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2020年 07月 16日
通路のような狭い小部屋で、上半身裸の太った男が炊事をしているのでしょうか。右上の写真の、霧の街路は現在の通称「噴水通り」で、スポーツ湾の方面から撮ったと思われます。ひとりの女性が足取り重く、歩いている黒いシルエットが印象的です。 そして、太ったおばさんが洗濯をしているようですが、彼女はちらりとカメラを見ています。そばにソ連車も停まっています。おばさんの背後の建物の壁は、石垣のような部分とレンガに分かれていますが、地面に近い場所に地下室への入口があり、コンクリートで塞がれているようです。 ![]() ГлебТелешов Миллионка.Владивосток. 1988-2006 グレブ・テレショフ ミリオンカ、ウラジオストク 1988—2006年 ミリオンカ、知る人ぞ知る、ウラジオストクで最も秘密の場所――。 ウラジオストクの住人であれば、その名は誰もが耳にしているけれど、その場所が存在していた時代を生きた人は、もうほとんどいません。なにしろ100年前のことですから。 ウラジオストクにかつて実在した旧市街「ミリオンカ」。今日観光客の姿があふれる通称「噴水通り」とその北側にある一角で、19世紀末から20世紀初頭にかけて存在した中国人居住区を指します。当時、この地区には多くの中国から来た労働者が寝起きしていて、帝政ロシアの法の届かない闇社会が形成されていたといわれています。地面に面してコンクリートで塞がれた入口の跡は、なんでも売春窟だったそうです。 モスクワから遠く離れたユーラシアのはずれに植民したロシア人は、当然のように多くの労働者を必要としていました。ですから、当時のウラジオストクには、ドイツ人やアメリカ人、ユダヤ人、そして日本人もやって来て、ともにこの極東都市の建設にいそしんだのです。ただし、海外どこでもそうであるように、中国人労働者は固まって居住区を形成していました。それが「ミリオンカ」でした。 1860年に建設が始まったウラジオストクには、多くの中国人やコリア系の労働者が押し寄せていました。それは多くの清国南方人が東南アジアやアメリカに苦力として移民した時代と重なっています。 ソ連時代の初期にこの居住区は政府によって取り払われ、居住民たちの多くは追い払われてしまいました。代わってロシア人たちが住むようになったものの、ほんの最近までこの地区にはスラムのようなイメージが残り、当時の古い建物もそのまま残されていました。 ![]() こうした地区に興味を持つのは、たいてい外地から来た人間です。これらの作品は<その3><その10><その13><その18>と、この企画展でたくさんの写真を発表している1966年カザフスタンのアルマトイ生まれのグレブ・テレショフでした。 写真が撮られたのは1988年から2006年とありますから、おそらく彼はずっとこの地区の存在が気になり、風情を好んでいたのだろうと思われます。そして、何度も足を運んでいたのでしょう。 ところで、次の写真は2012年の夏に撮ったものです。実はぼくもこの地区の存在がずっと気になっていました。 ![]() 洗濯物が干してあるので住民は少数いるものの、さすがにテレショフが撮った2000年代とは違って、廃墟然とした建物には一部事務所などが入っていました。でも、なんとなくそれらしい風情は感じられました。 そして、ときは2019年。ミリオンカは、そのネガティブな出自を逆手にとって、大きく変わりつつあります。 ![]() この写真は、2019年夏にオープンしたその名も「ミリオンカ(Миллионка)」というレストランで、店内はかつての歴史の記憶を呼び起こす幻想的なイメージであふれたスタイリッシュな空間となっています。メニューは極東ロシアらしく、地場のシーフードを多用したモダンロシア料理で、ワインの種類も豊富でした。 何よりこの店の特徴は、メインフロアの正面の壁に100年前のミリオンカの写真が映写されていることです。 ![]() その写真のひとつがこれで、彼女たちは九州から来たからゆきさんです。当時もそうですが、現在においても彼女らの存在は好奇の対象にはうってつけです。もちろん、映写されるのは、中国商人とその家族やコリア系の労働者たちの写真もあります。なぜなら、彼らこそ、ミリオンカの主人公だったからです。 これは入口を入ってすぐの支払いカウンターですが、民国時代風のモダンシノワズリを現代のロシア人が趣味でアレンジしたような部屋が現れます。 ![]() これらの空間では、かつての負のイメージは払拭されています。国際的にみると、よくある世界ともいえますが、ロシアでこの種のチャイナタウンをおしゃれに転化したレストランが現れたのは、ウラジオストクらしい話ではないでしょうか。 Миллионка ул.Семёновская1б ちなみに、この店の隣に、こちらもミリオンカの歴史を濃厚に意識した奇抜なバー「CHINOARU」もあります。なぜか店の外も内も赤い照明で満ちています。この店の売りはオリジナルカクテルで、ウラジオストクと中国文化のキッチュな混淆をイメージしたネーミングが付けられています。バーテンはそれを解説してくれます。 ![]() ![]()
by sanyo-kansatu
| 2020-07-16 12:02
| 極東ロシアはここが面白い
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