2022年 12月 18日
日本広報協会という公益社団法人の機関誌「広報」2022年12月号に「中国人観光客不在のインバウンドをどう構想するか~インバウンドの健全化は 地域の生き残りにもつながるチャンス」というコラムを寄稿しました。 以下、転載します。
インバウンドの再生に向けた環境がようやく整い始めた。新型コロナウイルスの水際対策の緩和による個人旅行の受け入れや査証免除措置の再開で、東京都心や各地の行楽地で欧米客やアジア客の姿を見かけるようになった。それは日本政府観光局の外客統計にも現れている。 はたしてコロナ禍以後の国際環境の激変でインバウンドの何が変わるのか。2020年代の日本のインバウンドはどう展望できるのだろうか。 中国人観光客不在のインバウンドがもたらすもの 日本のインバウンド振興は2000年代に始まった。当初は国民の関心は低かったが、2008年の北京五輪の頃から経済成長した中国の実像を知り、その頃から始まった中国人観光客による「爆買い」によって一気に目覚めることになった。 東日本大震災で急ブレーキがかかったものの、その後の飛躍的な回復で、2018年に外客数は3000万人を超えた。国連世界観光機関(UNWTO)は日本の国際観光競争力を世界4位と評価するなど、順風満帆な躍進ぶりだった。ところが、東京五輪を控えた2020年初春、パンデミックによって一気に振り出しに戻ってしまった。 ちょうどその頃、私はこの20年の日本のインバウンドを批評的に論じた書籍「間違いだらけの日本のインバウンド」(扶桑社)を上梓した。同書の中で、これだけ訪日外客数が増えた理由として、政府の規制緩和や海外マーケティングの推進、PR活動と民間事業者との連動があり、それをメディアが積極的に伝えたことに加え、東日本大震災がひとつの転機となり、再生に向けた気運につながったことを挙げた。 しかし、実際にはこうした日本側の努力以上に海の向こうの環境の変化が大きかったことも指摘した。それはアジアの中間層の成長にともなうグローバル観光人口の増大と、日本の長期デフレが外国客に与えた割安感である。実際に訪日客の9割近くがアジア客なのだ。近隣アジアの諸国民の所得向上によって「お金を落としてくれる外国人観光客」というイメージが定着した。 同書では、この20年インバウンドの周辺で起きていた問題についても指摘をした。挙げればきりがないが、総じていうと、数的拡大はいいことづくめとは限らない。数を追うだけでなく、インバウンドの本来の目的を理解し、内実を深めるべきなのに、インバウンド=経済効果との短絡的な理解だけが一般化した。とりわけ2019年に訪日外客数の3分の1を占めた中国客の消費力にすがろうとする心性が見られたのはまずいことである。 なぜまずいかは同書で解説したように、観光が政治利用されやすいからでもあるが、昨今の中国の政治経済状況や日中関係からみると、必ずしも断言できるわけではないが、2020年代は中国客不在のインバウンドの時代が来るかもしれないからだ。 もっとも、私はむしろそのほうが日本のインバウンドの健全化につながるのではないかという思いもある。中国という巨大マーケットは人の思考を停止させるところがある。私が同書で指摘した2010年代までの間違ったやり方をリセットするには好都合かもしれない。 インバウンド市場を育てるべき3つの理由 私はインバウンド否定論者ではない。むしろこの市場を育てるべき理由として、以下の3点を指摘している。 まず「訪日外国客の消費による経済効果とインフラ利用がもたらす国内投資の誘発」という経済的な側面だ。コロナ前には外国客の訪日によって、これまでなかった新しいサービスやインフラが次々に生まれた。 だが、地域に目を移すと、重要なのは「若年世代の雇用を生む」ことだと思う。日本より一足先にインバウンドが浸透した欧州の旅行博覧会に行くと、現地の関係者がよく話すのはこの認識だ。ふたつめとして、地域に暮らし、地元のために働く若年世代をいかに育てるかについてインバウンドの果たす役割は大きい。 3つめは「パブリック・ディプロマシー」への貢献だ。「伝統的な政府対政府の外交とは異なり、広報や文化交流を通じて、民間とも連携しながら、外国の国民や世論に直接働きかける外交活動」(外務省)とされる「パブリック・ディプロマシー」という観点からインバウンドを捉えることは、昨今のウクライナ情勢や台湾情勢をふまえると意味を持ってくる。 では、この時期、地域として何から手を付ければいいのだろうか。 インバウンド振興が始まったばかりの頃、まず手がけたのが観光パンフレットや地図などの多言語化だったが、あれほどまずいものはない。現状ではほとんど役に立っていない。なぜなら、大半が日本人向けの内容をそのまま翻訳しているからである。前提となる知識が違うのに、外国人に伝わるはずがない。 日本人なら子供でも知っている徳川家康でさえ彼らが知っているとは限らない。ノウハウのないコンサルティング会社などが補助金を目当てに制作している場合が多く、自治体も彼らにお任せで、自分の頭で考えることを諦めているように見えた。 外国人に選んでもらうための地域の「顔」をつくる 海外の人たちに自分の地域を知ってもらうには「顔」をつくることが重要だ。日本の白地図を頭に思い描いてみよう。彼らは自分の住む町を指し示すことができるだろうか。できないとしたら、存在していないと同じなのである。それなのに、日本国内どの地域のパンフレットやプロモーション映像を見ても、桜や温泉など一見外国人ウケしそうな金太郎飴のようなつくり。これでは彼らに選んでもらえるはずがない。 では、どうやって「顔」を決めるのか。雲海スポットとして知られる星野リゾートトマムの雲海テラスが誕生したエピソードはヒントになるかもしれない。同施設のサイトにいきさつが書かれているが、着目したいのは「地元で生まれ育ったスタッフにとってそれ(雲海)は『見慣れたいつもの風景』でもあった」(雲海テラスの歴史)という指摘である。つまり、地元の人間には普通のことでも、外から来た人たちに価値を認めてもらえれば、誘客につながるキラーコンテンツになり得るということだ。 「顔」を決めるのに真剣に議論してほしい。インバウンド戦略にとって最も肝心な要件だからである。覚えてもらうには、ひとつの顔に絞ること。現状の観光パンフレットのように「いろいろある」は「何もない」と同じである。 インバウンドは地域を担う若者に大きな影響を与える ここ数年、地方のインバウンドの現場を訪ねると、新しい時代の常識を身につけた若い世代が孤軍奮闘している姿を見かける。彼らの多くは、一度地元から都会に出た経験があり、そこで得たネットワークを地域に還元しようと考えている。地方が生き残るためには、都会と地元を結びつける人材がなければならないことを自覚しているのだ。 彼らの取り組みをもっとサポートすべきではないだろうか。ただでさえ若い世代の少ない地方において、海外から訪れてくれる観光客の存在は、自分たちの価値を前向きに評価してくれるうれしい存在だろう。自分たちの地域に関心を持ってくれる異国の人々が目の前に現れることこそ、インバウンドがもたらすいちばんの効能であり、その地方への分散化は、地域の生き残りと直結しているのである。 日本はいま未曾有の少子高齢化と人口減少よる「地方消滅」の危機に直面している。近未来の日本の光景を予感させるシャッター商店街は大都市圏でもみられる。そんなに遠くない将来に、今日の感覚ではありえないほどドラスティックなダウンサイジング、すなわち全国のほとんどの地域で「この町を残すのか、残さないのか」という決断が迫られるだろう。自分の地元は残る側になれるのか。外国客を呼び込めたかどうかは、その判断の決め手のひとつになるだろう。中国人観光客不在のインバウンドは、こうした本質的な地域の課題に向き合うチャンスといえないだろうか。 #
by sanyo-kansatu
| 2022-12-18 15:11
| “参与観察”日誌
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