2015年 12月 15日
最近、訪日外国客の受け入れをめぐる報道が増えてきたと感じます。昨年くらいまで日本のメディアが好んで扱うのは「外国人の消費による経済効果」の話ばかりだったことを思えば、いいことだと思います。それだけ一般の日本人も訪日外国客と日常的に接触する場面が増えており、ただ経済効果の話として説明するだけではすまない社会の変化が生まれているからでしょう(実際、一部の小売店を除けば、経済効果なんてぴんとこない話ですから)。 今日の朝日新聞の朝刊で報じられたのが、「入れ墨・タトゥーの外国人の入浴」をめぐる話題です。以下、転載します。 入れ墨お断り、見直す動き 外国人増え「隠せばOK」も(朝日新聞2015年12月14日) http://www.asahi.com/articles/ASHD346LTHD3UTIL014.html 入れ墨・タトゥーの方の利用はお断りします――。公衆浴場や旅館で、こうした表示を見直す動きが出ている。風習やおしゃれで彫る外国人や若者が増えているからだ。観光庁も海外の風習を周知する考えだ。 「タトゥーのある方の利用を試験中」。さいたま市の温浴施設「おふろcafe utatane」は入り口に貼り紙を出した。フロントで200円のシール(約13×18センチ)を買い、入れ墨に貼って隠せば入浴できるようにし、8月から月10人前後の利用がある。 広報担当の野村謙次さんは「日本人と外国人観光客が半々。2020年の東京五輪を前に、若者のファッションや外国人の文化としてのタトゥーを受け入れる必要がある」と話す。 高級旅館を運営する星野リゾートも10月、一部の温泉旅館で同様の試みを始めた。「タトゥーに抵抗感があるお客様に安心してもらう狙い。半年間試行して続けるか決める」という。 対応に悩む施設もある。河口湖温泉(山梨県)の観光案内には年9万人近くの外国人が訪れるが、ホテルや旅館は入れ墨禁止。「何でだめなの」との問答も時にある。河口湖温泉旅館協同組合の功刀(くぬぎ)忠臣事務局長は「タトゥーを認めなければ時代に追いつかないが、クレームもある。行政がルールを示して欲しい」。 一方、北海道恵庭市の温泉施設は、あごに入れ墨をしたニュージーランドの先住民族の女性の入浴を一昨年断り、「時代遅れ」と抗議を受けたが、今も同じ対応だ。「国際化も大切だが常連客を犠牲にできない」と話す。 入れ墨はいつから嫌われるようになったのか。 関東弁護士会連合会が昨年出した冊子によると、入れ墨は江戸時代まで黙認されたが、明治時代に禁止された。軽犯罪法の前身の「警察犯処罰令」に規定され、1948年の同令廃止まで規制された。 一般社団法人・日本温泉協会によると、公衆浴場法に入れ墨に関する規定はないが、禁止する施設は「衛生及び風紀に必要な措置を講じなければならない」の条文を踏まえている。 約500万円かけて全身に蛇などの図柄を彫った元暴力団員の40代男性は「入れ墨の男がいれば周りは怖いと思う。時間帯によってはOKにするといったやり方もあるんじゃないか」。 東京を観光していたポーランド人のクジェストフ・ベプフアさん(34)も両腕や背中にタトゥーがびっしり。来日後、温泉の入れ墨禁止を聞いてがっかりした。「日本の文化を尊重しルールは守る。でも、タトゥーは子どもの誕生記念や親への思いをこめたものでもある」と訴えた。 3度目の来日というイタリア人古物商エミリアーノ・ロレンツィさん(38)も左腕の手首近くまでタトゥーがある。「最初は温泉に入れず戸惑ったが、今は入れ墨と日本のマフィアの関係が深いことも理解している」。松山市の道後温泉に行く前にネットで入浴できる施設を調べるという。(岩崎生之助、後藤遼太) 日本政府観光局によると、昨年の訪日外国人は10年前の約2倍の1341万人。観光庁の1~3月の外国人への調査で「最も期待していたこと」は日本食、ショッピングに次いで温泉入浴が3位だった。 観光庁は6月、温泉や旅館など3768施設にアンケートし、581施設が回答。入れ墨がある人に対し、325施設(56%)は入浴を断り、178施設(31%)は受け入れていた。シールで隠すなど条件付き許可は75施設(13%)だった。 断る経緯について59%が「風紀・衛生面で自主的に」、13%は「業界・地元事業者で申し合わせた」と答えた。入れ墨をした人の入浴でトラブルがあったと回答したのは19%だった。 田村明比古長官は「観光立国を目指す中、一律お断りがいいのか。それぞれの事情に配慮があってもいい」と述べた。同庁は今後、業界団体と連携し、タトゥーはファッションや宗教的慣習の一つと周知する方針だ。(中田絢子) 〈著書「いれずみの文化誌」がある皮膚科医の小野友道さんの話〉 反社会的とみなされてきた入れ墨と、ファッションや文化としてのタトゥーが混在し、線引きが難しい。シールのように大きさで区別するのは一つの手だ。東京五輪を控えて外国人が増える中、温かい目で見る必要がある。「入浴お断り」ではなく「お断りすることもあります」と表現を変えるだけで印象が違う。 〈暴力団に詳しいフリージャーナリストの鈴木智彦氏の話〉 暴力団員のうち入れ墨持ちは7割くらいの印象。近年は減少傾向だ。現役でも入れ墨が無ければ公衆浴場に入れるし、逆に暴力団から足を洗っても入れ墨持ちだと入れないなど、一律入浴禁止のルールは現実的でない面もある。入れ墨を背にした暴力団員が威嚇していた過去は覚えておくべきだが、彼らにいつまで我慢させるのだろうか。 ちょっとLGBT(性的少数者)をめぐる議論と似ているようにも感じるこの話題を朝日新聞が取り上げたのは、記事中にもありますが、観光庁が今年10月に公表した以下の宿泊施設に対する調査結果を受けてのものだと思われます。 入れ墨客の入浴、56%が拒否=外国人増で宿泊施設調査-観光庁(時事通信2015/10/21) http://www.jiji.com/jc/zc?k=201510/2015102100737&g=eco 観光庁は21日、温泉や大浴場への入れ墨(タトゥー)客の入浴を認めるかについて、全国の宿泊施設を対象としたアンケート調査の結果を公表した。外国人観光客が入浴を断られるケースがあるためで、56%の施設が拒否していることが分かった。一方で、31%が許可、13%が入れ墨をシールで隠すなどの条件付きで認めていた。 近年はファッション感覚で入れ墨をする外国人が増えているほか、民族の慣習で入れる場合もあるという。観光客の入浴を一律に断ることについては議論があり、実態を調べていた。 アンケートはホテルや旅館など3768施設を対象に実施し、回答率は15.4%だった。入れ墨客の入浴に関するトラブルは19%の施設で発生。また、一般客から入れ墨に関する苦情を受けたことがある施設は47%だった。同庁は実態をより詳しく把握し、今後の対応を検討する。 「入れ墨・タトゥーの外国人の入浴」をめぐる議論は、実はずいぶん前から国内の宿泊&温浴施設関係者らの間で起きていました。 今年5月、外国客に人気の新宿区役所前カプセルホテルの小川周二経営企画室室長に話をうかがったときも、当然のようにこの話題が出てきました。小川室長はこの件について、以下のようにお答えになっていました。 「タトゥーの方はチェックイン時にお断りしています。これを外国の方に説明するのが難しいですね。刺青のもつ社会的な意味が日本と外国では違うからです。外国の方にとってはおしゃれとしてタトゥーをしてらっしゃるのでしょうが、日本のお客さまにはアレルギーのようなものもあり、これは日本政府観光局でも、どう外国客に説明していくべきか検討していると聞きます」 ※いまどきの都心のカプセルホテルがどんなことになっているかについては、以下をご参照ください。 外国客に人気と噂の新宿区役所前カプセルホテルに泊まってみた http://inbound.exblog.jp/24526002/ カプセルホテルのどこが外国客に人気なのだろうか? http://inbound.exblog.jp/24532753/ 時代はサラリーマンからツーリストへ(新宿区役所前カプセルホテルの顧客が変わった理由) http://inbound.exblog.jp/24532781/ 同じ問題は、ホステル系の宿泊施設だけではなく、高級温泉旅館でも起きていたことを知ったのは、最近トマムリゾートを買収した中国の投資会社トップが失踪したことで話題となった星野リゾートの以下の取り組みでした。 温泉旅館ブランド「界」では タトゥーカバーシールの試験運用を開始いたします(星野リゾート ニュースリリース2015年4月15日) http://www.hoshinoresort.com/information/release/2015/04/9362.html 2015年10月1日より、星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」の全施設で、タトゥーカバーシールを試験的に使用することにいたしました。 日本では社会通念として、タトゥーのある方が大浴場を利用することを制限しているケースが多いのが現状です。しかし、国内外の若い世代では、ファッションとしての小さなタトゥーが容認されてきており、温泉旅館の大浴場をご利用になったお客様から、タトゥーのある方と一緒に入浴することへのご不満をいただくこともあります。 このような状況から、一つの試みとして8cm✕10cmのシール1枚でタトゥーをカバー出来る場合に限り、入浴を可能とすることを10月より行い、今後の方針を考えていく契機にいたします。タトゥーカバーシールは、ご希望の方に無料で配布いたします。 海外顧客の増加に伴い、ニュージーランドのマオリの方々のような事例にあるように、民族文化としてタトゥーのある方が温泉入浴を希望されるケースが増えてきております。今回の試みが契機となり、このような方々にも日本の温泉文化を楽しんでいただける、新しいルールの模索に発展して行くことを願っております。 この取り組みについては、朝日新聞もすでに報道していました。 小さなタトゥー、隠せば入浴OK 星野リゾートの旅館(朝日新聞2015年4月16日) http://www.asahi.com/articles/ASH4H51JPH4HULFA01K.html 小さな入れ墨(タトゥー)ならシールで隠せばお風呂に入れます――。高級旅館チェーンの星野リゾートは15日、自社で運営している13の温泉旅館で、小さな入れ墨がある人の大浴場への入浴を試験的に認めると発表した。 静岡県の熱海などにある高級温泉旅館「界」で、10月から6カ月間試行する。旅館が用意する白色の8センチ×10センチのシールで隠れる大きさなら入浴を認める。 「暴力団関係者のシンボルで、ほかの客に恐怖心を与える」などとして、日本では多くの宿泊施設や公衆浴場で入れ墨がある人の入浴を禁止している。ただ、若者の間でタトゥーがファッションとして広がり、民族や文化的な理由で入れている外国人も多い。星野佳路(よしはる)代表は「旅館や観光庁、温泉ファンも含め、ルールのあり方を考える契機にしたい」と話す。(土居新平) さらには、産経新聞も埼玉県の温浴施設でのタトゥーシール導入の取り組みをすでに報じていました。 タトゥー隠せば入浴OK さいたまの浴場、11月まで試験運用 海外客増、認識も進む(産経新聞2015.9.15) http://www.sankei.com/region/news/150915/rgn1509150025-n1.html 入浴施設の大半が「タトゥー(入れ墨)お断り」を掲げる中、さいたま市北区の温浴施設「おふろcafe utatane」で、小さなタトゥーならシールを貼って隠すことで入浴を受け入れる取り組みが始まっている。8月1日から1カ月間の試験的な運用だったが、「新しい層の来客があり、既存利用者の方からの批判的な意見もない」として11月末まで期間を延長した。県は「全国的にも珍しい取り組み」として注目している。 同店を運営する温泉道場(ときがわ町玉川)は、「おふろから文化を発信する」をモットーに県内3カ所で温浴施設を運営。中でも約2年前にオープンした同店は、宿泊施設を備えて駅に近いため、若者や外国人の利用が多いという。 シール導入の背景には、若い世代に小さなタトゥーがファッションとして認識されつつあることや、文化としてタトゥーを施す外国人旅行客の増加がある。大手宿泊事業会社「星野リゾート」が10月からの導入を決めたことも後押しし、「今まで店を利用したことのない人にも楽しんでもらおう」とスタートした。 シールは縦12・8センチ、横18・2センチのB6サイズで、申し出を受けるか、スタッフがタトゥーを見つけた際に声をかけ、1枚200円で販売。1枚以内で隠しきることが条件で、数カ所にタトゥーがあってもシールを切り分けて隠せれば問題ない。利用者には男女それぞれのスタッフが脱衣所まで同行し、シールからタトゥーがはみ出していないかをチェック。隠しきれない場合は入浴を断っている。 1カ月間で利用者は20人ほどだったが、「20年ぶりに大衆浴場に入れてうれしい」など好意的な意見が多かったほか、「術後の傷を隠せてありがたい」と想定外の利用者もいたという。 店を利用した同市の女性(41)は「タトゥーが見えないなら入っていても気にならない。外国人が利用できるのはいいかも」と理解を示した。一方、母親(68)は「やっぱりタトゥーには怖い印象がある。これも時代の流れなのかな」と話していた。 県生活衛生課などによると、県内の銭湯や公衆浴場は26年度で666カ所(暫定値)。多くの施設でタトゥーがある人の入浴を禁止しているが、県の条例や公衆浴場法では規制する法令はなく、あくまで浴場運営業者の判断という。 温泉施設は減少傾向にあるが、「これまでの利用者も納得できて、新たなニーズを取り入れようという工夫は応援したい」と同課。同店は「取り組みの過程でタトゥーに対するイメージや感覚が変わってくる可能性もある。試験の結果次第では本格的な導入も検討したい」と話している。(川峯千尋) 外国人に入浴してもらうために、タトゥーをシールで隠しちゃおうというこのアイデア。このシールをめぐっては、「縦12・8センチ、横18・2センチでは小さすぎる(からすべてを隠せない)」とかいろいろ議論があるそうです。関係者らが大真面目に考えたことだと思うので、笑っちゃいけないのかもしれないけれど、外国人がシールを貼ってお風呂に入っている様子を想像すると……。 だいたい彼らも、日本人客の気持ちを理解して、こころよくシール貼ってくれるものなのでしょうか。自分が貼る側だとしたら、面倒くさい気がします。それ以上に、なぜ日本人がタトゥーを好まないかについて個別の外国人一人ひとりに理解させることはそんなに簡単なことではないのでは。この問題は日本人の感情だけでなく、外国人の気持ちも考えたうえでの相互理解が必要なように思えます。つまり、どう周知させるかについても双方に対して丁寧に行う必要がありそうです。 ところが、ネットでこの種の議論の意識調査をすると、このとおり。ネットの特性がもろに出てしまいますね。「ここは日本なんだから、郷に入れば郷に従え」。そう言いたくなる人の気持ちもわからないではありませんが…。 Yahoo!意識調査 「タトゥー・入れ墨のある外国人を入浴拒否」どう思う? 現在の総投票数252,462,630票(2015年12月15日現在) http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/domestic/17462/result 日本人も外国人も入浴拒否にすべき 59.9% 232,099票 日本人も外国人も入浴拒否にすべきではない 18.6% 72,221票 外国人については許可すべき 17.0% 65,981票 どちらでもない/わからない 4.5% 16,975票 それでも、世の中にはいろんな情報が発信されているようです。 タトゥー入っててもOKな温泉・銭湯・プールまとめ【関東編】(Find Travel) http://find-travel.jp/article/18883 このサイトの記事では、関東のタトゥーOKな温泉・銭湯・プールのうち以下の8軒を紹介しています。 日暮里 斉藤湯 成田の命泉 大和の湯 伊香保石段の湯 ふくの湯 元町公園プール 千歳温水プール 本牧市民プール 目黒区民センタープール 実際、どんな感じなのか見てみたいものですね。 こんなサイトもありました。 Tatto Spot http://tattoo-spot.jp/ 「タトゥースポットは、近年厳しくなってきている"刺青お断り"ではないお店を掲載しているサイトです。タトゥーや刺青が入っていてもお店に入ることができ、各種施設を使うことができる店舗のみが全国のタトゥーユーザー達から投稿されるサイトです。 タトゥースポットでは、全国のタトゥーユーザーや、海外からの旅行者の方などが各店舗様のルールにのっとってご利用できるよう常に情報提供をお待ちしております」。 訪日外国客の増加は、我々の社会に、たとえば共同風呂に入るというような、きわめて個人的な生活の一場面の中で、外国人との相互理解をはかる必要を迫られることも意味しています。あんまり優等生的な発言はしたくないのですが(誰だって目の前に大きなタトゥーが現れたらびっくりしますから!)、なるべくこのような場面に出くわしても、穏健に対処する心構えというか、心の弾力性を身につけておきたいものだと思います。 もしそういう場面に出くわしたときは、映画『テルマエ・ロマエ』で阿部寛が扮するルシウス・モデストゥスが見せた爆笑お風呂シーンを思い起こして、気を紛らせてみたりすることは有効ではないでしょうか。
by sanyo-kansatu
| 2015-12-15 07:53
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