ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

inbound.exblog.jp
ブログトップ

タグ:中国 ( 430 ) タグの人気記事


2011年 11月 24日

「ローカル線で行く『坂の上の雲』名場面を訪ねる旅」(2010~11年版)

司馬遼太郎原作『坂の上の雲』は日本の近代の青春期を描いた物語とされる。
小説のハイライトである日露戦争の舞台(中国遼寧省)を中心に、ローカル鉄道に乗って名場面探しの旅に出た。
b0235153_10393571.jpg
b0235153_10403931.jpg

b0235153_21245814.jpg
[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-24 10:41 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2011年 11月 24日

「祝!開放 旅順最新案内」(2010~11年版)

日露戦争(1904~05年)の激戦地で知られる旅順が60数年ぶりに、一部の軍事施設を除いて、外国人の立ち入りを全面開放した。日本統治時代の建物や戦跡が今も残る、封印の解かれた町を自由に訪ね、歩ける日がついにやってきたのだ。
b0235153_10341717.jpg
b0235153_10351113.jpg
b0235153_10361453.jpg
b0235153_10372253.jpg

[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-24 10:37 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2011年 11月 24日

「大走破!中朝国境1300kmウォッチングツアー」(2008~09年版)

中朝国境は、長白山を源流とする鴨緑江と図们江の2つの河によって隔てられている。
その西端に位置する遼寧省丹東市から東端の吉林省珲春市までは約1300km。
ローカルバスや夜行列車を乗り継ぎ、国境沿いの町を走破した。
そこで見たのは、荒涼としていながらもどこか人懐こい国境の風景だった。
b0235153_10223744.jpg

b0235153_10233284.jpg

b0235153_10292035.jpg
b0235153_10305887.jpg
b0235153_1032141.jpg

[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-24 10:23 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2011年 11月 24日

「中国東北四都物語 異人館のある街へ」(2007~08年版)

中国東北地方はいにしえより数多くの異民族が駆け抜けた土地。
彼らがこの地に咲かせたモダン文化の華、それは異人館だ。
ハルビン、瀋陽、長春、大連。
激動の時代を経てなお、いまも往事の姿を残すレトロの館を訪ねる。
b0235153_10132393.jpg

b0235153_10144127.jpg

b0235153_10173278.jpg
b0235153_10184250.jpg

b0235153_10195022.jpg

[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-24 10:15 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2011年 11月 24日

旅行ガイドブック『地球の歩き方 大連・瀋陽・ハルビン』の仕事

個人的に中国の東北地方(東北三省)と縁があって、学生時代からちょくちょくこの地を訪ねていました。2006年から仕事上の縁で、旅行ガイドブックの『地球の歩き方 大連・瀋陽・ハルビン』の編集制作を請け負うことになり、2年に1回この地を定点観測のつもりで訪ねています。

毎回カメラマンの佐藤憲一さんと一緒につくるグラビア特集の取材が楽しみです。それぞれちょっとクセのある企画ですが、東北地方ならではの世界を追い求めています。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-24 10:04 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2011年 11月 17日

中国人のアニメ受容をどう考えるか(国際マンガサミット北京大会2011報告 その7)

ここで少し視点を変えたいと思います。これまで見てきた中国の若い世代の日本のマンガやアニメの受容の意味を我々はどう考えたらいいのでしょうか。

1990年代に始まった中国の国営テレビにおける日本アニメの放映は、ディズニーランドもおしゃれなショッピングモールもない当時の中国において、また勉強漬けの日々の中で、ほとんど唯一の娯楽であり息抜きだったことは、多くの「80后」世代の人たちが語るところです。

なぜ日本の学園アニメでは、中高生がろくに勉強もしないで部活やサークル活動、アルバイトに明け暮れ、恋愛やおしゃれに夢中になっているのか、ウソみたいな、うらやましいような夢見事の物語として受けとめられていたようです。あるエリート大学出身の「80后」の青年が、自分は中高生や大学時代に日本人みたいに“青春”できなかったことが残念だったけど、20代後半になってやっと“青春”できるようになった、と話してくれたことがあります。ここでいう“青春”とは、おそらく日本のアニメに描かれるような恋愛や趣味に打ち込むことを指していると思われます。そんなことに引け目を感じていたのかと、ぼくはなんと返答すればいいのか戸惑いましたが、「いま“青春”できてるんだったら、それでいいじゃない」と答えたことを思い出します。

そんな彼らが成長していく過程で、90年代半ばに大量の海賊版のマンガやビデオが中国全土に流通し、大学に入る2000年前後にはインターネットも普及したことで、最初は台湾経由で、そして徐々に直接日本のマンガやアニメをリアルタイムに視聴していく環境ができ上がります。彼らはこうして子供の頃から日本のアニメ文化を受容する素地を身につけていたのでした。

2000年代に入ると、日中のアニメ受容のタイムラグはほとんどなくなっていました。中国以外の東アジアの国・地域ではさらにその状況が先んじて進行しており、都市部の若者の消費生活と文化面でのある種の共通性が全域にわたって見られるようになっていました。

こうした東アジアの若者の共通性が何を意味するのかについて検討するシンポジウム「新世紀東アジア諸都市のサブカルチャーと若者-ライトノベル、マンガ、村上春樹」が東日本大震災直後の2011年3月16日、17日、早稲田大学で開かれています。
b0235153_216193.jpg

日本と同様中国でもライトノベル(軽小説)は人気

シンポジウムの主催者である千野拓政早稲田大学文学部教授は、基調講演の中で次のように語っています。

「東アジア都市部に住む若者の消費生活と文化生活における共通点が増加している。たとえば、今回のシンポジウムで扱う文学やマンガ、アニメ、ゲームなどサブカルチャーへの関心や同人活動の流行。村上春樹の『1Q84』の東アジア全域でのベストセラー化。純文学からライトノベル(中国では“青春小説”“校園小説”という)に広げると、谷川流の『涼宮ハルヒ』シリーズの新作は日本、韓国、台湾で同時発売(中国でも2011年正規版が発売)されている。

これは何を意味するのか。私の分析によると、東アジアの若者が文学テクストを読むスタイルが変わりつつある。作品の思想よりキャラクターを鑑賞する読み方。キャラクターを享受し、コスプレや二次創作を通じて仲間と交流し、自分の居場所を見つけること。背景には、若者の社会に対する虚無や閉塞感が影を落としているのではないか」。

上記はあくまで講演の超簡約であり、千野先生の論述はもっと精緻で具体的なものです。東アジアの社会において近年、若者の置かれた状況の共通性とは何かをめぐって議論を展開しています。

シンポジウムでは、中国(北京、上海)、香港、台湾、シンガポールなど、東アジアの中華圏の若手研究者らが集まり、日本のサブカルチャー受容の実態を報告しています(詳しくは後日時間をみつけて整理したいと思います)。

それらの報告を聞いていてぼくが思ったのは、東アジアに住む彼らが日本のサブカルチャーを愛好し、大きな影響を受けていることは確かだとしても、一方でどこまで彼らが文化の共通性を認識しているのか、検討の余地があるのではないかということでした。上海から来た報告者は、いかにも日本風のグラフィックデザインで装丁された中国のカルチャー誌に日本紀行を寄稿するような若い人気女性エッセイストでしたが、話の中に何度も「文化侵略」ということばが出てくるのです。つまり、彼女の中に日本のサブカルチャー受容一辺倒の現状を抗う心理があるように思います。

うまく言いにくいのですが、共通性に着目しようとする立場は、先行モデルはまず日本にあり、それが東アジアに伝播しているという、現段階では否定しにくい現状をひとまず肯定しなければならない面があります。しかし、東アジアの若い世代はそのような雁行発展スタイルとして必ずしも認識していないのではないか、とぼくは思うわけです。彼らは「文化は高いところから低いところに流れる」式の発想を受け入れ難いものとしてとらえる人たちだと思うからです。もともとぼくは東アジアの文化の共通性より多様性のほうが面白いと思うし、むしろ日本から見た彼らの異質性が気になります。

話を中国のアニメファンの若者に戻すと、先ほどの日本人と同じように“青春”できなかったと引け目に感じる青年のようなナイーブさを持つ反面、以前このカテゴリで書いたように、彼らが学んだ「愛国主義教育」の効果てきめんというべきか、ある局面(いわゆる歴史認識や領土問題など)においては、断固たる強面という二面性を併せ持つのも「80后」の特徴です。

アニメフェアに一緒に行った劉楊さんも、普段は礼儀正しく愛嬌のあるお嬢さんですが、尖閣諸島沖漁船衝突事件直後の頃は、ぼくが中国と台湾を区別して語る言葉じりに噛みついてきたりします。「台湾は中国の一部ですから、区別してはいけません」と彼女は言うのです。「う~ん、でもね、ぼくは台湾にも友達がいるけど、彼らの前で台湾は中国の一部だなんて言ったら怒られちゃうよ。少なくとも、台湾の人たちはそう思っていないことを、中国の人たちもちゃんと理解してあげないとね」と、やんわり説明すると、怪訝な表情をしながら、黙り込むのです。

当時、中国では確か人民日報紙上に日本の海上保安庁の船舶が中国の漁船に体当たりしたという架空のイラストを掲載し、国内外に向けたプロパガンダに邁進していた頃でしたから、つい彼女も日本人であるぼくにモノ申したくなったのでしょう。彼女は「何の力もない漁船の船長を国家権力が苛めるなんてひどすぎる」なんてことを言ってました。

ところで、かつてこうした政治的な話題は日中間では極力荒立てないことにしようというコンセンサスが機能していた時期があったと思います。1989年の天安門事件後、国際社会で孤立する中国との関係改善を最初に進めたのが日本であり、おそらくこの頃(90年前後)の数年間がいちばん中国の対日感情もバランスが取れていたのではないでしょうか。

そのことと直接関係があったかどうかわかりませんが、大量の日本アニメの中国での放映が始まるのがこの時期です。当時、学校帰りの中国の子供たちが共働きの両親の帰宅を待ちながら、テレビの前に座る夕方の時間帯に放映できるような番組が自国になかったことが理由だったのでしょうが、日本の子供向けアニメにはハリウッド製アニメのような政治的なメッセージは含まれていないから問題ないだろう、というのが中国当局の認識だったと思われます。

中国現代アートの祭典のひとつ、第1回上海ビエンナーレ(2000年)の開催に協力した日本のアート関係者によると、1997年にそのプレイベントとして中国で初めて開かれた公式の現代アート展で最初に招聘されたのは日本のアーティストの作品だったといいます。一般に欧米の現代アートにはさまざまな政治的なメッセージが含まれることが多いですが、日本の文化芸術は政治性が希薄だから、と中国関係者が話していたそうです。

ところが、それから10年後、大量に放映された日本アニメの自国の子供たちに対する浸透力に中国政府は驚き、慌てることになります。このあたりの事情については、遠藤誉筑波大学名誉教授の書いた『中国動漫新人類』(2007年 日経BP社)にあらかた書かれています。

中国における日本アニメの流入は、日本の娯楽文化には政治的な内容はないという当局の誤算から始まったといえると思います。というのも、何を隠そう(なんてもったいぶるのもなんですが)、日本のアニメには「戦後民主主義」的な思想が色濃く反映されているからです。「戦後民主主義」だなんて何をいまさら、と思うかもしれませんが、日本人にとっては空気のようなものだからそう感じるだけで、中国の国情からすれば、統治にとって有害な思想がずいぶん含まれていると(あえて誰も口にしないとしても)ある時期から気づく当局関係者がいてもおかしくないとぼくは思います。

端的な例をあげると、たとえば日本のアニメでは、小さくて弱い人間でも努力してみんなと力をあわせれば大きくて強い相手でも倒すことができる、というテーマが基本にあるじゃないですか。のびたくんという存在ですらそんなところがある。でも、こういうストーリーというのは中国のアニメではまずないそうですよ。そう指摘してくれたのは、前述のエリート青年です。彼は言います。「中国では強いものが強い、どう強いかが大事。そこが日本のアニメと違うところです」。

ところで、統治する側に立てば、弱い人間でも団結すれば強い相手に立ち向えるのだという想像力を民衆にむやみに喚起させたくないという事情がこの国にはあるのではないか。そういったら、発想の飛躍だと思いますか。日本人の感覚からすれば冗談かと思うかもしれませんが、それが中国という国でもあると思います。
b0235153_2181143.jpg

日本のどこかで見たようなキャラクターや「萌え」作品のあふれる自国のマンガ市場を苦々しく思う愛国的な当局者もいるはずです

もっとも、実際には、そんな思想的な警戒感というより、小泉政権との確執や教科書問題、靖国問題など、次々に繰り出される日中間の係争が引き起こす対日関係の悪化もあり、2004年以降、中国では一部を除き日本アニメのテレビ放映はほぼシャットアウトされます(といっても、ネット視聴によってそれも無意味化しているわけですが、2000年代以降に生まれた小学生くらいまでの児童への影響はかなり防ぐことができるかもしれません)。

中国政府が、唐突に自国の産業としてアニメ振興を打ち出したのも、その浸透力を自らの手中に取り戻したいからと考えたとしても不思議ではありません。これほど若者の心をつかむことのできる宣伝ツールは自国で運営管理したいと考えるのは、彼らの論理からすれば当然です。もっとストレートに別の言葉で言えば、彼らは中国の新しい世代をこれ以上“日本化”させたくないと考えているのです。
b0235153_21104520.jpg


こうしてみると、日本のアニメは中国政府からみれば鬼っ子みたいな存在といえるかもしれません。であればなおのこと、中国当局が日本のマンガやアニメの著作権をわざわざ守ってやろうという気がないのも無理はないかもしれません。

実は今回、マンガサミットの日本関係者から以下のコメントをもらっています。
「日本のアニメを通じて中国の若者に日本人の心を知ってもらえたらうれしい。学校教育では日本のおそろしさ、負の部分を強調しているので、文化交流がなければ中国の若者は日本を敵視続けるだろう」。

これは、近年の日本人の対中国観を概ね代表するものだと思います。確かに、日本側からいまの中国を見ている限り、そう主張したくなるのは当然だとぼくも思います。

しかし、日本のコンテンツ関係者は中国市場を考える際、自らの鬼っ子性(あくまで彼らにとってのという意味です)を自覚する必要があるように思います。その自覚がないと、彼らを理解できないでしょうし、ついには彼らだけが悪者に見えてしまうからです。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-17 21:01 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(0)
2011年 11月 16日

中国政府が知らないアニメ消費の実態 (国際マンガサミット北京大会2011報告 その6 )

これまでマンガやアニメの作り手や産業側の事情ばかり見てきましたが、そもそも中国のマンガとアニメの消費者とはどのような人たちなのでしょうか。

その主役は、ズバリ「80后」「90后」世代です。そろそろぼくをアニメフェアに誘ってくれた北京の友人を紹介しましょう。

彼女は1986年北京生まれ、日本アニメファンの劉陽さんです。北京語言大学日本語学科卒で、今年で社会人3年目。学生時代からアニメイベントに参加し、声優のアフレコ大会で優秀賞に選ばれたこともあります。
b0235153_10323799.jpg








劉陽さん

彼女の勤める中国企業の上司が日本人で、その縁で知り合ったのですが、初めて会ったとき、いかにもアニメおたくといった雰囲気に苦笑したことを思い出します。本人も自分のことを「宅女」(日本でいう腐女子)といいます。好きなアニメは『夏目友人帖』(白泉社 テレビ東京)だそうで、日本のかわいらしいお化けの存在に興味を持ち、大学の卒論のテーマは「21世紀の日本アニメにおける妖怪観-『夏目友人帖』を中心として」というものでした。彼女の卒論を一度読ませていただいたことがあるのですが、しっかりした日本語で、さまざまなシーンに登場する妖怪の特徴を分析したものです。もともと『ゲゲゲの鬼太郎』も大好きだというので、今回一緒に鳥取県のPRブースを訪問しました。
b0235153_1034162.jpg










劉陽さんの好きな『夏目友人帖』。中国のお化け(鬼)は怖いものと決まっているのに、なぜ日本のお化けはかわいいのか? という疑問が卒論テーマを決めるきっかけだったとか

実は、彼女以外にも何人かぼくに付き合ってくれる若い友人が中国にはいるのですが、彼らとの交流を通して見えてくるのは、前述の国際会議などでは語られない中国のマンガ消費の実態です。概ね以下のようなことがあると思います。

①日本マンガの正規の翻訳本がかなりマニアックなものまで出版されている
②中国のアニメファンの間で日本の声優が人気
③すでに民間でコミケの活動が始まっている
④日中文化交流を掲げるファンが運営する民間イベントも開催されている
⑤中国にもおたくが急増中

最近、中国の書店のマンガコーナーに行くと、日本マンガの正規の翻訳本をよく見かけるようになりました。なかにはかなりマニアックと思われる作品まであります。なぜそのような翻訳本が出版されるかといえば、中国の若者たちが違法ダウンロードサイトを通じて日本の深夜アニメを視聴しているからで、ネットがPR効果を生んでいる面は確かにあるといえそうです。
b0235153_10382926.jpg












「四畳半神話体系」(2010年 上海人民出版社)

b0235153_10392085.jpg












「鴨川ホルモー」(2010年 上海人民出版社)

ネットによるリアルタイムで大量の日本マンガ&アニメ情報が流通することから生まれたもうひとつの面白い現象として、日本の声優人気があります。おそらく日本語学習と関係があるかと思いますが、中国のアニメ雑誌では日本の声優の人気ランキングもあるほどです。とかく顔が見えないといわれる日本人ですが、雑誌のインタビューやブログなどで語られる声優の生のコメントを通して、日本の最新の流行や生活文化が中国の若者に伝わっているという面があります。日本でも同じですが、きっと中国のアニメファンにとっても声優は芸能人に比べ身近な存在に思えるのでしょう。
b0235153_10423572.jpg
b0235153_1046355.jpg
アニメ雑誌では声優の人気ランキングもある

こうした人気から、日本の声優を中国に呼ぼうという中国のファンが主催する民間アニメイベントも、北京や上海などではよく行なわれています。たいてい日中文化交流を掲げる大学の自主サークルが運営するもので、日本人留学生が支援している場合が多いようです。日本の俳優やアーチストを呼ぶギャラは用意できないけど、声優ならなんとか呼べそう、という経済的な事情もあるようです。
b0235153_10472873.jpg










日中アニメ漫画文化交流団体の「次世代文化と娯楽協会」のイベント


b0235153_10481477.jpg











北京の清華大学の日中友好アニメ漫画文化祭


定番メニューは、日本から呼んだ声優との交流会やアニソン歌合戦などです。今回のアニメフェアは政府主催によるイベントだったせいか、同人誌販売はあまり見られませんでしたが、民間主催のコミケは規模はぐっと小さくなるとはいえ、2004、5年頃から各地で開かれています。

こうして日中の若者の文化的な距離が縮まることで、当然というべきなのか、中国にもおたくが急増しているようです。中国のおたくの世界については、彼らが掲示板でやりとりしている話題を紹介した百元龍羊さんの『オタ中国人の憂鬱-怒れる中国人を脱力させる日本の萌え力』(2011 武田ランダムハウスジャパン)に詳しいですが、日本のおたくとはまた一味違う独特の世界があります。

以下は、同書の帯のコピーです。

オタ中国人(中国宅)激増中。「孫がウルトラマンばかり見ている。せめて中国製アニメを見てくれ…」と嘆く温家宝首相。オタ中国人は語る。「日本は大嫌いだけど、オタク文化は大好き!」「日本には三種の神器がある。それはスクール水着とブルマ、セーラー服だ!」。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-16 10:31 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(0)
2011年 11月 15日

日経NBonline 「NBO新書レビュー」

中国に関する書籍が巷にあふれる時代です。さすがに、そろそろ一服という感じもしますが、こんなにたくさん出版されたのは、ちょっと唐突ですが、もしかしたら日中戦争の頃以来ではないでしょうか。

昭和10年代は、支那(中国)モノの出版点数がひとつのピークを迎えた時代といえます。大陸では戦闘行為が続いていた一方で、国内では支那文化の魅力を紹介したり、「日支親善」を提唱したりするなど、中国理解のための多彩な書籍が数多く出版されていました。

これに気づいたとき、最初は意外な気がしましたが、日中の人的交流が深まる時代になると、日本人は「中国とは何か」「中国人とはいかなる人たちなのか」と問わすにはいられなくなるのだと思います。

自分は読書家とはとてもいえませんが、中国関連の本やたまに観る映像作品などについて、気になったことをちょこちょこ書いてみたいと思います。

日経NBonline「NBO新書レビュー」
同サイトの書評コーナーで、以前中国関連の新書について少しだけモノ申したことがあります。

2008 年当時、ぼくは北京オリンピック開幕式における究極の時代遅れともいうべき、演出された国威発揚の光景を見てしまったことで、中国の独善的なナショナリズムに対する強い生理的な拒絶反応が高まっていたようです。その嫌悪感はいまも変わりませんが、中国の国情、そして彼らの生きる時代に対する理解も一方で深める必要があると感じています。

それなりに幸せな「格差社会」~『不平等国家 中国』 園田茂人著 中公新書
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080619/162798/


オリンピックは早すぎた
『変わる中国 変わるメディア』 渡辺浩平著 講談社現代新書



「中国を信じる」「信じたい」「信じさせてくれよ…」
『加油(ジャアヨウ)……!』 重松清著 朝日新書



「誠意が“分からない”」人と付き合うには
『日本と中国──相互誤解の構造』 王敏著 中公新書

[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-15 19:47 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2011年 11月 15日

「職場の人間関係学:なぜ中国駐在1年内に「心の危機」が起きるのか」

プレジデント2011年3.7号
「中国人の操縦術:もし彼らが突然「上司」「部下」になったら」


プレジデント2011年 7月 4日
「職場の人間関係学:なぜ中国駐在1年内に「心の危機」が起きるのか」

[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-15 19:36 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2011年 11月 12日

違法コピー侵害の訴えも黙殺(国際マンガサミット北京大会2011報告 その5)

「チャイナ大躍進」プレゼンテーション全開の中国側報告(それでも民間業者は課題を認識していましたが)に対して、他の東アジア参加国・地域の報告はどのようなものだったのでしょうか。

ひとことでいうと、同じ中華圏でも事情は本土とは大きく違う(本土以外はみんな共通の悩みがある)とういことでしょうか。

以下、各国・地域の現状報告を簡単にまとめてみます。

①韓国
デジタル化により紙媒体のマンガが衰退。海賊版問題でマンガ家の収入が激減。作家と読者の高齢化。創作意欲も減退。韓国政府も解決に向けて取り組み始めている。マンガとドラマのメディアミックスの可能性。マンガ批評と法整備(制度的保護)の必要性を強調。

②香港
マンガ書籍の売上減少。携帯マンガ導入後も、有料になるとアクセス減少。ペーパレスの時代、マンガをどう変革すべきか。

③台湾
台湾マンガにもヒーローが必要。「地球を救うのはいつも日本人ばかり」。台湾人キャラクターをどう生み出すか。貸しマンガ市場(50代以上の女性に人気)が流行する一方、若者が前よりマンガを読まなくなった。マンガ家はどうすれば食べていけるのか。

各国・地域ともマンガ市場がデジタル化の波を大きく受けていることがわかります。日本に比べると市場規模は小さいですが、基本的に日本と状況は共通しています。彼らが中国の報告者と違うのは、作品のあり方について言及していることでしょうか。

さて、いよいよ日本代表の里中満智子さんの報告です。里中さんはまず東日本大震災で日本の出版・印刷関係者が影響を受けたこと。しかし、いち早く復興に向けて取り組んできたことから話を始めました。そのうえで、マンガ業界にとって最も大きな問題は、違法コピー侵害であると主張します。

b0235153_19414689.jpg








演壇に立つ里中満智子さん

2010年2 月、『ワンピース』の違法コピーがネット上に現れたことを例にあげ、里中さんは次のように話しました。「現在もなお違法コピー問題は深刻な状況にある。各国のマンガ関係者は、目先の利益より読者の心を重視すべき。マンガ家の利益を侵害する違法コピー問題に対して出版社からの問い合わせに一切回答しないサイトもある。新しい企画、人材育成など、著作権が支えてきたマンガ文化を守ることこそ正しい社会のあり方です」

発表の場所が違法コピーの本場中国であっただけに、「社会の正しいあり方」という言葉をあえて使ったところに、ぼくは同じ日本人として胸のすくような思いがしましたが、あれれっ。会場はしらー……。里中さんのスピーチの後、その問題が再び取り上げられることはなかったのです。とりわけ中華圏の関係者には、違法コピー問題を討議する姿勢は見られませんでした。

翌日、たまたまホテルでお見かけした里中さんにお話を聞いたところ、「中国で開催されたフォーラムだからこそ、特に違法コピー問題は訴えたかった」と話されていました。ここが中国でさえなければ、もっともすぎるほどまっとうな主張なのに、意図してしらばくれているのか(中国側にすれば、そんなできもしないことを討議しても仕方がない、というのが本音だったでしょう)、暖簾に腕押しの会場に日本関係者のため息がこだましていたのでした。

いやはや、まったく……。ある別の日本関係者はこんなことも話していました。
「当初アニメフェアの会場を偽ディズニーで話題となった石景区遊園地で行うとの中国側の計画があり、日本側が慌ててやめさせた経緯もある。そんなことをしたら、笑いものになってしまうからです。今回のアニメフェアでも海賊版が売られているように、著作権侵害に対する中国側の意識の低さに呆れてしまう」。
b0235153_10273487.jpg










アニメフェア会場では、中国では版権を許可していない宮崎駿の簡体字版書籍(つまりは海賊版)が堂々と販売されていた。マズイという意識が希薄なことに呆れてしまう


里中さんの主張は、『ワンピース』の違法コピー問題の発生後、2010年4月に「週刊少年ジャンプ」の最新号と同社サイトに掲載された以下の文章の内容を踏襲するものといえます。

「読者の皆様にお願いです。ネット上にある不正コピーは、漫画文化、漫画家の権利、そして何より、漫画家の魂を深く傷つけるものです。それらすべて法に触れる行為であるということを、今一度、ご理解ください」

しかし、この話はそれほど単純ではありません。最近では雑誌の発売日より先にネット上にアップされる違法コピーも珍しくないというだけに、その深刻さははかり知れないものの、一方でネットのコピーがマンガ雑誌や単行本の売れゆきにPR効果があるという声もあります。また、すべての違法コピーを取り締まることは不可能である以上、打開策として新作をネットで発表するマンガ家も現れてきているといいます。これではまるで最初からネットで作品を発表するところからキャリアをスタートさせてきた人も多い中国のマンガ家の状況に似てきたというべきか。

日本のマンガ業界がつくり上げたスタンダードが大きく揺らぎ始めています。その流れを加速させているのが、中国をはじめとした新興国であることは間違いありません。
[PR]

by sanyo-kansatu | 2011-11-12 10:26 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(0)