ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 03月 23日

金日成の別荘(琵琶旅館)と旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)

羅先(北朝鮮)での宿泊先は、羅津市街地の近くの高台にある琵琶旅館でした。日本海が見渡せる好ロケーションです。数の多い中国人客は羅津ホテルという新しい大型ホテルに泊まるようですが、我々日本人客は客室数の少ない琵琶旅館があてがわれたようです。

館内には金日成や金正日が宿泊したというプレートが掲げられていました。かつて彼らの別荘として使われたようです。客室も見せてもらいました。かなり老朽化していますが、その造りは1920年代から30年代にかけて満洲各地に建てられたヤマトホテルによく似ていました。

羅津の中心地には、1939年に開業した旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)があります。こちらも老朽化が進んでいましたが、1930年代の日本のモダン建築そのもので、玄関ロビー正面の階段の重厚なところなど、旧ヤマトホテルチェーンのひとつであったことがよくわかります。

以下、上から9枚目までが琵琶旅館。残りの6枚が南山旅館です。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 09:48 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 23日

羅先(北朝鮮)の国際商品展示販売会で売られているもの

羅先(北朝鮮)の国際商品展示販売会で売られていた商品を並べてみます。

日本海でとれたカニや昆布といった海産物、農産物の加工品など、北朝鮮産の食品が多かったです。なかには冷麺のカップ麺もありました。おいしいのでしょうか。お酒は基本焼酎ですが、薬草入りやマツタケエキス入りなど、けっこう種類は豊富です。いちばんパッケージがきちんとしていたのが、平穣医科大学で開発したという漢方薬でした。平穣から来たという販売員は大学の関係者らしく、羅先ではあまり見かけない知的な感じの女性でした。

これらの商品の大半は中国人観光客が安いと買っていくそうです。もともとこの建物は、金日成が上陸した先鋒革命記念館だったものです。最近の北朝鮮情勢をみていると信じられないかもしれませんが、期間限定とはいえ、由緒ある革命施設を観光客向けの商品展示販売会に転用していることからも、周辺国を恫喝をする一方で、北朝鮮は外貨獲得のために外国人観光客の誘致に力を入れようとしていることが見てとれます。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-23 09:00 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 20日

羅先(北朝鮮)のグルメ~1泊2日食事4回のすべて

羅先にはわずか1泊2日の滞在でしたが、食事は想像以上に楽しめました。羅先で供されたのは、北朝鮮咸鏡北道の地方料理で、日本海でとれた海産物を豊富に使います。中華料理の油っこさや韓国料理のトウガラシ漬けの感じはなく、素材を活かした素朴な味わいなので、日本人の口には合うと思います。以下、1泊2日、計4回の食事の内容をすべてお見せします。

①1日目昼食(先鋒の朝鮮料理専門店)
初めての北朝鮮での食事だったので、どんなものが出てくるのかちょっとわくわくしましたが、ハタハタのボイル蒸しやジャガイモチジミなどは咸鏡北道の地方料理だと思われます。キムチもトウガラシが控え目で、食べやすかったです。
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②1日目夕食(羅津の金栄食堂)
せっかくの北朝鮮訪問ということで、この日はちょっと豪華にボタンエビのさしみや焼きホタテなどを既定のコースに加えて、追加注文しました。北朝鮮の地ビールや薬草入り&マツタケエキス入り焼酎などもいただきました。こちらの人は必ず「主食は何にしますか?」と尋ねるのですが、これはご飯か麺類を最後にしめで選ぶということで、冷麺を頼みました。日本人7名+ガイドと接待役、運転手の計10名で、追加料金は900元相当でした。
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③2日目の朝食(琵琶旅館の食堂)
ご飯とミソチゲとキムチの朝食です。
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④2日目の昼食(琵琶旅館の食堂)
当初は街場の食堂で食べるはずだったのですが、雨天で行きたい場所に行けなかったことと、お土産を買うため国際商品展示会をもう一度訪ねたいという声が参加者の中から出たため、スケジュールを変更した結果、昼食は朝と同じ琵琶旅館の食堂になりました。
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※2013年8月、再び北朝鮮を訪ねました。「【前編】北朝鮮のグルメ~5泊6日食事14回のすべて 」もどうぞ。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 15:38 | 朝鮮観光のしおり | Comments(3)
2013年 03月 20日

羅先(北朝鮮)で見かけた中国人観光客たち

羅先では、中国人観光客の姿をよく見かけました。同じ朝鮮族が住む延辺朝鮮族自治州はもちろんですが、北朝鮮と国境を接する中国吉林省の人たちからすると、羅先は気軽に行ける海外旅行先でもあります。中国人団体ツアー客の北朝鮮訪問は2009年に始まったとされますが、基本コースは我々外国人とほとんど同じなので、どこに行っても彼らと出くわすことになります。そこで見かける彼らの姿は、いまや世界中に出没するようになった中国人観光客と同様に、ある意味天真爛漫、でも受け入れ側の人たちの想いは……。北朝鮮においても、それは気にならないではありません。
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上から、羅先と琿春を結ぶバス、羅先劇場に向かう団体ツアー客、金正日花温室、外国文書店、羅津港、琵琶島遊覧船にて。
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以下、2012年から始まったマイカードライブ旅行の中国人たちです。この日は遼寧省瀋陽からのグループでした。マイカードライブといっても、各自が勝手に好きな場所を走っていいのではなく、既定のルートをリーダーを先頭に一列になって走ります。
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以下、羅先劇場の歌謡ショーの後、ステージに乱入する中国人たちです。子供たちがかわいくて仕方がないおばさんたちの気持ちはわからないではないですが、見方によっては、北朝鮮の子供たちを愛玩動物のように扱っているようにも思えてきます。
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ある延辺在住の朝鮮族の女性がこんな話をしてくれました。以前、羅先の南にある咸鏡北道の清津に社員旅行で出かけたとき、漢族のおばさんたちの旅行グループに会ったそうです。清津は羅先に比べると相当貧しい町だといいます。そこで、漢族のおばさんたちは北朝鮮の子供たちにお土産と称して、鉛筆やお菓子を手渡しているのですが、それは琿春の市場で売られる品質の最低なものばかりでした。「中国の子供にはこんな安いものを渡したりしないでしょうに……」。漢族のおばさんたちには、朝鮮民族に対する蔑みがあると彼女はいうのです。世界に大挙して繰り出す中国人観光客の天真爛漫さの背後に、こうした鈍感さがあるため、現地で反感を買っている面があることに、まだ彼らは十分気づいていないように思います。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 15:04 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 20日

羅先で見かけた北朝鮮の人たち 後編(一般市民)

次は、街で見かけた一般の人たちです。バスの車窓から少し遠目で撮ったものがほとんどですが、街の雰囲気も含めていまの羅先の姿が伝わってくるのではないかと思います。

①街中で見かけた人たち
最初は、羅先劇場の前で見かけた女子学生から。学校帰りと思われる子供たちもいます。自転車に乗っている人がけっこういます。人々が着ているものも、そんなにみすぼらしいことはありません。上から6枚目の自転車に乗った女性の背後に写っている高級車の隊列は、中国からのマイカー軍団です。この町で一般市民が仕事以外で自家用車に乗ることはなさそうです。
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②郊外で見かけた人たち
街を一歩外に出ると、のどかな農村風景が続きます。1980年代の中国もこんな感じだったことを思い出します。ここでも自転車に乗っているひとたちを多く見かけました。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 14:44 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2013年 03月 20日

羅先で見かけた北朝鮮の人たち 前編(接待役)

2012年6月下旬、ぼくは北朝鮮の羅先に行きました。そのレポートは以前ある雑誌にも書きましたが、ここでは現地で見かけた北朝鮮の人たちのスナップを紹介します。
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昨年秋以降の核実験騒動で状況が一変してしまった北朝鮮情勢ですが、ぼくら7名の「日本人観光団」が羅先に入るのは10数年ぶりとのことで、接待役の北朝鮮の担当者はとてもフレンドリーでした。直接市民に触れる市場などを除けば、こちらのリクエストする場所にはほぼ案内してくれます。写真の撮影に関しても、もうひとりいた朝鮮旅行社から派遣されたガイド氏が車窓からの撮影について神経質なまでにNGを告げてくるのに対し、接待役の彼は「大丈夫です。どうぞ撮ってください」と鷹揚な対応ぶりでガイド氏を制してくれたので、比較的自由にシャッターを切ることができました。

1泊2日のわずかな時間で撮られた数百枚の写真の中で、北朝鮮の民間人が写り込んでいるものを並べてみると、あることに気が付きました。それは考えてみれば当たり前のことなのですが、外国人を接待する仕事をしている人たちほど、我々に近い場所にいて、被写体としても寄った写真が撮れています。彼らは外国人を接遇するために選ばれたある意味特別な人たちだと思われます。

一方、一般の民間人には話しかけたりするチャンスはないため、大半は通りすがりの市民を少し遠目から押さえた写真ばかりです。それでも、羅先という中ロ国境に接した経済開発特区(名ばかりという気もしますが、内部の貧困地区に比べると、格段に生活環境はいいと考えられます)で見かけた北朝鮮の普通の人たちの姿であることは確かです。

まずは接待の仕事をする人たちから。撮影は佐藤憲一さんです。

①羅先劇場歌謡ショーの少年少女たち
実は、この子たちと間近に接することができるとは思っていなかったのですが、ショーが終わると同時に、観客席から中国人のおばさんたちが一斉にステージに駆け上がり、北朝鮮の子供たちを抱き上げ、記念撮影を始めたため、ぼくらもその機に乗じて写真を撮った次第です。おしろいを塗りたくられた子供たちの表情は、いたいけというよりどこかうつろで、何かを演じきろうとしているように見えてしまいます。まぎれもなく、この子たちこそ、北朝鮮を代表する強力な接待要員といえるでしょう。
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②国際商品展示会の売り子たち
みなさん派手なチマチョゴリを着飾った若い女性ばかりです。外国人の接客にも慣れていて、気さくな対応ぶりが印象に残りました。
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③羅先劇場の観光客相手のサービス要員
羅津市街地を一望にできる高台にある羅先劇場では、毎日夕刻になると、この地区を訪れた外国人観光客が全員集められ、少年少女の歓迎ショーを観ることになります。そのサービス要員(朝鮮旅行社のスタッフ)も大半が若い女性で、チマチョゴリを着ています。外国人観光客はここで金日成主席にご挨拶するというのがお約束のようで、その肖像画をバックに記念撮影するというのもツアーの行程に組み込まれています。シャッター役になるのが彼女たちです。
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④エンペラーホテル&カジノの服務員
香港資本のエンペラーホテル&カジノでも、北朝鮮の若い女性が服務員として働いています。
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by sanyo-kansatu | 2013-03-20 14:27 | 朝鮮観光のしおり | Comments(3)
2013年 03月 16日

中国吉林省延辺朝鮮族自治州・延吉の朝市 後編★地元グルメもいっぱい

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中国吉林省にある延辺朝鮮族自治州・延吉の朝市の写真の後編です。市場の中には屋台もたくさんあり、地元グルメを食べ歩きできてしまいます。

写真を見ればおわかりのように、延辺は朝鮮族と漢族が集住する地域らしく、両民族の食文化が混交しています。実際には、すでに朝鮮族の比率は3割といわれるほど、漢族化が進んでいるという実情もあります。

後半に朝市で売られる北朝鮮の歌謡VCDやこの地域特有の食材などを紹介していますが、一部見る方によっては問題を感じられるかもしれない写真も含まれています。それは犬食の習慣に関わるものですが、この地域では、ごく普通に見られる光景であることをご理解ください。決して覗き見的な意図や露悪趣味によるものではなく、我々が延辺朝鮮族自治州という地域を訪ねるとき、インパクトの強い光景ではあるけれど、この地の食文化を理解するうえで、はずせないものだと考えるからです。(撮影:佐藤憲一/2012年6月下旬)
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by sanyo-kansatu | 2013-03-16 13:26 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2013年 03月 16日

中国吉林省延辺朝鮮族自治州・延吉の朝市 前編★キムチがいっぱい

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中国吉林省にある延辺朝鮮族自治州・延吉の朝市の写真です。この朝市は、毎年4月中旬から10月中旬にかけて、延吉市の市街地を流れる煙集河と参花街にはさまれた河川敷に立ちます。朝4時半~7時頃までにぎわっています。地元でとれた農産物や日用雑貨など、いろんなものが売られています。

以下、食材を中心に紹介します(撮影:佐藤憲一/2012年6月下旬)
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by sanyo-kansatu | 2013-03-16 12:58 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2012年 12月 30日

北朝鮮 羅先観光の現在

「週刊東洋経済」に書いた北朝鮮・羅先(羅津・先鋒)経済貿易特区訪問記(2012年6月下旬)の補足情報。その2。

今回参加した朝鮮国際旅行社による延辺発羅先行き1泊2日ツアーの訪問地は以下のとおり。基本的に中国人客も我々その他外国人も同じルートをたどることになる(中国のマイカー軍団も同じルートを自家用車で走る)。

【1日目】
●国際商品展示会(北朝鮮産品の外国人観光客向け臨時販売所となっている。常時開かれているわけではない。日本海の蟹や昆布などの海産物、地酒、工芸品、平壌医科大学の漢方薬のブースあり)

●金日成花温室(ベコニアを改良した金日成花の植物園)

●羅津駅(1935年開通。ただし、車で駅舎の前を通り過ぎるだけ。正面に金日成の肖像画あり)

●羅津港(1936年開港。3つの埠頭がある。ここ数年、中国は石炭2万トンを上海に向けて数回積み出したが、羅先市内の道路事情や中朝間の鉄道輸送に支障があり、今春以来再開されていない)

●羅先市美術展覧館(朝鮮労働党のプロパガンダポスターや風景画などを展示販売)

●外国文書店(外国人向けに朝鮮事情を紹介する書籍や地図類を販売。日本語版もある)

●南山旅館(旧羅津ヤマトホテル。1939年開業。昭和モダンの風格)

●羅先劇場(地元少年少女による歓迎の舞踊公演。公演前には金日成主席の前でお約束の記念撮影がある。その日、羅先を訪問した外国客約400名全員が集められた。大半が中国人で日本人以外はフランス人グループのみ)

●琵琶旅館(宿泊先。以前金日成・正日親子が別荘とした客室あり)

【2日目】
●エンペラーホテル&カジノ(香港資本で99年開業。2004年延辺の地方政府幹部が公金を使い果たす事件が発生。カジノが一時撤去されたが、07年再開。顧客の99%は中国人。従業員の多くは北朝鮮人だが、一般人民は入館禁止。ミャンマーやベトナムの国境地帯にある中国人専用カジノと同様の存在のようだ) 

●琵琶島遊覧船クルーズ(オットセイの棲息地へ。遼寧省から来た中国団体客と同乗)

●琵琶島海水浴場(夏場に極東から訪れるロシア庶民向けリゾート地)

短い日程だったが、いくつかの発見があった。1987年に解禁された北朝鮮観光の当時の様子について、作家の関川夏央は「銅像やら革命史跡やらがある点から点へと『団体旅行』で引きまわされる」(『退屈な迷宮-「北朝鮮」とは何だったのか』(1992))と書いているが、今回そのような場所には行かなかった。なにしろ金日成率いる朝鮮人民解放軍上陸を記念した先鋒革命事績館が国際商品展示会に転用されていたほど。現在、先鋒に中国資本の観光客向けショッピングセンターが建設中だ。

朝鮮戦争や古代史をめぐる中朝の歴史観の確執から、中国客は北朝鮮側の展示を好まない(中国側の旅行業者の話)というが、革命史跡をあえて外すという北朝鮮ツアーの変質は、97年以降海外旅行が解禁された中国人の大量入国の影響もあるのではなかろうか。

その数、年間2万人という(あくまで観光客。ビジネス渡航は別)。実は、ヨーロッパからの観光客もほぼ同じ数だけいるらしい(これは後日、北京の高麗旅行社に確認したところ、誤りと判明。ヨーロッパ客は年間約4000人とのこと)。

なにしろヨーロッパの大半の国は北朝鮮と国交を結んでいる。主要国で結んでいないのは日本とアメリカくらいか。北京にある英国人経営の旅行会社が催行するツアーが人気だという。やはりヨーロッパからみると、安全保障は現実問題として遠い話であり、純粋にツーリズムの観点から「神秘の国」というイメージがあるのだろう。この点については、今度調べてみたい。

前書記の死去にともなう政権交代を機に、2012年上半期において多くの日本のメディアが北朝鮮入りを促され、平壌を中心とした同国の改革開放の進展ぶりを報道したが、ミサイル発射騒動で事態は逆戻りするのか。今後の成り行きが気になるところだ。

上から国際商品展示会、中国人マイカー軍団、金日成花温室、羅津駅、羅津港、羅先市美術展覧館、外国文書店、南山旅館、羅先劇場前の記念撮影、舞踊ショーと終演後、舞台に乱入する中国人観光客、琵琶旅館、琵琶島遊覧船クルーズ、エンペラーホテル&カジノ、琵琶島海水浴場。撮影は佐藤憲一さんです。
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by sanyo-kansatu | 2012-12-30 06:41 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2012年 12月 30日

羅先(北朝鮮)はかつての「日満最短ルート」の玄関口

「週刊東洋経済」に書いた北朝鮮・羅先(羅津・先鋒)経済貿易特区訪問記(2012年6月下旬)の補足情報。その1。
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羅津駅

羅先は1930年代半ば、満州事変後の日本が開発した港町だ。対ソ戦を意識した軍部と経済効率性を重視した満鉄が主導した新京(長春)や北満を北朝鮮東海岸経由で日本と結ぶ「日満最短ルート」の玄関口としてにぎわった。

「日満最短ルート」の提唱者には古くは内藤湖南がおり、満州国建国後は石原莞爾もそう。

日本が「間島」に進出したのは日露戦争後、いわゆる「間島協約」で延辺=「間島」の帰属問題(清か大韓帝国か)の調停をロシアに代わって介入したことに始まる。その後、日韓併合を経て、「間島」と日本をつなぐ玄関口となる清津港を開港させ、1917年に敦賀・清津間を平壌丸が就航している。 

当時、「間島」と清津をつないだのは天図軽便鉄道。日本は本格的な鉄道敷設を企図するが、「関島」では在住朝鮮人による反対の動き(大韓国復興に障害を来たすとの主張から)があり、敷設交渉が難航する。結局、満州事変以後、満鉄と軍はフリーハンドで吉会鉄道(吉林・会寧)を開通させ、そこから羅津港につなげる雄羅鉄道(雄基=先鋒・羅津)を敷設した。羅津港開港は1936年。

「日満最短ルート」が実質機能したのは1945年までの数年間にすぎないが、同誌にも書いたように、日本の敗戦後、70年間何も変わらなかったこの町に残っていたのは、ソ連のプラントと香港のカジノを除けば、日本時代に投資されたインフラだったことがわかる。その再活用にはまだ時間がかかりそうだ。

上から、1935年開通の雄羅線(雄基・羅津)の現在、南山旅館(旧ヤマトホテル)、羅津港、先鋒の町、中朝を結ぶ圏河橋(1937年竣工。2010年に改修され現在の姿に)。撮影は佐藤憲一さん。
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by sanyo-kansatu | 2012-12-30 05:51 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)