ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2016年 12月 13日

神社の跡地にできた公園の展望台は北朝鮮を望む絶景スポット(中国遼寧省丹東市)

中国東北地方の各都市には、満洲国時代に建てられた神社の跡地があり、そこはたいてい公園となっています。大連の労働公園(大連神社跡地)がそうですし、今夏訪ねた内モンゴル自治区のフルンボイル市ハイラル区の市街地にある西山広場(ハイラル神社跡地)もそうです。
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中朝国境最大の町、丹東にもかつて神社がありました。安東神社です。創建は1905(明治38)年10月3日といいますから、日露戦争直後に建てられたことがわかります。
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当時の絵葉書をみると、巨大な鳥居の向こうにスロープ状の参道と小鳥居、拝殿が見えます。
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これが跡地で、当時もいまも錦江山公園といいます。以下は、今年7月に訪ねたときの写真です。安東神社の廃絶は、日本の終戦の1945年ですが、いまでは日本の鳥居が中華風の派手な門に置き換えられています。
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これが当時の参道です。
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拝殿に至る階段の手前に石橋が残っています。
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日本時代の年号などが塗りつぶされています。
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ここが拝殿跡地だそうです。
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公園は錦江山の山腹に広がっていて、市民の散策コースになっています。
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緑に囲まれた散策コースは整備されています。
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15分ほど登ると、高台に中華風の「錦江亭」という展望台が立っています。ここからは、鴨緑江の対岸の北朝鮮の新義州の町並みが見渡せます。
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この日は空がかすんでいて、はっきりとは対岸が見渡せませんでしたが、右手に見える丹東駅とその先に鴨緑江断橋が見えます。
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これではつまらないので、2012年夏に錦江山公園の東にある黄海明珠(テレビ塔)から見た写真をお見せしましょう。

鴨緑江遊覧ボートで見る中朝の発展格差をどう考える?(遼寧省丹東市)
http://inbound.exblog.jp/20510174/

鴨緑江をはさんだ中朝の経済格差は歴然としています。はるかかなたに見えるビル群は、旧市街地から政治機能を移転するべく開発が進められている丹東新区です。

ところで、錦江山公園にはもうひとつ「曙光閣」という展望台があるのですが、日本の天守閣を模した不思議な外観をしています。
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さらに面白いのは、「錦江亭」のそばの茂みの中に、「皇帝陛下安東地方巡狩紀念」と刻まれた石碑が立っていることです。
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「巡狩」とは、古代中国で天子が諸国を巡視したことを意味しますが、ここでいう天子は、満洲国皇帝溥儀のことです。

石碑の裏には、満洲国崩壊時に国務院政務長官を務めた武部六蔵の名が刻まれています。
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なぜこんなものがいまも残っているのか。旅順の二〇三高地の山腹に戦死した乃木希典大将の次男の保典の碑が置かれているケースはありますが、基本的に「偽」満洲国時代の石碑等は打ち壊されたはずでした。金州南山の乃木の句を刻んだ碑も倒され、台座のみしか残っていません(碑自体は、旅順日露刑務所旧址に展示)。こんなに堂々と石碑が立っているのはちょっと驚きでした。

地元の日本語ガイドの閻宇飛さんによると「いったん倒して山の中に埋めたのだが、2000年代に入って「愛国歴史教育」の素材として、土から掘り出し、同じ場所に置いた」そうです。
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まあいろんなことがあるものです。錦江山公園は約1時間もあれば散策できますし、何より北朝鮮の町並みが見渡せるので、ぜひ訪ねてほしいスポットです。
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これは1940年代の丹東(当時は安東)の観光マップです。確かに、駅の北側に安東神社があります。
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by sanyo-kansatu | 2016-12-13 13:29 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2016年 12月 13日

これが2015年9月に完成した中朝国境に架かる新鴨緑江大橋です

今年7月下旬、中国遼寧省丹東を訪ねています。2015年9月に完成した中朝国境に架かる新鴨緑江大橋を見に行きました。
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あいにくの梅雨空で、鴨緑江を霧が覆っているため、巨大な橋梁を確かめることはできましたが、対岸はまったく見えません。
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中国の大手検索サイト「百度」によると、全長約2km、幅33mの吊り橋です。場所は鴨緑江断橋の約20km下流に位置します。

新鸭绿江大桥(百度)
http://baike.baidu.com/view/3301989.htm

以下のデイリーNK情報によると、ちょうどぼくが丹東にいた日(2016年7月27日)は、かつて中朝間で合意されたという丹東から平壌を経て韓国との軍事境界線に近い開城に至る全長410kmの高速道路建設の着工日とされていたそうです。

中朝高速道路、着工式行われなかった訳(デイリーNK2016年08月02日)
http://dailynk.jp/archives/71687

その日、中国側の起点となる新鴨緑江大橋のたもとを訪ねたわけですが、ぼくが見たのは、ご覧のように川べりの釣り人や地元の若者たちがたむろする光景だけでした。
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着工式どころではなかった理由についてデイリーNKは「中国当局は、北朝鮮の相次ぐ核実験、ミサイル発射実験、国連安保理の対北朝鮮制裁決議の採択などで負担を感じ、着工を避けているとの見方がある」と書いています。

中国側は大橋の手前にすでに「国門大廈」というビルやイミグレーション施設を建設しています。地元の人によれば、「国門大廈」には、中国のビジネスホテルチェーン大手「錦江之星」のホテルが入るそうです。
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ぼくはこの橋の着工の決まった2009年頃から2年おきに丹東を訪ねています。以来、いつ開通するのか、毎回地元の人に尋ねてきました。でも、橋の完成をもってもいまだに開通には至っていません。

「新鴨緑江大橋が半分くらいできた」と地元の人に聞きました(2013.6.5)
http://inbound.exblog.jp/20555737/

中朝新国境橋が完成しても開通できない理由(2014.12.30)
http://inbound.exblog.jp/23944673/

この橋からも近い丹東新区には北朝鮮総領事館もあります。
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また中朝が共同で開発するといわれて久しい「黄金坪」も、2年ぶりに訪ねましたが、水田の中に一軒、管理事務所ビルができていただけでした。
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中朝共同開発の工業団地「黄金坪」はいまだ停滞中(2014.12.30)
http://inbound.exblog.jp/23944634/
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今回、鴨緑江を眺めていてちょっと面白かったのは、朝鮮の人たちが乗る船を見かけたことくらいでしょうか。朝鮮領沿いを航行するため、遠く離れているのですが、船に自転車を積んで、上流に向かっていました。
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by sanyo-kansatu | 2016-12-13 11:53 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2016年 12月 13日

高速鉄道で大連から2時間! 日帰り可能になった中朝国境の町、丹東

2015年12月17日、中国遼寧省の大連から中朝国境最大の町、丹東までを結ぶ「丹大快鉄(丹大高速鉄道)」が開通しました。おかげで、これまでバスや車で4時間近くかかっていた両都市間の移動が約2時間に短縮され、日帰りが可能になりました。

今年7月下旬、丹東・大連間を乗車しました。以前は起伏のないトウモロコシ畑の中の高速道路の1本道をバスで延々4時間走り続けるしかなかったのですが、いまや快適な旅と時短が実現されたので、大連を訪ねる人は、ぜひ丹東まで足を延ばしてほしいです。丹東はとても面白い町だからです。特に北朝鮮情勢に関心のある人には、たまらない町でしょう。

これが丹東駅です。この駅は、瀋陽への高速鉄道「瀋丹高鉄」(2015年9月1日開通)の発着駅でもあります。
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高速鉄道の予約はネットででき、駅構内の自動発券所で受け取れます。ただし、中国の身分証名書を持つ国内客のみ利用可能です。外国人のパスポートを読み取るしくみがないため、我々は中国オンライン旅行大手のCTripで予約はできますが、チケットの受け取りは窓口に並ばなければなりません。
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さらに、丹東駅は鴨緑江をまたいだ対岸の北朝鮮・平壌行きの国際列車の中国側国境駅でもあります。
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国際列車95次★丹東~平壌
発 丹東10:00(毎日)
着 平壌17:45

列車編成
1号車  硬臥車 丹東~平壌 ①  
2号車  硬臥車    〃 
3号車  硬臥車 北京~平壌 ②  
4号車  軟臥車    〃 
http://gb-travel.jugem.jp/?eid=9

丹東駅は20世紀初頭に朝鮮鉄道から接続させるべく、鴨緑江に橋を架け、建設した駅です。その歴史については、駅ターミナルにパネルが並べられ、解説されています。

ターミナル構内に展示された駅舎の変遷の記憶(中国瀋丹線・丹東駅)
http://inbound.exblog.jp/20541074/

今回、乗車したのは、18時42分丹東発大連行きでした。瀋陽から丹東を経て大連まで走る便です。
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改札を抜け、ホームに至る通路に2015年10月中旬に丹東で開かれた中朝(貿易)博覧会の電光ポスターがいまだに残っていました。中朝関係の変調で、今年の開催は見送られています。
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これが乗車した「和諧号」で、車両には「CRH380BG」や「CRH5型」などがあるようです。丹東・大連間のチケット代は、2等が108.5元、1等が173.5 元です。2016年12月現在、1日14本走っています。
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両都市間には、13の駅がありますが、1日数回しか停車しない駅もあります。中国の大手検索サイト「百度」をみると、すべての駅の写真が載っていました。

丹大高速铁路
http://baike.baidu.com/view/3898992.htm

ところで、この高速鉄道の正式名は「丹大快鉄(丹大高速鉄道)」で、その理由は最高時速200kmだからです。250km以上を出すのが「高鉄」というわけです。ところが、中国のネット上では、「百度」もそうですが、そのへんはあいまいなようで、一般用語として定着している「高鉄」と表記される場合が多いようです。

20時42分、大連北駅に到着しました。あっという間の列車旅でした。
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今回初めて大連北駅を利用しました。中国の新しい鉄道駅はどこでもそうですが、やたらと巨大です。
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市内へは地下鉄もつながっているのですが、バスも出ています。
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今年5月に続き、10月末大連の地下鉄の2本目が開通しました
http://inbound.exblog.jp/25064248/

これ以外にも、中国東北地方にはすでに6本の高速鉄道が開通しています。おかげで、いまの満洲では都市間移動が飛躍的に便利になっています。
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「地球の歩き方 大連、瀋陽、ハルビン」(2017-18年版)p40より
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by sanyo-kansatu | 2016-12-13 11:52 | 日本人が知らない21世紀の満洲 | Comments(0)
2016年 12月 10日

今夏の大雨で北朝鮮・南陽のまちの景観は大きく変わりました

2016年8月29日~31日にかけて、北朝鮮北東部を襲った台風は、中朝国境を流れる豆満江(中国名:図們江)流域に大雨を降らせ、大洪水を引き起こしました。

多くの被災者や住居を失った北朝鮮住民が出たことは、洪水から数日後、北朝鮮の通信社が伝え、政府が「異例」の支援要請をしたことも報じられました。

北朝鮮北東部で「史上最悪」の洪水、4万4000人が避難(AFP2016年09月03日)
http://www.afpbb.com/articles/-/3099671

北朝鮮で深刻な洪水被害、政府が異例の支援要請(CNN2016.09.13)
http://www.cnn.co.jp/world/35088955.html

もっとも、事態の深刻さは、豆満江の対岸に住む吉林省延辺朝鮮族自治州の住民の目にはすでに明らかでした。とりわけ、北朝鮮との国境ゲートのある図們市からは、川向かいの咸鏡北道・南陽のまちが丸見えだったからです。

実は、北朝鮮北東部を大雨による洪水が襲ったのは、2015年夏に続くことだったのですが、昨年の場合、被災したのは、豆満江流域ではなく、羅先市などの日本海側に面した地域で、中国から見える場所ではありませんでした。今年4月に現地を訪ねた人の話では、中国国境から経済特区の羅先にある羅津港まで結んでいた舗装道路(中国側が羅津港の利用と引き換えに建設した)が、樹木をほとんど伐採してしまったはげ山からの鉄砲水で寸断され、多くの民家が流され、被災者が続出したそうです。それでも、彼の訪ねた8ヵ月後、被災地には仮設住居が建てられていたといいます。

高級車を連ねて経済特区を爆走 中国の観光客と北朝鮮に行ってみた(「週刊東洋経済」2012.9.29号)
http://inbound.exblog.jp/19750680/

今年の洪水後の南陽での復旧作業と住宅建設もまた、かなりのスピードで行われたようです。中国から(つまりは、世界から)丸見えの場所である以上、朝鮮側としては「見られている」ことを意識し、果断な処置を行ったことも考えられます。

その復旧の様子は、朝日新聞瀋陽支局の記者が定期的にウォッチングしていました。

(@図們)北朝鮮の洪水被災地はいま(朝日新聞2016年10月29日)
http://www.asahi.com/articles/ASJBT5W3MJBTUHBI029.html

この記事では、被災前の今年3月10日の南陽の写真から、大雨で豆満江があふれんばかりに増水している8月末、被災直後の9月10日、集合住宅の建設が進む9月24日の写真が掲載されていて、興味深いです。

北朝鮮、過酷な「200日戦闘」手作業で集合住宅建設(朝日新聞2016年11月1日)
http://www.asahi.com/articles/ASJBX7WZQJBXUHBI04Y.html

百年に一度といわれた洪水で被災した南陽は、11月中旬に入ると、約2カ月半の復旧作業によって、この写真のように、集合住宅の並ぶ町並みに一変しました。この写真は、現地在住の知り合いが送ってくれたものです。
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ちなみに、こちらは10月中旬の写真です。この時期には、まだ住宅の工事が続いていました。
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これらの写真を見て、ぼくはかなり驚きました。というのは、今年7月中旬、図們を訪ねていたからです。そのとき、撮った南陽の写真がこれです。
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大水によって荒々しく削り取られた川沿いも、1ヵ月半前はこのように緑で覆われていたのです。

以下、南陽のまちが見渡せる小高い丘から撮った当時の写真を並べてみましょう。
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集落の中に学校が見えます。
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高校生くらいの男子生徒がサッカーをして遊んでいます。
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中朝を結ぶ鉄道国境の朝鮮側です。
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撮影したのは、日光山森林公園の展望台です。
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同じ場所には、2014年夏にも訪ねていて、そのとき撮った写真はここにアップしていますが、今夏までとはほぼ変わっていませんでした。

図們から対岸の南陽(北朝鮮)の町を眺める(2014年夏)
http://inbound.exblog.jp/23906840/

しかも、1ヵ月半後には大水となる豆満江を遊覧ボートに乗って、今回ものんきに中朝国境体験を楽しんだりしていたのでした。

図們江で遊覧ボート乗船。草むらからこちらを覗く北朝鮮兵にドキリ
http://inbound.exblog.jp/23907143/

こうしてのどかなまちの景観は、大雨による洪水で大きく変わってしまいました。もうすぐ豆満江も氷結することでしょう。

【追記】
この記事をアップした3日後、前述の朝日新聞瀋陽支局の記者が図們を訪ね、南陽の写真を配信しました。延辺の友人が送ってくれた写真が撮られてから半月後(12月1日撮影)の様子といえます。

洪水被災地、50日でアパート群完成 北朝鮮、ほぼ手作業で(朝日新聞2016年12月13日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12702547.html

今夏に台風被害を受けた北朝鮮の咸鏡北道南陽で、新たに建設されていたアパート群が完成した。北朝鮮の朝鮮中央通信によると、咸鏡北道の被災地では先月11日までに、約1万1900戸分の住宅の建設が終わったという。

国連人道問題調整事務所によると、北朝鮮北東部を8月末から9月初めにかけて襲った台風による洪水被害の死者・不明者は500人を超え、約6万9千人が住まいを失った。南陽でも軍部隊や住民が動員され、5階建てアパートなどの建設が始まった。毎日早朝から深夜までほぼ手作業で建設にあたり、50日ほどで完成させた。

中朝国境を流れる図們江(北朝鮮名・豆満江)の対岸にある中国・吉林省延辺朝鮮族自治州図們の高台からは、入居したとみられる住民の姿が確認できた。図們の住民は「電気が不足しているのか、部屋の明かりは少ない」と話した。

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by sanyo-kansatu | 2016-12-10 09:35 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2015年 10月 24日

朝鮮の「コスモス街道」と母への思慕

9月下旬、北朝鮮の咸興や開城を訪ねたのですが、印象に残ったのは、街道沿いに咲き乱れるコスモスでした。

激しく揺れる車の中からしか撮れないため、残念なピンボケ写真となってしまいましたが、これは元山から咸興に向かう道中のワンカットです。制服姿の女子学生が自転車に乗ってコスモスの咲く並木道を走っています。
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こっちはピンが多少合いましたが、このとおり。さしずめ「コスモス街道」とでも呼べばいいのでしょうか。
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これは平壌から元山に向かう沿道です。
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こちらは平壌から開城への沿道です。
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ちなみに、これは平壌空港から市内に向かう道路です。
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つまり、今回訪ねた平壌から元山経由で咸興へ、また開城への幹線道路沿いにはコスモスの花がほぼ途切れることなく咲いていたのです。これは明らかに自生ではなく、人為的に植えられたものでしょう。2年前の平壌から元山に向かう街道沿いにもコスモスが咲いていた記憶はありますが、いまよりまばらだった気がします。

いったいこれはどういうことだろう。ガイドに聞くと「金正恩第一書記が国民の目を楽しませるために、朝鮮全土の街道沿いにコスモスを咲かせるよう指導したものですが、金正日元帥の時代から少しずつ始まっていた」そうです。

この風景、確かに目に美しいとは思いましたが、最初ぼくはちょっと意地悪な見方をしていました。この写真のように、朝鮮の農地には主に稲とトウモロコシが栽培されています。その比率は地域にもよりますが、車に揺られて沿道を見た印象では、トウモロコシの多さが目につくのです。特に山間部に入ると圧倒的にトウモロコシ畑ばかりとなり、この国の農業生産についていろいろ考えてしまいます。8月に来たときには、稲もトウモロコシも緑に染まっているので、作付場所が鮮明にはわからなかったのですが、この時期トウモロコシの刈入れが始まっていて、はっきりわかるのです。
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食糧事情に問題があるとされるこの国で、コスモスなど植えている場合なのだろうか…。金正恩体制になってスキー場やローラースケート場など遊興施設の建設が各地で進んでいますが、それと同じ疑問です。

帰国してある人にこんな話を聞きました。金正恩第一書記の母親である高英姫はコスモスが好きだったそうです。一般に朝鮮では高英姫を指す花はクロフネツツジのようですが、初秋になると朝鮮全土に咲き乱れるコスモスは、第一書記の母への思慕(同じことは金正日元帥にも言えそう)を表しているのだそうです。

朝鮮の専門家でもないぼくがこんなことを言っても確たる根拠はないのですが、9月に朝鮮を訪ねたら、誰もがこの国の至る場所で「コスモス街道」を見かけるはずです。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-24 10:25 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 10月 21日

北朝鮮ローカル鉄道ツアーの参加者からメールをいただきました

昨日のことです。ぼくのブログの読者という方から以下のようなメールが届きました。

「はじめまして。Nと申します。あなたがブログで紹介していたKoryo ToursのTRAIN TOURに参加しました」。
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Koryo ToursのTRAIN TOURというのは、ぼくが10月1日にアップした以下の記事のまさにそのツアーのことでした。

明日(10月2日)、北朝鮮のローカル鉄道ツアーが出発します
http://inbound.exblog.jp/24951297/

このツアーは、北京にある英国人経営のKoryo Toursが企画催行。10月2日から12月/13日(前者は空路で北京、後者は鉄路で丹東による出国)までの10日間をかけて北朝鮮をローカル鉄道でめぐるというものです。

TRAIN TOUR – ‘EASTERN ADVENTURE BY RAIL’
http://www.koryogroup.com/travel_Itinerary_2015_train_tour.php

9月下旬、ぼくは北京のKoryo Toursのオフィスを訪ね、同社のバイスプレジデントのサイモン氏にツアーの概要について話を聞いたばかりでしたが、まさか日本人の参加者がいたとは知らず、また今回そのご本人からご連絡いただくことになり、ちょっとびっくりしました。以下、Nさんの文面です。

「旅行の様子をYoutubeに何本かアップしておきました。たとえば、

North Korea Train Tour: From Pyongyang to Hamhung 北朝鮮鉄道の旅:平壌から咸興へ
https://youtu.be/ESGR8oSNhyY

詳しくはのちほど当方のブログで報告する予定です」。

辺境へ(Nさんのブログ)
http://chojiro22.blogspot.jp/  

さっそくNさんのメールに返信させていただき、このツアーについて話をうかがいました。以下、やりとりを整理します。

―このツアーにはどんな人たちが参加していたのですか。

「イギリス人女性の添乗員を含め、総勢15人。

国籍の内訳は次のとおりです。
アメリカ人 4人
イギリス人 6人
オーストラリア人 1人
カナダ人  1人
香港人   1人
ラトビア人 1人
日本人(私) 1人」

これが集合写真だそうです。
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―以前ぼくはブログの中でこのツアーのスケジュールをKoryo Tourのサイトの情報をもとに紹介しましたが、実際このとおりだったのでしょうか。

「ほぼそのとおりです。ただ、変更点も少なからずあります。

①平壌での宿泊は高麗ホテルではく、全泊羊角島ホテルでした。

②清津では予定されていた食品工場の見学はなし(私は昨年訪れました)。代わりにトロリーバスに試乗しました。
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③清津に着いた日の夕食は船員クラブではなく、宿泊先の清津観光旅館でした。したがってカラオケはなし。翌日の昼食を船員クラブでとりました。

④平壌での映画撮影所見学やトロリーバス試乗もなし。でも、路面電車にはかなり長時間乗れました。残念ながら地元民と一緒ではなく、チャーターしたものです。地下鉄も全路線を試乗しました。下車した駅は5つか6つでしょうか。
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⑤平壌でのマスダンスの参観は外国人不可ということでした。代わりに、結成されたばかりのチョンボン(青峰)楽団の公演を11日に見ることができました。オプションで100ユーロ。

⑥平壌での買い物は楽園百貨店ではなく、光復地区商業中心(ガイドはスーパーマーケットと説明していました)でした。ここでは外貨を現地ウォンに交換して(交換は最低5ユーロから)、現地の人に混じって買い物ができます」。

―ツアー料金はいくらでしたか? 直接Koryo Tuor にネットで申し込まれたのですか?

「ツアー代金は2890ユーロ+1人部屋代(相部屋なら不要)400ユーロ +ビザ代50ユーロ。私の場合はリピーター10%割引の289ユーロを差し引いた合計3051ユーロでした。Koryo Toursにはネットで申し込みました。代金は半額の1500ユーロを事前に銀行振り込みし、残額を事前説明会の際に現金で支払いました」。

―ツアーに参加されたご感想は?

「同行者にも恵まれ、いい旅ができました。唯一の不満は私にとってはじめての咸興での滞在が短く(午後4時ごろ到着して翌早朝に出発)、肥料工場の見学のみだったことです。添乗員によれば「咸興はまだまだ閉ざされている」とのことでした」。

Nさんから道中の写真をたくさん見せていただきました。特に列車の車窓から見える北朝鮮のローカルな世界(道行く人々の様子や暮らしが見えてきます)がとても魅力的でした。Nさんは自分の写真は著作権フリーなので、自由に使ってかまわないと鷹揚なことをおっしゃるのですが、やはり貴重な作品ですので、このツアーのメインテーマである乗り物関係の写真のみ一部使わせていただくことにしました。車窓の風景は、いずれNさんのブログにアップされることと思います。以下、鉄道ツアーの寝台車、食堂の様子などです。
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それにしても、北朝鮮では続々とユニークなツアーが実現しており、以前紹介した航空マニア向けツアー同様、欧米人グループに混じって日本人も参加しているようです。

北朝鮮の航空マニア向け旧型ソ連機搭乗ツアーの中身
http://inbound.exblog.jp/24952047/
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by sanyo-kansatu | 2015-10-21 16:24 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 10月 04日

渋滞というのは大げさだが、平壌市内には車が増えている

前回、国際商品展覧会の報告の中でも少し触れましたが、平壌市内を走る車が増えています。

平壌には「消費者」と呼びうる人たちがいるらしい(第11回平壌秋季国際商品展覧会にて)
http://inbound.exblog.jp/24960989/

これはちょっとした驚きでした。2013年夏にこのまちを訪れたとき、高層ビルの並ぶ整然とした街並みに比べ車の数があまりに少ないと感じましたが、今回はそこそこ通りに車が走っていて、一部の交差点で長い信号待ちの列ができていたからです。

基本、ぼくらはマイクロバスでの移動しかないので、車窓から道路状況をうかがうしかないのですが、市内の信号はかなり機能していて、車列のできる様子がうかがえます。

これは普通門近くの道路です。
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これなど渋滞に見えなくもありません。
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きちんと頭を揃えて信号待ちしているところは、中国よりずっと交通マナーがいいといえるかもしれません。
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これは勝利通りの少年宮の近くです。このあたりもわりと混んでいます。
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タクシーの数も相当増えています。共同通信が2013年頃、以下の動画ニュースを配信していました。どうやら新体制の生まれたこの頃が転機となっているようです。

市民の足として普及始まる 平壌のタクシー(共同通信)
https://www.youtube.com/watch?v=i5caVOhorcY

外国人観光客はタクシーに乗る自由はほとんどないのに、市内にはそこらじゅうで中国と同じグリーンとイエローに塗り分けられたデザインのタクシーが走っているのです。
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平壌市内では現在、中国資本が入った2社と国営タクシーなどが数社運行しているそうです。高麗航空が運営する「高麗タクシー」や「KKGタクシー」などが知られています。

見えにくいですが、このタクシーの車列の前から2番目のブルーの車は「高麗タクシー」です。
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これがKKGタクシーです。
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タクシーから原油採掘事業まで…北朝鮮KKGは金正恩の資金窓口(ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2015年06月26日)
http://japanese.joins.com/article/372/202372.html

現地ガイドの女性によると、最近仕事でよくタクシーを利用するようになったといいます。(彼女が言うには)最低運賃は2ユーロで、市内の大半の場所なら5ユーロ以内で行けるそうです。

タクシーやトラック、バスなどの営業車以外の一般車も増えています。

以下の写真は、平壌国際商品展覧会で展示されていた朝鮮国産車ですが、ガイドの話では、「国産ではあるけれど、大半の部品は中国から取り寄せ、朝鮮で組み立てている」そうです。確かに、中国で走っている車とほとんど同じに見えてしまいます。
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これが朝鮮メーカーのロゴです。ここだけ貼り換えてるみたいといったら、怒られちゃうでしょうか。
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早く外国人も普通にタクシーを乗り回せるようにしてほしいものです。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-04 15:39 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 10月 04日

平壌には「消費者」と呼びうる人たちがいるらしい(第11回平壌秋季国際商品展覧会にて)

2年ぶりに平壌に来て、気がついたことがふたつあります。

いずれも表面的な見聞にすぎませんが、ひとつは市内を走る車が増え、一部の交差点で長い信号待ちの車列ができていること。もうひとつは、どうやら平壌に「消費者」と呼びうる人たちがいるらしいことです。

これまで咸鏡北道や羅先特別市などの地方都市ばかり訪ねていたのと、以前に平壌に来たときも、この国特有の「見せたいものだけ見せ、見せたくないものは見せない」管理された観光で、市民生活に触れるチャンスなどなかったせいか、今回あらためて平壌は北朝鮮国内ではきわめて特殊な場所だと感じました。

それを実感したのが、9月21日~24日に三大革命展示館で開かれた第11回平壌秋季国際商品展覧会(The 11th Pyongyang Autumn International Trade Fair)でした。

この展覧会は、朝鮮貿易省所属の朝鮮貿易国際展覧社が主催する商品展示即売会で、春と秋の年2回開催されます。最初の開催は1998年春で、2005年から春秋年2回の開催となりました。出展しているのは、地元朝鮮企業や中国をはじめイタリア、ポーランド、タイ、マレーシア、シンガポール、台湾などの海外企業です。ジャンルは幅広く、工作機械や設備、自動車、電子・電気製品、アパレル関連やバッグ、靴、調理器具などの軽工業日用品、食品、医薬品、健康食品などさまざまです。

詳細については、これまで開催された展覧会の各種メディアの報告や中国の旅行会社による視察ツアーの告知などがネットでも見られるので、参考になると思います。

北朝鮮でカップルに人気の「意外な商品」
なぜ平壌で「消費ブーム」が起きているのか(東洋経済オンライン2015年6月2日)
http://toyokeizai.net/articles/-/71575
北朝鮮に消費ブームがやって来た
副業で外貨稼ぎ、乗馬から自動車購入まで(東洋経済オンライン2014年11月5日)
http://toyokeizai.net/articles/-/51829
春の平壌国際貿易商品展示会観覧ツアー(大連富麗華国際旅行社)
http://www.dllocal.com/travel/item157.html

何より面白かったのは、平壌市民が大挙して買い物のために訪れていたことです。この展覧会は商品即売会場でもあるからです。

以下、会場と平壌市民の様子を見ていきましょう。

この巨大な地球儀が三大革命展示館のランドマークですが、展示即売会場はその奥にあります。
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これが展示即売会場です。
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中に入ると、それはものすごい人ごみです。
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2階に上がって、展示ブースを眺めると会場全体はこんな感じです。
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各種ブースに群がる女性の姿が目につきます。
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そこで、会場内の女性客を中心に見ていきましょう。彼女たちはアパレル関連やバッグ、キッチン、日用品などのブースを中心に押しかけています。

派手な柄物や色鮮やかなプリントのブラウス、ワンピースなどを身に付け、手にはバッグを抱える女性が多いです。これらはおそらく中国製でしょう。ここでの熱気は、市民が食べるためだけでなく、おしゃれや生活を快適で豊かにするための消費に目覚めたという意味で、日本の昭和30年代に近い感じでしょうか。
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彼女たちのファッションセンスは、いま日本を訪れている中国内陸出身の観光客のおばさんに近い気がします。
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炊飯器を手にしたお母さんに連れられた娘はこぎれいな白いシャツを着て、頭に飾りを付け、黒い靴を履いています。
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なかにはこんなホットパンツ姿の女性もいます。
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館内で床に座って“戦利品”を広げ、仲間と物色しているおばちゃんたちもいます。訪日中国人観光客がドンキホーテの前でやってるのと同じ構図に見えます。
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こうしてみると、どんな企業が出展していたのか気になりますよね。出展企業のリストは入場料40元を支払った際、手渡されたので、今度時間があったら分析してみようと思います。

会場の外も見てみましょう。

皆さん、いろんな“戦利品”を手にしています。これが他の国であれば、おばさんたちに「何買ったんですか?」とガイドに通訳させて聞くところですが、そんな当初からの予定のない市民との接触は許されるものではないのが残念です。彼らは我々の行動を逐一上部に報告しなければならないからです。
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ベビーカーを押して買い物に来たお母さんなど、子連れもけっこういます。
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これは家庭用マッサージ器でしょうか。両手に荷物をぶらさげた女性の姿は、どこか“爆買い”中国人観光客の姿を連想させます。とはいえ、実際には大半の市民はそれほどの懐具合であるはずはなく、ささやかな買い物を楽しんでいるように見えました。
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現地ガイドの女性の話では、「この展覧会で売られる商品にはニセモノが少ない」と平壌では言われていて、それが人気の理由となっているそうです。彼女も春の展覧会でバッグを買ったとか。つまりは、市場経済化が進む北朝鮮国内でも「ニセモノ」が氾濫している実態があるようです。

会場の周辺は、車でいっぱいです。
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とはいえ、多くの市民はさすがに自家用車で来るというわけにはいかないようで、タクシーやバスを貸し切って来場している人たちもいました。
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これだけの光景を見せられたら、平壌に「消費者」と呼びうる人たちがいることを認めざるを得ません。いったい彼らはどんな人たちなのでしょうか。このような市民の姿は、平壌以外の地方では(一部の特権階層を除き)まず見かけることはないからです。

改革開放に舵を切った1980年代の中国が、最初広東省から経済自由化と外資の導入を進めたことで、他の地方とはまったく異なる都市空間をいち早く現出させたのと似て(その後、上海、北京などの沿海都市、さらには内陸都市も時間差を経て変容していきました)、この国ではまず平壌の都市空間とそこで暮らす人々の生活を変えようとしています。首都を真っ先に変えようという発想は中国にもなかったことを思うと、見かけに比べ北朝鮮は中国より市場経済の誘惑やそれがもたらすであろう影響に対して用心深くないといえるのかもしれません。

いずれにせよ、いまの平壌で起きていることは、北朝鮮のような国にとってだけでなく、アセアンの経済後進国であるラオスやカンボジア、そしてアフリカや南米などの国々と同様、結果的に中国経済の発展が後押ししているといえそうです。

結局、これまで先進国はこれらの国々を相手に援助はできても、同じ土俵で対等に経済関係を取り結び、市場とすることは難しかった。利益が釣り合わないからです。しかし、中国の場合、地方の中小企業の存在があり、彼らは北朝鮮の地元企業と対等とはいえないにせよ、かなり釣り合う形で合弁や投資が行える関係にあるように見えます(本当のところはよくわかりません。以前、丹東で「朝鮮でビジネスして利益を上げるのは簡単ではない」と語る中国人に会ったことがあるからです。彼は売上金の代わりに膨大な数の朝鮮絵画を受け取るほかなく、地元で北朝鮮美術専門の画廊を開いていました)。

実際、出展している中国企業は、東北三省、特に遼寧省や吉林省のローカル企業が多いようです。中国の国有企業や大手がこの国で中小企業と同じことをするのは無理でしょう。中朝の特殊な政治関係もありますし、そもそも経済関係では釣り合わないからです。中国からみれば、北朝鮮一国でもひとつの省より小さな経済体でしかないのです。人口300万人という平壌程度の都市は中国には地方にいくらでもあります。

それでも、これだけの日用品を求める「消費者」がいるわけです。その規模をあまり大きく見積もるのはどうかと思いますが、今後もこうして北朝鮮国内に中国商品があふれることになるのでしょう。地方に行ってもそうですが、この国の人たちの身なりが以前に比べ大きく変わったのは、安価な中国衣料が流通したからです。特に都市部に住む子供たちの身に着けているものは、中国の子供たちとそんなに変わらないスポーツシャツやパンツなど、一見貧困など感じさせません(ただし、足元を見ると、中国の子供はたいていスポーツシューズを履いていますが、こちらの子供はまだ布靴が多いなど、違いがないわけではありませんけれど)。
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こうしてみると、中国の影響力が、これまで援助対象としかみなされていなかった国々の経済を変えていくことに貢献しているという事実は否定できないように思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-04 14:43 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 10月 03日

2回目の高麗航空  CAの制服が変わり、以前よりあか抜けてきた!?

2013年夏、初めて乗った高麗航空のささやかな搭乗記を以前紹介しましたが、この夏、2年ぶりに乗ることになりました。

高麗航空の乗り心地はいかに?
http://inbound.exblog.jp/21481746
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航路は北京・平壌便の往復です。機材は、前回と同じTupolev Tu-204-100。機内に乗り込むと、おやっ。CAさんの制服が以前の真っ赤な目を引くものから、シックな紺色のものに変わっていました。
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チェックインカウンターにあれほど多くの欧米客がいましたが、先に飛んだぼくのフライトは中国客も多く、どうやらこの日、平壌便は2便あったようです。
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せっかくですから、CAさんの新しい制服をばっちり収めて帰ろうと思っていたのですが、着陸後、このちょっと勝気な感じの彼女にしっかり削除を命じられてしまいました。例の旧型ソ連機ツアーの皆さんは、きっと彼女らと記念撮影していたでしょうに…。つれないですね。
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仕方がないので、9月の北朝鮮のPR誌の表紙の写真で勘弁してください。
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胸元も広く開いたちょっと大人のイメージです。このPR誌には、新空港ターミナルの記事があり、彼女らの姿も紹介されていました。

さて、これが機内食です。基本、前回と同じ薄いパテの入ったハンバーガー。ビールも入れてくれました。
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実はこのハンバーガーについては、今年8月刊行された『北朝鮮の楽しい歩き方』(鄭銀淑著 双葉新書) という旅行記の中で、同行した日本人客の何人かが帰国後、食中毒になった話(正確にいうと、帰国後1週間あまり腹具合が悪くなったそう)が出てきます。この本は今年の春に訪朝した話を書いたもので、その後、機内食はキムパプに変わったとありましたが、再びハンバーガーに戻っていました。確かに微妙な味で、中国客などは手もつけようとしないそうですが、ぼくと同行者たちの間でひとまずお腹の調子が悪くなったという自覚症状はなかったです。きっと同書に出てくる方たちが食中毒になったのは、旅疲れの出た帰国便で供されたからではないでしょうか。…これでフォローになるかどうかわかりませんけれど。

機内のもうひとつの変化は、頭上のテレビで英語版の安全のための告知や平壌の楽団の演奏会、また2012年に平壌郊外にできた民俗公園というテーマパークのビデオを延々見せられることでしょうか。このテーマパークは、いわば朝鮮半島版の「東武ワールドスクエアー」、文化遺跡のミニチュアパークです。韓国側にあるものもすべてミニチュア化されています。

平壌サーカス公演のビデオも流されていました。アクロバティックな空中ブランコは手に汗握る大興奮もので、観客を飽かせることのないレベルの高いものですが、公演会場では撮影NGで(フラッシュは演技の邪魔になるからでしょう)、チマチョゴリを着た係員のおばさんが、禁を破る中国客に向かってすごい剣幕で問い詰めていたのが印象的でした。
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これらのビデオは海外向けの洗練された内容構成となっていて、もしかしたら海外に発注したものではないかと思ったほどです。

いずれにせよ、2年前に比べて高麗航空はいくつかの点であか抜けた印象があります。

これが平壌順安国際空港のターミナルビルです。これまでのイメージはかなり一新されたことは確かです。
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一部建設中の部分が残っていましたが、おそらく年内には完成するのでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-03 11:17 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 10月 01日

北朝鮮の航空マニア向け旧型ソ連機搭乗ツアーの中身

「北朝鮮観光ファンミーティング」(仮称)なるイベントの意見交換会でマニアたちが提起した「こんな観光してみたい」、その最後のリクエストは、j 「旧型ソ連機に乗りたい」 でした。

北朝鮮マニアの熱いリクエスト「こんな観光してみたい」、その実現可能性は?
http://inbound.exblog.jp/24951269/

これも実現可能です。何を隠そう、今回ぼくは北京空港の高麗航空チェックインカウンターで、旧型ソ連機搭乗ツアーの参加者たちと出会っていたからです。

実は、そのときは彼らがその種のツアーの参加者だとは知りませんでした。とにかくやたらと欧米客が多いので、ちょっとビックリしました。欧米客もこんなに大勢北朝鮮に行く時代になっていたのです。
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入国後、現地ガイドから「古いソ連製の飛行機に乗るためのツアーの人たちがいま平壌に来ています」といわれて、初めてそれを知ったのでした。

帰国してすぐにネットで調べると、見つかりました。このツアーは、英国にあるJuche Travel Servicesという旅行会社が企画催行しているようです。同社は2011年にロンドンで開業したそうです。

Juche Travel Services
http://www.juchetravelservices.com/

北京で見かけた彼らが、その後どんなツアーを楽しんだかについては、同社のサイトに詳細に説明されていました。
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Air Koryo 60th Anniversary Celebratory Aviation Tour, 19th – 26th September 2015
http://www.juchetravelservices.com/the-tours/195-2/english-aviation-tour/

サイトによると、彼らは以下のようなフライト体験をしたそうです。

①Beijing北京 – Pyongyang平壌: Tupolev Tu-204-100
②Pyongyang 平壌– Samjiyon三池淵 (return, 2 legs): Ilyushin IL-62 (旧ソビエト連邦のイリューシン設計局が製造した4発エンジン機)
③Pyongyang平壌 – Sondok宣徳(return, 1 leg each): Tupolev Tu-134(ツポレフ設計局が開発した短中距離用のターボファン・ジェット双発旅客機) and Antonov An-24(ソ連(現ウクライナ)のアントノフ設計局(現ANTK アントーノウ)の製作した44-52座席のターボプロップ旅客機)
④Pyongyang平壌 – Tongchon通川(return, 2 legs): Ilyushin IL-18(1957年にソ連 のイリューシン設計局から完成発表された中・長距離向けターボプロップ旅客機)
⑤Pyongyang平壌 – Beijing北京: Tupolev Tu-204-100 OR….
Pyongyang平壌 – Shenyang瀋陽 (optional): Tupolev Tu-204-300

オプションとして、追加料金で以下のフライトも楽しめたようです。

⑥Pyongyang平壌 – Sondok宣徳 (return, 2 legs): Tupolev Tu-154 EUR 250 / person
⑦Pyongyang平壌 30 mins circular pleasure flight: Ilyushin IL-76 EUR 250 / person
⑧Pyongyang平壌 30 mins circular pleasure flight: Ilyushin IL-62 EUR 250 / person
⑨Pyongyang平壌 30 mins circular pleasure flight: Antonov An-148 EUR 100 / person
⑩Pyongyang平壌 – Hyangsan香山(1 leg): Mil Mi-17 EUR 150 / person

確かに、1960~70年代にソ連でつくられた航空機にこれだけまとめて乗ることは、ここでしかできないのかもしれません。正直ちゃんと飛んでくれるのか、ちょっと怖い気もしますが、これもマニアならではの情熱があってこそ。このツアーは高麗航空創立60周年を記念した特別企画らしく、スケジュールの中には、高麗航空の乗務員たちと一緒に撮影できたり、記念式典のディナーに招待され、乗務員たちへのQ&Aセッションなるイベントなども盛り込まれています。

このツアーには、日本人も参加していたようです。ネットで調べると、以下のエントリーが見つかったからです。

高麗航空60周年記念 北朝鮮アビエーションツアー
http://flyteam.jp/airline/air-koryo/review/24043
http://flyteam.jp/airline/air-koryo/review/24078

さらに調べると、この種のツアーは2012年からやっているそうで、昨年参加したシンガポール人の記事も見つかりました

年代ものの飛行機で飛ぶ、北朝鮮、高麗航空ツアーの全貌
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52176854.html

いまの北朝鮮ではこんなユニークなツアーが実現しているのです。こうしたことができるのも、近年欧米諸国の渡航者数が増えているからです。この種のマニアなツアーは、数が集まらないと実現しません。しかし、いまや欧米の旅行マーケットではそれをかき集めることが可能となっているのです。

その点、かつてに比べ渡航者数が激減してしまった日本人の場合、こうした特別なリクエストに応じてもらうのはなかなか難しいようです。朝鮮側も市場規模の小さい日本に対して積極的になれないからです。北朝鮮ツアーを専門に扱うKJナビツアーの権社長も「以前に比べ特殊なツアーはやりにくくなっている」ともらしていました。

さて、以下は、平壌順安国際空港に駐機していたビンテージ機材のスナップです。はるかかなたでぼくには識別できませんが、プロペラ機であることはわかります。皆さん、こういうのに乗って楽しんでいたのですね。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-01 17:12 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)