2013年 08月 22日
7月下旬、日本政府観光局(JNTO)は、今年度上半期(1月~6月)の訪日外国人客数が過去最高の495万5000人になったことを発表しました。これで訪日客1000万人という政府目標の達成もようやく視野に入ってきたといえるでしょう。 地域別には、東アジアの韓国、台湾、香港に加え、アセアン諸国の伸び率が顕著で、唯一中国だけが減少しているという興味深い結果が出ています。 なぜ訪日客は増加したのか。今回は、メディアの報道を中心にその理由を整理したうえで、国・地域ごとにそれぞれ異なる市場の特徴や攻略のヒントを見つけていきたいと思います。 アジアの中間層の増加とLCC路線網の拡大 新聞各紙は、今年訪日客が増加したいちばんの理由として、安倍政権の経済政策「アベノミクス」による円高是正を挙げています。身もふたもない話ですが、日本円が安くなったから観光客が増えたというわけです。さらに、東日本大震災から2年たち、ようやく海外でも原発事故に伴う風評被害が収まってきたことも指摘しています。 加えて、アセアン諸国の訪日客の急増で尖閣問題以降の中国客の減少をカバーしたこと。百貨店の免税品売上も、中国客に代わってアセアン客が貢献。東京や関西など大都市圏だけでなく、九州や北海道などの地方都市にアセアン客が増えていることを報じています。 この上半期に訪日客数の伸びで最も目立ったのはタイ(前年度比52.7%増)で、ベトナム(同52.1%増)、インドネシア(同50.1%増)とアセアン諸国が続き、次いで台湾(同49.4%増)、香港(同43.1%増)、韓国(同38.4%増)と東アジアの国・地域が並びます。 ただし、東アジアの国・地域とアセアン諸国では、昨年までの渡航者数が大きく違うため、全体の数でみれば訪日客の増加に実際に貢献しているのは、むしろ東アジアの国々であり、その勢いを見逃すことはできません。とはいえ、アセアン諸国からの訪日客の増加は、東アジアに比べて後発市場であったこの地域でも、海外旅行に出かけられるような可処分所得を手にした中間層が増加していることを意味します。そこに狙いを定めた政府によるアセアン諸国への観光ビザの緩和が続けざまに出されたことで、彼らの存在がニューカマーとして大きく注目されたのは当然のことでしょう。 ※さらに詳しい分析については、中村の個人blog「「東南アジア客急増 中間層が拡大 円安も追い風」【2013年上半期②外客動向】」を参照。 訪日客増加のさらなる理由には、格安航空会社(LCC)の相次ぐ就航もありそうです。 「LCC元年」と呼ばれた2012年の国内格安航空会社3社の就航から1年を迎え、今年の大型連休のLCCの乗客数は順調に伸びてきたといわれています。欧米や東南アジアに比べると、LCCの利用はまだ少ない日本ですが、今後海外勢の参入によって競争激化が予想されます。なかでも訪日客数トップ2の韓国と台湾はすでにいくつかのLCCが就航し、訪日客の増加に結びついていると考えられます。 ※LCCの最新動向については、中村の個人blog「LCCはアジア客の訪日旅行の促進につながるか?【2013年上半期⑫LCC】」を参照。 今年に入って大都市圏のシティホテルの稼働率は上昇しているそうです。訪日客に加え、景気回復に伴う国内客の客足も戻ってきているからです。そのため、「週末の都内のホテルの客室確保が難しくなっており、特に土曜日は東京以外の場所に宿泊するようなツアーの旅程を組まざるを得ない」というアジア客を扱うランドオペレーターの声も出ているほどです。 ※ホテルの最新動向いついては、中村の個人blog「東京・大阪のホテル稼働率は震災前を大きく上回る水準に【2013年上半期①ホテル】」を参照。 その一方で、東日本大震災で被災した東北を訪れる外国人客は回復していないようです。 今年5月の大型連休の東北の宿泊予約数は震災前の2010年の水準を超えたことから、国内客の東北観光が本格的に回復してきたのとは対照的です。 アベノミクスによる円安が、訪日客の増加とは逆に、日本人の旅行需要の国内回帰をもたらし、それが東北観光の追い風となっている面があるようです。さらに、震災以降各地で続けられた被災地応援ツアーや、NHKの大河&朝ドラ効果(『八重の桜』『あまちゃん』)が結びついて、国内客がどっと東北を訪れているということです。こうした東北観光の盛り上がりが、外国人客にもっと伝播していかないものか……。それがちょっと残念です。 ※東北の観光事情については、中村の個人blog「東北に外国人客は戻ったのか?【2013年上半期⑨震災2年後の東北観光】」を参照。 韓国、台湾、香港では「今行かなきゃ!」って感じ 次に、国・地域ごとに異なる市場の中身について見ていきましょう。 まず訪日客数トップの韓国から。実は、韓国では東日本大震災後、原発事故への警戒感が強く、訪日客の回復が最も遅れているといわれていました。それが今年に入って、ようやく動き出してきたようです。 その一方で、「韓流ブーム 冬の気配 竹島・円安で観光客急減」(朝日新聞2013年4月16日)と、韓国を訪れる日本人は急減という対照的な構図も報じられています。なんとも皮肉なものです。 ではなぜ訪日韓国人が増えたのか。日本のインバウンドにとって最大かつ先行市場である韓国は、アセアン市場と違って、旅行会社の催行するツアーに頼らないFIT(個人旅行者)が主役です。それだけに、LCC就航拡大の影響が大きいのです。円安ウォン高効果にLCCによる渡航費用の軽減が重なり、彼らの訪日意欲を高めたといえそうです。 ※訪日観光客の増加の背景については、中村の個人blog「「訪日韓国人 回復進む 円安ウォン高で拍車」【2013年上半期⑤韓国客】」を参照。 同じく台湾は、上半期の伸びも大きいですが、6月単月に限ると、なんと前年度同月比80%増という驚異的な伸びを見せています。すでに上半期で100万人超えも果たしました。この調子で台湾客が、夏以降も来訪してくれることを期待したいところです。 それにしても、6月というオフシーズンに、なぜこんなに台湾客が増えたのか。以前、本連載にも登場していただいた現地情報誌『ジャパンウォーカー』(台湾角川)の鈴木夕未さんに質問したところ、こんな返信をいただきました。 「訪日客が増えている理由はやはり、円安だから。これに尽きます。おかげさまで『ジャパンウォーカー』の売上は好調です。これは香港でも同じで、現地の人たちに聞いても『今行かなきゃ!』って感じ。みんなそう言っています。 もうひとつは、6月が日本の梅雨ということで、通常より相当安いツアーが出回ったせいだと聞きます。私の友人も東京ディズニーリゾートに行くツアーがとても安かったといって、元々予定していなかったのに、息子を連れて日本に行きましたよ」 何はともあれ、円安が起爆剤。東アジアではもはやFITが主人公です。韓国、台湾、香港では「今日本に行かなきゃ!」という気分が生まれているようです。それは円高だった昨年、日本人の海外旅行者数が過去最高になったのと同じ心理でしょう。 なかでも最も成熟しているのが、訪日客の7割以上がFITという香港市場です。アジアの中でも彼らほど海外渡航に慣れている人たちはありません。香港人の国際感覚は、我々一般の日本人の水準をはるかに超えているといってもいいでしょう。 そんな香港のFITをどう攻略するか。今年度、日本政府観光局(JNTO)香港事務所では、「『Rail & Drive』を活用した新しい訪日旅行のスタイルをテーマにしたプロモーションを『a different Japan Rail & Drive』と名づけて展開」しているそうです。 『Rail & Drive』とは何か。現地日本語メディアの香港経済新聞では、以下のように解説しています。 「香港人で日本旅行に行く人は4人に1人が10回以上の渡航経験を持つ。75%がFITと呼ばれる個人旅行客で、最近では電車やレンタカーを駆使して旅行行程を組むパターンも多い。日本人が観光するのと同じように、香港人が電車を使ったり、レンタカーを予約するなど高度な旅行プランを組めるようになったことで、これまで外国人観光客が訪れることが少なかった地域にも香港人が現れるケースはさらに増えそうだ」 つまり、日本人が国内旅行するのと同じように、香港の人たちにも鉄道や飛行機とレンタカーを組み合わせて訪日旅行を楽しめるように情報提供していこうというのです。それは日本人がハワイやアメリカでレンタカーを借りてドライブするのと同じことです。 ※香港の訪日客の動向については中村の個人blog「香港客大躍進の背景に「Rail & Drive」プロモーションあり !? 」を参照。 アセアン客向けの魅力的な富士山ツアーがない? 一方、後発市場のアセアン諸国ではシンガポールを除くと、まだ団体ツアーが主流です。 この夏、アセアン客の動向に確実に影響を与えているのが、富士山の世界遺産登録です。これまで彼らも団体ツアーで必ず富士山に立ち寄っていたのですが、こうして国際的にハクがついたことで、日本に旅行するのなら、これまで以上に必ず行かなければならない重要スポットになったといいます。ただし、ツアーバスで五合目に立ち寄るというような、ごく一般的な体験では物足りないとも感じているようです。 日本の旅行各社は、世界遺産登録を機に増加が見込まれる外国人客向けの多彩な富士山ツアー商品を企画しています。たとえば、4つある登頂経路のうち、最も一般的な富士吉田ルートではなく、南山麓の富士宮ルートを山岳ガイド付きでじっくり登るツアーなど。まさに本格的なFIT向けのツアーといえそうですが、英語ガイドがほとんどで、対象は旅慣れた欧米客に限られると思われます。アジアにも英語を話せる人は多いので、一部参加している人たちはいると思いますが、現状ではアジア客向けとはいえないようです。 この点について、一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁理事長は、「アセアン客向けの魅力的な富士山ツアーがない」とはっきり言います。これはどうしたことでしょう。 ※外国人向けの富士山ツアーについては、中村の個人blog「富士山の世界遺産登録は訪日外客にも確実に影響を与えています【2013年上半期⑪富士山1】」、「外国人向け富士山ツアー、続々登場! ただし、欧米客向けがほとんどか【2013年上半期⑬富士山2】」を参照。 アセアン客向け「FITパッケージ」とは何か? AISOの王一仁理事長は続けてこう説明します。 「この夏、東南アジアからの訪日客が増えていますが、彼らはアベノミクスで日本は変わったと感じています。ビザ緩和でこれまでの閉鎖的な印象が変わり、円安で行きやすくなったこともあるため、日本は自分たちに対してオープンになったと好意的に受けとめているのです。 東南アジアのほとんどの人たちが日本に来たら富士山に行きたいと考えています。確かに、団体ツアーでも五合目に立ち寄って、山中湖や河口湖の温泉旅館に泊まるコースが組み込まれています。しかし、最近弊社が関わっているシンガポール市場では、団体ツアーは人気がありません。彼らは香港ほど成熟していませんが、それでもFITを好むのです。日本政府観光局の調べでも、シンガポール市場はFITの比率がアセアン諸国の中で最も高いといわれています。 弊社はランドオペレーターですから、FIT客を直接扱うことはありません。ランドオペレーターはいわば海外の現地旅行会社のサポーター。彼らが現地でツアー客を集められるような企画を提案するのが本分です。ところが、先ほど言ったように、シンガポールではFITが多いため、旅行会社がツアー客を集めるのが以前よりずっと難しくなっているのです。 では、シンガポールのFITは日本に来て、本当に自由でリーズナブルな旅を楽しめるのか。それは無理というものです。たとえば、個人で富士山に行くには、ホテルの予約はできても移動手段の確保が大変です。彼らは日本へのフライトはLCCやマイレージを使って安く移動できても、日本の中では同じようにはできないのです。 そこで、私がシンガポールの旅行会社に提案しているのが『FITパッケージ』です。これは、ひとことで言えば、FITの乗り合いバスです。つまり、FITの人たちはフライト予約や東京のホテル手配は各自でやりたがるとしても、来日してからであれば、同じバスに乗って1泊2日のオプショナルツアーに参加することは厭わないのです。 たとえば、弊社が企画した富士山1泊2日のツアーでは、予約申し込み者の宿泊する都内のホテルを回って参加客を拾い、箱根、芦ノ湖、富士五湖を訪ね、山中湖の温泉旅館に泊まります。翌日は、山中湖花の都公園で初夏はラベンダー、夏はひまわりを鑑賞し、御殿場アウトレットで買い物して都内に帰るというものです。 一般に日本の旅行会社が催行する富士山の外国人向けオプショナルツアーは日帰りコースが多いのですが、弊社のツアーでは1泊2日にするのは理由があります。東南アジア客の多くは、富士山に登りたいというより、富士山の見える温泉旅館でゆっくり一泊したいと思っているからです」 王理事長がシンガポールの旅行会社向けに提案した富士山1泊2日のオプショナルツアーの内容は、ぼくの目から見ると、通常の団体ツアーのコースとそれほど変わらないという印象でした。欧米客向けほど本格的でなくてもいいから、もう少し特別な場所を訪ねるとか従来にはないアイデアや付加価値が必要ではないのだろうか。失礼を承知で「ツアーの内容はわりと一般的なものですね。これでシンガポールのお客さんは満足するのでしょうか」と疑問をぶつけたところ、王理事長は次のように答えました。 「大事なのは、シンガポールのFITのニーズは何かを知り、それに合わせることです。弊社のツアーでは、富士山の五合目には行かないことにしています。この夏、五合目周辺はバスで大混雑になることが予想されます。せっかく訪ねた富士山のイメージが悪くなってしまうのが心配です。それに、五合目からの眺めが必ずしもいいとはいえないですから。富士山はもっと遠くから眺めたほうが美しいものです。眺めのいいポイントをいくつか選んで案内するほうがお客さんに喜んでもらえるんですよ」 確かに、熱帯で暮らす東南アジアの人たちは山歩き、いやそもそも外で歩くことがあまり好きではないそうです。だとすれば、見る場所や季節によって大きく変化する富士山のビューポイントを複数取り入れるとウケるのかもしれません。富士山ならまず五合目に行くものだという固定観念は不要と考えるべきなのです。 それに、王理事長のいう「FITパッケージ」には、旅本来の楽しみがありそうです。団体ツアーに参加すると、自国の空港で集合してから帰国するまで、ずっと同じ顔ぶれでツアーを続けることになりますが(シンガポールの人たちはそういうスタイルがもう嫌なのでしょう)、各自が日本に来て、1泊2日だけ同じオプショナルツアーに参加した仲間とつかのまの時間を共有する。それがお仕着せの旅ではない価値を生むことになるのではないでしょうか。 今後は参加する人たちの国籍も増えることでしょう。シンガポール、タイ、マレーシアなど、さまざまな国から来たFITたちが、つかの間の出会いを楽しみ、東京に戻れば、それぞれホテルに別れていく。そんな一期一会の世界が“乗り合いバス”です。この種のバスツアーは、はとバスなどが企画するツアーにもあるのですが、それをいかに現地で販売するかが鍵になります。そこで強みを発揮できるのは、現地の旅行会社でしょう。 これからの時代、東アジアだけでなく、アセアン諸国でもFIT化が進むことでしょう。でも、彼らが日本に来て個人で体験できることはまだ限られています。日本の国内旅行市場は成熟し、多彩な旅行商品があふれていますが、海外からの観光客にとって日本人と同じように、それを享受するのはたやすくはありません。日本はまだそれほど英語が通じる社会ではありませんし、そもそも日本人と彼らの求めるものは同じではないからです。 そういう意味でも、「FITパッケージ」という着想には虚をつかれたところがありました。正直に言えば、最初は「こんな程度の中身でいいのか?」と思ったのですが、王理事長の話を聞いていくうちに、実際の海外からの旅行者のそばにいて、彼らのニーズを常にうかがっていなければ、こういう商品は作れないと実感しました。実は、我々がいちばん苦手なのは、こうした作業なのではないかと思います。 しかし、東南アジアのFIT向けのオプショナルツアーは、富士山以外にもいろいろあってよいはずです。彼らが富士山の次に行きたいのはどこなのか。いまさらながらという気もしてしまいますが、実はそこから考えていかないとお客は集められないものだということを、今回は王理事長に教えられた次第です。 ※やまとごころ.jp http://www.yamatogokoro.jp/column/2013/column_136.html
by sanyo-kansatu
| 2013-08-22 07:24
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