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2012年 05月 07日

8回 震災から1年。いまだからこそ、インバウンドのビジネスモデルをおさらいしよう

東日本大震災から1年がたち、訪日中国旅行市場もようやく回復の兆しを見せ始めているようです。3月中旬のある夕刻、ぼくが定点観察している新宿5丁目明治通り沿いにある中国インバウンドバス路駐スポットで久しぶりに大型バスを発見しました。ローソンの前にバスを停め、ツアー客が食事から戻ってくるのを出迎えていた運転手さんに声をかけてみました。
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新宿5丁目明治通り沿いにある中国インバウンドバス路駐スポットにて

「どこから来たお客さんですか?」
「天津から」
「桜の時期はどうですか?」
「今年は戻って来そうだよ」

また数日前、北京の旅行会社の知り合いに電話で話を聞いたところ、春節後、MICE(企業視察や交流を兼ねたビジネス訪日旅行)の大口案件が次々と決まり、忙しい毎日だと話してくれました。おととし秋の尖閣諸島沖漁船衝突事件以降、「いい話はひとつもなかった」と渋い顔を見せていた北京の旅行業者も、久しぶりに明るい声を聞かせてくれたのです。

とはいえ、この春中国客が日本全国津々浦々に姿を見せることになるかというと、そういうものではありません。残念ながら、彼らが訪れる場所とそうでない場所については、残酷なほど明暗を分けることになるでしょう。中国客の来訪を待ち望むすべての観光地やホテル、小売店、飲食店、アミューズメント施設が公平に潤うことはまずあり得ないのです。

なぜなのか。日本人の眼から見ると、その違いがどこにあるのかわかりにくいかもしれません。でも、彼らが訪れる場所には必ず選ばれる理由があります。今回は、それを理解するための前提として、あらためてインバウンドのビジネスモデルをおさらいしたいと思います。

ランドオペレーターなくしてインバウンドビジネスは成り立たない

今回ぼくがビジネスモデルの話に立ち返る必要を感じたのは、3月7日に行なわれたやまとごころ主催の第25回インバウンド勉強会「観光の力が問われている復興の道のりと可能性」に出席したことにあります。そこでは震災後1年という時節柄をふまえ、被災地観光の可能性がテーマとなっていましたが、パネルディスカッションに登壇されたNPO法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の石井一夫さん(株式会社ジェイテック取締役営業部長)と河村弘之さん(株式会社トライアングル代表取締役)のおふたりの発言に触発されたからでした。

司会者から東北の被災地観光の可能性についてインバウンドの視点でのコメントを求められたとき、石井さんはこう発言されています。

「国によって温度差があります。台湾はひと通り東京から大阪のゴールデンルートは終わり、その後に北海道のブームが来て、九州、最後に東北という流れがあります。それに比べて中国はゴールデンルートが7割と、東北へ目を向けている人がまだ少ない状態です。また、放射能の心配から、東北に行く際に福島を通って大丈夫かという声があります。被災地でもコースを造成することは出来るかもしれませんが、売れる国とそうでない国に分かれると思います。日本全体に外国からのお客様が来ていただいてないという現状を考えると、まずは日本全体が良くなってから東北という順番があるのかなと思います」(やまとごころHPより抜粋)。

ここで石井さんが述べておられるのは、対象国・地域によって訪日旅行マーケットの成熟度がまったく異なっているという認識です。被災地としての東北地方への誘客は、台湾のような成熟したマーケットの旅行者であれば可能性はあるものの、中国のような後発マーケットでは難しいだろうということをリアリズムで語っておられます。

一方、河村さんからは昨年9月、香港から約100名の宗教関係者の四国お遍路めぐりを手配されたという興味深い報告がありました。「東北大震災の被災者を供養するための7泊8日の巡礼ツアー」だそうです。こうしたユニークなツアーが催行できたのも、香港が台湾同様、成熟したマーケットであることの証でしょう。そして、何より河村さんが海外客を相手に日本の旅行手配を長く手がけてこられた豊富な経験をお持ちだからです。

おふたりはインバウンド専業のランドオペレーターです。いまさらですが、ランドオペレーター(ツアーオペレーター)というのは、海外旅行(アウトバウンド)で観光案内やホテル、レストラン、現地の交通手段などの手配を専門に行う現地会社のことです。それがインバウンドでは、外国人の訪日旅行のための日本側の手配会社になります。もしこうした手配会社がなければ、今日の消費者が望むような旅行商品を誰もが等しく享受することはできません。いくつかの選別された旅行素材をまとめて仕入れることで安価な商品を造成するのが、旅行業の最も基本的なビジネスモデルです。
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世界は広く、マーケットも多様ですから、それぞれのランドオペレーターは国・地域別に専門が分かれている場合が一般的です。石井さんは中国本土市場、河村さんは東南アジア市場が専門です。当然、おふたりは専門とされるマーケットの事情に精通しておられますし、現地の旅行会社と強いパイプを持っています。情報とパイプがインバウンドビジネスにとっての肝であることは言うまでもありません。

インバウンドのビジネスモデルにおいて、ランドオペレーターは要の役割を果たしています。ランドオペレーターなくして本来、健全なインバウンドビジネスは成り立たないのです。ところが、これまで書いてきたように、とりわけ中国からの訪日旅行市場において、要となるはずのランド業務の大半が日系業者ではなく、日本手配経験の乏しい新興の在日中国系業者の手に渡ってしまったことで、中国人の日本ツアーがメイド・イン・チャイナ化してしまったのです。

日本のランドオペレーターともっと手を組もう

今回のやまとごころ勉強会で、ふたりのランドオペレーターの話を聞きながら、どれだけのインバウンド関係者がこうした実情を理解しているのだろうか、と疑問に思いました。

インバウンドに関連する業界は、宿泊施設や運輸交通といった観光産業だけではありません。小売や流通、金融、情報通信といったサービス産業に加え、製造業や不動産業、国・地方自治体まで広範囲にわたっています。もともと観光産業とは無縁だった異業種の方々からすれば、インバウンドのビジネスモデルにおけるランドオペレーターの役割をあまりご存知なかったとしても無理はないかもしれません。しかし、日本国内と誘致相手国・地域事情に精通した日系ランドオペレーターがキープレイヤーとして活躍できないようでは、日本のインバウンドビジネスはうまく機能するはずがないのです。

さまざまな異業種が参入し、海外のあらゆる地域の情報が入り乱れていることで、日本のアジアインバウンド市場は情報だけが先走りし、内実が追いついていないように見えます。各プレイヤーの方々も自分の果たすべき役割や本来取り組むべき課題が見えていないのではないかと感じます。
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2011年秋のトラベルマートの会場にて。世界各国の旅行会社と日本のサプライヤーによる商談が行なわれた

これまで多くのインバウンド関係者が個別に海外の旅行博覧会にブースを出展したり、自治体の首長と一緒に現地の旅行会社を表敬訪問したりしてきましたが、いったいどれほどの誘客効果があったでしょうか。海の向こうに出かける前に、まずは現地のマーケットと直接つながって日々外客を迎え入れているランドオペレーターに相談すべきだったのではないでしょうか。

実はランドオペレーターの側もそれを望んでいます。前述のおふたりもパネルディスカッションの中で、会場に集まった関係者に向けて「もっと皆さんの話を聞かせてほしい」と問いかけていました。

石井さんはこう語っています。
「外国人の目線で日本に求めているものは何かを理解し、旅行の食べる・寝る・遊ぶという要素を満足できるものにする必要があります。東北では和、温泉、祭りといった特色や良さをどうやって旅行商品に組み込んでいくのかが課題です。海外の現地旅行社が知りたいのは料金と特色とルートなので、皆さまには我々のような企画提案できる人間に情報を提供していただいて、協力しながらやっていければと思います」(やまとごころHPより抜粋)

ランドオペレーターは国内各地の旅行素材を海外マーケットの嗜好に即して商品となりうるかどうか日々吟味検討しています。アジアインバウンドの歴史は約30年といわれるように、彼らの海外マーケットに対する理解は深いものがあります。いまからでも遅くはありません。インバウンド関係者の皆さんは、日本のランドオペレーターともっと手を組むべきだと思います。

呼び込みたいのは誰ですか?

それをふまえたうえで、あらためて考え直さなければならないことがあります。自分たちが呼び込みたいのはどの国・地域の市場なのか。あるいは呼び込むのにふさわしい市場はどこかをはっきりさせることです。観光産業以外の業種から新規参入してきたインバウンド関係者の大半が絞り込みでつまずいているようにぼくは思います。
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世界にはたくさんの国があるが、市場の絞り込みが必要だ

しかし、一部の観光地やホテル、小売店、飲食店、アミューズメント施設の中にはすでに集客に成功している事例が見られるのも確かです。彼らに共通しているのは、自分の呼び込みたい市場が明確になっていることです。

たとえば、日光江戸村や新横浜ラーメン博物館のようにタイ人観光客の集客で知られるアミューズメント施設は、タイ市場に特化したさまざまな取り組みを続けていることで知られています。なぜタイ市場だったのかという検討も、さまざまな海外マーケットとの比較検討から導き出されています。こうした市場の絞り込み作業が実はいちばん重要なのです。当然、河村さんのような東南アジア専門のランドオペレーターとの協力連携も不可欠だったでしょう。

旅行とはいってみれば、線を描いて時間軸に沿って移動していく営みですから、石井さんのいうように「料金と特色とルート」をめぐって導線を結ぶ素材選びが必要であり、それを仕切り、アレンジしているのがランドオペレーターです。ですから、旅行素材の提供者(サプライヤー)が、もし自分の対象とするにふさわしい海外マーケットがどこなのかよくわからないのだとしたら、それぞれの国・地域を専門とする日本国内のランドオペレーターに個別に相談し、検討してもらうといいいでしょう。自前で海外に出向き、やみくもに現地の旅行会社を訪問するというコストのかかるわりには成果の見えにくいやり方に比べると、そのほうがずっと現実的で確実だと思います。

こうしたマッチングのための受け皿として期待しているのが、石井さんや河村さんらランドオペレーターを中心に結成されたNPO法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)です。彼らはアジア市場のインバウンドビジネスの豊富な経験と知見が集約された日本でもほとんど唯一の実践的な組織といえるでしょう。現在では、多くのサプライヤーも会員となっており、日本のインバウンドビジネスにおけるさまざまな課題のソリューションのために活動されています。

最後に提案があります。これからインバウンド市場に参入しようと考えておられる皆さんや自治体の方たちのために、AISOはインバウンド相談部門を設け、それをやまとごころが窓口となって国・地域別のマーケットごとに振り分け、マッチングさせるというしくみをつくってはいかがでしょうか。

ここでいうマーケットとは、日本政府観光局がインバウンドの重点市場と考えるアジア市場を中心に台湾、香港、タイ・マレーシア・シンガポール、その他の東南アジア、韓国、中国本土、極東ロシアなどを指します。中国本土に関しては、北京、上海、広東、東北三省、その他内陸地方(重慶)など、いくつかの地域別に分けるべきでしょう。中国は地域によってマーケットの成熟度が大きく異なるため、マーケット的にひとつの国だと考えると、うまくいかないと思います。インバウンドに参入するなら、まずはこれらのうちどこの市場が自分にふさわしいかを検討することから始めてほしいのです。

ぼくがこの連載で中国市場を中心に据えて書いているのは、人口規模は大きく、見かけの経済成長率は高いものの、最も後発で成熟度が遅れ、地域格差が大きく、しかも国家資本主義を採用し、政治が執拗にビジネスに介入してくるというきわめて難易度の高い特殊なマーケットであるからです。ですから、ビギナーである新規参入業者がいきなり難しいところから始めるというのは無謀といえるかもしれません。これまで少々辛口で中国インバウンドの実情を明らかにしてきたのは、そこに気づいていただきたいからです。もし検討の結果、自分にふさわしい市場でないとの結論が出れば、中国を選ぶ必要はないのです。(2012年3月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/column_74.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 22:33 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

5回 中国人の日本ツアーはメイド・イン・チャイナである【後編】

前回ぼくは中国人の日本ツアーをさんざん酷評しました。

対中国ビジネスにおいて、表向き語られていることと実態面が大きく違っていることはよくありますが、海の向こうの出来事ですから、多くの人の目に触れることはありません。しかし、中国インバウンドのビジネスの舞台は日中双方にあります。我々の目の前で起きている国内の実態を見て見ぬふりをしていては、市場の健全な発展は望めないと思います。

ぼくは中国が新興国と呼ばれる以前の1980年代の姿を知っている世代であり、彼らが改革開放以降の30年間にわたる経済成長によって、海外旅行に出かけられるまで豊かになったことを歓迎すべきだと考えています。それは誰が考えてもビジネスの好機です。

でも、どうやら我々は彼らの経済成長の中身を少し買いかぶりすぎたのかもしれません。中国の成長ぶりは見かけが派手なだけに、ジリ貧気味のわが身と比べてしまい、期待値をむやみに高めてしまったところがあったのではないでしょうか。

激安化はいつから始まったのか

そもそも中国人の日本ツアーの激安化はいつ頃から始まったのでしょうか。日経産業新聞2003年1月22日に以下の記事があります。

「訪日観光旅行(インバウンドツアー)の手配料金が下落している」「顕著なのは、2000年9月に日本向け団体観光旅行が解禁となった中国だ。(中略)ゴールデンコースの場合、国内4泊5日の手配料金は2年前の15~23万円から、現在は7万5000円前後と半額以下に下がった」「日本人の国内旅行が伸び悩むなか、旅行各社は潜在需要の大きいインバウンドへの関心を強めている。ただ『現状では採算性の低いツアーが多い』(近畿日本ツーリスト)こともあり、取扱量拡大や販促活動強化について消極的姿勢が目立っている」。

そうなのです。解禁からわずか2年で半値以下という激安化が起きていたのです。

数年前、ぼくは日本の旅行大手のインバウンド担当者にこう言われたことがあります。「中国団体客ひとりワンコイン(=500円)の利益でビジネスできると思いますか?」

返す言葉がありませんでした。これでは日本の旅行各社が中国インバウンドに消極的になるのも無理はありません。中国人の日本ツアーの価格があまりに安すぎて、日本企業のコスト構造に合わないというのです。

これは海外に進出する日本の輸出企業が抱える問題と同じです。新興国市場の消費者を対象にする以上、これは仕方がないことなのか。

日本政府が「観光立国」を掲げ、ビジット・ジャパン・キャンペーンを開始した2003年、すでに中国人の日本ツアーの採算を無視した激安化が起きていたことは、ひとまず確認しておきましょう。

アンタッチャブル化で暗躍したスルーガイドたち

その結果、何が起きたのか。本来自国の消費市場を担うべき日本の旅行関係者の中国本土客のアンタャッチャブル化であり、それに代わる在日アジア系インバウンド業者による中国人ツアー受け入れの独占でした。
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中国人ツアーが利用する免税店はたいてい繁華街のはずれにある

今日中国からの日本ツアーの手配を手がけるのは、在日アジア系外国人が経営する中小のランドオペレーターが大半というのが実情です。そこでは日本と異なるビジネス慣行がまかり通ることになります。端的にいえば、提携関係を結んだ家電量販店や免税店へのツアー客の連れ回しや、ガイドによるオプションや車内販売の利益から手配コストを補填するギャンブル的経営です。

どこの世界にも営業報酬をキックバックするという商慣行はあるものです。ランド業者が小売店から売上に応じて営業報酬を受け取るのは当然のことでしょう。小売店側も販促経費として計上するはずです。しかし、その利益を最初からコスト構造に原資として組み入れてしまっては危うすぎる。

中華圏では、こうした商慣行が日常的に行なわれています。問題なのは、そのやり方が持続可能といえるのか、ということです。

実際、震災後いくつかの中国系ランドオペレーターが廃業したようです。この半年仕事がないので中国の実家に戻っていたという中国人ガイドにも最近会いました。彼らの多くは専業ではないため(たいてい貿易業を兼業。商売になることはなんでもやる、というのが彼らです)、なんとかしのいでいるように見えますが、ここまで激安化した市場でこの先いつまで持ちこたえることができるのか。彼らの一部が淘汰されることは歓迎すべきだとの声も業界内にありますが、荒れ放題と化した市場だけが残されるというハタ迷惑この上ない現実もあるのです。

残念ながら、彼らのやり方がそのまま訪日旅行市場に持ち込まれたことが、ツアー料金の際限なき激安化に拍車をかけたことは間違いないでしょう。その流れを食い止めようにも、インバウンド市場の主なプレイヤーは中華圏の人たちしかいなかったのです。

こうした危ういビジネスを支えたのが、スルーガイドと呼ばれる人たちでした。彼らの多くは、台湾や香港で元日本客相手のガイドをしていた人たちです。

90日間のノービザ渡航を利用して自腹で来日、訪日中国人ツアーのガイドをハシゴしながら、オプションと車内販売で荒稼ぎしてきました。それが過去形なのは、震災後、団体ツアーが半減したことと、こうしたカラクリが東南アジアだけでなく日本でも常態化していることが中国全土で知れ渡ってしまったため、中国客も以前ほど"爆買い"しなくなったからです。

バスの運転手さんの話では、最盛時には1台のバスで1000万円近い売上を上げるガイドがいたそうです。彼らは車内販売の売上を源泉徴収することもなく帰国してしまいます。これでは中国客が来ても地元にお金が落ちないといわれるのは当然でしょう。

中国の旅行業界は人材育成より価格競争

もちろん、日本ツアーの激安化の張本人は送客元の中国の旅行会社であることは言うまでもありません。改革開放以降、彼らのビジネスの主力はインバウンド(訪中外国人旅行)市場でした。アウトバウンドが始まったのは1990年代末、せいぜい10年の経験しかありません。中国の海外旅行市場の多様化や成熟度はいまだに遅れており、価格競争ばかりが先行しているのが現状です。
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中国のツアー広告は料金以外で他社の商品との中身の差別化はまずできない

実際、中国の消費者向け旅行パンフレットやツアー広告は、見ていてかわいそうなものばかりです。目的地と料金とわずかな文言だけが並び、ツアーの詳細なスケジュールや宿泊ホテルなどの具体的な明記はありません。比較するのは中身ではなく価格のみ。

いまでこそ、悪評高い免税店の連れ回しに対する拒絶感から、ツアー行程表に記載された以外の店の立ち寄りを禁じるよう出発前に旅行会社と消費者が契約書を取り交わすようになっています。とはいえ、基本的に中国の大半の消費者は旅行商品の品質を比較検討するすべがありません。

なぜなら、中国の旅行会社の販売スタッフが海外の事情に通じていないため、正しい情報を伝えることなどできないからです。

日本の旅行会社で働く人たちであれば海外旅行経験は普通のことですが、中国ではそうではありません。外客受け入れのインバウンド人材から海外に通じたアウトバウンド人材への切り替えが遅れているのです。

その育成のためには本来コストがかかるものですが、中国の旅行業界はアウトバウンド解禁とともに価格競争に突入してしまったため、それもままならないようです。

日本のアウトバウンドの解禁は1964年。渡航の大衆化は1980年代以降です。解禁から10年後の1970年代初め、ヨーロッパ旅行の代金は70~80万円が一般的でした。1ドル=360円の時代です。その後、ドルショックとプラザ合意などを経てドラスティックな円の高騰が進み、日本人の海外ツアーの激安化が起こりますが、アウトバウンドを扱う人材を育成する時間はありました。

一方、中国では人民元高基調にあるとはいえ、対日本円では近年人民元安が続いていますから、ツアー価格の値崩れは自らの首を絞めるはずです。ところが、社会の変動が激しい中国では、いつ何が起こるかわからないと誰もが考えていますから(現状がこのまま続くとは考えていない)、常に目先の利益を優先してしまいます。

客を集めてツアー料金の中からいくばくかの利益を抜けば、あとは適正コストがどうかなどおかまいなしに日本に客を送り出して終わり。あとは日本側のランドオペレーターにお任せです。これでは人材の育成は進みようがありません。

ある北京の旅行会社の販売スタッフからこんなことを言われたことがあります。「いまの中国人にとって5000元(約62000円)のツアーは高くないです」。彼は数年前まで日本客のインバウンド(訪中旅行)担当でしたが、会社の経営方針の転換で中国客のアウトバウンド担当になりました。これまで日本人はお金持ちだと思っていたけど、いまでは中国人も負けていない。お金持ちがたくさんいる。彼はそうぼくに訴えているわけです。

その切ないまでの愛国的心情は理解できますが、彼は末端の販売スタッフで、日本語教育は受けていても、日本に行った経験はありません。5000元では日本側のコスト構造に合わないことを理解していないのです。

厳しい言い方になりますが、現状の中国の旅行業者の実力からすれば、それ相応のツアーしか催行できないのは仕方がないといえます。

メイド・イン・チャイナを甘受する中国客
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震災後、中国系免税店の経営も悪化している

未成熟という意味では、同じことは、中国の消費者であるツアー客にもいえます。ぼくは日本ツアーの激安化の最大の被害者は中国人客だといいましたが、実は彼らはそれを甘受している面もあるようです。

ある親しい中国人ガイドはこう明かしてくれました。
「中国のお客さんだって、ツアー料金がこれだけ安いのだから免税店の連れ込みも承知の上。仕方がないと思っているのよ。言葉もわからないし、自分ひとりでは何もできない海外旅行先で1週間も寝起きを共にしていると、ガイドさんに対しても情が出てくるから、車内販売でも協力してあげようかという気持ちになるんです」

オプションと車内販売に明け暮れる中国人ツアーバスが、狼に囲われた子羊たちのような殺伐とした世界であるかというと、必ずしもそうではない。彼らだって物事には道理があることを知っている。車内販売でガイドが高く売りつけていることに薄々気づいていても、自分が納得できる範囲と思えば受け入れる。それが中国の消費者でもあるのです。

ただし、あこぎなことが後で判明したら大変な騒ぎです。よくあるのが、中国製をメイド・イン・ジャパンとして騙して売ること。中国ではよくこの手の話題でネットが盛り上がります。もっとも、最近北海道の業者が中国客にニセ松坂牛を食べさせたとの報道がありました。これじゃ日本人も偉そうに言えませんし、情けない限りですが、中国側では「騙されたほうが悪い」という声も半数近かったとか。「騙し、騙される」という関係が日常的に繰り広げられているのが中国の消費社会であることは確か。彼らの物事の判断基準は我々とはずいぶん違うようです。

こうした事情を知悉(ちしつ)した中国系ガイドであれば、アメとムチを使い分けることで、中国客を納得させながらツアーを切り盛りできるのでしょう。結局のところ、中国人の日本ツアーがメイド・イン・チャイナだというのは、舞台は日本でありながら、すべてを取り仕切っているのが中華圏の人たちだったから、そうなってしまったといえます。

「奪われた10年」を取り戻すために

これまでの中国インバウンドを振り返ると、日本企業がコストに合わないと手をこまぬいているうちに、主導権を中華圏の人たちに「奪われた10年」だったといえます。

やむを得ないところはあったと思いますけれど、繰り返しますが、問題はツアーの激安化がもたらす日本のバリューの破損であり、「日本はお金をかけて行くような国ではない」というイメージが中国の消費者に定着してしまうことです。

そして、残念なことに、半ばそうなっています。ツアー料金を見れば明らか。東京・大阪5泊6日の料金はバリ島5泊6日の料金より安いのです。移動経費や適正なガイド代などを考えれば、日本のコストがはるかに高いにもかかわらず。日本はすでに激安ツアー圏として位置付けられているのです。

このままでいいのでしょうか。アンタッチャブル化した訪日中国旅行市場を日本の手に取り戻す必要があります。

そのためには、彼ら新興国市場の消費者の実像とビジネス慣行を理解することなくして、対策の立てようがない。

いかにすれば正当な収益を確保できるビジネスモデルを再構築できるか。これは今となっては難事業といえますが、頭を切り替えてビジネスを組み立て直していかなければならないと思います。

そのためには、もうひとつ考えなければならないことがあります。

これらの問題は彼らのせいだけだったのか。日本側に非がなかったといえるのか――。次回は我々の内なる問題について検討したいと思います。(2011年12月)
http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_68.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 20:45 | やまとごころ.jp コラム | Comments(1)
2012年 05月 07日

4回 中国人の日本ツアーはメイド・イン・チャイナである【前編】

2011年7月1日からスタートした中国人向けの個人観光マルチビザの発給は、従来に比べてかなり大胆な緩和策です。初回の訪問時に沖縄県を1泊以上滞在することを条件に、有効期間の3年間何度でも訪日でき、1回の滞在期間は最長90日間。しかも対象者の「2親等までの家族」の発給を認めているからです。日本側は中国の高所得者層の訪日を親族まで含めて促進する効果を期待していますが、中国側からすれば、長年の懸案だった日中両国のビザ協定をめぐる不平等の解消を不十分ながら一歩前進させたものと言えるでしょう。

その後、外務省から正式な発給数は公開されていませんが、関係者らは一様に順調に伸びているといいます。ただ今回の緩和措置に関して、なぜ最初の訪問地が沖縄なのか(なぜ北海道ではなかったか)という声があることや、外務省のプレスリリースのいうように「これにより沖縄県を訪問する中国人観光客が増加し、沖縄県のさらなる観光振興につながる」(2011年5月28日)のかどうかは、今後の推移を見ていく必要がありそうです。

もっとも、訪日旅行者数の増減や観光ビザの発給数が行政機関の事業成果や評価基準のようにみなされるのだとしたら大いに疑問です。大局的にみれば、すでに韓国、台湾、香港などでノービザ化が実現している以上、中国本土客への限定付き適用(国情の違いゆえまったく同じことは不可能だとしても)は時間の問題かと思われます。むしろこうした日本政府の措置が今日の中国のビジネス界や旅行者の動向に実態面でどう現れてくるかについてもっと注目すべきでしょう。

「日本はお金をかけて旅行に行くような国ではない」

というのも、10月下旬に北京を訪ねたぼくの耳に入ってきたのは、マルチビザ解禁後の中国人の沖縄ツアーの現状に対する懸念の声ばかりだったからです。日本の関係者だけでなく、中国側の旅行関係者らも同じ意見でした。それはこういうことです。

「沖縄ツアーの安いイメージがこれ以上先行されては困る」

ビザ緩和をビジネスチャンスとみた海南航空の北京・那覇線が7月28日、初就航しました。同社はいま中国の航空業界で最も勢いがあるとされるエアラインです。ところが、ツアー販売を独占したのは、海南航空傘下のcaissa社でした。ここは欧州方面のツアーを中心に、ツアー価格の12回分割払い料金を載せて目を引くというメディア広告で伸びてきた激安系。沖縄4泊5日ツアーの料金はわずか4000元(約5万円)。本来なら市場を一社が独占すれば価格は高止まりすると思いきや、中国ではそんな常識は通じないようです。わずか週数便のフライトですし、今後は中国国際航空などの新規就航で市場の開放が進むのでしょうが、問題は最初の時点で沖縄に激安ツアーの烙印が捺されてしまったことです。

受け入れ側の沖縄県の実情を確かめていないぼくからは、これ以上ふみ込んだことはいえませんが、「これではまた"同じ轍"をふんでいるのではないか」という失望が、少なくとも中国側の旅行関係者からひしひしと伝わってきます。
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中国の旅行会社向けに沖縄県が作った個人観光マルチビザ発給の広報資料。沖縄を世界有数のビーチリゾートとうたっているが、中国人にはピンとこないのが実情のようです。競合相手は海南島やプーケットですが、沖縄の優位性は「マルチビザ取得だけ」との声も。沖縄に魅力がないわけではないと思う。彼らに届かないだけ。ノービザ化で中国客誘致を図ったものの問題続出の韓国済州島の二の舞にならないためには、どんな手を打つべきか

コストを無視したギャンブル的な激安ツアーの横行

"同じ轍"とは何か?

それは、中国の旅行会社が催行するコストを無視したギャンブル的な激安ツアーの横行と、その常態化によって市場が荒れてしまうことです。

そもそも震災後、中国からの日本ツアーの価格が末期的状態に陥っているのは、インバウンド関係者の多くはご存知でしょう。5月から6月にかけて集中的に打ち出された市場回復のためのキャンペーン料金で、いったん東京・大阪5泊6日3000元(約4万円。もちろん、航空運賃、ホテル、バス、食事、ガイド代すべて込み)にまで転落してしまったことで、夏以降従来の価格にしても客は戻ってこない。国慶節で中国からのツアーが回復しなかった理由はいくつも考えられますが、相場観の下落が大きいことは確かでしょう。

何より恐ろしいのは、中国の高所得者層の間で「日本はもうお金をかけて旅行に行くような国ではない」とささやかれ始めていることです。日本のインバウンド関係者らが主力を向けて取り込みたいはずの中高所得者を中心とした中国個人ビザ客の認識が、もしこのように日本を低く見積もる傾向を強めているのだとすれば、今後大きな障害になることが予測されます。中国人の日本ツアーの激安化は、日本というバリューの地盤沈下を結果的に広めてしまい、そこにいちばん大きな問題があるのです。単に訪日旅行者数が増えたと喜んでいればよかった時代はもう終わったと認識すべきでしょう。

それにしても、なぜこんなことになってしまったのか。何ごとも背景と経緯があります。それを語る前に、あらためて実態を総括しておきたいと思います。

悪質な車内販売と契約免税店への連れ込み
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中国ツアーご用達のバイキング料理店は在日中国系オーナーが経営することも多い

ここ数年ぼくは、日中両国のインバウンド関係者へのヒアリングやツアーの同行取材、主要な観光地、ホテル、お土産屋、飲食店などへの取材を続けてきました。なかでも中国人ツアーの内実をいちばんよく知っていたのは、日本滞在中の大半を占める移動を客と一緒に過ごすバスの運転手さんでした。彼らは一部始終を目撃しているからです。

これまでのヒアリングや同行取材を通じて見えてきた中国人の日本ツアーの特徴を挙げると、以下のとおりです。

①食事はいつもバイキング
②バスの中ではもっぱら車内販売
③オプション買わなきゃ置き去り
④キックバックを原資としたコスト構造

それぞれ簡単に説明しましょう。まず①はツアー中の食事の話ですが、運転手さんに聞くと「ほぼ連日バイキング」だそうです。「たまに回転寿司やしゃぶしゃぶの店にも行くけど、予算がないから食べ放題メニュー。子供連れの家族ならいいけど、ツアー客は50代が多いんだから、もっとマシなものを食べさせてあげればいいのに」と感じるようです。

一般に中国の人たちは日本の会席スタイルより、中華料理と同じように自分が好きなものを好きなだけ食べられるバイキングを好んでいるとも聞きます。問題は「オプションといって、事前に注文をとってズワイガニや和牛などに法外な追加料金をとること。これがクセモノで、ひどいときは2000円くらいの刺身盛りを1万円とか平気で取っている」。なんだかひどい話ですね。しかも、中国人ツアーが食事に連れていかれるのは、中国系の店が多い。実はぼくも一度銀座で見かけたツアー客が某北海道料理店に入っていくので、後を追ったら(酔狂ですいません。これも取材です)、フロアと厨房にいたのは全員中国人スタッフでした。ツアー客の皆さんは食事の前に大きなズワイガニを両手に持って記念撮影。とても和やかでしたけど、これが中国人の日本ツアーの実情なんだなと思ったものです。

ここまでは苦笑いですむ話かもしれませんが、②の「バスの中ではもっぱら車内販売」以降はちょっとシリアスです。運転手さんは声を荒らげてこう言います。「バスが走り出すと、すぐに車内販売が始まる。観光案内はそこそこにしてガイドが客にあれこれ売りまくる。その売り物がとんでもない。日本じゃ見たことのないようなバッタモンを1万円とか2万円で売っている」。
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中国人の日本ツアーは大半の時間をツアーバスの移動で過ごす。運転手さんは目撃証人といえる

もう3年前の話ですが、こうした悪質な車内販売に加え、特定の契約免税店への連れ込みの実態が、都内で発行されている在日中国人向け週刊新聞『東方時報』2009年6月25日で報じられ、中国の大手メディア『北京法制晩報』にも転載されたため、日本ツアーの内情と悪評が中国全土に広まり、大きな反響を呼んだことがあります。もともとこれはだいぶ前から中国人の香港や東南アジアツアーで問題となっていたことですが、日本でも同様のことが起きてしまっていたのです。

ツアー中に客を置き去りというありえない世界
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中国ツアー客の置き去りが増えて一時問題になった富士ビジターズセンター(山梨県富士河口湖町)

③の「オプション買わなきゃ置き去り」になると、もう義憤を覚えてしまうような話です。

先ほど食事の話で出てきた「オプション」ですが、これが観光にも適用されるのです。たとえば、富士山5合目は人気スポットですが、ツアー客をバスでそこまで運ぶのにガイドは1名3000円相当の追加料金を要求するといいます。もし払わなければ、その客だけバスからわざわざ降ろして麓に置き去りにする。日本人の感覚ではありえない世界ですが、その置き去り場所として有名なのが、富士ビジターセンターだそうです。

「ここで3時間待ってろ、とガイドは客に言う。そこは無料施設だからカネはかからないけど、とても見ちゃあいられない。『乗せてやんなよ』って俺は言うんだけど、ガイドは『いいから』と」。さすがに運転手さんもこればかりは許せないと感じたそうです。

なぜガイドたちはここまで非情にならなければならないのか――。その理由が④の「キックバックを原資としたコスト構造」にあるのです。

日中の関係者の証言をまとめると、真相はこうです。中国で一般に販売される「ゴールデンルート」と呼ばれる東京・大阪5泊6日のツアー代金は震災前でも5000元(約6万円)相当。ところが、中国側の旅行会社から日本国内の手配をするランドオペレーターに渡るのは往復航空券代と営業利益を差し引いたせいぜい2000元(約2万5000円)といいます。これだけで滞在中のホテル代やバス、食事、ガイド費用を支払えるはずがなく、その埋め合わせのためにガイドによる「オプション」販売と車内販売、さらには契約免税店への連れ込みが必要となるわけです。つまり、中国人の日本ツアーはガイドによるキックバックを原資に成立しており、その背景には中国側でツアー客を集客する旅行会社のコストを無視したギャンブル的なビジネス体質があるといえます。

他にも言い出したらキリがありません。日本に観光に来ていながら、食事も買い物(契約免税店)も中国系経営店で。パンフレットではホテルは東京とうたっていても実際は幕張や成田、箱根とあっても石和温泉や河口湖周辺というのは当たり前。別の回で詳しく触れますが、このシステムを支えるガイドもきわめてグレーな存在です。

これらの実態から、ぼくはこう結論せざるを得なくなりました。
「中国人の日本ツアーはメイド・イン・チャイナである」。

※さらに詳しい実情や背景に関して、今年2月に刊行した以下のムックに書いています。
「ツアーバス運転手は見た!
悲しき中国人団体ツアー
押し売り、キックバック、置き去り……訪日中国人旅行の驚くべき実態!」
『データでわかる日本の未来 観光資源大国ニッポン』(洋泉社MOOK)

最大の犠牲者は中国のツアー客

これまで他人事のように中国人の日本ツアーの内情を明かしてきましたが、実際にこれが起きているのは日本なのです。同じ問題はアジア各地で2000年初め頃から始まり、日本に飛び火したわけですが、中国で販売されているヨーロッパ行きツアーの価格帯を見るかぎり、当然彼の地でも同じことが起きていると考えられます。

ここで我々が考えなければならないのは、中国の旅行会社のコストを無視したギャンブル的なビジネス体質の最大の被害者は誰かということです。それは中国のツアー客自身でしょう。

こうした事情を知るだけに、ある在日中国系インバウンド業者の知り合いは「自分の友人や親族には絶対中国の旅行会社のツアーはすすめない」と話してくれたほどです。
これでは「日本はお金をかけて旅行に行くような国ではない」と言われても仕方がないではありませんか。

こんな「安かろう悪かろう」ツアーが常態化したままでは、いくら訪日旅行者数が増えても誰も報われない。その現実からどう脱却すればいいのか。いったい日本を「安かろう悪かろう」の国にしてしまったのは誰なのか? それは中国の旅行会社だけのせいなのか。

次回はなぜこんなことになってしまったかについて、検討していきます。(2011年11月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_66.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 20:33 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2012年 05月 07日

1回 震災は点検の絶好のチャンス!

最初に質問です。中国からの訪日団体ツアーが初めて来日したのは、いつのことだったかご存知でしょうか。

中国人団体観光ビザが解禁された2000年9月のことです。それから10年という節目を迎え、さらなる飛躍に期待をふくらませたインバウンド関係者をどん底に突き落としたのが、昨年9月の尖閣諸島沖漁船衝突事件であり、3.11東日本大震災でした。

この10年間、日本と中国を往来しながらインバウンドの現場を訪ね歩いてきたぼくも、まるでドラマの世界にでもいるような衝撃と徒労感を味わうことになりました。

しかし、だからこそ思うことがあります。潮が引くようにツアー客が去ったいまこそ、中国インバウンドの中身を点検するための絶好のチャンスではないか。

いったいこれまで我々は何をやってきたのだろうか。どんな目標を掲げ、成果はあったのか。見直すべきことはないのか。もちろん多くの方がそう自問されてきたことと思いますが、これらの問いにどれだけ明確に答えることができるでしょうか。

この連載では、中国インバウンドのさまざまな現場を、中国側、日本側の実情を対比しながら点検していきたいと思います。少々辛口ですが、前向きに意見していくつもりです。

日本の観光案内は読まれているか
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ここ数年たくさんの中国語観光パンフレットがつくられたのだが……

第1回は、中国語の観光案内パンフレットの点検です。日本政府観光局をはじめ全国の自治体、商工会議所、観光協会、小売店、商店街、さらには出版社やコンサルティング会社などが独自に広告クライアントを集めた小冊子や地図、フリーペーパーが、この数年間膨大な量発行されました。当初は日本人向けに作られた地図を中国語に翻訳しただけのものが多かったのですが、最近では外客向けにオリジナルに作られたものも増えています。
はたして、これらは実際の中国人訪日客に読まれているのでしょうか?そもそも本当に彼らの手に渡っているのか?

結論から言うと、残念なことですが、ほとんど読まれていません。
なぜなのか。

ぼくの事務所では中国の旅行ガイドブックを制作している関係で、多くの現地旅行会社と提携しています。この10年で彼らのビジネスの比重が、インバウンド(日本人の訪中旅行)からアウトバウンド(中国人の訪日旅行)へと急転換していくプロセスを見てきました。中国の旅行業界で日本市場のビジネスモデルがインからアウトに大きくシフトしたのは、地域によって時間差がありますが、概ね2007年頃だったのではないかと思います。

そんなわけで、ぼくはよく中国の旅行会社の店舗を訪ねるのですが、カウンターに日本のパンフレットが置かれていることはほとんどありません。そういうと、「そんなはずはない。うちでは各社に置いてもらう約束で毎回送っている」と反論する方がいるかもしれません。でも、実態は違います。ある旅行会社のスタッフがこう打ち明けてくれました。
「数年前より日本各地から大量に中国語資料が届くようになりました。最初はありがたかったのですが、いまでは多すぎて置き場所がないほどです。そのため、一定期間を過ぎると使いようのない山のような資料を処分している」
と申し訳なさそうに言うのです。

なぜこうなってしまうのでしょうか。以下の3つの理由が考えられます。
①中国の旅行会社ではカウンター販売は一般的でない
②日本のパンフレットはセールスツールとして使えない
③中国人は情報誌の読み方を知らない

未成熟なのにオンライン旅行50%超の市場

日本ではレジャーシーズンが近づくと旅行会社のカウンターに消費者が並ぶ光景が見られますが、中国ではいわゆるカウンター販売はそれほど一般的ではありません。ツアー商品の売られ方が日本とは同じではないのです。この認識は重要です。それは日中における旅行市場の発展のプロセスが異なるためですが、中国の消費者は旅行会社がツアー商品の中身を懇切丁寧に説明してくれるなどと期待していません。中国で海外旅行が一般化したのはたかだか10年、旅行会社のスタッフは海外事情に精通しておらず、単なる販売員です。インからアウトへの転換に人材育成が追いついていないのです。

その一方で、オンライン旅行販売率は50%を超える勢いです。後の回で説明しますが、中国では消費者、業界ともに未成熟なままオンライン化が進んだことで、かえってツアー商品の多様化、差別化を阻んでいる面があります。商品の中身が豊かになる前に、不条理ともいえる料金競争に突入してしまったのも、こうした事情に起因しています。

紙媒体とネットを組み合わせた多様なチャネルを使って旅行情報を消費者が手に入れるという日本で日常化した光景を中国で期待するのは無理というものです。せっかく作った中国語の観光案内が旅行会社のスタッフから中国の消費者の手に直接渡ることがほとんどないのはそのためです。せめてセールスツールとして使いやすければ、中国の旅行会社のスタッフも活用しない手はないと考えるのでしょうが、実態はそうではない。日本側の作る観光パンフレットの多くは、日本の消費者(中国のではない!)の嗜好に沿った実用ガイドに偏っています。これでは旅行先を決める前の段階で使えない。その豊富な情報を享受できるほど、大半の中国の消費者は日本の事情を理解しているわけではないからです。

中国人は情報誌の読み方を知らない

さらに致命的なのは、そもそも中国の消費者が日本の過剰に洗練された情報誌の読み方を知らないという事情があります。限られた2次元のスペースにたくさんの写真と細かい情報がぎっしり書き込まれた、たとえば「東京ウォーカー」や「るるぶ情報版」のような情報誌を読んだことがないのです。だから、仮に中国客が日本のパンフレットを手にしても、どこからどう読めばいいのかわからない。掲載店舗のありかを探すために別ページにある地図を参照するという情報誌の基本的な約束事を知らないのです。しかし、彼らはネット通販の口コミサイトなら使える。ピンポイントの店舗や商品情報はわかるのです。
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中国で今人気の旅行ガイドブック

それは端的にいうと、彼らが「エイビーロード」を知らないままネット時代を迎えたことを意味します。このすでに休刊した情報誌の存在は、多様な商品の中身を詳細に比較検討できることで日本の海外旅行シーンの成熟化に大きな役割を果たしました。一方、中国の消費者はこうした比較検討メディアの時代を経験することなく、ネット時代に突入しました。おかげで我々の知っている情報化のプロセスがすっぽり抜け落ちているのです。
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「食べる」「遊ぶ」「買う」に分かれた構成だが、写真が大きく、文字は少ない。このくらいの感じがいいらしい

そのことは、中国の書店で売られる旅行ガイドブックの中身を点検するとよくわかります。ここ数年、ぼくは中国の海外旅行書籍の変遷をつぶさに眺めてきましたが、現状では(あくまで日本との比較ですが)驚くほど稚拙な内容といわざるを得ません。ある出版社の担当者に中国のガイドブックを見せたことがあるのですが、彼は「トータルなデザインもそうだし、実用書としての機能性や体裁の不備など、真っ赤になるくらい赤字を入れたくなる」と感じたようです。確かにプロの目から見れば、日本の30年前の表現力です。それが中国の消費者の目線であることを我々は理解しなければならないのです。

情報の絞込みと手渡す手間をかける

ではどうすればいいのでしょうか?

まずはパンフレットの中身を総点検しなければならないと思います。そこに書かれた情報が使えるかどうかは、利用者がどういう観光形態や行動パターンを取るかによります。初来日の団体ツアー客に日本の情報誌を手渡しても活用できません。彼らに見合った情報の絞込みが必要です。

そのためには、中国の旅行会社にヒアリングがもっと必要です。彼らがほしいのは、どんな情報なのか。もしセールスツールにするなら、どんな内容のものが有効なのか。

ある北京の旅行会社のスタッフは、「文字は少なくていいので、写真を大きくしてほしい」と言います。「中国のお客さんは日本のことを何も知らないので、地図を見せてもよくわからない。ひと目で見て、ああ行きたいと思えるような美しく印象的な写真が大きく載っていると、彼らの目を引くし、セールスにも使いやすい」からです。

我々が中国のガイドブックを見たときに感じる「こんなもので満足できるのだろうか?」という"ゆるさ"を逆に参考にすべきでしょう。求められているのは、多彩で細かい実用情報ではなく、彼らの心をつかむ厳選されたキラーコンテンツなのです。

我々は紙媒体を作ると、つい何かを成し遂げたような気になりがちですが、それがきちんとターゲットの手に届くかどうかも点検しなければなりません。現状のパンフレットのままでは旅行会社経由でツアー客の手に届かないのだとすれば、旅行会社のニーズに沿ったセールスツール用の内容に作り変えるべきでしょう。旅行会社のスタッフに何らかのインセンティブを与えるようなしくみも必要かもしれません。あくまで消費者に届けたいなら、出発前のツアー客に空港で直接手渡しするという算段も考えるべきでしょう。そこまで手間とコストをかけないと、紙媒体を作る費用対効果は望めないのです。

これらのパンフレットの多くは、ホテルや小売店などインバウンド関係者の捻出する広告料や自治体の予算から発行されているはずです。であればこそ「来てもらいたい」側と現在の中国側のニーズがどこまでマッチしているか念入りな検討が必要です。世間でよくいう「中国の市場を理解する」とは、こうした現場の具体的な点検をふまえて初めていえることなのです。次回は別の現場に移ります。(2011年8月)

http://www.yamatogokoro.jp/column/2011/column_60.html
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by sanyo-kansatu | 2012-05-07 16:30 | やまとごころ.jp コラム | Comments(0)
2011年 12月 01日

総合ワールドトラベルとAISOのこと(トラベルマート2011 その6)

中国本土客の“爆買い”ぶりが話題になったことで、いまでこそ中国人観光客の存在が注目されていますが、もともとアジア系外国人の訪日旅行は1980年代に始まっています。その主役は、台湾や香港、韓国の旅行者でした。

ところが、当時の日本はバブル期に向かう絶頂期で、自分たちの海外旅行のことで頭がいっぱいでしたから、アジア系外国人の訪日旅行の実態を知る人は少なかったようです。実際のツアーの手配を手がけたのも、日本の旅行会社ではなく、在日アジア系外国人が経営する手配業者でした。つまり、日本のアジアインバウンド業界を支えてきたのは、最初からアジア系の業界人たちだったのです(今日もそれは基本的に変わっていません)。

総合ワールドトラベル株式会社の王一仁社長も、アジアインバウンド業界を支えた草分けのひとり。1948年上海生まれの王社長は、新中国建国時にご両親とともに香港に渡り、68年来日。東京工業大学で学んだ後、アメリカ留学を経て、81年に日本で旅行会社を立ち上げています(王一仁氏の略歴についてはやまとごころ.jpのインタビュー参照)。
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総合ワールドトラベル株式会社の王一仁社長とスタッフの皆さん

中国インバウンドの実態を知るうえで、王社長をはじめとした在日アジア系ランドオペレーターの関係者の話はとても示唆に富んでいます。ぼくは数年前に王社長と知り合って以来、懇意にさせていただいています。

王社長たちは、2000年の中国本土客の訪日団体旅行解禁を受けて、アジアインバウンド市場の拡大がもたらすビッグチャンスに期待を寄せていました。ところが、ふたを開けてみると、中国側旅行会社によるコストを無視した激安ツアーの乱発で、とてもまともなビジネスのできない市場であることを思い知らされました。

しかし、こうした中国による激安ツアーの乱発を許したのは日本側にも非があります。なぜなら、日本には、他国では当たり前のインバウンド市場に関わる法整備やルールがまったくといっていいほど存在していないからです。

そこで、王社長をはじめとした在日アジア系経営者や日本のインバウンド業者ら有志が立ち上げたのが、アジアインバウンド観光振興会(AISO)です。

※2013年、AISOは「一般社団法人 アジアインバウンド観光振興会」として生まれ変わりました。

王社長たちは、日本のインバウンド市場の健全化を訴えています。訪日市場の主導権を外国勢力にすっかり奪われてしまっているいま、日本はそれ取り戻すべきだ、というのが基本的な主張です。在日外国人である彼らが先頭に立って日本のインバウンド市場をよくするために活動している姿には、日本人としては情けないやら、頭が下がります。

彼らの主張の具体的な中身については、今後少しずつ紹介していきたいと思います。

※同社は2013年に日本総合ワールド株式会社と社名変更しています。
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by sanyo-kansatu | 2011-12-01 13:36 | “参与観察”日誌 | Comments(0)
2011年 10月 27日

北京ラビオン社周社長の語る沖縄マルチビザ発給の訪日促進効果について

北京ラビオン社の周社長と会食しました。同社は中国の富裕層約1000名を抱える会員制旅行会社で、スイスのアンチエイジングツアーをはじめ、高品質な少人数制の海外ツアーを催行して注目されています。

北京名仕优翔国际旅行社(ラビオン社)

同社では、2009年より大阪の聖授会OCATクリニックと提携し、がん検診と観光を組み合わせたツアーで実績を上げています。ツアー価格は1名200万円相当といいますから、一般に中国の旅行会社が催行している激安ツアー(東京・大阪5泊6日5000元)の世界とは大違いです。ホテルも大阪ならリッツカールトンか帝国ホテル、東京はペニンシュラかシャングリラという5つ星外資が当たり前。検診を1日ですませると、京都や東京、北海道などで観光とショッピングを楽しんで帰るというラグジュアリーなツアーです。

ぼくは、去年ビジネス誌『プレジデント』の医療観光取材で同社を訪ねて以来、北京に立ち寄ると、たいてい一度は同社のスタッフに会うことにしています。富裕層を顧客に持つ同社の動向は、とても気になるからです。

多忙な周社長に今回会えたのはラッキーでした。彼に会うのは2度目です。案内された中国料理店のテーブルにつくやいなや、彼は言いました。「なんでも聞いてください」。

ぼくが聞きたかったのは、今後のラビオン社の日本での医療観光の新たな展開と、今年7月1日からスタートした沖縄1泊を条件にしたマルチビザ発給が富裕層の訪日旅行の促進にどれだけ効果がありそうか、ということでした。

前者については、震災後一時ストップしたがん検診ツアーも、夏ごろから再会しているとのこと。今後は検診だけでなく、治療も行なえる病院との提携をじっくり検討していきたいよう。ただし、ぼくが思うに、中国の富裕層は独特の価値観を持ち、好みもうるさいため、一般的な民間病院では提携はなかなか難しそうです。

一方、沖縄マルチビザ発給による訪日促進の効果について、彼はこうきっぱり言いました。
「沖縄マルチビザは、ラビオン社の顧客のような富裕層にはまったく関係ない。もともと彼らにはビザの問題などないからだ(簡単に取得できるため)。むしろ中流層やビジネス客にとってありがたいことなのだろう」。

「御社は沖縄をツアー先として考えるつもりはないのか」との問いに対しても、次のような厳しいひと言。「中国人にとって沖縄は魅力がない。沖縄のリゾートホテルはそれほど豪華ではない。うちの顧客は世界の5つ星クラスのビーチリゾートを体験しているため、沖縄は彼らが満足できる水準にはありません」。

どうやらこれが中国富裕層の本音らしいです。なんにもわかっちゃいないなあ……、沖縄にはローカルなカルチャーの魅力や世界的に知られるダイビングスポットなど、いろいろあるのに、とぼくは思いますが、まだぶっちゃけ成金=中国富裕層に成熟した旅の楽しみ方を満喫せよなんて無理な話かもしれません。

彼らの大半は、わずかな時間で個人資産が100倍から1000倍に急上昇して(それはスゴイことですけど)、まだ10年たったかどうかという人たちが大半です。香港の資産家とは違うのです。

問題なのは、北京で催行されている一般の沖縄ツアーが4泊5日4000元という激安ツアーしかないことです。ビザ取得が目的の参加者も多いと聞きます。すでに沖縄は「安かろう悪かろう」のデスティネーションとして位置づけられてしまいました。競合先は海南島やプーケットだそうです。これではまた同じ轍をふんでいると思わざるを得ませんでした。

そもそもこの沖縄マルチビザ発給をめぐって、当初中国の一部からイチャモンがありました。日本の政府高官が「ビザ発給を沖縄の地域振興につなげたい」という主旨の発言したことに対し、「なぜ日本の地域振興のために我々が沖縄に行かなければならないんだ」というわけです。

わざわざ中国側がそう言いたくなるのは、日中のビザ協定における不平等があるからでしょう(日本人はノービザだが、中国人はビザが必要)。そうはいっても、中国の都市部と農村の格差などの国情を考えれば対等なんて無茶だということは彼ら自身も知っています。ただ自己主張したいさかりですからね、最近の中国の皆さんは。国内問題はともかく、インバウンド関連の施策に関しては、政府も国内向けだけではなく、海外での受けとめ方も目配りした発言をしないといけないと思います。
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by sanyo-kansatu | 2011-10-27 18:00 | “参与観察”日誌 | Comments(0)