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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2020年 06月 28日

1985年のウラジオストク、戦勝記念日の光景(ウラジオストクの写真家展 その12)

広角レンズで撮られた周囲が丸く歪んで見える広場には、多くの市民が繰り出しています。記念撮影をする家族や子供連れもいますが、歩行者天国になっている通りの向こうの波止場には、軍人たちが並んで歩く姿も見えます。右手後方には軍艦も数隻停泊しています。正面には帆はないもののマストを持つ帆船のような船も見えます。

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この写真は198559日、ウラジオストク港に面した通りであるカラブリナヤ・ナベレジナヤで撮られていますS-56潜水艦博物館の前の広場といえば、おわかりになる方もいるかもしれません。正面の帆船はクラスヌィ・ヴィムベル軍艦です。以前は内部を見学できたようですが、最近は公開していないようです。写真はS-56潜水艦博物館を背にして撮ったものと思われます。

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この日は戦後40年目のロシアの戦勝記念日でした。ロシアでは、第2次世界大戦についての考え方が他の国とは少し違います。日本では193945年と教わりますが、ロシアでは41~45年、つまり独ソ戦の時期を第2次世界大戦とみなします。そして、大祖国戦争と呼んでいます。これだけ大勢の市民が、港が見える広場でのんびり過ごしているのは、国を挙げた祝日だからでしょう。


とはいえ、この時期、ペレストロイカの時代を迎えていたとはいえ、軍港であるウラジオストクの、しかも軍艦が停泊するこの光景は、国外に広く公開することはできなかったと思われます。一方、冷戦が終わっていなかったにもかかわらず、市民ののどかな風情や軍人たちの様子も、祝日だからかもしれませんが、緊迫感などほぼ感じません。


この写真を撮ったのは、1950年モスクワ生まれの女性写真家のエレナ・メルニコワです。モスクワ工科大学を出て、専門的に写真を学んだのち、1972年から撮影を始めたという彼女がいつからウラジオストクに来たかはプロフィールに書かれていませんが、現在はロシア写真芸術家連合沿海地方支部のメンバーだそうです。


好きなジャンルは、肖像画と静物画とか。写真家としては、アメリカの『ヴォーグ』で活躍したアーヴィング・ペンや、フランスの写真家でファッションデザイナー、さらに香水ブランドのクリエイターでもあるセルジュ・ルタンス、ロシア系アシュケナジムのアメリカの女性写真家リリアン・バスマン、トルコ生まれのカナダの写真家ユーサフ・カーシュなどの名前を挙げています。


この日、中央広場に面した別の場所では軍事パレードが行われていたはずです。でも、彼女はあえてそちらにカメラを向けることはなく、広場の群衆を被写体としました。

この写真の持つ歴史・社会的な意味や撮影の意図については、ぜひともメルニコワさんに詳しくお聞きしてみたいところですが、つい最近の
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24日、ウラジオストクで75年目の戦勝記念日の軍事パレードが行われています。ロシアでは通常戦勝記念日は59日ですが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で約1ヵ月半の延期となっていたのです。


現地在住の友人たちが軍事パレードの様子を撮った写真を送ってくれました。


港を見渡す中央広場に面したスヴェトランスカヤ通りを埋め尽くす装甲車、兵士も足を高く上げて行進しています。いったいこれは何事か? 映画の撮影シーン? 軍事パレードそのものにカメラを向けると、そのように感じるかもしれません。


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YOUTUBEテレビ東京チャンネルで、モスクワでのパレードをノーカット配信しています。https://www.youtube.com/watch?v=JfFqkVJxUqM


ヨーロッパの町並みが続く美しい港町も、確かにこの日ばかりは一変します。ウラジオストクを訪ねた日本人が、いちばん驚くのがこのパレードを目撃した瞬間かもしれません。


でも、写真を観るだけでは伝わらない、このパレードに対するロシアの人たちの思いを理解する必要があります。


多くの人命が失われた大祖国戦争が終わった日は、ロシア人にとってどんなことにも勝るお祝いの日なのです。


ですから、午前中のパレードが終わると、街の雰囲気はさらに一変します。中央広場や噴水通りに多くの市民が繰り出し、ダンスや音楽コンサートが始まります。そして、夜は花火でにぎわいます。国を挙げてのお祭りなのですから。

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ウラジオ.comの宮本智さんは「今年のパレードは、コロナの影響で遠くからしか見ることができず、例年に比べたら観衆は少ないです。基本的にはみんなTV生中継を観ています。パレードには軍楽隊のブラスバンドもあり、にぎやかです。軍事パレードに怖いイメージを持つ人がいるかもしれませんが、ロシア人はとても親日的で、まったく好戦的な人たちではありません。戦勝記念日のパレードとそのあとに続く祭りの盛上がりはロシアらしさを感じさせてくれます」


地元旅行会社日本海ブリッジのウラジーミル・ルセンコさんも、この日街で出会ったウラジオストク市民の様子を伝えてくれました。まずパレードに参加した軍人の女性おふたりです。颯爽と着こなした軍服も似合っていますが、笑顔がステキですね。

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もうひとりはキックボードに乗って、スポーツ湾に面した海辺通りに現れた退役軍人のおじいさん。胸にたくさんの勲章を付けています

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そして、海を背景に、かわいい孫娘とツーショット。ほのぼのシーンです。この日ばかりは、退役軍人のおじいさんたちはちょっとしたヒーロー扱いになるのです。

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宮本さんは言います。「ロシアの社会では、過去の歴史と現在を繋ぐ軍の存在や軍人に敬意払うことが根付いています。だから、軍事パレードも市民にとってはお祭りみたいなもの。それでみんなも楽しいから、こんなに盛り上がるのです」。


このような考え方や認識について、2次世界大戦の敗戦国である日本人には理解が難しいかもしれません。実際、ウラジオストクの地元メディアの中には、戦勝記念日のイベントを「茶番パレード」と批判する声もないわけではありません。中国ではないので、政府批判もごく日常です。しかし、そういう批判は多くの市民に支持されていないと聞きます。


であればなおのこと、両国の歴史とともに文化の違いを理解するという意味で、この軍事パレードについて知ることは、貴重な体験といえるのではないでしょうか。



by sanyo-kansatu | 2020-06-28 13:09 | 極東ロシアはここが面白い


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