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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2020年 06月 16日

社会主義リアリズムの美学と1970年代に撮影された労働者たち(ウラジオストクの写真家展 その1)

昨冬から今年春にかけて、ウラジオストク郊外にある「ザリャー(фабрика ЗАРЯ)」と呼ばれるアートコンプレックスで「FAR FOCUS. PHOTOGRAPHERS OF VLADIVOSTOK(極東フォーカス、ウラジオストクの写真家たち)」という企画展が開かれていました。

ウラジオストクに縁のある写真家19名の400点にもおよぶ作品が8つのテーマの小部屋に分類され、展示されていました。これまでほとんど知られていなかった極東ロシアの社会の実像を理解するために、これほど役立つ企画展はないと思いました。新型コロナウイルス制限下で時間はたっぷりあるので、これらの写真について考察していきます。


まず、第1のテーマ「アイデンティティ:ポートレイトとアンチ肖像画」から始めましょう。

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フランスの哲学者ロラン・バルトの最後の著作として知られる『明るい部屋 写真についての覚書』(1980)の中の写真とアイデンティティについてのエピグラフから始まるこのテーマの部屋では、1970年代から2010年代にかけて撮られたウラジオストクのさまざまな人物ポートレイトが展示されています。

ロシアにおける肖像画の歴史は、それほど古くはありません。ピョートル大帝が18世紀初頭、サンクトペテルブルク建都とともにヨーロッパから採り入れた芸術文化は、それまで宗教色に塗り込められていたロシアの美術に大きな変革をもたらしました。正教寺院のみならず、各家庭に置かれた無数のイコンに代表される聖人画の呪縛から解き放たれ、西洋諸国と同様に、当時の王侯貴族たちの肖像画が描かれるようになりました。

19世紀に発明された写真は、新たな肖像画を残すための装置となりました。同世紀後半になると、ロシアでは国内各地を訪ね、民族衣装を身に着けた農民たちを撮る写真家が現れました。

エジンバラ生まれの建築家、写真家のウィリアム・キャリックは、サンクトペテルブルクの芸術アカデミーで学んだ後、1859年にロシアで最初の写真スタジオを開きました。


最初は注文に応じて人物ポートレイトを撮っていましたが、その後、レーニンが生まれたヴォルガ川沿いのシンビルスク州(現ウリヤノフスク州)を旅し、ロシア人の農民やモルドヴィア人、タタール人、チュヴァシ人たちの生活を記録する大規模なコレクションを世に問います。ロシアで最初の民俗誌写真家として知られた人物でした。


その後、ソビエト時代には、主に社会主義リアリズムの美学のために「職場における労働者の肖像画」が撮られるようになりました。地域を代表する主要な企業では、専属の撮影師を抱えていたほどです。


さて、最初に紹介するのは、ウラジオストクの企業内撮影師だったゲオルギイ・フルシチョフが1970年代に撮った工場労働者たちの肖像です。

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Георгий Хрущев
Из серии «Построение развитого социализма». ПАО «Дальприбор», Владивосток. 1975–1980
ゲオルギイ・フルシチョフ
シリーズ「社会主義を構築する」より。ダルプリボル社、ウラジオストク 1975–1980年

左の小さな写真の眼鏡をかけているのがゲオルギイ・フルシチョフです。この企画展では、彼の作品は他のテーマの部屋でも数多く紹介されていますが、ここにあるのは、彼の写真家としての原点ともいえる作品群なのでしょう。


当時彼が勤めていたダルプリボル社
は、1967年沿海地方の工業団地の中に計器建設企業として設立されました。今日、同社はソナー機器の製造で知られるロシア唯一の航空機検索機器メーカーです。こういう写真が多く残されていることから、地元を代表する優良企業だったのでしょう。

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フルシチョフが撮り収めたモノクロ写真の労働者たちの構図は、実に多彩です。個人に対する接写もあり、被写体たちの表情もさまざまです。


集合写真もありますが、カメラのレンズを見据えている人もいれば、まったく無関心のような態度を取る人たちもいて、興味深いです。いまから約50年前に撮られたものですが、それほど古いという印象はないのは、なぜでしょうか。そもそも、どのような目的で、また設定でこれらの撮影が行われたのか知りたくなります。

なぜなら、ソ連邦が解体し、すでに30年近くがたつ今日でも、北東アジアには北朝鮮や中国のような「社会主義政権」が存在し、それらの国々では、いまもなお労働者たちの輝かんばかりのポートレイトが撮られているからです。それはあまりに旧来過ぎて、代わり映えがしない。たとえば、北朝鮮のPR誌には以下のような労働者の姿が掲載されています。

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一方、1970年代という時代に、ウラジオストクではこのような労働者の様態を撮影していたという事実が面白いのです。いったい両者の違いは何だといえるのでしょうか。

フルシチョフはこれらの作品群について「私たちが発展した社会主義の下でどのように生き、働いていたかについて」伝えるものだと語っています。


今度ウラジオストクを訪ねる折には、ぜひフルシチョフ氏に以下のようなことをお聞きしてみたいです。


1)被写体となった労働者はどういう方たちで、どんな仕事を担当していましたか?
2)これらの写真はどのような目的で、また設定で撮影されましたか?
3)社会主義の時代の労働者たちはどのような思いで仕事をしていたのでしょうか?
4)企業専属の撮影師の仕事とその目的はどのようなものだったのか?


まだまだありますが、ひとまずそんなところでしょうか。



by sanyo-kansatu | 2020-06-16 11:24 | 極東ロシアのいまをご存知ですか?


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