2015年 05月 06日
前回、通訳案内士の実態について観光庁の報告書を頼りに簡単に解説してみました。 NHK報道をめぐり思う。通訳案内士って何だろう? http://inbound.exblog.jp/24442716/ そこでは、4月22日のNHKの報道に対する若干の疑問も指摘しました。ある関係者も次のように語ってくれました。 「2020年の東京五輪に向けて、あるいは地方創生の一環として、通訳案内のできるガイドの数を増やしたい、そのために簡易な形のガイドの制度を作って普及させたいというのは、観光庁と地方自治体との共通認識だと思います。旅行業界も同調しているように思えます。その意味で、「地域限定」ガイドの新設は、確かに観光庁の検討会でもほぼその方向で合意に向けて動いているのは事実ですので誤報ではありませんが、法改正や新制度の法的対応には立法措置が必要な場合も多いので、そこまで具体化していない時点でここまで報道してしまうのはどうかと思いますし、既定路線で改革を進めたがっている政府当局の意思と焦りのようなもの感じます」。 NHKはこうした見方があることをどこまで承知のうえで報じたのかな? そうぼくも感じました。というのは、自分も数回ではありますが、観光庁の検討会を傍聴したことがあるからです。 ところで、ここでいう「有識者や旅行関係者などで作る会議で制度の改善を検討する会合(検討会)」とは何のことでしょうか。 観光庁のHPによると、その正式名称は「通訳案内士制度のあり方に関する検討会」といいます。 「我が国に通訳案内士制度が創設されて60年以上が経過している中、訪日外国人旅行者数の増加及びニーズの多様化に的確に対応できるよう、中長期的な視野から、新たな通訳案内士制度を構築するための具体的な方策について検討を行うため、「通訳案内士制度のあり方に関する検討会」を設置しました」。 http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kokusai/tsuyaku.html 「検討会」の主なメンバーは以下のような人たちです。 通訳案内士団体 旅行業者 ホテル業者 地方公共団体 ボランティアガイド団体 日本政府観光局(JNTO) 通訳案内士は基本的にフリーランスの個人事業者ですが、通訳ガイドの仕事は、上に挙げたさまざまな業界との関係の中で成り立っています。仕事を発注してくれるのは、たいてい旅行業者やホテル業者、場合によっては地方公共団体のこともあるでしょう。また通訳案内士試験の運営をしているのは、日本政府観光局(JNTO)です。通訳案内士制度がどうあるべきかについては、彼ら自身がどう考えるかだけではなく、関係者らとさまざまな課題について協議していく必要があるわけです。 ちなみに、通訳案内士団体については、観光庁のHPにこう説明されています。「通訳案内士法において「通訳案内士の品位の保持及び資質の向上を図り、併せて通訳案内に関する業務の進歩改善を図ることを目的とする団体は、観光庁長官に対して、国土交通省令で定める事項を届け出なければならない。(通訳案内士法第35条)」。実際には、社団法人や協同組合、NPO法人などさまざまな運営主体となっていますが、通訳案内士自身による業界団体です。 主な通訳案内士団体(観光庁HPより) http://www.mlit.go.jp/common/001067295.pdf さて、この「検討会」の立ち上げは、観光庁が設立された2008年の秋にまでさかのぼります(最初は「懇談会」として始まっています)。 以後の経緯については、観光庁のHPに詳しく掲載されています。関係者らの発言や主張は閲覧できますが、あまりに膨大な内容であるため、ひとまず昨年12月に観光庁がまとめた報告書「通訳案内士の現状及び制度見直しの検討経緯」の中から「過去の検討会の開催状況」という資料を紹介しましょう。 これを見ると、昨年12月から最近まで実施されていた「通訳案内士制度のあり方に関する検討会」以前にも、4つの「検討会」があったことがわかります。正直なところ、これほど多くの関係者の声を集め、東日本大震災後などに一時中断はあったものの、7年近く続けられてきた「検討会」であることに驚きすらおぼえます。 では、そこでどのような内容が議論されたのでしょうか。これについても、前述の報告書から「過去の検討会等における主な意見」の記述を紹介することにしましょう。 意見①通訳案内士に求められる役割 ここでは、3つの役割が期待されていることがわかります。すなはち、「語学力・豊富な知識」「ホスピタリティ」「旅行者の旅程管理」です。これらをすべて兼ね備えるというのは、そんなに簡単なことではないように思います。 意見②通訳案内士の試験 ここではふたつの若干対立して見える意見に分かれているようです。ガイドの質に関わる問題だけに、当事者も含め、関係者にとっても意見の分かれるところなのでしょう。 意見③通訳案内士の研修 訪日外国人旅行者の急増にともない、通訳ガイドに求められるニーズも多様化しており、試験合格後にもさまざまな研修が必要とされている実態がよくわかります。 意見④通訳案内士の地域・言語面での偏在 前回述べた「都市」と「英語」への偏在が、訪日旅行市場の現場でどんな支障をきたしているのか、見えてきます。 意見⑤地域限定通訳案内士・特例ガイド 2008年頃から進めてきた地域限定通訳案内士・特例ガイドの育成が思ったようには進展していないことがわかります。一般国民からみると、通訳案内士の実態すらよく見えない現状において、新設された通訳ガイドの存在とそれをめぐる議論の内容は、どこに落としどころがあるのか、よくわからないというのが正直な印象です。 意見⑥通訳ガイド料金、ボランティアの活用 ここでは前回触れた通訳案内士の就業実態の背景を物語る意見が見られます。たとえば「ガイド料金の価格破壊」「旅行者が急増しているアジア諸国」などに関するものです。ボランティアの問題についても、現場からは厳しい声が聞こえてくるようです。 意見⑦無資格ガイド・悪質ガイドへの対応 これが日本のインバウンドにとって実に悩ましい海外の「無資格ガイド・悪質ガイド」問題です。この件については、別の機会で実態も含め述べるつもりです。 意見⑧通訳案内士の活動機会の拡大 等 ここでは外国人旅行者と通訳案内士をマッチングするシステムの構築や制度そのものに対する疑問などが触れられています。 これまでメディアは急増する外国人旅行者がもたらす「消費」や「経済効果」について多く報じてきました。ところが、現場の関係者の認識はそれほど単純なものではないことが、通訳案内士をめぐる「検討会」を通じて見えてきます。実際に、訪日外国人に接して旅行の案内をしている彼らだからこそ、抱えざるを得ない問題があるのです。 またこの問題は、それぞれの関係者ごとに見え方も違っているようです。これらの意見を集約して、新制度を立ち上げていくことは確かに簡単ではないでしょう。 ひとまずできることは、一般国民には見えにくい通訳案内士の現場をめぐる状況を広く知ってもらうことだと考えています。ここに至っては、関係者だけで解決できる問題ばかりではないことも多くの人にわかってもらうことが大事かと思います。
by sanyo-kansatu
| 2015-05-06 11:49
| “参与観察”日誌
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