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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2020年 07月 07日

商売人から観光客に変貌したキタイスキーたち(ウラジオストクの写真家展 その18)

「職場」をテーマにした展示の最後は、<その3><その10><その13>でサハリンのウデゲ人のポートレイトや、チュクチ自治管区や国後島など辺境地域、そしてウラジオストク周辺の虚ろな光景を撮ったグレブ・テレショフです。

今回彼が撮ったのは、ウラジオストク北部にあるウスリースク市内の通称「キタイスキー市場(中国市場)」にいる中国人です。撮影は2005年です。


まず若い中国人商人の女性です。背後に女性モノのブーツが並んでいる様が見えます。カメラを向けられた彼女の表情から読み取れる感情は何でしょうか……。

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Глеб Телешов

Китайский рынок. Уссурийск. 2005

グレブ・テレショフ

中国市場 ウスリースク 2005年


次も女性の商人で、背後に女性モノの衣類や帽子が見えます。

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こちらも女性の商人で、セーターやジャケットがハンガーに吊り下げられて並んでいます。もちろん、これらはすべてメイドinチャイナで、ロシア製で同じようなものを買おうとすると何倍もするはずです。彼らはロシア人が苦手とする軽工業産品を膨大な労働力で安価に大量生産し、こうしてロシアに持ち込んでいるのです。その勢いに、ロシア人たちが抗えるはずもありません。ウスリースクは沿海地方における中国製品の最大の集積地です。

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通称「キタイスキー市場(中国市場)」は、<その17>で簡単に説明したように、「1990年代のある時期から多くの中国人商人が当時ロシアで圧倒的に不足していた日用雑貨や衣料品、靴などをこの地に運び込んだ」ことから形成されています。


これらの写真は、ウラジオストクの通称「キタイスキー市場」の中国商人たちの販売ブースの一部です。うず高く摘まれているのは、すべてメイド
in
チャイナです。

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実は、まったく同じ光景は、中国の大都市、地方都市でも見られます。これは遼寧省瀋陽市の五愛市場という巨大な市場の衣料品のスペースですが、ウラジオストクの「キタイスキー市場」と同じですね。

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さて、テレショフの4枚目の写真は、それから10年後の2016年に撮られたものです。ひとりの中国人男性がパスポートを何冊も束ねてチェックしています。背後に女性もいて、彼女も同じ作業をしているようです。いったい彼らは何者でしょうか?

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Глеб Телешов

Китайские туристы. Владивосток. 2016

グレブ・テレショフ

中国人観光客 ウラジオストク 2016年

そうなのです。彼らはウラジオストクを訪れる中国人団体ツアー客のガイドです。


中国黒龍江省や吉林省(内モンゴル自治区もそう)はロシアと国境を接していることから、同省の住人に限り、相互でビザなし協定を結んでいて、バスに乗って団体ツアーでウラジオストクに観光に来るようになりました。
2010
年代半ばくらいからのことです。

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ぼくは2年おきくらいに黒龍江省の綏芬河を訪ねますが、現地の旅行会社では「ウラジオストク23日のバスツアー」を販売しています。この写真は綏芬河駅で撮った現地の旅行会社のツアー案内ですが、「海蔵威」とあるのがウラジオストクの中国名です。ウラジオストクにはこの写真のような教会はありませんが、こういういい加減なところがいかにも中国らしいです。


このようにテレショフの
4
枚の写真から、ウラジオストクに来る中国人が2000年代の商売人から、2010年代には観光客へと変貌したことがわかります(いまも商売人はたくさんいますけれど)。


ウラジオストクを訪れる中国人団体客がどのような旅行をしているかについては、ツアーパンフレットからもうかがえますし、実際、ウラジオストクの町を歩いていると、至る場所で中国客を見かけます。特にみやげもの屋に行くと、大量にいます。

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ところで、テレショフの写真とは関係ありませんが、ここでもうひとつの話題を触れておきたいと思います。


人の流れは一方的ではないということです。中国人同様、ロシア人も中国に旅行に出かけているということです。


ウラジオストクの人たちの中国旅行の訪問先は、主に吉林省の
琿春と前述の綏芬河です。


この写真は琿春です。吉林省最東端のロシア国境の町ですが、このようにロシアを模したテーマパークのような一角があり、ロシア人相手のロシアレストランやバーが並んでいます。

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次の写真は綏芬河です。この町には、ウラジオストクに限らず、沿海地方のロシア人たちが買い物のために訪れます。ビザは中国と相互免除協定にありますから、気軽にバスや鉄道で来て、1泊して買い物や中国料理の食事を楽しみます。ロシア語の看板があふれる町です。

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この写真は綏芬河の地下商場の衣料品売場です。中国女性の商売人がいて、ロシア人観光客が歩いています。これ、ほとんどウラジオストクの「キタイスキー市場」のようです。ロシア人からすれば、中国で買うほうが安いので、綏芬河に来るわけです。これらの写真も、テレショフが撮ったのと同じ2010年代半ばのものです。

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最後に、これまでぼくがブログに書いた綏芬河で見たロシア人観光客の記事のリンクを挙げておきます。

極東ロシア人の中国旅行~買い出しバスツアーの訪問先は? (20130618)

https://inbound.exblog.jp/20610573/

9時半、綏芬河駅にロシア人が大挙して現れる、の巻 20150102日)

https://inbound.exblog.jp/23959818/

「典型的な露西亜式」綏芬河の歴史的街並みを歩く 20150103日)

https://inbound.exblog.jp/23961267/

綏芬河にはロシア人ツーリストがいっぱい 20150103日)

https://inbound.exblog.jp/23961594/

綏芬河の土曜の夜は、ロシア人も中国人も踊る、の巻 20150103日)

https://inbound.exblog.jp/23962403/


もちろん、いまはコロナ禍のため、このような光景は見られません。



by sanyo-kansatu | 2020-07-07 11:07 | 極東ロシアはここが面白い


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