日メニューがかぶっているので、せっかく海の前で食事をいただくというのに、あんまり食が進まないのは申し訳ない限りです。
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むしろこういうさっぱり系がいいですね。

しかし、ここで我々を待ち構えていたのは、目の前の浜でとれたウニや貝の売り子でした。地元出身らしい女性がふたり、椅子の上にちょこんと座っていて、目の前にたらいを並べてこっちをじっと見ているのです。
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こういうときは味見をするしかないですね。だって彼女たちは我々のためだけに用意してくれているわけですから。何か頼んでみましょうか。
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戦前に朝鮮総督府鉄道局が制作した「朝鮮旅行案内記」などを読んでいると、清津をはじめ朝鮮半島の東側の海沿いの町ではウニが豊富にとれることが書かれています。そこで、ウニやハマグリをその場で調理してもらうことにしました。
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ところがです。どうやらこのあたりでも近年ウニを獲り過ぎたため、相当深く潜らないと良質のウニは獲れないそうで、出てきたものは、正直大いに期待はずれでした。どうも朝鮮東海域の漁業に異変が起きていそうです。

※詳しくは、こちらを参照。

北朝鮮のイカ釣り漁船急増は朝鮮東海岸の中国漁船の操業と関係がありそう
http://inbound.exblog.jp/23807614/

それでも、清津の名物といわれるウニ入りおじやは、ほんのり甘くおいしかったです。
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これがボートに乗って海岸線を遊覧したときに撮った海水浴場の施設です。地元の子供たちなどの海水浴客もいて、海はきれいでした。
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さて、【中編】はここまでにしましょう。

続きは【後編】にて。
http://inbound.exblog.jp/23951727/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 19:00 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】

今年7月上旬、ゆえあって北朝鮮咸鏡北道の羅先特別市や清津、七宝山を訪ねました。羅先を訪ねるのは2年ぶりのことです。

その見聞については、追って報告するとして、本ブログでは恒例ともいえる北朝鮮滞在中の食事の内容をすべて公開します。今回はカメラマンが同行している関係で、料理の写真が美しくバリエーションも豊富で、これまで以上に大量の画像をお見せできるかと思います。

羅先(北朝鮮)のグルメ~1泊2日食事4回のすべて(2012年)
http://inbound.exblog.jp/20179579/

2013年版 北朝鮮のグルメ~5泊6日食事14回のすべて
【前編】http://inbound.exblog.jp/21273246/
【後編】http://inbound.exblog.jp/21273691/

まずは簡単な行程から。

1日目 中国吉林省琿春市から羅先市へ
2日目 羅先から清津、鏡城温泉泊
3日目 七宝山へ(外七宝)
4日目 七宝山(内七宝、海七宝)、清津泊
5日目 清津から羅先へ
6日目 羅先から豆満江をめぐり、中国へ

1)1日目昼食(羅先国際旅行社レストラン)
今回の最初の食事は、羅津市内の南山旅館(元ヤマトホテル)の向かいにある羅先国際旅行社のレストランです。中国の国営旅行会社と同様、朝鮮でも外国客の手配を一手に引き受ける国際旅行社は、自前のレストランを営業するケースが多いようです。要は、それも外貨を落とす客の懐の金を囲い込むためのビジネスモデルのひとつというわけです。中国に限らず韓国でもわりと一般的です。
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料理はさしみに水餃子、ちぢみ(なぜかケチャップがかかっています)、唐揚げ、キムチ、そしてキムパップなどです。我々は中国人ではないので、あつあつの料理でなくても気にならないので、レストラン側も用意しやすいかもしれません。隣の部屋には中国人観光客がいましたが、メニューはかなり違うようでした。
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以前も書きましたが、北朝鮮のキムチは韓国に比べ唐辛子の量が控えめで、そんなに辛くはありません。
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ビールは朝鮮産テガンドンビール。
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もちろん、美女ウエイトレスが華やかなチマチョゴリ姿でかいがいしく給仕してくれます。
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実をいうと、今回我々に同行した監視役のガイドや通訳は少し融通の利かないタイプで、戸外の撮影に関しては不自由を感じる局面が多かったのですが、食事タイムとウエイトレスらの撮影に関しては「どうぞどうぞ」と惜しみない協力ぶりを見せたこともあり、こちらも日本のグルメ雑誌に掲載してもいいくらいの気持ちで写真を撮りまくっています。
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これが羅先国際旅行社です。レストランはこの中にあります。

2)1日目の夕食(ロシアレストラン「ノーヴィーミル」)
これは初日の夜の食事ですが、何料理かわかりますか?
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ボルシチやポテトサラダ、そしてビールのラベルに書かれた文字を見ればおわかりのとおり、ロシア料理です。もっとも、手前の皿はロシア料理を代表するカツレツを頼んだのですが、衣がついてなくて、ただのハンバーグのようなしろものでしたが。

事情通の友人から羅先にロシアレストランが2軒あることを聞いていたので、行くことにしたのです。「ノーヴィーミル」という店で、ロシア人経営です。
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ただし、店内には客がほとんどいませんでした。通訳が語るには、「2011年からの不景気で、レストランで食事をする人は少なくなった」とのこと。2011年の意味については、あとで考えるとして、店にはロシアのカラオケや日中ロ朝4か国の酒が揃っています。
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店の服務員です。さきほどの国営旅行社のウエイトレスに比べると、庶民的ですね。やはり民間より政府機関に美女が集められるのはお国柄のせいでしょうか。
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メニューは、ロシア語、中国語、ハングル併記ですが、料金は人民元でした。料理の量がグラム単位で掲載されています。
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実は、こちらのリクエストでロシアレストランに来た関係で、ガイドや通訳、運転手も一緒に食事をとることなり(以後、ずっとそうなりました。その結果、彼らのぶんもすべてぼくが支払うことになるのですが……仕方ありません)、「好きなものをどうぞ」というと、ロシア料理ではなく、ご覧のように中華風炒めものやミソチゲ、キムチが出てきました。ロシア料理は彼らの口に合わないそうです。
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これが店の外観です。2軒のロシアレストランが並んでいます。通りの向かいには、中国人経営の中華料理店があり、要するに外国人経営の店は同じ地域に集められているようなのです(あとで紹介するチェコ経営のビヤホールを除く)。あいにくロシア人オーナーは帰国中で会えなかったのが残念でした。
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3)2日目の朝食(琵琶閣の食堂)
初日は、2年前に泊まった琵琶閣という羅津郊外の高台にあるホテルに泊まりました。朝食は、焼き魚に焼き豆腐、目玉焼き、キムチ、ミソチゲというシンプルなもので、おいしくいただきました。
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これが食堂の建物で、屋上に上がると日本海が一望に見渡せます。ただし、この日は霧で覆われていて、眺望はいまひとつでした。
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4)2日目の昼食(清津船員倶楽部)
この日は、朝8時に羅先を発ち、車で清津に向かいました。昼食は、船員倶楽部という接待施設です。清津は昔から海産物が有名ですが、揚げ魚やタコのさしみなど、正直なところちょっと期待はずれでした。あまり新鮮な素材ではなさそうだったからです。タコも冷凍ものでした。
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そのため、この日のメイン料理は、韓国料理通のカメラマンがリクエストした特注の犬チゲでした。
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これは臭み消しの薬味です。
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今回初めて咸鏡北道の清津に来たのですが、街中は羅先に比べて車の数も少なく、都市の規模のわりには経済的に疲弊感が漂っていました。そのため外国人接待をするスタッフも羅先に比べれば開明的ではないかもしれない、と思っていたのですが、船員倶楽部のウエイトレスたちは場所柄外国人慣れしているのか、カメラマンの注文に気さくに応じてポーズまでとってくれました。
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彼女らは会計係で、制服が違います。
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我々は個室で食事をしましたが、こちらが一般の食堂スペースです。
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これが船員倶楽部の外観です。
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5)2日目の夕食(鏡城観光ホテル)
もしかしたら、この日の夕食が今回いちばん豪勢だったかもしれません。ご覧のとおり、海と山の幸がてんこもりです。生野菜も豊富で食のバランスが絶妙です。場所は、温泉地の鏡城にあるホテルです。
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毛ガニが6つあるのは、我々日本人2名に加え、現地ガイド、通訳、運転手に加え、外国人が羅先の外に出るということで、羅先国際旅行社の部長(とても気のいい酒好きのおじさんでした)までが同行するという大名旅行となっていたからです。こういう監視状態のもとでは、なかなか好きに写真を撮らせてくれません。そのぶん、我々は少々ムキになって料理とウエイトレスの撮影に励んでしまったのでした。
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七宝山に近い鏡城らしく、マツタケ焼酎が出てきました。以前、朝鮮土産として日本に持ち帰り、友人にふるまったところ、不評を買ってしまったマツタケ焼酎でしたが、地元で飲むとそこそこいけます。
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そして、ここでもチマチョゴリ姿の美女ウエイトレスが登場です。少しふっくらとした愛嬌のある顔立ちの彼女ですが、髪型が1970年代の韓国の演歌歌手みたい!? です。やっぱり外国人の多い平壌や羅先と違い、地方に暮らす子はこんな感じなのでしょうか。
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それでも、2日目の夜ということで、すでに無礼講になっていた朝鮮男性4名の積極的なリクエストに応え、彼女は歌を披露してくれました。無礼講というのは、要するに、彼らは支払いが客人持ちであることなど気にせず、どんどん酒を頼みまくるということです。特に部長は焼酎好きのようで、その夜いったい何本の瓶が空いたことか。この日ばかりは、ぼくも先に床に就いてしまいました。

基本的に食事代はツアー料金として事前に支払っているので、翌朝の支払いは酒代だけですが、500元相当とられてしまいました。焼酎は種類にもよりますが、1本20~30元相当。ずいぶん飲んだものです。おかげで、翌日の行動はお昼からということになってしまいました。考えてみれば、ひどい話です。

「朝鮮の人たちと付き合うなら酒から逃げてはいけない。日本人はウイスキーを水割りで飲むからつまらない。水で割るような薄い関係では、何も信じられない、と彼らは言う。とにかく倒れるまでとことん飲む人間が愛される」。事情通の友人からそう繰り返し聞かされていましたが、彼らとの5泊6日は、撮影の不自由さからくるストレスを除けば、ほぼ友好的に過ごすことができたのも、酒のおかげというものでしょう。なぜって、彼らは我々と過ごしている間は、好き放題懐を気にせず酒が飲めるからです。やれやれ、な話ですが、まあ仕方がないと思うほかありません。

この蔦に覆われた建物が鏡城観光ホテルです。
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さて、【前編】はこのあたりまでにしましょう。

続きは、【中編】にて。
http://inbound.exblog.jp/23950361/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 13:30 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 12月 27日

北朝鮮漁船が目の前を行き交う海鮮レストランで舌鼓(遼寧省丹東市)

中国遼寧省の丹東は、鴨緑江をはさんで北朝鮮の新義州と国境を接するまちです。

このまちの旅行会社に勤める友人の閻宇飛さんは、いつもぼくを珍しい場所に案内してくれます。今年7月丹東を訪ねたとき、連れていかれたのが「江海湾」という海鮮レストランでした。

まずはその店で供された海鮮料理の数々をお見せしましょう。
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ワタリガニやエビ、ハマグリ、アワビなど、すべて近海で採れたものです。
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丹東では海鮮を中華風に濃く味つけしないので、日本人の口に合います。

料理は生簀から素材を選びます。ナマコやフグもあります。
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素材を選ぶと、目の前で豪快に調理してくれます。これでうまくないはずがありません。しかも安い。これだけ頼んで飲み物も入れて400元足らずというのですから。
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さらに、レストランの目の前は鴨緑江の支流で、常連客は店の外にテーブルを出してオープンエアで食事を楽しみます。これが気持ちいいのです。
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レストランの周辺環境を撮ったのがこれです。鴨緑江の支流に面したロケーションにあることがよくわかります。
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さて、このようにこの店の売りは新鮮な海鮮と恵まれた環境にあるのですが、日本人にとってある意味もっと刺激的といえるのがロケーションのもつ特殊性です。

江海湾というのは、丹東市内から仁川行きフェリーが出航する丹東港に向かう途中にある漁港の名です。つまり、漁港が経営するレストランというわけですが、面白いのは、その漁港の前を行き来しているのは中国船だけでないことです。そう、北朝鮮の漁船が通っていくのです。
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なにしろほんの数十メートル先の対岸は北朝鮮領です。つまり、ここは中朝最前線に位置する国境展望レストランなのです。

家族連れも多い中国の客人たちと並んで食事をしているすぐそばを、北朝鮮の漁船がゆるゆると通り過ぎていく光景は、実際のところ、のどかすぎるほどなのですが、何かの拍子で朝鮮の漁民と目が合ったりすると、ひやりとした心持に襲われるのは、ぼくが日本人だからかもしれません。周囲の中国客たちは、そんなことちっとも気にしていない風ですから。

それにしても、中国の地方都市の食の豊かさには毎度驚きます。河川の汚染などからくる食の安全に関しては、どこまで信じていいのかわからないところも正直ありますが、毎年4月から9月まで営業される(冬はこの河は凍ります)というこの海鮮レストランにいると、そんなことすっかり忘れて地元グルメに舌鼓を打ってしまいます。

※丹東のもうひとつの地元グルメについては、以下参照。
中朝国境のまち、丹東は今ハマグリBBQの季節まっただ中!
http://inbound.exblog.jp/20527559/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-27 12:09 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 03日

ハルビンで“出戻り”ロシアの味覚に出合う

中国黒龍江省の省都ハルビンは、19世紀末にシベリア鉄道の要衝として建設された都市です。いまでは人口600万人という大都市ですが、100数年前は小さな村でしかありませんでした。

20世紀初頭、8000㎞も離れた欧州からこの地に現れたのは、ロシアの将校や軍人、シベリア鉄道の技師、百貨店の経営者、木材を扱うユダヤ商人などさまざまな人種でした。その結果、ハルビンは「極東のパリ」とも呼ばれる多国籍都市になりました。

新中国建国後、この地に暮らしていたロシア人や外国人たちは徐々に姿を消します。ぼくが初めてハルビンを訪れた1980年代半ば頃には、そんな華麗な略歴がウソのような、暗くよどんだ埃まみれの北方の田舎都市へと変わり果てていました。

ところが、2000年代以降の中国東北部の経済成長でロシア人ビジネスマンや旅行者、留学生などが再びハルビンに現れるようになりました。

いま、ハルビンでは“先祖返り”が起きているのです。

そんなハルビンに来たら、ぜひ味わってほしいのがロシア料理です。
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今年7月中旬、夕暮れ時を迎えた松花江のほとりにあるロシア料理店「カチューシャ」を訪ねました。
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店内は木のぬくもりを感じさせるシックな内装で、アットホームな雰囲気を味わいながら食事が楽しめます。
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人気メニューはカツレツやロールキャベツ、ボルシチなど。ワインやシャンパンはもちろんロシアモノですが、ウエイターのイケメン青年ワーリャさんもイルクーツク出身です。
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このちょっといかつい男性がオーナーの李宏南さんです。店の名「カチューシャ」は彼の奥さんの名前から採ったそうです。奥さんはハルビンのはるか北方、シベリアのヤクーツク出身のロシア人で、留学先のこの地で地元出身の李さんと知り合い結婚。本場のロシア料理を出したいという彼女の思いから、2006年家族経営の小さな店を始めたといいます。
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奥さんの故郷ヤクーツクはタイガの中で冷凍保存されていたマンモスが発掘されたことで有名です。実は、お産のため里帰りしていた彼女とはお会いできなかったのですが、ご主人に写真を見せてもらったところ、ロシア系ではなく、シベリアの北方民族の女性でした。
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ロシア料理店「カチューシャ」
ハルビン市道里区中央大街261-1号

もう一軒のロシア人経営のレストランが「アラウンド・ザ・ワールド(环球者西餐厅)」です。
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店内はハルビン在住の欧米人や地元客でにぎわっていました。おすすめ料理はロシア風餃子のペリメニやサーモンのソテーなど。ウォッカやロシアビールも味わえます。
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この店では毎晩19時からライブがあります。ステージに立つ彼女はロシア人歌手のKSENIAさん。
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この店のシェフはもちろん、3人のウエイトレスはすべてロシア人です。ウラジオストク出身のSVETAさん(右)とヤクツーク出身のMARINAさん(左)。MARINAさんはブリヤート系ロシア人で、元留学生だそうです。
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「20世紀初頭、ハルビンには多くのロシア人が住んでいた。だから、私たちにとってハルビンは親しみのある町なのよ」。同店のロシア人女性マネージャーは店を開いた理由をそう語ってくれました。彼女もウラジオストクから来たそうです。この店も2006年開業です。

同店ではロシア食材の販売も行っています。
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アラウンド・ザ・ワールド(环球者西餐厅)
ハルビン市開発区赣水路183号

半世紀を経てハルビンに姿を現し始めた彼らは、“出戻り”ロシア人といっていいでしょう。おかげで正真正銘のロシアの味覚に出合うことができるようになったのです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-03 17:50 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)
2014年 09月 09日

バイキングのパイオニア「すたみな太郎」はいかに外国客の取り込みに成功したか

寿司と焼肉が食べ放題の「すたみな太郎」チェーンでは、外客の来店が年々倍増に近い勢いで増えています。その理由は何なのか。飲食店における外客受け入れのためのオペレーションや工夫はどうあるべきか。株式会社江戸一の岩月賢治営業企画部長に現場のお話をうかがいました。

―「すたみな太郎」はどんな飲食チェーンなのですか?

創業は1964年。先代が足立区五反野駅前に開業した居酒屋「江戸一」です。78年に寿司と焼肉の食べ放題の「すたみな太郎」1号店(環七店)をオープンし、現在全国154店舗をチェーン展開しています。

当時、食べ放題レストランという業態はなく、弊社はバイキングのパイオニアを自認しています。

以前はロードサイド型の店舗展開で主力はバイキングでしたが、昨今は業態を多様化し、駅前や商業ビル内に店舗を置く都市型の「すたみな太郎NEXT」や、女性向けの自然食ブッフェレストラン「森のめぐみ」、スイーツブッフェの「デザートフェスティバル」なども展開しています。

―訪日外客の受け入れはいつ頃からですか?

本部にインバウンド客の取り込みのための営業企画部を立ち上げたのが2010年12月です。それ以前は、アジアからの団体客を連れたツアーガイドが直接店舗に予約を入れ、送客しているケースが大半でした。

「すたみな太郎」の特徴は、全国の主要国道に面した店舗展開なので、駐車場も広く、バスも4、5台は駐車できる。バイキングの料理を置くスペースの必要などから店舗面積も他の飲食チェーンに比べ広く、席も250~350名様分を用意しています。メニューも老若男女に受け入れられるように、130品揃えています。うどんやラーメン、丼もの、そして季節のメニューも随時採り入れているので、ガイドさんたちから「“すたみな”に入れておけば安心」と思っていただいているようです。

こうした店舗戦略はもともと国内客向けにはじめたものです。価格も均一で、外客向けの特別なオペレーションが必要ないことは、インバウンドにフィットしているのは確かです。現在、年間約1300万人のご利用がありますが、そのうち外客は25~35万人です。国籍別にいうと、台湾5割、タイ2割、中国と韓国が1割ずつで、その他が1割といったところです。国内客に比べれば外客比率はまだ小さいですが、年々倍増に近い勢いで増えており、伸びしろの大きさを実感しています。

―訪日客の来店が増えている理由は何でしょうか?

訪日外客の国内旅行手配を行う業者団体の一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の会員になってから、ランドオペレーター経由で予約が入るケースが増えました。また最近は海外の旅行会社から直接予約をいただくようになっています。「食のワンダーランド」と私どもは呼んでいるのですが、バイキングは海外のお客様に向いています。アセアンのお客様の中には「豚はダメ、鶏ならOK」といった方も多く、メニューが豊富なので、食の好みや習慣の異なる方にもご利用いただけるからです。

一昨年の夏、中国や韓国から大型クルーズ客船が福岡や長崎に多数寄港しました。一度に2000人近くの乗客が何十台ものバスに乗って市内観光に出かけられるのですが、それだけの規模に対応できる飲食チェーンはなかなかありません。1台のバスが乗客40人として、最大でバス4台、時間をずらして2回転受け入れるとすると、一店舗で320人の集客ができることになります。「すたみな太郎」は九州に19店舗(うち福岡県は7店)あり、 それだけのキャパシティでも受け入れ可能ということから、ご利用いただきました。

体験できる店作りも魅力といえます。自分でラーメンを作ったり、綿菓子を作ったり、単純なバイキングではないのです。家族連れにも人気です。しかし、うどんとラーメンのスープの違いなど、日本人なら見ればわかることが、外国人には混乱をさせてしまうこともあるようです。どのようにサポートするのか、今後の課題でしょう。

―海外の団体客受け入れにはどんな点に気を使われていますか?

国内のお客様と同じ場所でお食事いただくことになるため、座席の指定にも工夫がいります。 家族旅行の場合、シニアの方とお子様の割合のどちらが多いかなど、細かく事前にチェックしておきます。ところが、アジアからのツアーは変更が多いので対応に注意が必要です。当初、シニアの方が何人で、お子様が何人と聞いていたのに、いらっしゃってみたら違っていたり、日程の変更やドタキャンも少ないとはいえ、ありますので。

一般に団体のお客様はお食事時間が60分前後。渋滞などの関係で時間通りいらっしゃるとは限りません。2回転を予定している日の場合、前のグループが遅れ、まだ食事をしているうちに後のグループの団体がいらっしゃることもあります。そういう場合は、お待ちいただかなければならないので、店のスタッフも対応に追われます。スタッフはガイドさんと携帯電話で密に連絡を取り合い、事前に情報をキャッチするようにして、現場に混乱がおきないよう、工夫をしています。さらに、バスの駐車スペースを確保しておくなど、経験による細かい対応力が増していると思います。苦労したからこそ、培ったとも言えますか。

―今後の展望やインバウンド業界への提言がありましたらお願いします。

現状ではなかなか難しいことですが、今後このような問題を解決していくためには、我々飲食業界も、ホテル業界のように統一したキャンセルポリシーの確立が必要だと思います。今春、外客向けの観光バス不足が問題となったことで、日本の受け入れ態勢は整っていないことを痛感しました。それは、飲食も同じです。

北陸では海外のツアー客が利用できる飲食店が少なかったため、本当に大変だったようです。これはこの夏にも起こることです。1000万人から2000万人の訪日外客を目指すということであれば、どこで食事をしていただくかも、重要な課題となっていくはずです。全国には飲食店の数はたくさんありますが、外客の利用に適していなければ使えません。これからはいかに飲食店が訪日客の多種多様なニーズに応えられるかがカギになると思います。

株式会社江戸一
東京都足立区西綾瀬2-23-22
http://edo-ichi.jp

<編集後記>
「すたみな太郎」を個人的に利用したことはまだないのですが、その存在を知ったのは2001年のことです。中国からの訪日団体ツアーが解禁された翌年、ある中国人ガイドに覆面インタビューをしたことがありました。7泊8日のホテルや飲食も含めた訪問先をすべて教えてもらうと、「すたみな太郎」という店名がよく出てきたのです。当時からすでに「すたみな太郎」では外客の来店がはじまっていたわけです。今回岩月部長の話を聞き、当時は個別のガイドが特定の店舗に予約を入れ、送客していただけだったことを知りました。何も手を打たなくても、ガイドが送客してくれたのは、それだけの理由があったからです。

「食のワンダーランド」としてのバイキングが外客のニーズに合っていたことは確かでしょう。アジア各国に進出した日本の外食チェーンの多くが、メニューのバラエティ化を図ることで現地化に成功するというのはよく聞く話です。アジアの人たちは、ワンジャンルの専門店より、いろいろな料理の中から選べる店の方が好きだからです。

しかし、「すたみな太郎」に来店する訪日客の利用が増えている理由は、それだけではありません。

全国の主要幹線道路のロードサイド型の展開は、訪日客のツアーの動線に沿って位置しており、利用しやすいことも大きいと思います。それ以上に重要なのは、オペレーションの担当者が全国の店舗の事情をよく知っていることだと、岩月部長はいいます。予約を入れてくるランドオペレーターや、海外の旅行会社の担当者が知りたいのは、主要観光地から店舗までの距離や所要時間、交通事情、駐車場や店舗の状態などの詳細だからです。岩月部長は営業部長の経験もあり、全国のほとんどの店舗に足を運んでいたことが活きているといいます。

日本の外客の受け入れ態勢が飲食においても十分整っていないということは、逆にいえば、今後新しい可能性が広がっているともいえます。新しい外客向けの業態やサービスが生まれることを期待したいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2014-09-09 20:19 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2014年 04月 10日

北朝鮮のナイトライフ~地元ガイドがカラオケで歌った意外な曲は?

以前、2013年夏に出かけた北朝鮮旅行5泊6日、計14回の食事の内容を公開しましたが、その続編として食事の後のナイトライフ、お酒の話を書いてみようと思います。

とはいえ、入国以降はガイド付きでなければ自由行動できないこの国では、夜の街に勝手に繰り出そうなんてこと、基本的にはできません。仕方がないので、まずはホテルの中で探すことにしましょう。
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平壌に来た外国人がたいてい最初に宿泊することになる高麗ホテルの1階ロビーには、ビヤホールがあります。真っ赤な制服に身を包んだ女性服務員がジョッキを運んでくれます。ここには、一般の平壌市民は入れないはずですが、外客接遇の仕事や海外との貿易を営む、この国では特別の階層と思われる地元の人たちもいます。目の前にいるのは、ロシア人でした。

ホテルの地下にはカラオケもあります。2006年の対北制裁以降、めっきり数が減ったものの、以前は上客として優遇された日本人がこの店を多く利用したことを物語るように、日本語のカラオケメニューも、新しくはありませんが、一応揃っています。
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ただおかしいのは、カラオケのビデオを見ると、日本の曲なのにバックの映像は平壌市内の凱旋門が映っていたりします。これはこれで、なかなか不思議な気分にさせてくれます。
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たまたまニュージーランド人の男性客と朝鮮の英語ガイドたちのグループも来ていて、欧米のポップスなどを歌っていました。そのうち、まだ20代半ばくらいに見える朝鮮の女性ガイドが、マドンナの『ライク・ア・バージン』を軽快に歌い始めました。
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歌詞の意味を考えると、こんなハレンチな(!?)歌をこの国の若い女性が歌って大丈夫なの? と思わないではありません。それとも、外国帰りの新しい領袖のことを思えば、いまどきの北朝鮮の若者にとっては、この程度のこと、たいしたことではないのか。まあ、所詮マドンナですし、ずいぶん昔の曲です。彼女の歌う姿を見ながら、改革開放からまだ間のない1980年代の中国でも似たような場面があったことを思い出したのですが、それは一応同時代の音楽だったといえるわけで。いまの北朝鮮の開放度はようやくその段階に至ろうとしているのかどうかはなんとも言えません。それに外客を接遇するのが職業である彼女は一般市民と同じ感覚とはいえないでしょうから。

さて、場所は変わって、金剛山ホテルにて。
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一時期は韓国客でにぎわっていたこのホテルも閑散としていました。1階ロビーのバーでは韓国の「Hite」のビールサーバーがあったのですが、出てきたのは朝鮮の瓶ビールでした。

面白かったのは、最上階のカラオケスナックです。地方の観光地となると、外国人はホテルの外に出ることができない以上に、気の利いた場所などあるとは思えません。ホテル内で過ごすしかありませんが、それも悪くはないものだと思いました。
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エレベーターで最上階に上がると、店は真っ暗でした。はたして営業しているのかと訝しながら扉を開けると、カウンターの周囲だけぼんやり明かりが点いていて、ふたりの女性が現れました。
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彼女たちには中国語も英語も通じませんでした。2001年頃、韓国から船で金剛山入りするツアーに参加した日本の友人の話では、外客を接遇するのは、北朝鮮人ではなく中国の延辺出身の朝鮮族たちだったと聞いたことがあります(おそらく当時は南北の一般国民を接触させたくないと北側が考えていたからではないかと思われます)。

地元の出身かどうかは定かではありませんが、外客向けに専門的に教育されたとは思えない女性たちでした。実をいうと、ひとりの男が一時ドアの外からガラス越しに監視していることに気がつきましたが、こちらも見られて困ることをしているわけでなし。しばらくすると、男はいなくなりました。

言葉が通じないというのも、たまには楽しいものです。ハングルが読めないので、メニューを見せられても、何を注文していいのかわからない。どんなお酒があるか見せてよ、と手ぶり身ぶりで伝えると、気さくな彼女たちは、テーブルの上に朝鮮焼酎を気前よく並べてみせてくれたのです。けっこう種類があるんですよ。
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焼酎の材料も高粱だけでなく、どんぐりとかいろいろですし、マツタケとか薬草のエキスを入れたタイプもあります。
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ほかにも、日本のウィスキーや洋酒、ワインなども置いてありました。こういうの誰が飲むんでしょう。
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実は彼女、ぼくがスマホで写真を撮っていることに気づいていないんです。カメラだったらバレたに違いありませんが、よくわからなかったみたいです。

そこは場末感たっぷりの世界でした。しかし、この国の管理された「観光」では、ガイド抜きで朝鮮の女性と素の交流ができる機会は少ないだけに、面白かったです。

さて、こんな写真を並べていては、まるで北朝鮮で毎晩飲み歩いてばかりいたみたいですが、これで最後です。平壌に戻って、ホテルの外のカラオケに行ったときの写真です。

これが実現するためには、事前に我々のグループの担当女性ガイドさんに根回ししておくことが必要でした。たいしたことではありませんが、前日くらいから、最後の夜はホテルの外のカラオケに行きたいから連れていって、とお願いしていたのです。
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さて、これがそのカラオケ店の入り口です。基本的に、平壌の夜はネオンも少なく暗いので、いかにもあやしげな雰囲気にも見えますが、店内はわりとふつうです。
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これはカラオケルームが空くまでの時間を過ごす待合室。ここで軽く一杯できます。
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待合室に置かれていた朝鮮の酒です。ずいぶん種類が多くて、驚きました。
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これがカラオケルームです。席に着くと、ノリのいいふたりの女の子が突然現れて、歌のセッティングをしてくれるのはもちろんですが、歌謡ショーのように本人たちが歌い出したり、客の手をとって一緒に踊り出したり、なにかと場を盛り上げようとしてくれます。あっけにとられたというか、拍子抜けしました。この国の昼と夜の落差はどうしたものか、と思わざるを得ません。まあそんな辛気臭いことを言っても仕方ありませんけど。

10年ぶりに平壌に来たという日本人によると、「当時のカラオケクラブでは、こんな軽いノリの子ではなく、絶世の美女がチマチョゴリで接遇してくれた。ちょっとガッカリ」とか。もしかしたら、その手の美女は日本人よりはるかに訪朝数の多い中国客や欧米客の行く店に移ってしまったのではないか、などと事情通なことをいう人もいました。残念です。

楽しかったのは、滞在中ずっと同行してくれた女性ガイドさんと一緒に日本の曲を歌ったことでしょうか。ガイドさんは30歳。独身だそうです。ちなみに、彼女が歌ったのは、90年代のスピッツの曲『渚』でした。こういう選曲がどうして出てきたのかわかりませんが、先ほどのマドンナを歌った英語ガイドの子に比べれば、外国の歌をよく知っているなあとひとまず感心しておいてよさそうです。
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by sanyo-kansatu | 2014-04-10 11:58 | 朝鮮観光のしおり | Comments(6)
2014年 04月 09日

日本の良いものを世界のムスリムへ―ハラル食品をオンライン販売

東南アジアを中心に日本を訪れる観光客が増えるなか、日本と異なる宗教的戒律をもつムスリム客へのおもてなしのあり方が関心を呼んでいます。イスラム教徒向け食材を提供する専門商社の日本アセラル商事は「日本の良いものを世界のムスリムへ」を合言葉に、4月初旬、オンラインショップ「ハラルストア」を開設しました。その狙いや今後の展望は? 代表取締役社長の千葉弘樹氏にお話をうかがいました。

コンテンツ:
ハラルストアとは
日本製ハラル食品について
日本のハラルを取り巻く現状
ハラル・ジャパン協会について
まずはインバウンド客にアプローチ


―ハラルストアとはどんなサイトですか?

ハラルストアは、日本製ハラル商品に加え、ハラル認証を取得していないものの、豚由来の成分が入っていない、またアルコールが添加されていないNPNA(ノンポーク・ノンアルコール)食品を販売する日本初の専門サイトです。日本語版と英語版を設け、国内及び海外で販売を始めたばかりです。

ハラルストア
http://www.halal-store.net/

ハラール(HALAL)とは、イスラムの教え(シャリーア法とイスラム原理)で許された「健全な商品や活動」のことの全般を意味します。東南アジアを中心に日本を訪れる観光客が増えるなか、彼らに聞くと、日本食が大好きで、寿司やてんぷら、ラーメン、焼肉を食べたいといいます。ところが、そのネックとなっているのが、ハラルです。

イスラム教徒は世界人口の4分の1にあたる約19億人、食品市場だけで60兆円ともいわれますが、日本製の食品は現地でほとんど流通していません。こうしたなか、海外に日本製のハラル食品を輸出したいと考える企業も増えてきました。

日本製ハラル商品の専門商社である弊社は、昨年6月から国内在住のムスリムや訪日客の受け入れを行うホテルやレストランなどに卸販売を手がけてきました。ハラルストアは、そのオンラインショップといえます。「日本の良いものを世界のムスリムへ」を合言葉に、国内だけでなく、インドネシアやマレーシア、シンガポール、ドバイへの海外配送も行います。

―日本製のハラル食品にはどんなものがありますか?

日本にもマレーシアハラルコーポレーション(東京)など、認証および関連団体はいくつかあります。

現在、日本のハラル認証商品は約50〜60品目。醤油やカレー粉などの調味料、日本茶やゆずドリンクなどの飲料です。ただし、実際には認証がないと売れないのではなく、前述したように、豚由来の成分が入っていない、またアルコールが添加されていないNPNA(ノンポーク・ノンアルコール)食品であれば問題がないと考えるムスリムの方も多いため、ハラルストアでも約300点のNPNA商品を扱っています。
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NPNA商品には、ミソやソースなどの調味料から、おかきやせんべいなどのお菓子類、そばやうどんなどの麺類、日本食のレトルト食品などいろいろあります。

―日本のハラルをめぐる現状をどうお感じですか?

この1年で急速にハラルに対する理解が広がっています。キーワードは、「尖閣」「竹島」でしょうか。政治的リスクを回避するため、アセアンと中東へ目を向けようという機運が国内で一気に盛り上がりました。2012年秋のことです。さらに、昨年7月東南アジア各国に対する観光ビザの緩和が相次いで行われ、9月には2020年東京オリンピック招致決定、12月には和食の世界無形文化遺産登録と、数ヵ月おきにハラルブームを後押しする出来事が起こりました。

その結果、物珍しさから日本製ハラル食品はメディアに取り上げられる機会も増えましたが、話題先行気味です。現実とのギャップが大きい。いくら話題になっても、商品が実際に売れなければ意味がありません。

―理事をされているハラル・ジャパン協会について教えてください。

設立は2012年10月1日。ハラルに関する啓蒙活動や市場調査、各企業が自社商品のハラル認証を取得するためのアドバイス、ハラル商品の販売支援、インバウンド支援などを行っています。
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毎月「ハラルビジネス講座」を開催しています。2日間でハラルの基礎からマーケティングまで学んでいただく。都内のモスクや在日ムスリムの経営するハラルショップなどを見学し、理解を深めます。モスクでは、イスラムの教えを直接うかがいます。

2008年頃、イスラム教徒向け食材市場の存在を知り、仲間と勉強会を始めたのが最初です。2010年、マレーシアに視察に行くと、「なぜ日本人は食材を売りにこないのか?」といわれました。ただし、現地で日本食品を販売するためにはハラル認証が必要なことを知りました。帰国して、在日ムスリム関係者に会い、彼らの協力のもとに国内の市場調査などを進めました。

現在、同協会の主な会員は、食品や化粧品メーカー、ホテル、商社などが多いです。

―ハラルに関心のあるインバウンド業界の方たちにアドバイスをいただけますか。

現在、インドネシアやマレーシアなど東南アジアはもちろん、南アジアのインドやパキスタン、バングラディッシュ、中東のサウジアラビアやUAE、トルコ、アフリカなどからも日本に観光やビジネスで多くのムスリム客が訪れています。ですから、我々もまずインバウンド客への取り組みを通して海外での販売につなげていきたいと考えています。ハラルビジネスは、インバウンドの周辺から動くはずだと。

ムスリム客対応としていきなりハラル対応を行うことは非常に困難です。まずは第一歩として、ホテルやレストランに必要なのは、ノンポーク&アルコール料理のメニューを用意することでしょう。また近隣のモスクやハラルレストランの情報を提供すること。客室にマットやキブラシール(メッカの方向を示すマーク)、コーランというお祈りグッズを貸し出すことも大切です。弊社では、ハラル商品の卸販売だけでなく、お祈り用マットやキブラシールの販売も行っています。またムスリム客対応のためのスタッフ教育として認証団体や講師の斡旋など、トータル的にサポートしています。
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旅行会社に対しては、「ハラルデリ」というハラル対応のお弁当の宅配サービスを行っていますので、ご利用いただけるとよろしいかと思います。観光やビジネスで訪れたムスリムのお客様の接待やツアーバスでの食事提供など、さまざまなシーンでご利用いただいています。

まずは、毎月1回開催している「ハラルビジネス講座」にご参加いただき、ムスリム対応の基礎を学んでいただくことをおすすめします。
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株式会社日本アセラル商事
東京都台東区上野2-12-18
http://aselal.jp
一般社団法人ハラル・ジャパン協会
東京都豊島区南池袋2-49-7 池袋パークビル1F
http://halal.or.jp

<取材後記>
にわかに盛り上がったハラルブームですが、イスラムの戒律と聞くと、厳しくて難しそうという印象がつきまといます。ハラルのわかりにくさは、イスラムの教理が基本的に寛容であることによるのだそうです。もともと個別のモスク周辺に暮らす住民に対してローカルの宗教指導者が地元に合った食のルールを伝えたのが始まり。「これで安心だよ」という地元のみで通用するお墨付きのようなもので、戒律が寛容というのはそういうことだとか。その結果、ハラルのルールは、宗派はもちろん、国や地域によって内容が相当違う。そのため、一律の基準を決めるということ自体に無理があり、個別のケースごとに異なる対応を迫られるため、日本人には難しく感じられるのです。

たとえば、中国のように国内に当たり前にムスリム(回民、ウイグル族)が生活するような社会であれば、ハラルは日常生活の中に根付いています。最近、日本の大学でもムスリム留学生向けにハラル食を出す学食もでてきていますが、中国の大学では、回民食のコーナーは以前から当たり前に存在していました。

日本の社会にこれまで存在しなかった異文化のルールを採り入れるというのはそう簡単なことではありません。しかし、関係者の話を聞く限り、求められているのは、必ずしも厳格なものばかりではなさそうです。そういう意味でも、我々がムスリム客に対してできるおもてなしは、“ムスリム・フレンドリー”な対応でしょう。「私たちはあなたがたを心より歓迎しています」というメッセージを込めたおもてなしということです。そのためには、ハラルの基本を頭に入れておくことは欠かせないといえます。

※やまとごころ.jpの取材です。
http://www.yamatogokoro.jp/inbound-interview/index03.html
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by sanyo-kansatu | 2014-04-09 13:35 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2013年 12月 24日

池袋の「文革レストラン」再訪。紅衛兵コスプレ美女に会う

昨晩、仕事仲間と池袋の文革レストラン「東方紅」で忘年会をやりました。その日集った皆さんは中国通が多く、先日ぼくが文革レストランを訪ねた話をしたところ、すぐに食いついてきたので、お連れしたというわけです(大学で東洋史を専攻した皆さんばかりです。専門的に中国史や中国語を学んだことがないのは自分だけ。恐縮します)。
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エレベータの扉が開くと、最初に目に入るのが、毛沢東の大ポスター。皆さん、そこで「おぉー、これがそうか」と軽く反応しつつ、店内に入ると、文革ポスターやら標語の数々を物色しながら、席についたのでした。

席まで案内してくれた紅衛兵のコスプレ店員は、中国のネットに写真が出ていた例の彼女でした。大連出身の王さんといいます。お笑い芸人の青木さやか似の美女、といっておきましょう。明るくていねいな接客で好感度が高いです。
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在日中国人、池袋に文革レストランを開店
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2013-11/05/content_30500644.htm

店内には、若い中国人のグループが何組かと、今回初めて日本人のグループを2組見かけました。この手の中華料理屋にはよくいそうな年配の男性3人組(きっと中国の夜のお仕事の女性に連れてこられたのでしょう)と、ちょっと意外だったのは、若い女性の4人組でした。だんだん日本人客も増えているんですね。

中華料理はやはり大勢で行くのが楽しいものです。今回5名で行ったので、いろんな料理が注文できました。中国通の皆さんですから、それぞれお好みの料理があるようでしたが、「念のため言いますけど、ここは中国東北料理の店ですから」と、ぼくがひとこと付け加えると、では「酸菜の鍋にしましょう」と、Hさんがメニューを見ながら応じてくれました。
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これが酸菜カキ鍋です。酸菜は中国東北地方の名物の白菜の酢漬け。簡単にいうと、トウガラシ抜きのキムチのようなもので、ちょっと酸っぱいんです。それにこの季節旬のカキを入れて白湯風のスープにした鍋です。美味でしたよ。
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せっかくですから、コスプレ店員の王さんにおすすめを聞いてみると、面白い料理が出てきました。文革時代をイメージ化したアルミの弁当箱のようなものに入ってでてきた豚肉と野菜の田舎風煮込みです。野菜にはカボチャやトウモロコシも入っています。クミンやハッカクなども使われていて、いかにも東北料理らしい味付けでした。
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これは東北料理というわけではありませんが、インゲンの四川風辛味炒めです。日本人の口に合いますね。

他にもいろいろ頼んだのですが、皆さんの評価は、「この店で頼むべきは、東北料理。他の地方料理はちょっと予想した味付けと違う気がする」というところでまとまりました。こういうことって、中国でもよくあります。いまの時代、都市部ではいろんな地方料理レストランがあるのですが、たいてい地元の好みの味に変えられていて、本場の味を知る人からすると、「あれっ、ちょっと違う」となるものです。東北人が四川料理をつくると違った味になるという話で、池袋でもそれがいえるわけです。

とはいえ、ふだんは口の悪いことで知られるHさんから「こんな本場の料理が日本で食べられるとは、うれしいことですね」と言われたので、ぼくはほっと胸をなでおろしたのでした。そして、「そりゃそうですよ。本場の東北人がつくってるんですから」と応じたものです。
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中国語のわかる皆さんですから、店内にたくさん貼られたポスターや標語が気になるようです。たとえば、トイレの前に貼ってある「同志们,无论大小,记得冲(皆さん、大でも小でも流すことをお忘れなく)」や、厨房に入る従業員出口の「闲人免进(関係者以外立ち入り禁止)」は、当時のプロパガンダポスターから図柄を拝借し、言い回しを変えてパロディー化したものです。
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これは、2000年代半ば中国で一斉風靡したテレビのオーディション番組の人気投票でデビューした李宇春さんというアイドル歌手の新曲のタイトル「再不疯狂我们就老了」を拝借して、当時のポスターにはめ込んだもののようです。
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またこれは逆のパターンで、文革当時、毛沢東が紅衛兵に呼びかけた「战无不胜的,毛泽东思想胜利万岁」というメッセージ入りのプロパガンダポスターの、紅衛兵たちが高く掲げる(おそらく)毛沢東語録(だと思いますが)の代わりに米国アップル社のロゴをはめ込んでいます。

中国共产党第九次全国代表大会主席团秘书处新闻公报(1969年4月24日)
http://cpc.people.com.cn/GB/64162/64168/64561/4429452.html

これらに見られるように、「文革レストラン」に散りばめられた一見政治的かつノスタルジックな文化的意匠は、実のところ、当時への郷愁ではなく、むしろ2000年代の中国の都市部に多く現れた文化雑貨屋で売られていた他愛のない流行商品やキャラクターグッズのたぐいと変わらないものです。パロディーといっても、そこは用意周到毒抜きされています。

※これらのグッズについては「中国の文革系サブカル雑貨は日本の1970年風?」を参照。 

とはいえ、今月26日が毛沢東生誕120年にあたることを意識して書かれたと思われる今朝の朝日新聞の国際記事「文革 封印の過ち語る 毛沢東生誕120年 回顧の風潮に危機感」(2013年12月24日)が指摘するように、中国では「文革レストラン」という存在自体、単なる飲食施設ではなく、悲惨な歴史の記憶の回顧化、あるいは忘却化に貢献するものだという見方もあるようです。なんにしろ、そんなに遠い時代の話ではないからでしょう。同記事の中では、自分が密告したことで、母親が銃殺刑にされた弁護士の話がでてきます。中国の現代史のタブーを突いてにわかに出現したかのような「文革レストラン」には、まだまだ尾ひれの付く話が出てきそうです。

※そういう意味では、最近中国で文革時の蛮行を懺悔する元紅衛兵たちが現れていることに注目したいと思います。「文革時の蛮行をザンゲする元紅衛兵たち」 参照のこと。
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by sanyo-kansatu | 2013-12-24 10:45 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2013年 11月 21日

ラオスの北朝鮮レストランはわりとゆるくてオープンな店だった

ビエンチャン滞在中、つい北朝鮮レストランに足を運んでしまいました。べつにぼくは「北レス」マニアでもないつもりですけど、今年5月、北朝鮮からの脱北者がラオスで身柄を拘束され、強制送還されたという報道もあり、遠く離れたこの2国が中国を介して複雑な関係にあることを知ったばかりでしたから、興味本位にすぎませんが、行ってみようかということになったのです。
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ラオス、脱北者9人を北朝鮮に強制送還 異例の措置の見方(CNN)2013.06.01
http://www.cnn.co.jp/world/35032834.html

さて、ビエンチャンの北朝鮮レストラン「朝鮮平壌飯店」は、市内中心部から北東の方角にある黄金の仏塔「タートルアン」の近くにあります。
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朝鮮平壌飯店(Korea Pyongyang Restaurant)
Unit19,Nongbone, Xaysettha District, Vientiane
Tel:021-263118 kpr.lao@gmail.com

トゥクトゥクに乗って店の前で降りると、白頭山の天池の大きな写真の飾られたレストランがありました。その日は雨が降っていて周辺の通りは暗く、うまく写真が撮れませんでしたが、事情通の人なら一目で北朝鮮レストランとわかります。
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店内には、朝鮮の美人画や風景画が飾られています。カラオケ用のテレビもありました。

客は、中国の中高年の男女6人組(といっても女性はひとり)や韓国系の男性ふたり、北欧系のツーリストのカップルでした。あとで奥の個室からぞろぞろ男たちが5~6名出てきたのですが、おそらく彼らはラオス在住の北朝鮮の関係者でしょう。
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メニューはこんな感じです。ドリンクは地元ラオビヤーやカールスベルグ、ペプシなど、料理は冷麺やビビンバ、プルコギなど定番朝鮮料理が並びます。その日ぼくが頼んだのは、特製豆乳スープ冷麺(コングッス)で40000kip(約400円)。
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これは中国客のテーブルです。席が空いているのは、いよいよ北朝鮮の歌謡ショーが始まるということで、彼らは総立ちになり、席を離れたからです。
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8時を過ぎるとショータイムがスタートします。海金剛と呼ばれる北朝鮮の名勝、金剛山の岩の柱の大きな写真を背景に、ピンクのチマチョゴリ姿の4人の北朝鮮ガールズがおなじみの「ようこそ共和国へ」を歌い始めました。この曲の妙に浮かれたリズムやアレンジ、彼女たちの甲高い歌声は、北朝鮮のこわばったイメージを腰砕けにさせるような脱力感を外国客に与えるのが特徴です。しかも、曲調の単純さから一度聴いたら耳を離れないわかりやすさがある。この曲が流れると、気分がはしゃいでくるような暗示効果が仕込まれているようで、まったくクセモノです。
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【動画】ラオスの北朝鮮レストランの踊りと歌(2013年8月)

その後、彼女たちは客層を意識して、朝鮮の歌だけでなく、中国の歌を歌ったり、ちょっとした踊りを披露したりしていました。4人のうち、ふたりはふくよかな美人です。
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そのうち、席を立った中国おやじ5人組は、ビデオやカメラで彼女たちのショーの撮影に本格着手し始めました。とってもうれしそうです。
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ショーが終わると、カラオケタイム。ひとりの中国おじさんは、お気に入りの彼女の手を取り、デュエットを始めました。彼は最後まで彼女の手を放そうとしません。

でも、曲が終わると、さっと彼女は奥に消えてしまいます。

これまで中国各地の北朝鮮レストランをいくつか覗いてみましたが、ここラオスの店は、わりとゆるくてオープンな印象です。北朝鮮ガールズたちも、北京あたりだと、どこかツンケンしていますが、ここでは物腰もやわらかいのです。やはり、平壌から距離が離れるほど、彼女たちもゆるくなるのか。それともラオスという土地柄ゆえ、中国客の強引さがまかり通りやすくてこうなってしまうのか。いずれにせよ、いいことじゃないでしょうかね。

この場でちょっと浮いていたのが、北欧系のカップルとぼくでした。その感じが伝わったのか、彼らに目くばせすると、ニコッと微笑んでいました。なにしろ娯楽の少ないビエンチャンですから、コリアン・ショー・レストランを観るのは、外国人旅行者にとってちょっとしたイベントかもしれません。
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by sanyo-kansatu | 2013-11-21 09:41 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)