2015年 09月 03日
先日、ある週刊誌の記者がぼくの事務所を訪ねてきました。なんでも7月下旬、都内で中国人富裕層のグループがタクシー乗車拒否に遭い、タクシー会社に謝罪させたという一件について意見を聞きたいということでした。 「事件」の経緯はこんなところです。 日本で「中国人」を理由にタクシー乗車拒否 役員が謝罪に訪れ中国で話題(人民網日本語版2015年8月3日) http://j.people.com.cn/n/2015/0803/c94475-8930489.html 「ある中国人が最近、日本でタクシーに乗ろうとしたところ、「中国人」であることを理由に乗車を拒否されたため、タクシー会社にクレームを出したところ、タクシー会社の役員らが謝罪文を持って謝罪しに来たとのエピソードを、微博(ウェイボー)に投稿した。会社側は運転手に対する厳しい処分と、すべての従業員に7月31日と8月1日の2日間、特別研修会を行い、乗車拒否をしないよう意識教育を徹底したという。海外網が報じた。 同投稿者は微博で、「日本で長年生活しているが、『中国人』を理由に乗車拒否されたのはこれが初めて」と怒りをあらわにしている。 当時、投稿者は中国から来た友人数人と夕食後にタクシーで有名ホテルに戻ろうとしたところ、運転手に「分からない」と言われ、詳しい住所を説明すると言っても、「知らない」と失礼な態度で答えられたという。投稿者は、「この運転手は、日本のサービス業に汚点を付けた」としている。 同エピソードに、中国のネットユーザーも注目し、「日本のサービス業も落ちぶれたもんだ」、「プロの運転手としてのレベル低すぎ」、「日本にも時々こういう人がいる」との声を寄せている。 一方で、「会社の役員が謝罪に訪れるなんて驚き」、「運転手は悪いけど、タクシー会社はなかなかのもの」などと、タクシー会社の対応を称賛する中国のネットユーザーもいる」。 中国メディアがなぜこんな話をニュースにしたかというと、乗車拒否に遭った当人が中国最大のミニブログ新浪微博(weibo)の東京支社長である蔡成平氏で、彼が微博上で「事件」の仔細を告発したからです。 日本出租拒载公司高管登门道歉始末(2015年8月2日) http://www.weibo.com/p/1001603871185355293869 彼は一連の経緯を時系列に沿って述べています。まず事件の当夜、中国から来た友人と食事を終え、ホテルオークラに送ろうと新宿の路上でタクシーを拾おうとしたら、乗車拒否されます。彼は友人たちの手前、面子が立たなかったのではないでしょうか。友人には、中国の有名企業の幹部が含まれていたからです。 悲憤慷慨した彼はその一件をFacebookに投稿したところ、内容を見た日本の友人たちがタクシー運転手を非難したことから(それで調子に乗ってしまったのかもしれません)、タクシー会社にその日の夜遅く電話でクレームしました。翌日、タクシー会社から彼に電話があり、謝罪および運転手に対する処分を伝えました(ここまでは一連のマニュアル対応だったかもしれません)。 ところが、彼はそれでは納得せず、書面の謝罪文を要求し、ファックスで文面を受け取りましたが、内容が簡単すぎると許そうとはしません。それどころか、「日本のサービスは高いと言われるのに、なぜこんな運転手がいるのか」と電話口で責め立てます。慌てたタクシー会社の上層部は、事件から2日後の午後、都内の彼の会社を訪ね、謝罪をしました。 彼はその様子を写真に撮り、まるで勝ち誇ったかのように微博に載せました。その写真が中国の各種ネット記事として配信されたというわけです。中国のネット記事の中には、問題を起こした運転手らしきプロフィール写真を見つけてきて、載せているものもありました。まるで中国で悪名高い「人肉検索」です。 中国乘客遭日本出租司机拒载,为啥却又遭道歉(搜狐汽车 李特儿2015-08-03) http://auto.sohu.com/20150803/n418080909.shtml 蔡氏は微博の中で「中国人を差別するな」「日本のサービス業は、中国メディアが報じるほど水準が高くない」とまくしたてます。一方「今回日本のタクシー会社が謝罪してきたことは評価できる。中国で外国人が乗車拒否に遭ったとき、タクシー会社は謝罪するだろうか」とも述べています。 ずいぶんご立腹のようですが、彼の一連の言動には、今日の中国の富裕層、あるいはエリート層のメンタリティが体現されているように思われます。 つまり、ここで考えるべきは、「中国富裕層の壊れやすい自尊心の取り扱いには要注意!」です。 それにしても、彼はなぜこんなにエスカレートしてしまったのでしょうか。今回の一件を単に自分だけの問題でなく、中国人の面子の問題と捉えたからです。そして、自分と同行した中国のエリートたちは、タクシー会社の役員を呼びつけ、謝罪をさせるだけの価値がある人物だと考えたからでしょう。 そう、これは彼らの自尊心に関わる問題なのです。彼らは普段から自分たちの価値をもっと世界に認めてほしいと考えているのです。気持ちはわからないではありませんが、ちょっとメンドウくさい話ですね。 たとえば、こうした不満は中国人に対する主要先進国のビザ発給要件の厳しさをめぐってよく話題になります。 世界一になったのに、なぜビザ緩和が進まないのか~中国の不満とその言い分(COTTM2013報告 その4) http://inbound.exblog.jp/20514969/ 近年日本では、東南アジア諸国を中心に観光ビザの要件緩和が進んでいます。もちろん、中国に対する緩和も以前に比べると進んでいますが、なぜタイやマレーシアはノービザなのに、中国人には適用されないのか、と彼らは不満に思っています。 多くの国家がなぜ中国に対してのみ、他の国々と同じように入国手続きの緩和を進められないかというのは、端的に言えば、中国の国情ゆえです。加えて、日本からみると、1980年代以降の中国人の不法就労問題や海外に閉じた華人ネットワークを形成しがちな生態など、これまでの彼らのふるまいに理由があるからだと思いますし、それは聡明な中国人なら頭の中ではわかっているはずです。 中国は短期間で経済成長し、世界第二の規模になったとはいえ、富は片寄っています。国家としてそれ相応に認められるためには、もっと全体の底上げが必要です。しかし、それは困難を極めることだというのは彼らがいちばんわかっています。 それだけに彼らはいらだっているのです。もろもろの事情は承知しているが、自分たちはエリートである以上、下々の中国人と同じ扱いをされるのは許せない。 特に中国の富裕層は、この5~10数年で資産を急拡大させた人たちが大半です。彼らはかつての自分のことをすっかり忘れた気になっています。過去のことは思い出したくもないし、なかったことにしたい。現在の自分がすべてだと思いたいし、人からもそう思われたいのです。ところが、海外の人たちはなかなかそう認めてくれない…。このような新興国特有のメンタリティは、彼らの身になってみれば、ある程度理解できるのではないでしょうか。 でも、この種の自尊心は、ときにささいなことで傷つきやすく、壊れやすい(fragile)ところがある。それが怒りに変わりやすい。彼らにとって「乗車拒否」は過去の自分を思い起こさせるきわめて不愉快な出来事ですし、普段から抱えている不満を強く刺激してしまいます。だから、今回のような事態に遭遇すると、つい大人げない言動となって現れがちなのです。 こうした彼らの訳あり内面事情は、中国とは縁のない一般の日本人には理解しにくいことだと思います。 最近、内陸部からの中国人観光客が増えていることで、10年~15年前の上海人のような「マナーに欠けた」中国人の訪日も増えています。これが今後問題をさらに複雑にしていくように思います。 中国内陸客の増加がもたらす意味を覚悟しておくべき http://inbound.exblog.jp/24845817/ 一般の日本人から見ると、富裕層も内陸部の人たちも同じ中国人です。その人物の貴賎を判断するのは、単にブランドを身に付けているかどうかといったことではありません。物腰であり、たたずまいでしょう。最近の中国には洗練さを身に付けた人物も多くいますが、富裕層だからといってそうでない人も多いです。 これからはますます洗練された中国人と「マナーに欠けた」中国人が同時に姿を見せ、我々を戸惑わせることになるでしょう。そのとき、相手に応じて賢く対応を変える必要がありますが、こういうことにはあまり日本人は慣れていません。分け隔てなく人を扱うべきだという考えが身についているからです。 両者の人間としてのとてつもない“落差”は、単に資産や権力の総量の問題だけではありませんが、「見えにくい」とされる日本社会の格差の実態と比べるとはるかにスケールを超えている場合も多い。それはこの30年間、中国で何が起きていたかを振り返ると、ある程度理解できるかもしれません。よくも悪くも日本は平準化された社会だといわれますが、中国は真逆の世界です。 はっきり言って、差別がなくてはうまく国が回らないのが中国です。中国の富裕層というのも、公正な富の再分配のしくみのない社会だからこそ生まれたといえなくもない。それを悪いとか、違和感を覚えることなく圧し殺して生きているのが現在の中国人です。こういう実態は、日本人の倫理観からすると許されないことです。日本人の対中感情が悪化した背景には、こういう事情もあると思います。 しかし、今後訪日中国客を受け入れるには(あるいは、一般論として中国と向き合うという意味でも)、この“落差”の存在を、ひとまず想像力を働かせることで、理解しなければならないと思います。そして、相手に合わせて対応を使い分ける必要があります。そうでないと、今回のようなつまらぬ「事件」を引き起こしてしまうでしょう。 ところで、この「事件」はその後、興味深い進展をみせます。中国のネット記事によると、今回の蔡氏の乗車拒否をめぐる一連の言動に対して、比較的冷静な声が聞かれていたからです。 中国人が日本でタクシーに乗車拒否される!「タクシー会社の謝罪をあなたはどう思いますか?」中国でネットアンケート(2015年8月2日) http://www.recordchina.co.jp/a115485.html 「記事は、「中国では、乗車拒否のニュースはよく報じられる。では、あなたは日本のタクシー会社の謝罪をどのように見ますか?あなたはタクシーの乗車拒否に遭ったことがありますか?」とし、アンケートを行っている。 アンケートは4つの選択肢から1つ選ぶもので、1日午後の時点で9051人が回答。最も多いのが「中国ではよく乗車拒否される」で42%、次いで「謝罪したのは日本のタクシー業界の素質が高いことを示している」が39%、「日本人なら乗車拒否したかと聞いてみたい」が11%、「当然、謝るべき」が8%となっている。 コメント欄には、「どっちにしても、中国のタクシー会社は謝らない」「こんなのが話題になるのか?おれは何十回も拒否されてる」「駅前のタクシーは(目的地が)近すぎても遠すぎても拒否する」「日本人は生まれつき中国人を敵視してる。顔では笑ってるがな」「恥を知っており、勇気がある行為」「日本でもこういうことがあるってことがわかった」などの声が寄せられた」。 やはり、誰の目から見ても、蔡氏のクレーマーとしての言動にはやりすぎ感が漂っています。彼は何年日本で暮らしたかわかりませんが、日本社会ではなく、中国社会に向けて告発しているところも、ちょっと卑怯な感じがします。タクシー会社の側も、まさか中国全土にネットで報じられるとは思っていなかったに違いないので、「そこまでするか」と中国のネットユーザーに同情されたのかもしれません。
by sanyo-kansatu
| 2015-09-03 12:51
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