2013年 07月 11日
先日、北朝鮮の旅行ガイドブック「朝鮮観光案内」(1991)を紹介したばかりですが、発行元の朝鮮新報社のサイトを見ていたら、「朝鮮 魅力の旅」というガイドブックの改訂版が2012年4月1日に刊行されていました。 そこで、今回は「朝鮮 魅力の旅」の中身を覗いてみたいと思います。 「朝鮮 魅力の旅(改訂版)」 http://chosonsinbo.com/jp/dprk_guidebook/ 体裁はA5版変形、オール4色、96ページ。いまは絶版となった「地球の歩き方ポケット版」と同じ縦長の版型です。表紙も女性好みのイラストです。91年版が「革命の聖地」白頭山の天池の写真だったのに比べ、ずいぶんソフトな印象を与えています。 表紙のサブタイトルからしてこうです。 「平壌、妙香山、開城… 社会主義・朝鮮の名勝地と歴史を巡る 平壌グルメの情報も満載」 「社会主義・朝鮮」…ん? わざわざなんでそれを言う? 「平壌グルメ」…ほぉ、何だろう? いろいろ気になりますが、まず目次から見ていきましょう。 1. 平壌(6-27) 地図・平壌市中心部 / 万寿台地区・大同江周辺 / 楽浪地区・西城地区など / 万景台地区 他 2. 平壌グルメガイド(28-49) 玉流館 / 平壌タンコギ / 普通江畔商店3階食堂 / 民俗食堂 / 平壌オリコギ専門食堂 他 3. ショッピング(50-51) 朝鮮人参関連商品 / 化粧品 / チマ・チョゴリ / 切手 4. ホテル(52―53) 平壌高麗ホテル / 羊角島国際ホテル / 平壌ホテル 他 5. 地方の観光名所(54-85) 妙香山 / 開城 / 金剛山 / 白頭山 / 元山 / 七宝山 / 南浦 / 九月山・沙里院 6. 旅のアドバイス(86-95) これだけ知ってれば安心 / 朝鮮入国と出国 / 旅に役立つ朝鮮語ミニ辞典 / 空港案内 他 今回も気になったことや引っかかったことを以下、書き出していきましょう。 まず巻頭の見開き「朝鮮民主主義人民共和国・地図」です。91年版のように韓国も含めて「これ全部わが国の領土」という無理やり感はありませんが、今回も南北境界線はもとより中国やロシアとの国境線も地図に入っていません。現在の国境は暫定的なものにすぎないという認識なのでしょうか。 次に見開きの大扉「ようこそ朝鮮民主主義人民共和国へ」。興味深いので、リード文を以下書き出してみます。 「朝鮮民主主義人民共和国は、東アジアの朝鮮半島の北部を領土とする国家。最大の特徴は独特の社会主義体制をとっていることで、他の国々とは違った趣きがあり、それが観光の魅力ともなっている。首都・平壌を中心に社会主義国家を象徴するモニュメントが点在する。また、5000年の歴史を誇り、高句麗壁画古墳をはじめとする数多くの遺産が悠久の歴史を感じさせる。そして、豊かな自然、人々の素朴さが魅力だ。豊富な海・山の幸を使った食もリーズナブルな値段で楽しめる」 ここでもあえて「社会主義」に触れたこと、5000年の歴史というくだりに、あれっ?という感じもしますが、高句麗壁画古墳や海・山の幸をリーズナブルに楽しめるといった一般ウケしそうなアピールポイントも盛り込まれています。 何より大きな違いは、91年版に掲載されていた「人民大学習堂の展望台に立つ金日成主席と金正日書記」のような国家の領導ではなく、平壌の一般市民を撮った複数の写真で大扉のヴィジュアルが構成されていることです。 本編は、やはり万寿台の紹介から始まります。「パリの凱旋門より大きい(凱旋門)」というのはちょっと笑いましたけど、「地下100メートルの宮殿(平壌地下鉄)」「朱蒙の武勇を今に伝える(東明王陵)」といったぐあいに、JTBのるるぶ情報版的なコンパクトな小見出しの付け方も、91年版との大きな違いです。本編のデザインも、最近の日本では主流の小型化したポケットガイドのスタイルで、とても読みやすくなっています。単につくり手の世代交代が進んだだけなのかもしれませんけれど、日本の読者に受け入れやすいよう努めていることは伝わります。 91年版にはなかった「朝鮮民族の始祖が眠る 檀君陵」が登場しているのもポイントでしょう。「5000年」のくだりは、これが根拠なわけですから。 なんといっても本書の最大のウリは「平壌グルメガイド」でしょう。22pを使った豪華版で、市内21のレストランやビヤホールが各店1ページずつ紹介されています。それぞれ料理の写真も豊富に使われています。イタリアンレストランや狗肉専門店なども載っています。ツアーで平壌を訪ねれば、このうちのどれかの店に行くことになるのでしょう。 ショッピングのページは見開きのみ。平壌土産の4アイテムは、朝鮮人参、化粧品、チマ・チョゴリ、切手だそうです。ホテルのページも今回は数軒が載っているだけの軽い扱いです。 91年版では詳しく紹介されていた地方都市のページはなくなり、「地方の観光名所」として妙香山 、開城、金剛山、白頭山、元山、七宝山、南浦、九月山、沙里院が厳選されて紹介されています。基本的に、外国人観光客が訪れることができるのは、だいたいこのあたりなのでしょう。そういう意味では、改訂版では全体として掲載案件の絞り込みに注力したことがわかります。 それ以外では、91年版の重要な構成要素だった「あらまし」の章もなくなっていました。北朝鮮という国家の基本的な理解のための同国の自然や歴史、生活、政治、文化などを紹介した章はもう不要というわけでしょうか。代わりに、服装や持ち込み品、撮影に関する禁止事項などの実用情報が書かれた「旅のアドバイス」や出入国の手順、モデルコースなどがありました。 さて、ざっと本書の中身を覗いてみたあとの正直な感想は「なんだかこれではふつうの国みたいだなあ……??」です。 北朝鮮は新しい領導が登場した2012年上半期、積極的に日本をはじめ海外の国々に誘客を働きかけました。実際、多くの日本メディアが平壌を中心に北朝鮮に入国し、映像や写真を配信しました。おかげでぼくも羅先にそろっと入り込むことができました。 しかし、それもつかのま。核実験騒動で夏以降、外国人の姿は北朝鮮から消えました。ヨーロッパ客もいたので、まったく外国客が消えてしまったわけではないですが、少なくとも中国客は大きく減りました。 そして、2013年。北朝鮮は再び誘客を働きかけています。同国にとって観光は数少ない有効な外貨獲得の手段であるという認識は変わっていないからです。 それでも、今後もしばしば中断は起こるに違いありません。行きつ戻りつを繰り返すことでしょう。北東アジアの国々を見ていると、まるで前後の脈絡は関係ないかのように、相矛盾することを平気でしてきます。歴史的にずっとそうです。それは国内の権力闘争という側面もあるでしょうが、結局のところ、中国という超大国と国境を接するゆえに、そのプレッシャーに押しつぶされることなく、なんとか独自路線を貫こうとしてもがいている姿なのだと見ることもできます。 91年版に比べ、見かけも中身も大きく変わった北朝鮮ガイド「朝鮮 魅力の旅」を見て、あれこれ揚げ足取りするのはたやすいことです。そんなことより興味深いと思うのは、これは当然のことなのでしょうけれど、観光で来朝した外国人に自分たちの存在や価値を認めてもらいたいという強い思いが彼らの中にあることです。 自分たちをこう見てほしいと思う彼らの自画像は、必ずしも国際社会が好ましいと考えるものではないため、これからも依然緊張は続くのでしょうけれど、昨年の旅でぼくも彼らの思いは少し理解できました。それを理解しない限り、物事の進展はないように思います。難儀な話ですけれどね。 この新装ガイドブックを手にして平壌を訪ねてみるのも面白いのでは。最近そう考えているところです。
by sanyo-kansatu
| 2013-07-11 15:43
| 朝鮮観光のしおり
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