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ニッポンのインバウンド“参与観察”日誌

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2011年 11月 07日 ( 4 )


2011年 11月 07日

プロフィール

中村正人(なかむら・まさと)

参与観察家。インバウンド評論家。ボーダーツーリスト。

出版社勤務を経て2004年独立。インバウンド関連ビジネス全般と各種メディアの編集制作を行う株式会社エイエスエス所属。

専門はインバウンド・ツーリズム。主に参与観察しているフィールドは、訪日外国人旅行マーケットの動向です。

職業的には編集者です。日常の仕事はこのブログでは扱わない大学広報や業界研究、教育関連の編集制作などいろいろです。

たとえば、立教大学観光学部が刊行している「交流文化」の編集制作の担当もそのひとつです。同誌は、観光学の最新領域を人類学や社会学、地理学など社会・人文諸科学の研究成果を取り込み、社会一般によりわかりやすいかたちで提供していくために創刊された定期刊行物です。以下のページから読むことが可能です。

立教大学「交流文化」 http://www.rikkyo.ac.jp/tourism/about/magazine/index.html

以下の著書もあります。

「『ポスト爆買い』時代のインバウンド戦略」扶桑社刊
http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594076238

「ホテル業界大研究」産学社刊
http://sangakusha.jp/ISBN978-4-7825-3444-1.html

それから、縁あって中国東北地方(旧満洲)に何度も足を運んでいます。以下の旅行ガイドブック「地球の歩き方」の編集制作を担当しています。

「地球の歩き方 ガイドブック D04 大連・瀋陽・ハルビン 中国東北地方の自然と文化」(ダイヤモンド・ビッグ社)
http://www.arukikata.co.jp/guidebook/book/D04.html

2017年4月、これまでの同ガイドの取材の成果をまとめる意味で、以下のサイトを立ち上げました。相棒の写真家・佐藤憲一の魅力的な写真をぜひご覧になってください。

ボーダーツーリズム(国境観光)を楽しもう
http://border-tourism.jp/

お問い合わせはこちらへ   maftygman@gmail.com

by sanyo-kansatu | 2011-11-07 16:41 | 問い合わせ先
2011年 11月 07日

インバウンドって何? (このブログの目的 その1)

近ごろときどき耳にするけど、「インバウンド」って何のこと? 

海外からの外国人の訪日旅行を促進し、経済効果を手に入れようという官民の一連の取り組みのことをいいます。もともと観光産業が使っていた専門用語で、日本人が海外旅行に行くのをアウトバウンドというのに対し、外国人が日本に旅行に来るのがインバウンドです。その際に生じる外国人による消費マーケットを拡大していこう。彼らの消費は日本の渋りがちな内需の成長に貢献してくれるからです。

とはいえ、インバウンドに関連する業界は、宿泊施設や運輸交通といった観光産業だけではありません。小売や流通、金融、情報通信といったサービス産業に、エンターテインメント産業、さらには製造業や不動産業、国・地方自治体まで広範囲にわたるのが特徴です。外国人が日本に外貨を落としてくれるという意味で、実は輸出産業の一形態ともいえるでしょう。来日した外国人が目に触れる日本の姿そのものが、メイド・イン・ジャパンのショーケースになっているといってもいいかもしれません。

世界にはたくさんの国・地域がありますが、とりわけ人口が膨大で経済成長著しい中国本土客の訪日に力を入れていこうという意思を込めたのが「中国インバウンド」ということばです。

中国インバウンドについて「低迷する日本経済を救う」などとおおげさに世間を煽る向きもある一方、その効果を訝しがり、受け入れを歓迎しない声もあります。それでも、少子高齢化や地方経済の疲弊で縮小する内需を補う存在として、海の向こうから日本を訪ねてくれる外来消費者をうまく取り込んでいこうというコンセンサスは、国民の間でもある程度共有されてきたと思います。なぜなら、グローバルな観光人口の動向を見る限り、日本の近隣諸国である東アジア経済圏の旅行マーケットは成長基調にあり、そこに希望を見出すのは自然の流れといえるからでしょう。

ただし、今日の問題は、いかに彼らを取り込むかをめぐって各方面で大いなる迷走が見られることでしょう。要するに、思うように成果があがっていない。現状がいまどうなっているのか。なぜ思い通りにいかないのか。関係者らの間でも、どこまでその要因が把握できているのかあやしい。また仮に取り込めたとしても、経済効果とはほど遠く、地元に利益が還元されることはほとんどないのが実情ではないでしょうか。

中国インバウンドがうまくいかない理由のひとつとして、日本式のマーケティングやプロモーションといったルーティーンな手法に頼りがちなことがあると思います。なぜなら、中国人観光客というのは、日本人と同じような旅行をするわけではないからです。我々とは異なる中国の消費マーケットの特性を理解することは簡単ではない。ところが、関係者の多くは、日本とはどこがどう違うのかについて厳密に精査することを無意識のうちに避けてきたところがあるのではないでしょうか(一部の切実に受けとめた人たちはともかく、きっと大半の人たちが本気じゃなかったんじゃないかな)。

インバウンド市場の健全な発展のためには、日本側は受け入れ態勢さえ整備すればいいという話ではないし、中国側も客を送り出せばそれですむということではありません。そもそも両国は政治体制や法制度が異なり、ビジネスの考え方も驚くほど違います。単にモノを売り買いするだけでなく、人の往来が関わってくるだけに、日中のビジネス運用上の齟齬がもたらすいろんな問題が起きています。

ここ数年、ぼくは中国インバウンドの現場やモノ・ヒト・コトの動きを観察してきました。また年に数回は中国に足を運び、中国側の関係者に会い、事情を聞いています。そこで目の当たりにするのは、中国が日本人にとって強烈なアウェイであるという現実です。

短絡的なメディア・行政・業界批判をするつもりはありませんが、表向き語られていることと実態がなぜこれほど違うのか。どうすればこの状況を少しでも変えていけるのか。関係者の声や知見を交えながら、多くの方にことの次第を理解してもらうことを第一義に考えています。

そのためには、中国インバウンドの実態面を日中双方向から見ていかなければなりません。このブログでは、複眼的な視点から中国インバウンドの行方を追いかけながら、ときに応じて発言していきたいと思います。

※実はこのエントリーを書いた当時、本ブログのタイトルは「中国インバウンド“参与観察”日誌」でした。その後、中国だけ見ていては全体像がつかめないと判断し、現行のように変更したのです。観察の対象を広げただけで、基本的なスタンスは変わっていません。

by sanyo-kansatu | 2011-11-07 16:39 | このブログの目的
2011年 11月 07日

なぜメイドインジャパン好きの中国人がメイドインチャイナの骨董を高値で買うのか?

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ここ数年、中国人が日本に中国骨董を買い集めに来ているという。世間でいう中国人の消費が経済効果につながるという話とは無縁に思えるが、実はけっこう大きなお金が動いているらしい。いったいどんな人たちが、どこで何をしているというのだろう。あれほどメイドインジャパン好きといわれる中国人たちが、今なぜメイドインチャイナの骨董に血眼になっているのか?

王義之の模写が40億円で落札

2010年11月23日、中国嘉徳国際拍売有限公司(以下、中国嘉徳)が開いた北京のオークション会場で、教科書にも出てくる東晋時代(4世紀)の書家、王義之の書『平安帖』の模写が約40億円(3億800万元)もの高値で落札された。

競売元である中国嘉徳は1993年創業の中国最大のオークション会社。天安門事件で失脚した趙紫陽の娘として知られる王雁南氏が総経理を務める。同社が扱うのは、中国の書画(近現代絵画も含む)や陶磁器、工芸品、家具、古籍、古銭、玉類など。カタログを見ると、骨董以外で競売にかけられるのはプーアル茶や茅台酒など多岐にわたる中国伝統産品だ。出品のうち4割は海外から集められたものだといい、その収集のため、上海、天津、香港、台北、ニューヨーク、そして07年から東京銀座に事務所を置いている。

今中国では中国骨董の価格が急騰している。リーマンショックの影響を受けた09年はさすがに少し落ちたが、翌年すぐに回復した。中国嘉徳の年間成約額は09年の約340億円(27億元)から10年の約950億円(75・5億元)へと3倍にふくれあがった。そのうち1点の落札額が10億円を超えたものは4点、1億円を超えたものは76点を数えた。中国全体の骨董および美術品市場の10年の取扱高も、前年の2倍以上の約7200億円(573億元)とされ、今後も拡大が見込まれるという。中国のオークション市場の規模は年々拡大し、07年にフランスを抜き、今や米英に次ぐ世界3位となっている。

中国のテレビでも最近はご当地版「お宝鑑定団」が人気だそうだ。冒頭の高額落札も、バブル崩壊前の1987年に安田火災海上がヨーロッパのオークションでゴッホの『ひまわり』を58億円で落札したことをどこか思い起こさせる話である。これだけ価格が急騰しているのだから、海外の中国骨董を買い集め、自国に持ち帰り、高値で売り抜けようとする中国人が現れても不思議ではないのだ。
 

中国人が日本の骨董市場を下支え

こうしたことから数年前より日本の骨董業者の間では、中国文物の発掘や売買が盛んになっている。この1、2年で多くの骨董団体が各地で中国骨董専門のオークションを開催した。そこに駆けつけるのは、中国人の骨董買い出しツアー団である。

昨年から東洋美術骨董フロアを特設し、中国骨董の委託販売に力を入れ始めた東京銀座のアンティークモール銀座の中村みゆき代表取締役は、昨年12月6日に「第1回中国骨董オークション」を開催した。会場には日本の骨董商やコレクターの他に、これに合せて来日した中国からの参加者50名などを加え、約100名が集まった。3時間で約200点の中国骨董が落札されたが、9割が中国人によるものだったという。

中村氏はもともと西洋骨董が専門だった。
「バブル崩壊以降、低迷を続ける日本の骨董市場の中で、今元気に動いているのは中国モノばかり。そこで3フロアあるうち1フロアを東洋専門にしたんです。以来、中国の方がよくお見えになるようになった。モノを見る目は十分ある人たちばかりです。古くから中国との交易の歴史がある日本は中国文物の宝庫といえる。中国骨董の里帰りが始まったんだと思います。昔から中国モノを扱う骨董業者も、表向きは中国人には売らないと言っているけど、オークションがあるとこっそり出品したりする。日本の骨董市場は今や中国人に下支えされているといっていい」

買う側も熱心なら売る側だって市場の動きに敏感だ。中国嘉徳東京事務所では、一昨年から年に数回中国より専門の鑑定士を呼び寄せ、日本国内に眠る中国文物を鑑定するための中国美術相談会を開いている。今年1月14、15日に開かれた相談会には、全国から約200名の所蔵家が中国の書画や陶磁器、銅鏡などを持ちこんだ。まるで今、秘蔵の品を「お宝鑑定」して高く見積もってもらうなら中国に限るといわんばかりである。同社はそのうち約2割を引き取って3月の北京でのオークションに出品することになった。

骨董ビジネスは経済合理的

中国との骨董商い20年以上のベテランで、上海に骨董店『草月堂』を開いている田川信也氏は、中国人骨董買い出しツアーについてこう語る。

「数年前から日本でのオークションに合わせて中国人がツアーでやって来るようになった。個人コレクターもいるが、彼らの大半は商売人です。なぜ彼らが中国骨董をあんなに高値で買うか? そんなの投機に決まってる。中国でもっと高値で売れるからですよ」

ツアーの中には、東京や横浜、大阪、金沢、福岡などの骨董商やオークションめぐりをするものもある。1回に300名規模の大きなオークションがあると、10億円以上の成約額に上ることもあるという。「でも、北京の嘉徳オークションでは1日にその10倍の成約額が出ていますからね」と田川氏はいう。

1980年代から香港経由で中国にある日本の古切手や古銭を買い出しに行き、日本のコレクターに売っていた田川氏だが、2000年前後から中国で骨董の値段が上がり始めたことを知る。まず掛け軸、そして陶磁器が上がり始めた。そのうち日本人相手より中国人相手の商売のほうが儲かり始めたので、05年に上海出店を決意した。

中国では骨董が役人などへの贈り物に使われることが多いため、贈賄目的か投資のためかというのが、資産運用には縁のない一般中国国民の認識だといわれるが、田川氏は中国の骨董ビジネスはきわめて経済合理的な原理で動いているという。ここ数年上昇基調の骨董価格の値動きも、03年頃上海の不動産価格が一気にはね上がったとき、値を下げているし、05年頃の株高のときは、掛け軸の値段が急に下がったという。これだけGDPが伸びているのに株市場は精彩を欠いたままだし、不動産投資を抑制する中国当局の動きが強まった10年になって骨董価格が急騰したのも、これまで不動産や株へ向かっていた投資資金の一部が骨董市場に流れたのだという説明はわかりやすい。今年上海と重慶で始まる固定資産税の試験的導入で、不動産価格や骨董市場にどんな影響が出てくるのか、興味深いところである。

愛国心オークション事件 

もっとも、中国人の骨董ビジネスにロマンのつけ入る余地などないというのは言いすぎだろう。日本の骨董関係者らの話で共通するのは、彼らの官窯好みである。宮廷で使われていた絢爛豪華な逸品が好きなのだ。このあたりは李朝の器などを好む渋好みの日本人とは、基本的に違っている。人気は明清時代の陶磁器。どの皇帝の時代に作られたかによって値段が変わる。皇帝の権力が強い時代ほど品質も高いとされるためだ。鑑定ではもっぱら製造年や場所、職人をめぐって議論が起こる。明清モノが多いもうひとつの理由は、中国国家文物局が遺跡からの発掘や盗掘品はオークションにかけるのを禁止しているため、宋以前の古いものは出品されることが少ないからだという。

骨董が純粋にビジネスだけの話にならなくなる背景に、中国政府の対応がある。戦乱や内乱に明け暮れた近現代の中国は、貴重な文物が海外に大量流出した。欧米列強の略奪や考古学調査団の持ち出しに加え、密輸も頻発、一時期は常態化していた。そのため近年海外に流出した中国の文物の還流に力を入れており、明らかに盗掘品であるものに対しては、外交ルートを通じて返還を要求している。流出の経緯が不明でも、海外の所蔵者に対価を払って取り戻すことさえ始めている。

こうしたなかで起きたのが、09年春の中国人オークション落札代金未払い事件だ。「円明園愛国心オークション事件」とも呼ばれる。朝日新聞2009年2月3日付によると、「1860年に英仏連合軍の略奪に遭った清朝の庭園『円明園』から海外に持ち出された十二支動物像のうち、ネズミとウサギの銅像の頭部が2月下旬にパリでオークションに出品されることになり、北京の弁護士85人がネット上で競売の中止と中国への返還を求める発表をするなど、中国で反発が高まっている」。銅像の所蔵者はデザイナーの故イブ・サンローラン氏で、遺産相続人がクリスティーズに出品したものだ。2月中旬の中国外交部定例記者会見では、劉暁波氏ノーベル平和賞受賞のときも強硬に反対を唱えて物議をかもした女性報道官の姜瑜氏が「英仏による略奪」を主張していたことから、中国政府もこの問題に乗り出そうとしてくるのかと思われた。

事件は2月25日、ある中国人が計3140万ユーロ(39億円)でそれら2品を落札したものの、「略奪された文化財に金を払うつもりはない」と代金支払い拒否を言い出したことから始まった。この人物は福建省のオークション会社社長の蔡銘超氏で、海外に流出した文化財を取り戻す活動を行う民間組織の顧問だそうだ。ネットに転載された写真を見る限り、細面の気の弱そうな人物である。政府の後ろ盾もあるとふんで臨んだ挑戦だったに違いないが、中国国内でも賛否両論を巻き起こした。

ところがである。中国文学者の中野美代子氏が岩波書店の『図書』09年7月号に寄稿した「愛国心オークション」という一文に以下の記述がある。

「これら十二支動物像は、マーロンが撮影した1930年前後までは、北京近郊に健在していたのだ。その頭部を切断し、骨董市にはこび売ったのは、中国の民衆である。皇帝の悦楽のためのみに西洋人宣教師たちがつくったものを破壊し、売却することは、当時の民衆としては健全ないとなみでなかったろうか。(中略)それがいま、『愛国心』のために、いくばくかの歴史的価値しかない十二支動物たちのあたまに、なん億円、なん十億円というべらぼうな高値をつけているのである」

つまり、中国政府の主張する十二支動物像が1860年英仏連合軍に略奪された「屈辱の象徴」というのは史実にあっていない。おまけに銅像所蔵者から「中国が人権を認めるなら返還してもいい」といわれる始末。こうなるとおっちょこちょいの蔡氏以上に、史実もわきまえず返還を訴えた姜瑜報道官のほうがお気の毒さまという気もしてくる。 

こうした経緯を意識したせいだろうか、東京事務所を通して中国嘉徳に筆者が行った「中国の骨董が国際相場に対して高いのはなぜか」という質問に対する回答の中に、わざわざ「価格の高騰は中国人の愛国心によるものではない」という記述があったのである。

自作自演的な価値釣り上げか

筆者は他にも中国嘉徳に対して以下のような質問を送っている。「中国人にとって中国骨董はどんな価値があるのでしょうか。また海外から『国宝回流』することは、中国人にとってどんな意味があるのですか」。その回答はこうだ。

「中国の文物芸術品は中華文明の結晶であり、重厚な歴史的価値、学術的価値、文物的価値を有する。中華文化の継承、保護、発展にとって重要な意義を持つ。海外の文物を還流させることは国内の芸術品市場の活発化につながるほかに、もっと重要な意味は海外還流文物の鑑賞、研究を通して、歴史的視野を広げ、文化、歴史の研究を深めることである」

いかにも今日の中国的な公式見解である。それを頭から否定するつもりはないが、むしろ朝日新聞09年2月17日に掲載された中国の作家、余秋雨氏へのインタビューの中で述べられた「正統」という観念をめぐる葛藤こそが彼らの心情に近いのかもしれない。同紙の「中国政府が文物を重視するのはなぜか」という質問に対して余氏はこう答えている。

「国共内戦時に国民党が文物を持ち去った背景には中華文明における『正統』の観念がある。重要な文物が手にあれば正統性を証明できる。戦いの勝ち負けはこの世の常。しかし文化は永遠の存在だ」

それにしても、今日の中国の骨董ブーム、自国出自のモノにしか関心がないというところがいかにも中国人らしい。高邁な理念を語る人物がいる一方で、それをぶち壊しにする輩が必ず現れるところもそう。中国の民間骨董業者と日頃つきあって彼らの商売のやり口を見ている前述の田川氏にいわせれば、「愛国心なんて方便。嘉徳だってトップは共産党幹部。元締めは党なんですから」ということになる。

もともと骨董の買戻しブームというのは、80年代後半のオリンピック景気にわく韓国にもあったそうだし、バブル時代の日本にもあったことはよく知られている。ただ日本人の場合は、中国人のように「奪われたものを取り返せ」という認識はあまりなさそうだ。幕末の薩摩藩などがせっせと陶器を輸出していたという面もあるからだろう。 

こうしてみると、骨董の値を釣り上げているは、今日の中国人の「自国の歴史はスゴイと思いたい」というある種の信心と、それが実利につながるゆえの自作自演的な熱狂のように思えてくる。ではなぜ骨董なのか。中国人の歴史的文物への傾倒は筋金入りであることは認めるけど、こう言っちゃあなんだが、当人たちもメイドインチャイナの現代文化に誇れるものがなかなか見つからないからでもあるだろう。

ただ、彼らを見ていてちょっとつらい気がするのは、「中国はこれまでずっと屈辱を受けてきた」といい続けなければならないような歴史認識だ。こういうのがよっぽど自虐史観ではないかと思う。だから中国経済が興隆すると、その裏返しで「本当の俺たちはスゴかったんだ」と言いたくてたまらないのである。

こういう屈折が、今日の中国人の文化に対する態度も含め、海外から見て好意的に評価されにくい理由のひとつになっていると思う。だって普通に考えれば、本来価値のあるものは、きちんと保管され、公開されているのであれば、どこにあってもかまわないではないか……。少なくとも今日の大方の中国人はこれに承服しないだろう。

結局のところ、これからも中国骨董は売ったり買い戻されたりを繰り返していくのだろう。その品が広く価値を認められる限り。そういえば、昨年9月から中国当局は日本から持ち込まれる物品の関税を強化し始めている。高く売れるうちに売ってしまえ、というトレンドはそれでも拍車がかかるのだろうか。

いずれにせよ、インバウンドで中国客を迎えるということは、こういう実に面倒くさいメンタリティの持ち主たちをお客さんにするのだということをキモに銘じておかなければならないのである。

「データでわかる日本の未来 観光資源大国ニッポン」(洋泉社)2011年3月刊行より

by sanyo-kansatu | 2011-11-07 15:47 | のんしゃらん中国論
2011年 11月 07日

ツアーバス運転手は見た! 悲しき中国人団体ツアー

2011年2月3日、中国の旧正月にあたる春節の夜。尖閣事件以降、鳴りを潜めていた中国人団体ツアー客を乗せた貸切バスが、久々に大挙して新宿歌舞伎町界隈に姿を現し、周辺を回遊していた。

彼らはたいてい夕方5時から6時頃に歌舞伎町に集結し、乗客を降ろす。「アジア最大の歓楽街」を散策し、夕食をとるためだ。日本側のランドオペレーター(宿泊や移動、食事などの手配を請け負う旅行会社)が送り込んだガイドを先頭に、格安中華チェーン店か在日中国人の経営する中華料理店(ツアー客専用で一般客入店不可)でバイキングメニューの食事をすませると、路上に繰り出す客引きを横目に歌舞伎町の裏道を練り歩き、ドンキホーテやマツキヨあたりで雑貨買いを楽しむのが相場だ。時間があれば、向かいのヤマダ電器に行くこともあるが、別日程となることが多い。ホテルに早くチェックインしなければならないからだ。

靖国通りに乗りつけるのは、60名乗りの大型バスから8名乗りのマイクロバスまで種類はいろいろ。そこでは当然路駐はできないため、客を降ろすとバスはすぐに移動する。でも、都心の繁華街だ。駐禁エリアから逃れるのは容易じゃないが、運転手たちもプロである。いくつか近場の路駐可能なポイントを知っていて、そこで気長にガイドからの携帯の呼び出しを待っている。その間2時間から長くて3時間半を超えることもある。

それは運転手にとって唯一の憩いのひとときだ。話し相手でもいればなおさらである。そこで、春節の夜、歌舞伎町周辺某所に路駐していた貸切バス運転手、岡本次郎さん(62仮名)を訪ねることにした。マスコミの報じる百貨店や家電量販店での爆買いシーンを通して、いまや「低迷する日本の消費市場が頼みとする救世主」とまで持ち上げられた中国人客――その多くを占める団体ツアーの一部始終を目撃してきた岡本さんに「バスの中で何が起きているか」を聞くためである。

食事はいつでもバイキング

岡本さんは首都圏に本社を置く貸切バス会社の社員運転手で、ドライバー暦35年のベテランだ。インバウンド――日本人客ではなく、訪日外国人客を乗せるようになったのは1990年代半ばから。当時は台湾客がメインだったという。その後、東アジアや欧米などさまざまな国籍の観光客を乗せて全国津々浦々を駆けめぐってきた。

バスを訪ねると、前部扉から招き入れられ、運転席に座ったままの岡本さんに話を聞いた。

――今日は一日どこを走ってこられたのですか。明日からの予定は?

「今日は午後2時の便で成田入りした上海からの客でね、浅草を散策した後、歌舞伎町に来た。あとは品川の高輪プリンスに送って終わり。今日の客はけっこういいホテルだね。明日は山梨の石和温泉。途中箱根を通り、富士山を見て、御殿場アウトレットに寄って温泉旅館に泊まる。河口湖の近くは中国人専用の宿が増えたからねえ。この季節、あのあたりの旅館じゃ中国客にカニを食わせるんだよね。中国人好きだから。それから先は(ツアーのスケジュール表を見ながら)いったん東京に戻って自由行動の1日があり、そのあと岐阜市内と大阪のホテルに泊まって関空へ」

山梨県といえば、中国人にとって最大の観光ハイライトである富士山の裏庭に位置することから、訪日中国人客の取り込みに熱心なことで知られるが、昨年9月の尖閣諸島漁船衝突事件(以下、尖閣事件)に端を発した中国人客キャンセル続出に見舞われたばかり。なかでも前原誠司国土交通大臣(当時)も一役買った観光庁のトップセールスで受注した中国のネットワーク販売会社大手の宝健(中国)日用品有限公司の1万人規模の社員旅行のドタキャンは、山梨県の宿泊業者を直撃した。さらに宝健社長が記者会見まで開いて行った「愛国キャンセル」表明が、中国に強硬だとされる前原外相へのあてつけだとみなされ、中国側では「よくやった」と喝采を浴びたという後味の悪い結末も記憶に新しい。

――食事はいつもどうしているのですか。ツアー客とは別?

「地方に出ると同じホテルに泊まるから、食事は一緒だけど、はっきり言ってひどいね。いつでもバイキング。せっかく日本に来てるんだから、もっとましなものを食わせてやればいいのにと思うよ。でも仕方がないんだよね。予算の上限が昼は1000円、夜は1500円と決まってるそうだから」

――先ほど山梨の旅館ではカニを出すと…。

「あれは冷凍ズワイガニ。どうせロシア産だから。中国にはワタリガニしかないそうで、足の長いズワイガニが珍しいんだよ。よく家族連れがカニの足を広げて手に持って記念撮影してるよ。かわいいもんだね。たまに回転寿司とかしゃぶしゃぶの店にも行くけど、食べ放題メニューさ。客が頼めば刺身盛りを出すこともあるけど、中国人ってのは団体でもみんなに分けたりしないで、頼んだ連中が自分だけで平気で食べてる。そういうのはみんなオプションといって、別料金なんだよ。

ただこのオプションってのがクセモノでさ。刺身盛りの2000円くらいのを1万円といってガイドが徴収している。ステーキ屋に行って『これは神戸和牛だから2万円』とか。もうやりたい放題なんだ。

だからといって口出しもできないしね。だいたい中国語がわからないし。あとでガイドが日本語で話してくれるんだ。『今日は儲かった』とかいって、チップを余分にくれることもたまにある」

――そういうのは中国ツアーのおいしいところでしょうか。

「バスで待ってるときの食事代や駐車料金、高速代などをまとめて2万円。必要経費だし、たいした金額じゃないよ。申し訳ないけど、中国人は下品ってのかなあ。床にガムを吐き捨てるし、ヒマワリの種を撒き散らすし、ゴミの量も1日45リットル2袋は出るからね。ホテルに送り届けて車庫に戻った後、明日に備えて車内掃除を念入りに1時間以上かけてやらなきゃならないんだから」

バスの中ではもっぱら車内販売

――運転中バスの中はどんな様子ですか?

「車が走り出すと、すぐに車内販売が始まる。観光案内もそこそこに、ガイドが客にあれこれ売りまくるんだけど、とにかく客に好かれるように媚を売りまくってね。そのくせ客が買わないとイライラして喧嘩ごしになってくるのがわかるから、こっちも気が気じゃなくて」

――どんなものを売っているんですか。

「それがひどいんだよ。日本じゃ見たこともない活性炭入り携帯清浄機ってのかな。どう見てもバッタモンを日本製だと偽って7000円とか、1000円くらいにしか見えない安物の磁気ネックレスやブレスレットを2万円とか……。日本人も身につけているからと証明するために、事前に俺に『これはサクラだからちょっと着けてみて』って。おい悪いけど、俺をサギの仲間に入れるんじゃないよって断ったことがあるんだ」

こうした悪質な車内販売に加え、特定のボッタクリ免税店への連れまわしの実態は、都内で発行されている在日中国人向け週刊新聞「『東方時報』(2009年6月25日付)で報じられ、中国の大手メディア『北京法制』にも転載されたことから、日本ツアーの内情と悪評が中国全土に広まり、「日本よ、お前もか」と現地でも反響を呼んだ。

すでに中国メディアで告発された問題なのに、なぜ自浄能力が働かず、車内販売という名のサギ行為が横行しているのか。

「中国人客はあまりガイドを疑わないようなんだ。外国にいるから仕方ないと思うのかね。ガイドがアメと鞭で客を操っているとでもいうのかな」。岡本さんは首を傾げるばかりだ。

90年代に起業した在日中国系ランドオペレーター勤務の女性はこう話す。
「銀座に連れていって、ショーウインドーを見せて、『ほら高いでしょう。でも、私は同じブランド品をもっと安く買える店を知っていますよ。着いてきますか』。そういって契約した店に連れて行くというのが彼らのやり方です。外国で頼りになるのはガイドだけ。その心理をうまく利用して、客を信用させてしまうのです。中国では同じものが別の場所で驚くほど安く売られているのはよくあるので、日本も同じだと思って騙されてしまうんです」

オプション買わなきゃ置き去りも

ツアー中に起きている異常事態は、それだけではない。

「とにかく信じられないようなことをするんだよ」と岡本さんが声を荒らげたのが、前述したオプションをめぐるガイドと客の壮絶な駆け引きだ。

「見てるとなんでもオプションなんだ。新幹線の大阪京都間のチケットも8000円、ディズニーランドも1万円徴収といったぐあい。アコギだよなあ。中国側で払うツアー料金には何もついていないからと、とにかく上乗せして客から金を取る。観光地だってオプションにしちゃうんだから、呆れちゃう。たとえば、富士山5合目なんてバスでみんなを連れていきゃいいものを、3000円のオプションで別料金を請求し、払わない客は麓の富士山ビジターセンターにわざわざ置いてきぼりにするんだよ。3時間ここで待ってろと。そこは無料施設だから金はかからないんだけど、置いてきぼりにされた中国人客が増えすぎて、問題になったことがある。忍野八海だってオプション払わないと連れていかない。親子連れをさ、途中で置き去りにして……、とても見ちゃいられない。『乗せてやんなよ』って俺は言うんだけどさ。ガイドが『いいから』と」

「オプション買わなきゃ置き去り」というガイドの冷酷さに岡本さんは頭を抱えているようだ。

実はこれにも前例がある。東南アジアや香港行きの中国人ツアーで土産屋の連れ込みを拒否した客の置き去り事件が、数年前から中国でも報道されている。怒った客とガイドが喧嘩になって、傷害事件が発生したこともある。前述の『東方時報』では、上海からの日本ツアー参加者にヒアリングを行い、5000元(6万円)の低価格ツアーの参加者が、日本でオプションと称してツアー代金と同額に近い追加料金を次々と取られたことを告発している。日本では傷害事件までは耳にしないものの、客の置き去りがすでに常態化していたことを今回岡本さんの話で初めて知り、愕然とした。

これではバスの中は、非情な中国社会そのものではないか。

「だからなのかなあ。韓国ツアー客のおばちゃんたちは食事から帰ってきたとき、俺に『食事はすんだのか』と片言で話しかけてきたり、自然な交流ってのがあるんだけど、中国人客とはそういう感じにはほとんどならないなあ」と岡本さんはいう。

これまで新宿界隈でもよく中国人ツアー客の一群を見かけたが、どこか目つきが挙動不審というか、他国の旅行者に比べ和やかな印象がないのはどうしてかと思っていた。海外旅行慣れしていないこともあろうが、バスの中でこうしたことが起きているのだとしたら、無理もないのかもしれない。

キックバックを原資としたコスト構造

それにしても、なぜこんなことになってしまうのか。運転手の日本人ひとりを除いて、ここで起きているのは「中国人が中国人を騙す」という構図である。中国の民間社会の実情を少しでも知る人にとっては、それほど驚く話ではないかもしれないが……。

「でもさ、ガイドだけを責められないと思うよ。旅行業者が彼らにそれを強いているんだから」と、岡本さんはいう。

そのとおりなのである。なぜ中国団体ツアーのガイドが、オプションと車内販売で客から金を騙し取らなければならないのか。日中の複数の旅行関係者らの証言をまとめると、真相はこうなる。

中国で販売される一般的な「ゴールデンルート」と呼ばれる東京・大阪5泊6日のツアー代金は6000元(約7万円)相当。ところが、中国側の旅行会社から日本の手配を担当するランドオペレーターに渡るのは、往復航空券代と営業利益を差し引いたせいぜい2000元(2万5000円)という。これでは滞在中のホテル代、バス代、食事代、ガイド費用を捻出できるわけがない。ではどうしているかというと、それを埋め合わせるためのガイドによるオプション徴収と車内販売、客を送り込むことで得た免税店の売上の一部のキックバックなどの収入がランドオペレーターに渡るからだ。その売上がなければランドオペレーターはホテルやバス会社、レストランへの支払いができないからである。

つまり、中国団体ツアーはガイドによるキックバックを原資に成立しているのだ。なんともあやうく、ギャンブルみたいなしくみである。中国人ツアー客がある日目覚めて、オプションも車内販売も買わなくなれば崩壊してしまうだろう。

こうしたカラクリは、1990年代の一時期、日本の旅行会社が中国や東南アジア方面への驚くような激安ツアーを催行したとき、似たような構図として見られた。あらゆることがキックバックを前提として成立している中国人社会を知った当時の日本の業者は客を丸投げしたことは確かである。だから、現在の中国団体ツアーのキックバック方式も、当時の日本の旅行業者と同じでいまさら彼らを責められないという指摘も出てくる。キックバックは日本社会にだって蔓延してるじゃないかという指摘ももっともだ。しかし、当時の日中間には厳然とした物価や所得水準の格差があり、ツアーのコスト構造を埋め合わせるためにキックバックの上がりを関係者が分け合うにしても、授受される額は今日のケースとは違うことを忘れてはいけない。しかも日本は円高になったが、人民元高は起きていないのである。誰が今日の被害者かを考えるべきだろう。その後、日本人客が現在の中国人団体ツアー客のような理不尽な土産店への連れまわしや車内販売で騙されることがなくなったのも、日本人の海外旅行が成熟し、消費行動が変わったためだ。

もっと具体的にいおう。関係者らの証言を集約すると、ガイドは1日1名約1万円の通称「人頭税」をランドオペレーターに支払うことでツアーを請け負っている。彼らはガイド代を受け取るどころか、支払う側なのである。たとえば、20名の客が5泊6日の場合、100万円(20×5)が上納金となる。当然ガイドはそれ以上の上がりを手にしなければ大損になるが、それ以上なら自分の儲けになるから、車内販売に賭ける必死さが違ってくるのである。

これまでガイドの国籍については触れなかったが、彼らの多くは、在日中国人や香港、台湾からわざわざ自腹で訪日し、ガイドを請け負う人たちでもある。いまさら彼らの通訳案内士としての国家資格の有無を問うのはむなしい。彼らは中国本土出身者とは違い、日本にはノービザ渡航が可能という特典を有効活用しているのである。業界では彼らのことを「スルーガイド」と呼ぶ。

採算度外視の激安日本ツアーがなんとか成立しているのも、こうしたギャンブルに賭ける中国系スルーガイドと、このしくみを定着させた新興ランドオペレーターがいるからだ。もちろん、その前提には、上がりを生み出す中国人ツアー客の驚くべき爆買いニーズがある。よくしたものである。

こうした状況をよく知る北京のある現地旅行業者はため息混じりにこう話す。

「なにしろ中国では国内の海南島3泊4日ツアーより東京・大阪5泊6日ツアー料金のほうが安いんですから。ありえないでしょう。理由ははっきりしています。海南島はビーチリゾートなので、キックバックがもらえる家電量販店もないし、車内販売するためのバスの移動時間もないからです」。

岡本さんは、最後にこんな話をしてくれた。

「いちばんかわいそうなのは、結局、中国のツアー客だと思うよ。いろいろ悪口言ったけどさ。中国人ってよくバスの中で吐くんだよね。毎日過密スケジュールで、バスばっかり乗って移動してるからなのかもねえ……」

なんとも涙ぐましい話になってきたではないか。しかし、これは日本で実際に起きていることである。唐突だが、消費者庁はこの問題をどう考えるのだろうか。訪日客による消費を期待するだけではなく、消費者としての保護についてもっと真剣に考えなければならないのではないか……。

背景にバス規制緩和も

しかし、キックバックを原資にしたあやういツアー構造を支えているのは、中国系関係者ばかりではない。日本側の事情こそ指摘されなければならない。端的にいえば、客室単価の崩壊が起ころうとも数で中国客を受け入れる道を選んだ一部のホテル・旅館業界。日本人のアウトバウンド市場の低迷で経営基盤が揺らぐ航空業界。そして、岡本さんたち運転手を抱えるバス業界である。

2000年、貸切バス事業が免許制から許可制に規制緩和されたため、それまで違法経営を行っていた「白バス」業者が一気に新規参入した。以後、貸切バス業界は大競争時代に突入。都市間高速バスや激安国内バスツアーなどの価格破壊によって利用者は恩恵を受けたが、既存のバス事業者の収益低下によるローカルバスの廃止や、運転手の労働環境の悪化、安全確保への不安など、多くの問題が指摘されている。

なかでも2010年9月に総務省が公表した「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告」は、スキーバス過労運転による死傷事故や都市間高速バスの道路交通法違反問題などの事例をあげ、貸切バス規制緩和後の不健全な営業実態を追及しており、本来の監督官庁である国土交通省がなしえなかった意欲作といえる。

規制緩和後に起きたのは、貸切バス事業者と車輌数の増大にともなう公示運賃をものともせぬダンピングの横行だった。インバウンド貸切バス事業者もこうした流れの中で成長した。この10年で東アジアを中心とする訪日観光客が増大し、その追い風を受けて貸切バス需要が拡大したためだ。実際のところ、規制緩和後の価格破壊がなければ、今日の訪日ツアー客の受け入れは不可能だったかもしれない。

そのしわよせは、岡本さんら運転手の労働環境の悪化につながっている。2008年に国土交通省から出された「一般貸切旅客自動車運送事業に係る乗務距離による交替運転者の配置」の指針により、1日の走行可能な距離が670kmと定められた。その結果、運転手の拘束時間の延長は既成事実化していったという。運転手の1日は、早朝の出庫前に行なう車両点検から客をホテルに送り届けたあとの掃除まで、と深夜におよぶ。現場の思いはどうなのか。岡本さんに尋ねてみた。

――労働時間が長すぎるとは思いませんか?

「1日の時間もそうだけど、去年の8月までは本当に休みもなかった。だから、尖閣で中国客が減って正直ホッとしていたんだよ。ただこのご時世だから、仕事があるだけありがたいと思わなきゃならないしね。俺はなんだかんだいって、この仕事が好きなんだと思うよ」

――でも何か困っていることはないですか?

「そうねえ、悩みのタネは駐車場問題かな。これだけ外国人が観光に来てるのに、都心には駐車場がない。だから、俺たちはいつもウロウロしてないといけないんだから。それと、よく地方でホテルの食事がすんだあと、『夜の街へ繰り出したいから運転手さん連れてってよ』ってガイドに言われることがあるんだ。でも、自分は行かないことにしている。仲間内にはチップをもらえば、どこにでもバスを走らせるという連中もいるようだけど、所定のコースでなければ保険が利かないからね。もし事故ったら終わりなんだよ、この仕事は」

バスツアーと保険の適正化――これも看過されがちだが、インバウンド市場の健全な成長のためには欠かせない課題だ。バス運転手は職業柄、どこか自由人のようなところがあるが、岡本さんのような場数をふんだベテランほど自己防衛の必要を理解しているのだろう。

アジアインバウンドの時代に向けて


――ところで、昔に比べてインバウンドの仕事はどうですか?

「昔はインバウンドといえば、台湾客のことだった。以前は台湾客もひどかったけどね。いまはだいぶおとなしい。韓国ツアー客も中高年のおばちゃんはうるさいけど、これは日本のおばちゃんも変わらないかな。まあ中国以外は車内販売がないからいいね。よく韓国やタイのガイドが、中国のガイドは大変だと言ってますよ。あんな仕事はガイドじゃないって……」

日本におけるアジアインバウンド市場は、1979年台湾の日本観光解禁とともに始まったといっていい。80年代から台湾のインバウンド客を扱ってきた台湾系旅行業者は、「当時インバウンドは嫌われ者だった。日本人客の少ないオフシーズンのホテルの穴埋めのような存在で、『白バス』が当たり前。いまのように、全国各地で歓迎されるなんて考えられなかった」と語る。

一方、中国の日本観光解禁はそれに遅れること約20年後の2000年12月だ。

「これには我々在日アジア系旅行業者も色めきたちました。なにしろ市場は大きい。これから本格的なアジアインバウンド時代が始まる。これまで市場を担ってきた我々の出番だと」

だが、彼らの思惑は数年後に破綻する。中国団体ツアーの常軌を逸した価格破壊のためだ。

「2000年の解禁当時1万8000元(約20万円)で始まった東京・大阪ゴールデンルート7泊8日の日本ツアーが、わずか1年後に半額近くなり、3年後には3分の1になった。この時点で我々は正攻法では中国客を受け入れられないため、手を引くしかなくなった」

ツアーのカラクリについてはすでに説明したとおりだが、2005年頃までには一部の高品質ツアーを除く中国団体ツアーのランドオペレーター事業から、まず日本の旅行大手が手を引き、既存の在日アジア系もそれに続いた。では誰が急増する中国団体ツアー客を引き受けたのか。それは2000年代以降、在日中国人経営者らを中心に立ち上げられた新興ランドオペレーターだった。

こうして一部を除く大半の中国団体ツアーは、日本の旅行業界にとってのアンタッチャブルと化していく。一方、急増する中国人観光客の家電量販店での爆買いシーンが08年頃からマスコミで盛んに取り上げられるようになり、地方自治体や小売業界などを中心にチャイナマネーの取り込みに向けた機運が高まった。その盛り上がりが空前の勢いを見せたのが2010年だったといえるだろう。しかし、その機運も秋には尖閣事件によって冷水を浴びせかけられ、今日に至る。

さて、これから中国団体ツアー市場はどうなるのだろうか。確かに、円高は懸念材料だが、今後は徐々に回復を見せるだろう。だが、本当の課題は、価格破壊によって事実上破損してしまった日本ツアーのクオリティをいかに向上させるかである。

前述の在日中国系のランドオペレーター勤務の女性はこう主張する。

「こんなツアーなら、日本は1回行けばもうたくさん。団体ツアーで来た中国の友人や親族が口々に日本の悪口を言うのが悔しい。なぜ車内販売を取り締まらないのか。日本の行政は野放しにすぎる。数を増やすことばかり考えているからではないか」

確かに、国土交通省が掲げる訪日客3000万人の数値目標に象徴される旅行者数至上主義は、国内の観光産業の実情を知る現場の立場からすると、受け入れ態勢の伴わない時代遅れのそろばん勘定に見えても仕方がないかもしれない。

では、クオリティ向上のためにはどうすればいいのか。利害の絡み合う関係業界すべてに都合のいい特効薬などないが、本稿で詳述してきた「バスの中」の事情をふまえ、アジアインバウンド時代に向けた以下の提言をしたい。

キックバックを原資とした、どう見ても不健全なコスト構造で成り立つ日本行き中国団体ツアーの実情や中国客の蒙る不利益を、中国側にとことん公開し、被害者は中国人消費者であることを広く認識させること。残念ながら、「中国人を騙しているのは中国人である」という構図は、これまで香港や東南アジアで続出してきた状況を知る彼らは、よくわかっていると思う。ただ、そういう話を外国人からされるのは誰でも気分が悪いものである。彼らに冷静な判断を迫るには、日本における訪日客の消費者保護を強化、アピールすることで、彼らの自尊心に訴えかけることだろう。そのうえで、現在の団体ツアーとはまったく異なる高品質の日本ツアーが存在することをわかりやすくアピールすることが必要だ。これよりほかに、ツアー料金の適正化を図っていく手はないのではなかろうか。

そのためにも、尖閣事件でいったんケチのついた中国での外資旅行会社のアウトバウンド解禁は、早く進めてもらわなければなるまい。中国当局もそれが中国人消費者の保護につながることを理解してほしいものだ。

「データでわかる日本の未来 観光資源大国ニッポン」(洋泉社) 2011年3月刊行より

[追記]
これは2010年当時の中国団体ツアーの実態です。その後、「悲しい」状況も一部改善されている面があります。

中国「新旅游法」も元の木阿弥―キックバックを原資としたツアー造成変わらず
http://inbound.exblog.jp/24166349/

(2015.2.22)

by sanyo-kansatu | 2011-11-07 14:45 | のんしゃらん中国論