2015年 01月 13日
今日の日本人の中で、東寧要塞のことを知っている人はどれだけいるでしょうか。ご遺族や近代史に特別の関心のある人を除けば、もうすっかり記憶の彼方にあり、戦跡のひとつであることすら知らない人がほとんどでしょう。そもそも中ロう国境に近い、この辺鄙な土地を訪れる日本人もまずいないと思われます。 ※地下要塞の様子は―― ソ満国境・対ソ戦の歴史を物語る東寧要塞 http://inbound.exblog.jp/23965185/ 一方、中国人にとっての東寧要塞とは何なのか。 昨年7月この地を訪ねて感じたのは、ふたつの側面があることです。それを語る前に、今回の要塞訪問の1日の出来事を話したいと思います。この写真は、要塞の入口のある高台から見えた東寧要塞群遺址博物館という施設です。この施設の意味については、後ほど。 さて、東寧要塞には、中国黒龍江省の東南部のはずれに位置する東寧のバスターミナルから出る小型バスに乗って行きます。東寧には綏芬河からバスで1時間ほど。 これが東寧のまちです。中国の奥地ともいえる辺境の地にもかかわらず、繁華街も大きく、市街地の周辺には、いまや地方名物ともいえるマンション群すら建ち始めています。ここで緑色の「要塞」行きバスに乗ります。 市街地から東に向かって約5㎞走ると、ロシア行きの東寧の鉄道駅が右手に見えます。ここは貨物のみ運用のようです。 さらに5㎞進むと、ロシアとの国境ゲート(東寧口岸)が見えてきます。 東寧口岸は中ロ両国民のみ通行可能です。東寧県三岔口がこのあたりの地名で、綏芬河に比べるとのどかな国境です。ロシア人客を乗せたバスが国境ゲートをくぐるのを見かけました。 ゲートの隣には綏芬河と同様、「国門旅游区」があるのですが、ほとんど人影を見ることはありませんでした。商店なども閉まっている様子です。 ※綏芬河の「国門旅游区」は以下参照。 綏芬河の新国境ゲート建設は進行中 http://inbound.exblog.jp/23962530/ バスはここで折り返し、いったん東寧方面に戻り、途中で左(南)に折れ、要塞を目指します。このあたりの道路表記は、ハングル、中国語、ロシア語の3カ国併記です。 終点の要塞のバス降車場所は工事中でした。 しかも、要塞まで山道を10分近く歩かなければなりません。道中には家族連れやカップルなど、まるでふつうの行楽地に向かうような人たちもたくさんいて、彼らと一緒に山道を登りました。 最初に見えてきたのは、中国人民解放軍の空軍機の姿でした。終戦末期のソ連軍との激戦地だったはずの東寧要塞に、なぜ人民解放軍機が? 子供たちが飛行機の前で記念撮影をしています。 「東寧抗連英雄園」とあり、人民解放軍の著名な将軍たちの像が並んでいました。どうやら朝鮮戦争時に連合軍と戦った軍の英雄を顕彰しているようです。 お約束の「国恥忘れるなかれ」の標語が書かれた石碑もあります。 「第二次世界大戦最後の戦場」の石碑も。 当地の歴史とは本来無縁のような数々の展示物をあとにし、いよいよ東寧要塞に向かいます。そのとき、3人の女の子が階段を先に上っていました。お互いに写真を撮り合ったりして、ずいぶん楽しそうです。この写真は、中国ではこんな戦跡を見に若い子が来るものなんだなあと不思議に思って撮ったものです(実は彼女たちとはあとで再会することになります)。 要塞の入口には記念撮影する人たちが次々に現れます。まるでのどかな行楽地のような情景が繰り広げられているのです。 地下要塞を探索したあと、東寧要塞群遺址博物館に行くことにしました。 展示の入口に「侵華日軍アジア最大軍事要塞群 東寧要塞群」とあります。 要塞群の地図です。一部日本の資料をそのままコピーして無断使用しているものもありそうです。 ソ連軍のずいぶんド派手な攻略ルートが示されます。 勲山要塞をはじめ周辺の要塞の展示です。 当時の部隊が残した遺品を展示しています。 ここまでは日本軍に関する資料ばかりですが、この先に初めて中国人に関する展示が見られます。 「残害労工」。つまり、この要塞を掘るために多くの中国人労働者が駆り出されたことが明かされるのです。 この土地を訪ねた人は、この巨大なアリの巣のような要塞の不気味な存在感とそこに立てこもってソ連軍と交戦した当時の日本兵のことを想像してみるわけですが、そもそもこの坑道を掘ったのは誰か。そのことにあらためて気づかされるのです。 日露戦争と同様に、この地の戦闘には中国軍は関係ないはずなのに、どうしてこれほど巨大なプロパガンダ施設をつくる必要があったのか。最初は訝しく思っていたのですが、そのひとつの理由に中国人労働者の問題があったのだと思われます。 これが中国にとっての日本軍の非道を告発する東寧要塞の「愛国主義歴史教育施設」としての側面です。 しかし、これまで見てきたように、ここにはもうひとつの側面がありそうです。それは、この「愛国施設」が地元の人たちにとっての数少ない行楽地であることです。 そのことに気づかされたのが、前述した3人の地元の女の子たちとのささやかな交流でした。 その日はとても暑く、烈火のような日差しが東寧の要塞群の眠る山々を照りつけていました。彼女たちは博物館の前の日かげのベンチに腰かけて休んでいました。ぼくとカメラマン氏も博物館の展示を見たあと、同じベンチでひと休みしているうちに、カメラマン氏と彼女たちの間で会話が始まったのです。 彼女たちは言いました。「あなたたち、本当に日本人なの。初めて見たぁ」。そう言ってじろじろ我々を見ながらはしゃいでいるのです。中国で日本人がいまどき珍しがられるのはめったにないと思いますが、確かにこんな辺境の地に来ればそういうこともあるかもしれない。このあたりではロシア人なら何度も姿を見せたことはあったでしょうが……。そんなことを思いながら、彼女たちの反応ぶりがおかしく、かわいらしくもあったので、「君たち、どこに住んでるの?」。話を聞いてみることにしたのです。 彼女たちは東寧の工場で働く女工さんでした。週に1度の休日に職場の友だちと遊びに来ていたのです。 だとして、なぜ戦跡のような場所へ? そう尋ねると、彼女たちは顔を見合わせ、「職場で要塞の話を聞き、行ってみようかと思った」。そう言いながら笑うのです。 おそらくこういうのも、ひとつの「愛国教育」の一環なのでしょう。 その一方で、こうも思います。本当は彼女たちだって戦跡なんかではなく、もっと楽しいところに行きたかったに違いない。でも、地元にはそんなものはないのですから、仕方がないのです。ディズニーランドもショッピングモールもない辺境の地で暮らすこの国の若者にとって、日帰り行楽地がたまたま地元にあった東寧要塞だったに過ぎないということではないか……。 実際、彼女たちがここで過ごしている様子は、中国のどこにでもある観光地で彼らが見せる姿そのものでした。もし博物館の展示を見た彼女たちが「愛国心」を刺激されていたとしたら、当の日本人を前にしてもっと違った反応を見せることもあり得たでしょう。そういうタイプの若者もきっといるに違いありません。 実は、彼女たちと会話を楽しんでいるまさにそのとき、「日本人がいるぞ」という声を聞きつけて、ひとりの中年男性が近づいてきてぼくにこう言ったのです。 「お前はこの博物館に展示された歴史をどう思うのか? 中国の老百姓についてどう考えるのか?」 そして、ちょっとした人だかりに囲まれてしまったのでした。 こういうときの発言は慎重さを要します。 「とてもひとことでは言い表せませんが、私は日本と中国の歴史をよく理解しています。この土地の歴史も知っています。だからここに来たのです」。 話はそこまででした。その男性も別に悪意を込めて問いつめようとしているというのではなく、まさかこんなところで日本人に会うとは思わなかったことから、自然に発せられたことばだったと理解すべきでしょう。 ぼくと彼女たちは一緒にバスで東寧に戻ることになりました。その日は日曜で、20~30分おきにバスは出ています。 ぼくはバスの中で、こういう年頃の中国人相手にお決まりの話題ともいえる日本のアニメについて尋ねました。「日本のアニメ好き?」。 そして、彼女たちが好きだというアニメをぼくのノートに書き出してくれたのがこれです。 火影忍者 ナルト 海賊王 ワンピース 悬崖上的金鱼姬 崖の上のポニョ 龙猫 となりのトトロ 千与千寻 千と千尋の神隠し 死神 BLEACH 妖精的尾巴 FAIRY TALE 彼女たちは、中国全土の若者たちと同じように、宮崎駿の作品をはじめとした日本のアニメを見ているのです。いまさら言うまでもありませんが、動画投稿サイトや海賊版DVDを通して、当たり前のように。 こういう場面に出会うたび、いつも感慨深く思うことがあります。彼女たち、中国の若い世代は日本にいるぼくの子供たちとほとんど同じ時期に同じアニメを見て育ったのだなと。ネット時代の到来以降、日中の若い世代の間でアニメ視聴の同時性が起きていたのです。これはぼくと同じ世代(1960年代生まれ)の中国人とぼくたちの関係とはまったく異なるもので、時代の変化を感じます。 その一方で、中国政府はさぞ悔しいことだろうなとも思います。昨年、中国の地方メディアが「ドラえもんに警戒せよ」と批判を繰り広げ、中国の若い世代から失笑を買ったことがありました。そのメディアによると、「ドラえもんは日本の戦争犯罪を隠ぺいするための宣伝戦だ」というわけです。なぜそのような冗談みたいな報道が中国から出てくるかという背景も、今回の東寧の1日の出来事からもある程度理解できると思います。当局は中国の若い世代の日本のアニメの浸透ぶりが許せないと感じているのです。 「ドラえもんは侵略者だ!」、日本陰謀説を唱える地方紙に批判集中、「頭おかしいんじゃないの」(2014.9.27) http://www.recordchina.co.jp/a94827.html その日、ぼくは綏芬河から夜行列車でハルビンに行く予定でした。そのため、東寧からバスで綏芬河に明るいうちに戻らなければなりませんでした。しかし、「要塞」発のバスは東寧の市街地のはずれで降ろされ、バスターミナルまで彼女たちに案内してもらうことになりました。 これに似た経験はこれまで何度もあります。中国に対する偏りがちな見方を調整するうえでも、名も知れないような地方都市を訪ねるのは面白いものです。 ※中国の若者と日本のアニメについては以下参照。 アニメと「80后」の微妙な関係 http://inbound.exblog.jp/i13/
by sanyo-kansatu
| 2015-01-13 12:32
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