いよいよテーマ7「ライフスタイルとストリートフォトグラフィー(Стиль жизни и стрит-фотография)」の部屋に入ります。
これまでもすでにこのテーマにつながる作品をいくつか見てきましたが、この部屋では主に若手の写真家たちによる2010年代以降に撮られた写真が多数登場します。日本人からみると、長くベールに包まれていた20世紀のウラジオストクではなく、今日の我々も共有できる都市的な感受性や感傷が随所に伝わってきて、親しみをおぼえます。
エピグラムは、再度登場のアメリカの作家スーザン・ソンタグの『写真論』(
1977)の中の一節です。
「実際、写真はまず中流階級のぶらぶら歩く人の眼の延長として本領をえる。その感受性はボードレールがいかんなく図に表わしている。写真家は都会の地獄を踏査、闊歩、巡回する孤独な散歩者、都会を官能の極まった風景として発見する覗き見趣味の逍遥者の、武装した形態である」(近藤耕人訳)
写真展の解説は言います。「ウラジオストクの最も重要な写真の発見のひとつは、デニス・コロボフとネムティン・パヴェルのストリートフォトでした。コロボフは、プラスティックの袋の中にいる猫と古いタイヤの上に置かれたぬいぐるみを被写体とすることで、我々の環境に存在する色味を明らかにし、寸劇の一コマのように提供することで、パレードのない都市像の修正に取り組みました」
相変わらず難解ですが、これはどういうことでしょう?
デニス・コロボフは<その5>ですでに登場していた写真家で、ソ連邦が崩壊した1991年、ロシア沿海地方の東岸の港町テルネイで生まれています。好きなジャンルは「神秘的なリアリズム」。
では、コロボフの作品を見ていきましょう。2014~18年に撮られたものです。それぞれのキャプションの意味はそれほど深く考える必要はなさそうですが、すべての写真に付いています。
まず杭の上に串刺しにされたクマらしき動物のぬいぐるみ。
Денис Коробов
На кол. 2018
デニス・コロボフ
杭の上 2018年
次は、先ほどの解説文に出てくるプラスティックの袋の中にすっぽり入り、こちらを見つめている猫。
Кот. 2018
ネコ 2018年
プリント柄の布地やタオルケットのように見えますが、キャプションは「肌着」。
Бельё. 2018
肌着 2018年
日本の中古車らしき車の隣で洗濯物が干されています。風はかなり強そう。
Сушка. 2018
乾かす 2018年
真っ赤な壁掛け時計の下に同じ色をしたプラスティックのケースが置かれています。
Часы. 2014
時計 2014年
最初、キャプションの意味がよくわからなかったのですが、棚の上の右手に置かれた雪だるまのような人形は起き上がり小法師です。この色も先ほどの壁掛け時計のように真っ赤です。
Неваляшка. 2014
起き上がり小法師 2014年
キタイスキー市場か中央市場の週末市なのかわかりませんが、色とりどりのフルーツが軒に並べられています。ここまで来て、ふと思うのは、これまで見てきたチープなプリント柄の布地やプラスティックのおもちゃもそうですが、これらのフルーツも含めて、そのほとんどはメイドinチャイナ です。
Фрукты. 2015
フルーツ 2015年
かなり年季の入ったと思われるハト小屋?
Голубятня. 2015
ハト小屋 2015年
町で見かけた看板に書かれているのは「Предсказания」。予言(予報、予想、予測など)の意味なのでしょうが、まるで意味不明です。なぜか背景の色はレインボーカラーです。
Предсказания. 2018
予言 2018年
倉庫の屋根の上にすでに廃車処分されたような車が載っています。
Крыша. 2018
屋根 2018年
解説文にも出てくるタイヤの上に置かれた豹(ヒョウ/パンサー)のぬいぐるみ。虚ろうな目をしています。
Пантера. 2018
豹 2018年
グリーン地にチェック柄のジャケットを着たおばさんが緑の葉野菜を購入しようとしています。だから「Зелень(グリーン)」?
Зелень. 2015
グリーン 2015年
古い住宅街の舗装されていない庭先に、ピンクと黄色で派手にカラーペイントされたというか、どうでしょう。はっきり言って冴えない感じのトヨタと思われる中古車が駐車しています。「Эгершельд(エゲルスへルド)」というのは地名で、ウラジオストク駅あたりから南に延びるシュコト半島の中央部にある街区の名で、日本国総領事館も近くにあります。
Эгершельд. 2015
エゲルスへルド 2015年
ビニール製の2本のロケットと紐でつながれたジャンピングマシーンに興じる男の子。ロシアではよくこういうシーンを見かけます。ロケットに貼られているのは、ロシアの英雄ガガーリンの写真です。
Гагарин. 2015
ガガーリン 2015年
クンガスニービーチは、ウラジオストク市内にある庶民的なビーチのひとつで、スポーツ湾より3kmほど北にあります。この写真は海が氷結しているので、冬に撮られたものですが、この巨大なビニールシートは夏の名残でしょうか。遠くに氷の上を歩く市民の姿が見えます。
クンガスニービーチについて
https://primamedia.ru/news/517248/
Кунгасный. 2018
クンガスニービーチ 2018年
さて、これまで見てきたコロボフの作品群に共通するのは、ビニールやプラスティックなど塩化ビニル樹脂の素材とともに、おもちゃや時計、布地などのプリント柄とそのチープな色味に対するこだわり、あるいは特別の着目です。
では、なぜこのようなものが被写体として選ばれたのか。
これらの素材や色は世界にあふれていて、決してウラジオストク特有の光景とはいえません。日常にごく普通に存在するもので、多くの人はあまり気にかけていない。
日本人の目からみると、むしろ昭和的という言い方ができるかもしれません。いわゆるレトロとされる嗜好でしょう。そこに1990年代生まれのロシアの若い世代が食いつくのは興味深く、日本人の同世代の感性と共有できるかもしれません。
もっとも、これらの製造元は今日、ほぼ中国であると考えられますから、世界がメイドin チャイナの製品と色味で席巻されているという面もあるでしょう。それは製品そのもののみならず、車に塗るカラーペイントのスプレーの色までそうだといえます。でも、そのルーツはもしかしたら、メイドinジャパンだったかもしれないともいえるので、話はやっかいというべきかもしれません。
前述しましたが、コロボフはプロフィールの中で、自分の好きなジャンルは「神秘的なリアリズム」だと言っています。確かに、彼が日常の中から取り出して見せた素材と色味はリアルであるとともに、神秘的という見方ができるかもしれません。
こうした視点を繰り出してくる彼のストリートフォトが「ウラジオストクの最も重要な写真の発見のひとつ」だったと、この企画展のキュレイターが書いたのも当然だったのです。
それにしても、彼らの登場によって、これはウラジオストクに特有というより世界的に共通する流れというべきなのでしょうが、ストリートという場の持つ意味や機能がかつてと大きく変わってきていることを感じます。