ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2017年 09月 29日

樺太時代をいまに伝えるサハリン州郷土博物館

サハリンが樺太と呼ばれていた時代が確かにあったことをいまに伝えるシンボルともいうべき場所がサハリン州郷土博物館です。

この威風堂々とした建物は、昭和12年(1937)に樺太庁博物館として建てられました。当時流行していた「帝冠様式」を採用したもので、建築家の貝塚義雄が設計しています。
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同館の沿革は、サハリン北部のロシア人の最初の居留地のひとつ、アレクサンドロフスク・サハリンスキーにあった国境警備所に1896年に設置された博物館から始まります。その後、1905年に南樺太が日本の勢力下になり、17年に旧博物館を開館。37年に現在の建物に移され、樺太庁博物館となります。展示品は、樺太の動植物や鉱物、考古学、先住民族の民俗などの資料でしたが、日本の敗戦後の46年にソ連の手に渡り、今日に至っています。

樺太庁博物館時代については、国立国会図書館デジタルコレクションの中に、日本が独自に蒐集した旧博物館の展示品などが解説される「樺太庁博物館案内」(昭和8)があり、興味深い内容となっています。

樺太庁博物館案内」(昭和8)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1118555

今年6月、現在の博物館を訪ねると、地元ロシア人の子供たちが大勢見学に来ていました。
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館内の展示は以下のとおりです。

●地下1階
地質学
極東 海の生物
●1階
サハリンの植物や動物
特設展示会場
古代文化と先住民族
深海生物の世界
●2階
サハリン島と千島列島の発見と開発
ロシアの懲役徒刑地とされたサハリン
戦前の時代(日本統治時代)から第二次世界大戦まで
戦後期、現代のサハリン
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以下、ざっと見て回りましょう。

地下1階には、アンモナイトなどのサハリンの地質学資料や周辺の海洋に生息する動物たちの生態を解説する展示があります。古代動物や海龍の骨のレプリカなども。
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1階には、サハリンの動植物を展示するコーナーがあります。見学に来た地元の子供たちが海ガメを熱心にスケッチしていました。
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サハリンには珍しい蝶がいっぱいいるそうで、日本の研究家もこの地をよく訪れています。朝日純一さんの『原色図鑑 サハリンの蝶』(北海道新聞社 1999)はサハリンの蝶類93種を収録しています。
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1階には、サハリンの先住民族の展示もあります。サハリン南部や北海道、千島列島(クリル諸島)に住んでいたアイヌや、中部にいたトナカイを飼うウイルタ(オロック)やエヴェンキ、北部にいた狩猟民のニブフなどの衣服や生活道具、狩猟用具などがあります。この展示はニブフの衣装などを展示したもので、中国の清朝を起こした女真族の衣装と似ているのがぼくにはどうしても気になってしまいます。
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アイヌの衣装には動物の皮や植物の内皮、木綿などを素材にした3つのタイプがあるそうで、一目でわかる独特のデザインが魅力的です。この博物館は、日本時代の樺太庁博物館を継承しているため、南樺太に多く住んでいたアイヌの資料は、日本時代に蒐集されたものが多いと思われます。
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同館が収蔵する代表的なコレクションのひとつが、アイヌの挂甲(古代鎧)です。日本では古墳などで発掘されていますが、同館のサイトでは「アゴヒゲアザラシ皮を利用して作った桂甲です。この桂甲は1930年代、多来加湖(ネフスコエ湖)付近に暮らしていたアイヌ村長の家で見つかりました」とあります。
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サハリンに住んでいた先住民族たちにとって、非日常的な世界と交信し、ときに予言やご託宣、治療などを行うシャーマンは大切な存在でした。これはサハリンの先住民族みならず、北東アジアの女真族、モンゴル族などにも共通しています。
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2階に上がると「サハリン島と千島列島の発見と開発」の部屋があります。時代は18世紀、日本人とロシア人がこの地域を探検しています。間宮林蔵はロシアでも有名だそうです。
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その後、ロシア船は交易を求めて日本近海に現れます。江戸幕府が下田でペリーとの交渉を通じて日米和親条約を締結した1854年の12月、ロシア使節海軍中将プチャーチンとの交渉の末、日露和親条約を調印しています。
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そして、この部屋は日露戦争後、1905年に南樺太を日本が領有してから敗戦に至る45年に至るまでの「日本時代」の展示です。
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当時の暮らしを物語る展示があります。
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これが北緯50度の日ソ国境にあった標石のレプリカです。
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サハリン北緯50度線、日ソまぼろしの国境標石跡を訪ねる
http://inbound.exblog.jp/27114498/

裏面はロシア語です。
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この時代、南樺太と千島列島、そして朝鮮半島は日本の領土でした。
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博物館の庭に、なぜか日露戦争時代の高射砲が置かれていました。
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ぼくはこれまで中国で多くの歴史博物館を観てきましたが、ロシアと中国の展示に違いがあることを強く感じます。どの国の歴史展示にも政治的な意図が含まれることは避けられないにしても、中国のような日本に対する憎悪は感じられないことです。

サハリン州郷土博物館(Сахали́нский государственный областно́й краеве́дческий музе́й)
http://jp.sakhalinmuseum.ru/

※サハリンには鉄道博物館もあり、こちらも面白いです。

日本人としてぜひ訪ねておきたいサハリン鉄道博物館
http://inbound.exblog.jp/27172862/
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by sanyo-kansatu | 2017-09-29 17:30 | 日本に一番近いヨーロッパ 極東 | Comments(0)
2017年 09月 29日

日本人としてぜひ訪ねておきたいサハリン鉄道博物館

ユジノサハリンスクにはいくつもの博物館がありますが、駅の近くにあるサハリン鉄道博物館は、日本人としてぜひ訪ねておきたい場所だと思います。

樺太時代をいまに伝えるサハリン州郷土博物館
http://inbound.exblog.jp/27174994/
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展示室は3つに分かれているのですが、まず目に飛び込んでくるのは、樺太時代の鉄道に関する部屋です。戦前の日本で流行した樺太の鳥瞰図が目を引きます。
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樺太時代の鉄道関連の資料が並べられています。
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ロシア語で書かれているので判読できませんが、サハリンの鉄道の歴史に関する展示もあります。写真に出てくるのは日本人の顔ばかりなので、樺太時代の話だと思われます。
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2つめの部屋は、ソ連時代の鉄道に関する展示です。こちらはさすがに豊富な資料があります。
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3つ目の部屋は、サハリンの鉄道を中心にした書籍や資料、地図が展示されています。日本時代の書籍もあるようです。
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館内はそれほど広くないのですが、展示を見て回っていると、ひとりのロシア人の男性が近づいてきました。この博物館の館長のアンドレイ・ニコラエヴィチ・チリキンさんです。
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ぼくはロシア語が話せず、館長さんは英語ができないことから、ほとんど具体的なコミュニケーションはできてはいないのですが、とにかく彼は日本人が来訪したことを心からうれしく思ったようで、館内をすみずみまで案内してくれるだけでなく、日本時代の樺太の写真を彼のPCからいろいろ見せてくれました。
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これはユジノサハリンスクの空中写真です。
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こちらは豊原駅(現ユジノサハリンスク駅)とありますが、初期の駅舎のようです。
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その後新しくなった豊原駅です。
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落合(現ドリンスク)にあった回転台です。
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その回転台の上に蒸気機関車が載っています。
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ぼく自身はサハリンの歴史についてもそうだし、鉄道に詳しいわけでもないので、館長さんにとっては物足りない相手だったに違いありませんが、彼は日本人との交流を望んでいるように思いました。

後日、サハリン在住の知人が同館を訪ねてくれたのですが、アンドレイさんの名刺には「上級学芸員」と書いてあったそうで、聞けばこの博物館は彼が実質的にひとりで現場を任されているそうです。そのため、冬にはスコップを手に階段周りの除雪までやっているとか…。まあそういう意味で、実質的な館長さんというわけです。

その知人はいいます。「サハリンの鉄道の歴史は、南部では樺太時代に日本人が建設した鉄道が起こりになっている側面があります。そんなこともあり、日本から訪ねてきた旅行者に対して熱烈歓迎になったのだと察します」。

博物館の外の駅北側の線路沿いには鉄道車両展示場もあります。以下のサイトが写真入りで細かく紹介しています。

鉄道車両展示場
http://ekinavi-net.jp/sakhalin/sights/railway.html
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サハリン鉄道歴史博物館 (Музей Сахалинской Жулузной Дщроги)
Vokzalnaya Ulista 55
開館 月~金曜日 9時~18時(12時~13時休憩)
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by sanyo-kansatu | 2017-09-29 10:34 | 日本に一番近いヨーロッパ 極東 | Comments(0)
2017年 09月 29日

078  木材を積んだ貨車が停車する満洲里駅

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数年前まで満洲里はロシアから運ばれる木材の集結地としてバブルにわいていた。いまはもうその勢いはないと地元の人はいうが、満洲里駅の裏手には、木材を積んだ長い貨車が並んでいた。写真右手の駅前には、高層ビルも見える。(撮影/2016年7月)

※木材を積んだ貨車が並ぶという光景は、黒龍江省の東側のロシア国境の町・綏芬河でも見られます。いずれにも、かつての活況はありませんが、いかにも国境の風景といえます。


ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう(満洲里編)
http://border-tourism.jp/manzhouli/
Facebook:ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう
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by sanyo-kansatu | 2017-09-29 09:53 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 09月 28日

日本時代の記憶が懐かしいサハリンで購入した写真集

今年6月、サハリンに行った話を知り合いや友人にしたら、ご両親や祖父母、親戚が樺太に住んでいたという人が何人かいました。

現地で購入したこの本は、日本時代と現代の同じ場所の写真を見開きごとに並べた写真集です。ぼく自身はロシア語に不自由しているので、よくわからないところもあるのですが、当時の記憶のある方に見せたらきっと懐かしく思うのではないでしょうか。
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この写真集の話をサハリン在住の日本の方にしたところ、「2010年頃に発行された、樺太時代やソ連時代の1950年代あたりの写真に現在の写真を並べたというモノはみたことがあります。『ソ連時代』といっても、1950年代であれば、樺太時代の最後の時期とそれほど変わらない程度に古いわけで、現在とはかなり様子が違うことに驚きます」とのこと。

「当時を知る日本人によると、樺太時代には集落があったのに、現在では路傍に“ソ連化”以降の地名の標識があるばかりという場所も多いです。

これは考えてみれば、“50度線”以南で人口40万人だった昭和10年代の状態が、今日以北も含めて40数万人と人口密度が昔に比べてかなり低くなっているので無理のないことだと思います」。

写真集のページを少しめくってみましょう。

これは旧王子豊原製紙工場です。工場の前に大量の材木が並べられています。
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これは旧豊原駅です。現在のユジノサハリンスク駅のビルがある場所とは違い、駅に向かって若干右手にあったそうです。
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当時の日本人が通った学校の写真もいくつかあります。
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この写真集を眺めていると、中国東北地方、すなはち満洲国と呼ばれた時代の日本人の暮らしや建築を収めた写真集が、日本と中国で大量に発行されていたことを思い出します。本ブログでも、そのほんの一部にすぎませんが、当時の日本とゆかりのある場所を紹介しています。

これが母校だったら、懐かしさもひとしおだろう【昭和のフォルム 大連◆校舎①】
http://inbound.exblog.jp/20556683/
大連の女学校の最後の同窓会が開かれたそうです【昭和のフォルム 大連◆校舎②】
http://inbound.exblog.jp/20566915/
自分の故郷が永遠に失われたという感覚【昭和のフォルム 大連◆校舎③】
http://inbound.exblog.jp/20573243/
当時こんなにいろいろあった専門学校【昭和のフォルム 大連◆校舎④】
http://inbound.exblog.jp/20573887/

中国東北地方の場合、日本人が多く訪れるようになったのは、日中国交回復後、中国で改革開放が始まった1980年代半ば以降ですが、樺太の場合は、ソ連崩壊後の1990年代以降です。今回サハリンを訪ね、日本の関係者らと話をしていると、90年代以降、多くの日本人が樺太時代の記憶を求めてサハリンを訪れていたことをあらためて知りました。

中国で発行されたこの種の写真集の背後に政治的な意図が感じられるのに対し(なぜなら、その多くは日本語だからです)、サハリンで発行されたこの写真集は、ロシア人自身のためにつくられたものだと思われます。デザインからもそうですが、懐旧の念に温もりを感じるからです。

奥付をみると、この写真集は今年出版されたばかりのようで、まだあまり知られていないと思います。もしご興味のある方がいたら、お貸しします。そのほうがきっと役立つでしょう。ご連絡ください。そして、写真の場所が現在のどこであるかなど、教えていただけるとうれしいです。
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by sanyo-kansatu | 2017-09-28 09:32 | 日本に一番近いヨーロッパ 極東 | Comments(0)
2017年 09月 28日

077 現在の満洲里駅

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かつて中国からモスクワに向かう「シベリア鉄道」の中国側国境駅として、最果てのイメージを持っていた満洲里だが、現在の駅はこのように現代化している。駅前にはタクシーが多く停車しており、南方から草原観光に訪れた国内客をホテルに運んでいる。もはや中国では辺境が消失してしまっている。(撮影/2016年7月)

※駅だけみると、ここが中国最果ての町という印象はありません。かつての通過点の町から、国境の町という目的地になっているのです。でも、駅の構内には国際列車の乗車口やイミグレーションがあります。

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by sanyo-kansatu | 2017-09-28 08:14 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 09月 24日

073 ロシア人ウエイターのワーリャさんはイルクーツク出身

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ハルビンのロシア料理店「カチューシャ」では、イルクーツク出身で留学生のワーリャさんがウエイターをしていた。いまやハルビンは黒龍江省やシベリアを含めたこの地域では最大の都市で、お隣のロシアからの留学生やビジネスマンも多い。(撮影/2014年7月)

※彼も、歴史的にみると、“出戻り”ロシア人のひとり。ハルビンはロシアシベリア地方に住む彼らの就職先になっています。

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by sanyo-kansatu | 2017-09-24 13:28 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 09月 23日

072 ハルビンのロシア料理店のシックな店内

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ハルビンのロシア料理店「カチューシャ」は、地元ハルビン出身の中国人男性とロシア人カップルが経営している。店内はロシア風に木のぬくもりを感じさせるシックな内装で、客層も洗練されている。中国料理店のように大声を出したり、騒いだりする人はいない。(撮影/2014年7月)

※このレストランは中央大街の繁華街から少し離れた松花江に近い場所にあることもあるせいか、客層も悪くありません。店内は静かでくつろげます。

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by sanyo-kansatu | 2017-09-23 12:58 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 09月 22日

071  ハルビンで味わうロシア料理

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ハルビンにはロシア料理店がたくさんあり、本格的なロシア料理が味わえる。写真は、松花江のほとりにある料理店「カチューシャ」のもの。おなじみのボルシチやビーフストロガノフ、ロールキャベツ、ポテトサラダなど。ロシア産のワインも楽しめる。(撮影/2014年7月)

※10年くらい前は、中華料理風なんちゃってロシア料理しかなかったハルビンですが、今はもう違います。ロシア人が移り住んで、調理をしているのですから。


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by sanyo-kansatu | 2017-09-22 06:28 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 09月 21日

070  秋林デパートのロシアパン

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ハルビンの老舗デパート「秋林公司」は1900年開業。イルクーツク出身のロシア人実業家のチューリンがハルビンに支店を開き、ロシア製の食材を販売した。その後、秋林公司は中国に引き継がれた。いまも当時の製法を受け継いだ秋林印のパンが有名だ。(撮影/2014年7月)

※ぼくがハルビンを初めて訪ねた1980年代も、街角でロシア風パンが売られていました。正直なところ、それほどおいしいとは思いませんでした。今回、この写真を撮るために秋林デパートのパン工房を訪ねたとき、ロシア人から当時の製法を引き継いだ中国人の職人の歴史などが解説されたパネルが置かれていて、自分たちのパン作りの歴史を回顧していたのが印象的でした。


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by sanyo-kansatu | 2017-09-21 08:44 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2017年 09月 19日

サハリンの子供たちが元気な理由-「ロシア唯一の無借金州」の子育て支援事情

サハリンでは、子供たちが外で元気に遊んでいる姿をよく見かけました。

街角で遊ぶ子供の姿に癒されるといった体験は、もともとアジアなどの発展途上国の話でした。ところが、最近は経済発展によってビルばかりが建ち、子供が安心して遊べる場所は激減。塾通いの子供たちばかりが増えてしまいました。その先駆けは日本だったわけで、それをどうこう言っても仕方がないのですが、それだけにサハリンで見た光景は新鮮でした。

ノグリキの町は子供だらけでビックリ!? 外でのびのび遊ぶ姿がうらやましい
http://inbound.exblog.jp/27122630/

以下は、サハリン各地で出会った子供たちのスナップです。
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↑ホルムスクの旧真岡王子製紙工場廃墟に現れたふたりの少年

廃墟の中で出会った少年たち~旧真岡王子製紙工場廃墟を歩く
http://inbound.exblog.jp/27113113/
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↑ホルムスクの仲良し小学生たち
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↑ホルムスクの海浜公園で会ったネコ耳の少女ふたり
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↑コルサコフの展望台にいた悪ガキ3人組?
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↑ノグリキの自転車少女たち

サハリンの町にはたいていどこでも博物館があるのですが、訪ねると、必ずといっていいほど、地元の子供たちが見学学習しています。
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↑ノグリキ郷土博物館にて

ノグリキ郷土博物館で知るサハリン北部に住んでいた先住民族たち
http://inbound.exblog.jp/27122360/
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↑ユジノサハリンスクのサハリン州郷土博物館にて

町ではベビーカーを押しているママさんの姿もよく見かけます。
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↑ユジノサハリンスクにて
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↑コルサコフにて

どんな小さな町にも真新しい遊具があります。
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たいてい集合住宅の間に設けられた広場にあります。
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「サハリンには子供が多い」という見聞は、今年7月の「ビザなし交流」で北方四島を訪ねた朝日新聞の記者も指摘しています。

北方領土、活性化へ期待感 ビザなし交流(朝日新聞2017年7月14日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S13035454.html

(一部抜粋)査証や旅券なしで行き来する「ビザなし交流」事業は開始から26年目。元島民や国会議員、政府関係者ら61人の訪問団は北海道・根室港を6日夕に発ち、約3時間後にまず国後島に着いた。

国後島の人口は約8千人で、四島の中で最も多い。7日、市街地の古釜布(ふるかまっぷ)では、ベビーカーを押したり子どもの手を引いたりして歩く母親の姿が目立った。「過疎化、高齢化」というイメージとは違い、インフラ整備が進む島はいま「ベビーブーム」だという。

視察先の一つ、島内最大の幼稚園で、園長代行のエリビラ・ブラスラフツェクさん(46)が子育て世代が増える背景を説明してくれた。「この10年ほどで生活が良くなり、将来に対する不安がなくなった。(ロシア)連邦の施策で2人目の子どもが生まれると一時支援金、3人目の時にはサハリンの土地が与えられる」

島にはロシア軍基地があり、本土から赴任してそのまま定住する若い軍人もいる。待機児童問題が深刻で、定員110人のこの幼稚園は150人を受け入れている。古釜布では、150人規模の幼稚園が9月に開園するという。


サハリンは本当に「ベビーブーム」なのでしょうか? どうしてそうなったのか?

現地在住の日本人関係者によると「サハリン州の最大の悩みは人口減。少子高齢化もあるが、人口流出も問題」といいます。「もともとサハリンは“ソ連化”以降にロシア各地から集められた人たちとその後裔に相当する人たちが多く住んでいる地域でしたから、ソ連崩壊後の1990年代から2000年代の初めには、自身やその一族の住む地域へ移住する人たちは多かったのです」。

現在のサハリン州の人口は約48万人です。2000年頃は約60万人だったことからすれば、相当減っているのです。下記の統計をみると、ほとんどの地区で減少していることがわかります。

サハリン州地域別人口(2016/17)
Оценка численности населения в разрезе муниципальных образований
по состоянию на 01.01.2017 года и среднегодовая за 2016 год
http://sakhalinstat.gks.ru/wps/wcm/connect/rosstat_ts/sakhalinstat/resources/23aa2e0044e3e698acaded20d5236cbc/%D0%A7%D0%B8%D1%81%D0%BB%D0%B5%D0%BD%D0%BD%D0%BE%D1%81%D1%82%D1%8C+%D0%BD%D0%B0+%D0%BD%D0%B0%D1%87%D0%B0%D0%BB%D0%BE+%D0%B3%D0%BE%D0%B4%D0%B0+%D0%BF%D0%BE+%D0%9C%D0%9E.htm

その一方、ユジノサハリンスクやコルサコフ、アニワでは増えていますし、クリル諸島も微増なので、前述の朝日新聞の記者がいう「ベビーブーム」という印象も生まれたのかもしれません。ただし、クリル諸島の場合は、同じサハリン州でも、連邦政府の施策の影響が強そうです。

実際、ユジノサハリンスクは20万人を超え、郊外でマンション建設も始まっています。人口の南部への集中が起きているのです。

こうしたなか、サハリン州では子育て支援に力を入れています。前述の関係者によると、先ごろユジノサハリンスクで行われた「建都135年」パレードでも、重点施策として「子どもを豊かに育む」という内容が謳われていたそうです。町の至る場所に公園や遊具があるのも、そのためです。

サハリン州政府のエレーナ・カシャノワ社会保障担当大臣は「子ども1人につき、月額2551ルーブル(約5000円)給付」「3人目以上の子どもがいる家庭で住宅を取得する場合、取得価格の半額以内で200万ルーブルを超えない範囲の支援」と地元メディアに答えているそうです。ロシアの1人当たりのGDPは決して高いとはいえませんから(日本の4分の1ほど)、それなりに手厚い支援といえそうです。

※ロシアの1人当たりの名目GDPは8928ドル(2016年)※世界70位

では、なぜサハリンでこのような州独自の取り組みが可能となるのでしょう。

別の関係者によると「サハリンがロシア国内で唯一の無借金州だから」なのです。

サハリンの子供たちが元気な理由には、豊富な天然資源があったのです。だとしても、州として子供を育てやすい環境を作り出そうとしていることが感じられたのは事実です。
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by sanyo-kansatu | 2017-09-19 09:39 | 日本に一番近いヨーロッパ 極東 | Comments(0)