ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2015年 10月 01日

明日(10月2日)、北朝鮮のローカル鉄道ツアーが出発します

前回、「北朝鮮観光ファンミーティング」(仮称)なるイベントの意見交換会でマニアたちからリクエストされた「こんな観光してみたい」の実現可能性について検討しましたが、最後のふたつは宿題となっていました。

北朝鮮マニアの熱いリクエスト「こんな観光してみたい」、その実現可能性は?
http://inbound.exblog.jp/24951269/
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※この写真はあくまでイメージです。昨年7月、咸鏡北道の南陽から七宝山のふもとの明月までの中国人観光客を乗せた鉄道旅行で使用された車両を撮影したものです。

そのひとつがこれです。そして、これは実現可能です。

i 「鉄道を使ったローカル旅行をしてみたい」 ◎

これは北京にある英国人経営のkoryo Toursで実際に企画催行されています。
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KORYO TOURS
http://www.koryogroup.com/

実は、ちょうど明日の10月2日から12月/13日(前者は空路で北京、後者は鉄路で丹東による出国)までの10日間、北京発のローカル鉄道ツアーが始まります。料金は2890ユーロだそうです。

TRAIN TOUR – ‘EASTERN ADVENTURE BY RAIL’
http://www.koryogroup.com/travel_Itinerary_2015_train_tour.php

同社のサイトによると、前日(10/1)に北京の三里屯にあるkoryo Toursオフィスに集合。今回のツアーのブリーフィングをします。以下、スケジュールの詳細です。

10月2日  午前、北京の高麗航空オフィスに集合し、バスで北京空港に向かいます。13時の便で平壌へ。その日の宿泊先は、高麗ホテルです。

3日  午前は革命博物館を訪ねた後、いよいよローカル鉄道で妙香山に向かいます。その日は現地泊。

4日  妙香山観光をし、昼食後、列車で平壌に戻ります。

5日  ここからが本番です。平壌から元山経由で咸興に向かいます。午後遅めに咸興に到着後、市内にある化学肥料工場を見学します。この日の宿泊先は、麻田GUESTHOUSEとあります。

6日  さらに咸鏡北道の清津へ向かいます。これがこのツアーのハイライトでもあり、約12時間の列車旅です。朝遅めに出た列車は、七宝山の山並みやローカルな朝鮮の農漁村を車窓の外に眺めながら、夜に清津に到着します。夕食は船員倶楽部で、宿泊先は清津駅に近い清津観光ホテルです。

7日  午前に清津市内の革命博物館や電子図書館、幼稚園の歌謡ショー、食品工場などを訪ねます。そして、その日は夜行列車で元山に戻ります。これは、朝鮮では外国人初の夜行列車の旅になるそうです。
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8日  午前10時に元山到着。市内のホテルにチェックインし、午後から元山港や海岸線を訪ねます。

9日  朝から平壌行きの列車に乗ります。午後には平壌に到着し、朝鮮芸術映画撮影所を参観します。宿泊先は高麗ホテルです。

10日  午前は、万寿台や鉄道博物館を訪ねた後、平壌駅から凱旋門までトロリーバスの乗車体験があります。実は、この日は朝鮮の建国記念日にあたるため、午後になると、市内の各公園で「Mass Dance」(マスゲームではありません)を観ることができるようです。
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11日  この日は最後の市内観光ということで、午前中は地下鉄乗車体験をし、午後は路面電車に乗ります。路面電車に乗るのは、万景台だそうです。その後、地下鉄博物館や三大革命展示館を訪ね、最後に楽園百貨店で買い物です。
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12日 空路で帰国する人は、午前10時のフライトで北京に戻ります。陸路の帰国を選んだ人は、午前10時40分の平壌発新義州行きの列車に乗ります。乗車時間は約5時間。新義州に着くと、出国手続きをし、鴨緑江の鉄橋を渡り、丹東到着。18時30分発の夜行列車に乗ると、翌朝北京です。

盛りだくさんの内容で、うらやましいですね。実は、今回ぼくは北京のKORYO TOURのオフィスを訪ね、バイスプレジデントのサイモン氏に会ったので、このツアーが誕生した背景などについて聞きました。その話はまだ別の機会に。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-01 11:48 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 10月 01日

北朝鮮マニアの熱いリクエスト「こんな観光してみたい」、その実現可能性は?

9月上旬、「北朝鮮観光ファンミーティング」(仮称)なるイベントが都内某所で開催されました。主催しているのは、2003年以降、訪朝8回を重ねるというT氏です。

実は、ぼくも9月中旬に訪朝を計画していたものですから、最新の話が聞けるものと思って参加することにしました。

会場には、約20名のいわゆる北朝鮮マニアの皆さんが集結していました。ミーティングの内容は、今年4月に訪朝したT氏の旅報告を中心に、現在北朝鮮ツアーを催行している国内外の旅行会社の紹介や、平壌便のフライトスケジュール情報(現在、北京、上海、瀋陽、延吉、ウラジオストクから運航)、参加者による「こんな朝鮮観光してみたい!」という意見交換会がありました。

この種のイベントに参加するのは初めてだったので、マニアの皆さんの話を聞くのは面白かったです。いまや年間100余名にまで落ち込んだ日本人訪朝観光客の実情を思うとき、こうした皆さんの存在は貴重です。

以下、会場から拾ったリクエストをいくつか書き出してみます。一見他愛なく思えるものからかなり専門的な内容までいろいろあります。マニアの皆さんは、純な方たちが多いとお見受けしました。

a 「市民が普段利用している市場で買い物してみたい」
b 「平壌のプールで市民と一緒に泳いでみたい」
c 「市民と一緒に公園や海でバーベキューしたい」
d 「路面電車に乗ってみたい」
e 「モランボン楽団の演奏を聴いてみたい」
f 「平壌で朝鮮語の短期語学研修を受けたい」
g 「市民の家にホームステイしてみたい」
h 「新義州にあるという日本統治時代の建築、史跡を見たい」
i 「鉄道を使ったローカル旅行をしてみたい」
j 「旧型ソ連機に乗りたい」

さて、このうちどれだけ実現可能なのでしょうか。会場には、今年開業したり、旅行事業を再開した北朝鮮専門旅行社2社の社長がいて、一部回答してくれました。また一部はぼく自身がこれまで調べた結果を報告します。実現可能は「◎」、一応可能だが、事前に相談が必要なのは「○」、基本的に難しいが、特例的に可能性がある場合は「△」、不可能は「×」で表示しますね。

KJナビツアー(旧モランボンツーリスト)
http://www.mrt.co.jp/
JS TOURS
http://js-tours.jp/

a 「市民が普段利用している市場で買い物してみたい」 △

平壌ではまだ難しそうです。外国人向けのレストラン兼お土産店には案内されますが、一般市民の世界を覗くのはハードルが高いようです。

個人的には、昨年羅先の市場に案内されたことがあります。そこには大量の中国商品があふれていましたが、市民の買い物客の姿は少ないようでした。撮影はNGでした。市場を日本人に見せてもいいという判断は、羅先が海外からの投資を求めている貿易特区だからではないかと思います。ガイドは「羅津市場の参観は、日本人だけに特別に許可された」などと、ずいぶんもったいぶった言い方をしていましたから。

b 「平壌のプールで市民と一緒に泳いでみたい」 ○

これは可能だそうです。ただし、事前予約が必要でしょう。

c 「市民と一緒に公園や海でバーベキューしたい」 ○

これも可能。平壌の市民は休日になると、公園でバーベキューをよくするそうです。

個人的には、2年前の夏、元山の海水浴場でバーベキューに興じる市民の姿を見たことがあります。すごく楽しそうでした。もちろん、食材の調達などもあるので、事前に旅行会社への相談が必要でしょう。

元山松涛園海水浴場とビーチパラソル、踊る朝鮮娘たち
http://inbound.exblog.jp/22565164/

d 「路面電車に乗ってみたい」 ○

これも可能。ただし、市民と一緒に乗るのはNGで、路面電車をチャーターすることになるそうです。事前に予約が必要ですが、1台チャーターするとコストがかかるので、なるべく人数を集めたほうがいいでしょう。
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e 「モランボン楽団の演奏を聴いてみたい」 △

2012年7月、衝撃的な(!?)なデビューを果たした北朝鮮の「ガールズグループ」こと、モランボン楽団の演奏を外国客が聴くことはできるのか。聨合ニュースによると、以下のような公演内容だったようです。

北朝鮮の「ガールズグループ」異色公演1回きり (聨合ニュース2012/12/30)
http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2012/12/30/0300000000AJP20121230000200882.HTML

会場では、旅行会社2社の関係者からは特に実現可能かどうかについての発言はありませんでした。簡単ではなさそうです。

f 「平壌で朝鮮語の短期語学研修を受けたい」 ○

これは希望者があれば可能性はあるそうです。

g 「市民の家にホームステイしてみたい」 △

朝鮮国内で外国人がホームステイできるのは、現在のところ、わずか一箇所のようです。それは昨年ぼくが訪ねた七宝山の海岸線にある海七宝民泊宿所です。昨年の段階では日本人とアメリカ人はNGでしたが、今年はどうか。確認が必要です。

朝鮮でホームステイ その奇妙な世界
http://inbound.exblog.jp/24779269/

KJナビツアーの権社長によると、以前同社で平壌市内の一般家庭に約30名の日本人がホームステイするツアーを企画催行したことがあるそうです。とても面白い試みで、参加者からは好評だったそうですが、その後国からの指導でNGになったそうです。

h 「新義州にあるという日本統治時代の建築、史跡を見たい」 △

今年に入って、中国遼寧省丹東市から新義州の日帰り観光が日本人にも解禁されたそうです。

大連金橋国際旅行社では、以下のツアーを今年9月から催行しています。同社には宮崎さんという日本人社員が在籍していて、彼が日本マーケットを担当しているので、やりとりも安心です。以下、同社のサイトより抜粋。

※2015年9月から丹東発着の新義州日帰り観光手配を始めました。(朝鮮観光はGB-TRAVELが改革を起こす!史上初の日本人対象のツアーです!)

ZXXW8 丹東発着新義州1日観光
最小催行人員6名
実施可能日=火水木金(丹東前泊必要)、「土日月及び中国の祝日」は実施できません。
旅行代金お一人様=45000円(丹東前泊、ビザ、添乗員付)一人部屋追加代3000円加算
訪問予定地=青年広場、革命事跡館、歴史博物館、教育機関、昼食

大連金橋国際旅行社
http://www.gbt-dlcjp.com
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このツアーの詳細について同社の宮崎さんに聞いたところ、以下の回答が届きました。「鉄道以外で鴨緑江大橋を渡り、新義州に入国した日本人は現時点ではまだいないため、中国出国時にトラブルの可能性がありますので、当分は宮崎が添乗として丹東前泊から同行します。国境都市の性質上、訪問先のリクエストはできません。また鴨緑江大橋口岸は、土日祝はCIQがストップし、橋を渡ることができないので、日程に制限があることをご了承ください」。

どうやら「日本統治時代の建築、史跡を見たい」というリクエストには対応してもらえそうもありませんね。たまたまバスでそばを通り過ぎることはあるかもしれませんが、事前に位置を確認しておく必要があり、かなり難度の高い話となりそうです。残念です。 

さて、ここまではわりと簡単に答えることができたのですが、残りのふたつは、ちょっと長めの説明が必要です。しかし、実現は可能で、すでに英国系の旅行会社2社で企画催行されています。

i 「鉄道を使ったローカル旅行をしてみたい」 ◎
j 「旧型ソ連機に乗りたい」 ◎

このふたつのツアーについては、後日紹介しましょう。

明日(10月2日)、北朝鮮のローカル鉄道ツアーが出発します
http://inbound.exblog.jp/24951297/

北朝鮮の航空マニア向け旧型ソ連機搭乗ツアーの中身
http://inbound.exblog.jp/24952047/

ちなみに、これまで紹介した以外の朝鮮ツアーを扱う国内の旅行会社は以下のとおりです。

中外旅行社
http://www.chugai-trv.co.jp/
スリーオーセブンインターナショナル
http://www.307.co.jp
シルクロードトラベル
http://www.silkroad-travel.com/
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by sanyo-kansatu | 2015-10-01 11:37 | 朝鮮観光のしおり | Comments(2)
2015年 10月 01日

平壌空港の新ターミナルで『旅の指さし会話帳』が没収される

先月中旬、北京経由で平壌を訪ねたところ、今年7月1日に開業したばかりの平壌順安国際空港ターミナルで、日本から持ってきた本が税関職員によっていきなり没収されてしまいました。
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その本は『旅の指さし会話帳42北朝鮮』(情報センター出版局 2003年刊行)です。10年以上も前に書かれた同書の表紙のキャッチコピーは「ぶっつけ本番で会話ができる! 厳選の使える言葉を3000語以上収録。その国の本当の姿に触れられる」。海外旅行先の入国時から、観光、食事、買い物など、それぞれの場面で使われそうな現地語を1冊にまとめたシリーズ書籍で、イラストと現地語を指さしすることでその国の人たちとコミュニケーションを図るために考案されたものです。

現地の人たちとの交流のためのよくできたツールであり、(あえてこんなことを言うのは自分の趣味ではありませんが)いわば「友好」の証です。少なくともぼくはそう考えていました。現地ガイドとのやりとりもそうですが、レストランなどで飲み物を注文したり、ショップで買い物したりするときに、店員の子にこの本を見せてコミュニケーションを楽しめたら…。そんな場面を想像していたのです。それを否定されちゃうと、「友好」する気持ちも萎えちゃいますね。ここははっきりと抗議したいと思います。

ところが、かの国では同書はご法度だったのです。税関に呼ばれた様子を見て手助けしてくれた現地ガイドの女性の説明では「この本は共和国への持ち込みが禁じられたリストに入っています」とのこと。ぼくもずいぶん反論したのですが、問答無用でした。

でも、なぜ同書の持ち込みが禁じられているのでしょうか。

まず「北朝鮮」という表紙のタイトルが好ましくないそうです。ガイドは「北朝鮮というのは日本のメディアの呼び方で、間違っている。朝鮮民主主義人民共和国とするべき」と話していました。まあしかし、それはかなり公式的な言い訳のようにも思います。

同書の特徴は、冒頭の「朝鮮民主主義人民共和国の皆さんへ」の一文で明かされているように、「お互いの言葉を知らなくても、指さすことで会話ができるように作られて」いることです。しかし、かの国では、外国人がそういうささやかな願いを持とうとすることにも聞き耳を立てているようです。

基本的に、彼らは「自分たちの見せたいものだけ見せ、見せたくないものは見せない」ようにするわけですが、民間人同士が会話することで、「見せたくないもの」にまで話が及ぶことを恐れている? まあそこまで言わなくても、彼らは外国人と一般市民の間に交流の場面が生まれることは避けたいようです。

知人の話では、韓国語の旅行会話帳も没収されたそうです。韓国風の表現や常識が入り込むことをそこまで気にしなければならないとは、せつない話ですね。

同行した知人もある本を没収されていました。今回我々が訪ねた咸興にある興南化学肥料工場の終戦期における日本人労働者たちの体験を記録した本ですが、こうした史実も隠ぺいする必要があるのでしょうか。きっとそうなんでしょうね。

『指さし会話帳』には、「北朝鮮で楽しく会話するために」と題された第2部として、今日偏見にまみれている北朝鮮をそれなりに正しく理解する道筋となる解説が書かれています。内容は「朝鮮語の基礎」「南北の言葉はどう違うか」「日本人の北朝鮮観光」で、少々きまじめすぎるきらいはあるものの、概ね無理のない記述だと思いました。こうした日本側からの歩み寄りの姿勢も、かの国の人たちからみれば、気に入らない文言や主張が含まれていると感じるのでしょう。金日成国家主席や金正日総書記が安易にイラスト化されていることも、問題かもしれません。そこには認識上の大きな隔たりがあります。これはささいなことのようですが、かなり本質的な問題だと思います。

空港に到着早々、いきなり食らった予想外のパンチだっただけに、ぶつくさ書いてしまいましたが、この話をもうこれ以上ふくらませても詮無いのでやめましょう。彼らの疑心暗鬼は我々の想像などはるかに超えて、深いのでしょう。

入国時は、剣呑な空気に包まれた新ターミナルですが、出国時の印象は大きく違いました。

新しく生まれ変わった平壌の玄関口の様子は、すでにネットでも報じられています。

平壌国際空港が「普通の空港」になった
7月開業した新ターミナルの様子とは?(東洋経済オンライン2015年7月11日)
http://toyokeizai.net/articles/-/76615

「旧ターミナルからはほぼバスで搭乗機まで案内されていたが、新ターミナルはボーディングブリッジも設置された。出国審査を過ぎると、免税店やレストラン、売店、スーパーなども設置されており、世界各国の空港と同レベルの施設を利用できるようになっている。「免税店をはじめ店員たちに冷たい対応はなく、感じよく対応してくれた」(写真を提供してくれた在日コリアン)。

品揃えも豊富で、「全般的に、店舗に置かれている商品の数は少ないとはまったく感じられない」(同)。同店の陳列棚にはDVDや書籍などもぎっしり置かれ、特に女性歌手・演奏家で構成される「モランボン楽団」などの音楽関係のソフトが多く置かれていたという。店員もそれぞれの制服を身につけ、楽しそうに働いている様子がうかがえる」。
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実際に見た新空港の出国ロビーの様子はそのとおりでした。広くて明るく、同国の観光や宣伝用の書籍が豊富に揃えられていましたし、カフェや免税店なども並んでいました。
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ちょっと面白かったのは、出国ロビー中央にある喫茶コーナーのウエイトレスたちが、まるで昔の客室乗務員のような青い制服に帽子をちょこんと載せて微笑んでいたことです。
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エスプレッソ(2.5ドル)を頼むと、チョコレートケーキをサービスしてくれ、その場でナイフとフォークで切り分けてくれます。さらには、極甘な麩菓子のデザートまでつくって持ってきてくれました。
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なかなか人懐こそうで、愛嬌のある彼女だっただけに、こういう場面で『指さし会話帳』が使えたら……。ちょっと残念でした。
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ところで、「新ターミナル(の開業)は、北朝鮮経済をテコ入れするための一つと考える観光業の振興のため」(東洋経済オンライン記事)だといいます。

今回北朝鮮を訪ねて、確かにこの国では「観光業の振興」を進めているらしいことは感じられました。実際、行ける場所が限られているとはいえ、どこに行っても中国人観光客たちと一緒になりましたし、欧米客の姿も多く見かけました。

冒頭の没収話に象徴されるように、彼らのやり方は我々のニーズとそれほどピッタリ合うわけではありませんが、いまこの国でどんなことが起きているか、追々紹介していこうと思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-10-01 11:24 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 19日

清津港を描いた一枚の絵と朝鮮の自尊心をめぐる問答

この絵は、清津観光ホテルの2階のロビーに飾られた清津港を描いたものです。
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なぜこんなものをわざわざ撮影したのか。それは、この絵と同じ構図で清津港を撮影したいと再三ガイドに伝えたのに、却下されてしまったからです。その皮肉を込めたのです。

実は、清津ではほかにも撮影したかったものはたくさんありました。たとえば、1942年に操業開始した清津製鉄所(旧日本製鉄)もそうです。現在でも北朝鮮の6割を占める生産能力を有するという現役の製鉄所です。それは我々からみれば、海外に現存する壮大な昭和の近代化遺産です。絶対撮りたいじゃないですか。でも、これも取り付く島もないほど、あっさりとNGでした。

せっかく清津まで来たのに、路面電車とトロリーバスと、あとは彼らが案内する革命施設や電子図書館、幼稚園の舞踊ショーを撮っただけです。こんなものではとても満足できません。

清津観光ホテルで夕食を取っていたとき、ぼくはその不満を同ホテルの支配人にぶちまけてしまいました。というのも、その支配人のK氏は日本語が堪能な、いわゆる帰国者だったからです。昭和21年東京生まれのK氏が北朝鮮に帰国したのは今からちょうど50年前のことだといいます。にもかかわらず、彼の日本語は東京に暮らすこの世代の日本人とほとんど変わらず、まったく衰えを知らないことに驚かされました。

「私は東京の品川あたりで育ちました。帰国したのは18の歳。だからでしょうか、50年たっても日本語を忘れません。ここまでしゃべれるのは同じ帰国者でも少ないでしょう」。

※実は、彼の兄弟がまだ日本にいて、ときどき清津を訪れるそうです。そのため、日本の情報もよく知っていることがあとでわかりました。

そのような意想外の人物にこの地で出会ったことから、つい気を許してしまったのかもしれません。きっとこの人なら日本人の気持ちを理解してくれるのでは、と。

「今回朝鮮に来て、あれはダメこれはダメとこちらの願いはほとんど聞いてもらえません。朝鮮には美しい農村や漁村の風景、人々の暮らしがあります。しかし、それらはまったく撮らせてもらえませんでした。毎日のようにガイドたちと写真をめぐって言い合いを続けていましたが、ラチが明きません。

清津港の写真を撮りたかったです。昔この地には多くの日本人が住んでいました。当時の絵葉書なども残っています。いまの清津港の姿を見たいと思う人もいます。なぜ港の写真を撮ることができないのでしょうか」。

するとK氏はこう答えます。「朝鮮では港をはじめ海岸線の多くが軍事的な場所であることはご存知でしょう。だから、国防上外国人には撮らせないのです」。

そう答えるであろうことはわかっていたので、ぼくはこう反論しました。

「いまの時代、衛星から港の細部、人の動きまでばっちり見られています。いまさら、隠したところで意味はありません。そんなことを気にするより、現在の清津港の風景を写真に残すことのほうがずっと意味があるのではないでしょうか」。

K氏はこう答えました。「それはわかっている。しかし、港のどこに砲台が隠されているかなど、我々民間人にはわからない。だから、我々の力では勝手に写真を撮るなど許されないのです」。

これは戦前期の清津港の絵葉書ですが、この構図から撮影されたのは、現在の天馬山ホテルからの眺望だといわれます。そこはかつて清津神社があったそうです。
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少し矛先を変えてみることにしました。

「では、なぜ清津市内の人々や労働者、また農村の集落などを撮ることすら許さないのでしょうか。これまで何度もガイドたちに話してきたことですが、外国人が知りたい朝鮮の本当の魅力は、着飾った女子供の舞踊ショーなどではなく、そこにあると思う。我々日本人は、たとえ朝鮮の農村が貧しいから、遅れているからといって、それを馬鹿にするような考え方は持っていません。そのように疑われることはとても心外です」。

「その考えは理解する。しかし、わが国の周囲にはさまざまな敵対勢力があり、彼らに利用されるようなことはできないのです」。

そこで、今度は論点を変えることにしました。そして、はっきりとこう言いました。いま考えると、ずいぶん挑発的な言葉を口にしたものです。「私は思うのですが、朝鮮の人たちは自尊心が強すぎる。自尊心というものは、自らの実力と釣り合っているときには美しく魅力的ですが、身の丈に合わずバランスを欠いてしまうと理性的な言動やふるまいを失わせがちです。写真を撮る撮らせないという話も、不釣合いな自尊心が影響しているように見えます」。

するとK氏は、さすがに言葉をいくぶん詰まらせながら、こう言いました。「だが、わが国と民族がもしこれまで自尊心を持ち続けることができなければ、独立を保てなかったと思う。あなたは日本人だからわからないでしょうが、わが民族には自尊心がどうしても必要なのです」。

そう言われてしまうと、もう返す言葉がありませんでした。

それが中国と国境を接するこの国と民族の宿命からくるものだということは頭では理解できるからです。しかし、だとしても……。

話を変えることにしました。「清津には戦前、多くの日本人が住んでいました。その人たちがこれまで清津にもよく来たそうですね」。
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『小説 北朝鮮・清津国民学校』上野正見著 (花伝社 2005年)

「2000年代の前半くらいまでは、日本人のツアーがよく来ました。いつも私が市内や七宝山を案内していました。最近はもうほとんど来なくなりましたね」。

それはそうでしょう。当時を知る世代も年配となり、これまでのように海外に出かけることは難しくなっているはずです。

その後、K氏は日本人ツアー団を案内して天馬山に登った話などを聞かせてくれました。彼はかつてこの地に住んでいた日本人たちの気持ちを理解しているのでしょう。ぼくを案内した若いガイドたちとは違います。そして、今後もっと日本人がこの地を訪れるようにと、K氏はこんな提案をしました。

「北朝鮮咸鏡北道と中国吉林省、そしてロシア沿海州、この国境を接する3カ国を周遊するツアーを日本で企画できないか。これはすごく面白い内容になりますよ。隣り合う3国を周遊すれば、民族も歴史も違う世界を一度に見て回れるのですからね」。

実は、この夢の中朝ロ3カ国周遊旅行プランについてはずいぶん前から話題になっていました。今年に入っても、以下のような報道がありました。

[北京 ロイター]中国は北東部の国境地帯でロシアおよび北朝鮮と国際観光圏を形成する計画だ。国営新華社が13日、報じた。北東部の吉林省が、中国と北朝鮮の国境を流れる図們江(朝鮮名:豆満江)のデルタ地帯における国際観光圏について詳細な計画を策定する。新華社によると、当局は中国、ロシア、北朝鮮が関わる観光圏の運営モデルを模索しており、観光圏はビザなしで訪問できるほか、免税でのショッピングが可能になるという。吉林省観光局長によると、長期的には、道路、鉄道、空路を通じた韓国、日本、モンゴルの観光圏への参加も視野に入っているという。

中国、北朝鮮・ロシアと国際観光圏の形成を計画(Newsweek2015年02月13日)
http://www.newsweekjapan.jp/headlines/business/2015/02/143664.php

2012年夏、実際にぼくはこの3カ国を周遊しました。気候や風土はほぼ同じはずなのに、国境を越えるとこれほど景観が変わるのか。そんな驚きがありました。またこの3カ国を近現代史の視点でみるだけではなく、かつてこの地域をまたがって版図としていた渤海国の歴史など、古代史もからめつつ想像力をふくらませながら、今日とはまったく異なる風景・社会・人々の様子を比較することだけでも、面白くないはずがありません。

※その旅の話は以下で紹介。

ノービザ解禁間近!極東ロシア
http://inbound.exblog.jp/i33/

北東アジア未来形:満洲の今
http://inbound.exblog.jp/i25/

ただし、その実現のためには……。朝鮮の人たちがいまのままでは難しいと思うのも確かです。彼らには物質的にだけでなく、精神的にもそれを進める余裕があるとは思えません。現状、彼ら自身もどうしていいのかよくわからないように見えてしまいます。しかし、それを残念というような平たい言葉で表現するのもどうかと思う。彼らはこの期に及んで何事も「自分たちのやり方」でやるのだと言い張っているからです。なんてやっかいなことでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-19 18:01 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 13日

羅先のホテルと娯楽もろもろ~旧ヤマトホテルから香港カジノまで(2014年)

中朝ロ3ヵ国が接する図們デルタ地帯に位置する羅先特別市(北朝鮮)で工場見学をした話を前回書きました。まるで2000年代前半の広東省のように、若いきまじめな女性労働者がそこそこいて頑張っていることはわかりましたが、この環境ではすぐに投資という話にはならなさそうです。

羅先の観光アトラクションといえば工場見学です
http://inbound.exblog.jp/24782964/

とはいえ、経済貿易特区だけあって、平壌を除く他の地方都市とは違い、外国人向けの宿泊施設はいくつかあります。歴史的にみて日本の大陸進出の時代と関係のあるホテルも現存しています。

現地関係者によると、現在羅先にはホテルが21軒あり、そのうち日本人を含めた外国人向けに対外開放されているホテルは以下の6軒です。

①羅津ホテル
②南山旅館
③琵琶閣(琵琶旅館)
④琵琶観光ホテル
⑤東明山ホテル
⑥エンペラーホテル&カジノ

以下、簡単に紹介しましょう。

①羅津ホテル
羅先で客室数の最も多いシティホテルです。中国やロシアのビジネスマンなどが多く利用しています。館内にはビジネスフロアもあり、対外貿易を行う事務所なども入っています。現地関係者は「中国人ツアー客が利用するようになって質が落ちた」と話しています。
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ホテルのそばに2013年にオープンしたボンソノカジノがあります。中国資本で建てられたカジノですが、2014年夏現在、営業状態は最悪のようです。
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②南山旅館
羅津市内の中心部の広場に位置する老舗ホテル。1939年に満鉄が建てた旧羅津ヤマトホテルです。外観は当時の時代らしく昭和のシンプルな建築スタイルの2階建てビルです。羅津に港や鉄道が設置されたのは1930年代半ばからですから、当時はこのまちの顔だったでしょう。
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ロビーは中国東北地方各都市にある旧ヤマトホテル系に似ています。客室は老朽化していますが、それなりの風格はあります。
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実は、以前このまちに住んでいたというおばあさんにお話を聞いたことがあります。当時羅津高女という女学校があり、そこで終戦を迎え、引き上げてこられた方なのですが、女学生のころ、羅津ヤマトホテルのレストランで食事をしたことがあるそうです。なんでもある休日、音楽の担当教師に誘われ、クラスの女子2名と一緒に行ったのだとか。当時は女学生がホテルのレストランに行くなんてことはまずなかったそうで、自分が大人になったような気分になったそうです。その思い出の舞台がここです。
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※この話を聞いていたので、ホテルに入ってこっそりレストランの写真を撮ったところ、あとで問題になりました。外国人らしき人物がホテルの中に潜入したと誰かに密告されてしまったのです。ほんの数分単独行動をしただけでこれです。参ります。

③琵琶閣(琵琶旅館)
日本海を見渡す高台の上にあるホテルで、かつて金日成主席らが別荘として使ったことがあります。2012年にここに泊まりました。

金日成の別荘(琵琶旅館)と旧羅津ヤマトホテル(南山旅館)
http://inbound.exblog.jp/20191274/

④琵琶観光ホテル
琵琶旅館の隣にあるホテルで、客室数が多いぶん、かなり質が落ちます。日本人が来ると、ビジネスマンなら別ですが、他の外国客と隔離したいのか、羅津ホテルではなく、こちらに泊めさせられることが多いようです。
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⑤東明山ホテル
今回泊まった羅先で最も設備の整った新しいホテルです。
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客室も快適です。中国の4・5線級都市にある、まちいちばんのホテルといった感じです。1泊50ドル以上取ります。
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フィットネスジムやプール、サウナもあります。中長期滞在向けのビジネス仕様ですが、中国人ツアー客もいました。
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ただし、サウナの利用は20ドルと高額で、覗いてみると、稼働していませんでした。まあ無理もないかもしれません。一時に比べ、中ロのビジネスマンも多いとは言えないからです。
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⑥エンペラーホテル&カジノ
1990年代後半にできた香港資本のカジノです。一時中国の役人の公金使用問題などで営業停止になったり、いろいろありましたが、いまはなんとか営業しています。一泊300ドル近く取るそうです。カジノの最低換金額は500ドル(実際にはそこまで厳密ではないという話もあります)。館内にはほとんど人気はありません。館内の様子は、下記ページを参照してください。
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2013年の春、中朝国境にある羅先(北朝鮮)にカジノが3つもできました
http://inbound.exblog.jp/20191710/

さて、このまちに来て娯楽を求めても仕方がないところはありますが、最近ではロシアレストランが2軒、中国料理店が2軒、チェコ式のビヤホールがあります。

このロシアレストラン「ノーヴィーミル」のオーナーはロシア人だそうですが、料理は限りなく朝鮮風で、がっかりでした。客はほとんどいません。
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2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【前編】
http://inbound.exblog.jp/23948946/

ビヤホールは海浜公園の中にあります。羅津ホテルにも近いです。生ビール1杯15元。2013年のオープン当時はにぎわったそうですが、いまは閑散としています。
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2014年版 北朝鮮のグルメ5泊6日のすべて【後編】
http://inbound.exblog.jp/23951727/

このまちでの娯楽といえば、マッサージがあります。場所は市街地から少しはずれた場所にありますが、マッサージ師は女性で、平壌医科大学出身でした。なぜそれがわかるかというと、3年前に訪ねたことのある羅先の貿易展覧会で同大学の医薬品を販売していた女性スタッフたちだったからです。これは珍しいことではありません。外貨獲得のために、この国の女性は東奔西走しているからです。

またこれは娯楽ではありませんが、海浜公園では子供たちがローラースケートを練習している様子を見ることができます。1時間3元でレンタルできるそうです。第一主席肝いりのローラースケート場は金剛山のふもとでも建設されていましたが、羅先特別都市にもあります。
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最後に、このまちで外貨両替のできる銀行はいくつかあります。

<北朝鮮>外国投資銀行法を10年ぶりに修正補充(アジアプレス2012年2月9日)
http://www.asiapress.org/apn/archives/2012/02/09192516.php

以下の4つは中国系です。

図們江銀行
羅先開発銀行
中華商業銀行
東大銀行
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また図們デルタ地帯の開発のために設立されたゴールデントライアングルバンクがこれ。
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日本時代の建物を流用しているのが朝鮮銀行羅先支店です。
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ただし、このまちでは人民元がふつうに使われているため、両替の必要はなさそうです。市場などでも売り場のおばさんたちは人民元を手にして商売している様子だからです。

羅先には最近タクシーも増えています。中国の中古タクシーです。ただし、現地在住のビジネスマンでもない限り、外国人が勝手に乗り回ることはほぼ考えられません。
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高台から羅先(羅津)の市街地を撮りました。
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朝鮮民家がびっしり並ぶ中に、一部マンション建設が始まっています。
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確かに、羅先特別市は清津などの地方都市に比べると、中国のさまざまな影響が感じられるまちです。

ちなみに、これは1940年代初頭の羅津市街地図です。当時から羅津港には3つの埠頭があり、羅津駅と直結していたことがわかります。羅津駅からまっすぐ伸びるまちいちばんの昭和通り(当時)に沿って朝鮮銀行や大和ホテルがあります。この構造が頭に入っていると、車であちこち運ばれても、自分がどこにいるかある程度わかると思います。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-13 14:12 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

羅先の観光アトラクションといえば工場見学です

経済貿易特区である羅先特別市は、海外から投資が呼び込みたいのですが、思うように進まないのが現状のようです。

そのため、観光で訪れる日本人に対しても、ガイドらは投資の話ばかりします。投資を呼び込みたいなら、どれだけ市場の将来性があるのか、投資者にどんなメリットがあるのか、本来そういう話をしなければならないはずなのに、彼らはただただ「投資をするなら、自分に連絡してほしい」と言うだけです。

そんなことでは話にならないと素人でも思うのですが、Googleで「羅先」を検索すると、なんだか景気がよさそうなネタが拾えます。たとえば、以下のようなものです。

北朝鮮の対外窓口、羅先市に集まる海外企業(東洋経済オンライン2014年9月13日)
http://toyokeizai.net/articles/-/47785

中国マネーで活気づく街 北朝鮮の経済特区、羅先(共同通信ニュース2014/05/12)
https://www.youtube.com/watch?v=1JmESl2zIrQ

北朝鮮側の意向を代弁するとこうなるのでしょうね。

こうしたことから、とりたてて観光スポットのない羅先では、ほとんど唯一の観光アトラクションといえば工場見学なんです。今回ぼくは4つの工場を案内されました。連れていかれるままに訪ねた4ヵ所を紹介してしまいましょう。

最初に訪ねたのが、スチェンボン水産加工工場でした。ここでは年間8000トンのイカや貝類の冷凍加工品を生産し、中国の琿春に送るそうです。1985年創業。15年前にはMさんという日本人がウニの加工を指導するために長く滞在していたこともあるそうです。
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COSCO大连中远国际货运有限公司の冷凍トラックに多くの地元労働者たちが冷凍加工品を運びこんでいました。
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COSCO大连中远国际货运有限公司
http://www.cosfredl.com/

その光景が目に入ったとたん、ここでの視察はNGとなってしまいました。確かに、見ると、労働者たちは素手で冷凍イカの固まりを運びこんでいました。こういう光景は外国人には見せたくないのでしょう。

次に訪れたのが、ヘソン貿易会社という縫製工場でした。
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工場内に入ると、若い女性労働者がミシンの前に座り、真剣に仕事に打ち込んでいます。まるで2000年代前半の広東省の裁縫工場のような世界でした。かの地ではこの種の労働は東南アジアに奪われ、多くの若い労働者が解雇されていることでしょうが、朝鮮では今や時代の最先端。真剣なまなざしの若い女性たちが仕事に向かっています。
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ワイシャツやズボン、厚手のジャケットなど、発注に応じて対応するそうです。輸出先の1位は韓国で、2位はアメリカ、3位は日本といいます。日本という場合、日本アパレルメーカーが直接発注しているわけではなく、仲介業者として中国企業が入っているものと思われますが、彼らにすれば、自分たちのつくった製品の最終消費地がどこかという話をしているわけです。
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約300人の女性労働者がいて、平均月収は800元といいますから、羅先では高給取りといえます(羅先では公務員でも月給は300元と言っていましたから)。この縫製工場自体は1956年からあるそうですが、現在のように海外からの発注で仕事を請けるようになったのは、2000年代に入ってからだそうです。
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工場長の洪世峯氏によると、最近日本からの発注が増えているそうです。
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3つ目が羅先製靴工場でした。
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ここでも女性労働者たちの真剣な仕事ぶりが見られました。男性もいましたが、少数派です。
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工場長によると、革靴やスポーツシューズなど、年間5万~10万足を製造しているそうです。70%は国内向け、30%が輸出向けだそうです。
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たいてい発注は中国企業からで、サンプルが送られ、それに合わせて製造するそうです。もしや、ここがニセモノ大国中国の製造拠点のひとつなんじゃないか…なんてことも思いましたが、彼らは注文に合わせてつくっているだけなのでしょう。
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労働者の賃金は500~800元とのこと。労働者数は約100名。工場長は「もっと注文がほしい。何でも言ってほしい」と日本向けを意識したものと思われるメッセージを残してくれました。
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最後に連れてこられたのが、またもや水産加工工場のテフン貿易会社でした。2001年創業で、羅先最大の規模。在日同胞が投資しているようです。
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さすがは在日同胞が投資しただけあって、単に水産加工品だけでなく、マツタケ焼酎など、さまざまな製品をつくっていました。工場も併設されています。
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朝鮮に行くと、やたらとたくさんの種類の焼酎が売っていますが、このマツタケ焼酎は在日同胞の工場でつくられていたんですね。確かにパッケージなど、他の国内産に比べると洗練されています。

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またこの工場では、生簀があって魚を選んで調理してもらえるレストランもあるようです。ロシア人観光客がいました。
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このふたりは、オーナー夫人と娘だそうです。

ただし、この工場は規模に比べて生産量が足りないため。経営上大きな問題を抱えているとガイドが話していました。なんでそんなことをぼくに言うのだろうと思うのですが、朝鮮東海の漁獲量が激減している影響が大きいからだそうです。これは深刻な話ですね。

はてさて、羅先の4つの工場見学を終えて、みなさん何を思うでしょうか。これで投資をしてくれといわれても、困ってしまいますね。とはいえ、朝鮮には若くて優秀な労働者はそこそこいそうです。そのため、中国吉林省の図們や琿春では、北朝鮮労働者を呼び込み、工場労働をさせているようです。朝鮮側も外貨獲得の手段として、労働者を積極的に送り込んでいます。彼らは工場と寮のある敷地内から外には出られないそうです。

2000年代前半に広東省で見られた女工哀史の物語がタイムラグを経て、延辺朝鮮族自治州でいま始まっているようです。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 21:02 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

羅津港、ロシアが租借した埠頭と鉄道の様子

中国と北朝鮮とロシアが国境を接する図們江デルタ地帯に、縁あって何度か足を運んでいます。昨年7月も北朝鮮の羅先特別市を訪ねています。

このまちの港をめぐる中ロの駆け引きが面白いのですが、羅津港に3つある埠頭のうち、ひとつをロシアが、もうひとつを中国が租借しています。今年4月、ロシアの埠頭から韓国向けに石炭が輸送されたニュースが報じられています。

ロシアの石炭14万トン 北朝鮮経由で韓国に輸送へ (ソウル聯合ニュース2015年4月15日)
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2015/04/15/0200000000AJP20150415002000882.HTML

「韓国、北朝鮮、ロシアによる物流協力事業の2度目のテスト輸送が、16日から来月9日にかけて実施される。韓国統一部が15日、伝えた。

 1回目と同様、シベリアのクズバス炭田から石炭を北朝鮮北東部の経済特区・羅先の羅津まで鉄道で運び、羅津港から韓国の港へ船で輸送する。

 輸送する石炭は1回目(4万500トン)の3倍以上の約14万トンで、海上輸送には貨物船2隻を使う。24日ごろ中部・忠清南道の唐津港、25日ごろ南部・全羅南道の光陽港、来月9日ごろ忠清南道の保寧港に到着する予定だ。

 統一部によると、物流協力事業に参加するポスコ、現代商船、コレール(韓国鉄道公社)や政府の関係者がロシアの国営鉄道会社と合同で17日から23日にかけ羅津を訪れ、貨物船2隻が同時に接岸できるかどうかなどを点検するという」。

これが羅津港のロシア埠頭(第三埠頭)です。いちばん南側にあります。
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この石炭はロシアから鉄道で運ばれてきたものです。これを韓国に送ったというわけですが、そんなに頻繁なわけではありません。
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ロシア埠頭からロシアに向かう線路も整備されています。
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一方、これは真ん中にある北朝鮮が利用する埠頭です。初代万景峰号がさびしく停泊していました。
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ここでは何も積み込み作業は行われていません。
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巨大な倉庫も併設されています。
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一方、これは中国が租借していると聞くいちばん北側の第一埠頭です。現地関係者に聞くと、どうやら中国はロシアのように咀嚼しているのではなく、第一、第二埠頭を用途によって使いわけて使っているそうです。
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木材の積み下ろしをしています。この木材は北朝鮮労働者がロシアで伐採したもので、その支払いとして一部を北朝鮮がもらうのだそうです。うち9割は朝鮮国内で使いますが、1割は中国の山東省などに輸出するという話があるそうです。
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これは港湾関係の事務所ビルのようです。
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これは対岸から羅津港を望んだカットです。
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ロシア埠頭から延びた線路は、豆満江下流を抜け、ロシアのハサンまでつながっています。全長54kmで、開通したのは2013年9月です。
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これが北朝鮮側の国境駅・豆満江駅。
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遠くに見える橋がロシアに渡る鉄橋です。
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この3カ国デルタ地帯は、90年代から開発が進むといわれながら、遅々として動かなかったのですが、最近少しずつ、少しずつですが、中ロ両国がインフラ投資を始めています。

こういうニュースもあります。

中国、北朝鮮・ロシアと国際観光圏の形成を計画(新華社 2015年 2月 13日)
http://jp.reuters.com/article/2015/02/13/idJPL4N0VN4HR20150213

「中国は北東部の国境地帯でロシアおよび北朝鮮と国際観光圏を形成する計画だ。国営新華社が13日、報じた。

北東部の吉林省が、中国と北朝鮮の国境を流れる図們江(朝鮮名:豆満江)のデルタ地帯における国際観光圏について詳細な計画を策定する。

新華社によると、当局は中国、ロシア、北朝鮮が関わる観光圏の運営モデルを模索しており、観光圏はビザなしで訪問できるほか、免税でのショッピングが可能になるという。

吉林省観光局長によると、長期的には、道路、鉄道、空路を通じた韓国、日本、モンゴルの観光圏への参加も視野に入っているという」。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 16:54 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

チプサム革命史跡は日本時代の別荘地だったに違いない

清津から七宝山に向かう途中にある鏡城郡で、温堡温泉以外にもうひとつ訪ねたのは、チプサム革命史跡でした。
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「共産主義テーマパーク観光」がその実態である朝鮮旅行では、ほぼ毎日のように革命史跡を訪ねることになるのですが、その大半が虚構の歴史を扱っているとしか思えません。そのため、まじめに観る気にはなれないので、本ブログでもほとんど触れていないのですが、この史跡はちょっと面白かったので、紹介しようと思います。

朝鮮側の資料によると、ここは金正日将軍と金正淑女史の革命事跡だそうです。場所は鏡城郡温大津里チプサム村にあります。

ここでは金親子が滞在したとされる住居が革命史跡として紹介されます。チマチョゴリを着た彼女が、同国のテレビアナウンサーのような滔々とした口調で解説をしてくれます。
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ただし、ガイドたちは彼女の話を通訳する気はなさそうです。かつて日本人旅行者が多かった90年代にはそんなこともなかったのかもしれませんが、いまや圧倒的多数派である中国客は、朝鮮の建国史の唯我独尊ぶりを大ブーイングしてきたことから、彼らも聞かれないかぎり、外国人に通訳しても仕方がないと思うようになったのではないでしょうか。実際、彼ら自身どこまで本気で信じているのかあやしいものです。

興味深いのはその住居の中の様子です。

金日成将軍とその家族がこの家に滞在したことを示す写真が飾られています。といっても、金正淑女史は1949年に亡くなっているそうですから、その少し前に撮られたものでしょう。

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さて、住居の中は当時の日本の文化住宅そのものです。これほどきれいに残されているのは珍しいことではないでしょうか。
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書斎は畳の間になっています。オンドルも敷かれているようです。
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炊事場や倉庫も残されていて、ここはおそらく日本時代の富裕な階層の別荘、あるいは官舎だったのではないでしょうか。
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玄関の雰囲気も、いまの日本ではほとんど見ることのできない昭和の住宅です。
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この住居の周辺は同じような文化住宅が点在していて、戦前の軽井沢のような別荘地の趣があります。通りは整備され、並木もていねいに植えられています。革命史跡ゆえにこれほどきれいに残されたのでしょうが、とにかく朝鮮の人たちは清潔好きで、清掃が行き届いています。これは中国との大きな違いでしょう。
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日本時代の住居は中国東北地方にはもうほぼ残っていませんが、朝鮮には残っている。これも面白い現象です。
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羅先にも同じような革命史跡がありましたが、それも日本の住居でした。こちらもきれいに残されていました。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 10:35 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 12日

鏡城温堡温泉(朝鮮)は日本式の温泉郷ではなく、ロシア式サナトリウムでした

清津から七宝山に向かう途中に鏡城というまちがあり、その少し北に温堡温泉があります。休火山である白頭山系に属する七宝山の周辺には温泉が多く、戦前期から知られる朱乙温泉のような温泉街もあるはずですが、外国人に開放されているのはここだけのようです。
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そこは日本式の温泉郷ではなく、ロシア式サナトリウム(温泉療養所)でした。

館内に入ると、温泉の入り方や効能など図解と説明が延々書かれています。
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朝鮮側の提供する資料によると、泉質は水素炭酸ナトリウム、硫酸ナトリウムを含む鉱物質希薄珪土泉。効能は関節炎、神経痛、高血圧、婦人病、ガスおよび鉛中毒、慢性大腸炎、手術後遺症、十二指腸潰炎、胃炎などと書かれています。「ガスおよび鉛中毒」というのがよくわかりませんが、飲用もされるようです。

湯船は個室に分かれていて、こんな感じです。情緒はまったくありませんが、お湯は源泉そのものでとても良かったです。湯上り後は、身体の内側からホクホクしてくるような湯の力を感じました。
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これは中国東北地方でも同じですが、かつて日本が大陸や朝鮮半島につくった温泉は日本の温泉郷のような遊興地でした。いまでも現存する遼寧省鞍山にある湯崗子温泉や丹東の五龍背温泉には、日本時代の温泉施設が残っていますが、解放後、ソ連軍が入ってきてから、一部を残しながら、大半はロシア式のサナトリウムに変わってしまいました。これはいい悪いの話ではなく、この地域の覇権が日本からロシアに移ったためで、現在の北朝鮮の温泉地はたいてい療養地になっています。唯一違うのが、金剛山に1990年代後半につくられた韓国資本の温泉施設でしょうか。こうして朝鮮半島の南北で温泉の形態が異なっているというのは、面白いですね。

明治の文豪も訪ねた満洲三大温泉はいま
http://inbound.exblog.jp/23954021/

そばには日本時代のものを思われる給水塔が建っていました。この周辺の水はミネラル分が高いということで、水を汲みにくる地元の人たちの姿も見ました。
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この温泉療養所の近くに温泉ホテルがあります。蔦に覆われた外観が印象的です。
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客室には個室風呂があり、温泉です。これもいいお湯です。
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温堡温泉の周辺は美しい並木に囲まれた避暑地のようです。そこにはいわゆる革命跡地になっています。その話は次回に。
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by sanyo-kansatu | 2015-08-12 10:28 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)
2015年 08月 11日

清津電子図書館見学と「共産主義テーマパーク観光」

2014年7月上旬、清津を訪ねたとき、案内されたのが清津電子図書館でした。
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ガイドがいうには、この施設は2011年にオープンしたそうです。清津市民なら誰でも利用できると言います。本当でしょうか。

館内に入ると、PCを使って本の検索をしている人たちがいました。
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また館内正面のフロアでは、子供たちを中心にPCを使っています。なかにはゲームで遊んでいる子もいましたが、仕事をしているような大人もいます。
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これはデザインソフトを教える講座だそうです。
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インターネットを使える部屋に行くと、ある記事を見せてくれました。実は、ぼくが清津を訪ねた前日(昨年7月4日)は北朝鮮に対する日本の経済制裁の一部が解除された日でもあるのです。
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5月の日朝合意に基づく我が国の対北朝鮮措置一部解除
http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201407/__icsFiles/afieldfile/2014/07/04/20140704siryou2_1.pdf
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「政府は4日の閣議で、北朝鮮に対して日本独自で行っていた制裁の一部解除を決定した。閣議では、全面禁止していた北朝鮮籍船舶の入港について、医薬品や食料品の輸送など人道目的に限り解除を決定。併せて、北朝鮮籍者や当局職員の入国禁止、北朝鮮への日本人の渡航自粛など人的往来の制限▽北朝鮮への10万円超の現金持ち出しの届け出義務と300万円超の送金の報告義務−−の制裁も政令改正などで解除した」(朝日新聞2014年7月5日)

これ自体は偶然とはいえ、ちょっと驚きました。

紙の書庫もあります。日本語書籍も相当蔵書があるそうです。
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女子学生が勉強している様子も撮らせてくれます。こういうのは、宣伝になるからいいんですね。
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彼らは見せたいものを見せ、見せたくないものは見せない。「共産主義テーマパーク観光」とはまさにこういうことをいうんですね。
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帰国後、これらの写真を朝鮮通の人に見せたところ、「ここにいる人たちはすべて動員されたのかもしれない」なんてことを言います。

しかし、清津をこの日訪れた2名の日本人のために彼らはそこまでやるものだろうか…。ぼくにはおよそ信じられないのですが、2013年夏、わずか80名の外国人のために10万人規模のマスゲームを実施した国のことです。

なんでも今年平壌ではマスゲームをやらないと聞いています。そりゃそうでしょう。さすがに、あんなにバカバカしい労役がいまの平壌では許されなくなっているのではないでしょうか。でも、その話を聞くと、逆に清津のような地方都市での動員は現実のものにも思えてきます。

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by sanyo-kansatu | 2015-08-11 20:01 | 朝鮮観光のしおり | Comments(0)