2020年 08月 20日
これらの作品は、今回の展覧会に出品した写真家の中で最も若いマリア・バブコワが撮ったものです。 被写体はウラジオストク在住の身近な若者たち。これまで多数登場した都市や農村の労働者でも、地元の名士やエリートでも、無名の市民や群集でも、先住少数民族や外国人労働者でもなく、ごく普通の、多くはティーンエイジャーたちです。
ふたりの少女が大きな柱の陰に隠れ、不安げに遠くを見つめています。黄色いブラウスと白いドット柄の赤いスカートを着た彼女は青いベレー帽、隣の彼女は黄色いワンピースの上に黒いジャケットを羽織り、赤のベレー帽。なんの暗示でしょうか。
Мария Бабкова Серый цирк. 2018 マリア・バブコワ 灰色のサーカス 2018年
青、オレンジ、赤という原色系フードスウェットを着た3人の若者(うちひとりは女の子)が路上で重なり合うように身体を絡め合っていて、まさに「コンフューズ(混乱)」。なにかのパフォーマンスというには、3人とも気だるい表情を見せています。
Бардак. 2017 混乱 2017年
ふたりのフェイス&ボディーペインティングした女の子が床の上に仰向けに寝そべっています。「After art. 」というキャプションが付いていますから、なんらかの創作活動を終えたあとという意味のようです。疲れ果てた虚脱状態のようにも見えますが、満足感も感じられる表情です。
After art. 2017 芸術の後 2017年
サッカーグランドのような緑の芝生に足を投げ出して座り込む青年。キャプションには「ルーティーン」とあります。
Рутина. 2018 ルーティーン 2018年
海岸線の岩場のような場所で、黒いコンバースのスニーカーを履いた背の高い青年が上からカメラを見下ろしています。青い空と2色のソックス、そして膝下の長い白くて細い素足が印象的です。
Цвета. 2018 色 2018年
背後の壁に大きなグラフティが描かれた公園の小さなサッカーゴールの前に立つ3人の少年たち。若い彼女からみれば、この弟たちは「ハッピーな子供たち」なのでしょうか。
Happy childhood. 2017 ハッピーな子供たち 2017年
雲ひとつない青空とビーチ。ゆったりしたスウェット姿で砂浜を素足で歩くブロンドの彼女。このようなビーチのシーンは、少なくともロシアではウラジオストクに来なければ撮れないといえるかもしれません。
Владивосток. 2018 ウラジオストク 2018年
グラフティの描かれた壁に囲まれた公園の遊具にぶら下がる男の子。細くくびれた腰を巻くベルトに輪鍵がぶら下がっています。
Русский двор. 2018 ロシアの裁判所 2018年
最初のふたりの女の子がくたびれ果てたようにお互いの身を支え合い、路上の下水溝の上にへたり込んでいます。
Русский грустный цирк. 2018 ロシアの悲しいサーカス 2018年
すでにお気づきかと思いますが、これらの写真は、グローバル企業によるファストファッションブランドが広告として採用するファッション写真の世界に似ています。
撮影シーンも、これまでの写真家の先輩諸氏が着目した都市の祝祭や歴史的な記念日とはまったく関わりなく、日常の中の、あえていえば小さな異変を捉えようとしているかのようです。ウラジオストクの町にあふれるストリートアートやグラフティも彼らのライフスタイルや心性と親和性があり、海外のユースカルチャーとつながっています。
写真展の解説は以下のように述べています。
「ファッション写真、その切り分けられた方向性は、ウラジオストクのマリア・バブコワの作品が持つ興味深いアングルを通じて示されます。男の子や女の子のショットは、ストリートビジュアル用語でいう<レトロスタイル>で撮影されています。だから、落書きやフェンス、スポーツグランド、遊具のある公園、下水溝などが舞台となります」
一般にロシアでは「レトロスタイル」というと、ソビエト時代のカルチャーを懐古的に、あるいは当時を知らないからこそ新鮮に眺める対象とする傾向を指すことが多い気がしますが、ここではどうでしょう?
そもそもこれらの写真を撮ったマリア・バブコワは1997年5月20日ウラジオストク生まれ。
彼女のプロフィールによると、写真を撮り始めたのは2012年から。最初に手にしたカメラは、祖母のクローゼットで見つけた「ゼニット19」(1980年代に生産されたソビエト時代の小型一眼レフの名品)でしたが、いまはキヤノンを使っているとのこと。写真は「瞬間、雰囲気、記憶」だと話しています。
ところで、最近のウラジオストクには、この作品に見られるような若者たちがごく普通に通りを歩いています。その意味では、とてもフォトジェニックな町といえます。しかも、彼らは子供の頃から写真を撮られることに慣れていて、自分の見た目の価値に自信もあるせいか、カメラを向けると自然にポーズを取ってくれるのが常です。ロシアの子供たちは、芸術教育をきちんと受けているので、少々過剰に見える演技的なポーズも板についているというか。不自然な感じがしないのです。
ぼくは、そんな彼らと話をするのが好きで、カフェで出会った若者たちに片言で話をしたり、ときにはいきなり写真を撮らせてもらったりしているのですが、この感じは、まだおそらく日本はもちろん、海外でもあまり知られていないと思います。
そして、最近ウラジオストク市内には、地元出身のデザイナーらによるファッション専門店も現れています。一方、この町にはいまだにスターバックスが出店していないように、グローバル資本の洗礼は届いていません。ぼく自身は、それがこの町の魅力であり、可能性だと思うのですが、この町に暮らす、特に若者にすれば、意見は違うかもしれません。ファッション写真の可能性を問おうとするとき、ファッション産業との関係を考えれば、なおさらそうでしょう。
昨冬から今年春にかけて、ウラジオストク郊外にある「ザリャー(фабрика ЗАРЯ)」と呼ばれるアートコンプレックスで開かれていた「FAR FOCUS. PHOTOGRAPHERS OF VLADIVOSTOK(極東フォーカス、ウラジオストクの写真家たち)」という企画展のエンディングに近い5月16日、以下のZOOMによるオンライン会議が行われました。
この会議は、写真展に出品したマリア・バブコワやレオニード・スヴェギンツェフ、エフゲニア・コクリン、デニス・コロボフ、アレクセイ・コロトコフ、マーシャ・ラムジーナ、パヴェル・ネムティン、アレクサンダー・ヒトロフが参加し、キュレイターであるモスクワ在住のアリサ・バグドナイトやアンナ・ペトロワが司会進行役を務めています。
会議の模様はYOUTUBEで観ることができます。そこでテーマとなったのは、写真の未来でした。
話題は以下のようなものでした。「スマホによる撮影とインスタグラムによる発信が日常化するなかで、写真の未来にはどんな戦略があるのか?」「自分なりの方法で世界を観るにはどうすればいいか?」「ファッション写真でマネタイズする方法は?」「なぜ複数のインスタのアカウントを持つ必要があるか?」「自分のメディアをどのように機能させるか?」「誰が旅行写真を必要としているか?」「自分の写真を誰に売り、どのように写真集をつくるのか?」「写真は社交的か?」
理念的な問いから、きわめて現実的な話題まで、いまウラジオストク在住の現役の写真家たちが置かれている状況が伝わるものだったようです。
しかし、彼らの状況認識は、個人レベルで考えれば、ぼく自身にとっても自分ごとだと考えます。グローバル勢力の対立が顕在化しているいまの時代、その裂け目を見つけて、ローカルに地道に足場を築いていくことを模索しなければならないという意味で、そう思います。
Conference for the exhibition "FarFocus" / Конференция к выставке ≪Дальнийфокус≫2020/05/18 https://www.youtube.com/watch?v=XWaVU82bb-w&feature=youtu.be http://zaryavladivostok.ru/ru/special-events/post/2440
by sanyo-kansatu
| 2020-08-20 10:54
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