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2015年 08月 07日

七宝山(チルボサン)は金剛山とは似て非なる朝鮮の名峰

昨年7月上旬、ぼくは北朝鮮咸鏡北道にある七宝山を訪ねています。
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朝鮮東海岸の港湾都市・清津の南方の海岸沿いに広がる山岳景勝地です。朝鮮の国家観光総局のつくった案内書によると、こう説明されています。

「昔から『咸北金剛』の名で呼ばれる朝鮮6大名山の一つ。金、銀、銅をはじめ七つの宝物が埋まる山という意味でから七宝山と呼ばれる。面積は約250㎢。

今から約100万年前の新生代第3期に白頭火山脈から噴出した岩石が冷え固まった流紋岩、玄武岩などの火成岩が雨風に削られ形成された。

他では例を見ない独特な山岳美と渓谷美、海の景色を同時に楽しめる名山。

地理的位置と地形、寄港風洞が特異なため動植物相が豊富かつ多様である。

地域的には内七宝、外七宝、海七宝に大別される。

開心寺など歴史の古い遺跡がある。

七宝山の周辺には黄津温泉をはじめ、明川、万戸、沙里、宝村などたくさんの温泉が点在する」(『朝鮮観光』2012年 朝鮮観光宣伝社刊 より)

2013年夏に訪ねた朝鮮随一の名山である金剛山にたとえて「咸北金剛」などと呼ばれるようですが、実際の見た目の印象はずいぶん違います。上記説明にあるように、火山岩によって形成されているため、むき出しになった岩肌がどれも赤茶けた色に見えるからです。この独特の色味が七宝山の第一印象です。
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内七宝 五鋒山系

2013年、金剛山観光はどうなっているのか?
http://inbound.exblog.jp/22561895/

雨風に削られ、奇妙な形をした岩山が多く、こういう世界が好きな人には面白いと思います。同行したガイドらが「あれはピアノを女性が弾いているのに似ているからピアノ岩」「あれは男女が××しているのにそっくりだから××岩」など、それぞれ名前が付いているようです。
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ピアノ岩
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夫婦岩
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礼門岩

そういう意味では、七宝山は金剛山とは似て非なる名峰といえると思います。

金剛山が水墨画で描かれるような中国の仙境のイメージに近いのに対し、成り立ちがそもそも違うので、この表現は適当ではないかもしれませんが、七宝山はどこかグランドキャニオン的なのです。少なくとも東洋的な山岳イメージはあまり感じません。ただし、植生は松類が豊富で、秋になるともみじの紅葉で赤茶けた岩肌の周辺が真っ赤に染まるそうですから、夏のイメージとはかなり変わるかもしれません。七宝山は秋がいちばんだそうです。秋になるとマツタケも相当採れるそうで、かつては日本に高く売るため、地元の人たち総出で山に入ったと聞きました。
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金剛山とのもうひとつの違いは、七宝山の場合、ほとんどの場所が車で行けるように登山道が整備されていることです。整備されているといっても、舗装されているわけではないのですが、実際、車のおかげで、1泊2日でほとんどの場所を訪ねることができました。金剛山にはいくつもの登山コースがあって、すべてを踏破しようとすると、4泊も5泊もして歩き続けなければならないのに比べ、なんともお手軽な登山です(もちろん、時間をかけて徒歩で登山することもできるのですが)。
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絶景を眺めるための展望台がいくつか整備されている一方、中国のようにお土産物屋や行楽施設などはまったくないため、とても清々しい景勝地といえます。はっきり言って、朝鮮観光の魅力は開発の手がほとんど及んでいないこと。今日のグローバル資本がすみずみまで行き渡ってしまった海外の観光地ではありえない稀に見る状態にあるといってもいかもしれません。
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いかんせん、アクセスが不便なため、外国客もまだ少ないようです。たまに欧米人ツーリストが平壌から漁郎空港まで飛んできて七宝山を登るようですが、実際のところ、週に何便飛んでいるのか。最近になって、中国吉林省の図們から鉄道でふもとの明川まで来て登山する3泊4日のツアーも始まっているようです。もちろん、中国国籍のみのツアーです。
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展望台に行くと、この種の記念写真の撮影サービスのパネルが置かれているのですが、周辺にカメラマンの姿はいません。朝鮮にはこのような中国の行楽地の物まねのような見せかけも多いですが、面白いのは写真に写っている人たちの妙に明るい風情です。抱き合っているカップルも写っていたりします。こういう感覚、彼らは大好きなんですね。

なお七宝山にある宿泊施設は、この外七宝山荘です。客室数10数室の小さな山荘ですが、館内は清潔で十分快適です。ただし、随時営業しているわけではなさそうで、おそらく我々のようなツーリストが来るときだけ、清津からスタッフや食材などがここに運ばれ、営業となるようです。
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今回載せた写真は、すべて「内七宝」の景勝地のものです。次回は開心寺という高麗時代の寺院や「外七宝」「海七宝」を紹介しようと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-07 15:14 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 06日

今年7月から中国発白頭山(北朝鮮)ツアーが始まったそうです

先日、朝鮮日報2015年7月24日で報じられた「中朝、豆満江1日観光ツアー開発で合意」の記事について、知り合いの延辺朝鮮族自治州の関係者に確認したところ、確かに今年7月15日から、中国発国境越え白頭山(北朝鮮 中国名:長白山)2泊3日の登山ツアーが始まったそうです。

中朝、豆満江1日観光ツアー開発で合意 (朝鮮日報2015年7月24日)
http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2015072401175

対象は中国国籍のみで、ツアーの料金は2泊3日で1880元。週2~3回催行の予定。出発地は延吉市の南西にある和龍市からだそうです。和龍市崇善税関から朝鮮に入国します。

ネットで調べると、確かに以下の記事が出ていました。

和龙赴朝旅游线路受到游客欢迎 2015-08-04
http://gb.cri.cn/42071/2015/08/04/8011s5054574.htm
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「国际在线消息(记者 吴家迎):7月15日,吉林省延边朝鲜族自治州和龙市正式开通了赴朝鲜境内的长白山东坡、茂峰国际旅游特区的跨境旅游线路。近日,本台“行进中国·魅力边境行”记者对负责运营此线路的和龙市旅行社进行了采访。旅行社经理齐蕾表示,赴朝旅游路线深受游客喜爱,在短短十多天时间里,已有近600人次通过旅行社赴朝观光旅游。另外,还有200多人已经提交了赴朝旅游的材料。

此次开通的赴朝旅游线路为朝鲜境内的长白山东坡、茂锋国际旅游特区一宿二日游;朝鲜境内的长白山东坡、茂峰国际旅游特区二宿三日游。主要包括长白山东坡、正日峰、三池渊大纪念碑、茂峰国际旅游特区、鲤明水瀑布等朝鲜著名景点。和龙市旅游局表示,今年4月23日,朝鲜发布政令设立茂峰国际旅游特区,和龙市紧抓这一契机,开拓边境旅游路线,“茂峰国际旅游特区位于图们江源头、双目峰、三池渊郡之间的三角地带,长约14公里,宽约12公里,区域总面积约84平方公里。6月朝鲜白头山地区观光委员会派出代表到我市进行考察。随后,代表团与香港盛润投资有限公司,我市与香港盛润投资股份有限公司就合作开发朝鲜茂峰国际旅游特区分别达成了协议。”

孟晨表示,茂峰国际旅游特区由香港盛润投资股份有限公司负责运营并开发,建成后将大幅提高赴朝游客的接待能力,日接待能力将达3000人次。目前一期建设正在施工中,开发面积20平方公里,预计8月末完工,建成后日接待能力可达500人次。

和龙市推出此旅游线路受到欢迎还得益于靠近长白山和中朝边境的独特区位优势。和龙市地处长白山下、图们江畔,与朝鲜咸镜北道和两江道隔江相望,边境线长达165公里,拥有2个国家级边境口岸。负责运营赴朝旅游路线的和龙市旅行社经理齐蕾表示,朝鲜境内长白山东坡景色以及沿途景点的自然风光是吸引游客的主要原因,“主要优势是看长白山景区,因为长白山唯一的东坡就是在我们这个地理位置,长白山是不可复制,其他三池渊郡各个地方的景点都非常有气魄,包括正日峰、金正日的出生地,非常能代表朝鲜非常气概的景色。三池渊郡是以前金日成抗日的主要抗战基地,和我们中国人民有很深的历史遗留的感情,它(旅游路线)文化的内容也很深。”

长白山北坡、西坡、南坡位于中国境内,东坡位于朝鲜境内。主峰海拔为2691米,天池是长白山最为著名的景观。齐蕾说,从长白山东坡看到天池的几率高达99%,“长白山的海拔比较高,像我们国内北坡、西坡、南坡,受天气影响有很多原因,有时候看不到,但是朝鲜东坡的地理位置不同,俯视基本都能看到天池,如果看不到,我们可以近距离走到天池水面,所以基本99%都能看到天池。”

齐蕾说,从长白山东坡观赏天池有两种方式,“白头山东坡有两种观赏方式:一是坐我们提供的车拉到天池主峰俯视天池,还有一种坐德国产的缆车直接下到天池水面,也可以徒步走台阶下到天池水面。”

这些优势带动了和龙赴朝旅游市场的火热。齐蕾说,在短短十多天时间里,已有近600人次通过旅行社赴朝观光旅游,“7月15日开通线路以后,到现在持续基本3天一个团,大概35人以里,首批团120人,之后每星期的周二或周三,是发散客班。团体是随时可发。两日价格是1680元,三天是1880元,包括所有到朝方的吃住行。”

齐蕾表示,去过的游客反馈都很好,由于旅游路线还没开始大规模推广宣传,因此有很大一部分新游客都是听去过的人推荐过来的。现在通过旅行社赴朝旅游需要准备的资料也特别简单,“提供报名材料是非常简便的,就是用本人的身份证正反面电子版,二寸白地照片电子版就可以,提前5天传到我们公司邮箱里,我们就可以给大家制证了,普通市民是非常方便的。”

这条旅游路线还受到一些国外游客的青睐,比如新加坡、俄罗斯等国咨询的就很多。齐蕾说,目前和龙正积极申报这条旅游路线上边境口岸的国家一级口岸资质,相信很快第三国人就可以从和龙口岸出发赴长白山东坡和茂锋国际旅游特区旅游了」。
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記事によると、開始から半月で約600人の旅行者がツアーに参加したこと。主な訪問先は、長白山東坡、正日峰、三池淵大紀念碑、茂峰国際旅游特区、鯉明水瀑布など。白頭山のふもとは金日成率いる抗日戦線の拠点だったとされることから、いわゆる革命史跡がたくさんあるようです。東ドイツ産(当時)のケーブル・カーで直接天池に下りることができるのも、白頭山観光の特典といえるでしょう(現在、中国側からは天池に行くのは禁止のため)。いまは中国国籍のみが参加できますが、シンガポールやロシアから打診もあるとか。またそもそもこの国際観光特区の開発は香港資本が関わっていることなどが書かれています。

長白山(白頭山)の周辺は、南坂、西坂、北坂と三方は中国領で、唯一東坂方面のみ朝鮮領です。延辺には多くの朝鮮族がいるので、これまでなかなか行けなかった東坂から登ってみたいと思う人は多いでしょう。

とはいえ、この中国発白頭山(北朝鮮)ツアー、実現までにずいぶん時間がかかっています。実は、以下の記事をネットで見つけました。昨年夏には実施されるはずでしたが、1年延期しています。

和龍開通赴朝長白山東坡遊 2014年6月18日
http://jl.wenweipo.com/?action-viewnews-itemid-1888

「6月中旬,吉林和龍市將正式開通本年度赴朝鮮長白山東坡旅遊線路。線路主要分為2日遊和3日遊,由和龍市旅行社負責運營。遊客自和龍市古城裏口岸過境,經朝鮮大紅丹郡抵達三池淵郡,沿途不僅可以遊覽到著名的三池淵大紀念碑、白頭館、千軍岩、鯉明水瀑布、天池等朝鮮知名旅遊景點,還可以觀看少年宮演出等文藝節目。

據瞭解,和龍地處長白山下、圖們江畔,與朝鮮鹹鏡北道和兩江道隔江相望,邊境線長達164.5公里,擁有南坪、古城裏兩個國家級邊境口岸。其獨特的區位優勢,使從這裏出境的遊客不僅可以體驗異國風土人情,還能飽覽長白山東坡風光。自1992年開通赴朝跨境遊業務以來,通過多年的努力運營和發展,這條線路已日臻成熟」。(記者張艷利)

さらにいうと、約10年前の地元新聞の記事によると、和龍から北朝鮮に入る観光コースは2006年に開通していたようです。その後の北朝鮮の核実験など、中朝関係の悪化によりこう着状態が続いていたのです。ぼく自身、このコースがオープンするという話は、当時から聞いていました。実現までに10年かかったことになります。気の長い話です。

和龍市、国際黄金観光コースが開通(吉林新聞 2006年6月30日)
「先日 《国際黄金観光コース》と呼ばれる和龍市長白山東側国際観光コースが正式に開通した。 観光客は和龍市内の古城里港から直接、北朝鮮観光に入ることが出来るだけでなく、北朝鮮国内の 長白山東側観光が出来る。 この観光コースは和龍市旅行社で単独にて運営している。

州人大常務委員会主任・韓昌鎮は開通セレモニーで、延辺は中国、北朝鮮、ロシアの 3国国境が接して いるため、地理的メリットが明らかであり、観光の潜在力が巨大だと指摘しながら、和龍市でこの 国際黄金観光コースを開通したことは州全体の観光業にとって大きな事であるだけでなく、延辺で 開放を拡大した大慶事であると述べた。 その日 25人の観光客が初めて古城里港から国境を越えて北朝鮮観光に出た」。

はたして中国人以外の外国人がいつからこのコースに参加できるのか。気になります。

それから、以下の記事に関しても、最新情報です。

北朝鮮、一部地域の「自転車ツアー」が中止に…「見所なくて、料理もイマイチ」(Daily NK2015年07月10日)
http://dailynk.jp/archives/48233

現地の関係者によると、確かにサイクリングツアーはなくなったものの、図們・南陽の日帰りツアーはウォーキングツアーとしていまも実施されているそうです。

コース内容は以下のとおりです。

10時図們税関→国境橋通過→南陽市内観光→15:00図們税関

料金は260元/名だそうです。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-06 16:04 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 03日

【続】2015年北朝鮮は観光誘致を積極的に進めています(サーフィンツアーも催行?)

今年6月上旬、北朝鮮の観光誘致に取り組むニュースをいくつか集めてみましたが、その後もいろんなニュースが出ています。

2015年北朝鮮は観光誘致を積極的に進めています(「共産主義テーマパーク」観光は実現するか?)
http://inbound.exblog.jp/24562596/

今回はその続編です。

まずはこれ。
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北朝鮮、外国人の白頭山マラソン旅行認める (朝鮮中央日報2015年06月15日)
http://japanese.joins.com/article/739/201739.html
「高麗旅行社が販売するこの4泊5日の観光商品では、白頭山一帯でのハーフマラソンを楽しむことができる。8月18日に出発し、料金は219万ウォン(約24万円)」。

これは平壌から白頭山(中国名:長白山)のふもとの三池淵まで飛んで、現地で一泊してマラソンするというツアーのようです。しかし、24万円とは高いですね。高麗旅行社(Koryo Tours)は北京にある英国人経営の北朝鮮専門旅行会社ですから、欧米客を集めているのでしょう。集まるのかな?

外国人絶賛、北朝鮮で大人気の地ビールとは
日韓の「有名ブランド」にも負けていない? (東洋経済2015年06月18日)
http://toyokeizai.net/articles/-/72972

東洋経済オンラインではよくこの手の北朝鮮ネタを配信しています。確かに、北朝鮮の国産ビールはそれほどまずいとは思いませんが…。

中朝、豆満江1日観光ツアー開発で合意 (朝鮮日報2015年7月24日)
http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2015072401175
「中朝両国は先日、吉林省の延吉から北朝鮮側の白頭山をつなぐバスツアーの営業を開始したが、これが中国人にとって新たな人気観光コースになっていることも伝えられている」。

この記事は本当でしょうか。ちょっと面白いので、延辺の知人に聞いたところ、本当でした。

今年7月から中国発白頭山(北朝鮮)ツアーが始まったそうです
http://inbound.exblog.jp/24763312/

こんなニュースもあります。

北朝鮮でサーフィンツアー開催、イタリア人プロも同行 (Daily NK2015年7月30日)
http://dailynk.jp/archives/49178
「米ニュージャージー州に本社を置く北朝鮮専門旅行大手のウリツアーズは、9月に北朝鮮サーフィンツアーを開催すると発表した。

今回のサーフィンツアーは、上海の浦東国際空港を9月14日午前0時30分に出発する高麗航空便で平壌に向かい、バスで6時間かけて馬息嶺(マシンリョン)スキー場、元山(ウォンサン)市を経由して、江原道(カンウォンド)通川(トンチョン)郡の侍中(シジュン)湖のそばの侍中海岸に移動、3泊してサーフィンを楽しむ」。

ぼくは2013年の夏に侍中海岸に行ったことがあります。これがそのときの写真です。日本の山陰とか新潟あたりの海水浴場によく似ていたことを思い出します。たまたまそのとき欧米人のグループがいて、彼らは海水浴をしていました。
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これは翌朝の同じ海です。けっこう波が立っています。これなら9月であればサーフィンできそうですね。

考えてみると、マラソンにしろサーフィンにしろ、国家レベルの観光誘致というにはささやかすぎる話題ですが、これが北朝鮮だからニュースになるんですね。いまの北朝鮮の観光誘致は、こういう善意にあふれる奇特な欧米人たちに支えられているといってもいいのかもしれません。

ですから、こんなやり方で観光誘致なんてうまくいくはずがない。その手の論調の記事が出てきて当然です。当然ではあるんですが、わざわざそこまで言うまでもない話という気もします。

あの北朝鮮が乗り出したインバウンド大作戦の成否 (ダイヤモンド2015年7月1日)
http://diamond.jp/articles/-/74073

北朝鮮、「観光客100万人誘致を目指せ!」 観光活性化に特大級の大風呂敷(Daily NK 2015年7月18日)
http://dailynk.jp/archives/48483

北朝鮮インバウンドをめぐるこのなんともいたたまれない現実というか、いじましい感じは、これからもずっと続くのでしょうか。この国の若きリーダーが多少なりとも海外の事情を知っているからこそ、こんなことを始めたのだろうと思われますが、逆に海外を知っていれば、このままではうまくいきようがないことは、ご本人がいちばんよくご存知なのではないかと思われます。

北朝鮮、一部地域の「自転車ツアー」が中止に…「見所なくて、料理もイマイチ」(Daily NK2015年07月10日)
http://dailynk.jp/archives/48233
「中国吉林省延辺朝鮮族自治州の図們市が、豆満江を向かいにある北朝鮮の穏城(オンソン)郡に提案し、昨年5月から始まった。しかし、中国人観光客の評判がイマイチで、中止になったという」。

これは、昨年始まった中朝国境の図們から対岸の北朝鮮の南陽とその東の郊外にある穏城方面への日帰りサイクリングツアーの内容がイマイチで中止になったという記事です。

これが図們と対岸の南陽(北朝鮮)です。
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ぼく自身は、戦前期の日本がそのまま時間が停まってしまっているように見える南陽という不思議なまちをサイクリングしてみたくてたまらないのですが、実現する日はいつでしょうか。

なおこれも現地関係者に聞いた話ですが、サイクリングツアーはなくなったものの、ウォーキングツアーは現在でも行われているそうです。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-03 15:22 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 06月 07日

2015年北朝鮮は観光誘致を積極的に進めています(「共産主義テーマパーク観光」は実現するか?)

今年3月上旬、北朝鮮が唐突に外国人観光客の受け入れを開始して以来、北朝鮮が観光誘致を積極的に(?)進めている様子が報じられています。今年は朝鮮労働党結党70周年でもあり、多くの外国客を呼び込むことは至上命題なのでしょう。
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【速報】北朝鮮 外国人観光客受け入れをようやく再開!!(Daily NK 2015年3月4日)
http://dailynk.jp/archives/36660

その最初の観光目玉として北朝鮮が外国客の集客を働きかけたのが、故金日成主席の誕生記念日「太陽節」に合わせて4月12日に開催される「平壌国際マラソン」の募集でした。

平壌マラソン出場OK、活気を取り戻した丹東、エボラ措置解除に沸く北朝鮮関連ビジネス(Daily NK 2015年3月5日)
http://dailynk.jp/archives/36676

以下のロイターの記事も指摘するように、このところ欧米諸国の北朝鮮観光がちょっとしたブームとなっています。

焦点:北朝鮮観光ブーム、相次ぐ拘束にも米国人旅行者が増加(ロイター2014年6月14日)
http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPKBN0EP03A20140614

ブームといっても、欧米人の渡航者数は年間数千人規模ですからたいしたことではないのですが、やはり21世紀最後の秘境ともいうべき北朝鮮に一度は訪ねてみたいという欧米人はいるものです。平壌マラソンにも600人の外国人が参加しているのです。

平壌国際マラソン開催 外国人も約600人参加(Daily NK 2015年4月14日)
http://dailynk.jp/archives/39673?krkj=144326

朝鮮側も、観光誘致を進めるための事業に着手し始めているようです。

「ドルを稼ごう」北朝鮮が外国人観光客に咸興を開放 (東亞日報2015年4月6日)
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2010040664158

「北朝鮮が、外国人観光客を対象に海水浴場を初めて開放する方針であることが明らかになった。特に、今回北朝鮮が開放を決めた咸興(ハムフン)近くの麻田(マジョン)海水浴場は、近くに金正日(キム・ジョンイル)総書記の愛用の別荘や東海(トンヘ)艦隊司令部が構える北朝鮮の要衝地である。このような地域まで外国人に開放するというのは、北朝鮮が観光を通じた外貨獲得に目覚めただけでなく、今後外貨稼ぎとして非常に重視しているものと解釈できる」。

北朝鮮が外国人観光客誘致に注力 大型旅行社を新設 (聯合ニュース2015年4月30日)
http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2015/04/30/0300000000AJP20150430003400882.HTML

外国客を呼び込むためには、旅行会社による受け入れ態勢を整備しなければなりませんから、「大型旅行社」を新設するのだそうです。しかし、こうした動きは日本人の朝鮮観光が解禁された1980年代後半以降、日本客の取り込みのためにいくつかの旅行会社が新設されたという過去の事例があり、実のところ、特別斬新な動きであるとはいえません。

北朝鮮観光25年を振り返る
http://inbound.exblog.jp/20192588/

もっとも、北朝鮮が外国客を誘致するうえで桁違いの人口をもつ隣国の中国人観光客をどう受け入れるかは最優先事項です。中朝国境に位置する遼寧省丹東市からの鉄道ツアーも動き出すそうです。

(中国)瀋陽-北朝鮮の観光列車が運行開始、料金3.8万円から (ロイター2015年 5月 14日)
http://jp.reuters.com/article/TopicsComprehensiveAttentionEconomy/idJP00093300_20150514_00220150513

記事にはこうあります。「旅行者は瀋陽市を出発した後、北朝鮮との国境に位置する丹東市で、丹東発平壤行きの95次中朝国際列車に乗り換える。国際列車は鴨緑江を挟んで、丹東市と対岸の街、新義州市(北朝鮮)を経て、首都平壌市に到着する。旅行日程は4日間。平壌、開城、妙香山、板門店など名所を観光。羊角島国際ホテルなど平壌の有名ホテルに宿泊する。1人当たりの旅行費用は2000―3000人民元(3万8629円―5万7943円)に設定されている」。

これは一般的な中国東北三省から陸路で入る北朝鮮へのツアー料金と比べると、少し割高に感じます。中朝国境は丹東以外にもいくつかあり、複数の国境ゲートから入国する1泊2日や3泊4日の1000元(2万円)程度の安いツアーがたくさんあるからです。平壌に宿泊するからでしょうか。もっとも、このルートは外国客には許されておらず、中国人のみ参加可能です。

以下の写真は、昨年7月に訪ねた丹東駅や丹東から平壌への鉄道チケット売り場です。数年前までは中国からの北朝鮮への公務旅行が多かったそうです(実態は公費を使った観光旅行)。しかし、習近平政権になって以降の「ぜいたく禁止令」で丹東経由の朝鮮旅行は下火となっていました。この国際列車の乗客も一時に比べて激減していたのです。
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ぼくも一度この国際列車に乗って平壌に行ってみたいと思っていますが、いつ可能となるのでしょうか。

さて、朝鮮側の観光誘致の意気込みを伝える以下の記事もあります。

北朝鮮 観光開発に全力、2020年に観光客200万人を目指す(新華ニュース 2015年6月1日)
http://www.xinhuaxia.jp/social/70714

北朝鮮は「2017年までに、観光客数を今の10倍に増やし、2020年に200万人を超える目標」を掲げているそうです。

北朝鮮が外国客誘致を進めるうえでのキラーコンテンツは金剛山です。5月下旬、海外の関係者を集めて金剛山観光に対する投資説明会を現地で開いたようです。

北朝鮮・金剛山で投資説明会 日本企業も参加 「観光資源ある」(共同通信社2015年5月27日)
https://www.youtube.com/watch?v=aa9-UB4yj20
http://www.47news.jp/movie/general_politics_economy/post_12098/

「北朝鮮が日本海側の拠点都市・元山から景勝地の金剛山までの一帯に設置した「国際観光­地帯」への投資説明会が27日、金剛山で開かれた。日本を含む各国の企業関係者ら約130人が参加し、観光資源や投資環境などの説明を受けた。昨年6月の同地帯設置後、現­地での投資説明会は初めて」。

共同通信の動画によると、日本からは韓国観光の専門旅行社「三進トラベル」の社員が出席していたようです。

三進トラベル
http://www.sanshin-travel.com/

ぼくは2013年8月、金剛山を訪ねています。韓国の現代グループが投資しただけあって、北朝鮮国内で唯一といえる外国客の受入が可能なリゾートインフラがあることは確かです。ただし、韓国を追い出し、自前でどこまで運営できるのかは大いに疑問ですけれど。だからこそ、海外からの投資を促進したいのはわかります。

2013年、金剛山観光はどうなっているのか?
http://inbound.exblog.jp/22561895/

中止からはや6年。韓国から入る金剛山ツアーと残されたインフラについて
http://inbound.exblog.jp/22562596/

北朝鮮が進めようとしている観光誘致の行方がどうなるかについては、あげればきりがないほど疑問点が出てくるのですが、彼らが本気で外客を受け入れるとなれば、彼ら自身のあり方も問われることになるのは間違いありません。それで体制がどうこうなるとか単純な話ではないでしょうけれど、これまで3回北朝鮮を訪ねたぼくの感じ方としては、欧米客や日本客はともかく、圧倒的に多数派の中国客の訪朝が朝鮮の人たちに大きな影響を与えていることは確かだと思います。中国人は欧米人や日本人のように、北朝鮮の体制や異文化性を尊重する態度をまるで取りません。朝鮮の後進性についてもストレートな態度を示すため、彼らも逆に中国人に対しては、本音はともかく、黙り込むしかありません。その超然とした宗主国的ふるまいとそれを裏打ちする圧倒的な経済優位性に、少なくとも一般市民レベルでは抗うことができないのです。

こうした状況の中で、北朝鮮の観光誘致はどうなっていくのか。

北朝鮮観光に展望はあるのか…活路は「共産主義テーマパーク」(Daily NK 2015年05月26日)
http://dailynk.jp/archives/44326

同記事の中で、北朝鮮の観光誘致の可能性については「北朝鮮が観光で成功するには二つの要素が必要だ。一つは中国人、特に地理的に近い東北地方の中国人が気軽に行ける安いツアーの商品化。二つ目は北朝鮮を『共産主義テーマパーク』と考える西洋人向けに少々高価でも質が高くて多様なツアーを開発することだ」といっています。

中国人向けには北朝鮮と国境を接する東北三省の中国人向けのツアーの商品化、日本人を含めたその他外国人には高品質なツアーを開発することだと専門家は述べています。

しかし、中国から朝鮮への国際線がけっこう高いうえ、どこまで高品質なツアーを開発できるのか、ぼくが見た限りでは厳しいものがあります。

同記事でもこう書かれています。

「さらに、金正恩氏肝いりのあの「観光事業」に苦言を呈した。

「馬息嶺(マシンリョン)スキー場は成功しない。わざわざスキーをするため北朝鮮まで行く旅行客はいないだろう。北朝鮮は世界の需要がまったく読めていない」」

そんなの当たり前ではないですか。ぼくも馬息嶺スキー場の建設現場を視察したことがありますが、誰の対面のためにあんなものをつくったのか。駆り出された労働者の人たちの様子を見て、そう思ったものです。

外客誘致のためにインフラは必要でしょうが、それがスキー場なのか、という根本的な方向性の誤りがいまの北朝鮮の観光振興の進め方にはあると思います。

だからといって、外国人の話に耳を傾けるほどの柔軟性や精神的なゆとりがいまの彼らにあるかといえば、どうでしょう。ぼくは1980年代の中国の半ばなし崩し的な外国人観光客の開放の流れを見ているだけに、そのような度量がいまの朝鮮にあるとは思えないので、なかなか難しいなあと感じています。

それでも、金剛山はひとつの可能性ではあるので、うまくやってもらいたいものです。
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by sanyo-kansatu | 2015-06-07 19:26 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 04月 30日

白頭山(長白山)の国際観光化の行方はいかに?

最近、北朝鮮が外貨獲得のために外国人観光客を呼び込もうとする動きを再開したことがいくつか報じられています。

北朝鮮 白頭山のふもとに国際観光特区を設置 【ソウル聯合ニュース(2015.4.23)】

「北朝鮮の朝鮮中央通信は23日、中朝国境地帯にある白頭山のふもとの両江道三池淵郡に「国際観光特区」を設置したと報じた。特区指定に関する最高人民会議常任委員会の政令が22日に発表されたという。

北朝鮮による国際観光特区の指定は南東部の景勝地・金剛山(2011年)に続き2例目となる。金剛山と併せて白頭山観光を本格的に活性化し、外貨稼ぎに力を入れるとみられる。

政令によると、三池淵郡の茂峰労働者区の一部地域が「茂峰国際観光特区」に指定された。

茂峰労働者区は標高1220メートルの位置にあり、北朝鮮は2000年代初めから同地に宿泊施設や浴場などを建設し、「山中の休養所」と宣伝してきた。空港も近く、北朝鮮内の他地域に比べ観光産業の育成に必要なインフラが整っている」。

平壌・上海間に定期便=26日に就航-中国メディア【上海時事(2015.4.25)】

「中国のニュースサイト澎湃は25日までに、北朝鮮国営高麗航空の平壌-上海間の定期直行便が26日に就航すると報じた。これまで同路線はチャーター便だけだった。北朝鮮は最近、観光に力を入れており、中国人観光客の取り込みを狙ったとみられる。

直行便は毎週日曜と木曜に平壌から上海へ飛び、月曜と金曜に平壌へ戻るという。北朝鮮と中国を結ぶ定期便は現在、平壌-北京と平壌-瀋陽の2路線。上海からは夏季に観光用のチャーター便が出ていた。

北朝鮮は今回の定期便就航に合わせて、旅行商品の価格を下げたという」。

北朝鮮の高麗航空が中国河南省の鄭州と平壌を結ぶチャーター路線を開設【Daily NK 2015年04月27日】
http://dailynk.jp/archives/40394

「北朝鮮の高麗航空が中国河南省の鄭州と平壌を結ぶチャーター路線を開設したと、米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)が22日、中国人民日報の記事を引用して報道した。

報じられたチャーター便は、19日に鄭州空港を離陸し、2時間20分後に平壌空港に着陸した。平壌に到着した140人の中国人観光客は平壌市内、開城、金剛山、板門店などを巡る4泊5日のツアーに参加している。

高麗航空が直行便を開設した中国の都市はこれで6つ目。これまでにも上海、延吉、瀋陽、西安などに直行チャーター便を飛ばした実績がある。

平壌ー上海便は昨年7月から10月まで運行され、上海発は木曜日、平壌発は日曜日に運行されていた。

北朝鮮はエボラウイルス流入を遮断するために外国人観光客の入国を禁止していたが、解除されて以降は中国人観光客が増えており、今回のチャーター便就航もその流れによるものだ。

一方、中国の吉林新聞はも延吉ー平壌間のチャーター便が6月に運行を再開すると伝えている。高麗航空の関係者は同路線を10月まで運航し、搭乗率によっては定期路線化も視野に入れていると語った。

さらに、中国の人民網は、ハルビン空港の関係者がハルビン平壌路線の復活について高麗航空の関係者と協議していると伝えた。

高麗航空の路線拡大、サービス改善は飛行機好きの金正恩氏の意思でもある。韓国の中央日報によると、2012年5月に高麗航空機に搭乗した金正恩氏は「機内食の質を高めて乗務員の衣装も洗練されたものにせよ」との指示を出した。

それに伴い、CAの制服は新しいものになり、高麗航空名物とまで言われた機内食のハンバーガーも一般的な機内食に変わった。また、EUや中国政府に域内飛行禁止を言い渡された旧型機種に変わるツポレフ204-300、アントノフ148の導入、平壌空港新ターミナル建設など国を上げての努力を行ってきた。

ところがそんな努力のかいもなく、英スカイトラックス社が毎年発表している航空会社のランキングで4年連続最下位レベルの1つ星を記録してしまった。680あまりの調査対象で1つ星を授与されたのは高麗航空だけ。不名誉な記録に金正恩氏はたいそうお冠だろう」。

さて、聯合ニュースが伝えるように、北朝鮮は中朝両国の国境地帯となっている白頭山(長白山)を国際観光特区として開放し、現在活況を呈している中国側だけでなく、北朝鮮側にも国内外の観光客を招き入れたいと考えているようです。しかし、このアイデアはもう10年前から言われていたことで、2000年代半ばの核開発などをきっかけに悪化した中朝関係もあってか、まったく実現には至っていません。その間に、中国側は着々とインフラ開発を進め、今日では中国国内でも稀に見る美しい現代的な山岳リゾートエリアに様変わりしています。その様子は本ブログでもすでに何回か報告しています。ぼく自身は、2000年代以降、長白山には4回足を運んでいます。

いま中国で人気の山岳リゾート、長白山
http://inbound.exblog.jp/20458097/

長白山(白頭山)は5つ星クラスの高原リゾート開発でにぎわっています
http://inbound.exblog.jp/20386508/

中国側にはすでに5つ星クラスの山岳リゾートホテルができているというのに、北朝鮮側では、表向き宿泊施設はあるとはいっているものの、実際の宿泊客を長期にわたって滞在させることは難しいようです。確かに週1便の平壌・三池淵(白頭山の最寄空港)線のフライトは運航されていると聞きますが、日帰り客のみのようですから。

これだけ両国の観光インフラに差がついてしまうと、中国側から北朝鮮側に足を運んだ観光客は両国の発展の違いを強く印象づけられることでしょう。かつて金剛山では韓国による同胞としての温情的な投資で現代的なホテルや温泉施設などが建設されましたが、同じことを期待するのであれば、中国側の要求に対してそれ相応の譲歩をしなければならないでしょう。はたして北朝鮮はそれを受け入れられるのか。現状がずっと硬直して動かないのは、むしろ北朝鮮側の覚悟が足りないからのように見えます。先日(4月18日)白頭山を視察したという金正恩第1書記は何を考えているのか。

さらに、両国の間には、国力の圧倒的な違いだけでなく、歴史認識問題もあります。白頭山を朝鮮民族の聖山とみなす北朝鮮側と、もともと中国の領土だった長白山の一部を朝鮮にくれてやったとする中国側の認識には大きな隔たりがあるのです。

長白山(白頭山)が中韓対立の舞台となっている理由(「東北工程」とは何か)
http://inbound.exblog.jp/20593858/

とはいうものの、もし本当に長白山(白頭山)の国際観光化が実現し、徒歩で両国を往来できるようになるのだとしたら、海外からも注目されることでしょう。開発の遅れたおかげで残されている北朝鮮側の原生林や高原植物は類まれな美しさでしょうし、これまで平壌経由でしか見ることのできなかった北朝鮮側から天池を眺めることもできるでしょう。

さて、前ふりがずいぶん長くなってしまいましたが、今回ぼくが書きたかったのは、いまはなき長白山のユニークな温泉旅館の話です。
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それは1998年に中日合資で建設された長白山国際観光ホテル(当時)です。開業当時は、長白瀑布から徒歩15分という好ロケーションにある唯一の現代的なホテルで、源泉から引いた温泉やサウナもあり、長白山で山岳リゾートライフを楽しむには最適の宿でした。
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露天風呂もあって、春先はまだ雪も残る長白山登山で冷えた身体を温めてくれました。
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客室も広く快適で、2000年代初頭の中国の山岳地域ではこれだけの設備を伴う宿泊施設は少なかったと思います。

このホテルを開発したのは在日朝鮮人のP氏でした。1992年の中韓国交正常化以降、多くの韓国人観光客が長白山を訪ねるようになったこともあり、栃木県の運輸業者だったP氏はこの地に投資したのです。

ぼく自身はこのホテルを2回訪ねています。ある年の5月、北朝鮮から招聘した服務員たちの歓待を受けたことがあります。
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そうなんです。中朝国境に近い山岳地帯で北朝鮮の美少女楽団による演奏会と食事でもてなされたのです。

これがそのときの写真です。よくもまあこんな山奥でこれだけの皆さんを揃えられたものです。
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演奏後もかいがいしく働く彼女たちの様子をカメラマンは撮り続けています。ちょっと想像してみてください。我々はまるで浦島太郎になって竜宮城にでも来たような気分になっていたのです。
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今思えば、こういうもてなし方というのは、朝鮮の伝統的な手法といえるでしょう。我々はまんまとそのお膳立てに乗せられてしまったのかもしれません。朝鮮側の宣伝戦の一端を担わされたといえなくもないからです。

もっとも、その引き換えとして我々が提供できたのは、このホテルの紹介記事をある旅行ガイドブックに載せただけのことです。実際には、たいした宣伝効果はなかったわけですが、それを見た中国側の理解は若干違ったかもしれません。

2008年頃から、すでにこのホテルは吉林省政府がこの地域の観光開発を主導するために設立した長白山管理委員会から買い上げを迫られていました。長白山の観光利権を海外資本に与えることなく、中国側がすべてを握ろうとしていたのです。

その後、このホテルは12年に完全に閉鎖されてしまいました。14年夏に訪れたときは、跡形もなく取り壊されていました。
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これが取り壊し前の長白山国際観光ホテルの外観です。ご覧のとおり、平壌によくある朝鮮風の建築でした。中国側からすると、これも問題とみなされたかもしれません。ここは中国なのだから、というわけです。そうでなければ、取り壊しまでする必要はないではありませんか。

こうしたもろもろの背景があったにせよ、このホテルの野趣あふれる露天風呂は素晴らしかったと言っておきたいと思います。

今、長白山周辺には国際的なリゾートホテルが続々建設されています。その一軒にぼくは泊まったことがありますが、施設は立派に設計されているものの、肝心の温泉の運用に問題がありました。お湯がぬるすぎるのです。泉質については、さすがに悪くはないのでしょうが、お湯の温度調節ができていないのです。おそらく現地スタッフはこうしたことに慣れていないのでしょう。

その点、長白山国際観光ホテルの露天風呂はまさに源泉かけ流しそのもので、湯加減もサイコ―でした。在日の方とはいえ、日本の温泉文化をよく知る人物が設計していたからでしょう。

【追記1】
5月末になって以下のニュースが報じられました。

金正恩体制の聖地「白頭山」へ向かう観光鉄道工事再開(Daily NK 2015年5月30日)
http://dailynk.jp/archives/44934

その一部を抜粋します。

「白頭山観光鉄道(三池淵線)」は、朝鮮の霊山であり、金正恩体制の聖地「白頭山」と麓を結ぶ鉄道だ。両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)と鯉明水(リミョンス)を結ぶ森林鉄道として日本植民地時代に開通したが、1948年に一般鉄道に転換。これまで革命史蹟訪問に利用されてきたが、1994年に大洪水で路盤が流出した。(中略)

今回の工事において、北朝鮮当局は始発駅を渭淵(ウィヨン)駅から数キロ内陸に入った大五川(テオチョン)駅に変更、線路を付け替えて路線を新設した。

再開した理由だが、金正恩体制の正当性の柱「白頭の血統」をより強調するためにも復旧すべきという判断があったと見られる。金正恩氏は、白頭山観光鉄道の新設路線の測量結果を受け取り、2015年4月から復旧工事を再開せよと指示を下したという。

しかし、故日成氏の誕生や人民軍創設記念日などの準備に忙殺されたが、5月25日になって、ようやく工事が始まった。両江道の内部情報筋によると、2万人にも及ぶ人々が特別列車に乗って現地に到着したという。また、工事用の機械や資材を載せた列車も続々と到着している。

しかし、今回動員されたのは通常の「6.18突撃隊」ではなく、各道で選抜された人員からなる「白頭山観光鉄道突撃隊」という。

当初は、3万人が動員され「2020年の完成」を目指したが、完成目標が来年の10月10日に労働党創建日に前倒しとなった。また、前回の工事中断後「高山果樹農場」の建設に投入されていた「6.18突撃隊」も今後は再合流して、合計7万人という大規模動員を投入する予定という。

今のところ、「労働者用の宿舎を建設している段階」(内部情報筋)だが、目標に間に合わせるために「速度戦」、つまり杜撰で手抜きだらけの突貫工事になる可能性が高い。

※朝鮮に対する批判的な姿勢はお約束事の「突貫工事になる可能性が高い」で結ばれている記事ですが、朝鮮側に白頭山を観光地化したいという意向があることはうかがえます。それが実現できるかどうかはまた別の話です。

【追記2】
さらに、7月には中国発白頭山行きのバスツアーが始まったようです。

今年7月から中国発白頭山(北朝鮮)ツアーが始まったそうです
http://inbound.exblog.jp/24763312/
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by sanyo-kansatu | 2015-04-30 09:19 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 01月 16日

鴨緑江断橋の展示に見られる中国の歴史認識がわかりやすい

中朝国境最大のまち・丹東(遼寧省)には、朝鮮戦争時代に米軍によって落とされた鴨緑江断橋があります。
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断橋の隣には、中朝友誼橋(写真・左)が架かっています。そちらは朝鮮と結ぶ鉄道と車両の両用の橋です。

断橋の遊歩道を歩くと、橋の断たれた先が展望スペースになっていて、朝鮮に向かって橋脚だけが残る光景が見られます。対岸の北朝鮮の風景も眺めることができます。
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この橋は1909年に日本が朝鮮領内の京義線を中国につなげるため、「鴨緑江橋梁」として建設されたものです。当時鴨緑江を航行する船舶のために橋の中央部が旋回できるよう設計されていました。そのための駆動軸がいまも残されています。
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断橋の歩道の両サイドには、数十枚にわたる写真パネルが展示されており、そこにはこの橋の100年の歴史が記されています。日本がからむこの地域に関する中国の歴史認識を考えるうえで、とてもわかりやすい素材だと思ったので、以下主なパネルを紹介します。

まず全体像を理解するために。これが現在の断橋と中朝友誼橋の全貌です。
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1908年8月、日本は朝鮮側の橋の基礎工事を始めています。展示によると、09年4月日本は腐敗した清朝政府に圧力をかけ、5月には橋の建設を強行したとあります。
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船舶の航行時は、橋の中央部が90度旋回したことが解説されています。一度の使用時には20分要したそうです。
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開通は1911年10月。線路の両脇に歩道があり、当時の人たちは歩いて渡ることができたようです。
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1943年4月、「日本侵略者」はもうひとつの橋(第二橋梁・現「中朝友誼橋」)を建設します。45年8月15日、日本は第二次世界大戦に無条件降伏し、以後この橋は中朝両国が共有することになります。
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ところが、50年6月25日、朝鮮戦争が勃発し、鴨緑江沿岸にも危機が迫るとあります。
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毛沢東は「抗美援朝、保家衛国」(米国に対抗し朝鮮を支援することで、国家を防衛する)政策を決定し、朝鮮半島への派兵を開始します。
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同年10月19日、中国人民志願軍は安東(丹東)、河口、輯安(集安)の3カ所から朝鮮領内に入ります。
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同年11月8日午前9時、B29が鴨緑江大橋を爆撃し、一部の橋桁が落ちます。
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さらに同月14日、米軍は再び来襲し、朝鮮側の橋桁は完全に落ちてしまいます。
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53年7月27日、朝鮮戦争の停戦協定が結ばれます。「こうして2年9か月の抗美援朝戦争に勝利した」とあります。
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58年、中国人民志願軍が凱旋帰国するとあります。停戦から5年間も朝鮮領内にいたとは。何をしていたのでしょう。
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停戦直後の鴨緑江断橋の両岸を撮ったもののようです。この当時は、当然のことながら、戦火のため丹東も対岸の新義州も疲弊していたことがわかります。
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断橋の改修が始まったのは、朝鮮戦争停戦から約40年後の93年6月です。
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94年6月28日、断橋の改修工事は完了し、旅游区として正式に対外開放されます。
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さて、このパネル展示には、1910年の開通後から終戦末期の43までの約30年間の歴史は省かれてしまっています。そして、朝鮮戦争における米軍の爆撃や人民志願軍の「抗美援朝」政策に基づく出兵がメインストーリーとして語られます。さらにいえば、人民志願軍の帰国から90年代までの30数年間についても、触れられていません。

中国側がつくった展示ですから仕方がないことでしょうが、この地域の過去100年に関する中国人の歴史認識を形作るうえで、彼らが史実を採用する基準がどこにあるかを理解するには、とてもわかりやすいパネルだと思います。

それは言うまでもなく、抗日&朝鮮戦争を「勝利」に導いた共産党政権の正統性(ことの成否はともかく)に関わる基準です。ここでその歴史認識の是非を問うことに意味はありません。むしろ、何を採りあげ、何を採りあげないのか。その判断の基準を知っておくことで、彼らと仮に歴史について話す機会があるとき、議論を深めるうえで参考になるだろうということです。そういう意味では、鴨緑江断橋は今日の中国の歴史認識を語るうえで、きわめてシンボリックなスポットとなるのは当然なのでしょう。

ちょっと面白いと思ったのは、以前丹東駅のターミナル構内に展示されていたこの駅の100年の変遷を物語る十数枚の写真との比較です。1910年から45年までの30年間の駅舎とその周辺の様子も知ることができます。そこには駅のプラットフォームに着物姿の日本人が写っている写真も含まれ、興味深いです。丹東駅では中国の歴史認識に関わる事件が起きてはいなかったため、こういう見せ方ができたのでしょう。

ターミナル構内に展示された駅舎の変遷の記憶(中国瀋丹線・丹東駅)
http://inbound.exblog.jp/20541074/

断橋のたもとには、いまでもトーチカが残っています。
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最近、断橋の前にへし折れた鉄骨をアート仕立てにした展示と石碑が置かれました。断橋が戦跡であることをさらに強調するための作品のように見えます。
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下流域についに新しい大橋(正式名は「中朝鴨緑江公路大橋」)が完成したものの、朝鮮側の事情ですぐには開通に至らないなど、中朝関係が以前と比べずいぶん様変わりするなか、「抗美援朝」を強調する戦跡というこのスポットの意味づけは、今後どうなっていくのでしょうか。

中朝新国境橋が完成しても開通できない理由
http://inbound.exblog.jp/23944673/

丹東の抗美援朝紀念館とあやうい愛国主義「歴史」教育について
http://inbound.exblog.jp/20441774/
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by sanyo-kansatu | 2015-01-16 12:16 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2015年 01月 14日

北朝鮮側から眺める中朝ロ3か国国境

2014年7月、中国・北朝鮮・ロシアの3か国が国境を接する吉林省琿春市の防川地区を訪ねようとしたところ、外国人の入域は禁じられていることがわかりました。15年1月現在もそれは変わっていないようです。

【追記】
2015年夏以降、解禁されたようです。国境事情は日々刻々変わるものです。

これまでぼくはこの地を2回訪ねたことがあり、本ブログでも以下のように報告しています。

中朝ロ3か国の国境が見渡せる防川展望台(中国吉林省)
http://inbound.exblog.jp/20449425/

これは琿春市の旅行会社がつくっているパンフレットの表紙です。中国の古代の城壁に囲まれた塔のような建築物が写っています。これは何なのか。あとで説明します。
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さて、防川国境を訪ねることができなかった背景に、中国政府がこのところ朝鮮国境付近への外国人の立ち寄りに敏感になっていることがあるようです。昨年8月の朝日新聞の記事でも、現地記者からの以下の報告がありました。

中国、脱北者の連行容認 北朝鮮当局、拘束し帰国(朝日新聞2014.8.15)

中国東北部の北朝鮮との国境地帯で、中国の地元当局が北朝鮮の治安当局者による脱北者の拘束や連行を容認している実態があることがわかった。脱北者の北朝鮮への送還をめぐる国際社会の批判を受け、中国側が拘束してきた従来の方法から転換したという。

複数の中国当局関係者によると、北朝鮮国家安全保衛部などの当局者は、独自に集めた脱北者の潜伏情報をもとに、中国への入国を申請。中国側から、中国領内で使う車両の提供を受け、対象の脱北者を拘束後、連行して一緒に帰国する。中国での滞在期間は通常、1日から数日という。

中国は北朝鮮と刑事事件に関する捜査協力条約を結んでいるが、双方とも自国領内での捜査・逮捕までは認めていない。しかし、中国東北部の政府関係者は「送還された脱北者が処刑されているとして中国が国際的な批判を受け、数年前から中国の治安当局は出動しなくなった」と話した。

中国での北朝鮮当局者の活動をめぐっては、遼寧省瀋陽の韓国総領事館が今年3月下旬、「中朝国境で北朝鮮による拉致事件が起きている」という注意喚起を韓国人向けに行った。韓国政府関係者も、「中朝の治安部門でなんらかの協定があるのではないか」とみている。

中国に逃げこんだ複数の脱北者によると、3月下旬、中朝国境近くの旅館に身を隠していた脱北者数人が突如、行方不明になる事件が起きた。北朝鮮当局者が、一度捕まえた脱北者を密告者として教育し、新たな脱北者の拘束に利用しているという。脱北者の失踪は、毎月のようにあるという。国境警備を担う中国軍関係者によると、今年に入り、中国に逃げる脱北者は増加傾向にある。

脱北者をめぐっては、国連の北朝鮮人権調査委員会が今年2月、最終報告書で中国など周辺国に保護を勧告。国連の人権理事会も3月、北朝鮮への非難決議を採択し、安全保障理事会に指導者の責任追及や制裁措置を検討するよう求めた。

一方、中国政府は3月の非難決議に反対。報告書の指摘についても、「中国は一貫して国内法、国際法、人道主義に基づき、対処している」(外務省)と反論している。


中国領内での北朝鮮当局者による脱北者の拘束、連行の容認。中朝国境地域では、あいかわらず「法治」もへったくれもない、乱暴なことが起きているようです。こうしたことに外国人が巻き込まれてしまうことは中国側も望んでいない。そのため、以前は訪問を歓迎していたのに、立ち寄りを禁じる国境地区も一部出てきたという話なのでしょうが、だからといって防川のような場所が禁じられる理由はよくわかりません。

仕方ありません。だったら、防川国境を中国側からではなく、対岸の北朝鮮側から眺めてみよう。それが実現したのが、それから1週間後のことです。

その日、ぼくは北朝鮮の羅先特別市のホテルから車で中朝ロ3カ国国境に近い豆満江駅に向かっていました。道中は豆満江(中国名:図們江)下流域の湿原と水田が広がる緑豊かな風景が続きました。先ごろ完成したロシアとの鉄道路線は東に向かって延びていました。線路の脇に立つコンクリートの電柱も真新しい。いま羅先にあるインフラの大半は老朽化が進んでいますが、ロシアが使う羅津港の第3埠頭とこの鉄道路線は輝いて見えます。
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鉄道路線と並行して走る道路沿いには、こんな標語も見られました。
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「意義深い今年を穀物増産で輝かせよう!
宇宙を征服したその精神、その気迫で経済強国建設の転換的局面を開いていこう!」

おそらく2012年12月の北朝鮮による「人工衛星」と称するミサイル発射(防衛省・自衛隊)について言及しているのでしょう。

湿原には水鳥たちも多く生息しています。
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さて、これがロシアとの国境駅となる豆満江駅です。外観は立派ですが、駅舎の中には人気はありません。運行状況が気になるところですが、現地ガイドがそれを知っているはずもなく、調べるとしたらロシア側に聞くしかないかもしれません。
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これが税関の建物だそうです。
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その向かいに集会場のような建物がありました。駅周辺にあるのは、これだけです。
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さて、ここで車は折り返すのかと思ったら、さらにロシア国境方面に向かって走り出しました。

しばらくすると、北方に中国の旅行会社のパンフレットに掲載された中国風の高い塔が見えました。その背後に展望台も見えます。そうです。それが防川国境展望台だったのです。
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数年前、防川を訪れたときにはこの塔はなかったので、ここ1、2年で建てられたものでしょう。それにしても、ずいぶん時代がかった建造物をこしらえたものです。三国志の時代でもあるまいし……。思うに、中国側からすれば、中朝両民族がこれまで混住してきた図們江流域も、いまや「中華」の支配する地域であることを明確にさせたい意図があるのではないでしょうか。中国風の塔は、その楔のようなものです。一方、朝鮮側からみれば、これまで極東ロシアまで含め、あいまいに広がっていた図們江流域における「中華」の国境(くにざかい)に対する強い意思を読み取るよう強いられる視覚的なシンボルとして映るかもしれません。

防川国境の右手に朝ロ友好橋が見えました。
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車はさらに東に向かってひた走りました。途中、干潟湖のそばに朝鮮風の建物が見えたので、何かと聞くと、宿泊施設だそうです。
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そして、ロシア国境に近い高台を上ると、やはり朝鮮風の建造物が建っていました。その建物の脇を抜け、さらに頂上まで上ると、立派な屋根で覆われた石碑と案内人の女性が待っていました。
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それは、「勝戦台」と呼ばれる16世紀の李舜臣将軍の戦績を讃える碑でした。石碑には以下のように書かれています。
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「保存遺跡第1480号 勝戦台碑

偉大なる領導者、金正日同志は次のように指摘された。
『歴史遺跡と遺物をきちんと管理し、長く保存するための対策を徹底して立てなければなりません』。
この碑は、16世紀に李舜臣将軍が女真族の侵入を撃退し、祖国の北端を守り抜いた闘争業績を後世に伝えるために1762年に建てた記念碑である。

碑文には、1587年に辺防の野蛮人たちが侵入した時、ここを守っていた李舜臣将軍が少ない兵力で敵を待ち伏せして叩き潰したので、後世の人たちがここを勝戦台と呼んだという内容が書かれている。

勝戦台碑は、外来侵略者たちを撃退し、国を守り、戦ったわが人民の闘争の歴史を伝える文化遺跡である」。

ということだそうです。北朝鮮が持ち出す歴史がどこまで史実に近いものなのか、常に疑問がつきまとうわけですが、これは中国側の塔と同様、北朝鮮側の国境(くにざかい)を守る意思を表明するシンボルということなのでしょう。

そこからは図們江(朝鮮名:豆満江)とその下流域に広がる水田や、その先に広がるロシア領がよく見渡せました。同じ流域である以上、自然条件はほとんど変わらないと思いますが、朝鮮側は水田が広がっているのに対し、ロシア側は未耕地となっているようです。
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それから車は、図們江沿いの道を走り、中国の国境ゲート・圏河口岸の対岸にある元汀里に向かいました。河沿いを走っていると、延吉の知人からの電話がかかってきました。国境近くであれば、中国携帯がふつうに使えるようです。
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図們の対岸の南陽から延びていたかつての「咸北線」の線路も見かけました。これは日本統治時代に敷かれた羅津駅に向かう鉄道と思われます。ただし、ロシアとの新しい鉄道路線に比べると、かなり老朽化していました。客車のような車両が駅に停まっているのも見ましたが、これも相当な代物でした。
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※「咸北線」については以下参照。

1934(昭和9)年初秋、72歳ベテラン編集者の「北鮮の旅」
http://inbound.exblog.jp/20710254/

こうして半日かけての豆満江下流域のドライブの旅が終わりました。2年前に来たときは、雨で道路が使えず断念したことがあったので、ようやく実現できたという感じです。

ところで、中国はいま、やたらと巨大な国境ゲートを周辺国各地に建設しています。北東アジアでいえば、ロシアや北朝鮮、東南アジアではベトナム、ラオス、ミャンマーなどです。

たとえば――

【ロシア国境】綏芬河の新国境ゲート建設は進行中
http://inbound.exblog.jp/23962530/

【ラオス国境】ゴーストタウンと化していた中国・ラオス国境の町ボーテン
http://inbound.exblog.jp/22437603/

それらの多くは、国境を接する相手国に対する圧倒的な力の差を見せつけることが目的であるかのように、どこかこけおどし的な感じがしないではありません。今回見た中国風の塔もそうだったように。

実際、中国と国境を接する国々はどこでもそうですが、人口規模や経済力の面で違いが大きいため、せっせとこしらえた建造物も、視覚的な効果はともかく、人やモノの往来からみたコストパフォーマンスもそうですが、国境の実態とは釣り合っていないように見えるのも確かです。

皮肉な言い方をすれば、もろもろの熱狂の時代が終わったあと、昔はこんなにすごかったんだぞと、未来のための証明づくりにいそしんでいるように見えなくもありません。それが中国の歴史というものの正体なのかもしれない。そんな気がしないでもありません。
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by sanyo-kansatu | 2015-01-14 10:36 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【後編】

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【中篇】の続きです。(→【中編】)

これまで【前編】【中編】を見てこられた方の中には、似たような料理が並んでばかりでうんざりしている人もいるかもしれません。実際、アップしているぼくもさすがにそういう気分になりつつあります。

こうして並べてみると、ある特定の地域を訪ねた以上、よく似た地方料理ばかりが出てくるのは無理もないからです。一方、外貨を落とす客人相手となれば、北朝鮮の地方都市でもこれだけの料理が供されるのか、という見方もあるかもしれません。それをどう理解すべきかについては、まだまだ宿題です。

それでも、【後編】では、これまでと多少趣向の違った料理が出てきます。実は、同行しているカメラマンは韓国料理通で、北朝鮮というより朝鮮半島の地方料理としての咸鏡北道の食の特徴に関心を持っていることから、次はこういうのが食べたいと積極的にリクエストしてくれるので、大助かりなのです。特注品の食の選択はすべて彼におまかせでした。

10)4日目夕食(清津観光ホテル)
この日の夜は、清津市内のホテルに泊まりました。清津駅の裏手にある清津観光ホテルです。

このホテルのオーナーは(後日紹介しますが)、いまからちょうど50年前にこの地に来た日本生まれの在日帰国者です。こういう方と北朝鮮で会うのは初めてでした。彼によると、2000年代前半くらいまでは、戦前期に清津に住んでいた年配の日本人たちがよくツアーで来ていたようで、彼はガイドとして七宝山なども案内していたそうです。彼の兄弟は日本にいて、ときどき訪ねてくるそうですが、それだけに日本の情報もそれなりに詳しいのです。50年も日本に戻っていないのに(彼が帰国したのは、18歳のときだったそうです)、日本語がなんら衰えていないのは驚きました。

そんなオーナー氏は、久しぶりに日本人が訪ねてくるということで、ずいぶんこちらに合わせた料理を用意してくださいました。こんな感じです。
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タコの刺身、ハタハタやカレイの唐揚げまでは、これまでどおりです。
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しかし、エビフライやトンカツが出てきたのは、かえって申し訳ない感じもしました。

面白かったのは、このタコ足ウインナー(でも、たぶん魚肉)の炒めものです。人気ドラマの『深夜食堂』で、やくざに扮する松重豐の好物がタコ足ウィンナーだったことを思い出しました。オーナー氏の趣向はどこか昭和のにおいがして、不思議な気がしました。
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これはちょっとべちょべちょですが、ポテトサラダです。卵の黄身もふってあります。朝鮮では、ポテトサラダがよく出てきます。どういう影響からなのでしょう。ロシア? それとも、戦前期の日本? あるいは、在日の人たちが伝えた? これも宿題にさせてください。
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これもよく出てくるどんぐりの寒天サラダ。中国東北地方でもよく食べられていますが、ネットで調べたら、韓国料理でもあるんですね。
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最後に、ご飯とスープが出てきたので、「こういうのがいちばん落ち着きますね」と言うと、オーナー氏はニコニコ笑っていました。
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11)5日目の朝食(清津観光ホテル)
朝食には、パンが出てきました。これは朝鮮で初めてのことです。気を遣ってくださったのだと思います。インスタントコーヒー付きです。中華料理みたいなのも付いていました。
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これが清津観光ホテルです。
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12)5日目の昼食(羅津の金栄食堂)
この日、朝8時に清津を発ち、昼前には羅先に戻りました。昼食は、2年前に来たことのある金栄食堂でした。食のリクエストはカメラマン氏に一任したと先ほど書きましたが、彼が「串焼きはありますか」と通訳に尋ねたところ、あるということで、この店に行くことになりました。
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中国の延辺朝鮮族自治州は串焼きが有名なので、もしかしたら羅先にもあるのでは、と彼は思ったそうです。実際、炭火焼のコーナーに案内され、中国でいう「羊肉串」が出てきました。これはもともとこの地にあったものなのか。それとも延辺から入ったのか。これも宿題です。

こちらがどんどん写真を撮る気でいるのをいいことに、ガイド氏は「ボタンエビの刺身も食べますか?」と聞いてきます。そういえば、2年前この店で同じものを食べた気がしますが、実はこれまで各地で出された刺身のクオリティには満足していなかったので、「どれ、持ってきてください」。もうにわかお大尽気分です。出てきたのはこれです。これも冷凍でした。
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串焼きときたら、しめは冷麺でしょう。ぼくは韓国の冷麺についてそれほど詳しくないので、朝鮮で出てくる冷麺を食べても、まあこんなものかな、という感じなのですが、カメラマン氏は韓国中の冷麺を食べ尽くしているという食通なので、実はあまり評価していません。
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それでも、グルメ雑誌のようなカットもつい撮ってしまいました。
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この店のウエイトレスは、清津方面の子たちと比べるとずいぶんあか抜けして見えました。化粧の仕方など、中国の都会の子に近いのです。カメラを向けるとピースをしたり、北朝鮮の若い世代も、対外開放されている都市などに限るのかもしれませんが、かなり中国の現代文化の影響を受け始めているに違いありません。
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どうやらこの金栄食堂は、焼肉や海鮮料理など、さまざまなタイプの料理が味わえる羅先を代表するレストランのひとつのようです。
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13)チェコ人経営のビヤホール(海浜公園)
これもある事情通の「羅先に行ったら、最近できたビヤホールに行ってみられるべし」という情報をもとに訪ねました。羅津港の北側に広がる海浜公園の中にあります。

チェコ人経営という話でしたが、すでに彼らは帰国しており、地元の女性が生ビールを入れてくれました。
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味は正直もうひとつです。メニューには1杯10元とあるのに、20元取られました。実はこれまでもこうやってボラれてきたに違いありません。なにしろすべての支払いが人民元なのですから。メニューをみると、いろいろ載っていますが、出せるつまみは限られているようです。
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店内には人っ子ひとりいません。「1年前のオープン当時は、けっこう客もいたが、だんだん来なくなった」と通訳氏。そのうち、チェコ人も帰国し、「ビールの味も落ちた」(これも通訳氏)そうです。
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14)5日目の夕食(朝鮮料理専門レストラン)
最後の夜は、羅津の朝鮮料理専門レストランに行きました。カメラマン氏のリクエストで特注したのは、海鮮鍋です。彼は韓国での豊富な食体験をもとに、朝鮮でどこまでそれに近いものが味わえるか試しているようです。毛ガニやエビ、タラなどいろいろ魚介の入った鍋が出てきました。
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当初用意されていた料理は鍋の周囲に置かれたもので、これまでどこかで出てきたラインナップと同じです。

これは中国の延辺でもよく食べるジャガイモチヂミです。もともと咸鏡北道の料理です。
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この店も閑散としています。我々は、なるべく他の外国人客とかちあわないように仕向けられているのだろうと思っていましたが、これまで見た限り、羅先の飲食店はどこも閑古鳥のようです。中朝関係の悪化による中国人ビジネスマンの朝鮮渡航の減少が影響しているのではないか、とぼくは推察します。
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というのも、国際旅行社のガイドの話では、中国人ツアー客はそこそこ羅先にも来ているのですが、彼らの参加するツアー代金はあまりに安すぎて、いくら物価の安い朝鮮でも、これまで紹介したような食堂には連れてこれないそうだからです。彼はそれを不満げにこう語っていました。「中国客はお金を出したがらないので、こういう料理を食べさせることができないんですよ」と。要するに、今回我々が訪ねたレストランは、ツアー客ではなく、ビジネス渡航で来た中国人やロシア人たちが利用していたのであり、彼らが頻繁に羅先に来なくなれば、利用者がいなくなるわけです。地元の朝鮮の人たちが利用するには、まだまったく高すぎるからです。通訳氏たちの月収が1か月300元と聞いて、無理もないと思いました。わずかな滞在日数とはいえ、こうしていろいろ見えてくること、明かされることがあります。
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この店のスタッフは品のいい女性たちでした。それにしても、朝鮮の女性はなんと健気に働くことでしょう。

今回あらためて思ったのは、中国の北朝鮮レストランで働くウエイトレス兼歌手の彼女たちと比べて、朝鮮国内の町のレストランで働く女性たちのほうが好感度が高いことです。やはり中国にいると、とかく好奇のまなざしを向けられがちな朝鮮人女性として自尊心を保つために心に鎧をまとわないわけにはいかないからでしょうか。妙にツンケンしていて、あんまり親しみを感じない場合が多いです。そういうクールビューティぶりがかえって、以前韓国で話題となった「美女応援団」的な人気にもつながっているのかもしれませんけれど。
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15)6日目の朝食(東明山ホテル)
最後の日は東明山ホテルに泊まりました。朝食は中国のホテルと同様のビュッフェでした。中国客が多く、中国料理ばかりでしたが、キムパップやキムチ、ミソチゲはありました。我々にはこれで十分です。
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実は、羅先の最後の宿泊先は、初日と同じ琵琶閣といわれていたので、それじゃつまらない、こちらはなるべくいろいろ見ておきたいのだと主張すると、50ドル追加で東明山ホテルに換えてもらうことになったのでした。羅先でいちばん新しく、館内にはスパやプール、ジムなどもあります。その実態は……これはまた後日にしましょう。
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16)6日目の昼食(琵琶閣のカラオケラウンジ)
今回の最後の食事は、通訳氏の強い希望で、琵琶閣のカラオケラウンジに行くことになりました。彼はどうしても自分の歌う長渕剛の『乾杯』を我々に聞いてほしいというのです。そのいきさつについては、別の機会に譲るとして、実はこの日の昼食はカメラマン氏の希望で、汁なし参鶏湯のタッコンを用意してもらいました。
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鶏を一羽丸ごと使うということで、200元も取られたのですが、通訳氏は「もし自分に頼めば40元で用意した」とこっそり話してくれたほど、最後の最後まで旅行社の人間にボラれまくってしまいましたが、写真を撮るためにはやむを得なかったのです。
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中華系の料理が幾皿か並び、ヨモギの焼酎なんてのも出てきました。

さて、ここで通訳氏は約束どおり『乾杯』を披露してくれました。動画も撮ってあるのですが、これまで名前を伏せてきたように、彼の姿をネットにさらしてしまっていいものか、いまのところまだ躊躇するところがあるので、公開しません(本人はそうしてほしかったみたいでしたが……)。
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その代わり、このホテルの女性服務員が、おなじみの「パンガプスムニダ(お会いできて嬉しいです)」を歌ってくれたので、そちらの動画は配信します。
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羅先(北朝鮮)琵琶閣のカラオケ
http://youtu.be/qaf0a70ZFEk

さて、このような飽食の呆れた日々をかの国で過ごしたわけですが、すでにお気づきのように、食と女性に関してのみ、断然ガードがゆるいという特性に乗じ、1日3回は必ず体験することになる<食>を通して、どこまでこの国の理解に近づけるのか。監視役にずっと見張られ、もとよりたいしたことなどできない環境のなか、冗談半分で試した戯れごとに過ぎないことをお察しいただいたうえで、それでも何らかの発見があればうれしく思う次第です。

※その他、いまどきの北朝鮮事情については「朝鮮観光のしおり」をご覧ください。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 23:53 | 朝鮮観光のしおり | Comments(1)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【中編】

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】の続きです。(→【前編】)

6)3日目朝食(鏡城観光ホテル)
鏡城観光ホテルの客室はかなり老朽化していているのですが、風呂には温泉が出ました。朝食は中華風で、カステラがメインのように中央に置かれていました。
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昨晩歌を披露してくれた彼女が、制服に着替えて給仕してくれます。
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ご飯とチゲが分かれて出てくるのですが、朝鮮の人たちはスープにご飯を入れて食べるのが好きなようです。
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ホテルのロビーには、これから向かう七宝山の絵が飾られていました。
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7)3日目昼食(外七宝山荘)
鏡城から車で七宝山を登り、この山唯一の宿泊場所である外七宝山荘に来て昼食となりました。今晩はここに泊まります。こちらでよく出てくるハタハタの唐辛子煮や揚げ魚、イカの辛し炒め、豚の角煮など、山の中のホテルなのに、素材は悪くありません。
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何よりこのホテルの女性スタッフはとても気さくで感じが良かったです。
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8)3日目の夕食(外七宝山荘)
夕食も同じ場所。昼間のメニューと若干似ているように見えますが、魚の煮付けや揚げ魚、ポテトサラダなど。この日も朝鮮男性たちは酒にひたっておりました。
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9)4日目の朝食(外七宝山荘)
朝食は目玉焼きに海苔とチゲ、そして魚の唐辛子煮です。七宝山は海に近いせいか、魚が毎回出てきます。味付けは唐辛子味になってしまうのですが、油っぽい料理は少ないので助かります。
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レストランの脇の売店では、朝ロ中3カ国の酒やポッカのオレンジ缶ジュースや缶コーヒーが置かれていました。朝鮮モノはどんぐりやビワの焼酎のようです。中国の白酒やロシアのウォトカもあります。確か、ポッカはマレーシアに工場があり、そこから入ってきているものと思われます。
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チョコパイなど菓子類も売っていました。この手のものも、マニアの人なら面白がって買って帰るのかもしれませんね。
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朝鮮産のミネラルウォーターもあります。
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ホテルのスタッフがどろどろした液体をペットボトルに移しているので、何かと聞くと、天然の蜂蜜だそうです。
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このホテルの服務員のリーダーの崔銀星さん(中央)は清津出身で、地元の経済専門学校で会計を学んだそうです。
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彼女の名前は聞くのを忘れましたが、給仕の仕事が終わると、さっさと私服に着替えていたので素朴な感じのアイドルショット。愛くるしいお嬢さんでした。
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これが外七宝山荘です。山奥の一軒屋なので、いつでも営業しているわけではなく、予約が入ると、食料と共にスタッフらもこちらに来て泊りがけで仕事をするようです。やはり自然の中にいると、この国の特殊な事情や政治のことなどを、つかの間とはいえ、忘れられるのがいいですね。

10)4日目の昼食(海七宝海水浴場)
この日の昼食は、七宝山から日本海側に降りた海水浴場の施設で取ることになりました。ここでも海の幸が山盛りで出てきました。
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揚げハタハタ、タラの唐辛子煮……。連日メニューがかぶっているので、せっかく海の前で食事をいただくというのに、あんまり食が進まないのは申し訳ない限りです。
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むしろこういうさっぱり系がいいですね。

しかし、ここで我々を待ち構えていたのは、目の前の浜でとれたウニや貝の売り子でした。地元出身らしい女性がふたり、椅子の上にちょこんと座っていて、目の前にたらいを並べてこっちをじっと見ているのです。
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こういうときは味見をするしかないですね。だって彼女たちは我々のためだけに用意してくれているわけですから。何か頼んでみましょうか。
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戦前に朝鮮総督府鉄道局が制作した「朝鮮旅行案内記」などを読んでいると、清津をはじめ朝鮮半島の東側の海沿いの町ではウニが豊富にとれることが書かれています。そこで、ウニやハマグリをその場で調理してもらうことにしました。
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ところがです。どうやらこのあたりでも近年ウニを獲り過ぎたため、相当深く潜らないと良質のウニは獲れないそうで、出てきたものは、正直大いに期待はずれでした。どうも朝鮮東海域の漁業に異変が起きていそうです。

※詳しくは、こちらを参照。

北朝鮮のイカ釣り漁船急増は朝鮮東海岸の中国漁船の操業と関係がありそう
http://inbound.exblog.jp/23807614/

それでも、清津の名物といわれるウニ入りおじやは、ほんのり甘くおいしかったです。
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これがボートに乗って海岸線を遊覧したときに撮った海水浴場の施設です。地元の子供たちなどの海水浴客もいて、海はきれいでした。
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さて、【中編】はここまでにしましょう。

続きは【後編】にて。
http://inbound.exblog.jp/23951727/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 19:00 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2014年 12月 31日

2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】

今年7月上旬、ゆえあって北朝鮮咸鏡北道の羅先特別市や清津、七宝山を訪ねました。羅先を訪ねるのは2年ぶりのことです。

その見聞については、追って報告するとして、本ブログでは恒例ともいえる北朝鮮滞在中の食事の内容をすべて公開します。今回はカメラマンが同行している関係で、料理の写真が美しくバリエーションも豊富で、これまで以上に大量の画像をお見せできるかと思います。

羅先(北朝鮮)のグルメ~1泊2日食事4回のすべて(2012年)
http://inbound.exblog.jp/20179579/

2013年版 北朝鮮のグルメ~5泊6日食事14回のすべて
【前編】http://inbound.exblog.jp/21273246/
【後編】http://inbound.exblog.jp/21273691/

まずは簡単な行程から。

1日目 中国吉林省琿春市から羅先市へ
2日目 羅先から清津、鏡城温泉泊
3日目 七宝山へ(外七宝)
4日目 七宝山(内七宝、海七宝)、清津泊
5日目 清津から羅先へ
6日目 羅先から豆満江をめぐり、中国へ

1)1日目昼食(羅先国際旅行社レストラン)
今回の最初の食事は、羅津市内の南山旅館(元ヤマトホテル)の向かいにある羅先国際旅行社のレストランです。中国の国営旅行会社と同様、朝鮮でも外国客の手配を一手に引き受ける国際旅行社は、自前のレストランを営業するケースが多いようです。要は、それも外貨を落とす客の懐の金を囲い込むためのビジネスモデルのひとつというわけです。中国に限らず韓国でもわりと一般的です。
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料理はさしみに水餃子、ちぢみ(なぜかケチャップがかかっています)、唐揚げ、キムチ、そしてキムパップなどです。我々は中国人ではないので、あつあつの料理でなくても気にならないので、レストラン側も用意しやすいかもしれません。隣の部屋には中国人観光客がいましたが、メニューはかなり違うようでした。
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以前も書きましたが、北朝鮮のキムチは韓国に比べ唐辛子の量が控えめで、そんなに辛くはありません。
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ビールは朝鮮産テガンドンビール。
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もちろん、美女ウエイトレスが華やかなチマチョゴリ姿でかいがいしく給仕してくれます。
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実をいうと、今回我々に同行した監視役のガイドや通訳は少し融通の利かないタイプで、戸外の撮影に関しては不自由を感じる局面が多かったのですが、食事タイムとウエイトレスらの撮影に関しては「どうぞどうぞ」と惜しみない協力ぶりを見せたこともあり、こちらも日本のグルメ雑誌に掲載してもいいくらいの気持ちで写真を撮りまくっています。
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これが羅先国際旅行社です。レストランはこの中にあります。

2)1日目の夕食(ロシアレストラン「ノーヴィーミル」)
これは初日の夜の食事ですが、何料理かわかりますか?
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ボルシチやポテトサラダ、そしてビールのラベルに書かれた文字を見ればおわかりのとおり、ロシア料理です。もっとも、手前の皿はロシア料理を代表するカツレツを頼んだのですが、衣がついてなくて、ただのハンバーグのようなしろものでしたが。

事情通の友人から羅先にロシアレストランが2軒あることを聞いていたので、行くことにしたのです。「ノーヴィーミル」という店で、ロシア人経営です。
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ただし、店内には客がほとんどいませんでした。通訳が語るには、「2011年からの不景気で、レストランで食事をする人は少なくなった」とのこと。2011年の意味については、あとで考えるとして、店にはロシアのカラオケや日中ロ朝4か国の酒が揃っています。
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店の服務員です。さきほどの国営旅行社のウエイトレスに比べると、庶民的ですね。やはり民間より政府機関に美女が集められるのはお国柄のせいでしょうか。
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メニューは、ロシア語、中国語、ハングル併記ですが、料金は人民元でした。料理の量がグラム単位で掲載されています。
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実は、こちらのリクエストでロシアレストランに来た関係で、ガイドや通訳、運転手も一緒に食事をとることなり(以後、ずっとそうなりました。その結果、彼らのぶんもすべてぼくが支払うことになるのですが……仕方ありません)、「好きなものをどうぞ」というと、ロシア料理ではなく、ご覧のように中華風炒めものやミソチゲ、キムチが出てきました。ロシア料理は彼らの口に合わないそうです。
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これが店の外観です。2軒のロシアレストランが並んでいます。通りの向かいには、中国人経営の中華料理店があり、要するに外国人経営の店は同じ地域に集められているようなのです(あとで紹介するチェコ経営のビヤホールを除く)。あいにくロシア人オーナーは帰国中で会えなかったのが残念でした。
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3)2日目の朝食(琵琶閣の食堂)
初日は、2年前に泊まった琵琶閣という羅津郊外の高台にあるホテルに泊まりました。朝食は、焼き魚に焼き豆腐、目玉焼き、キムチ、ミソチゲというシンプルなもので、おいしくいただきました。
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これが食堂の建物で、屋上に上がると日本海が一望に見渡せます。ただし、この日は霧で覆われていて、眺望はいまひとつでした。
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4)2日目の昼食(清津船員倶楽部)
この日は、朝8時に羅先を発ち、車で清津に向かいました。昼食は、船員倶楽部という接待施設です。清津は昔から海産物が有名ですが、揚げ魚やタコのさしみなど、正直なところちょっと期待はずれでした。あまり新鮮な素材ではなさそうだったからです。タコも冷凍ものでした。
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そのため、この日のメイン料理は、韓国料理通のカメラマンがリクエストした特注の犬チゲでした。
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これは臭み消しの薬味です。
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今回初めて咸鏡北道の清津に来たのですが、街中は羅先に比べて車の数も少なく、都市の規模のわりには経済的に疲弊感が漂っていました。そのため外国人接待をするスタッフも羅先に比べれば開明的ではないかもしれない、と思っていたのですが、船員倶楽部のウエイトレスたちは場所柄外国人慣れしているのか、カメラマンの注文に気さくに応じてポーズまでとってくれました。
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彼女らは会計係で、制服が違います。
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我々は個室で食事をしましたが、こちらが一般の食堂スペースです。
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これが船員倶楽部の外観です。
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5)2日目の夕食(鏡城観光ホテル)
もしかしたら、この日の夕食が今回いちばん豪勢だったかもしれません。ご覧のとおり、海と山の幸がてんこもりです。生野菜も豊富で食のバランスが絶妙です。場所は、温泉地の鏡城にあるホテルです。
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毛ガニが6つあるのは、我々日本人2名に加え、現地ガイド、通訳、運転手に加え、外国人が羅先の外に出るということで、羅先国際旅行社の部長(とても気のいい酒好きのおじさんでした)までが同行するという大名旅行となっていたからです。こういう監視状態のもとでは、なかなか好きに写真を撮らせてくれません。そのぶん、我々は少々ムキになって料理とウエイトレスの撮影に励んでしまったのでした。
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七宝山に近い鏡城らしく、マツタケ焼酎が出てきました。以前、朝鮮土産として日本に持ち帰り、友人にふるまったところ、不評を買ってしまったマツタケ焼酎でしたが、地元で飲むとそこそこいけます。
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そして、ここでもチマチョゴリ姿の美女ウエイトレスが登場です。少しふっくらとした愛嬌のある顔立ちの彼女ですが、髪型が1970年代の韓国の演歌歌手みたい!? です。やっぱり外国人の多い平壌や羅先と違い、地方に暮らす子はこんな感じなのでしょうか。
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それでも、2日目の夜ということで、すでに無礼講になっていた朝鮮男性4名の積極的なリクエストに応え、彼女は歌を披露してくれました。無礼講というのは、要するに、彼らは支払いが客人持ちであることなど気にせず、どんどん酒を頼みまくるということです。特に部長は焼酎好きのようで、その夜いったい何本の瓶が空いたことか。この日ばかりは、ぼくも先に床に就いてしまいました。

基本的に食事代はツアー料金として事前に支払っているので、翌朝の支払いは酒代だけですが、500元相当とられてしまいました。焼酎は種類にもよりますが、1本20~30元相当。ずいぶん飲んだものです。おかげで、翌日の行動はお昼からということになってしまいました。考えてみれば、ひどい話です。

「朝鮮の人たちと付き合うなら酒から逃げてはいけない。日本人はウイスキーを水割りで飲むからつまらない。水で割るような薄い関係では、何も信じられない、と彼らは言う。とにかく倒れるまでとことん飲む人間が愛される」。事情通の友人からそう繰り返し聞かされていましたが、彼らとの5泊6日は、撮影の不自由さからくるストレスを除けば、ほぼ友好的に過ごすことができたのも、酒のおかげというものでしょう。なぜって、彼らは我々と過ごしている間は、好き放題懐を気にせず酒が飲めるからです。やれやれ、な話ですが、まあ仕方がないと思うほかありません。

この蔦に覆われた建物が鏡城観光ホテルです。
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さて、【前編】はこのあたりまでにしましょう。

続きは、【中編】にて。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-31 13:30 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)