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2013年 04月 28日

中朝最深部、長白鎮鴨緑江沿いから見た北朝鮮の村

2012年7月2日、中国吉林省の長白鎮から臨江までの鴨緑江沿いを、延吉在住の朝鮮族の知り合いの運転する車で走りました。長白鎮は、中朝国境1300kmの最深部にあたる辺境地域です。

その日、ぼくらは長白山の南坂から北朝鮮国境沿いの道を車で南下してきました。40分ほど走ると、鴨緑江の下流が見えてきました。
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長白鎮の対岸は北朝鮮の惠山というまちです。かなり老朽化していますが、オレンジ色の瓦に白いしっくいをふちどった屋根のある朝鮮の家並みが見えます。
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車を停めて対岸を眺めると、川べりでたくさんの子供たちが水浴びしていました。望遠レンズで覗くと、川で洗濯する女性やシャンプーする女の子、黄色い浮き輪を抱えて川で泳いでいる子たちもいます。
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同じ光景は中国側ではまったく見られません。時折走り去る車を除くと、静寂に包まれていて、北朝鮮側にだけ生活感があふれているのです。これはどうしたことなのでしょうか。
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しばらく川沿いの道を西に向かって走っていると、長白鎮の口岸(イミグレーション)が見えてきました。なかなか立派な建築物ですが、人の往来は見えません。
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そのくせ、長白鎮には多くのマンションが建設されていました。さすがに丹東のような高層建築ではありませんが、こんなに人の少ない地域で大丈夫なのだろうか、と思ってしまいます。これはもう全国規模の話なのですが、中国の地方政府によるむやみな不動産開発の行く末が気になります。
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同行してくれた朝鮮族の知り合いが、長白鎮生まれの友人の話としてこんなことを聞かせてくれました。

「長白鎮は密輸の王国で、金持ちが多いことで知られています。対岸の惠山もその恩恵を受けて、北朝鮮のまちとしてはかなり豊かです。もともと長白鎮は9割の住民が朝鮮族だったのですが、その多くが延吉や大連、その他の大都市に移住したため、現在は大半が漢民族です。
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数年前まで、その友人は鴨緑江を死体が流れるのを何度か見たそうです。北の脱北者が国境警備兵に撃たれるからです。中朝国境は長白山をはさんで西の鴨緑江と東の豆満江(图们江)が国境となっていますが、朝鮮族の多い豆満江のほうが脱北者が多いと言われています。同じ朝鮮民族ということで、以前は脱北者をかくまう朝鮮族もいたからですが、最近は犯罪に手を染める脱北者も多く、公安の取り締まりも厳しくなっているため、かくまう人は少なくなりました。

私の家でも親の代までは北朝鮮の親戚に経済的援助をしてきたのですが、私の代からはもう援助しなくなるように思います」

それから約3時間、鴨緑江沿いを走りました。対岸には北朝鮮の鉄道駅が見え、金日成の肖像画がいまだに掲げられています。ヤギの群れを追うのどかな村人やイチゴ売りのおばさんにも会いました。西に向かうほどだんだん川の幅が大きく、水量も豊かになっていきます。
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道中、この地方の人民解放軍の将軍を乗せた10台ほどの車の隊列に出くわしたのですが、なんと連中は車線を無視して道路の真ん中を走るものですから、対向車はみんな脇に停車しなければなりません。しかも、ノロノロ運転で、民間車は追い越したくてもできません。たまらず運転していた朝鮮族の男性は言いました。
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「いまの中国でいちばん威張っていて、汚職もひどいのが軍隊です。まったく許せない!」

軍部が特権階級として威張り散らしているのがいまの中国だというわけです。この国はまるで先祖返りしていますね。

そうこうするうちに、車は臨江に到着しました。ここも辺境には違いないのですが、かなり大きなまちのようです。
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by sanyo-kansatu | 2013-04-28 14:03 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 03月 23日

2013年の春、中朝国境にある羅先(北朝鮮)にカジノが3つもできました

2012年6月に北朝鮮の羅先を訪ねたとき、香港資本で1999年に開業したエンペラーホテル&カジノを視察したのですが、現地の関係者の報告によると、2013年になって新たに2つのカジノが羅先にオープンしたようです。

エンペラーホテル&カジノ http://www.emperorgroup.com/page.php?p_id=238
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新たに登場したのは、今年1月に開業した羅津ホテルの前にできたカジノと、2月20日に開業した羅津港に停泊するクルーズ客船「皇星号」のカジノです。

羅津ホテルの前のカジノは江西省の中国人が経営しているそうです。また客船のカジノは宿泊も可能で、船籍はシンガポール。朝鮮人やマレーシア人、フィリピン人、カンボジア人、中国人などの船員やサービススタッフが働いているそうです。エンペラーホテル&カジノの場合、最低500ドルを両替しなければ中に入れませんが、これらの新しいカジノに入るには、そうした条件はないといいます。
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昨今の北朝鮮情勢からすると、およそ信じられないような話ですが、現地関係者によると、「カジノの開業と今の朝鮮情勢は関係ありません。どちらも昨年から準備されていたものです。羅津ホテル前のカジノも、建設に1年以上かけて今年1月13日に開業しました。客船のカジノも、1年ほど前から計画は聞かされていましたが、実際に入港してきたのは最近です。いずれも春からの観光シーズンに間に合わせることを目標にしていたのかもしれません」とのこと。

さらに、先鋒でもそうでしたが、羅津の市街地に現在、外国人観光客向けの大型商業施設が建設されています。ホテルやレストランが入るそうです。

いま北朝鮮は国際的な緊張の震源地となっていますが、これまでもそうだったように、同じ時期にまったく別の動きも起きているのです。こうして中朝国境の街では、中国の投資による開発が静かに進められています。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 13:43 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 23日

中朝第2の国境、圏河・元汀里は中国車がいっぱい

中国と北朝鮮は鴨緑江と図們江の2つの河川を国境としています。両国のイミグレーション(中国語で口岸)は、それぞれの上流域から下流域まで大小合わせてかなりの数があります。そのうち最大なのが、中国遼寧省丹東市(北朝鮮側は新義州)の口岸です。現在その次に規模が大きいのが、吉林省琿春市にある圏河口岸(北朝鮮側は元汀里)です。

圏河口岸は、北朝鮮側が経済特区の羅先で、最近橋も整備され、自家用車で簡単に入れることもあって、交通量が増えています。

まずは中国側のイミグレーションの風景から。車が列をなして並んでいます。大半は羅先経済特区内限定のマイカードライブ旅行の参加者の自家用車ですが、物流関係のトラックも見られます。イミグレーションの中には、小さな免税店があります。洋酒や中国ワイン、タバコなどが売られています。北朝鮮入国後、現地の関係者にいろいろ融通を利かせてもらうためには、土産を手渡すことは欠かせません。売られているものを見れば、彼らの好みがわかります。図們江に架かる圏河橋は、もともと1937年に架けられたものですが、2010年に整備されました。中朝両国間をつなぐ国際バスもあるようです。
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北朝鮮側の元汀里の税関の中はさすがに写真は撮れませんが、出国手続きをすませ、中国に戻る前に北朝鮮側から見た国境の橋を撮りました。北朝鮮に入国するのも出国するのも、ほぼ中国車です。
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中国側の圏河口岸に戻ると、構内に北東アジアの地図が貼られていました。琿春市を中心に400海里(約740km)の円を描くと、韓国、北朝鮮はほぼすっぽり収まるとともに、ロシア沿海州南部、中国遼寧省、吉林省のほぼ全域に加えて、日本の環日本海側の地域が入ります。この中で中国だけが海に面しておらず、自国の港を持っていません。中国が北朝鮮の羅津港の開発に投資しているのはそのためです。
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構内に、中国の都市部でよく見かける別荘地のジオラマが展示されていました。琿春のような最果ての地でもバブルな不動産投資が進められていることに、中国経済のあやうさを感じざるを得ません。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 13:15 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2013年 03月 23日

国境の村から羅先の市街地へ(1930年代の満洲国の地方都市のような世界)

中国吉林省琿春市にある圏河口岸の国境ゲートを抜け、図們江に架かる圏河橋を渡ると、北朝鮮側の元汀里の出入国管理所があります。ここで入国手続きをすませると、バスに乗って羅先に向かいます。経済特区の羅先は、先鋒と羅津が合併してできた直轄都市です。

元汀里の出入国管理所から先鋒まで農村の1本道を走ります。この道路は中国が羅津港を利用するために投資して舗装工事を施したものです。道中、北朝鮮の農村の風景が続きます。
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約40分ほど走ると、先鋒の街並みが見えてきます。市街地に入ると、5、6階建ての団地がたくさん建っています。通りはほとんど舗装されていませんが、掃除が行き届いているというのか、ゴミひとつなく清潔な印象があります。中国の都市と比べると、それは際立って感じられます。もちろん、無駄なゴミの少ない清貧な社会だからかもしれませんが、団地のベランダの上にはたいてい花や植物の小鉢が置かれています。

これらの団地がいつ頃建てられたのかわかりませんが、先鋒の街の印象は、1980年代に日本で刊行された「望郷満洲」ものの写真集に出てくる1930年代の満洲国の地方都市の写真を思い出させます。駅からまっすぐ伸びた広い道にちらほらと建築が建ち始めている開拓途上の風景です。それは、延辺在住のある朝鮮族のビジネスマンが「羅先は80年前からほとんど変わっていません」と話してくれたように、1930年代から時間が停まってしまったかのような光景です。これは1980年代に中国東北地方の省都ではない地方都市を訪ねたときの印象とよく似ています。
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それでも、先鋒の中心部では外国人観光客のためのショッピングセンターが建設されていましたし、羅津に向かう道中、電話局や羅津ホテルといった1990年代以降に建てられたと思われる建築もわずかですが、ありました。
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羅津には先鋒に比べると発展した市街地がありました。中心部に旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)があり、飲食店や商店が並ぶいくつかの通りが交差しています。広場には「先軍朝鮮の太陽、金正恩将軍万歳」「全党、全国、全民が農村を支援しよう」といったスローガンが掲げられた巨大なボードがありました。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 12:45 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 23日

北朝鮮観光25年を振り返る

日本人の北朝鮮観光は1987年に始まっています。以後、一進一退を繰り返してきました。

以下、北朝鮮観光の25年間のプロセスを書き出してみました。この貴重な年表を作成してくださったのは、北朝鮮観光に長く携わってこられた知り合いの旅行関係者の方です。単なる観光関連の出来事だけでなく、観光にさまざまな影響を与えたと思われる政治的な事件や関係国の動向も触れられており、業界のプロとしての知見が込められています。

それにしてもこうしてみると、北朝鮮の対外政策は、ある時期開放に向けた柔軟な姿勢を見せたかと思えば、急に手のひらを返したように強硬に転じてくるというサイクルを繰り返してきたことがわかります。

興味深いのは、北朝鮮は2000年代に入り、ヨーロッパ諸国と次々に国交を樹立していることです。北東アジアから遠く離れたヨーロッパでは安全保障上の懸念がないということなのでしょうが、年間数千人のヨーロッパ人観光客が北朝鮮を訪問していることは、我々も知っておいてよいかもしれません。我々とは異なる北朝鮮観というものが国際社会には存在することを理解する必要もあると思うのです。

ほかにもいくつかのことが読み取れそうですが、それは今後の課題とさせてください。

1987年
6月 北朝鮮が同年10月からの一般の日本人観光客受け入れを発表(6/12)
9月 北朝鮮国家観光総局は国連世界観光機関(UNWTO)に加盟
10月 日本人観光団初の北朝鮮観光12月まで9グループ130名,北京経由で訪朝日本の中堅旅行会社8社が北朝鮮観光に取り組む(日中旅行社,日中平和観光,日中国際旅行社,エントク・エンタープライズ社,阪急旅行社,日中旅行開発,関西国際旅行社,幹事:中外旅行社)
11月 大韓航空機爆破事件。日本人観光客受け入れ停止

1988年
1月 外務省,北朝鮮「渡航自粛」勧告
   米国,北朝鮮を「テロ支援国家」と認定して対北朝鮮制裁措置を発表
2月 日本人観光団受け入れ中止
   盧泰愚13代大統領就任
9月 ソウルオリンピック開催(9/17~10/2)。北朝鮮不参加
   韓国,貿易高1000億ドル突破し世界十大貿易圏の仲間入り
   朝鮮王朝最後の皇太子妃李方子死去

1989年
1月 鄭周永現代グループ名誉会長訪朝(1/23)
 北朝鮮労働党代表団訪日
6月 中国天安門事件(6/4)
7月 第13回世界青年学生大会平壌開幕。日本人観光団受け入れ再開
   中外旅行社,北朝鮮観光業務開始(7/21)
9月 北朝鮮建国40周年報告大会開催。130ヶ国から320名の代表団参加。
11月「ベルリンの壁」崩壊(11/9)
12月 米ソ首脳会談(マルタ島)冷戦終結(12/2)
   中外旅行社,北朝鮮観光業務中断(パチンコ疑惑,米韓合同軍事演習)

1990年
3月 中国国家主席,江沢民首席訪朝
5月 盧大統領訪日(5/24)
8月 イラク軍,クウェート侵攻,制圧(8/2)
9月 金丸元副総理,田辺社会党副委員長を代表とする代表団が訪朝し,早期国交樹立のための共同宣言に調印(9/24~28)
   韓国とソ連国交樹立(9/30)
10月 平壌での朝鮮労働党結党45周年式典に小沢自民党幹事長,土井社会党委員長らが出席し,金日成主席と会談
    東西ドイツ統一
12月 衛星通信回線を利用した国際電話サービスが始まり,直接国際電話が可能に
    韓国の首脳として史上はじめてソ連訪問(盧泰愚大統領)

1991年
1月 湾岸戦争始まる(1/17)
   日朝国交正常化交渉開始(日朝政府本会談)「わが国の朝鮮半島政策について」発表。「過去について深い反省と遺憾の意を表明」(1/20)
4月 日本国一般旅券の「北朝鮮を除く」渡航制限条項削除
5月 運輸省よりチャーター便の航空路線新設許可受ける
   金剛山国際航空で名古屋空港発第一回チャーター便運航(5/17)
6月 中外旅行社,北朝鮮観光業務再開「日朝国交正常化直前限定ツアー」
8月 ソ連でクーデター(8/19)
   ソ連ゴルバチョフ大統領,ソ連共産党解体を宣言
9月 国連総会,韓国,北朝鮮の国連同時加盟を承認
10月 平壌にて中国・韓国・日本・モンゴル・ロシア政府関係者初の国際会議開催
    ANA,日朝間にチャーター便(新潟/平壌)(10/23)
12月 JTB,初の北朝鮮ツアー(12/23)
 北朝鮮,羅津・先鋒地区に自由経済貿易地帯を設置(12/28)

1992年
1月 名古屋空港,新潟空港チャーター機開設決定,年間北朝鮮側・日本側各80便運航許可受ける
4月 北朝鮮憲法修正で「観光」を明記(4/9)
 金日成主席80歳の誕生日を祝い,在日朝鮮人が建造して贈った「万景峰92号」の就航。新潟~元山間6時間短縮し28時間でいける ようになる。中国は400トンの豚肉を贈呈。(4/15)
 金日成競技場にて主席生誕80歳記念のマスゲーム開催
8月 韓国と中国,国交樹立
10月 北朝鮮,「外国人投資法」「外国人企業法」「合営法」を制定
11月 日朝国交正常化交渉が決裂

1993年
1月 北朝鮮,「自由経済貿易地帯法」「外国人投資企業及び外国人税金法」「外貨管理法」を制定
2月 名古屋空港,新潟空港チャーター開設決定
    金泳三14代大統領就任(2/25)
3月 中国国家主席に江沢民共産党総書記就任(3/27)
5月 北朝鮮,ノドン・ミサイルを発射
6月 北朝鮮,外国人の入国を禁止。核査察問題
8月 韓国,大田世界博覧会(8/7~11/7)

1994年
6月 北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)脱退宣言。カーター元大統領訪朝(6/15)
7月 金日成主席が死去。子息の金正日書記が実権掌握(7/8)
8月 中外旅行社,北朝鮮観光業務再開
10月 平壌郊外にて,檀君陵が竣工(10/11)。※93年9月に改築開始
     米朝枠組み合意
     世界卓球選手権大会に南北統一チーム参加
     韓国,漢江の聖水大橋崩壊

1995年
3月 自社さ,与党3党代表団が朝鮮労働党と国交正常化交渉早期再開合意
4月 アントニオ猪木,世界スポーツ祭典参加し,2800名が日本より参加しJTB,中外旅行社が手配
5月 北朝鮮,日本人観光客受け入れ停止(核疑惑,水害)
6月 日本政府による北朝鮮へのコメ支援が正式決定
7月 豪雨による洪水被害発生,国連諸機関等国際社会に支援を要請
   大邱市内の地下鉄工事の最中ガス爆発発生
   ソウル,三豊百貨店崩壊,高度経済成長時代の手抜き工事が原因
   旧朝鮮総督府建物解体開始(~1997年)

1996年
4月 北朝鮮,日本人観光客受け入れ再開
6月 北朝鮮の食糧危機に対し,国連が総額4300万ドル緊急支援アピール
7月 中外旅行社の李敏夫部長が退社,3種を拾得しKACを設立。
9月 羅津・先鋒国際投資・ビジネスフォーラム開催。日本人観光客受け入れ開始(9/13)

1997年    
1月 高麗文化観光社,江原道対外観光社等の部門別,地域別旅行社設立
2月 北京の韓国大使館に北朝鮮の黄書記が亡命申請と韓国が発表
    2002年ワールドカップサッカー韓日共同開催決定
4月 KAC平壌事務所設立。
7月 羅津でカジノ付設ホテルが営業開始
10月 金正日書記が朝鮮労働党総書記に就任(10/8)
    日本,北朝鮮へのコメ支援(23億円分)を閣議決定
11月 日本人妻里帰り第一陣15人が38年ぶりに故国日本の土をふむ
    森総務会長(自民),伊藤幹事長(社民)ら訪朝    
    大韓航空機爆破事件の犯人,金賢姫結婚

1998年
1月 日本人妻里帰り第二陣12人が来日(1/27~2/2)
2月 金大中、韓国15代大統領就任(2/25)
6月 日本人妻里帰り第三陣の対象者が里帰り申請を取り消しが明らかに
6月 鄭周永,500頭の牛を引きつれ板門店を超え2度目の訪朝。
7月 北東アジア経済フォーラム(鳥取)で北代表,外国投資と羅津先鋒の基盤整備を強調     
8月 北朝鮮が弾道ミサイル「テポドン1」を発射,弾頭が日本列島上空を通過し太平洋に着弾と日本政府発表(8/31)
9月 日本政府が日朝国交正常化交渉と,北朝鮮への食糧支援を当面凍結する方針を決定(9/1)
    日本政府が日朝間の直行チャーター便の運航停止決定(9/2)
    ミサイル発射は人工衛星発射が目的と発表(9/4)
    金総書記,国防委員会委員長に選出(9/5)
    韓国政府,金剛山観光ツアー(現代グループ)を許可(9/7)
10月 金大中大統領訪日10/7。ニューヨークで米朝ミサイル協議
    韓国・現代グループ鄭周永名誉会長,牛501頭と共に板門店を越え、平壌入り。金正日と会見(金正日が韓国政府の承認を受けて訪朝した人物と会見したのは初めて)
11月 金大中大統領訪中(11/11)
    韓国財閥現代グループが客船にて金剛山観光開始(11/18)
12月 韓国海軍は全羅南道麗水沖で北朝鮮工作船らしき潜水艦を発見。追跡,交戦の上撃沈したと発表(12/18)
    金大中大統領,日本大衆文化の段階的開放処置発令

1999年
2月 現代峨山創設。中外旅行社が基軸を主催旅行から手配旅行に
4月 北朝鮮国家観光総局はアジア太平洋旅行協会(PATA)に加盟
5月 金正日国防委員長訪中
6月 黄海で南北艦艇が銃撃戦,北朝鮮の魚雷艇1隻が撃沈,中型警備艇1隻が大破
    黄海で南北艦船が交戦
8月 現代グループの金剛山観光再開。
11月 日本政府が日朝直行チャーター便の運航凍結解除発表
12月 村山元首相・野中幹事長代理ら超党派議員団が訪朝(12/1~3)
    北京で赤十字会議(12/19)、日朝国交正常化交渉予備会議(12/21)
    南北労働者サッカー大会,平壌で開催。ソウルで南北両チームによる「統一バスケットボール競技」開催

2000年
1月 北朝鮮,イタリアと国交樹立(1/4)
2月 日朝友好議員連盟発足(会長に村山富市元総理)(2/23)
3月 日本政府が10万トン(40億円)のコメ支援を表明
   北京で日朝赤十字会談を開催。北朝鮮側は日本人拉致疑惑に関して「見つかれば日本側に通報して適切な措置をとる」と表明
   金大中大統領,ベルリン大学で講演(ベルリン宣言)
4月 第9回日朝国交正常化交渉(平壌)約7年5ヶ月ぶり再開
    金大中大統領,南北首脳会談の実地を発表
5月 北朝鮮,オーストラリアが国交回復(5/8)
    金正日総書記秘密裏に訪中。第10回日朝国交正常化交渉本会議延期。
6月 金大中大統領,平壌訪問し金正日総書記と史上初の南北首脳会談実現
7月 北朝鮮,フィリピンと国交樹立
   沖縄サミットで南北首脳会談を歓迎,歴史的重要性を強調する「朝鮮半島に関するG8声明。ソウルで第一回南北閣僚級会談
   河野洋平外相がバンコクで白南淳外相と初の日朝外相会議
   北朝鮮,カナダと国交樹立(7/27)
8月 南北で離散家族100組ずつの相互訪問実地
   第10回日朝国交正常化交渉(東京)
9月 日本人妻里帰り第三陣が来日
    韓国,非転向長期囚を北朝鮮に帰還させる
    朝鮮総連の初の「故郷訪問団」が訪韓
10月 金大中大統領にノーベル平和賞を授与
    現代峨山主催の金剛山観光に日本人参加可能になる(2008/7/12日中断)
 オルブライト米国務長官訪朝(10/23~25)
11月 現在現代グループの客船による金剛山観光は2年間で37万人突破。
12月 金大中大統領,ノーベル平和賞受賞
    北朝鮮,英国と国交樹立(12/12)
    日本語歌謡曲全面解禁第一弾として,チャゲ&飛鳥ソウル公演
    シドニー五輪の入場行進、統一旗を掲げアリランのメロディに合わせ南北選手団同時行進

2001年
1月 北朝鮮,オランダと国交樹立(1/15)
    金正日国防委員長訪中(1/15~20)
    北朝鮮,ベルギーと国交樹立(1/23)
2月 北朝鮮外務省,ブッシュ新政権に強い懸念を発表
    北朝鮮,スペインと国交樹立(2/7)
3月 北朝鮮,ドイツと国交樹立(3/1)
    北朝鮮,ルクセンブルグと国交樹立(3/6)
    北朝鮮,ギリシャと国交樹立(3/9)
    北朝鮮,ブラジルと国交樹立(3/10)
    北朝鮮,ニュージーランドと国交樹立(3/26)
    仁川新国際空港開業(3/29)
    鄭周永死去
4月 北朝鮮,クエートと国交樹立(4/4)
5月 洪昌守総連応援団韓国訪問
    EU代表団訪朝
    北朝鮮,バーレーンと国交樹立(5/23)
6月 北朝鮮と現代グループ,陸路からも金剛山観光で合意(6/9)
   北朝鮮,トルコと国交樹立(6/27)
7月 金正日国防委員長特別列車で訪露(7/26)
8月 小泉首相,靖国神社参拝(8/13)
 ピースボート主催のツアーが南北同時訪問
9月 江澤民中国国家主席訪朝(9/3~5)
 米国で同時多発テロ発生(9/11)

2002年
1月 高麗航空機材ICAOのAC騒音基準からはずれ乗り入れ不可
 4月末~6月末に開催の『アリラン祭典』JL.NHチャーター申請は不可
   米ブッシュ大統領一般教書演説にて,北朝鮮・イラン・イラクの3カ 国を「悪の枢軸」と名指しで非難         
3月 朝鮮赤十字会,「行方不明者」調査再開を表明
4月 小泉首相,靖国神社参拝(4/21)
    「大マスゲームと芸術公演『アリラン』」開催(4/23~8/15)
5月 瀋陽の日本領事館に脱北者5名が駆け込む
   日韓共催サッカーW杯開会式(5/31)
6月 南北の警備艇が黄海で銃撃戦。韓国兵23人死傷(6/29)
7月 北朝鮮,給与や物価を引き上げるなどの経済改革を実施(7/1)
    北朝鮮,初の常設の国際卸売市場が羅先(旧羅津・先鋒)に開設
8月 金正日国防委員長訪露
    北朝鮮,モンゴルと友好協力条約締結(8/9)
9月 釜山アジア大会に北朝鮮選手・応援団668名派遣
    日朝首脳会談,平壌開催(9/17)
    北朝鮮,中国国境の「新義州」を経済特区に(9/20)
10月 日本人拉致事件の政府調査団訪朝。拉致生存者5名帰国(10/15)
    米政府,北朝鮮が濃縮ウラン核開発を認めたと発表
11月 北朝鮮,ティモールが国交樹立(11/5)
    北朝鮮,「開城市」を新たに特別行政区とする。併せて,「開城工業地区」に関する最高人民会議常任委政令及び「開城工業地区法」採択に関する同政令を発表11/27
12月 北朝鮮の工業団地,韓国が協力して着工することで合意
    北朝鮮,核開発再開を発表し同国駐在のIAEA査察官を追放

2003年
1月 北朝鮮,NPO脱退を宣言(1/10)
    小泉首相,靖国神社参拝
    米ブッシュ大統領一般教書演説で北朝鮮を「抑圧的な政権」と非難
2月 韓国から金剛山への陸路観光がスタート 
    北朝鮮が北東部地域から日本海へ向け地対艦ミサイル発射2/24,3/10
    盧武鉉16代大統領就任(2/25)
3月 米英軍,イラクを攻撃
4月 SARSによる外国人観光客の全面受け入れ中断(~7/12)
5月 盧武鉉大統領訪米(5/11~17)
06月 盧武鉉大統領訪日(6/6~9)
    韓国国家情報院,韓国に亡命した脱北者3689人に上ると発表
    開城工業団地着工式(6/30)
8月 SARSが世界中に猛威をふるい,旅行業界は大打撃をこうむる。3~8月上旬査証おりず。
    北京で第一回6ヶ国協議開催
10月 北朝鮮が地対艦ミサイルを日本海へ向け発射(10/21・25)
    中国呉邦国全人常務委員長訪朝し6カ国協議に出席するように要望
12月 北朝鮮,アイルランドと国交樹立(12/10)

2004年
1月 小泉首相靖国神社参拝
4月 金正日国防委員長訪中
    中朝国境付近の竜川駅で大規模な爆発
5月 南北将官クラスが初の会談
    小泉総理再訪朝(5/22)
9月 高英姫夫人の死亡説報道される(9/1)
12月 2006年独W杯アジア最終予選に北朝鮮と日本が同じ組になる(12/9)
    開城工業団地での生産開始

2005年
2月 北朝鮮が核保有を宣言
3月 サッカー観戦は韓国人不可     
    北朝鮮 祖国光復60周年&朝鮮労働党創建60周年で『アリラン祭典』開催を発表する(8/15~10/31)
4月 北朝鮮代表VS日本代表の平壌での試合が第三国タイに決定。
    近畿日本ツーリスト団体200名弾丸ツアーが中止(4/29)
6月 現代グループの金剛山観光が100万人突破。1日平均1000名
    金正日総書記が鄭東泳統一相と会談
    鄭東泳韓国統一部長官が北朝鮮訪問。金正日国防委員長と会談
7月 現代アサンが北朝鮮側と白頭山観光事業と合意。政府支援を要請
    韓国政府が北朝鮮へ200万キロワットの電力を直接供給する計画を発表
8月 「大マスゲームと芸術公演『アリラン』開催10月29日」12年まで毎夏恒例
9月 6ヶ国協議で共同声明採択

2006年
1月 金正日総書記,非公式に中国訪問。広州など滞在(1/17)
2月 金正日総書記,満64歳の誕生日を迎える(2/16)
6月 韓国人拉致被害者の金英男さんが母親らと再会
7月 北朝鮮長距離ミサイル「テポドン2」連続発射(7/5)
    北朝鮮から8月からのアリラン祭典は中止と発表
    日本政府,北朝鮮入国に関して『自粛』を通告
    女性秘書金玉を事実上の夫人とする報道(7/23)
8月 北朝鮮外務省が金融制裁拡大で米を非難。北京で金桂寛・北朝鮮外務次官とヒル米国務次官補が会談。中国の唐家璇国務委員が訪朝,金正日総書記と会談
9月 安倍晋三内閣発足(9/27)
10月 北朝鮮核実験行う
11月 北朝鮮日本人観光客受け入れを例年より1ヶ月前からださず
12月 6ヶ国協議再開。北朝鮮が米による金融制裁の解除を強硬主張。議長国の中国が調整も進展なく休会

2007年
1月 ベルリンで金次官とヒル次官補が会談
2月 北京で第5回3セッション六者協議開催。共同文書採択。平壌で南北閣僚級会談
    韓国,脱北者受け入れが1万名突破
3月 5月の離散家族再会で合意。韓国,対北肥料支援を再開
    金次官が訪米。米財務省がバンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮関連資金凍結解除を発表     
4月 対北40万トンのコメ支援で合意
5月 南北連結鉄道が試運転。京義線:開城工団行き南北貨物列車が56年ぶりに定期開通
6月 ヒル次官補が訪中し,中国の武大偉外務次官と会談。その後,訪朝
7月 外務省,北朝鮮「渡航自粛」勧告。ミサイル発射。アリラン中止発表(7/5)
    6カ国協議の合意に基づき,韓国が対北重油提供を開始。北朝鮮,核施設の稼動を停止
8月 北朝鮮,40年ぶりの集中豪雨による被害をこうむる(8/7)。アリラン祭典が中断と発表される。水害による死亡者600人
    南北首脳会談の開催を発表(8/28予定を10月に延期)(8/8)
9月  安倍晋三内閣総辞職,解散(9/25)
    福田康夫内閣発足(91代内閣総理大臣就任)(9/26)
10月 盧武鉉大統領,北朝鮮訪問。7年ぶり南北首脳会談開催
12月 韓国大統領選挙
    現代峨山主催の開城観光開始(12/5)※2008/11/28中断

2008年
2月 第17代大韓民国李明博大統領就任(2/25)
7月 KACツーリスト(96年~)閉鎖
    金剛山で北の兵士が韓国人観光客を射殺
8月 金正日国防委員長に重症説飛び交う
    NYCフィル歴史的平壌公演(8/26)
    金正日脳梗塞で倒れ,三男・金正雲後継者浮上
    “韓国へ偽装脱北”北朝鮮の30代スパイ摘発,軍部関係者も逮捕
    金剛山観光1998年~2008年の10年間で193万4662人,外国人1万2817人

2009年   
4月 北朝鮮,「衛星」称して長距離弾道ミサイル発射。日本上空を通過し太平洋に落下
5月 北朝鮮2回目の地下核実験
7月 NLLを超えた韓国漁船を北朝鮮が拿捕
11月 黄海で南北海軍の艦船が交戦
    廬武鉉前大統領,親族の不正資金疑惑で批判を受けたことを苦に自殺
    日本人の年間訪朝者数が100名を下回る

2010年
3月 北朝鮮の魚雷攻撃による韓国哨戒艦撃沈事件発生
9月 金正恩が人民軍大将,党中央軍事委員会副委員長に選任。後継者として公の場に初登場
11月 北がNLL近くの韓国・延坪島などを攻撃。韓国軍が応戦

2011年
11月 サッカーW杯アジア3次予選,日朝代表観戦ツアー
12月 朝鮮国際旅行社・李応哲北京代表と会う。日本人渡航者400名サッカーW杯ブラジル予選北朝鮮代表VS日本代表に観戦者160名含む
    金正日死去と報道される【17日死亡】(12/19)
  金正日総書記の永訣式(告別式)(12/19)
    金正恩最高司令官に任命

2012年
3月 JTB設立100周年(3/31)
4月 金正恩,第一書記に(4/11)
   「衛星」と称した弾道ミサイル発射,失敗(4/13)
    金正恩,国防委第一委員長に
    金日成生誕100年。金正恩,初の公開演説(4/15)
6月 日本のメディア各社の北朝鮮取材受け入れが盛んに
7月 金正恩,元師になる(7/17)
10月 北朝鮮観光,欧州から年間2万人,中国から2万人弱
12月 弾道ミサイル発射(12/12)

2013年
1月 国連安保理が発射を非難。制裁を強化。決議案を全会一致で採択(1/22)
    北朝鮮3度目の核実験実施を明言(1/24)
    朝鮮中央通信が,金正恩氏が「国家的な重大措置を取る断固たる決心を表明」と報道(1/26)
2月 北朝鮮3度目の核実験実施(2/12)
    中国国営中央テレビは核実験の直後,「北朝鮮でマグニチュード4.9の地震が発生した」と速報
   
(2013年3月現在)
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 11:15 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 23日

金日成の別荘(琵琶旅館)と旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)

羅先(北朝鮮)での宿泊先は、羅津市街地の近くの高台にある琵琶旅館でした。日本海が見渡せる好ロケーションです。数の多い中国人客は羅津ホテルという新しい大型ホテルに泊まるようですが、我々日本人客は客室数の少ない琵琶旅館があてがわれたようです。

館内には金日成や金正日が宿泊したというプレートが掲げられていました。かつて彼らの別荘として使われたようです。客室も見せてもらいました。かなり老朽化していますが、その造りは1920年代から30年代にかけて満洲各地に建てられたヤマトホテルによく似ていました。

羅津の中心地には、1939年に開業した旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)があります。こちらも老朽化が進んでいましたが、1930年代の日本のモダン建築そのもので、玄関ロビー正面の階段の重厚なところなど、旧ヤマトホテルチェーンのひとつであったことがよくわかります。

以下、上から9枚目までが琵琶旅館。残りの6枚が南山旅館です。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 09:48 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 23日

羅先(北朝鮮)の国際商品展示販売会で売られているもの

羅先(北朝鮮)の国際商品展示販売会で売られていた商品を並べてみます。

日本海でとれたカニや昆布といった海産物、農産物の加工品など、北朝鮮産の食品が多かったです。なかには冷麺のカップ麺もありました。おいしいのでしょうか。お酒は基本焼酎ですが、薬草入りやマツタケエキス入りなど、けっこう種類は豊富です。いちばんパッケージがきちんとしていたのが、平穣医科大学で開発したという漢方薬でした。平穣から来たという販売員は大学の関係者らしく、羅先ではあまり見かけない知的な感じの女性でした。

これらの商品の大半は中国人観光客が安いと買っていくそうです。もともとこの建物は、金日成が上陸した先鋒革命記念館だったものです。最近の北朝鮮情勢をみていると信じられないかもしれませんが、期間限定とはいえ、由緒ある革命施設を観光客向けの商品展示販売会に転用していることからも、周辺国を恫喝をする一方で、北朝鮮は外貨獲得のために外国人観光客の誘致に力を入れようとしていることが見てとれます。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 09:00 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 20日

羅先(北朝鮮)のグルメ~1泊2日食事4回のすべて

羅先にはわずか1泊2日の滞在でしたが、食事は想像以上に楽しめました。羅先で供されたのは、北朝鮮咸鏡北道の地方料理で、日本海でとれた海産物を豊富に使います。中華料理の油っこさや韓国料理のトウガラシ漬けの感じはなく、素材を活かした素朴な味わいなので、日本人の口には合うと思います。以下、1泊2日、計4回の食事の内容をすべてお見せします。

①1日目昼食(先鋒の朝鮮料理専門店)
初めての北朝鮮での食事だったので、どんなものが出てくるのかちょっとわくわくしましたが、ハタハタのボイル蒸しやジャガイモチジミなどは咸鏡北道の地方料理だと思われます。キムチもトウガラシが控え目で、食べやすかったです。
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②1日目夕食(羅津の金栄食堂)
せっかくの北朝鮮訪問ということで、この日はちょっと豪華にボタンエビのさしみや焼きホタテなどを既定のコースに加えて、追加注文しました。北朝鮮の地ビールや薬草入り&マツタケエキス入り焼酎などもいただきました。こちらの人は必ず「主食は何にしますか?」と尋ねるのですが、これはご飯か麺類を最後にしめで選ぶということで、冷麺を頼みました。日本人7名+ガイドと接待役、運転手の計10名で、追加料金は900元相当でした。
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③2日目の朝食(琵琶旅館の食堂)
ご飯とミソチゲとキムチの朝食です。
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④2日目の昼食(琵琶旅館の食堂)
当初は街場の食堂で食べるはずだったのですが、雨天で行きたい場所に行けなかったことと、お土産を買うため国際商品展示会をもう一度訪ねたいという声が参加者の中から出たため、スケジュールを変更した結果、昼食は朝と同じ琵琶旅館の食堂になりました。
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※2013年8月、再び北朝鮮を訪ねました。「【前編】北朝鮮のグルメ~5泊6日食事14回のすべて 」もどうぞ。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 15:38 | 朝鮮観光のしおり | Comments(3)
2013年 03月 20日

羅先(北朝鮮)で見かけた中国人観光客たち

羅先では、中国人観光客の姿をよく見かけました。同じ朝鮮族が住む延辺朝鮮族自治州はもちろんですが、北朝鮮と国境を接する中国吉林省の人たちからすると、羅先は気軽に行ける海外旅行先でもあります。中国人団体ツアー客の北朝鮮訪問は2009年に始まったとされますが、基本コースは我々外国人とほとんど同じなので、どこに行っても彼らと出くわすことになります。そこで見かける彼らの姿は、いまや世界中に出没するようになった中国人観光客と同様に、ある意味天真爛漫、でも受け入れ側の人たちの想いは……。北朝鮮においても、それは気にならないではありません。
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上から、羅先と琿春を結ぶバス、羅先劇場に向かう団体ツアー客、金正日花温室、外国文書店、羅津港、琵琶島遊覧船にて。
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以下、2012年から始まったマイカードライブ旅行の中国人たちです。この日は遼寧省瀋陽からのグループでした。マイカードライブといっても、各自が勝手に好きな場所を走っていいのではなく、既定のルートをリーダーを先頭に一列になって走ります。
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以下、羅先劇場の歌謡ショーの後、ステージに乱入する中国人たちです。子供たちがかわいくて仕方がないおばさんたちの気持ちはわからないではないですが、見方によっては、北朝鮮の子供たちを愛玩動物のように扱っているようにも思えてきます。
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ある延辺在住の朝鮮族の女性がこんな話をしてくれました。以前、羅先の南にある咸鏡北道の清津に社員旅行で出かけたとき、漢族のおばさんたちの旅行グループに会ったそうです。清津は羅先に比べると相当貧しい町だといいます。そこで、漢族のおばさんたちは北朝鮮の子供たちにお土産と称して、鉛筆やお菓子を手渡しているのですが、それは琿春の市場で売られる品質の最低なものばかりでした。「中国の子供にはこんな安いものを渡したりしないでしょうに……」。漢族のおばさんたちには、朝鮮民族に対する蔑みがあると彼女はいうのです。世界に大挙して繰り出す中国人観光客の天真爛漫さの背後に、こうした鈍感さがあるため、現地で反感を買っている面があることに、まだ彼らは十分気づいていないように思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 15:04 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 20日

羅先で見かけた北朝鮮の人たち 後編(一般市民)

次は、街で見かけた一般の人たちです。バスの車窓から少し遠目で撮ったものがほとんどですが、街の雰囲気も含めていまの羅先の姿が伝わってくるのではないかと思います。

①街中で見かけた人たち
最初は、羅先劇場の前で見かけた女子学生から。学校帰りと思われる子供たちもいます。自転車に乗っている人がけっこういます。人々が着ているものも、そんなにみすぼらしいことはありません。上から6枚目の自転車に乗った女性の背後に写っている高級車の隊列は、中国からのマイカー軍団です。この町で一般市民が仕事以外で自家用車に乗ることはなさそうです。
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②郊外で見かけた人たち
街を一歩外に出ると、のどかな農村風景が続きます。1980年代の中国もこんな感じだったことを思い出します。ここでも自転車に乗っているひとたちを多く見かけました。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 14:44 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)