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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2013年 11月 08日

台湾発日本行き「ウルルン滞在記」ツアーはこうして生まれた(台北ITF報告その8)

軽井沢サイクリングツアーに続き、さらに手の込んだ台湾発のスペシャルなツアーがあります。
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ツアー名は來去郷下住一晩(「田舎に泊まろう)」。キャッチコピーは「体験日本山形農家的温馨感動」。だいたいの意味は漢字でわかるでしょう。「温馨」とは「家庭的な温かさ」という意味です。

日本の農家に民泊(ホームステイ)するツアーです。舞台となるのは山形県飯豊町。特に観光名所があるわけではない、ごくふつうの日本の山村です。そこを訪ねた台湾客たちは民泊する農家の仕事を手伝ったり、家族と一緒に食事をしたりして、一晩過ごします。2010年春からスタートし、東日本大震災後に一時休止しましたが、12年に再開。年間200名以上の台湾客がツアーに参加しているそうです。

山形県飯豊町観光協会(ようこそThe日本の田舎へ)
http://samidare.jp/iikanjini/note?p=log&lid=310581

ではどうしてそんな民泊が商品化されたのか。ツアーを企画したYUKIさんこと、台北にある名生旅行社の女性社員に話を聞きました。ちなみに彼女は元日本留学生です。
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名生旅行社(同社のトップページに同ツアーのミニ動画があります)
http://www.msttour.com.tw/web/major.asp

――「來去郷下住一晩(田舎に泊まろう)」についてもう少し詳しく教えてください。

「ツアーは4泊5日か5泊6日の2パターンがあります。前者の場合、台北から仙台空港に飛んで、初日は山形県の上山温泉に泊まり、2日めは蔵王などをめぐります。午後に飯豊町の農家にホームステイし、翌日午前10時には家族とお別れになります。その日は銀山温泉に泊まり、最終日は松島などを観光して仙台空港から帰国します」

――民泊するのは1日だけなんですね。

「はい、やはり旅行会社が催行するツアーといっても、見ず知らずの外国のお宅にホームステイするということですから、お互い1泊で十分なんです。学生のホームステイではないですから。ツアー客の皆さんには親子もいますが、基本的に大人の方たちです。だから、どうやってお客さんを出迎えるかが重要です。そこで考えたのが一緒に手作業すること。飯豊町に着くと、ツアー客と民家の方が公民館に集まり、まず花笠作りをやることになっているんです。初対面でいきなり民家を訪ねるのはお互いちょっと気まずいところもあるので、作業をしながら地元のおばあさんに民謡を歌ってもらったりしているうちに、言葉ができなくてもだんだん親しくなってくる。あとはそれぞれの民家にツアー客は振り分けられ、翌朝までガイドなしで民泊を体験します。

一家に4人くらいが泊まります。昼間は農家の仕事を手伝って、夕食も後片付けはお客さんがやるとかルールを決めて、とにかく一日家族として過ごすんです」
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――とても面白い設定ですね。

「翌朝車でお客さんを迎えにいくと、皆さん必ず涙を流して別れを惜しむんです。台湾のお客さんだけでなく、民家の方も泣いちゃいます。一晩一緒に過ごしただけなのに、お互い感動で涙があふれてくるんです」

――なるほど……確かに話を聞いているだけで、ぼくも涙腺がうるうるしてくる感じになりますね。やはりお互い言葉がわからない同士、一晩時間をともにするだけでいろんなドラマがあるのではないでしょうか。こういう非日常的な体験は、単なる観光ツアーでは得ることはできないものでしょう。ところで、このツアーの企画はどうやって生まれたのですか。

「数年前から台湾では日本のバラエティ番組の『田舎に泊まろう』がすごい人気だったんです。だから、こういうツアーが実現できたらいいなと思いました。それを思いついたのが2009年です。それから1年かけて弊社の会長と一緒に全国を訪ね、民泊にふさわしい農村を探したところ、飯豊町がいいということになりました。飯豊町では、もともと学生のホームステイを受け入れていたこともあり、観光協会に話をしたところ、快く受け入れてくれました」

『田舎に泊まろう』
http://www.tv-tokyo.co.jp/inaka/
2003年4月6日から10年3月28日までテレビ東京系列で放送されたバラエティ番組。

「実は、私が留学生だったとき、日本で放映されていた『世界ウルルン滞在記』が大好きだったんです。実際、日本に来たばかりのころ、国際交流会でたくさんの留学生が全国各地でホームステイを体験したのですが、私のステイ先は北海道の長万部の温泉旅館だったんです。でも、お客さんではなく、家族の一員として旅館の仕事を手伝ったり、着物を着て接客をしたり、本当に面白かった。だから、その家族と別れるとき、私は泣きながら帰ったんです。まさに『世界ウルルン滞在記』でした。今でもその家族とはお付き合いがあって、私の結婚式には台北まで来てくれました。長万部は私の第二の故郷なんです。こういう体験があったので、このツアーは必ず成功すると思っていました」

『世界ウルルン滞在記』
http://www.ururun.com/
1995年4月9日から2007年4月1日まで、TBS系列で放送されたドキュメンタリー紀行番組。

――台湾の観光協会から賞をいただいたそうですね。

「はい、2012年に台湾で催行されたツアーで金賞(金質旅游奨)をいただきました。でも、最初は同業の方たちから『そんなに手間がかかる割には儲からなそうなことよくやるね』と笑われたものです。人気が出たいまでは、うちもやりたいと考える旅行会社もあるようですが、実際やろうとすると大変なことがわかり、結局うちにお客さんを回してくれます」

――誰もが真似できる商品ではないからですね。お客さんを必ず泣かせてしまうほど感動いっぱいのツアーですが、逆にとてもデリケートな商品といえそうです。実際にツアーを運営する難しさやポイントはありますか。

「いくつかあります。たとえば、台湾のお客さんに民家の方に渡すお土産を用意してもらうことにしています。民家の方にも同じことをお願いして、プレゼント交換するんです。また必ず地元料理を作っていただくようにお願いしています。学生さん相手ならカレーライスでもいいですけど、やはりそこはお客さまですから。その代り、お皿洗いは台湾の方にやってもらう。あとお風呂だけは、車で近くの温泉に連れて行ってもらうことにしました。運転は民家の方にお願いしています。そして、最後にお別れのとき、『田舎に泊まろう』と同じように、家族と一緒に記念撮影をします。

ツアーの最後にアンケートをとると、『いちばん思い出に残るのは?』という問いに、必ず民泊がいちばんになります。次がお母さんの手料理かな。実際、このツアーでは民泊は1泊だけで、あとは高級な温泉旅館に泊まり、懐石料理を食べるのですが、やはり民泊にはかなわないようです。とてもうれしいですね」

――飯豊町以外の場所での民泊ツアーはありますか。

「今年6月から長崎県南島原の漁村の民泊を始めました。やはり1年前に地元に相談に行っていろいろ話し合いました。こちらでは出迎えは、流しソーメンをみんなでやることにしています。さらに、南島原では漁師体験もやります。漁船に乗って漁に出て自分たちで獲った魚を料理してもらうんです」

南島原ひまわり観光協会
http://himawari-kankou.jp/
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――日本各地からうちでもやらないかという問い合わせがあるそうですね。

「はい、たくさんいただきました。ありがたいことですが、今は民泊先を広げる考えはありません。やはり品質が大事ですから。観光協会や民家の方と、本当に外国客を受け入れる覚悟があるか、じっくり話し合いをしたうえでないと簡単には決められないからです」

――それにしても、どうしてみんな泣いちゃうんでしょうね。

「最初の頃、このツアーに添乗するガイドたちが、お客さんたちが泣く姿を見て、なぜなんだろうと思ったそうです。彼らは民泊しませんから。外国の見知らぬ人の家に泊まるなんて、怖くないのかなと。そこで、自分もお客さんになって民泊したら、その気持ちがよくわかったというんです。台湾のメディアを連れて何度か民泊体験してもらったことがありますが、彼らもやはり感動したといいます。
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冬の山形は本当にステキです。家の外の通りに雪の壁ができて、私のお世話になった家では、家族の方が雪の壁に穴をいくつもあけて、そこにろうそくの灯をともすんです。それを見ながら食事したときは感激しました。家族と一緒に雪かきするのも楽しかったです。こういう家族との一体感が思い出になって、皆さん泣いちゃうんじゃないかな」

同ツアーのパンフレットには「一期一曾的感動 請您一同感受(一期一会の感動をどうぞご一緒に)」と手書き文字で書かれています。まいりました。

前回紹介したサイクリングツアーを企画した高世軒さんもそうですが、これらのスペシャル・インタレスト・ツアー(SIT)に共通するのは、小規模の専門旅行社が催行していること。初めから数で稼ぐことは考えていないこと。そして、何より日本と縁があり、ベースとなる感動体験の持ち主である台湾サイドのキーパーソンが企画運営していることでしょう。加えて、日本の受け入れ側の鷹揚で、きめの細かい対応が鍵となりそうです。でも、これらがすべて揃うことはそう簡単ではないでしょう。思いがあっても何かが欠けると実現するとは限らないからです。

名生旅行社は2003年の9月創業。会長の柯佳銘氏は、35年前に日本に留学し、レストランの店長や旅行会社の添乗員をやっていた方だそうです。企画運営者だけでなく、経営側にも日本に対する深い理解や思いがあってこそ、実現したツアーだといえるでしょう。
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by sanyo-kansatu | 2013-11-08 08:16 | “参与観察”日誌


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