2013年 05月 30日
COTTM2013で開催されたフォーラムの最後のテーマは、「中国の旅行業界は海外不動産投資ブームをいかにビジネスチャンスとするか」というものでした。 こういうストレートなテーマをビジネスフォーラムで討議するというのは、日本の旅行業界ではあまり考えられない気がします。個人投資家を集めた海外不動産投資セミナーを企画するのは異業種の領域だと信じられているからでしょう。日本の旅行業界人の多くは、消費者とともに一途に “旅のロマン”を追い求めることが業界としての使命なのだという自画像を好んでいるように見えます。 これは別に皮肉ではなく、実は中国の旅行業界の人たちも同じなのです。今回B2Bの商談会であるCOTTMの展示会場で見かけた中国の旅行業界人の顔だちを見ていると、これは直感的な言い方にすぎませんが、日本の旅行業界人と同じ人種だと思ったのです。そうそう、こういう顔だちの人、ファッションセンスの人、日本にもいるいる。たとえていえば、育ちがよくて、子供のころから両親に連れられ海外に出かける機会に恵まれ、留学もしたから英語もそこそこじゃべれるのだけど、バリバリビジネスをやる気もないので、つい知り合いのつてで海外の観光局で働くことになった……というようなタイプとでもいいましょうか。中国の対外開放の歴史は30年ですから、日本に比べると、その種のタイプが業界に集まる傾向はより強いといえるのかもしれません。ある意味、“中国人”離れしたタイプ、香港や東南アジアの華僑の資産家の子弟に近い感じといえばおわかりになるかもしれません。 もっとも、その種のタイプが多い業界といえども、ここは中国。“旅のロマン”だけを追いかけても生き延びてはいけない世界です。しかも、これまで述べてきたとおり、「新型旅客」の登場で、従来型のビジネスモデルでは立ち行かなくなりつつある。そんなこの国の業界人にとって“福音”となるのが、中国人の海外不動産投資家のニーズに業界としていかに貢献できるか、という話だというわけです。 登壇したのは、司会進行のProf. Dr. Wolfgang Georg Arlt、CBN China Business Network(中国商務集団)総裁のDr.Adam Wu,Coo、そしてスペインのカナリア諸島で一戸建てヴィラなどの不動産販売を手がけるM&S Fred Olsen SAのCamilla von Guggenbergさんです。 CBN China Business Network(中国商務集団) http://www.chinabn.org/ M&S Fred Olsen SA http://fis.com/fis/companies/details.asp?l=e&filterby=companies&=&country_id=&page=1&company_id=11802 まず、おなじみProf. Dr. Wolfgang Georg Arlt(以下、教授)による趣旨説明から始まりました。なぜ中国の旅行業界は海外不動産投資ビジネスに関心を持つべきなのか、という話です。 教授はこんな話から始めます。先月(2012年3月)、ヨーロッパの主要な都市のいくつかの商工会議所で中国人観光客をテーマとしたワークショップが開かれたそうです。そこでは、いかに中国人観光客を呼び込み、ショッピングをしてもらうか。さらには、中国の投資家にどのようにプロモーションしていくべきか、といった内容が話し合われたといいます。それだけヨーロッパ諸国では、中国の観光客の来訪を歓待しているというメッセージが告げられます。 この話を聞きながら、ぼくは2008~10年頃の日本を思い出していました。その頃、日本ではいまのヨーロッパのような機運が盛り上がっていたからです。この約4年のタイムラグは、ヨーロッパ諸国が中国人団体観光ビザ(ADSビザ)の解禁を日本(2000年)に遅れること、2004年に実施したことを思うと、なるほどという感じもします。 次に、教授は中国の富裕層(high net worth individuals)の海外志向性について触れます。すなはち、1000万人民元以上の個人資産を持つ中国人富裕層の44%は、移住を考えていること。さらに85%が子弟の海外留学を計画している、と指摘します。 そして、中国経済の成長は近年鈍化しているものの、海外旅行は依然拡大基調にあることが説明されます。なんだかバブルが崩壊した1990年代以降も、海外旅行市場が拡大し続けた日本と似ていますね。 いよいよ本題です。中国の旅行業界は、なぜ海外不動産投資ブームをビジネスチャンスとみなすべきなのか。その理由は、ひとことでいえば、業界として顧客のニーズに応えるべきだから、というものです。わかりやすいですね。 教授は説明を続けます。 中国の個人投資家にとって、海外旅行は休暇や買い物を楽しむだけでなく、投資の機会と結びつけて考えられているのがふつうである。彼らは海外の高級な宿泊施設やサービスを体験するだけでなく、投資の機会を狙っている。なぜなら、中国の富裕層は、欧米と違ってすべて自らが起業した第一世代。海外の不動産投資情報についても、代理人に委託するよりも、自分の目で見極め考えるタイプが多い。それが中国の企業家の特性である。 彼らのサポートをするのが旅行業界の役割で、これはビジネスの好機といえる。中国の投資会社も、顧客のために海外の正確な投資情報を入手したいので、海外の事情に通じた旅行業界と協力したいと考えている。近年、中国でも投資家を集めた会員制クラブがいくつもできており、今後彼らを世界に案内する機会は増えるだろう。 実をいえば、中国の不動産投資ブームはいまに始まったものではありません。一般に「旅游地产(Tourism real estate)」と呼ばれ、1990年代にはすでに海南島や広東省などでリゾートホテル開発として進められていました。その動きが進化していくのが2000年代以降です。単なるホテルではなく、一戸建ての別荘やゴルフ場などがまずは国内各地に開発され、2007年のリーマンショック以降、海外に触手が伸びていったのです。 ですから、その動きに旅行業界も貢献するべくビジネスチャンスとしようという話は、ある意味、ごく自然な流れといえるのです。 さて、教授の講釈が終わると、座談会に移りました。登壇者のひとり、Camilla von Guggenbergさんは、欧米の観光客でにぎわうスペインのカナリア諸島でヴィラの投資を呼びかけるため、中国に来たといいます。一方、CBN China Business Network(中国商務集団)総裁のDr.Adam Wu,Cooは、いかにも1980年代早期の海外留学組といった感じの人物で、中国の旅行関係者に向かって投資ビジネスに関心を持つよう語りかけます。 これは日本でもそうですが、中国の大手旅行会社などは、これまで自ら投資して、国内に多数のホテル物件を開発し、運営してきました。しかし、ここで話題となっているのは、自らオーナーとなることではなく、富裕層の海外投資のサポート役となることが、新しいビジネスの可能性なのだということです。薄利多売で大量送客するだけの団体ツアービジネスでは、今後生き延びることは難しいため、富裕層を対象にビジネスを再構築しようという話ですから、それはそれで理にかなっているとは思います。さて、観衆の反応はどうだったでしょうか。 質疑応答の時間はたっぷり用意されていました。この種のイベントでは、中国の人たちは旺盛な好奇心と物怖じしない性格で、どんどん質問が出てくるというのが一般的な光景ですが、さすがに今回ばかりは挙手する人がなかなか出てきません。 そんな息苦しい雰囲気を気にしてか、ある女性が思い立って挙手しました。質問の内容は、Camilla von Guggenbergさんが紹介したヴィラ物件の広さと価格を問うものでした。いきなりカナリア諸島のヴィラに投資しませんか、と言われても、「それっておいくらくらいするものですか?」と聞くのがせいぜいというものでしょう。 その質疑応答が無事すんで、その場もなんとなくホッとしていたところに、突然後ろの席のほうからひとりの男性が立ち上がりました。ちょっと聞き取りにくい英語でしたが、要するに、「カナリア諸島のヴィラにどれだけの投資価値があるのか。もっと詳しく説明しろ」という、かなり詰問調の質問でした。 おそらく彼は本気でその質問をしているのではなかったと思います。むしろ、そんな誰も知らない海の向こうの投資話をここですることに、どんな意味があるのか。もっと現実的で、業界のビジネスに直結する話をするべきではないか、というワークショップの主催者に対する異議申し立てのように感じました。その気持ち、わかりますよね。なぜなら、観衆としてここにいるのは、投資家の人たちではないからです。 こうして最後はちょっと気まずい雰囲気のまま、「詳しい物件の話は、あとで個人的にご質問ください」という教授のことばで締めくくられたという次第ですが、いかにもいまどきの中国らしい光景だと思いました。 中国で不動産投資を目的に海外に出かけようと考えている個人投資家はずいぶんいると考えられます。実際、彼らは日本にもやって来ています。 最近では、中国の投資家もただ海外の物件を購入し、資産価値を担保したうえで、家賃収入で儲けようという従来通りのタイプだけではなく、中国にはまだないさまざまな優良施設の運営ノウハウを取り入れ、自国で投資したいというニーズもあるようです。 彼らの存在をどう扱うかという話は、実のところ、我々にとっても新しいインバウンドビジネスの可能性のひとつとして、決して遠い話とは言えないのです。
by sanyo-kansatu
| 2013-05-30 11:44
| “参与観察”日誌
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