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2017年 01月 10日

中国の最果ての地、満州里からロシアへの日帰りボーダーツーリズム

満州里は中国内蒙古自治州フルンボイル市の西端に位置するロシアとの国境の町です。1901年に東清鉄道の駅を開業したのが町の始まりで、日本がこの地に満洲国を建国するまでは、モスクワとウラジオストクを最短で結ぶ鉄路の要衝でした。

※「満州里(Маньчжурия)」はロシア語で「満洲(Manchuria)」 を意味します。
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数年前まではロシアからの木材の集積地として発展していましたが、中国およびロシア経済の減速によって木材バブルが崩壊し、経済的には厳しいと地元の人は話しています。

それでも、市内には一時期の名残のように、高層ビルもいくつか建っています。

これは満州里駅です。市内には車も多いです。1990年代までは、北京からシベリア鉄道に乗ってモスクワへ向かう1週間の鉄道の旅に参加する人たちが、日本人に限らず、けっこういました。いまでは、短い夏の間、フルンボイル草原を観光する国内客のための拠点の町のひとつとしてそれなりににぎわっています。
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満州里のもうひとつの観光テーマがロシアへのボーダーツーリズムです。以前、黒龍江省の黒河のボーダーツーリズム事情について書きましたが、同じような日帰りツアーが満洲里にもあるようです。

黒龍江省北辺の町、黒河のボート遊覧とロシアへの日帰り観光
http://inbound.exblog.jp/26537280/

残念ながら、このツアーに参加するためには、黒河の場合と同様に、ロシア側の国境の町であるザバイカリスクを入国地として記載したロシア観光ビザを東京のロシア大使館で取っておく必要があります。

そのため、以下の情報は現地の旅行会社で入手したツアーパンフレットや、ネット上で見つけた中国人が実際に参加したツアーを報告したブログの記事からの内容を取りまとめたものです。

まず、これが満州里とお隣のロシアの町、ザバイカリスクの位置です。
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もう少し詳しくGoogleMapでみると、こうなります。ちなみに、中国人のボーダーツアーに登場する3つの町は以下のとおりです。
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ザバイカリスク(后贝加尔斯克 Забайкальск)
クラスノ カメンスク(克拉斯诺卡缅斯克(中国名:红石市) Краснокаменск)
ボルジャ(博尔贾 Борзя) ※地図外(左上)

これは中国のオンライン旅行会社大手のCTripのサイトで募集していた日帰りツアーの情報です。現地の旅行会社に聞いたときは、日帰りツアーは500元と言われましたが、ネット上では390元で販売しているようです。

俄罗斯红石一日游(ロシア紅石日帰りツアー)
http://you.ctrip.com/dangdiren/service/18821.html

ここでいう「紅石」というのはどの町を指すのか最初はよくわからなかったのですが、中国のネットを見て回っているうちに、クラスノ カメンスク(克拉斯诺卡缅斯克(中国名:红石市) Краснокаменск)であることがわかりました。

ツアーパンフレットによると、1日のスケジュールは以下のとおりです。

朝6時集合。国際バスで国境ゲートを抜け、ザバイカリスクへ。この間は18kmです。1904年に開業したザバイカリスク駅舎を訪ね、そこから約140km離れたクラスノ カメンスク(克拉斯诺卡缅斯克(红石市)へ向かいます。この町は1968年に建市されたばかりの新しい町で、人口は約8万人。この地域では大きな町のようです。都市施設も比較的整っているようで、訪問先として記されるのが以下のスポットです。

パブロフ広場
東方正教会
レーニン像
第二次世界大戦記念広場
第二次世界大戦英雄戦車

まるで中国国内でかつて一斉風靡した毛沢東と共産党のゆかりの地を訪ねる「紅色観光」のようです。

共産党の歴史や思想がコンセプト、「紅色観光」がブームに―中国
http://www.recordchina.co.jp/a50318.html

もっとも、参加する中国客の関心は、ロシア人の住む町を訪ね、地元料理を食べたりすることにあるようです。詳しいツアーの様子は、実際にこのツアーに参加したふたりの中国人のブログをみると、よくわかります。はっきり言って、シベリアの辺境の鄙びた田舎町を訪ねているのにすぎないのですが、地元のロシア人の結婚式風景に出合ったり、スーパーでロシア食材を購入したり、ほのぼのとしたロシア旅情を味わっている様子です。

俄罗斯红石市--- 一座活在记忆里的城市
http://mozhiyu6.blog.163.com/blog/static/1404415202013710102944554/

俄罗斯猎奇----神秘的克拉斯诺卡缅斯克(红石市)
http://blog.sina.com.cn/s/blog_91658d830102vrzo.html

こちらは、ロシア国境の町のザバイカリスクと日帰りツアーで訪ねるクラスノ カメンスクに加え、ボルジャという町を周遊する2泊3日のツアーです。

满洲里出境-俄罗斯红石、博尔贾、后贝加尔斯克三市两日民俗游(2泊3日ツアー)
http://www.cncn.com/xianlu/649044287354
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以下は、満州里発ボーダーツーリズムの関連スポットです。

これが鉄道のロシア国境です。2年前までは、国門旅游区として中国側の国境塔に外国人も登ることができたのですが、2016年夏に訪ねたときは、外国人はNGになっていました。
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これは前述の日帰りツアーのバスが出る満州里の国境ゲートです。
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ロシアから来た旅行者が荷物をいっぱい車に積み込んでいます。
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これはツアーではなく、中ロの一般旅客が利用する国際バスターミナルです。
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ここでバスチケットを買います。満州里からザバイカリスクまでが92元、ボルジャまでは102元(なぜか復路は132元)です。
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陸路の国境に囲まれた中国の人たちがお隣の国へのボーダーツーリズムを気軽に楽しんでいることがわかります。
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by sanyo-kansatu | 2017-01-10 16:14 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(1)
2017年 01月 07日

黒龍江省北辺の町、黒河のボート遊覧とロシアへの日帰り観光

極東ロシア人たちが国境を越えてお隣の中国旅行を楽しんでいる話を以前しましたが、もちろん中国の人たちもロシアへのボーダーツーリズム(国境観光)を盛んにやっています。

ロシア最果ての地の人たちは中国でどんな旅行を楽しんでいるのか(黒河編)
http://inbound.exblog.jp/26503104/
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たとえば、黒龍江省北辺の黒河では、黒龍江(アムール河)のボート遊覧が楽しめますし、対岸のロシア・アムール州の州都ブラゴベシチェンスクへの日帰りや1泊2日のツアーも催行されています。
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シベリアのかなたから黒土を運んでくる黒龍江の河の色は、近くで見ると泥色をしているのですが、夏になると晴れ渡った空の青みを映し出して、まるで海のようです。さすがにここまでは北京のPM2.5は届いてこないため、空気も澄んでいて、避暑を過ごすには気持ちがいい町です。この町の人たちは、約1kmほど離れた対岸のロシアの町を眺めながら暮らしています。この雰囲気は、タイやラオス、ミャンマーが国境を接するゴールデントライアングルで暮らす人たちの様子ととても似ています。

インドシナ3カ国が接するゴールデントライアングル最新国境風景
http://inbound.exblog.jp/22434567/

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冬になると、河は氷結します。この写真は春になって氷が溶け出している時期のものですが、黒龍江から押し出された氷の流れ着く先が、北海道網走の流氷というわけです。
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さて、この辺境の地を訪れた中国の人たちが必ず乗るのが黒龍江の遊覧ボートです。河沿いがずっと公園になっているのですが、その西端にボートの発着場があります。夏の間は、朝8時過ぎから1日6~7回、つまり1時間に1本くらいの間隔でボートは出ます。時間は決まっていなくて、客が数十人くらい集まった頃合いにのんびり船出します。料金は40元でした。所要30分くらいのショートボートトリップです。
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ふと見ると、河で泳いでいる人たちがいます。
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さて、ボートは下流に向かって走り出します。乗客は対岸のロシアをじっと眺めています。
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しばらくすると、対岸が近づいてきました。マンションが見えます。実は、ぼくが初めて黒河を訪ねたのは1990年のことです。その当時は、まだロシアにはこんな高いビルはなく、町並みもくすんでいました。中国側の黒河も同様で、満洲国時代の建物も数多く残っていて、町で「仁丹」と書かれた広告のペイントすら残っていたことを思い出します。もちろん、いまはまったく別の町のようです。
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河沿いでは、ロシア人たちが水浴びを楽しんでいます。
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観覧車も見えます。
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ライフセーバーの監視員もいます。
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以前、ウラジオストクに行ったときも、ロシアの人たちはこの時期(7月)、海水浴を楽しんでいました。おそらくシベリアの果ての極東ロシアで水浴びができるのは、7月から8月上旬くらいまででしょう。短い夏を楽しんでいる様子がうかがえます。

短い夏を満喫。ウラジオストクで海水浴
http://inbound.exblog.jp/20112110/
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サングラス姿の若いママさんもいました。
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ロシアの町だけあって、町並みはきれいです。中国側に量産されているなんちゃってロシア風建築とはモノが違います。
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さらに、下流に向かうと、コンテナ埠頭や中国との国境ボートの発着する港も見えてきました。
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乗客たちはこうしたロシア人の様子を望遠鏡でじっと眺めています。まさにボーダーツーリズムを楽しんでいるのです。
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ブラゴベシチェンスクの町外れあたりでボートは中国側に向かって折り返します。
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途中、ロシア人を乗せた遊覧ボートが近づいてきました。
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彼らもまたボーダーツーリズムを楽しんでいました。
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さて、ここまでは第三国人であるぼくも気軽に参加できるのですが、お互いの国へのビザなし日帰り観光ができるのが両国民の特権です。もちろん、日本人でも東京のロシア大使館で入国地をブラゴベシチェンスクと記載を入れたビザを取れば、中国人と一緒にツアーに参加できるそうですが、まあ面倒です。日露平和条約が結ばれたあかつきには、北方四島で同じことが実現されることになるのでしょうか。
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市内にはいくつかの旅行会社があります。黒河からはロシアの3つの都市へのツアーが催行されているようです。「布市」がブラゴベシチェンスク、「海参威」がウラジオストク、「哈吧」がハバロフスクです。ブラゴベシチェンスク行きは日帰りだけでなく、1泊2日、2泊3日もあるようです。
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日本人が訪ねてくることなどまずないので、珍しがられてロシア日帰りツアーの話をいろいろ教えてもらいました。
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これがブラゴベシチェンスク行きの日帰りと1泊2日のツアーパンフです。日程は、早朝7時に黒河口岸(イミグレーション)に集合。夏は船で、冬は氷結した河上をバスで渡ります。
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主な訪問地は、この写真にあるように、レーニン広場や凱旋門、シベリア鉄道駅、州政府ビルなどの古いロシア建築や教会をめぐり、ロシア料理の昼食を取る。午後は自由行動で、日帰りなら夕方には黒河に戻るというもの。1泊2日は、市内のホテルに宿泊し、ロシア人宅への家庭訪問などのメニューもあります。

ツアー料金は安く、日帰りで450元、1泊2日で750元が相場だそう。

実は、1年後に東京でロシアビザを取って黒河からブラゴベシチェンスクに渡り、シベリア鉄道でハバロフスクまで行き、中国に再び戻ってくる取材を計画しているところです。
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by sanyo-kansatu | 2017-01-07 10:44 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2016年 12月 25日

ロシア最果ての地の人たちは中国でどんな旅行を楽しんでいるのか(黒河編)

中国最北部に位置する黒龍江省は、周辺をロシアに囲まれていて、両国民の国境を越えた交流は盛んです。日本人は、このような国境を河で隔てた土地で生きる人たちの自由闊達な生活感覚について、ほとんど知らないのではないかと思います。

今年7月、黒龍江省北部でアムール河(黒龍江)のほとりにあるロシアとの国境のまち、黒河を訪ねました。
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省都のハルビンから夜行列車に乗って、朝6時に黒河到着。
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寝台車両ですでに見かけていたのですが、ロシア人観光客が多く乗っていました。
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これが黒河駅です。
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若いロシア人カップルも多くみかけました。彼らの多くは、黒河の対岸のブラゴビシェンスクというロシアの都市から中国旅行に来た人たちです。
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さて、ぼくは黒龍江のほとりに建つ黒河国際飯店に予約を入れていました。ホテルの屋上から見た対岸のブラゴビシェンスクの町並みです。川辺に浮かんでいるのは、中国人を乗せた国境観光を楽しむ遊覧船です。
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一方、こちらが黒河市内です。都市の規模も人口も、中国側が当然勝っています。
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駅で会ったロシア人たちは、黒河で一泊する場合、市内のもっと安いホテルに泊まるか、その日のうちに船でロシアに帰ります。1泊5000円相当の料金なので、えらそうに言うつもりはありませんが、黒河でいちばんいいホテルとされる黒河国際飯店には、ぼくのような外国人か、遠方から来た中国国内客、ロシア人ビジネスマンなどが利用することが多く、対岸のブラゴビシェンスクから格安ツアーで来るロシア人観光客が泊まる宿はもっとリーズナブルな場所がいくらでもあるのです。

さて、ロシア人たちは黒河で何をして過ごすのでしょうか。実は、黒河は中国にしては(なんていい方は失礼かもしれませんが)、空気も澄んでいて、中国的な猥雑さは少なく、信じられないくらいきれいな町です。1年のうち大半は厳寒の地だけに、短い夏(6月から8月くらい)を惜しむかのように、市民はこの季節を楽しんでいます。もちろん、ロシア側に比べると、町のにぎわいがあるはずです。

ロシア人たちは、そこで買い物に明け暮れます。安価で役立つ日用品や衣料など、ここぞとばかりに買い込んで帰るのです。モスクワから遠く離れた極東という土地ゆえの物価高と慢性的なモノ不足という事情があります。
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彼らが繰り出すのは、ロシアに戻る船の出る国境ゲートに近い大黒河島貿易城のロシア人向けショッピングモールです。
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ここは中国の国内客がロシア産品、たとえば、ロシア産ビールやウォットカ、チョコレートなどを買っていく場所でありますが、ロシア人たちは、中国産の日用品などを購入していきます。
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これがロシアに戻る船です。
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ちょうど護岸工事をしていて、港の周囲は土盛り状態でした。
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黒河市のメインストリートである中央街の一部は歩行者天国で、「中央商業歩行街」と呼ばれています。この界隈もロシア人にとってのショッピングゾーンです。
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この通りで目につくのは、ロシア語の看板を掲げる商店です。
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ロシア料理店もいくつかあります。歩行者天国のはずれにある「レナ・レストラン(列娜餐庁)」はロシア客ばかりでした。
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これがメニューです。基本、西洋料理ですが、ボルシチがあるのが特徴です。
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パスタとボルシチを頼んだら、新疆(ウイグル)料理風のパンが出てきました。
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衣料品の店も人気のようで、ロシア人女性が何人かである店に入ったので、どんなものが売られているのか覗いてみました。3元=100ルーブルが相場のようです。
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失礼しました。下着のお店でした。でも、ロシアの人たちにとって、こういう日用衣料がロシアに比べ中国はとても安いので、まとめ買いしたくなるのです。
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もうひとつ目についたのは、100円ショップならぬ「2元ショップ」です。2元は日本円で35円くらいなのですが、きっと現地感覚では100円くらいの値ごろ感なのでしょう。ただし、売っているのは「安かろう悪かろう」という感じでした。こんなの、ロシアの人たちは買うのだろうか? 
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そんな疑問を感じていたところ、この町でいちばん大きなショッピングモールと思われる華宮商場に、日本の100円ショップそっくりの中国版10元ショップの「メイソウ(名創優品)」が出店していました。
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この10元ショップ、日本のダイソーと無印とユニクロをパクったといわれています。
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MINSO
http://www.miniso.jp/

店内には、中国客も多いですが、ロシア人の若い女の子も多いです。100円ショップは世界中の若い子に人気のようですね。

これは商場の装飾品売り場です。安い中国の装飾品は、彼女らにとってお値打ちでしょう。
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最後は、黒河空港で出会ったロシア娘です。彼女らはスマホを当たり前に使っています。もちろん、中国製でしょう。
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黒河空港では、搭乗まで歩いていきます。
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これまで見てきたのは、中国最北端、さらにいえばシベリアの僻地ともいうべき町での出来事です。
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by sanyo-kansatu | 2016-12-25 19:46 | ノービザ解禁間近!極東ロシア | Comments(0)
2016年 10月 03日

中ロ貿易は縮小中だが、農産品、特にロシア産アイスクリームが中国で人気だとか

新潟県にある公益財団法人環日本海経済研究所(ERINA)のメルマガ「北東アジアウォッチ」は、一般の日本のメディアではまず扱われることのない、中国東北地方、ロシア、モンゴルの現況、そして日本海側各県と対岸の同地域との交流の様子を伝えてくれるユニークなメディアです。

その最新号(2016年9月30日発行)にこんな記事がありました。7月に中国東北地方を1ヵ月かけて視察してきたぼくにとって、このささやかなニュースは現地で見た実感を納得させてくれるものでした。
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これはロシア国境の町、黒龍江省綏芬河にあるマキシム・レストランという西洋料理店のデザートとコーヒーです。

中国を席巻しつつあるロシア産アイスクリーム

2週間前、プーチン大統領は杭州市のG20に出席した際、習近平国家主席にロシア産アイスクリームをひと箱、贈呈した。「貴国のものは良い乳脂肪を使っているから、特に美味しい。非常に気に入っている」と習主席は説明した。

中国人はこの2年間、熱心にロシア産食品を試してきた。彼らが特に惚れ込んだのがロシア産アイスクリームだ。2015年には、アムール州が初めて、中国に食品を供給し始めた。その逆ではない。長年の間で初めて、ブラゴベシチェンスクから黒河へ、ハチミツ、チョコレート、クッキー・ビスケット類、アイスクリーム、粉類、ヒマワリ油、炭酸水を積んだトラックがアムール川の氷を渡った。その結果、アムール州は、何トンもの中国製品の購入が慣例だった地域から、本格的な対中国輸出地域へと変貌した。

概して、中国とロシアの貿易高は昨年、金額では680億ドルに縮小した(28.6%減)。しかし、ロシアから中国への農産品輸出は拡大した。例えば、2015年の結果から、油脂製品の輸出量は9.4倍、油糧種子・果実は4.9倍に拡大した。穀物、豆類、野菜の輸出も増えている。最後に、ロシア産アイスクリームの中国への輸出量は昨年、118%拡大した。

ロシア産アイスクリームの対中国輸出の急成長は今年も続いている。ロシア産アイスは既に、中国の国境の都市、特に綏芬河、満洲里で幅広く認知された。この夏には、ロシア産アイスは市内で最もポピュラーな輸入品となった。今年上半期、綏芬河の国境回廊経由で出荷されたロシア産アイスの量は昨年比で206%拡大した。

プーチンとソ連の継承国・ロシアへの敬愛以外に、当然ながら、経済的要素が大きな役割を演じている。ここ2年のうちに、中国側はロシアの国境地域でロシア産の食品やアイスクリームをより一層、買うようになった。それは、彼らにとってそれらが安くなったからだ。一方、欧州あるいはアメリカの商品は現地通貨の下落によってかなり値上がりした。

これまで、ロシア産アイスの輸出は保存に必要なインフラの欠如によって制約されてきたが、今ではこのような不備は是正された。例えば、2015年下半期、綏芬河に広さ3000平方メートル余りの冷凍食品取扱用複合物流施設が建設された。保管量は日量2000トンとなっている。これが直ちに、ロシア産アイスの輸出量の急成長につながったのだ。(ヴズグリャド9月19日)


記事にもあるように、ロシア経済の不振により中ロ両国の貿易は縮小傾向にあります。2年前はあれほど多くのロシア人が黒龍江省の国境都市(満州里や黒河、綏芬河など)に姿を見せていたものの、2016年の夏は相当少なくなっていました。中国の経済減速もかなり著しいものがあるため、輸入が減っていることも大きいでしょう。

ところが、2015年から中国はロシアの農産品の輸入を拡大してきたようです。これまでであれば、圧倒的に中国からロシアへの貿易量が多かったはずの農産品ですが、これも中ロ関係を重視する現政権の志向と関係がありそうです。
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実際、中ロ国境都市では、習近平主席とプーチン大統領が強く手を握る宣伝ポスターのたぐいをいたるところで見かけます。面白いのは、どちらかといえば、習主席が積極的な姿勢で前に出て、プーチン大統領は控えめなスタンスに見えることでしょうか。このポスターもそうですが、圧倒的に習主席の存在感が大きく見えます。

そんなわけで、中ロ国境都市では街中にロシア産品が売られています。
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以下は、黒河市内にある「ロシア商品街」という通りで売られる主な産品です。
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よく見かけるのが、前述の記事にもある「ハチミツ、チョコレート、クッキー・ビスケット類」です。
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これは何でしょう。ロシア製のミキサーでしょうか。

アイスクリームは、こうした一般の雑貨店で売られるというより、レストランのデザートとして供されることが多そうです。
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もともと以前からこの地域で売られていたロシア産品は、この看板にもあるように「マトリョーシカ、腕時計、推奨、琥珀、金製品、香水、銅器、錫器、望遠鏡、首飾り、各種ロシア工芸品」、さらには「チョコレート、コーヒー、ミルク、ワイン、ウォッカ」などの嗜好品でした。
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最近は、両国合弁のロシア製品も増えているようです。ですから、一見ロシア産品でも、製品表示をよく見ると、中国の投資によって生産されるロシア食品も多いのです。
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実は、このロシア製ビールの多くも、一部中国との合弁企業で作られているようでした。
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両国の経済力の格差が中ロ貿易の中身にも影響を与えているように思います。共に経済の減速が進んでいることも背景にあり、木材や資源系物資ではなく、これらの嗜好品が街を彩るようになっているのです。
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by sanyo-kansatu | 2016-10-03 12:06 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2016年 09月 29日

「日本に最も近いヨーロッパ」こと、ウラジオストクが来年からノービザになりそうです

今月中旬、ロシア沿海州の州都ウラジオストク在住の知り合いの方から一本のメールが届きました。

「おかげさまで、ウラジオストク観光情報を提供するHPが完成しました。
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ロシア:ウラジオストク発日本人による日本語案内情報サイト 『ウラジオ.COM』
http://urajio.com/

ずいぶん前から言われていた日本人のロシア沿海州のビザなし渡航ですが、2017年1月1日からになりそうです。

そんなこともあってか、この夏、ウラジオストクでは、日本からのTV取材者や旅行関連の方も多く訪れ、だいぶ賑やかでした。またすでにビザなし渡航が実現している韓国では、娯楽番組で取り上げられたため、ウラジオストクがちょっとしたブームで、街で見かける外国人の8割は韓国人です」。

ようやくビザなし渡航が始まるのですね。ぼくは2012年の夏にウラジオストクを訪ねたことがあるのですが、ちょうどAPECが開催される直前で、当時からその噂は持ちきりでした。ところが、その実現は延び延びとなり、いまに至っていたのです。

でも、さすがにここ数年の両国首脳の会談などもあり、実現に至るようです。ちなみに、韓国人はすでにロシア沿海州でのビザなし渡航が実現しています。

2016年9月現在、成田・ウラジオストク間はロシアのS7航空(日本航空とアエロフロート・ロシア航空との共同運航便)が週3便(火木日)で運航しています。

http://flyteam.jp/airline_route/nrt_vvo/flight_schedule

渡航者数が少ないため、航空チケット代は割高ですが、ビザなし渡航が実現すると、状況は少し変わってくるのではないでしょうか。

なにしろウラジオストクは「日本に最も近いヨーロッパ」。ぼくは2度訪ねたことがありますが、確かに街並みは美しいです。

前述したHP「ウラジオ.COM」の内容は、さすがに現地在住の日本人の仕事らしく、実に多彩な内容にあふれていて、これほど詳しいこの町の案内は他にないと思われます。ご自身のお名前や所属は明かしておられないようですからここでは伏せますが、2年ほど前、ぼくのブログの記事を見たこの方から連絡がありました。12年に訪ねたウラジオストクのささやかなレポートですが、掲載している写真がぼくの相棒でプロのカメラマンの佐藤憲一さんだったこともあり、一部写真を提供することになったのでした。

極東ロシア:北東アジア未来形
http://inbound.exblog.jp/i33/

意外にすんなり!? ロシア入国ドキュメント【中国からバスで行くウラジオストク(前編)】
http://inbound.exblog.jp/20606502/

「ウラジオ.COM」をみていると、この町も4年前に比べると、ずいぶん変わってきたところもあるようです。来年はぜひ再訪してみたいと考えているところです。

以下、2012年当時のウラジオストクのスナップです。
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これがウラジオストクと港の全貌です。
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美しい港湾都市です。
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日本の鳥取県境港から定期フェリーが出ています。韓国経由2泊3日の旅になります。
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旧日本総領事館の建物です。街では水兵さんの姿をよく見かけます。
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老舗ロシアレストランの前を歩くウラジオガール。
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極東とヨーロッパをむすぶシベリア鉄道の始発となるウラジオストク駅。
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郊外の海水浴場に向かうとき、電車の中で見かけた水兵さん。

【追記】
実は、この記事を書いたとたん、友人のトラベルジャーナリスト氏から以下の指摘が届きました。

「ウラジオのアライバルビザですが、実は20170701からのようです。
たしかblogに20170101からと書かれていたようなので……。

ウラジオストク簡易ビザは2017年7月1日実施予定か。
http://blog.livedoor.jp/marinepolaris/archives/66228692.html  」

えっ、そうなんですか!?  すぐに前述のウラジオストク在住の知り合いに打診したところ、以下のような回答が届きました。

「日本人に対する沿海州のビザなし渡航に関しては、以下のような経過がありました。

もともと2016年1月1日から実施のはずでした。それに合わせてカジノもオープンしました。        

ウラジオストク自由港 ビザなし渡航2016年1月1日から許可
https://jp.sputniknews.com/business/20151022/1060422.html

それが延び延びになり、16年7月1日となりました。        

ウラジオストクの「アライバルビザ」は事前申請が必要に? 2016年7月1日を目標に導入計画中
http://tabiris.com/archives/vladivostok-2/              

でも、結局、税関が間に合いませんでした。中国の場合、日程が決まると少々不備があっても施行されるのですが、ロシアの場合、まったく当てになりません。

日露両国が交わした文書によれば、2017年1月1日が最終期限とされ、また最近、安倍首相のウラジオストク訪問もあったので、多くのロシア関係者は2017年1月1日で大丈夫でないかと見込んでおりました。日本からもメディア、旅行関係者が来ていました。

12月にプーチンさんも来日するので、ウラジオの役人もやらないと首が飛ぶと言われていたのですが……」。

う~ん…、なかなか難しいんですね。ひとまず状況を見守るほかないようです。

【追記】
2017年4月に入り、ようやくロシア側からウラジオストクのノービザ渡航が8月1日より可能となることが発表されました。

8月1日からウラジオストクは8日間のノービザ渡航が可能になります
http://inbound.exblog.jp/26806617/
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by sanyo-kansatu | 2016-09-29 08:43 | ノービザ解禁間近!極東ロシア | Comments(0)
2015年 01月 14日

北朝鮮側から眺める中朝ロ3か国国境

2014年7月、中国・北朝鮮・ロシアの3か国が国境を接する吉林省琿春市の防川地区を訪ねようとしたところ、外国人の入域は禁じられていることがわかりました。15年1月現在もそれは変わっていないようです。

【追記】
2015年夏以降、解禁されたようです。国境事情は日々刻々変わるものです。

これまでぼくはこの地を2回訪ねたことがあり、本ブログでも以下のように報告しています。

中朝ロ3か国の国境が見渡せる防川展望台(中国吉林省)
http://inbound.exblog.jp/20449425/

これは琿春市の旅行会社がつくっているパンフレットの表紙です。中国の古代の城壁に囲まれた塔のような建築物が写っています。これは何なのか。あとで説明します。
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さて、防川国境を訪ねることができなかった背景に、中国政府がこのところ朝鮮国境付近への外国人の立ち寄りに敏感になっていることがあるようです。昨年8月の朝日新聞の記事でも、現地記者からの以下の報告がありました。

中国、脱北者の連行容認 北朝鮮当局、拘束し帰国(朝日新聞2014.8.15)

中国東北部の北朝鮮との国境地帯で、中国の地元当局が北朝鮮の治安当局者による脱北者の拘束や連行を容認している実態があることがわかった。脱北者の北朝鮮への送還をめぐる国際社会の批判を受け、中国側が拘束してきた従来の方法から転換したという。

複数の中国当局関係者によると、北朝鮮国家安全保衛部などの当局者は、独自に集めた脱北者の潜伏情報をもとに、中国への入国を申請。中国側から、中国領内で使う車両の提供を受け、対象の脱北者を拘束後、連行して一緒に帰国する。中国での滞在期間は通常、1日から数日という。

中国は北朝鮮と刑事事件に関する捜査協力条約を結んでいるが、双方とも自国領内での捜査・逮捕までは認めていない。しかし、中国東北部の政府関係者は「送還された脱北者が処刑されているとして中国が国際的な批判を受け、数年前から中国の治安当局は出動しなくなった」と話した。

中国での北朝鮮当局者の活動をめぐっては、遼寧省瀋陽の韓国総領事館が今年3月下旬、「中朝国境で北朝鮮による拉致事件が起きている」という注意喚起を韓国人向けに行った。韓国政府関係者も、「中朝の治安部門でなんらかの協定があるのではないか」とみている。

中国に逃げこんだ複数の脱北者によると、3月下旬、中朝国境近くの旅館に身を隠していた脱北者数人が突如、行方不明になる事件が起きた。北朝鮮当局者が、一度捕まえた脱北者を密告者として教育し、新たな脱北者の拘束に利用しているという。脱北者の失踪は、毎月のようにあるという。国境警備を担う中国軍関係者によると、今年に入り、中国に逃げる脱北者は増加傾向にある。

脱北者をめぐっては、国連の北朝鮮人権調査委員会が今年2月、最終報告書で中国など周辺国に保護を勧告。国連の人権理事会も3月、北朝鮮への非難決議を採択し、安全保障理事会に指導者の責任追及や制裁措置を検討するよう求めた。

一方、中国政府は3月の非難決議に反対。報告書の指摘についても、「中国は一貫して国内法、国際法、人道主義に基づき、対処している」(外務省)と反論している。


中国領内での北朝鮮当局者による脱北者の拘束、連行の容認。中朝国境地域では、あいかわらず「法治」もへったくれもない、乱暴なことが起きているようです。こうしたことに外国人が巻き込まれてしまうことは中国側も望んでいない。そのため、以前は訪問を歓迎していたのに、立ち寄りを禁じる国境地区も一部出てきたという話なのでしょうが、だからといって防川のような場所が禁じられる理由はよくわかりません。

仕方ありません。だったら、防川国境を中国側からではなく、対岸の北朝鮮側から眺めてみよう。それが実現したのが、それから1週間後のことです。

その日、ぼくは北朝鮮の羅先特別市のホテルから車で中朝ロ3カ国国境に近い豆満江駅に向かっていました。道中は豆満江(中国名:図們江)下流域の湿原と水田が広がる緑豊かな風景が続きました。先ごろ完成したロシアとの鉄道路線は東に向かって延びていました。線路の脇に立つコンクリートの電柱も真新しい。いま羅先にあるインフラの大半は老朽化が進んでいますが、ロシアが使う羅津港の第3埠頭とこの鉄道路線は輝いて見えます。
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鉄道路線と並行して走る道路沿いには、こんな標語も見られました。
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「意義深い今年を穀物増産で輝かせよう!
宇宙を征服したその精神、その気迫で経済強国建設の転換的局面を開いていこう!」

おそらく2012年12月の北朝鮮による「人工衛星」と称するミサイル発射(防衛省・自衛隊)について言及しているのでしょう。

湿原には水鳥たちも多く生息しています。
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さて、これがロシアとの国境駅となる豆満江駅です。外観は立派ですが、駅舎の中には人気はありません。運行状況が気になるところですが、現地ガイドがそれを知っているはずもなく、調べるとしたらロシア側に聞くしかないかもしれません。
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これが税関の建物だそうです。
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その向かいに集会場のような建物がありました。駅周辺にあるのは、これだけです。
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さて、ここで車は折り返すのかと思ったら、さらにロシア国境方面に向かって走り出しました。

しばらくすると、北方に中国の旅行会社のパンフレットに掲載された中国風の高い塔が見えました。その背後に展望台も見えます。そうです。それが防川国境展望台だったのです。
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数年前、防川を訪れたときにはこの塔はなかったので、ここ1、2年で建てられたものでしょう。それにしても、ずいぶん時代がかった建造物をこしらえたものです。三国志の時代でもあるまいし……。思うに、中国側からすれば、中朝両民族がこれまで混住してきた図們江流域も、いまや「中華」の支配する地域であることを明確にさせたい意図があるのではないでしょうか。中国風の塔は、その楔のようなものです。一方、朝鮮側からみれば、これまで極東ロシアまで含め、あいまいに広がっていた図們江流域における「中華」の国境(くにざかい)に対する強い意思を読み取るよう強いられる視覚的なシンボルとして映るかもしれません。

防川国境の右手に朝ロ友好橋が見えました。
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車はさらに東に向かってひた走りました。途中、干潟湖のそばに朝鮮風の建物が見えたので、何かと聞くと、宿泊施設だそうです。
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そして、ロシア国境に近い高台を上ると、やはり朝鮮風の建造物が建っていました。その建物の脇を抜け、さらに頂上まで上ると、立派な屋根で覆われた石碑と案内人の女性が待っていました。
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それは、「勝戦台」と呼ばれる16世紀の李舜臣将軍の戦績を讃える碑でした。石碑には以下のように書かれています。
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「保存遺跡第1480号 勝戦台碑

偉大なる領導者、金正日同志は次のように指摘された。
『歴史遺跡と遺物をきちんと管理し、長く保存するための対策を徹底して立てなければなりません』。
この碑は、16世紀に李舜臣将軍が女真族の侵入を撃退し、祖国の北端を守り抜いた闘争業績を後世に伝えるために1762年に建てた記念碑である。

碑文には、1587年に辺防の野蛮人たちが侵入した時、ここを守っていた李舜臣将軍が少ない兵力で敵を待ち伏せして叩き潰したので、後世の人たちがここを勝戦台と呼んだという内容が書かれている。

勝戦台碑は、外来侵略者たちを撃退し、国を守り、戦ったわが人民の闘争の歴史を伝える文化遺跡である」。

ということだそうです。北朝鮮が持ち出す歴史がどこまで史実に近いものなのか、常に疑問がつきまとうわけですが、これは中国側の塔と同様、北朝鮮側の国境(くにざかい)を守る意思を表明するシンボルということなのでしょう。

そこからは図們江(朝鮮名:豆満江)とその下流域に広がる水田や、その先に広がるロシア領がよく見渡せました。同じ流域である以上、自然条件はほとんど変わらないと思いますが、朝鮮側は水田が広がっているのに対し、ロシア側は未耕地となっているようです。
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それから車は、図們江沿いの道を走り、中国の国境ゲート・圏河口岸の対岸にある元汀里に向かいました。河沿いを走っていると、延吉の知人からの電話がかかってきました。国境近くであれば、中国携帯がふつうに使えるようです。
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図們の対岸の南陽から延びていたかつての「咸北線」の線路も見かけました。これは日本統治時代に敷かれた羅津駅に向かう鉄道と思われます。ただし、ロシアとの新しい鉄道路線に比べると、かなり老朽化していました。客車のような車両が駅に停まっているのも見ましたが、これも相当な代物でした。
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※「咸北線」については以下参照。

1934(昭和9)年初秋、72歳ベテラン編集者の「北鮮の旅」
http://inbound.exblog.jp/20710254/

こうして半日かけての豆満江下流域のドライブの旅が終わりました。2年前に来たときは、雨で道路が使えず断念したことがあったので、ようやく実現できたという感じです。

ところで、中国はいま、やたらと巨大な国境ゲートを周辺国各地に建設しています。北東アジアでいえば、ロシアや北朝鮮、東南アジアではベトナム、ラオス、ミャンマーなどです。

たとえば――

【ロシア国境】綏芬河の新国境ゲート建設は進行中
http://inbound.exblog.jp/23962530/

【ラオス国境】ゴーストタウンと化していた中国・ラオス国境の町ボーテン
http://inbound.exblog.jp/22437603/

それらの多くは、国境を接する相手国に対する圧倒的な力の差を見せつけることが目的であるかのように、どこかこけおどし的な感じがしないではありません。今回見た中国風の塔もそうだったように。

実際、中国と国境を接する国々はどこでもそうですが、人口規模や経済力の面で違いが大きいため、せっせとこしらえた建造物も、視覚的な効果はともかく、人やモノの往来からみたコストパフォーマンスもそうですが、国境の実態とは釣り合っていないように見えるのも確かです。

皮肉な言い方をすれば、もろもろの熱狂の時代が終わったあと、昔はこんなにすごかったんだぞと、未来のための証明づくりにいそしんでいるように見えなくもありません。それが中国の歴史というものの正体なのかもしれない。そんな気がしないでもありません。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-14 10:36 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 01月 04日

ソ満国境・対ソ戦の歴史を物語る東寧要塞

昨年7月、アジア最大規模の日本軍地下要塞といわれた東寧要塞を訪ねました。
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場所は、中国黒龍江省の綏芬河から約50km南に位置する東寧県のロシア国境近くにあります。

1934(昭和9)年6月に関東軍によって建設され、主要部分は37年に完成。45年8月9日のソ連軍の侵攻後、この地下要塞に配備された東寧要塞守備隊は敗戦から10日過ぎの26日まで戦い続け、玉砕することなくソ連軍の降伏勧告に応じて武装解除したことから、「第二次世界大戦最後の戦場」という碑が置かれています。
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現在、東寧要塞の一部にあたる勲山要塞の内部が公開されています。

これが勲山要塞の入り口です。
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入り口を入ると、レールと階段が敷かれた急勾配があります。ここは砲台で、砲撃が終わると砲車を中に引き上げるようになっていたそうです。
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炭鉱の坑道のような通路が続きます。
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「軍官宿舎」とあります。そこそこ広いスペースの部屋になっています。
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山の中をくり抜かれた地下要塞の中は、夏でも湿った冷気で長時間過ごすのは大変そうです。
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「作戦指揮室」とあります。
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こちらも相当広い部屋ですが、コンクリートの壁を湿った水がぬめりと覆っています。
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洗面所(トイレ?)でしょうか。
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内部には複数の砲台跡があります。
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これが現在、観覧できる地下要塞の地図です。もちろん、要塞はさらに張り巡らされていたはずですが、安全上などの理由で公開されていません。
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要塞の外はごつごつした岩山で、あちこちに砲台跡や通気口があります。
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当時、満洲国の東部国境地帯の東寧から北に向かって約300㎞の虎頭までの一帯は、対ソ戦に備えて構築された関東軍最大の要塞地帯でした。
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勲山要塞(東寧要塞の一部)
黒龍江省牡丹江市東寧県三岔口鎮南山村南
http://www.dnys.org.cn

この地下要塞を整備し、公開したのは、もちろん中国です。彼らから見た東寧要塞についてはまた後日。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-04 10:46 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2015年 01月 03日

綏芬河の新国境ゲート建設は進行中

中国黒龍江省の綏芬河では、ロシアとの国境ゲートの周辺を「国門旅游区」として開発しています。

中国のイミグレーションを訪ねると、帰国の途につくロシア人たちがやって来ました。
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彼らは吸い込まれるように、出境オフィスの中に入っていきます。
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現在、ここでは新国境ゲートを建設中です。
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これが未来図ですが、規模の大きさは半端じゃありません。
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これが古い国境ゲートです。
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中国人観光客も来ていて、記念撮影しています。
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この「旅游区」の中では、2013年夏から中国国際口岸貿易博覧会が開催されています。
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この博覧会について
http://www.erina.or.jp/jp/Library/bn/pdf/bn99.pdf

ネットなどの情報によると、昨年8月も、ロシア各州や韓国、台湾などの名産品(食品や酒)、中国の自動車部品、住宅建材、日用品、衣類、機械などが出展されていたもようです。

会場となった巨大なビルは、ふだんはロシア産品などの販売展示場になっていました。
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やたらと広いスペースに、イクラの瓶詰とかズワイガニの缶詰とかがちょこんと置かれています。
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ロシアのチョコレートも。
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中国客が買い物しています。
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マトリョーシカも売っていました。本来ロシア土産のはずですが、黒龍江省ではハルビンをはじめ、けっこういろんな場所で売っています。
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よく見ると、「中国産」でした。

おそらくロシア人ツーリストの来訪をあてこんで投資されたものと思われますが、ここにはホリディ・インがあります。ただし、館内は閑散としていました。おそらく大半のロシア人たちは、市内のもっとリーズナブルなホテルを利用しているのだと思います。
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はたしてこの中ロ国境は今後も発展していくのでしょうか。

綏芬河の街中にあふれるロシア人と中国商人たちが繰り広げる活気は確かに興味深いことです。

一方、今日の中国とロシア、とりわけ極東における両国の人口規模や経済力の違いを考えると、北朝鮮との関係ほど悲観的ではないものの、どこまで輝かしい未来が待っているかについては複雑な思いがないではありません。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-03 18:01 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2015年 01月 03日

綏芬河の土曜の夜は、ロシア人も中国人も踊る、の巻

昨年7月、綏芬河を訪ねたとき、毎日通いつめたレストランがあります。まちいちばんのロシア料理店「マクシムレストラン(馬克西姆餐庁)」です。

このレストランの3階のバーはちょっとしたクラブスペースになっていて、土曜の夜の10時過ぎに足を運んでみたら、ロシア人と中国人が仲良く踊っていました。手前にいるワイングラスを手に咥え煙草のロシア人のお姉さんはなかなかカッコ良かったです。
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いまどき中国のどこの地方都市でもこの手の場所はあるものですが、ロシア人がこんなにあふれているのは珍しいでしょう。客の7割がロシア人、3割が中国人という感じでしょうか。電光掲示板にはロシア語と中国語が交互に流れてゆきます。
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音楽的にはわりとありふれた洋楽中心ですが、たまに聴き慣れないロシアンポップスがかかると、ロシアの女の子たちも俄然盛り上がり、いい感じになります。
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この鳥かごに入ったロシア人ダンサーは、このまちに出稼ぎに来ているのでしょうか。

ここでは、毎晩クラブ形式でさまざまなイベントを開催しているのだそうです。特に週末の夜はクラブDJが仕切るダンススペースと化すので、人気があるのだとか。

綏芬河、週末のマクシムバーにて(動画)
http://youtu.be/_1zxaTjS8oA
http://youtu.be/mp6aLr4k5ww
http://youtu.be/ENUZxRWt9Y0
http://youtu.be/PlT83_VSkWc

ちなみに、1、2階のレストランはロシア料理中心のメニューでしたが、午後はコーヒーとケーキでのんびり過ごすこともできます。
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中国の地方都市を長く旅していると、こういう一息つける場所はそんなにないので、助かりました。客の大半はもちろんロシア人です。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-03 17:24 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2015年 01月 03日

綏芬河にはロシア人ツーリストがいっぱい

これまで昨年7月に訪ねた綏芬河駅の様子歴史的町並みを紹介してきましたが、いよいよ現在のまちの姿を見ていこうと思います。

舞台は、市の中心に位置する旗鎮広場の東側に広がる「中ロ商業貿易街地区」周辺です。

この一角には、ロシア人ツーリスト相手の商店やレストラン、マッサージ店などが並び、ロシア語の看板で埋め尽くされています。ロシア人仕様の衣料や生活雑貨、食品などを扱う商店があります。
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中国国内でこれほどロシア語のあふれるまちはないのではないでしょうか。広告ポスターもたいていロシア人がモデルです。
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これがこの地区の昼間の様子です。ロシア人だらけです。
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2012年夏にロシア極東を訪ねたとき、ウラジオストクの若い女性がこう話してくれたことを思い出しました。「ウラジオストクに住むロシア人の多くは、半年とか1年ごとに給料を貯めて、中国に買い物に行くんです。ロシアはモノが少ないし、高いから。私はこの前綏芬河で毛皮のコートを買いました」。確かに、綏芬河にいるロシア人は男性より女性の比率が圧倒的に高いように見えるのも、買い物がいちばん目的で来ているからでしょう。日本の女性が韓国旅行に行くのと似ているのではないでしょうか。彼女らにとって半年、1年ぶりのハレの場なのです。実際、みんなとても楽しそうです。
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このまちには地下街があり、商店の販売員は誰もがロシア語を話します。
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商品の値札はルーブル表記です。
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ショッピングモールもあります。
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ロシアレストランも何軒かあり、家族やカップルで食事を楽しむ人たちの姿が見られます。彼らは中国料理も好んで食べるので、たいていのレストランのメニューには西洋料理と中国料理がミックスされています。
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「マクシムレストラン(馬克西姆餐庁)」の広告(動画)
http://youtu.be/HcKxBXx1kvo

ここはまさに「中ロ友好」を絵に描いたようなまちといえます。政府の公用車には、プーチン大統領と習近平主席が握手するポスターも貼られて、それをアピールしています。
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夜はロシア語のネオンが色鮮やかに輝いています。
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これが中ロ国境のまちのいまの姿です。

もっと綏芬河の夜を知りたければ、以下を参照ください。

綏芬河の土曜の夜は、ロシア人も中国人も踊る、の巻
http://inbound.exblog.jp/23962403/
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by sanyo-kansatu | 2015-01-03 12:54 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)