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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2020年 09月 02日

隔離病室で1週間過ごした写真家の心と身体に起きた変化の記録(ウラジオストクの写真家展 その44)

ついに最後の作品紹介になりました。

昨冬から今年春にかけて、ウラジオストク郊外にある「ザリャー(фабрика ЗАРЯ)」と呼ばれるアートコンプレックスで開かれていた「FAR FOCUS. PHOTOGRAPHERS OF VLADIVOSTOK(極東フォーカス、ウラジオストクの写真家たち)」という企画展に出品されたすべての作品に解説をつけてみようという試みも、これで終わりを迎えます。


「ボディーランゲージ」というテーマの部屋とはいえ、かなり奇妙な作品です。なぜなら、ここに並ぶ
5
点の写真は、水ぼうそうに罹った写真家が隔離病室で過ごした1週間に起きた心と身体に起きた変化をドキュメントとして記録したというものだからです。

隔離病室で1週間過ごした写真家の心と身体に起きた変化の記録(ウラジオストクの写真家展 その44)_b0235153_15510778.jpg

4つのベッドが並ぶ病室の椅子に足を組んで座る女性が、写真家本人のエヴゲニイヤ・コクリーナです。

もううんざりという表情がうかがえます。服を脱ぎ捨てた彼女の胸や腕、顔中に青い絵の具のようなものが塗られていますが、これは発疹を抑えるかゆみ止めの薬のようです。


背中にもたくさん塗られています。

隔離病室で1週間過ごした写真家の心と身体に起きた変化の記録(ウラジオストクの写真家展 その44)_b0235153_15511146.jpg

浴室のバスタブに座って足に薬を塗る彼女。ベッドの隣の棚には食事が置かれています。


隔離病室で1週間過ごした写真家の心と身体に起きた変化の記録(ウラジオストクの写真家展 その44)_b0235153_15511513.jpg


Евгения Кокурина

Из проекта ≪Семь дней одиночества. Ветрянка≫. 2018

エヴゲニイヤ・コクリーナ

プロジェクト「孤独の日々を見る~水ぼうそう」より 2018


この作品について「水ぼうそうに罹ったエヴゲニイヤ・コクリーナは、感染症の隔離病室の滞在という自身の身体的な痛みをともなう経験を撮影し、記録している」と写真展の解説は言っています。


エフゲニイヤ・コクリーナは、
1987
年にナホトカの近くの海沿いの村で生まれています。ウラジオストク国立経済サービス大学でフォトジャーナリズムを専攻したのち、サンクトペテルブルクにしばらくいて写真を学んでいます。撮影を始めたのは2011年からで、キヤノンを使用。好きなジャンルは、ドキュメンタリーや肖像画だそうです。ウラジオストクの美術学校などで教師を勤め、個展も開催しています。


ではなぜ彼女はこのようなドキュメントを撮ったのでしょうか。彼女は自身のサイトに自分の体験について以下のように説明しています。


Ветрянка(水ぼうそう)

https://ekokurina.ru/vetryanka


「この
6
カ月間、私は多くのことを人に伝えなければなりませんでした。そのうち、私は彼らを憎み始め、どこかに行って誰とも話さないことを夢見ていました。しかし、仕事から逃れられず、親戚には私の人生について話すことを余儀なくされました。


すると、私の身体はそれに反応したのか、水ぼうそうに罹りました。最初の
3
日、私は自分が死にかけているのではないかと思いました。医者は私に7日間の隔離を言い渡しました。私はたったひとりで病室に置かれ、そこにはWi-Fiはなく、窓に近づいてネットを拾いました。


最初の日の夜、高熱に悩まされ、体中のかゆみで泣き通しました。とても耐えられないものでした。感染防止のため、部屋にはめったに誰も来ません。看護師が点滴のために来るのと、床を掃除するため、医者は朝だけ検診に来ました。食事すら直接渡されることはなく、ドアの上の小窓からトレイに載せた冷たいスープが届けられるだけでした。


数日後、私は誰が来たのか、足音でわかるようになりました。


しかし、ときが経つにつれて、私は病室で横たわっていることが心地よいと感じるようになったのです。これまで私はこんなに長い間、ひとりっきりで過ごしたことはありませんでした。


退院する日の朝、私はこの病室を出たくないことに気づきました。私は再び人々と話すのが怖くなったのです」


彼女のサイトをみると、ここに挙げた
5
点以外のたくさんの写真を通じて、病室における彼女の鬱々とした日々を知ることができます。


現在、世界には新型コロナウイルスの感染症に罹り、隔離病室で過ごしている人々が大勢いるのでしょうが、この冗談のようなドキュメントを通じて彼女が知った心と身体の変化は興味深いものがあります。発疹の上に塗られたブルーのかゆみ止めが全身に広がっていく姿は、とりわけ本人にとってはおぞましく、堪えられないものだったに違いありませんが、彼女はカメラでその一部始終を撮り続けることで、自身を相対化しつつ、隔離された状況を心地よく感じるようになっていったというのです。


彼女は他にも、いかにも彼女らしいというべきか、不思議な感触のドキュメンタリー作品をいくつか撮っています。彼女のサイトを覗いてみてください。


Евгения
Кокурина

https://ekokurina.ru



by sanyo-kansatu | 2020-09-02 15:54 | 極東ロシアのいまをご存知ですか?


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