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2014年 12月 30日

いま中朝国境で最もスリリングな遊覧ボートの旅(天逸埠頭)

このおばさんたちはモーターボートに乗ってどこに向かっているのでしょうか? ちなみにこの皆さんは、お子様も含めて韓国から来た観光客です。
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答えは、中朝国境を流れる鴨緑江を遊覧するボートです。
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場所は、遼寧省丹東市の郊外、寛甸満族自治県の天逸埠頭です。万里の長城の東端といわれる虎山長城から鴨緑江上流に向かった場所にある遊覧ボート乗り場ですが、ここの売りは、いま中朝国境で最もスリリングな遊覧体験が楽しめることでしょう。

なぜなら、天逸埠頭の遊覧コースは、鴨緑江流域の朝鮮領の中洲の内側を航行するため(つまり、入国ビザなしで完全に朝鮮領内に入るのです)、朝鮮の民家や労働者を間近で見られるうえ、さらには満洲国時代に造られたという軍事港湾施設(北朝鮮領)のすぐそばまで行けるからです。中国国内客だけでなく、香港や台湾、韓国客の姿も多く見かけます。

8人乗りのモーターボートに乗って国境観光に出掛けることにしました。ボートは中州の内側に向かいます。
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団体客は遊覧船に乗ることもできます。
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だんだん対岸の朝鮮領に近づいてきました。
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山の斜面に畑も見えます。
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そして、北朝鮮の港湾施設が見えてきました。
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さすがは戦前期の建造物らしく、かなり老朽化していますが現役です。
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あっ、北朝鮮の女性兵士の姿が見えます。
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中国客たちが不埒にも「こっち向いてえ」と声をかけると、ちらりと彼女は振り向いてくれました。それもそのはず、中国側から事前に朝鮮側にお金が渡っていて、彼女もそこで待機しているのだとか。よくぞまあ……。でも、たいていの中朝国境遊覧ボートはそんなものです。実際、なんの見返りもなく、軍が観光客の相手をしてくれるはずはありません。逆に見返りさえあれば、それなりの対応をするということでもあります。観光とは、常に利益の交換で成り立っているのです。
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港湾施設を離れ、対岸の中州に向かいます。
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近づくと、民家が見えてきました。前に丈の高いトウモロコシが植えられ、屋根が見えるだけですが、オレンジ色の瓦に白いしっくいのラインが見える。朝鮮家屋です。
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どうやらこちら岸にも朝鮮の兵士がいるようです。ボート客が船を停め、兵士と会話しているようです。
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あっ、手を振ってくれました。よく観光客が煙草を投げてよこしたりするようです。この程度のことは大目にみてもいいだろう。それがこの国境地帯の流儀のようです。
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なおも中州に沿ってボートを走らせます。
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塔のようなものが見えてきました。よく見ると、対岸に綱が伸びていて、物資を運んだりするのに使うようです。
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しばらく進むと、山羊飼いが現れました。子供や農家のおばさんの姿も見えます。やがて中州を離れ、ボート乗り場に戻ると、終了です。
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はてさて、わずか20分ほどのボートクルーズですが、自分はいま完全に北朝鮮領内にいる。ここでもしボートから落ちたりしたら……そんなことを夢想しながら、スリリングな気分に浸れることうけあい!? です。

ボートを降りると、朝鮮の人たちにモノをあげるなとか、写真を撮るなとかいった規則があることを知りました。観光客は誰もそれを守っていないのですが。
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確かに、中朝関係が今後極度に悪化したり、この国境地帯で人身事故や朝鮮人と観光客間のトラブルでも起きたりしたら、すぐに問題となり、先ほど述べた流儀もご和算になることでしょう。でも、ここではそういう事態は誰もが望んでいません。望まない以上、何もなければそのまま流儀は継続されるはずですが、必ずそうなるとは限らないのが「法治」とは異なる力学で社会が動く中国であり、朝鮮です。もしこの国境観光に興味のある方は、早めに体験しておくことをおすすめします。ある日突然、営業停止されてしまうかもしれないからです。

そして冒頭でも書きましたが、ここでは韓国の子連れの観光客のような皆さんがふつうに楽しんでいるのです。彼らのある種の不用意さは、今年韓国社会で起きた一連の出来事から、いろいろ心配に思わないではいられないところもある。一般の日本人なら、こんな場所に子供を連れて行くなんて信じられない、というところでしょうが、彼らにとってはそこは同胞の地である朝鮮、距離感が我々とは違うのでしょうね。この感覚の違いを知っておくことは、東アジアで起きてることを理解するうえで、けっこう大事な気がします。
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丹東駅前には、天逸埠頭の遊覧ボート乗り場まで案内してくれる三輪タクシーが停車しています。市内から約40分。営業は6月~10月のみです。ちなみに、8人乗りモーターボートのチャーター料金は300元でした。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-30 17:19 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 30日

中朝新国境橋が完成しても開通できない理由

今年10月下旬の朝日新聞の海外面にこんな小さな記事が載りました。
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中国・北朝鮮 国境の橋 完成しても不通(朝日新聞2014年10月21日)

中国と北朝鮮を隔てる鴨緑江にかかる新しい国境橋が10月末に完成する。中国の温家宝首相が2009年の訪朝時に合意した中朝協力の目玉事業。ただ、両国の関係悪化もあって、北朝鮮領内では橋に続く道路が造られておらず、開通のめどはたっていない。

橋は中朝国境の最大都市、丹東の開発区で11年5月に建設が始まった。全長3㎞で片側2車線。中国紙によると、中国側が建設費用を負担した。両国を結ぶ国際列車やトラックが現在も使う日本侵略時代の旧橋(1車線)に比べ、大幅な旅行客や貨物往来の拡大が期待されていた。

中国側では、橋のたもとに「10月30日に完成」という看板がいくつもかかる。だが、橋を渡った地元関係者は「北朝鮮側は舗装道路すらできていない」。工事関係者も「来夏に使用できれば御の字」と言う。

中国側は将来の地下値上がりを見込み、橋のたもとでマンションやオフィスビル建設が続くが、北朝鮮側は田園風景が広がったまま。丹東では「北朝鮮政府が自国側の道路建設費も求めたが、関係悪化もあって中国政府は断った」(事情を知る地元関係者)との声も出ている。


本ブログでもこれまで何回か報告してきた「新鴨緑江大橋」(どうやら正式名は「中朝鴨緑江公路大橋」)が完成したというニュースです。1年半前には「半分くらいできた」状態でしたが、ようやくつながったんですね。

「新鴨緑江大橋が半分くらいできた」と地元の人に聞きました(2013.6.5)
http://inbound.exblog.jp/20555737/

今年10月には完成するという話は、7月に丹東を訪ねたとき、聞いていました。これが2014年7月下旬の写真です。橋自体はこの時期もう北朝鮮とつながっていて、橋桁の道路を整備している様子でした。
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橋のたもとには巨大なイミグレーションビルが建設中でした。
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朝日に掲載された橋の写真はおそらく完成したイミグレーションビルから撮ったものと思われます。
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工事現場にディスプレイされていた完成図のうち、現在どこまで出来上がっているのかわかりませんが、中朝間の最大の国境ゲートとなるだけに、中国側は相当気合を入れていることがわかります。

一方、朝日の記事にもあるように、「北朝鮮側は舗装道路すらできていない」。2年前から地元の人は同じことを話していました。

それにしても、北朝鮮側のこのやる気のなさはどうしたことか。

しかし、考えてみてください。中朝間の経済格差をいやというほど見せつけられた彼らが素直に中国側に従うとは思えません。では、どうするつもりなのか。中国側は「来夏に使用できれば御の字」と言っていますが、彼らはこれまでどおり、国際情勢の変化を注視し、わずかでも自らの立場が優位に傾く時期を見計らいながら、ずるずる先延ばしにするに違いありません。いますぐこの新橋を通って中国から大量の車両に乗って商人や旅行者が押し寄せてきたら、従来通りの外国人管理や経済統制は困難になるでしょう。そうなったら終わりだと彼らは考えているはずだからです。

同じことは、新橋に近い中朝国境の一部に設定された黄金坪開発区の現況にもいえます。

中朝共同開発の工業団地「黄金坪」はいまだ停滞中
http://inbound.exblog.jp/23944634/

それでも、10月17日から20日にかけて丹東では、3回目となる「中朝経貿文化旅遊博覧会」が開催されました。会場は新橋の架かる丹東新区の国門湾家居生活広場と科技五金城でした。
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中国の国内企業や北朝鮮企業、さらには台湾やパキスタンなどの海外企業も出展していたそうです。

会場には一般市民が訪れ、各企業のブースでショッピングを楽しんでいたとか。北朝鮮の企業ブースで主に扱っているのは、焼酎やビール、ソフトドリンク、ハチミツ、高麗人参、朝鮮絵画、コイン、食器、海産物、衣料など。
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ちょうど同じとき、平壌でも国際見本市が開かれ、中国やヨーロッパなどから300社の企業が参加したと報じられていましたが、北朝鮮としては、自国の企業を育成し、海外に商品を輸出できるだけの競争力をつけることが先決で、新橋によって中国から一気に資本や人・モノの流れが押し寄せてくる事態は、できる限り先送りしたいのが実情だと思われます。

北朝鮮、日本企業を歓迎するもう1つの顔
平壌の大規模見本市に押し寄せる市民(東洋経済ONLINE)
http://toyokeizai.net/articles/-/52275

〔追記〕
中国丹東の不動産市場が沈滞傾向 北朝鮮経済開放への期待外れる
DailyNK(2015年3月3日)
http://dailynk.jp/archives/36503

こうしたことから丹東新区として開発中のエリアも停滞しているようです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-30 13:29 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 30日

中朝共同開発の工業団地「黄金坪」はいまだ停滞中

橋の建設自体は完成したものの、朝鮮側の工事がまったく進捗せず、開通もままならない中朝鴨緑江公路大橋のすぐそばに、2011年6月、中朝が共同開発する工業団地の予定地である「黄金坪」があります。

中朝新国境橋が完成しても開通できない理由
http://inbound.exblog.jp/23944673/
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中朝陸の国境では兵士も農民も目と鼻の先(遼寧省丹東市)
http://inbound.exblog.jp/20536355/

今年7月、現地を訪ねてみたのですが、開発はほとんど進んでいないようでした。
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12年7月に訪れた「黄金坪」の中朝両政府による式典が開かれた会場の門は固く閉じられたままで、時折視察に来た人たちが現れ、記念撮影していく姿が見られます。
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「中朝が友好的に経済発展していく」というスローガンがでかでかと書かれた巨大な看板は2年前から変わっていません。

それでも黄金坪の門から500mほど川下に向かうと、工場団地の用地と思われる巨大な敷地にわずかながらですが、動きが見られました。
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中には入れないので、門から眺めたのですが、建設中と思われる建造物があり、それは中朝による共同開発管理ビルだそうです。
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工場誘致の話はほとんどなさそうなのですが、せめて管理ビルだけこしらえておこうかということらしいです。
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計画図を見る限り、工場団地の立地はかなり詳細に描かれているようです。

でも……。鴨緑江下流域の中州である黄金坪の周辺は、いまでもこんな感じです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-30 13:10 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 30日

丹東の朝鮮人街を歩いてみた

中国遼寧省の丹東は、中朝最大の国境都市であるだけに、多くの朝鮮人ビジネスマンが駐在しています。地元の関係者に聞くと、その数約3000人といいます。
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そんな朝鮮人ビジネスマンたちが集住しているのが「朝韓風情街」というストリートです。
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場所は、鴨緑江断橋の裏手にある税関ビルの通りをはさんだ向かいの二経街です。入り口に門が立っています。
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もともと中国の朝鮮族が多く住んでいたエリアのようですが、いまでは胸にバッチを付けた朝鮮の人たちが歩いている姿をよく見かけます。彼らは皆白いシャツにスラックス、肩掛け鞄といういでたちです。目つきの鋭さから地元の中国人とは一目で見分けがつきます。
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通りにはハングルが目につきます。古い集団住宅の1階が商店で、2階以上の住居スペースを一部招待所(ホテル)として利用しているようです。
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生活必需品を中心に安く販売する商店があり、朝鮮の人たちもよく購入していくそうです。
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朝鮮人ビジネスマンには、中国で仕入れた商品を自国で売りさばくケースと、最近では朝鮮産品を中国市場で売り込むケースがあるようですが、後者はまだ十分成果があるとは思えません。ただ今年10月、丹東で開催された中朝経貿文化旅遊博覧会のような見本市で自国の商品をPRするなど、こうした動きは進んでいくと思われます。

※中朝経貿文化旅遊博覧会については以下参照。

中朝新国境橋が完成しても開通できない理由
http://inbound.exblog.jp/23944673/

今年7月、ぼくがちょうど丹東の朝鮮人街を歩いていたころ、朝日新聞のこんな記事が出ました。

「中韓接近」の理由 北朝鮮が情報収集 中国在住の貿易商に指示(朝日新聞2014年7月26日)

北朝鮮政府が今月中旬以降、中国に派遣する自国の貿易商を呼び戻し、中国と韓国の外交関係についての情報収集を命じていることがわかった。中韓は習近平国家主席が今月上旬、北朝鮮首脳との面会に先だって訪韓するなど急速に接近。「血盟関係」とみてきた中国の動向に、北朝鮮が警戒を強めている。

中朝貿易に携わる複数の北朝鮮人貿易商らによると、中国東北部の遼寧省に住む北朝鮮人貿易商が7月中旬に平壌に呼ばれ、政府幹部から指示を受けた。中韓接近の理由や経済協力の現状、中朝貿易への影響などについて、取引相手の中国企業などを通じて情報収集を求める内容という。

中国各地には計数千人の北朝鮮人貿易商が派遣されているとみられる。全体で何人呼び戻されたかは不明だが、遼寧省瀋陽の北朝鮮人貿易商は「ほとんどの貿易商が呼ばれた」という。

中国は、金正恩第1書記が昨年2月に強行した3回の核実験などに不満を強めてきた。乞暮れ年安全保障理事会の制裁に加わるほか、石油輸出も制限。中朝関係の冷え込みが続く。

外交筋などによると、北朝鮮は石油の輸入先を多角化するなどの対策を取るが、貿易量の大半を頼る中国との関係悪化は死活問題だ。北朝鮮高官の側近は「情報収集は中国の出方を見極めるためで、今後の日本とのつきあい方にも影響する」と語る。

中朝関係の悪化が伝えられるなか、朝鮮側も中国との関係改善をいつまでも放置しておくわけにもいかないことは当然でしょう。海外に送り出す朝鮮人ビジネスマンもその大半はやはり中国にいるわけですし、国際見本市を開けば海外から出展してくるのも中国が最大規模という現実は変わらないのですから。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-30 13:01 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 29日

朝鮮族民俗村に描かれた民族の出自と自画像について

朝鮮族の姜さんは延辺博物館にぼくを連れて行くのは気乗りがしなかったのに、進んで案内してくれた場所がふたつあります。

延辺朝鮮族自治州60周年と延辺博物館の冷めた関係
http://inbound.exblog.jp/23940038/

それは「平江」「百年部落」でした。

19世紀後半に朝鮮から延辺に入境してきた人たちが最初に開墾したのが、延吉の南西に位置する和龍市から龍井市にかけての30kmに及ぶ平原で、「平江」と呼ばれているそうです。「海兰江」(해란강)という河が中央を流れています。もともと森林だったこの地を水田に変えたのは朝鮮族なのです。姜さんによると、平江は「延辺朝鮮族の母なる大地」だそうです。
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同じ時期に漢族も入植し、トウモロコシ畑を広げました。
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この地方の朝鮮族の住む民家の壁には民俗の暮らしを伝える絵が描かれています。
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もうひとつの場所は「百年部落」で、そこは朝鮮族の民俗村です。

中朝国境に近い図們市月晴鎮白龍村の金京南村長が1870年代に建てられた古い民家を修復展示し、朝鮮族の民俗文化を体験できるようにした施設です。朝鮮族がこの地に入境してきた当時の生活道具などを集めた博物館や民謡の演奏スペース、レストラン、宿泊施設があり、1年を通じて四季折々の朝鮮の祭事が開催されます。

これが年代ものの朝鮮民家です。
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内部を観覧できます。
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釜戸やオンドルがあります。
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トウガラシは欠かせないアイテムです。
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観光客はバスに乗ってやってきます。
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朝鮮の民族衣装に着替え、記念撮影したり、歌い踊ったり。
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地元の人たちが朝鮮民謡などを奏でます。
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「百年部落」の演奏(動画)
※ただし、このときは観光客が漢族だったらしく、朝鮮民謡ではなく、中国の曲を奏でているようです。
http://youtu.be/LE6RBn480cU
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この方が館長の金京南村長です。一部私財をなげうって施設をこしらえたそうです。「時代の変化は早い。我々の先祖の生活文化を誰かが残しておかなければと考えたのが、民族村をつくった理由」と話していました。
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金館長に私設博物館の中を案内してもらいました。倉庫のような施設の中には、朝鮮たんすや生活道具などが置かれています。
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正面の壁に朝鮮族の来歴と暮らしを物語る絵巻物のような絵画が飾られていました。
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以下、図們江(豆満江)を渡って対岸のこの地に来た一家の様子から始まり、春夏秋冬、婚礼の祝いなど、朝鮮族がこの地に根付くに至る100年の歴史が描かれます。まさに延辺朝鮮族の自画像ともいうべき世界です。地元の画家が描いたそうです。
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百年部落では、朝鮮料理の食事が楽しめます。これはタッコンといって、延辺名物の汁なしサムゲタン(参鶏湯)です。餅やマッコリも用意してくれました。
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食事は小部屋(14室)に分かれた個室でいただきます。
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百年部落は、延辺朝鮮族にとって失われた家郷を再現した場所なのだと思います。

「失われた」とあえて書くのは、たとえば金館長のご家庭にしても、奥さんは韓国、お子さんは北京で働いているというわけで、こうしたことは今日の延辺朝鮮族の人たちにとってはごくふつうのことです。決して不名誉なことと彼らも考えているわけではないでしょう。

こうして100年前にこの地に家族と一緒にやって来た彼らは、いまや散り散りに暮らしているのです。館長が民族村をつくった背景には、この現実があろうかと思います。

実は、延辺朝鮮族自治州の観光局がつくったパンフレットにも、百年部落で行われる季節ごとの祭事が載っています。ここは政府公認の施設でもあるのです。朝鮮族の人たちが、延辺博物館のような政治的な空間ではなく、百年部落のような朝鮮の素朴な民俗や食事を味わえるスポットに外国人を連れてきたいと考えるのは理解できます。

もちろん、このような中央の意向に沿って政治的に脱色されたスポットの存在についてあれこれ訝しく思う気持ちがぼくにもまったくないわけではありませんが、ただでさえ、少数民族という境遇からくる政治の力学を日々感じながら生きている彼らにとって、そこで表出される自画像や自らの出自をめぐる歴史認識が無理なく好ましいものとみなされることは、せめてもの救いといえるかもしれない気がするのです。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-29 15:05 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 29日

延辺朝鮮族自治州60周年にできた延辺博物館と朝鮮族の冷めた関係

延辺博物館は、2012年9月の延辺朝鮮族自治州創立60周年を記念してオープンした文化施設です。場所は、延吉市(中国吉林省)の市街地西部に位置する朝陽川空港の近くで、現在進められている大規模な新都市建設区域にあります。
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延辺博物館
http://www.ybbwg-china.org
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まるで平壌の人民文化宮か!? と見紛うばかりの朝鮮風の大講堂で、3階に分かれた展示コーナーでは、吉林省東南部にあたる延辺地方の歴史を扱っています。大きく3つに分けると、古代史、朝鮮族が入境して以降の近現代史、そしてお約束の抗日プロパガンダ史です。

まず2階の近現代史のコーナーですが、かつて間島と呼ばれたこの地に朝鮮族が大挙して入境した19世紀後半以降の歴史や独自の民俗文化、生活習俗などを、実物大蝋人形を多用しながら、わかりやすく展示しています。
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最近新設される中国の博物館はどこも蝋人形だらけということにお気づきの人もいるでしょう。こんな子供だましみたいな展示には価値がない。そう思われる人も多いかもしれませんが、ぼくはそんなに嫌いではありません。カラフルな衣装を身に付けた朝鮮族たちが遊び戯れる姿は、それが史実にどれだけ合うかどうかはともかく、とっつきやすいし、見ていて楽しいものです。
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朝鮮文化の根幹にかかわる「族譜」や伝統的な儒教道徳に関する展示品なども置かれています。
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この地に稲作を根付かせた農耕に関する展示も。
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なにしろ中国で最もふっくらおいしいお米がとれるといわれる延辺です。いまでも延辺では人の手で田植えをする姿が見られるのですが、実際には農民の大半は漢族といわれています。

さて、延辺博物館の評価をどう考えるかですが、そもそも朝鮮族を主人公にしたわずか100年そこそこの近現代史を語ろうとしても、価値のある展示物をあれこれ探し出すこと自体にそもそも無理があったというべきかもしれません。そこで蝋人形を使って朝鮮族の民俗風習を描こうとするのは、ある意味仕方がないのでしょう。でも、当の朝鮮族の人たちはこの展示をどう思っているのでしょうか。

この博物館を案内してくれたのは、日本留学経験もある30代の朝鮮族の姜さん(男性)でしたが、彼はここにぼくを連れてくるのはあまり気乗りがしないようでした。特に、抗日プロパガンダ史のコーナーの前では「ここは見なくていいですよね」とスル―しようとしたので、「まあそう言わず」と入ってみたのですが、見せるべき展示品が少ないせいか、相変わらずおどろおどろしい写真で埋め尽くされていました。
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このコーナーの見せどころは、雪原で戦う抗日義勇兵の蝋人形の展示でしょうか。
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それでも、朝鮮族が最初に開拓した20世紀初頭の龍井のまちを蝋人形を使った展示では、背景のスクリーン画像に当時の間島日本領事館らしき建物が写っていて印象的でした。
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中国東北地方には土地柄、この手のプロパガンダ施設は山ほどあります。これは朝鮮族には限りませんが、友好的な中国人の多くは、日本人にはこの手の場所はなるべく足早に立ち去らせようとするところがあります。なぜって、こんなに生々しく陰惨な展示を見終わったあと、お互い何事もなかったかのようにふるまうのは難しいのが人情だからです。

特に朝鮮族の場合、中国国民として日本を悪者に仕立てるのは仕方がないとしても、共産党の治世が70年近く続くなか、漢族だってずいぶん我々にひどいことをしたじゃないか。そういう気持ちを内心に秘めていると感じることがあります。

さらに、前述した近現代史の展示を見ていて、いまさらながら感じるのは、漢族のまなざしは明らかに朝鮮族を少数民族という下位民族とみなしていることです。雲南省あたりの少数民族と同様に、蝋人形の展示でお茶をにごされている、という言い方だってできるでしょう。
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実際延辺の歴史なんてそんなところじゃないかという話はありますが、自尊心の強い朝鮮族の人たちにとって、これは内心屈辱的なことではないでしょうか。現在、延辺朝鮮族自治州に住む朝鮮族の比率が3割にまで低下している背景にも、この地と自らの来歴に自信が持てないこと、すなはち民族的、歴史的にみて誇れるものを博物館に展示することができない彼らの無力感があるように思います。

さらに、朝鮮族に複雑な思いを引き起こさせるものに、3階の石器時代から始まる古代史のコーナーがあります。ここは撮影NGでした。理由は、7世紀末にこの地に君臨した渤海の遺跡から発掘された文物の展示と関係があります。

実は、延辺地方で発掘された渤海の重要な文物の多くは撤去されていたからです。そのほとんどは吉林省の省都である長春の博物館に持っていかれたのだろうということです。同じことは黒龍江省でも見られました(→奈良・平安時代に日本と交流していた渤海国の都城跡(上京龍泉府遺址)http://inbound.exblog.jp/23955554/)が、それを物語るように、渤海の展示スペースには、空のガラスケースと解説パネルだけが残っていました。

「こういう姿をお見せするのは恥ずかしいことです」と彼は言いましたが、これも渤海が中国の「地方政権」であると主張する政府の意向によるものだと考えられます。「地方政権」である以上、貴重な文物は地方ではなく、省都にある上位の博物館に展示するべきである!? でも、本当は同族である韓国人が多く訪れる延辺の地に、彼らの歴史論争に火をつけかねない文物を置いておきたくないということではないでしょうか。

実際、延辺にあるふたつの渤海遺跡(西古城、八連城)は、現在フェンスで囲まれ、外国人の訪問が許されていません。

渤海国の遺跡を隠したいのは誰だ?
http://inbound.exblog.jp/23955813/

ぼくはこれらの展示をみて、これまで述べたようなことも含め、朝鮮族の彼が館内を案内するのを気乗りしなかった理由、すなはち延辺博物館と朝鮮族の冷めた関係をあらためて理解したのでした。この博物館の名称をめぐって、オープン前の12年当時論争があったそうですが、地元が主張する「中国朝鮮族博物館」という名称は却下され、現在の名称になったそうです。当局は民族名を残したくなかったということでしょうか。

さて、近現代史のコーナーの最後には、これもお約束ともいうべき躍進する延辺経済を標榜する展示がありました。現在着工中の高速鉄道がついには長春から琿春まで延伸されるといいます。これまで夜行列車を使っていた延辺と長春の移動がわずか3時間でつながるわけです。
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この写真の人物は、以前の自治州長です。延辺自治州政府のサイトによると、現在の州長は李景浩という人です。
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延辺朝鮮族自治州政府
http://www.yanbian.gov.cn/

今年7月延辺に来て、延吉市の郊外のインフラ開発がすごい勢いで進んでいることを実感しました。仁川経由のフライトで現地入りしたのですが、着陸前の眼下に広がる市の西方の巨大なマンション建設群がそれです。これは延辺大学などがある旧市街から西へ10数km離れた場所で、まったく新しい都市が生まれようとしているように見えました。
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これは延吉市に限ったことではなく、多くの中国の地方都市で旧市街から離れた場所に新都市(新区)開発が進められています。そこには無数のマンションが林立しており、豪奢な市庁舎はいち早くそちらに移っているようです。

こういう中国式ニュータウンの生成を見るにつけ、いつも思うことがあります。いったいこれは誰のためのニュータウンなのだろうか。それとも、意地悪く言えば、これが世にいう地方政府の債務増大を象徴する光景ということなのか。

中国の地方開発はどこでもこんな感じです(まちづくりの観念は欠落。不動産販売が優先)
http://inbound.exblog.jp/20618946/

はたしてこれから延辺はどう変わっていくのでしょうか。これからも見届けていくことしたいと思います。

ちょっと古い情報ですが、この地域の概要をつかみたければ、ジェトロの発行している「延辺朝鮮族自治州概況」(JETRO2012年 5月 )が参考になります。
https://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/tohoku/pdf/overview_yanbian_201205.pdf
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by sanyo-kansatu | 2014-12-29 11:33 | 北東アジア未来形:満洲の今 | Comments(0)
2014年 12月 27日

川霧に浮かぶ朝鮮民家はいかにも国境の町らしい眺め(遼寧省丹東市)

今年7月丹東を訪ねたとき、ちょうど雨季で天候には恵まれなかったものの、珍しい光景を見ることができました。鴨緑江一面を川霧が覆うという、ちょっと神秘的な眺めでした。
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面白いのは、川霧のおかげで背景がすっかり消えるため、対岸の朝鮮民家がぐっと浮かび上がり、ふだんより近づいているように見えるのです。
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丹東市内の鴨緑江沿いはプロムナードになっていて、一般市民が散策を楽しんでいます。ふだんは対岸の民家の存在など誰も気に留めていないようですが、この日ばかりは白壁の朝鮮民家が目に飛び込んでくるように見えるので、じっと対岸を眺めている人も見かけました。こんなぐあいです。
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これは写真の撮り方でこう見えるのですが、このふたりにとって朝鮮の村は隣町のようです。
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ご覧のように朝鮮側の民家は質素なものですが、丹東側はどうか。振り向くと、高層マンションが並んでいます。
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いったい丹東の人たちは対岸の人たちについてどう思っているのでしょうか。こんなに経済格差が開いたうえ、これほど近くに対岸の様子が見えるとしたら、日本で語られる北朝鮮の話題とは当然のことながら、ずいぶん違うことでしょう。

丹東在住の友人によると、1970年代の文化大革命の頃、いまと違って中国より経済的に恵まれていた北朝鮮の人たちは、対岸からさかんに文革批判のメッセージを送り続けたそうです。それこそドラや太鼓を鳴らして騒いでいたとか。この距離なら相当うるさかったことでしょう。当時、中国では十分に食べることもできず、毎日トウモロコシのお粥ばかりだった、とその友人は語っていました。
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この写真を撮った1kmほど西には、鴨緑江断橋があります。

鴨緑江遊覧ボートで見る中朝の発展格差をどう考える?(遼寧省丹東市)
http://inbound.exblog.jp/20510174/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-27 14:02 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 27日

北朝鮮漁船が目の前を行き交う海鮮レストランで舌鼓(遼寧省丹東市)

中国遼寧省の丹東は、鴨緑江をはさんで北朝鮮の新義州と国境を接するまちです。

このまちの旅行会社に勤める友人の閻宇飛さんは、いつもぼくを珍しい場所に案内してくれます。今年7月丹東を訪ねたとき、連れていかれたのが「江海湾」という海鮮レストランでした。

まずはその店で供された海鮮料理の数々をお見せしましょう。
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ワタリガニやエビ、ハマグリ、アワビなど、すべて近海で採れたものです。
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丹東では海鮮を中華風に濃く味つけしないので、日本人の口に合います。

料理は生簀から素材を選びます。ナマコやフグもあります。
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素材を選ぶと、目の前で豪快に調理してくれます。これでうまくないはずがありません。しかも安い。これだけ頼んで飲み物も入れて400元足らずというのですから。
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さらに、レストランの目の前は鴨緑江の支流で、常連客は店の外にテーブルを出してオープンエアで食事を楽しみます。これが気持ちいいのです。
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レストランの周辺環境を撮ったのがこれです。鴨緑江の支流に面したロケーションにあることがよくわかります。
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さて、このようにこの店の売りは新鮮な海鮮と恵まれた環境にあるのですが、日本人にとってある意味もっと刺激的といえるのがロケーションのもつ特殊性です。

江海湾というのは、丹東市内から仁川行きフェリーが出航する丹東港に向かう途中にある漁港の名です。つまり、漁港が経営するレストランというわけですが、面白いのは、その漁港の前を行き来しているのは中国船だけでないことです。そう、北朝鮮の漁船が通っていくのです。
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なにしろほんの数十メートル先の対岸は北朝鮮領です。つまり、ここは中朝最前線に位置する国境展望レストランなのです。

家族連れも多い中国の客人たちと並んで食事をしているすぐそばを、北朝鮮の漁船がゆるゆると通り過ぎていく光景は、実際のところ、のどかすぎるほどなのですが、何かの拍子で朝鮮の漁民と目が合ったりすると、ひやりとした心持に襲われるのは、ぼくが日本人だからかもしれません。周囲の中国客たちは、そんなことちっとも気にしていない風ですから。

それにしても、中国の地方都市の食の豊かさには毎度驚きます。河川の汚染などからくる食の安全に関しては、どこまで信じていいのかわからないところも正直ありますが、毎年4月から9月まで営業される(冬はこの河は凍ります)というこの海鮮レストランにいると、そんなことすっかり忘れて地元グルメに舌鼓を打ってしまいます。

※丹東のもうひとつの地元グルメについては、以下参照。
中朝国境のまち、丹東は今ハマグリBBQの季節まっただ中!
http://inbound.exblog.jp/20527559/
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by sanyo-kansatu | 2014-12-27 12:09 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 21日

図們江で遊覧ボート乗船。草むらからこちらを覗く北朝鮮兵にドキリ

このいかだのような小さなボートはどこを航行しているのでしょう。
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答えは、中朝国境を流れる図們江です。ずいぶんのどかに見えるかもしれませんが、川の向こうの草むらは北朝鮮領です。
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遊覧ボート乗り場は、吉林省延辺朝鮮族自治州図們市にある北朝鮮との国境ゲート(図們大橋)から徒歩5分ほどの図們江広場の中です。乗船料はひとり60元。わずか15分ほどの遊覧時間だというのに、近頃の中国の観光地はずいぶん金をとるものです。
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でも、観光客はそこそこいて、みなさんライフジャケット着用後、ボートに乗り込みます。
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ボートは図們江を上流に向かって進みます。すぐに図們大橋が見えてきます。
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図們大橋については、以下を参照。この橋は1941年に造られたもので、かなり老朽化しています。

高速で素通りされ、さびれてしまった図們
http://inbound.exblog.jp/20498623/

上から見ると、ボートはこんな風に遊覧しています。中朝国境地帯にいるという緊張感を腰砕けにしてくれる(!?)光景ですね。
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それからもうひとつの鉄道国境橋に向かいます。その手前でUターンするというのがコースです。

鉄道国境橋については、以下参照。

図們から対岸の南陽(北朝鮮)の町を眺める
http://inbound.exblog.jp/23906840/

ところで、ボートに乗る前、係の人から「朝鮮側にカメラのファインダーを向けないでくださいね」と言われていました。なぜかというと、朝鮮の国境兵士が潜んでいるので、彼らを刺激しないためだといいます。

なんだか嫌ですね。ボートが走り出し、川向うを眺めると、確かにいるいる。草むらの陰に兵士らしきおじさんが座わりこんでじっとこちらを見ているのです。ちょっとドキリとする瞬間です。なるべく目を合わせないようにしなくては。

100mおきくらいにぽつんとひとり。それはなかなかに不気味な光景です。他にもお客さんがいる手前、こっそり写真を撮るのは控えざるをえませんでした。

さて、中朝両国は長白山を源流とする鴨緑江(西側)とこの図們江(東側)のふたつの河川が国境線となっているのですが、このような観光客向けの遊覧ボートに乗れるスポットが、2014年7月現在、6カ所あります。ひとたびボートに乗れば、対岸の北朝鮮の山並みや集落、住人の様子が間近で見られるため、夏になると多くの観光客でにぎわっています。中国人というのは実に好奇心旺盛な人たちです。日本のTVメディアが「中朝国境ルポ」と称してこの地域を訪れ、テレビカメラを回しているすぐそばでは、家族連れの観光客がのんびりレジャーを楽しんでいるというわけです。

そのうち5カ所はすべて鴨緑江側にあり、図們江側の唯一の遊覧ボートは図們にあるのみです。

1)丹東(鴨緑江断橋)…鴨緑江の下流に向かって走る。対岸は新義州。
http://inbound.exblog.jp/20510174/

2)天逸埠頭…鴨緑江の中州に沿って走る最も刺激的なコース。満州国時代の軍港が見られる。
http://inbound.exblog.jp/23945373/

3)河口断橋…遊覧ボートは朝鮮戦争で落ちた橋のたもとから出る。
http://inbound.exblog.jp/20443478/

4)緑江景区…鴨緑江中流域の風光明媚な場所でボートトリップが楽しめる。こちらも後日報告予定。

5)集安…好太王碑で有名な世界遺産のまち、集安も北朝鮮との国境のまちです。モーターボートで対岸の満浦の近くまで向かう。
http://inbound.exblog.jp/20429242/

6)図們

なぜ図們江側には1カ所しかないかというと、脱北者の問題があるからです。同族の住む朝鮮族自治州に接する図們江側の国境は両国にとって敏感なエリアであるため、観光客のためにのどかに遊覧ボートを浮かべることができるのは、ここくらいしかないというわけでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-21 16:20 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)
2014年 12月 21日

図們から対岸の南陽(北朝鮮)の町を眺める

図們は中国吉林省延辺朝鮮族自治州の東南部にある中朝国境と接する都市で、川(図們江)をはさんだ対岸には南陽(北朝鮮)という町があります。

図們については以前紹介したことがあるので、土地のプロフィールについては、以下を参照ください。

高速で素通りされ、さびれてしまった図們
http://inbound.exblog.jp/20498623/

今年7月、図們を訪ねたとき、市街地の南側のはずれにある展望台から対岸の南陽を眺めることができました。
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これが国境の図們江を高台から眺めた光景で、手前の橋が鉄道橋、遠くにうっすら見えるのが、陸路の国境橋(図們大橋)です。
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展望台には、南陽の主要スポットを落とした地図があります。

これを参考に、簡易望遠レンズで南陽の町並みを撮ってみました。
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これが南陽駅です。右手に列車が見えます。
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少し倍率を上げてみましょう。駅前に人の姿はいないようです。
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これは南陽学校です。校舎が見えますが、子供たちの姿は見えません。これを撮ったのは午後4時過ぎでしたが。
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これは地図によると、金日成研究所という建物のようです。
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図們市街地の南東に日光山森林公園という行楽地があり、ハイキングコースになっています。その地図のいちばん左下の図們江の目の前に展望台はあります。この地図は上が南です。
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南陽自体は小さなまちで、市街地の南方面にも図們江に沿っていくつか集落はありますが、少し離れると民家はなくなります。川の手前は図們側です。
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鉄道橋のたもとには国境ゲート(鉄路口岸国門)があります。
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地図で見ると、ふたつの橋はこのように位置しています。
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ふたつの橋を並べて縦で撮るとこうなります。
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鉄道国境橋のそばにちょっとした撮影スポットがあります。
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観光客も記念撮影に興じています。橋と対岸の北朝鮮の山並みを背景に写真を撮るわけです。
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ちなみに図們江沿いを龍井方面から車で走ってきましたが、川沿いに鉄柵が張りめぐらされています。
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こちらは陸路の国境ゲートから眺めた図們大橋です。観光客が朝鮮とのボーダーである橋の真ん中まで歩いています。
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これが朝鮮側のイミグレーションです。

南陽の町は、人の気配がほとんどなく、その静寂ぶりがいかにも中国と対照的です。

実は今年、図們から南陽を訪ねる日帰りのサイクリングツアーが催行されたそうです。もちろん、中国国籍の人しか参加はできません。ツアー参加者は陸路の国境橋を渡り、南陽の町中を朝鮮側の案内人について自転車で散策するそうです。ちょっと面白そうでしょう。

もっとも、このまちにたいして見るべきスポットがあるわけではなく、市街地より外には出られないので、人気はいまひとつだったとか。朝鮮観光の定番アトラクションである幼稚園児による歌謡ダンスショーの鑑賞だけはあるそうです。その日展望台に上れば、サイクリングツアー一行の様子が対岸から眺められたことでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2014-12-21 14:36 | ボーダーツーリズム(国境観光) | Comments(0)