2013年 07月 29日
国内初の格安航空会社(LCC)、ピーチ・アビエーションが就航して今年3月で1年を迎えました。ジェットスター・ジャパンとエアアジア・ジャパン(その後、ANAとエアアジアは合併解消。バニラエアとして生まれ変わる)も少し遅れて昨夏営業開始。2012年は日本の空に本格的なLCC時代が到来したといわれています。新聞各紙は、「空の価格破壊」と話題を呼んだ就航1年後のLCCをめぐる国内外の動向を伝えています。 「LCC新路線で需要開拓 海外勢との競争激化」(読売新聞2013年5月18日) 「国内の格安航空会社(LCC)3社が路線拡充に力を入れている。就航からほぼ1年で認知度も上がり、4~5月の大型連休中の乗客数も順調に推移した。海外勢の参入など競争激化が予想されるなか、新規路線の開設で新たな需要を取り込む考えだ」 ●主な国内LCC(2013年7月31日現在) ピーチ・アビエーション ジェットスター・ジャパン エアアジア・ジャパン 就航時期 2012.3.1 2012.7.3 2012.8.1 拠点空港 関西国際空港 成田国際空港 成田、中部国際空港 路線数 10路線(国内7、国際3) 13路線(国内のみ) 9路線(国内5、国際4) 主な路線 関空-新千歳、仙台、那覇 成田-関空、新千歳、 成田-新千歳、福岡、那覇 関空-仁川、香港、台北 大分、関空-福岡 成田-台北、中部-仁川 主な新路線 関西-新石垣(6.14) 成田-鹿児島(5.31) 成田-台北(7.3) 関西-釜山(9.13) 成田-松山(6.11) 使用機体 9機 13機 5機 累計利用者 200万人(5.7現在) 100万人(3.22現在) 50万人(5月末) 搭乗率 80%前後 72.0% 62.6% 遅延率 18.74% 19.77 % 35.84% 主な株主 ANA JAL、カンタス ANA、エアアジア(合弁解消) 「ただ、エアアジアが就航予定の成田-台北先には、シンガポール航空の子会社のLCCが既に就航している。茨城-上海線など国際3路線を運航する中国の春秋航空も、日本の国内線への就航方針を表明した。拡大する日本のLCC需要の取り込みを狙う海外勢との競争は激しくなる」としています。 では、LCCは日本の旅行シーンにどんな影響を与えたのでしょうか。 「LCC就航1年 生活スタイル変わった 沖縄に移住、東京へ“通勤”」(日経MJ2013年3月20日) 「大手航空会社に比べて半分以下の運賃で提供する移動サービスは、消費者のライフスタイルを大きく変え始めた。手軽にアジアや北海道の日帰り旅行を楽しむ若者が増え、沖縄県に移住して都内に“通勤”する人も出てきた」といいます。 同紙では、「長距離移動のコストは下がっている」として、LCCによる長距離移動と既存の交通手段による近距離移動の運賃格差が消滅している事例を挙げています。 ・東京~札幌 往復4960円(エアアジア・ジャパン セール運賃の最安値) ・東京~松山 往復3980円(ジェットスター・ジャパン キャンペーン運賃) ・大阪~ソウル 日帰り往復7400円(ピーチ・アビエーション、平日) ・東京~箱根 往復4040円(小田急電鉄特急利用) ・大阪~白浜(和歌山県) 往復9240円(JR特急利用) ・神戸~大分 往復1万円(フェリーさんふらわあ、週末) 「移動コストの安さなら国内の観光地より、距離的に遠いアジアを選ぶ動きがLCCで加速する」「宿泊旅行が中心だった北海道や沖縄、近隣のアジア地域も、近所に行く感覚で旅行する『日帰りエリア』に一変させた」そうです。 そのぶん、「浮いたお金、旅行先で消費」(同上)「日帰りしない人は、安い航空運賃で浮いたお金を節約せずに、ホテルの宿泊や買い物の予算を増やすケースなどが少なくない」と、大手航空会社を利用した場合との運賃の差額分を現地での消費に使うという傾向が出てきたといいます。 LCCの登場は、他の交通機関にも影響を与えています。 「フェリーや高速バス 『移動+α』で対抗探る」(同上)では、大分~神戸を結ぶ大型フェリー「さんふらわあ」の0泊3日往復1万円(週末)の人気を紹介しています。いわばそれは「弾丸フェリー」。LCCと同程度の安さに加え、寝ているうちに目的地まで運んでくれることで、2泊分の宿泊代を浮かすことができます。 その一方、「安さを武器に年間750万人が利用する高速ツアーバスは、LCCの登場で顧客が流出する路線が出てきた」そうです。確かに、LCCと高速ツアーバスは競合関係にあるのかもしれません。 週刊トラベルジャーナルでは、「日系LCC効果を検証する ピーチ就航から1年」(2013年3月11日号)という特集を組んでいます。LCC効果は以下の3点です。 ①「航空市場の変化 若年女性中心に新規需要創出」 ここでは、LCCを誰が利用しているのか検証しています。同誌によると、「LCC利用者のプロフィール」」として以下の5つの属性を挙げています。 ・旅行頻度の低い層ほど利用 ・収入階層の低い層ほど利用 ・20代の利用率が最も高い(40代以上は低い) ・泊数の長い旅行ほど利用 ・ひとり旅の利用率が高い(家族旅行は低い) (公益財団法人日本交通公社「旅行者動向調査2012年」結果速報から) これは日本のLCCの利用実態を物語る興味深い指摘といえます。 「LCCの先駆的存在であるライアンエアーが新規需要を40%創出したという、いわゆるライアン効果が認められたヨーロッパでは、高頻度で旅行を繰り返すリピーターがLCC需要を支えた。旅慣れた人々がLCCの価値を認め、良さを引き出した。一方、東南アジアでは高速バスからLCCへ需要がシフトし、これまで飛行機を使った旅行に縁のなかった人々が猛然と旅行に出るようになった。 では日本ではどうなのか。(中略)『旅行頻度の低い層ほど利用率が高く、収入階層の低い層ほど利用率が高い』。また年代別では20代の利用率が最も高く、40代以上の利用率は低い傾向も確認された」といいます。 日本人のLCC利用は、現状では、旅慣れた旅行者の利用が多いヨーロッパ型というより、これまで飛行機に乗ることのなかった層の利用率が高い東南アジア型に近いようです。 ②「人的流動の変化 就航地の客数増くっきりと」 ここでは、LCCが就航地への観光客数にどんな影響を与えたかを検証しています。たとえば、LCC3社のうち、ジェットスター・ジャパンとエアアジア・ジャパンの2社が運航している成田/新千歳、成田/福岡、成田/那覇の場合、宿泊者統計をみると、それぞれ観光客は増えているようです。 LCC就航による観光客の押し上げ効果について、福岡市議の以下のコメントを紹介しています。 「LCCには、既存の航空会社から需要を奪うというよりは、低運賃を武器に手軽に観光やビジネスを飛行機で利用する機会を作り出し、これまで航空機を利用しなかった人の掘り起こしによる新規需要の創出、市場拡大が期待されている」。 ③「ビジネスの変化 新商品開発など商機うかがう」 ここでは、新たに登場したLCCを利用したツアー商品について紹介しています。たとえば、JTBはジェットスター・ジャパン就航と同時に同社利用の北海道や沖縄ツアーを催行。エイチ・アイ・エスも、北海道や沖縄、福岡線を利用した長崎のハウステンボスのツアーを始めているそうです。ネットによる直販がビジネスモデルのLCCですが、現状の日本のマーケットでは旅行会社との連携は欠かせないようです。 さて、順風満帆に見える日本のLCCですが、6月11日、エアアジアとANAの提携解消が報道されました。 「ANA、エアアジアと合弁解消 『日本流』文化の溝埋まらず」(産経新聞2013年6月30日) 「価格破壊で話題を呼んだ日本の格安航空会社(LCC)が岐路を迎えている。ANAホールディングス(HD)と、マレーシアのLCC大手エアアジアが、不振が続く合弁事業の解消で合意した。ANAHDは、両者が共同出資するLCCエアアジア・ジャパンを完全子会社化する。破談に至ったのは、日本流ビジネスをめぐる対立の溝を埋められなかったからだ」。 同紙によると、「合弁解消の理由」として、以下の点を挙げています。 ①利用客の低迷 「月別の利用率は、直近でも53%台と採算ラインとされる約7割を割り込んだまま。84%に達する同じANA系のピーチ・アビエーションとは対照的」「主要拠点に成田空港を選んだことが響いた。成田は騒音問題を抱え、夜11時以降は原則、離着陸できない。1日に何度も機体を往復させて利益を絞り出すLCCは、“門限”に戻れなければ翌朝の初便が欠航するなどの打撃を受ける。運航ダイヤが正確な日本の空の旅に慣れた利用客が離れる一つの要因となった」 ②コスト削減の手法の溝 「エアアジアなど海外の一般的なLCCは、航空券販売をウェブサイトによる直販にほぼ特化している。ただ、日本では旅行会社経由の販売の比重が大きい。そこでピーチは直販にこだわらず、旅行会社15社に航空券を卸している。エアアジア・ジャパンも1月から、中堅旅行会社のビッグホリデーに航空券を卸し、3月の利用率は76%台に増えた。ところが、『コストがかさむとマレーシアの本社が待ったをかけた』(関係者)こともあり、4月以降の利用率は急降下した」 ③サイト運営 「費用節約のためにエアアジアと共通化したサイトは当初、英語が多用されるなど日本人にとって使い勝手が悪かった」 結果的には、「合弁解消は、業績低迷に業を煮やしたエアアジアが持ち出した」といいます。 もっとも、両社の提携解消は“異文化ギャップ”だけが理由ともいえなさそうです。 「日本の空、ガラパゴス化? LCC時代 世界に広がる航空再編」(日本経済新聞2013年7月10日) 同紙は、海外に比べ、「日本のLCCの旅客の伸びはいまひとつ」と指摘し、その理由をこう述べています。 「(日本のLCC旅客の伸びに)弾みがつかない理由の一つは空港の制約だ。日本はLCCの育成策を打ち出したのが航空自由化推進を宣言した09年以降。しかも、羽田空港の発着枠がほとんどLCCに与えられないまま政策が進められた。東京から遠い成田や地方空港だけでは経営は難しい」。 これはエアアジアがANAとの提携を解消した理由と重なります。 一方、海外に目を転じると、世界の航空再編のなかで、LCC台頭の動きが最も著しいのはアジア・オセアニアだといいます。もともとオーストラリアのカンタス航空から生まれたジェットスターはいまやカンタスの売上高を上回る規模に成長しているとか。レガシーキャリアからLCCへの規模逆転が起きているというのです。 「ボーイングの予測によれば、アジアの旅客需要は32年まで毎年6.5%と最も高いペースで膨らむ。LCCがけん引役となり、南アジアや東南アジアではLCCの比率が現在の5割超から7割程度まで伸びる可能性がある」といいます。 だとすれば、アジア・オセアニアのLCCは今後日本への乗り入れを加速することでしょう。それは、アジア客の訪日をますます促進することにつながると考えられます。 実際、今年3月に開港した沖縄県の新石垣島空港には、台湾からすでにLCCの新規就航が始まっているようです。 ※「新空港開港で石垣にインバウンド客は増えるのか?」を参照。 また以前、本ブログでも、訪日韓国人や台湾人が増えた背景として、円安に加えて、LCCの相次ぐ就航もあることを「LCC就航拡大 韓台から若者来やすく」(日本経済新聞2013年6月9日)という記事を通して紹介したことがあります。今後、東南アジア発の新規のLCCが就航すれば、東南アジア客にも同じような動きが起こることでしょう。 ※「「訪日韓国人 回復進む 円安ウォン高で拍車」【2013年上半期⑤韓国客】」を参照。 最後に、主なアジア・オセアニアのLCCグループを挙げておきます。 ●エアアジア(マレーシア) エアアジア・タイ、エアアジア・インドネシア、エアアジア・フィリピン、エアアジア・インディア、エアアジアX (エアアジア・ジャパンはANAとの合弁解消) ●ジェットスター航空(オーストラリア) ジェットスター・アジア、ジェットスター・パシフィック、ジェットスター・ジャパン、ジェットスター香港 ●タイガー・エアウェイズ(シンガポール) タイガー・オーストラリア、マンダラ航空(インドネシア)、SEエア(フィリピン) ●ライオン・エア(インドネシア マリンド(マレーシア) これらに中国や韓国、台湾、タイ、そして日本のLCCが加わることで、日本のインバウンドの中身も変わっていくことになるのでしょう。 【追記】 2013年7月30日、ANAホールディングスは先ごろエアアジアとの提携を解消したエアアジア・ジャパンを12月末から新ブランドで運航すると発表しました。 「LCC 2年目の一手」(朝日新聞2013年7月31日) 「日本の空にLCC3社が登場して1年。各社とも、先行した海外流の安さだけでない日本型を模索する」 同紙では、エアアジアとの提携を解消した背景を紹介しつつ、「ビジネス客は羽田の方が厚いが、成田は内外のリゾート路線で利用が見込める。国際線は単価が高い」というANA執行役員のコメントを紹介し、同社の新ブランドへの切り替えの方向性を伝えています。 そして最後にこう付け加えています。 「『LCC元年』とされた12年度、国内線の旅客数は6年ぶりに増えた。ただし3社のシェアは計3.2%で、3割超の欧米やアジアにはまだ遠い」
by sanyo-kansatu
| 2013-07-29 17:19
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