2020年 08月 17日
テーマ7「ライフスタイルとストリートフォトグラフィー(Стиль жизни и стрит-фотография)」の部屋の3人目は、もはやおなじみのグレブ・テレショフです。
階層や年代の異なるウラジオストクの人々は、彼の優れたストリートシネマ的な手法によって、それぞれのライフスタイルのみならず、内面まで明かされてしまったかのようです。 路線バス61番に乗っているひとりの女性がフォーカスされて、まるでドラマの主人公のようにも見えます。彼女は撮影されていることに気づいてはいないようで、静かに車窓の外を見つめています。
ちなみに、路線バス61番はこの地図のとおりで、トカレフスキー灯台のある半島の南端からスヴェトランスカヤ通りを東に向かうルートです。
Глеб Телешов Автобус № 61. Владивосток. 2011 グレブ・テレショフ 路線バス 61番
腕を組んでカメラ目線を向けているのはベトナム人女性で、ベトナム人労働者向けの宿舎の住人のようです。背後に木の枝にロシア風のオーナメントをいくつも吊るしたインテリア装飾(これをなんと呼ぶべきでしょうか。あとで触れますが、写真展の解説文では「生け花」といっています)が見えます。
これが撮影された1980年代後半、ウラジオストクに多くのベトナム人労働者がいました。当時は社会主義国間の国際労働分業がなんとか成立していて、建設労働などの下層の仕事は彼らが担っていました。北朝鮮の労働者はいまもいます。ただし、ソ連崩壊後、ベトナム人の多くは帰国してしまいました。
Вьетнамское общежитие. 1988 ベトナム人のホステルにて 1988年
ヴォエンドルグはロシアによくあるミリタリーショップチェーンのひとつで、ひとりの女性が店の前に背を向けて立っています。このシーンが何を暗示しているのか、よくわかりませんが、ロシア社会をよく知る人には彼女の後ろ姿は何かを感じさせるのかもしれません。
ヴォエンドルグについて
Военторг. Владивосток. 1987 ヴォエントルグ ウラジオストク 1987年
運転席のわずかなスペースに息子を乗せるバス運転手。中央アジア系の労働者のようですが、息子を学校に送り届けるために乗せているのでしょうか。これが撮られたのは2010年ですが、10年前にはこういうゆるさがウラジオストクに残っていたようです。乗客の誰もがそういう公私混同を咎めることがないのだとしたら。
いまはどうでしょう。このような光景を実際に見たことはありませんが、バスの運転手の境遇は今日もそれほど恵まれたものには思えません。
Автобусный маршрут № 60. Владивосток. 2010 路線バス60号 ウラジオストク 2010年
残りの2枚は「ネイバーズ(隣人)」と題されたシリーズの作品です。ひとりの中年女性が鏡に向かって髪型をいじっているようですが、鏡の隣に彼女の若かりし頃の額縁付きの写真が見えます。こういうとき、女性は何を考えるものでしょうか。とてもドラマ的なシーンですが、それが演出されたものかわかりません。
そして、最後の写真は、若い女性が頭にパーマのカラーを付けたまま、ソファーに優雅に腰掛けています。その表情は、ひとり悦に入っているとでもいうのでしょうか、うれしげです。背後に古ぼけたミシンが見えることから、彼女の仕事はいわゆるお針子さんなのかもしれません。
Из серии ≪Соседи≫. 2010 シリーズ「ネイバーズ(隣人)」より 2010年
写真展の解説はこう書いています。
「グレブ・テレショフは、都市のアパートや寮の中で住民たちが見せる内面生活を表現しています。ミシン工房にいてカラーを頭に付けたままの若い女性は、まるで冠を戴くプリンセスのようです。前部座席に子供を乗せたバスの運転手はポーズを取って見せます。年配の女性は、彼女の若い頃の写真と鏡に映る自身を見つめています。ベトナムの寮の住民は、共同キッチンにポットを備え、自家製の「生け花」を飾っています。
これらの映画的なアングルは-実は、 テレショフはこの時期、カルト映画『Весельчаки』のカメラマンでした-映画のフィルムテストのようです。これらのシーンがそれぞれの被写体に演出されたものなのか、単にのぞき見されたのか、判断は観客に委ねられます」
ここでいうカルト映画『Весельчаки』は、ロシアで初めて撮られたドラッグクイーンたちを主人公にした物語で、2009年 10月13日に初公開されています。この作品でカメラマンを務めたのがテレショフでした。
Весельчаки について https://ru.wikipedia.org/wiki/Весельчаки_(фильм)
確かにこれまで見てきた多くのストリートフォトに比べ、これらの写真は綿密に演出されたカットという印象もあります。それぞれの被写体の内面の心理に対する想像力が喚起されるシーンばかりだからです。観客はこれらの人々が抱える固有のストーリーを読み取ろうという気にさせられます。
これらの写真が1980年代後半と2010年代初頭という、ロシアにおける最も大きな社会変動の20年間を隔てたものであるにもかかわらず、その違いがほとんど感じられないのも面白いところです。
by sanyo-kansatu
| 2020-08-17 11:16
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