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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2020年 06月 24日

報道写真家、沿海地方最北端のウデゲ村で1週間滞在する(ウラジオストクの写真家展 その8)

ウラジオストクの「ザリャー(фабрика ЗАРЯ)」で開催された企画展「FAR FOCUS. PHOTOGRAPHERS OF VLADIVOSTOK(極東フォーカス、ウラジオストクの写真家たち)」の第2のテーマ「自然の写真と写真の自然:ゾウと星」のふたつめの作品群も、前回同様、ロシア沿海地方の北部の村を訪ねた記録です。

2016年冬、報道写真家のアレクサンドル・キトロフは、地元メディアのPrimaMediaの取材で、沿海地方最北端にあるアグズ村に1週間滞在しました。

そこは北緯473530秒、東経1382325秒に位置し、冬にはマイナス40度になる厳寒の土地で、先住民族のウデゲ人が暮らしています。

報道写真家、沿海地方最北端のウデゲ村で1週間滞在する(ウラジオストクの写真家展 その8)_b0235153_14442478.jpg

この3枚の写真は、凍てつく厳寒の夜にアグズ村の集落から見た満天の星空や新年を祝って打ち上げられた花火、そして木造家屋の家並みです。この村の暖房は薪を使ったストーブで、屋根の煙突から白い煙を出しています

報道写真家、沿海地方最北端のウデゲ村で1週間滞在する(ウラジオストクの写真家展 その8)_b0235153_14441614.jpg



АлександрХитров

«Солёдэ, большая земля!»Удэгейцы села Агзу. 2016

アレクサンドル・キトロフ

「しっかりとした、大きな土地!」 アグズ村のウデゲ人 2016

報道写真家、沿海地方最北端のウデゲ村で1週間滞在する(ウラジオストクの写真家展 その8)_b0235153_14442082.jpg

このウデゲ人の青年は、ニキータ・カマンディガという名の猟師です。

頭からフードを被り、睫毛とヒゲが凍り付いているキトロフ氏本人の小さな顔写真は、アグズ村に滞在したときに撮ったものではないでしょうか。これらの写真だけでは、それ以上のことはわかりません。もしキトロフ氏に会ったら、以下のようなことを聞いてみたいと思いました。

1)取材の目的は何だったのか。
2)公共交通のない孤立した村にどうやって行ったのか?
3)今日のウデゲ人の暮らしはどのようなものか。

※<その3>で、グレブ・テレショフが2003年に撮った先住民族のウデゲ人たちのポートレイトを紹介しています。またビギン川沿いでエコツーリズムと関わりながら生計を立てているウデゲ人たちもいますが、観光という文明的な活動とは無縁の辺境の地で暮らす彼らの置かれた状況はどうなっているのでしょうか。

ネットを検索していると、以下のPrimaMediaのニュースサイトでキトロフ氏らによる取材の成果を詳しく知ることができました。アグズ村の住人たちも多数登場します。

"Солёдэ, большая земля!" - удэгейцы села Агзупривыкли к изолированности

PrimaMedia целую неделю изучали быт и искали шаманов в"чертовом месте"

「しっかりとした、大きな土地!」孤立したウデゲ村アグズ

PrimaMedia1週間かけて人生を学び、「いまいましい場所」でシャーマンを探した

06.02.2016

https://primamedia.ru/news/488248/

簡単に記事の内容を紹介しましょう。これはキトロフ氏がウデゲ人の村で過ごした1週間の記録です。


まず、キトロフ氏とライターのふたりは、バスとヘリコプターを使ってアグズ村に行ったようです。ふたりは、前述のウデゲ青年
ニキータ・カマンディガの家にホームステイしました。


彼の家には両親や姉妹がいて、おばあさんが魚中心のウデゲ料理でもてなしてくれたそうです。


キトロフ氏らは村長のヴァーレリー・アンプリエフに面会に行きます。アグズ村は人口約200人の集落で、大半はウデゲ人で構成されており、彼らは狩りや漁労で生計を立てているといいます。村長は新年の祝いにふたりを招待してくれました。取材の時期からみて、夜の花火の写真はそのときのものではないでしょうか。


村長は医療や教育の面で村に問題があると言いました。実際、村の病院を訪ねると、唯一の医療従事者であるアンジェリカ・エルクナペジャンは、医療設備の遅れと不備に苦労していました。そもそも救急患者が出ても、ヘリコプターで救命士を派遣しなければならない、孤立した村です。


村の学校を訪ねると、教師はいるものの、村の子供たちは中等教育以降は学校に来ないで、森に狩りに出かけてしまうといいます。以前はウデゲ語の授業や民俗文化、ダンスなどを学ぶ機会もありましたが、いまでは教えることをやめたようです。


それでも、地元にはオルガ・ロボタのようにウデゲ文化を継承したいと考えている人もいます。村にはロシアの人類学者アルセーニエフにちなんで名付けられた小さな博物館があり、ウデゲ人の衣装や生活用具などの民俗文化を伝える展示があります。


ウデゲといえば、多くの北方民族と同様にシャーマン文化があります。オルガの祖父はシャーマンで、儀式に使うタンバリンや衣装など見せてくれました。


キトロフ氏は
ニキータ・カマンディガと一緒に狩りや漁労のために森の中を歩きました。ニキータの将来の夢は、一度都会に出てプロのハンターの資格を取り、村に戻ることだそうです。はたしてウデゲ人の村と文化はどこまで生き続けることができるのか――。記事はこう結ばれています。


このレポートは、極東ロシアの先住民族の今日の姿をわかりやすく伝えています。写真も多く掲載されているので、アクセスしてみてください。



by sanyo-kansatu | 2020-06-24 14:48 | 極東ロシアのいまをご存知ですか?


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