2015年 10月 01日
先月中旬、北京経由で平壌を訪ねたところ、今年7月1日に開業したばかりの平壌順安国際空港ターミナルで、日本から持ってきた本が税関職員によっていきなり没収されてしまいました。 その本は『旅の指さし会話帳42北朝鮮』(情報センター出版局 2003年刊行)です。10年以上も前に書かれた同書の表紙のキャッチコピーは「ぶっつけ本番で会話ができる! 厳選の使える言葉を3000語以上収録。その国の本当の姿に触れられる」。海外旅行先の入国時から、観光、食事、買い物など、それぞれの場面で使われそうな現地語を1冊にまとめたシリーズ書籍で、イラストと現地語を指さしすることでその国の人たちとコミュニケーションを図るために考案されたものです。 現地の人たちとの交流のためのよくできたツールであり、(あえてこんなことを言うのは自分の趣味ではありませんが)いわば「友好」の証です。少なくともぼくはそう考えていました。現地ガイドとのやりとりもそうですが、レストランなどで飲み物を注文したり、ショップで買い物したりするときに、店員の子にこの本を見せてコミュニケーションを楽しめたら…。そんな場面を想像していたのです。それを否定されちゃうと、「友好」する気持ちも萎えちゃいますね。ここははっきりと抗議したいと思います。 ところが、かの国では同書はご法度だったのです。税関に呼ばれた様子を見て手助けしてくれた現地ガイドの女性の説明では「この本は共和国への持ち込みが禁じられたリストに入っています」とのこと。ぼくもずいぶん反論したのですが、問答無用でした。 でも、なぜ同書の持ち込みが禁じられているのでしょうか。 まず「北朝鮮」という表紙のタイトルが好ましくないそうです。ガイドは「北朝鮮というのは日本のメディアの呼び方で、間違っている。朝鮮民主主義人民共和国とするべき」と話していました。まあしかし、それはかなり公式的な言い訳のようにも思います。 同書の特徴は、冒頭の「朝鮮民主主義人民共和国の皆さんへ」の一文で明かされているように、「お互いの言葉を知らなくても、指さすことで会話ができるように作られて」いることです。しかし、かの国では、外国人がそういうささやかな願いを持とうとすることにも聞き耳を立てているようです。 基本的に、彼らは「自分たちの見せたいものだけ見せ、見せたくないものは見せない」ようにするわけですが、民間人同士が会話することで、「見せたくないもの」にまで話が及ぶことを恐れている? まあそこまで言わなくても、彼らは外国人と一般市民の間に交流の場面が生まれることは避けたいようです。 知人の話では、韓国語の旅行会話帳も没収されたそうです。韓国風の表現や常識が入り込むことをそこまで気にしなければならないとは、せつない話ですね。 同行した知人もある本を没収されていました。今回我々が訪ねた咸興にある興南化学肥料工場の終戦期における日本人労働者たちの体験を記録した本ですが、こうした史実も隠ぺいする必要があるのでしょうか。きっとそうなんでしょうね。 『指さし会話帳』には、「北朝鮮で楽しく会話するために」と題された第2部として、今日偏見にまみれている北朝鮮をそれなりに正しく理解する道筋となる解説が書かれています。内容は「朝鮮語の基礎」「南北の言葉はどう違うか」「日本人の北朝鮮観光」で、少々きまじめすぎるきらいはあるものの、概ね無理のない記述だと思いました。こうした日本側からの歩み寄りの姿勢も、かの国の人たちからみれば、気に入らない文言や主張が含まれていると感じるのでしょう。金日成国家主席や金正日総書記が安易にイラスト化されていることも、問題かもしれません。そこには認識上の大きな隔たりがあります。これはささいなことのようですが、かなり本質的な問題だと思います。 空港に到着早々、いきなり食らった予想外のパンチだっただけに、ぶつくさ書いてしまいましたが、この話をもうこれ以上ふくらませても詮無いのでやめましょう。彼らの疑心暗鬼は我々の想像などはるかに超えて、深いのでしょう。 入国時は、剣呑な空気に包まれた新ターミナルですが、出国時の印象は大きく違いました。 新しく生まれ変わった平壌の玄関口の様子は、すでにネットでも報じられています。 平壌国際空港が「普通の空港」になった 7月開業した新ターミナルの様子とは?(東洋経済オンライン2015年7月11日) http://toyokeizai.net/articles/-/76615 「旧ターミナルからはほぼバスで搭乗機まで案内されていたが、新ターミナルはボーディングブリッジも設置された。出国審査を過ぎると、免税店やレストラン、売店、スーパーなども設置されており、世界各国の空港と同レベルの施設を利用できるようになっている。「免税店をはじめ店員たちに冷たい対応はなく、感じよく対応してくれた」(写真を提供してくれた在日コリアン)。 品揃えも豊富で、「全般的に、店舗に置かれている商品の数は少ないとはまったく感じられない」(同)。同店の陳列棚にはDVDや書籍などもぎっしり置かれ、特に女性歌手・演奏家で構成される「モランボン楽団」などの音楽関係のソフトが多く置かれていたという。店員もそれぞれの制服を身につけ、楽しそうに働いている様子がうかがえる」。 実際に見た新空港の出国ロビーの様子はそのとおりでした。広くて明るく、同国の観光や宣伝用の書籍が豊富に揃えられていましたし、カフェや免税店なども並んでいました。 ちょっと面白かったのは、出国ロビー中央にある喫茶コーナーのウエイトレスたちが、まるで昔の客室乗務員のような青い制服に帽子をちょこんと載せて微笑んでいたことです。 エスプレッソ(2.5ドル)を頼むと、チョコレートケーキをサービスしてくれ、その場でナイフとフォークで切り分けてくれます。さらには、極甘な麩菓子のデザートまでつくって持ってきてくれました。 なかなか人懐こそうで、愛嬌のある彼女だっただけに、こういう場面で『指さし会話帳』が使えたら……。ちょっと残念でした。 ところで、「新ターミナル(の開業)は、北朝鮮経済をテコ入れするための一つと考える観光業の振興のため」(東洋経済オンライン記事)だといいます。 今回北朝鮮を訪ねて、確かにこの国では「観光業の振興」を進めているらしいことは感じられました。実際、行ける場所が限られているとはいえ、どこに行っても中国人観光客たちと一緒になりましたし、欧米客の姿も多く見かけました。 冒頭の没収話に象徴されるように、彼らのやり方は我々のニーズとそれほどピッタリ合うわけではありませんが、いまこの国でどんなことが起きているか、追々紹介していこうと思います。
by sanyo-kansatu
| 2015-10-01 11:24
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