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2011年 11月 11日

北京のコミケにようこそ(国際マンガサミット北京大会2011報告 その2 )

今回ぼくが国際マンガサミットを視察しようと思ったのは、数年前に北京で知り合った「80后」(1980年代生まれ)の日本アニメファンの女の子(彼女についてはあとで紹介します)に半年前から誘われていたからです。彼女の友人がアニメフェアの運営に関わっている関係で、事前にプログラムを送ってくれたこともあり、その時期北京に行けるなら訪ねてみようと考えていました。

ぼくの中国とマンガにまつわる関心は以下のようなものです(その背景については、当ブログの同じカテゴリの中で少し書いています)。

①中国における日本マンガやアニメの人気や消費の実態は?
②中国の若い世代の日本マンガ受容の意味をどう考えるか?
③中国市場において日本のコンテンツビジネスの可能性はあるのか?

実は、これらの観点は、2004~08年頃、日本のコンテンツビジネス業界の周辺でさかんに議論されてきたテーマでした。その議論の基調は、海外における日本アニメの受容や人気ぶりに着目し、これだけ支持されているのだから海外進出は可能なはずだ。……ただ、実際にはこうした希望的観測に基づく期待感だけが大いにふくらんだものの、海外における人気や消費の実態、受容の意味、そして何より市場の中身を検討する作業は十分になされてこなかったと思います(国・地域にもよりますが)。

確かに、パリでサンパウロで上海で、コスプレに興じる海外の若者の姿を見たら、みんな日本のアニメに夢中で、ビジネスの可能性は世界に広がっていると多くの日本人が思い込んでしまったのも無理はなかったといえます。

しかし、実際のところ、これもあとで触れますが、日本のアニメ企業の海外売上は2005、6年をピークに減少傾向にあることが知られています。期待値の上昇と売上は反比例していたのが実情なのです。

こうしたことから、さすがに過度な盛り上がりもひと段落。安易な思いつきだけでは思惑どおりにはいかないことを関係者の多くが理解したことまではよかったと思いますが、時代は動いています。電子書籍やスマートフォンの普及によって市場環境が変わりつつあるなか、あらためてなぜうまくいかないのかも含め、中国の事情を冷静に探っていくことは必要だと思います。
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さて、10月22日の朝、ぼくは北京の彼女と待ち合わせ、北京動漫遊戯場を訪ねました。会場はさすがに首都鉄鋼工場跡の巨大な廃墟空間を再利用しているだけあり、迫力満点でした。これだけ意味ありげな舞台が用意された中で、北京のアニメ関係者はどんなサプライズを見せてくれるのか。まずは会場の様子をお見せしましょう。

コミケの風景
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コスプレ大会
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出版社ブース。携帯マンガのブース(中国移動通信)も
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来場者たち
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皆さん、どうお感じになったでしょうか。北京のアニメ文化の盛り上がりもなかなかのものではないか。……はたしてそうなのでしょうか。ぼくの正直な感想は、一見にぎわっているようだけど、ずいぶん退屈な世界だな、というものでした。来場しているのは、いわゆる「80后」「90后」の子たちが大半です。男女比率は四六くらいかな。コスプレ率も高く、みんな思い思いのキャラクターに扮して会場を闊歩しています。みんな楽しそうといえば楽しそうなんだけど。これで本当に満足なのかな?

確かに、上海などに比べるともともと北京の若者はサエない印象があります。でも、それは仕方がないというか、別にいいじゃない。そこがかわいいともいえるのだから。ただコミケというのに、アニメ関連グッズやコスプレ関係の出店がほとんどで、同人誌の売買はあまり見られません。もちろん、いまの時代、作品を印刷製本するよりネットにのせるほうが一般的なのでしょうが、せっかく与えられた場を自分たちの手で最大限に活用しようというパッションがあまり感じられないのです。みんな所詮お客さんにすぎないという印象です。

あとこれは中国の国情だから仕方がないのでしょうが、至る場所にやたらと制服姿の公安がいます。人がたくさん集まる場所は政府が管理しなければならないという環境に、コスプレ姿の中国の若者は慣れているのか、あまり気にしていないようです。
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まあ参加しているみんなが楽しけりゃそれでいいとは思うのですが、関係者はこの状況をどう思っているのでしょうか。北京の彼女の友人で北京国際アニメフェアのコスプレ大会運営責任者である北京出版集団『北京卡通』の張帆さん(30)に話を聞くと、こういう次第でした。

「今回は北京で初めてのアニメフェア。広州や杭州に比べるとまだまだ。国際マンガサミット開催のおかげで政府から支援があったから今回はイベントが実現したのですが、来年も開催できるかどうかまだわからないのです。入場券やコミケ、出版社ブースの収益だけではこれだけの規模のイベントはとても賄えるものではないからです」。

あらら、そういうことだったんですね。コミケの運営資金もすべて政府持ちというのが、北京国際アニメフェアの実情だったのです。

張帆さんは「ぼくもいつか日本のコミケを観にいきたい」と言っていました。中国と日本では運営の仕方がどこが違うのか、ぜひ見てもらうと面白いと思います。

それにしても、なぜ中国ではアニメフェアの運営まで政府がお膳立てしなけりゃならないのか? そもそも国家主導のやり方が、中国におけるアニメ文化と産業の発展の足かせとなっていることに彼らは気づいていないのか?

そんな素朴な疑問が出てきますよね。
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by sanyo-kansatu | 2011-11-11 21:53 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(2)
2011年 11月 10日

国際マンガサミット北京大会2011報告 その1(概要、イベント、会場について)

10月下旬、北京に行ってきました。毎回中国出張に行くときは、いくつかの用件をまとめてこなしてくるのですが、今回はそのひとつとして国際マンガサミット北京大会の視察を予定に入れていたのです。
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国際マンガサミットは、アジアMANGAサミット運営本部(ICC)によって開催される国際フォーラムです。日本をはじめ中国や韓国、台湾、香港などアジア各国のマンガ家や業界関係者らが集まり、マンガ市場の現状や著作権問題などを協議します。1996年に日本で第1回大会が開催されてから今年は12回目で、北京市石景山区政府が主催しています(民間団体ではなく、政府が主催するところが中国らしい)。これにあわせて第1回北京国際アニメフェアも同時開催されました。

国際マンガサミット北京大会2011
■期日  2011年10月21日~25日
■会場  プルマン北京ウエストワンダホテル(国際マンガサミット北京大会)
       中国動漫遊戯城(北京国際アニメフェア)
http://comic.qq.com/zt2011/2011icc/
アジアMANGAサミット運営本部
ICC(International Comic Artist Conference)
http://mangasummit.jp/

今回、主催国の中国以外に、日本、韓国、香港、台湾の関係者らが参加していました。日本からは代表の里中満智子さんがスピーチのために出席。また来年度(第13回)開催地の鳥取県から平井伸治知事をはじめ県関係者が海外ブースにPR展示を出していました。意外に思われるかもしれませんが、鳥取県は、水木しげるや『名探偵コナン』の青山昌剛、谷口ジローを輩出した「マンガ王国」なのです。

フォーラムの内容については後述するとして、今回視察していくつかの発見があったのが、同時開催されたアニメフェアでした。そこでは、中国ではおなじみのコスプレ大会やコミケ(同人展)などのファン向けイベントに加え、中国のマンガ業界各社と海外の関係者の展示ブース、「世界漫画家作品展」と呼ばれる日本や中国、韓国、香港、マレーシア、フィリピン、モンゴルなどアジア各国のマンガ家の原画展が開かれていました。
コスプレ大会b0235153_2234369.jpg
コミケb0235153_2243944.jpg
出版社ブースb0235153_225229.jpg

会場は中国動漫遊戯城(北京市石景山区)といい、中国共産党文化部と北京市の合作によりデジタル産業基地を目指す石景山区の首都鉄鋼工場跡地を利用し、2011年9月28日にオープンした巨大展示場です。敷地120万㎡、建築面積24万㎡と、とにかく広い。正門から会場まで徒歩5分以上はかかります。その杮落としイベントが今回のアニメフェアだったわけです。

北京市政府はこの施設を「第二の798大山子芸術区」にすると表明しています。確かに、国営工場跡を文化スペースとして再利用するという798のコンセプトを、政府がそのまま形だけ借用したような空間となっています。はたしてこの先、798と同様に発展していくものなのか。お手並み拝見といいたいところですが、全国各地に建設された中国政府主導のアニメ産業基地の実情を見る限り、ぼくには「仏作って魂入れず」で終わりそうな感じがしてなりません。まあしかし、せっかくの杮落としイベントを訪ねて、そんな憎まれ口をたたくのもどうかというのもあるので、じっくり視察してみようと思います。

北京アニメフェアの会場内b0235153_13175858.jpg
中国動漫遊戯城b0235153_13181483.jpg
中国政府文化部主催の中国動漫遊戯城オープン式典b0235153_13442144.jpg

首届中国动漫游戏嘉年华将于2011年9月28日开幕
http://game.163.com/11/0821/09/7BVJLQB000314K8I.html#from=relevant
从钢铁厂区到动漫基地:首钢腾挪“变身”
http://news.eastday.com/gd2008/f/2011/1215/2510052777.html
首钢老厂区将变身动漫乐园 打造第二个“798”
http://www.fengyunlu.com/news/2011122000007744.html
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by sanyo-kansatu | 2011-11-10 22:00 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(0)
2011年 11月 09日

上海アート最前線~なぜ上海市政府は2010年までに100館の美術館をオープンさせるのか?

2006年当時、日経NBOnlineに連載した上海の現代アートの連載の企画書が見つかったので、ちょっと古いんですが、公開します。

ぼくのブログの右肩の小さな写真は、翁奮という海南島在住のカメラマンの作品で、「Sitting on the Wall」シリーズのひとつです。中国沿海部の都市の光景をみつめる制服姿の女子高生の後姿をモチーフにしたものです。これらはみな2000年代初頭の作品で、これから発展していくであろう中国の未来に対する希望と怖れ、そんなアンビバレントに揺れる感情を思春期の少女たちに託して表現したものです。そう、この当時の中国の人たちはまだ本当に初心だったのです。ほんの10年前の話です。

上海アート最前線~なぜ上海市政府は2010年までに100館の美術館をオープンさせるのか?
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by sanyo-kansatu | 2011-11-09 16:03 | 現代アートは中国社会の鏡である | Comments(0)
2011年 11月 08日

日経ビジネスNBonline 中国現代アート

日経ビジネスNBonline 中国現代アート(上海のケース)
(2006年9月~07年2月)
上海のアートシーンの舞台裏や関係者らの取材を元にした連載コラムです。中国現代アートの本場はむしろ北京と当時も今もいわれていますが、単なる作品論ではなく、アートと社会の関係を考えるうえで、万博開催を控えた当時の上海のアートシーンも、それなりに面白い材料を提供してくれたと思います。
(1)変わりゆく都市を見つめる制服少女たち
(2)文革知らずはファンタジーがお好き
(3)改革開放時代を懐かしむ『80年代明星シリーズ』
(4)いま上海で最もやんちゃな新人類の冒険
(5)新しい摩天楼のリアルとは何か?
(6)アートビジネスを育む廃墟「莫干山路50号」
(7)アングラ展での駆け引きが活力にめげない上海人の「パーティーやろうぜ」感覚
(8)上海万博は大阪万博超えを目指す-「文化都市」建設を進める市政府の思惑と内情
(9)革命戦士からポップアートへ-上海が彫刻で埋め尽くされる日、人民は「くすくす笑う」
(10)「芸術オタクvsマーケッター」の図式-上海版「朝まで生テレビ」があぶり出した現実
(11)華僑系セレブ娘が仕掛ける「社交界」-ファッションビル化する上海の歴史的建造物
(12)アニメ美術展で中国を変える「出戻り上海人」
(13)夜遊びするなら「コスプレ」「ゴスロリ」-上海の若者が豹変する秘密のイベント
(14)「スーパー80年代生まれ」の肖像-中国社会も悩む“一人っ子政策”の申し子たち
(15)70年代生まれは「自分探し」の世代-天安門とおこちゃま達のハザマで
(16)中国的「格差社会」の実像-ニューリッチから出稼ぎ労働者までのお宅訪問
(17)写真で見る「格差」不感症大国、中国
(18)中国ニューリッチのメンタリティ-画商が語る新興富裕層20年史
(19)超格差社会のキーは60年代生まれにあり-天安門事件の挫折はどこに消えたのか?
(20)わかるかも「天安門」~爆走する現代中国人に与えた影響

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by sanyo-kansatu | 2011-11-08 15:40 | 現代アートは中国社会の鏡である | Comments(0)
2011年 11月 08日

日経ビジネスNBonline アニメと「80后」をめぐる話

日経ビジネスNBonline アニメと「80后」をめぐる話
(2008年4月~5月)
2004年頃から08年くらいまで、JETROが旗振り役になって、日本のマンガやアニメの著作権者や制作会社らが海賊版をはじめとした著作権侵害問題の解決を中国側に働きかけ、国家ぐるみでアニメ産業を育成しようとしている同国といかにビジネス提携できるか、という議論が盛り上がっていました。でも、最近はその熱もすっかり冷めてしまったかのようです。

なぜなら、中国はオリンピックの頃こそ、海賊版を一掃すると世界に向けた調子のいいキャンペーンの真似事をやっていましたが、そんなのいまはまったく忘れてしまったかのよう。日本の関係者にすれば、もうやってられるか、という気持ちになるのも無理はありません。

この連載は、その当時の上海を中心にした取材を元に書かれたものです。上海のオタクビルを覗いたり、「80后」の女の子と秋葉原に行ってみたり、いろいろフィールドワークをしていますが、なかでも上海美術館で開催された「80后世代美術展:ゼリーの時代」はぜひ読んでほしいと思います。

(1)上海のメイドカフェに行ってみた【前編】
バイトは名門女子大生「この服と日本のアイドルが好き」

(2)上海のメイドカフェに行ってみた【後編】
中国版「電車男」に戸惑うメイドたち

(3)主役は、大人になんかなりたくない「ゼリーの世代」
共産党公認“オタク展覧会”の真意は?

(4)政府の無策に沈むオタクビル「動漫城」
でも日本アニメ人気は健在

(5)本物を愛する目を「日本のフィギュア」で培って!
すでに日本と同時発売。「アルター上海」に聞く、中国アニメビジネス事情

(6)上海の若者がアキバへ社会科見学
宿題は「なぜ中国でアニメの産業化が進まないか?」

(7)日本のドラマ・アニメはこれからも支持されるだろうか
日本動漫ファンは、1977~83年生まれに集中?


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by sanyo-kansatu | 2011-11-08 15:27 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(0)
2011年 11月 08日

かわいらしさと強面の二面性を併せ持つ「80后」

ぼくが中国本土で初めて日本のマンガの精巧な海賊版を見たのは、1992年頃の深圳でした。双葉社の「クレヨンしんちゃん」だったと思います。それから10年後、中国で会った多くの若い子たちは、日本のマンガやアニメのファンになっていました。

ぼくは1960年代生まれなので、小学生だった70年代のアニメに親しんだ世代ですが、おかしいことに、中国のテレビでは90年代にほぼ日本の20年遅れで70年代アニメが放映されており、いわゆる「80后」(80年代生まれ)の子たちとぼくは、同じ年の頃に同じアニメを視聴して育っていたことを知りました。

いまでも思い出すと吹き出してしまうのが、日経ビジネスNBonlineの連載で書いた上海のメイドカフェでバイトする上海外国語学院の女の子と一緒にカラオケで「一休さん」を歌ったときのことです。「♪スキスキスキスキスキスキ!あいしてる」。そう歌いながら、いったいこの時空を超えた共有感ってなんだろか? そんな甘ったるく不思議な感触を味わいながら、メイド服を身に包んだ彼女らに妙な親しみをおぼえたものです。おかしなもんですね。もちろん、それはこちらの勝手な妄想に近い思い込みにすぎないのですけれど。

日経ビジネスNBonline アニメと「80后」をめぐる話

いまでは中国の若者たちは、いわゆる違法ダウンロードサイトを通じてリアルタイムで日本の深夜アニメを視聴しています(中国では違法ではないのかな。当局が違法だといえばそうなるし、お目こぼしがあれば堂々と営業できる。この国では法が物事の是非の基準にならないため、海賊版はいつまでもなくならない)。

彼らは日本のアニメで描かれる中学高校の文化祭やアルバイトなど、中国ではまだそれほど一般的ではない学校生活の勉強以外の世界に憧れもあるようです。

そういうかわいらしい一面もある一方で、彼らが学んだ「愛国主義教育」の効果てきめんというべきか、ある局面においては(いわゆる歴史認識や領土問題などナショナリズムがからむと)、断固たる強面という二面性を併せ持つのも、彼ら「80后」の特徴です。

状況によってコマのようにクルクルと回る彼らの二面性をどう取り扱うべきか。ぼくにすれば、親戚のおじさんが甥っ子姪っ子を見つめる目線に近いのですが、彼らも自らの立ち位置にどうやら不安を抱えているらしいことも確か。それとなく続いている彼ら彼女らとお付き合いのなかで、何かしらの発見があれば、つらつら書いてみようと思います。

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by sanyo-kansatu | 2011-11-08 15:19 | アニメと「80后」の微妙な関係 | Comments(0)
2011年 11月 08日

現代アートは中国社会を映し出す鏡である

こういう言い方も何ですが、中国のような言論統制のある国で、社会に対する深い洞察や批評精神、ひとりの人間としての正義感のありかをストレートかつ巧妙に見せてくれる数少ないメディアとして、中国の現代アートの存在に注目しています。

アートは広告とは違い、マスメディアでないぶん、存在を許されているといえます。へんに目立たないかぎり、ある意味自由でいられる。彼らアーチストたちは常に時代と政治との間に流れる微妙な風向きを気にしながら、ときに飄々とそれを受け流し、ここぞというときには思いのたけを作品に注ぎ込もうとする。その結果、中国社会の闇や矛盾、しかしそこで生きていかざるを得ない人々の現実をあぶりだします。なるほど、こんなことまで考えていたのかと感心させられることも多いです。現代アートは中国社会の諸相を映し出す鏡=メディアといえます。

ぼくが中国の現代アートの存在を初めて知ったのは、1994年頃、たまたま仕事でオーストラリアに行ったとき、「MAO goes POP」と題された回覧展をパースで見たときです。今日有名になった中国の現代アートの立役者たちが、90年代に入って中国版イーストビレッジ(北京東村)でボヘミアン生活をしながら作品制作に打ち込むようになる以前の世界を南半休の片田舎で知ったというわけです。

そのときは「なんじゃこりゃ」という感じでしたが、その後、2000年代に入り、上海で莫干山路の工場跡のアトリエ群(M50)を知り、一時足しげく通うにようなり、何人かのアーチストに会って話を聞いたりしました。そのときの見聞を元にしたコラムが、日経ビジネスNBonlineで20回ほど連載されました。
日経ビジネスNBonline 中国現代アート 
その後も、中国出張に行くと、北京を代表する芸術区として知られる草場地など、仕事の合間に通っています。07年頃をピークにちょっとトーンダウンしたかに見える中国のアートシーンですが、イケイケの時代ばかりが面白いわけじゃない。観光地化されたといわれる「798大山子芸術区」だって、歩き回っていると、何かしら発見があったりします。このカテゴリでは、そんな発見をちょこちょこ書いてみたいと思います。
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by sanyo-kansatu | 2011-11-08 14:45 | 現代アートは中国社会の鏡である | Comments(0)
2011年 11月 07日

なぜメイドインジャパン好きの中国人がメイドインチャイナの骨董を高値で買うのか?

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ここ数年、中国人が日本に中国骨董を買い集めに来ているという。世間でいう中国人の消費が経済効果につながるという話とは無縁に思えるが、実はけっこう大きなお金が動いているらしい。いったいどんな人たちが、どこで何をしているというのだろう。あれほどメイドインジャパン好きといわれる中国人たちが、今なぜメイドインチャイナの骨董に血眼になっているのか?

王義之の模写が40億円で落札

2010年11月23日、中国嘉徳国際拍売有限公司(以下、中国嘉徳)が開いた北京のオークション会場で、教科書にも出てくる東晋時代(4世紀)の書家、王義之の書『平安帖』の模写が約40億円(3億800万元)もの高値で落札された。

競売元である中国嘉徳は1993年創業の中国最大のオークション会社。天安門事件で失脚した趙紫陽の娘として知られる王雁南氏が総経理を務める。同社が扱うのは、中国の書画(近現代絵画も含む)や陶磁器、工芸品、家具、古籍、古銭、玉類など。カタログを見ると、骨董以外で競売にかけられるのはプーアル茶や茅台酒など多岐にわたる中国伝統産品だ。出品のうち4割は海外から集められたものだといい、その収集のため、上海、天津、香港、台北、ニューヨーク、そして07年から東京銀座に事務所を置いている。

今中国では中国骨董の価格が急騰している。リーマンショックの影響を受けた09年はさすがに少し落ちたが、翌年すぐに回復した。中国嘉徳の年間成約額は09年の約340億円(27億元)から10年の約950億円(75・5億元)へと3倍にふくれあがった。そのうち1点の落札額が10億円を超えたものは4点、1億円を超えたものは76点を数えた。中国全体の骨董および美術品市場の10年の取扱高も、前年の2倍以上の約7200億円(573億元)とされ、今後も拡大が見込まれるという。中国のオークション市場の規模は年々拡大し、07年にフランスを抜き、今や米英に次ぐ世界3位となっている。

中国のテレビでも最近はご当地版「お宝鑑定団」が人気だそうだ。冒頭の高額落札も、バブル崩壊前の1987年に安田火災海上がヨーロッパのオークションでゴッホの『ひまわり』を58億円で落札したことをどこか思い起こさせる話である。これだけ価格が急騰しているのだから、海外の中国骨董を買い集め、自国に持ち帰り、高値で売り抜けようとする中国人が現れても不思議ではないのだ。
 

中国人が日本の骨董市場を下支え

こうしたことから数年前より日本の骨董業者の間では、中国文物の発掘や売買が盛んになっている。この1、2年で多くの骨董団体が各地で中国骨董専門のオークションを開催した。そこに駆けつけるのは、中国人の骨董買い出しツアー団である。

昨年から東洋美術骨董フロアを特設し、中国骨董の委託販売に力を入れ始めた東京銀座のアンティークモール銀座の中村みゆき代表取締役は、昨年12月6日に「第1回中国骨董オークション」を開催した。会場には日本の骨董商やコレクターの他に、これに合せて来日した中国からの参加者50名などを加え、約100名が集まった。3時間で約200点の中国骨董が落札されたが、9割が中国人によるものだったという。

中村氏はもともと西洋骨董が専門だった。
「バブル崩壊以降、低迷を続ける日本の骨董市場の中で、今元気に動いているのは中国モノばかり。そこで3フロアあるうち1フロアを東洋専門にしたんです。以来、中国の方がよくお見えになるようになった。モノを見る目は十分ある人たちばかりです。古くから中国との交易の歴史がある日本は中国文物の宝庫といえる。中国骨董の里帰りが始まったんだと思います。昔から中国モノを扱う骨董業者も、表向きは中国人には売らないと言っているけど、オークションがあるとこっそり出品したりする。日本の骨董市場は今や中国人に下支えされているといっていい」

買う側も熱心なら売る側だって市場の動きに敏感だ。中国嘉徳東京事務所では、一昨年から年に数回中国より専門の鑑定士を呼び寄せ、日本国内に眠る中国文物を鑑定するための中国美術相談会を開いている。今年1月14、15日に開かれた相談会には、全国から約200名の所蔵家が中国の書画や陶磁器、銅鏡などを持ちこんだ。まるで今、秘蔵の品を「お宝鑑定」して高く見積もってもらうなら中国に限るといわんばかりである。同社はそのうち約2割を引き取って3月の北京でのオークションに出品することになった。

骨董ビジネスは経済合理的

中国との骨董商い20年以上のベテランで、上海に骨董店『草月堂』を開いている田川信也氏は、中国人骨董買い出しツアーについてこう語る。

「数年前から日本でのオークションに合わせて中国人がツアーでやって来るようになった。個人コレクターもいるが、彼らの大半は商売人です。なぜ彼らが中国骨董をあんなに高値で買うか? そんなの投機に決まってる。中国でもっと高値で売れるからですよ」

ツアーの中には、東京や横浜、大阪、金沢、福岡などの骨董商やオークションめぐりをするものもある。1回に300名規模の大きなオークションがあると、10億円以上の成約額に上ることもあるという。「でも、北京の嘉徳オークションでは1日にその10倍の成約額が出ていますからね」と田川氏はいう。

1980年代から香港経由で中国にある日本の古切手や古銭を買い出しに行き、日本のコレクターに売っていた田川氏だが、2000年前後から中国で骨董の値段が上がり始めたことを知る。まず掛け軸、そして陶磁器が上がり始めた。そのうち日本人相手より中国人相手の商売のほうが儲かり始めたので、05年に上海出店を決意した。

中国では骨董が役人などへの贈り物に使われることが多いため、贈賄目的か投資のためかというのが、資産運用には縁のない一般中国国民の認識だといわれるが、田川氏は中国の骨董ビジネスはきわめて経済合理的な原理で動いているという。ここ数年上昇基調の骨董価格の値動きも、03年頃上海の不動産価格が一気にはね上がったとき、値を下げているし、05年頃の株高のときは、掛け軸の値段が急に下がったという。これだけGDPが伸びているのに株市場は精彩を欠いたままだし、不動産投資を抑制する中国当局の動きが強まった10年になって骨董価格が急騰したのも、これまで不動産や株へ向かっていた投資資金の一部が骨董市場に流れたのだという説明はわかりやすい。今年上海と重慶で始まる固定資産税の試験的導入で、不動産価格や骨董市場にどんな影響が出てくるのか、興味深いところである。

愛国心オークション事件 

もっとも、中国人の骨董ビジネスにロマンのつけ入る余地などないというのは言いすぎだろう。日本の骨董関係者らの話で共通するのは、彼らの官窯好みである。宮廷で使われていた絢爛豪華な逸品が好きなのだ。このあたりは李朝の器などを好む渋好みの日本人とは、基本的に違っている。人気は明清時代の陶磁器。どの皇帝の時代に作られたかによって値段が変わる。皇帝の権力が強い時代ほど品質も高いとされるためだ。鑑定ではもっぱら製造年や場所、職人をめぐって議論が起こる。明清モノが多いもうひとつの理由は、中国国家文物局が遺跡からの発掘や盗掘品はオークションにかけるのを禁止しているため、宋以前の古いものは出品されることが少ないからだという。

骨董が純粋にビジネスだけの話にならなくなる背景に、中国政府の対応がある。戦乱や内乱に明け暮れた近現代の中国は、貴重な文物が海外に大量流出した。欧米列強の略奪や考古学調査団の持ち出しに加え、密輸も頻発、一時期は常態化していた。そのため近年海外に流出した中国の文物の還流に力を入れており、明らかに盗掘品であるものに対しては、外交ルートを通じて返還を要求している。流出の経緯が不明でも、海外の所蔵者に対価を払って取り戻すことさえ始めている。

こうしたなかで起きたのが、09年春の中国人オークション落札代金未払い事件だ。「円明園愛国心オークション事件」とも呼ばれる。朝日新聞2009年2月3日付によると、「1860年に英仏連合軍の略奪に遭った清朝の庭園『円明園』から海外に持ち出された十二支動物像のうち、ネズミとウサギの銅像の頭部が2月下旬にパリでオークションに出品されることになり、北京の弁護士85人がネット上で競売の中止と中国への返還を求める発表をするなど、中国で反発が高まっている」。銅像の所蔵者はデザイナーの故イブ・サンローラン氏で、遺産相続人がクリスティーズに出品したものだ。2月中旬の中国外交部定例記者会見では、劉暁波氏ノーベル平和賞受賞のときも強硬に反対を唱えて物議をかもした女性報道官の姜瑜氏が「英仏による略奪」を主張していたことから、中国政府もこの問題に乗り出そうとしてくるのかと思われた。

事件は2月25日、ある中国人が計3140万ユーロ(39億円)でそれら2品を落札したものの、「略奪された文化財に金を払うつもりはない」と代金支払い拒否を言い出したことから始まった。この人物は福建省のオークション会社社長の蔡銘超氏で、海外に流出した文化財を取り戻す活動を行う民間組織の顧問だそうだ。ネットに転載された写真を見る限り、細面の気の弱そうな人物である。政府の後ろ盾もあるとふんで臨んだ挑戦だったに違いないが、中国国内でも賛否両論を巻き起こした。

ところがである。中国文学者の中野美代子氏が岩波書店の『図書』09年7月号に寄稿した「愛国心オークション」という一文に以下の記述がある。

「これら十二支動物像は、マーロンが撮影した1930年前後までは、北京近郊に健在していたのだ。その頭部を切断し、骨董市にはこび売ったのは、中国の民衆である。皇帝の悦楽のためのみに西洋人宣教師たちがつくったものを破壊し、売却することは、当時の民衆としては健全ないとなみでなかったろうか。(中略)それがいま、『愛国心』のために、いくばくかの歴史的価値しかない十二支動物たちのあたまに、なん億円、なん十億円というべらぼうな高値をつけているのである」

つまり、中国政府の主張する十二支動物像が1860年英仏連合軍に略奪された「屈辱の象徴」というのは史実にあっていない。おまけに銅像所蔵者から「中国が人権を認めるなら返還してもいい」といわれる始末。こうなるとおっちょこちょいの蔡氏以上に、史実もわきまえず返還を訴えた姜瑜報道官のほうがお気の毒さまという気もしてくる。 

こうした経緯を意識したせいだろうか、東京事務所を通して中国嘉徳に筆者が行った「中国の骨董が国際相場に対して高いのはなぜか」という質問に対する回答の中に、わざわざ「価格の高騰は中国人の愛国心によるものではない」という記述があったのである。

自作自演的な価値釣り上げか

筆者は他にも中国嘉徳に対して以下のような質問を送っている。「中国人にとって中国骨董はどんな価値があるのでしょうか。また海外から『国宝回流』することは、中国人にとってどんな意味があるのですか」。その回答はこうだ。

「中国の文物芸術品は中華文明の結晶であり、重厚な歴史的価値、学術的価値、文物的価値を有する。中華文化の継承、保護、発展にとって重要な意義を持つ。海外の文物を還流させることは国内の芸術品市場の活発化につながるほかに、もっと重要な意味は海外還流文物の鑑賞、研究を通して、歴史的視野を広げ、文化、歴史の研究を深めることである」

いかにも今日の中国的な公式見解である。それを頭から否定するつもりはないが、むしろ朝日新聞09年2月17日に掲載された中国の作家、余秋雨氏へのインタビューの中で述べられた「正統」という観念をめぐる葛藤こそが彼らの心情に近いのかもしれない。同紙の「中国政府が文物を重視するのはなぜか」という質問に対して余氏はこう答えている。

「国共内戦時に国民党が文物を持ち去った背景には中華文明における『正統』の観念がある。重要な文物が手にあれば正統性を証明できる。戦いの勝ち負けはこの世の常。しかし文化は永遠の存在だ」

それにしても、今日の中国の骨董ブーム、自国出自のモノにしか関心がないというところがいかにも中国人らしい。高邁な理念を語る人物がいる一方で、それをぶち壊しにする輩が必ず現れるところもそう。中国の民間骨董業者と日頃つきあって彼らの商売のやり口を見ている前述の田川氏にいわせれば、「愛国心なんて方便。嘉徳だってトップは共産党幹部。元締めは党なんですから」ということになる。

もともと骨董の買戻しブームというのは、80年代後半のオリンピック景気にわく韓国にもあったそうだし、バブル時代の日本にもあったことはよく知られている。ただ日本人の場合は、中国人のように「奪われたものを取り返せ」という認識はあまりなさそうだ。幕末の薩摩藩などがせっせと陶器を輸出していたという面もあるからだろう。 

こうしてみると、骨董の値を釣り上げているは、今日の中国人の「自国の歴史はスゴイと思いたい」というある種の信心と、それが実利につながるゆえの自作自演的な熱狂のように思えてくる。ではなぜ骨董なのか。中国人の歴史的文物への傾倒は筋金入りであることは認めるけど、こう言っちゃあなんだが、当人たちもメイドインチャイナの現代文化に誇れるものがなかなか見つからないからでもあるだろう。

ただ、彼らを見ていてちょっとつらい気がするのは、「中国はこれまでずっと屈辱を受けてきた」といい続けなければならないような歴史認識だ。こういうのがよっぽど自虐史観ではないかと思う。だから中国経済が興隆すると、その裏返しで「本当の俺たちはスゴかったんだ」と言いたくてたまらないのである。

こういう屈折が、今日の中国人の文化に対する態度も含め、海外から見て好意的に評価されにくい理由のひとつになっていると思う。だって普通に考えれば、本来価値のあるものは、きちんと保管され、公開されているのであれば、どこにあってもかまわないではないか……。少なくとも今日の大方の中国人はこれに承服しないだろう。

結局のところ、これからも中国骨董は売ったり買い戻されたりを繰り返していくのだろう。その品が広く価値を認められる限り。そういえば、昨年9月から中国当局は日本から持ち込まれる物品の関税を強化し始めている。高く売れるうちに売ってしまえ、というトレンドはそれでも拍車がかかるのだろうか。

いずれにせよ、インバウンドで中国客を迎えるということは、こういう実に面倒くさいメンタリティの持ち主たちをお客さんにするのだということをキモに銘じておかなければならないのである。

「データでわかる日本の未来 観光資源大国ニッポン」(洋泉社)2011年3月刊行より
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by sanyo-kansatu | 2011-11-07 15:47 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2011年 11月 07日

ツアーバス運転手は見た! 悲しき中国人団体ツアー

2011年2月3日、中国の旧正月にあたる春節の夜。尖閣事件以降、鳴りを潜めていた中国人団体ツアー客を乗せた貸切バスが、久々に大挙して新宿歌舞伎町界隈に姿を現し、周辺を回遊していた。

彼らはたいてい夕方5時から6時頃に歌舞伎町に集結し、乗客を降ろす。「アジア最大の歓楽街」を散策し、夕食をとるためだ。日本側のランドオペレーター(宿泊や移動、食事などの手配を請け負う旅行会社)が送り込んだガイドを先頭に、格安中華チェーン店か在日中国人の経営する中華料理店(ツアー客専用で一般客入店不可)でバイキングメニューの食事をすませると、路上に繰り出す客引きを横目に歌舞伎町の裏道を練り歩き、ドンキホーテやマツキヨあたりで雑貨買いを楽しむのが相場だ。時間があれば、向かいのヤマダ電器に行くこともあるが、別日程となることが多い。ホテルに早くチェックインしなければならないからだ。

靖国通りに乗りつけるのは、60名乗りの大型バスから8名乗りのマイクロバスまで種類はいろいろ。そこでは当然路駐はできないため、客を降ろすとバスはすぐに移動する。でも、都心の繁華街だ。駐禁エリアから逃れるのは容易じゃないが、運転手たちもプロである。いくつか近場の路駐可能なポイントを知っていて、そこで気長にガイドからの携帯の呼び出しを待っている。その間2時間から長くて3時間半を超えることもある。

それは運転手にとって唯一の憩いのひとときだ。話し相手でもいればなおさらである。そこで、春節の夜、歌舞伎町周辺某所に路駐していた貸切バス運転手、岡本次郎さん(62仮名)を訪ねることにした。マスコミの報じる百貨店や家電量販店での爆買いシーンを通して、いまや「低迷する日本の消費市場が頼みとする救世主」とまで持ち上げられた中国人客――その多くを占める団体ツアーの一部始終を目撃してきた岡本さんに「バスの中で何が起きているか」を聞くためである。

食事はいつでもバイキング

岡本さんは首都圏に本社を置く貸切バス会社の社員運転手で、ドライバー暦35年のベテランだ。インバウンド――日本人客ではなく、訪日外国人客を乗せるようになったのは1990年代半ばから。当時は台湾客がメインだったという。その後、東アジアや欧米などさまざまな国籍の観光客を乗せて全国津々浦々を駆けめぐってきた。

バスを訪ねると、前部扉から招き入れられ、運転席に座ったままの岡本さんに話を聞いた。

――今日は一日どこを走ってこられたのですか。明日からの予定は?

「今日は午後2時の便で成田入りした上海からの客でね、浅草を散策した後、歌舞伎町に来た。あとは品川の高輪プリンスに送って終わり。今日の客はけっこういいホテルだね。明日は山梨の石和温泉。途中箱根を通り、富士山を見て、御殿場アウトレットに寄って温泉旅館に泊まる。河口湖の近くは中国人専用の宿が増えたからねえ。この季節、あのあたりの旅館じゃ中国客にカニを食わせるんだよね。中国人好きだから。それから先は(ツアーのスケジュール表を見ながら)いったん東京に戻って自由行動の1日があり、そのあと岐阜市内と大阪のホテルに泊まって関空へ」

山梨県といえば、中国人にとって最大の観光ハイライトである富士山の裏庭に位置することから、訪日中国人客の取り込みに熱心なことで知られるが、昨年9月の尖閣諸島漁船衝突事件(以下、尖閣事件)に端を発した中国人客キャンセル続出に見舞われたばかり。なかでも前原誠司国土交通大臣(当時)も一役買った観光庁のトップセールスで受注した中国のネットワーク販売会社大手の宝健(中国)日用品有限公司の1万人規模の社員旅行のドタキャンは、山梨県の宿泊業者を直撃した。さらに宝健社長が記者会見まで開いて行った「愛国キャンセル」表明が、中国に強硬だとされる前原外相へのあてつけだとみなされ、中国側では「よくやった」と喝采を浴びたという後味の悪い結末も記憶に新しい。

――食事はいつもどうしているのですか。ツアー客とは別?

「地方に出ると同じホテルに泊まるから、食事は一緒だけど、はっきり言ってひどいね。いつでもバイキング。せっかく日本に来てるんだから、もっとましなものを食わせてやればいいのにと思うよ。でも仕方がないんだよね。予算の上限が昼は1000円、夜は1500円と決まってるそうだから」

――先ほど山梨の旅館ではカニを出すと…。

「あれは冷凍ズワイガニ。どうせロシア産だから。中国にはワタリガニしかないそうで、足の長いズワイガニが珍しいんだよ。よく家族連れがカニの足を広げて手に持って記念撮影してるよ。かわいいもんだね。たまに回転寿司とかしゃぶしゃぶの店にも行くけど、食べ放題メニューさ。客が頼めば刺身盛りを出すこともあるけど、中国人ってのは団体でもみんなに分けたりしないで、頼んだ連中が自分だけで平気で食べてる。そういうのはみんなオプションといって、別料金なんだよ。

ただこのオプションってのがクセモノでさ。刺身盛りの2000円くらいのを1万円といってガイドが徴収している。ステーキ屋に行って『これは神戸和牛だから2万円』とか。もうやりたい放題なんだ。

だからといって口出しもできないしね。だいたい中国語がわからないし。あとでガイドが日本語で話してくれるんだ。『今日は儲かった』とかいって、チップを余分にくれることもたまにある」

――そういうのは中国ツアーのおいしいところでしょうか。

「バスで待ってるときの食事代や駐車料金、高速代などをまとめて2万円。必要経費だし、たいした金額じゃないよ。申し訳ないけど、中国人は下品ってのかなあ。床にガムを吐き捨てるし、ヒマワリの種を撒き散らすし、ゴミの量も1日45リットル2袋は出るからね。ホテルに送り届けて車庫に戻った後、明日に備えて車内掃除を念入りに1時間以上かけてやらなきゃならないんだから」

バスの中ではもっぱら車内販売

――運転中バスの中はどんな様子ですか?

「車が走り出すと、すぐに車内販売が始まる。観光案内もそこそこに、ガイドが客にあれこれ売りまくるんだけど、とにかく客に好かれるように媚を売りまくってね。そのくせ客が買わないとイライラして喧嘩ごしになってくるのがわかるから、こっちも気が気じゃなくて」

――どんなものを売っているんですか。

「それがひどいんだよ。日本じゃ見たこともない活性炭入り携帯清浄機ってのかな。どう見てもバッタモンを日本製だと偽って7000円とか、1000円くらいにしか見えない安物の磁気ネックレスやブレスレットを2万円とか……。日本人も身につけているからと証明するために、事前に俺に『これはサクラだからちょっと着けてみて』って。おい悪いけど、俺をサギの仲間に入れるんじゃないよって断ったことがあるんだ」

こうした悪質な車内販売に加え、特定のボッタクリ免税店への連れまわしの実態は、都内で発行されている在日中国人向け週刊新聞「『東方時報』(2009年6月25日付)で報じられ、中国の大手メディア『北京法制』にも転載されたことから、日本ツアーの内情と悪評が中国全土に広まり、「日本よ、お前もか」と現地でも反響を呼んだ。

すでに中国メディアで告発された問題なのに、なぜ自浄能力が働かず、車内販売という名のサギ行為が横行しているのか。

「中国人客はあまりガイドを疑わないようなんだ。外国にいるから仕方ないと思うのかね。ガイドがアメと鞭で客を操っているとでもいうのかな」。岡本さんは首を傾げるばかりだ。

90年代に起業した在日中国系ランドオペレーター勤務の女性はこう話す。
「銀座に連れていって、ショーウインドーを見せて、『ほら高いでしょう。でも、私は同じブランド品をもっと安く買える店を知っていますよ。着いてきますか』。そういって契約した店に連れて行くというのが彼らのやり方です。外国で頼りになるのはガイドだけ。その心理をうまく利用して、客を信用させてしまうのです。中国では同じものが別の場所で驚くほど安く売られているのはよくあるので、日本も同じだと思って騙されてしまうんです」

オプション買わなきゃ置き去りも

ツアー中に起きている異常事態は、それだけではない。

「とにかく信じられないようなことをするんだよ」と岡本さんが声を荒らげたのが、前述したオプションをめぐるガイドと客の壮絶な駆け引きだ。

「見てるとなんでもオプションなんだ。新幹線の大阪京都間のチケットも8000円、ディズニーランドも1万円徴収といったぐあい。アコギだよなあ。中国側で払うツアー料金には何もついていないからと、とにかく上乗せして客から金を取る。観光地だってオプションにしちゃうんだから、呆れちゃう。たとえば、富士山5合目なんてバスでみんなを連れていきゃいいものを、3000円のオプションで別料金を請求し、払わない客は麓の富士山ビジターセンターにわざわざ置いてきぼりにするんだよ。3時間ここで待ってろと。そこは無料施設だから金はかからないんだけど、置いてきぼりにされた中国人客が増えすぎて、問題になったことがある。忍野八海だってオプション払わないと連れていかない。親子連れをさ、途中で置き去りにして……、とても見ちゃいられない。『乗せてやんなよ』って俺は言うんだけどさ。ガイドが『いいから』と」

「オプション買わなきゃ置き去り」というガイドの冷酷さに岡本さんは頭を抱えているようだ。

実はこれにも前例がある。東南アジアや香港行きの中国人ツアーで土産屋の連れ込みを拒否した客の置き去り事件が、数年前から中国でも報道されている。怒った客とガイドが喧嘩になって、傷害事件が発生したこともある。前述の『東方時報』では、上海からの日本ツアー参加者にヒアリングを行い、5000元(6万円)の低価格ツアーの参加者が、日本でオプションと称してツアー代金と同額に近い追加料金を次々と取られたことを告発している。日本では傷害事件までは耳にしないものの、客の置き去りがすでに常態化していたことを今回岡本さんの話で初めて知り、愕然とした。

これではバスの中は、非情な中国社会そのものではないか。

「だからなのかなあ。韓国ツアー客のおばちゃんたちは食事から帰ってきたとき、俺に『食事はすんだのか』と片言で話しかけてきたり、自然な交流ってのがあるんだけど、中国人客とはそういう感じにはほとんどならないなあ」と岡本さんはいう。

これまで新宿界隈でもよく中国人ツアー客の一群を見かけたが、どこか目つきが挙動不審というか、他国の旅行者に比べ和やかな印象がないのはどうしてかと思っていた。海外旅行慣れしていないこともあろうが、バスの中でこうしたことが起きているのだとしたら、無理もないのかもしれない。

キックバックを原資としたコスト構造

それにしても、なぜこんなことになってしまうのか。運転手の日本人ひとりを除いて、ここで起きているのは「中国人が中国人を騙す」という構図である。中国の民間社会の実情を少しでも知る人にとっては、それほど驚く話ではないかもしれないが……。

「でもさ、ガイドだけを責められないと思うよ。旅行業者が彼らにそれを強いているんだから」と、岡本さんはいう。

そのとおりなのである。なぜ中国団体ツアーのガイドが、オプションと車内販売で客から金を騙し取らなければならないのか。日中の複数の旅行関係者らの証言をまとめると、真相はこうなる。

中国で販売される一般的な「ゴールデンルート」と呼ばれる東京・大阪5泊6日のツアー代金は6000元(約7万円)相当。ところが、中国側の旅行会社から日本の手配を担当するランドオペレーターに渡るのは、往復航空券代と営業利益を差し引いたせいぜい2000元(2万5000円)という。これでは滞在中のホテル代、バス代、食事代、ガイド費用を捻出できるわけがない。ではどうしているかというと、それを埋め合わせるためのガイドによるオプション徴収と車内販売、客を送り込むことで得た免税店の売上の一部のキックバックなどの収入がランドオペレーターに渡るからだ。その売上がなければランドオペレーターはホテルやバス会社、レストランへの支払いができないからである。

つまり、中国団体ツアーはガイドによるキックバックを原資に成立しているのだ。なんともあやうく、ギャンブルみたいなしくみである。中国人ツアー客がある日目覚めて、オプションも車内販売も買わなくなれば崩壊してしまうだろう。

こうしたカラクリは、1990年代の一時期、日本の旅行会社が中国や東南アジア方面への驚くような激安ツアーを催行したとき、似たような構図として見られた。あらゆることがキックバックを前提として成立している中国人社会を知った当時の日本の業者は客を丸投げしたことは確かである。だから、現在の中国団体ツアーのキックバック方式も、当時の日本の旅行業者と同じでいまさら彼らを責められないという指摘も出てくる。キックバックは日本社会にだって蔓延してるじゃないかという指摘ももっともだ。しかし、当時の日中間には厳然とした物価や所得水準の格差があり、ツアーのコスト構造を埋め合わせるためにキックバックの上がりを関係者が分け合うにしても、授受される額は今日のケースとは違うことを忘れてはいけない。しかも日本は円高になったが、人民元高は起きていないのである。誰が今日の被害者かを考えるべきだろう。その後、日本人客が現在の中国人団体ツアー客のような理不尽な土産店への連れまわしや車内販売で騙されることがなくなったのも、日本人の海外旅行が成熟し、消費行動が変わったためだ。

もっと具体的にいおう。関係者らの証言を集約すると、ガイドは1日1名約1万円の通称「人頭税」をランドオペレーターに支払うことでツアーを請け負っている。彼らはガイド代を受け取るどころか、支払う側なのである。たとえば、20名の客が5泊6日の場合、100万円(20×5)が上納金となる。当然ガイドはそれ以上の上がりを手にしなければ大損になるが、それ以上なら自分の儲けになるから、車内販売に賭ける必死さが違ってくるのである。

これまでガイドの国籍については触れなかったが、彼らの多くは、在日中国人や香港、台湾からわざわざ自腹で訪日し、ガイドを請け負う人たちでもある。いまさら彼らの通訳案内士としての国家資格の有無を問うのはむなしい。彼らは中国本土出身者とは違い、日本にはノービザ渡航が可能という特典を有効活用しているのである。業界では彼らのことを「スルーガイド」と呼ぶ。

採算度外視の激安日本ツアーがなんとか成立しているのも、こうしたギャンブルに賭ける中国系スルーガイドと、このしくみを定着させた新興ランドオペレーターがいるからだ。もちろん、その前提には、上がりを生み出す中国人ツアー客の驚くべき爆買いニーズがある。よくしたものである。

こうした状況をよく知る北京のある現地旅行業者はため息混じりにこう話す。

「なにしろ中国では国内の海南島3泊4日ツアーより東京・大阪5泊6日ツアー料金のほうが安いんですから。ありえないでしょう。理由ははっきりしています。海南島はビーチリゾートなので、キックバックがもらえる家電量販店もないし、車内販売するためのバスの移動時間もないからです」。

岡本さんは、最後にこんな話をしてくれた。

「いちばんかわいそうなのは、結局、中国のツアー客だと思うよ。いろいろ悪口言ったけどさ。中国人ってよくバスの中で吐くんだよね。毎日過密スケジュールで、バスばっかり乗って移動してるからなのかもねえ……」

なんとも涙ぐましい話になってきたではないか。しかし、これは日本で実際に起きていることである。唐突だが、消費者庁はこの問題をどう考えるのだろうか。訪日客による消費を期待するだけではなく、消費者としての保護についてもっと真剣に考えなければならないのではないか……。

背景にバス規制緩和も

しかし、キックバックを原資にしたあやういツアー構造を支えているのは、中国系関係者ばかりではない。日本側の事情こそ指摘されなければならない。端的にいえば、客室単価の崩壊が起ころうとも数で中国客を受け入れる道を選んだ一部のホテル・旅館業界。日本人のアウトバウンド市場の低迷で経営基盤が揺らぐ航空業界。そして、岡本さんたち運転手を抱えるバス業界である。

2000年、貸切バス事業が免許制から許可制に規制緩和されたため、それまで違法経営を行っていた「白バス」業者が一気に新規参入した。以後、貸切バス業界は大競争時代に突入。都市間高速バスや激安国内バスツアーなどの価格破壊によって利用者は恩恵を受けたが、既存のバス事業者の収益低下によるローカルバスの廃止や、運転手の労働環境の悪化、安全確保への不安など、多くの問題が指摘されている。

なかでも2010年9月に総務省が公表した「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」は、スキーバス過労運転による死傷事故や都市間高速バスの道路交通法違反問題などの事例をあげ、貸切バス規制緩和後の不健全な営業実態を追及しており、本来の監督官庁である国土交通省がなしえなかった意欲作といえる。

規制緩和後に起きたのは、貸切バス事業者と車輌数の増大にともなう公示運賃をものともせぬダンピングの横行だった。インバウンド貸切バス事業者もこうした流れの中で成長した。この10年で東アジアを中心とする訪日観光客が増大し、その追い風を受けて貸切バス需要が拡大したためだ。実際のところ、規制緩和後の価格破壊がなければ、今日の訪日ツアー客の受け入れは不可能だったかもしれない。

そのしわよせは、岡本さんら運転手の労働環境の悪化につながっている。2008年に国土交通省から出された「一般貸切旅客自動車運送事業に係る乗務距離による交替運転者の配置」の指針により、1日の走行可能な距離が670kmと定められた。その結果、運転手の拘束時間の延長は既成事実化していったという。運転手の1日は、早朝の出庫前に行なう車両点検から客をホテルに送り届けたあとの掃除まで、と深夜におよぶ。現場の思いはどうなのか。岡本さんに尋ねてみた。

――労働時間が長すぎるとは思いませんか?

「1日の時間もそうだけど、去年の8月までは本当に休みもなかった。だから、尖閣で中国客が減って正直ホッとしていたんだよ。ただこのご時世だから、仕事があるだけありがたいと思わなきゃならないしね。俺はなんだかんだいって、この仕事が好きなんだと思うよ」

――でも何か困っていることはないですか?

「そうねえ、悩みのタネは駐車場問題かな。これだけ外国人が観光に来てるのに、都心には駐車場がない。だから、俺たちはいつもウロウロしてないといけないんだから。それと、よく地方でホテルの食事がすんだあと、『夜の街へ繰り出したいから運転手さん連れてってよ』ってガイドに言われることがあるんだ。でも、自分は行かないことにしている。仲間内にはチップをもらえば、どこにでもバスを走らせるという連中もいるようだけど、所定のコースでなければ保険が利かないからね。もし事故ったら終わりなんだよ、この仕事は」

バスツアーと保険の適正化――これも看過されがちだが、インバウンド市場の健全な成長のためには欠かせない課題だ。バス運転手は職業柄、どこか自由人のようなところがあるが、岡本さんのような場数をふんだベテランほど自己防衛の必要を理解しているのだろう。

アジアインバウンドの時代に向けて


――ところで、昔に比べてインバウンドの仕事はどうですか?

「昔はインバウンドといえば、台湾客のことだった。以前は台湾客もひどかったけどね。いまはだいぶおとなしい。韓国ツアー客も中高年のおばちゃんはうるさいけど、これは日本のおばちゃんも変わらないかな。まあ中国以外は車内販売がないからいいね。よく韓国やタイのガイドが、中国のガイドは大変だと言ってますよ。あんな仕事はガイドじゃないって……」

日本におけるアジアインバウンド市場は、1979年台湾の日本観光解禁とともに始まったといっていい。80年代から台湾のインバウンド客を扱ってきた台湾系旅行業者は、「当時インバウンドは嫌われ者だった。日本人客の少ないオフシーズンのホテルの穴埋めのような存在で、『白バス』が当たり前。いまのように、全国各地で歓迎されるなんて考えられなかった」と語る。

一方、中国の日本観光解禁はそれに遅れること約20年後の2000年12月だ。

「これには我々在日アジア系旅行業者も色めきたちました。なにしろ市場は大きい。これから本格的なアジアインバウンド時代が始まる。これまで市場を担ってきた我々の出番だと」

だが、彼らの思惑は数年後に破綻する。中国団体ツアーの常軌を逸した価格破壊のためだ。

「2000年の解禁当時1万8000元(約20万円)で始まった東京・大阪ゴールデンルート7泊8日の日本ツアーが、わずか1年後に半額近くなり、3年後には3分の1になった。この時点で我々は正攻法では中国客を受け入れられないため、手を引くしかなくなった」

ツアーのカラクリについてはすでに説明したとおりだが、2005年頃までには一部の高品質ツアーを除く中国団体ツアーのランドオペレーター事業から、まず日本の旅行大手が手を引き、既存の在日アジア系もそれに続いた。では誰が急増する中国団体ツアー客を引き受けたのか。それは2000年代以降、在日中国人経営者らを中心に立ち上げられた新興ランドオペレーターだった。

こうして一部を除く大半の中国団体ツアーは、日本の旅行業界にとってのアンタッチャブルと化していく。一方、急増する中国人観光客の家電量販店での爆買いシーンが08年頃からマスコミで盛んに取り上げられるようになり、地方自治体や小売業界などを中心にチャイナマネーの取り込みに向けた機運が高まった。その盛り上がりが空前の勢いを見せたのが2010年だったといえるだろう。しかし、その機運も秋には尖閣事件によって冷水を浴びせかけられ、今日に至る。

さて、これから中国団体ツアー市場はどうなるのだろうか。確かに、円高は懸念材料だが、今後は徐々に回復を見せるだろう。だが、本当の課題は、価格破壊によって事実上破損してしまった日本ツアーのクオリティをいかに向上させるかである。

前述の在日中国系のランドオペレーター勤務の女性はこう主張する。

「こんなツアーなら、日本は1回行けばもうたくさん。団体ツアーで来た中国の友人や親族が口々に日本の悪口を言うのが悔しい。なぜ車内販売を取り締まらないのか。日本の行政は野放しにすぎる。数を増やすことばかり考えているからではないか」

確かに、国土交通省が掲げる訪日客3000万人の数値目標に象徴される旅行者数至上主義は、国内の観光産業の実情を知る現場の立場からすると、受け入れ態勢の伴わない時代遅れのそろばん勘定に見えても仕方がないかもしれない。

では、クオリティ向上のためにはどうすればいいのか。利害の絡み合う関係業界すべてに都合のいい特効薬などないが、本稿で詳述してきた「バスの中」の事情をふまえ、アジアインバウンド時代に向けた以下の提言をしたい。

キックバックを原資とした、どう見ても不健全なコスト構造で成り立つ日本行き中国団体ツアーの実情や中国客の蒙る不利益を、中国側にとことん公開し、被害者は中国人消費者であることを広く認識させること。残念ながら、「中国人を騙しているのは中国人である」という構図は、これまで香港や東南アジアで続出してきた状況を知る彼らは、よくわかっていると思う。ただ、そういう話を外国人からされるのは誰でも気分が悪いものである。彼らに冷静な判断を迫るには、日本における訪日客の消費者保護を強化、アピールすることで、彼らの自尊心に訴えかけることだろう。そのうえで、現在の団体ツアーとはまったく異なる高品質の日本ツアーが存在することをわかりやすくアピールすることが必要だ。これよりほかに、ツアー料金の適正化を図っていく手はないのではなかろうか。

そのためにも、尖閣事件でいったんケチのついた中国での外資旅行会社のアウトバウンド解禁は、早く進めてもらわなければなるまい。中国当局もそれが中国人消費者の保護につながることを理解してほしいものだ。

「データでわかる日本の未来 観光資源大国ニッポン」(洋泉社) 2011年3月刊行より

[追記]
これは2010年当時の中国団体ツアーの実態です。その後、「悲しい」状況も一部改善されている面があります。

中国「新旅游法」も元の木阿弥―キックバックを原資としたツアー造成変わらず
http://inbound.exblog.jp/24166349/

(2015.2.22)
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by sanyo-kansatu | 2011-11-07 14:45 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)
2011年 11月 06日

LCC、海外ドラマを呼び込め!めざすは「東アジアグローバル観光圏」! 地方空港サバイバル奮戦記

航空ジャーナリストの谷川一巳氏は2010年10月上旬、茨城空港発春秋航空で2泊3日の上海旅行に出かけた。渡航費用は、事前のネット予約による航空運賃8000円(片道4000円×2)、燃料サーチャージ4300円(片道2150円×2)、茨城空港の旅客取扱施設利用料500円、上海虹橋空港使用料1200円、カード決済の手数料420円。合計14420円しかかからなかったそうだ。

「乗り心地は、確かにシートのピッチは狭い気はするけど、3時間ちょっとのフライトだからね。機内食は有料だけど、レンジでチンするインスタント軽食で500円。別にそれでかまわないじゃない」

世界の空港事情や航空旅行に関する著作も多い谷川氏はそう話す。

地方空港のほとんどが赤字

片道4000円の激安運賃で話題を呼んだ中国のLCC(ローコストキャリア=格安航空会社)、春秋航空が初めての国際線として乗り入れを決めたのが、2010年3月に国内98番目の空港として開港した茨城空港(小美玉市)だ。

「ただね、LCCの乗り入れでなんとかカッコがついたようだけど、空港経営としては現在の乗り入れ数では成り立たないのが実情だと思う。これは茨城空港に限った話ではない。現在全国のほとんどの地方空港が赤字といわれる。空港が黒字を出すために必要な一定以上の発着数をどこもクリアしていないから」。谷川氏は手厳しい現状認識を付け加えるのを忘れなかった。  

2010年10月、羽田新国際ターミナルがオープンした。24時間運用のメリットを活かし、昼間は韓国や中国、台湾など東アジアへの短距離路線、深夜・早朝は欧米や東南アジアなどへの中・長距離便が就航。そのひとつの目玉がアジアを代表するLCC、エア・アジアXの就航だった。成田空港も09年10月のB滑走路の延伸で航空機の発着回数を増やし、中東系エアラインなどの初就航が相次いだ。羽田と成田の「首都圏デュアル・ハブ」時代の到来と、近年首都圏の空はにぎやかな話題に彩られている。 

その一方で、地方空港のほとんどが赤字という明暗が気にかかる。航空ジャーナリストの杉浦一機氏は『100空港時代を生き残れ』(中央書院)の中で、地方空港総崩れの理由として戦略なき野放図な空港づくりがあったことを、このように説明している。

「(地方空港急増の理由は)グランドデザインのないままに、地域ごとに空港整備を行なったためだ。鉄道や道路への投資では経済の刺激にならなくなった地方公共団体が、空港整備に目をつけ、1980年代から地元出身の国会議員を総動員して陳情に走り、国と運輸省(当時)に圧力をかけた。明確なビジョンを持たない運輸省は調整に苦慮し、86~90年度の第5次空港整備5カ年計画では『1県1空港主義』を掲げた」

その後も懲りずに踏襲された「場当たり的」「画一的に進められた空港整備」が事態を悪化させ、今日に至っているというわけだ。

あまりにお寒い航空行政の罪状を本稿ではこれ以上触れるつもりはない。気が滅入るだけだからだ。そんなことより、地方空港がサバイバルのために取り組み始めた施策とその行方を見ていきたいと思う。これらは近年各地で盛んになってきたインバウンド振興の動きとも連動している。はたして禍転じて福とできるのか。

日韓のオープンスカイ協定

その前に、日本の地方空港を取り巻く新しい動きを確認しておきたい。2010年12月、日本と韓国はオープンスカイ協定を結んだ。「国際線は二国間協定で便数を平等に飛ばす」という原則を韓国との間のみ撤廃し、空港が受け入れられる限り、自由に飛ばせるというルールを両国が採用したことを意味する。これは日本の地方空港にとっては願ってもない話といえる。今後はチャーター便をはじめ両国の民間機が自由に往来することができるからだ。

かつて地方空港は、首都圏や関西圏からの大量の入込み需要を前提に増設されたが、90年代以降、その期待は大きく裏切られることになった。しかし、それは発想の転換を進めるための好機と見なすべきだろう。なぜなら、日本の地方都市は首都圏頼みから脱却して、東アジアの近隣諸国の大都市圏=ソウル、プサン、北京、上海、台北、香港まで含めた人の流れを視野に入れた施策を考えなければならない時代になったことを意味するからだ。こうした状況を「東アジアのグローバル観光人口」の増大というが、近隣諸国の経済成長によってそれもすでに現実のものとなっている。つまり、今日の地方空港は海外の大都市圏から人を呼び込める状況を作り出すことが、生き残りの道といえるのだ。だが、それはどうすれば可能なのか。

「実際のところ、経営の厳しい日系エアラインには地方から国際線を飛ばす余力はない。国内線も増便や新規乗り入れもあてにできないいま、地方空港にとって海外からの国際線乗り入れの期待は大きい。そこで注目されているのがLCCなのだろう」と前述の谷川氏はいう。

はたして地方空港にとってLCCは救世主となるのか? 以下中国を代表するLCC、春秋航空の乗り入れに成功した茨城空港の事情を見ていくことにしたい。

上海便が堅調な茨城空港

JR常磐線石岡駅を午前10時35分に発車した関鉄グリーンバス「茨城空港」行きの車内には、12名の乗客がいた。留学生風の若い女性と男性、ビジネスマン風数名、日中カップルらしい中年の親子連れ3人組など。樹脂製ハードタイプではなく、中国で一般的な布製の大きな黒いスーツケースが並んでいることから、途中下車した地元のおばあさん2名を除くと、ほぼ全員が中国人だとわかる。彼らは13時55分発の春秋航空上海便の乗客だと思われる。

当初はJR東京駅から直行バスで向かうつもりが、1週間前でも予約が満席だったため、JRと路線バスを乗り継ぐことになった。茨城東部の田園風景をバスはのんびり走る。35分後、空港到着。ターミナルビルの前には1300台収容可能な無料駐車場が広がる。ロビーに入ると、アシアナ航空ソウル便と上海便に分かれて搭乗手続きをするツアー客であふれていた。

エスカレーターで2階の送迎デッキに上がると、轟音が周囲を貫いた。茨城空港は航空自衛隊の百里飛行場との共用空港だからである。空港パンフレットには「このため、通常の空港に比べ整備にかかる事業費が低く抑えられています」とある(建設費用は約220億円、そのうち茨城県の負担は3分の1)。長さ2700mの2本の滑走路が並行しており、空軍機と民間機に分かれて利用する。数分おきに飛び立つ空軍機は迫力満点で、近郊の家族連れや老人などの見学する姿が見られた。面白いのは、送迎デッキの正面を仕切るガラスが、目の前の民間機の発着の様子は見えるのに、向かって左側の自衛隊基地方面を向くと磨りガラスになって見えないしくみになっていることだ。

現在、茨城空港には2つの国際線と神戸、中部、新千歳への3つの国内線が就航している。空港ビル管理事務所によると、国際線の搭乗率は毎日運航のソウル便が70%以上、週3便の上海便が80%以上と堅調だという。見学者も含めた空港来場者は1月末時点で81万人を超えた。

茨城県空港対策室の根崎良文課長補佐によると、「開港にあたって成田や羽田のある首都圏で自らをどう差別化し、位置づけるかが課題だった」という。

多くの議論を経て採用されたのが、セコンダリー空港(第二空港)というコンセプトだった。それはヨーロッパのLCC大手ライアンエアーが発着コストを抑えるために、ヒースロー空港ではなく、ロンドンの第二空港であるガトウィック空港や第三空港のスタンステッド空港を利用していることから、茨城空港を首都圏のセコンダリー空港と位置づけ、新規航空会社に乗り入れを募るということだ。構想から開港にこぎつけるまでに20年を費やしたこともそうだが、近年の国内航空需要の低迷や大手航空会社の経営悪化による不採算路線の廃止、新幹線網の拡大など、空港を取り巻く環境が著しく変わったことを根崎氏は痛感していた。こうしたなかで、世界の航空市場におけるLCCの台頭をどう理解すべきか検討した。一般にLCCに共通する特徴は以下の5つの点とされる。

①保有機材を1機種に絞り、整備コスト等を削減
②機内サービスを有料化
③短・中距離を中心にした多頻度運航で効率アップ
④着陸用の安いセコンダリー空港(第二空港)を利用
⑤航空券は自社サイトによるネット直販に特化

茨城県は開港にあたって国際線、とりわけ春秋航空の乗り入れのために、「東京に近い」「空港使用料が安い」というセコンダリー空港としてのメリットをアピール。それが功を奏したのだった。 

春秋航空は在日中国人の生活路線

一方、春秋航空側は茨城県の思いをどう受けとめたのか。同社茨城支社の小坂八哉セールスマネージャーに話を聞いた。実は同社にはもうひとつ聞きたいことがあった。堅調と聞く上海便だが、昨年の尖閣諸島沖漁船衝突事件(以下、尖閣事件)の影響はなかったのだろうか。

――本当に尖閣事件の影響はなかったのですか?

「10月に少しブレーキがかかったが、12月には完全回復し、就航以来平均90%の搭乗率を続けています。いまは週3便ですし、180名乗りのエアバスA320型機ですから、毎回40名程度のツアーが3団体もあれば、個人客を合わせると埋まるため、たいしたハードルではないのです」

――では順調な滑り出しといえるのですね。

「実をいうと、週3便ではうちとしてはメリットがないというのが本音です。ご存知のように、LCCは大手エアラインとは収益構造が違う。限られた飛行機を休ませないで、とにかくたくさん人を乗せる。その効率的な運営にかかっているのです。それに現在の月・水・土の並びではツアーがつくりにくい。やはりデイリー(毎日)運航じゃないと」

春秋側が望むデイリー運航に縛りがかかるのは、茨城空港が国営の共用空港だからである。「防衛上の理由」というのが基地側の回答だという。国内には他にも、新千歳空港や小松空港などが共用空港だが、いずれも中国機やロシア機に対する乗り入れ制限がある。

――だとすれば、週3便なのに搭乗率が高いというのはすごいですね。客層は?

「上海便の利用客の9割が中国人です。この中には日本に帰化した人や永住権を持つ在日中国人も含まれます。茨城県側が期待した県民のアウトバウンドはツアーがなかなか集まらないようです。最近では日本人のビジネス利用も少しずつ増えています」

――在日中国人の利用も多いんですね。

「それがどういう意味かわかりますか。つまり、上海便は彼らの生活路線ということなんです。尖閣事件の影響がほとんどなかったのも、そのためでしょう」

春秋航空上海便の利用者は県民ではなく、日本在住の中国人たちの故郷をつなぐ生活路線として機能していた。この指摘は実に興味深い。アジアを代表するLCCのエア・アジアXもまた、マレーシアやシンガポール在住のフィリピン人労働者などを中心に、バス感覚で気軽に乗れる移民労働者向けの格安運賃を売りにして成長してきたからだ。運賃の高さからこれまで航空機を利用しなかった層の新たな需要を掘り起こし、出張の経費管理に敏感なビジネスパーソン需要も取り込むというのがLCCのビジネスモデルである。はからずも県の思惑や構想を超えて、春秋航空上海便はLCCのあるべき姿を体現していたともいえるのだ。

いまや80万人を超える在日中国人の集住統計を見ると、首都圏4都県で43%を占める一極集中型である。それに加えて新潟や東北地方在住の中国人も利用しているそうだ。上海便の成功のひみつは在日中国人の集住地区に近いことが大きいようだ。

小坂氏は「片道運賃が安いところが、在日中国人にとって使い勝手がいいようです。彼らは日本人と違って故郷に帰るわけですから、滞在が長くなる場合も多い。短期の往復航空券ならどこのエアラインでも安いですが、1年オープンになると高い。親族を呼び寄せるなど、大人数での利用もあるので、片道で安いほうがいいんです」という。これもLCCならではの利点である。

LCCの誘致は待っていてはダメ

春秋航空は2004年5月に発足した中国初の民間航空会社で、母体は上海春秋国際旅行社だ。日本でいえば、HISがスカイマークエアラインズを立ち上げたのと同じだが、国内旅行を中心に数多くのチャーター便就航で実績を上げてきた。実は、茨城線も事実上定期化しているが、正式にはチャーター便扱いだ。中国の国営企業とは違い、同社は風通しのいい社風で知られ、幹部会議は上海語で行われるという。自社の幅広い販売網を使って集客できることが強みといえる。

――なぜ春秋航空は初めての国際線の就航先として茨城空港を選んだのですか?

「もちろん、春秋には多くの県からアプローチがありました。こちらも受け入れ側の本気度というか腹づもりを見ています。なかでも茨城はその覚悟が抜群でしたね。知事を筆頭に熱心に誘致を働きかけた結果だと思います。やはりLCCの誘致は待っていてはダメなんです。その気を見せなきゃ」

――なるほど。でも、本当は羽田や成田に乗り入れたかったのではないでしょうか。

「発着料の安さは魅力です。成田に比べ国際定期便で3~5割安、チャーター便は半額ですから。都心へのアクセスも東京駅まで車で約85分が目安。実は成田とそれほど大きく変わらない」

――外から見て日本の外国航空会社の誘致の取り組みについてお感じになることは。

「ただ来てください、というだけでは本当にダメなんです。よく全国の自治体が海外に観光団を送り込み、旅行会社に挨拶まわりなどをしているようですが、航空会社にとっては搭乗率の維持が基本ですから、そうしたプロモーションを垂れ流すより、誘致はここだと決めたLCCへの助成なり、確実な手を打つことのほうが効果的ではないでしょうか。これは春秋の母体が旅行会社だからかもしれませんが、我々は乗り入れ前にダマテンもやっていますよ。本社の幹部がおしのびで現地の観光地やホテルの事情を探りにいくんです。招待旅行では本当の姿が見えないですから。乗り入れる側もビジネスですから真剣なんです」

昨年末、韓国のイースター航空と中国の吉祥航空という中韓のLCC2社が11年3月末に新千歳空港に乗り入れるという一部報道があった。北海道庁空港港湾局に確認したところ、どうやら延期になったようだ。もしこの春乗り入れるとしたら、春秋航空のように、早い時期から激安運賃などのキャンペーンを打つのがLCCの常道であることを考えると、2月現在何の動きもないからだという。新千歳空港は国管理空港であり、新規乗り入れの許認可は国土交通省が行うため、道としても強い働きかけはしていなかったようだ。

航空会社の誘致もそうだが、日本の自治体のインバウンドのプロモーション全般にいえるのは、ただ自分の地域を真っ正直にアピールし、受け入れ態勢の整備を強調するだけで、送客する側のニーズを深く探ろうとする姿勢が足りないことだと思う。日本人はパンフレットや地図を作るのは得意なので、山のように外国語の資料を用意したものの、実際の外国人客のニーズには合っていないため利用されていないとの指摘は多い。こちらが提供できることが相手のニーズにうまく合致するとは限らない。そもそも合致する相手を見つけるのはたやすいことではないのだ。

そもそも春秋航空上海便を支える主な乗客が在日中国人というのでは、地元が期待する中国客の買い物や宿泊需要による経済効果は望み薄となる。実際上海便の中国客の多くが東京方面に向かうという。それは茨城県が掲げたセコンダリー空港としての位置づけからすれば当然なわけで、そこには矛盾があることは県の幹部も承知している。そのうえで、県は茨城に一泊してもらえるようなツアーの造成を中国側、韓国側に働きかけている。

LCCのビジネスモデルからすれば、地方空港よりも豊富な需要が見込める羽田か成田への乗り入れを望むのは当然。それだけに、地方空港へのLCC乗り入れはハードルが高いのが現実だ。春秋航空はこうしたなか、次なる就航地を高松に決めたようだが、在日中国人の集住地区ではない四国という地でどのように集客を図るのだろうか。注目したい。

韓国ドラマのロケ誘致―鳥取県の場合

航空便の乗り入れの少ない地方空港にとって、新規乗り入れ以前に、現状の航空路線の存続が課題である場合が多い。搭乗率の低下を助成金で補い続けたとしても、相手があることだ。先方から運航休止を言い渡されてしまえば、元も子もない。

2007年8月、アシアナ航空からソウル・米子便の運休を打診されたのが鳥取県である。背景には隣県の島根県と韓国とでもめた竹島問題の影響もあったようだ。平井伸治鳥取県知事の働きかけでなんとか運休は食い止めたものの、鳥取県はこれを機にインバウンド振興に舵を切る。

まずは韓国での鳥取の知名度を上げたい。韓国のテレビ局や新聞雑誌、マスコミ記者を県に招待して取材記事を書いてもらうアテンドから始めた。いまはどこの自治体でもやっていることだ。

2009年11月頃、韓国ドラマ『アイリス』を見た韓国の若い世代がロケ地となった秋田県に押し寄せるという「アイリス効果」が話題となった。韓国ドラマの日本ロケは2005年頃から日本各地で行われるようになっていた。2006年の『雪の花』は宮崎、『天国の樹』は東京と長野、08年の『甘い人生』は小樽、『スターの恋人』は神戸、大阪などだ。08年末に上映された中国映画『非誠勿擾(邦題:狙った恋の落とし方)』のヒットで中国での北海道の認知度が急上昇、観光客が急増するというロケ地効果も起きていた。

同じ時期、出張先ソウルのホテルで『アイリス』を見た鳥取県文化観光局国際観光推進課の鈴木俊一主幹は「こりゃヒットするな」と思ったという。スパイもので迫力満点のドラマだったからだ。

秋田県の「アイリス効果」は、ロケ誘致のために自治体が海外の制作会社に支援金を出す最初のケースだった。それまでの韓国ドラマや中国映画は、いわば向こうが勝手にロケ地を選んで、自分たちで制作し、日本各地の魅力を広めてくれていたわけだ。だが、秋田県は大韓航空ソウル便の搭乗率の低さに悩んでおり、鳥取県同様運休を打診されていた。どうせ運航継続のために外国航空会社に助成金を出し続けるくらいなら、思い切って賭けに出てみたい。それが両県に共通する思いであり、秋田の
成功を見て、鳥取はそれにならったということだろう。

とはいえ、ロケ誘致を実現するためには、現地の信用できる制作会社とのコネがなければならない。数年前ある県で韓国制作会社のロケ費用未払い事件が起きている。ドラマは日本人俳優も出演していたが、放映されていない。また10年夏、岩手県は韓国ドラマ『シークレット・ガーデン』のロケ誘致を制作会社側の要求する支援金の高騰で断念している。 

鳥取県は10年1月、韓国のテレビ制作会社が『アイリス』の姉妹編にあたるアクションドラマ『アテナ』のロケ地を日本で探しているとの情報を得た。それはすぐに平井知事に伝えられ、韓国側に誘致を働きかけた。4月には制作会社の下見が行われ、5月にはロケ地が決定。撮影は9月に行われた。実にスピーディな誘致劇だった。

NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の舞台としてなど、数多くの国内ドラマのロケで知られる鳥取県だが、海外ドラマのロケ誘致は初めてだった。撮影は鳥取砂丘や浦富海岸、大山花回廊、植田写真博物館、境港水木ロードほか県内30カ所で行われた。160名の制作スタッフが約1ヵ月近く滞在。事前に県から地元に協力を呼びかけると、「アクションシーンを撮るんだったら、ここがいい」と地元からも提案があり、韓国制作会社に伝えると、それを参考に撮影場所が決められた。1000人以上の地元ボランティアの協力や地元温泉旅館の宿泊協力もあったという。

『アテナ』の放映は10年12月から始まり、鳥取ロケの出てくるシーンは11年1月上旬に放映された。すでに県ではハングル版のロケ地MAPを制作しており、韓国旅行大手のハナツアーからロケ地めぐりツアーが催行されている。1月下旬頃から、県下に韓国人ツアーが現れ始めている。

ロケ効果の持続性が課題

前述の鈴木主幹によると、鳥取県が今後取り組むのは、韓国人ツアー客の受け入れ態勢の整備であり、日本海に面した山陰地方として環日本海南端の国際リゾートを目指すという。視野にはロシアも含めた対岸の市場がある。

だが、こうした取り組みがどこまで地方空港のサバイバルにつなげられるかはまだ未知数だ。好調だった大韓航空秋田便の韓国客も、10年夏以降は伸び悩みが見られ、「アイリス特需しぼむ」との報道もある(読売新聞2010年8月3日付)。ロケ効果の持続性には確かに疑問もある。

韓流エンターテインメント誌編集者の野田智代氏によると、「韓国人が行きたい場所ナンバー.ワンは北海道。彼らは雪景色に心打たれるようです。日本でロケした韓国ドラマは雪のシーンが多い。秋田で若い韓国人がかまくらで記念撮影を好んで撮ろうとしたのも、『アイリス』にかまくらのシーンがあるから。外国人の撮る日本の風景は我々とは観点が違うぶん、とても美しいと思う」

確かに、外国人が描く日本は、観光庁の作るポスターより、ずっとインパクトがある。また自治体が観光プロモーションと称して海外の旅行会社を詣でたり、旅行博覧会にブースを出展したりすることに比べても、ドラマや映画の影響力の大きさは計り知れない。海外の視聴者は一瞬で映像を記憶してくれるからだ。

だからこそ、どうやってロケ効果を持続させるか。そのノウハウを見つけるのが、これからの課題だろう。

伝え聞くところによると、鳥取県でロケを行った『アテナ』は『アイリス』ほどヒットはしなかったようだ。 はたして韓国人は鳥取県にやって来るだろうか? 惜しむらくはロケは雪のシーンが撮れる冬場に行うべきではなかったろうか?

海外ドラマや映画のロケ誘致は費用対効果の点でもともとギャンブルに近いところがある。そこをどう考えるかが悩ましいところだ。でも、だからといって、何もしないで手をこまぬいてもいられない。

「データでわかる日本の未来 観光資源大国ニッポン」(洋泉社)2011年3月刊行 より
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by sanyo-kansatu | 2011-11-06 21:48 | のんしゃらん中国論 | Comments(0)